演奏/B.S.A.A.新メンバー
演奏
演奏を終えると、ユーチェンは椅子から立ち上がり、観客席を向いた。いくつものライトがユーチェンに当たっているが、客席の一人一人の顔がよく見える。その中に、命の恩人の姿もあった。
息切れがまだ続いているが、ユーチェンは深く、深く礼をした。歓声と拍手が良い響きとなり、ステージ溢れる。そうだ、これだからピアノは辞められない。この歓声と拍手は、紛れもなく自分で取ったものだから――――
「平野コータです! ゆ、ユーチェンさん、握手をお願いします!」
ユーチェンに用意された個室で、眼鏡を掛け、小太り気味の男性が、興奮しながら手を差しのばした。その手はプルプルと震えている。
「ボクの演奏を聴いてくれてありがとう」
ユーチェンは、その太い手を握った。少し汗で湿っていたが、それほど気にならない。それに、自分の演奏をこんなに喜んでくれるなんて、何とも嬉しい限りだ。
「ユーチェン、良い演奏を聴かせてもらった。招待状、ありがとな」
リョウの爽やかな笑顔でユーチェンの顔はほんのり熱くなる。
「君は命の恩人だよ? このくらい当たり前さ」
彼を喜ばせられて良かった。それだけでユーチェンは満足だ。彼には返しても返しきれない恩がある。
「ユーチェンさーん、そろそろ移動しますよー」
外からマネージャー声が聞こえてきた。彼ら二人はユーチェンの古い友人だと伝えてあるので、何の問題もない。
「ごめん、リョウ、コータ君。今度はゆっくり話そう」
「はい、はいはい! ゆっくり話したいです!」
コータは今にもどうにかなりそうなくらいに興奮気味だ。
「じゃあね、リョウ。今度会ったときは日本でオススメの場所を紹介してよ」
遠回りに凄いことを言っている恥ずかしさに耐えられそうもなく、机の上にあった雑誌で顔を隠す。
「ああ。いつでも言ってくれ。どこへでも飛んでいくよ」
これ以上ここにいると、どうにかなりそうになり、ユーチェンは飛び出るように部屋から出ていった。
「ねぇ、黒瀬。君が羨ましいよ」
平野の声が低くなり、変なオーラを放っている。
「そりゃ平野も同じだろ。それにしてもユーチェンがこんなに人気だったとはな」
ユーチェンの船での行動が頭を過る。叫んで転んで泣いて、そのくらいしかイメージが湧かなかったが、今回で一新された。
「それにしてもユーチェンさんは綺麗だなぁ……」
平野は顔を綻ばせる。キモい。だが、誰もが世界的有名人会えば、こんな顔になるだろう。黒瀬はならなかったが。
「帰ろうぜ。ありすにお土産を買って帰ろう」
「黒瀬はいつもありすのことばっかだね」
平野は微笑んだ。
B.S.A.A.新メンバー
「なんでお前らまで来るんだ!?」
黒瀬は新築されたB.S.A.A.本部で叫ぶ。
B.S.A.A.――製薬企業連盟の批判逃れのために創られた対バイオテロ組織。NGO団体なので、大胆な行動は制限されている。最初は11人だったのに対し、今では50人を越えているが、今日、ロビーにお客さんがやってきた。
黒瀬の先輩の毒島冴子、同級生の平野コータ、宮本麗、高城沙耶、香月彩、警察の南リカ、田島、黒瀬にとって先生の鞠川静香、可愛い希里ありす。
一体どうしてこのメンバーが集まったのか、黒瀬は予想がついていた。
「言っとくけど、俺は反対だからな」
そもそも小室でさえ、B.S.A.A.に入るのを反対したってのに。
「でも私たちは良いじゃん? 大人だし、仕事辞めちゃったし」
「そうだぜ、SAT、辞めちまった」
リカと田島から衝撃的な発言が出てきた。
「SATを辞めた!? 何で!?」
「そりゃB.S.A.A.に入りたいからに決まってるだろ。こっちも良いと聞いてるぜ」
田島は指で『マネー』のマークをつくった。
「いや、確かにそうだけど……」
NGO団体といっても、スポンサーは、あの製薬企業連盟だ。日本のサラリーマンよりかは給料が高い。
「でも、ありすとか先生とかも入るのか?」
ありすはまだ子供だし、静香は戦えそうのない。それは香月にも高城にも言える。
「私たちは入らないわ~、様子を見に来ただけよ」
「そ、そうか」
黒瀬はひと安心した。ありすや香月が戦っているところなど見たら、心臓が止まってしまいそうだからだ。というか、意地でも入らせないが。
「じゃあ、毒島先輩と宮本と平野とリカさんと田島さんは入るってこと?」
「私もよ」
高城が名乗りをあげる。
「マジか……」
「何? この私が入っちゃダメと?」
「いえ、良いです」
確かに高城の冷静な判断力は力になるが……戦えそうにない。
「訓練もやってるんでしょ? もちろん参加するわ。私が入ってあげるの!」
(訓練官は俺なんだけどなぁ……)
メンバーの増強はB.S.A.A.としても了解したいが、それでも友人が『こちら側』に来るのは反対だった。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「心得ているよ」
皆は真剣な表情だ。遊びなどではなく、本気でバイオテロと戦いたいと思っている。
「分かった、受付に言ってその事を話してくれ」
B.S.A.A.に入りたいメンバーは受付へと向かっていった。
「リョウ……」
B.S.A.A.に入らないと決めた香月、その顔は曇っていた。
「私もね、バイオテロと戦いたいと思ってるの。皆にみたいに銃を取らない方法で」
「じゃあ……」
「ええ、『テラセイブ』に入るわ」
テラセイブ――FBCやB.S.A.A.のように直接バイオテロと戦うのでなく、バイオテロ被害者の救済、バイオテロの糾弾や監視が目的で設立されたNGO団体。
「私も入るわ」
いつもポワワンとしている静香も今日は真剣な表情だ。
「私たちは地獄を知ってしまった。あの惨状を見て、何もしないなんて自分が許せないの」
バイオテロに囚われている。それは黒瀬にもクリスにもレオンにも言えることだ。
「先生と香月の覚悟はよく分かった。そこに所属している友人がいるんだ。あとで紹介するよ」
本心では、まだ認めていなかった。
「おい、リョウ、見たか!? 日本のカワイコちゃん」
仕事に戻った黒瀬に話し掛けてきたのは、B.S.A.A.メンバー、キース・ラムレイ。どこかの特殊部隊からB.S.A.A.に移籍したそうだ。体の至るところから刺青が見える。
「言っとくけど、あれは俺の友人だ。手を出したらぶん殴るぞ」
キースは女遊びで有名だ。一部のメンバーは「グラインダー(女たらし)」と呼んでいる。
「えー!? マジかよ。羨ましいぜ」
「どこがだ」
憂鬱な気分だ。いっそのこと全員面接落ちてくれと思う。いや、落とそう。黒瀬はB.S.A.A.の面接官としても働いている。
「おーう、皆、新メンバーを紹介するぞ」
B.S.A.A.代表、クライヴ・R・オブライエンは皆の前に出てきた。
(新メンバー? 聞いてないな……)
いつもなら面接には黒瀬が参加しているが、今回はそれを行っていない。特別なメンバーだろうか?
「入ってきてくれ」
オブライエンに言われ、ドアから新メンバーが入ってくる。
「…………」
黒瀬は驚きのあまり無言になった。
ドアから入ってきたのは、毒島、平野、高城、リカ、田島だった。
(早すぎない?)
別れてから一時間も経っていないのに、もう面接が通り、合格したようだ。小室が仕事から帰ってきたらさぞ驚くことだろう。
田島に関しては、原作通り死亡した設定にしていましたが、やっぱり復活させます。
勝手ですみません