黒瀬SIDE
『お前の力はその程度か?』
脳裏にそんな言葉が響く。どこかでそんな言葉を聞いたような気がする。でもどこだろう? 思い出せない。
頬が冷たい床へと着いていた。身体を動かそうとするが、全く、指さえ動かせない。視界がぐらつき、意識を強制的にシャットダウンしようとするが、必死に堪える。
歪む視界の中には、小室が必死に戦っている様子が映し出された。そうだ、俺はタイラントに吹き飛ばされたんだ。壁に叩きつけられ、骨が何本も折れてしまった。
『お前には素晴らしい力があるはずだ』
まただ、また誰がの言葉が脳内に響く。一体誰の声だ、言葉だ? 記憶にはないはずなのに、どこか懐かしい感じがする。
「ほんと、面倒くさいよ!」
小室の口癖が聞こえた。小室は負けじとタイラントに散弾を浴びせるが、効果はなし。徐々に距離を詰められる。
『今まで頑張ったご褒美だ。これは――――』
「うるせぇ!!」
脳裏に響く言葉を遮るように叫ぶ。これ以上幻聴に悩まされてたまるか。
俺は動かない身体に力を込める。
小室ではタイラントを倒せない。俺が動かないと、俺ガ倒さないと、オレガ殺らないと――――
「タカシ、しゃがめ!!」
ビリーの声。直後、ロケット弾が俺の頭上を通過し、タイラントへと翔ぶ。タイラントはロケット弾に気づく前に命中し、身体をバラバラに吹き飛ばした。
ああ、良かった。小室は無事だ。本当に良かった。
小室とビリーは俺に駆け寄る。
「何て傷だ……意識はあるか?」
「何とか……」
俺の声は嗄れていた。
俺はビリーから応急措置を受ける。その間に、身体は動けるほどまで回復した。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ。まだ痛いけど戦えないほどじゃない」
「ったく、レベッカの話以上にだな」
ビリーはあきれたかのようにため息を漏らす。
「それにしても、俺が気づかなかったらお前ら死んでたぞ」
確かにそうだ。ビリーが来なかったら小室は殺され、俺もその道を辿っていただろう。
「礼を言うよ、ビリー」
「ありがとう、ビリーさん」
俺たちが頭を下げたところで再び男の声がスピーカーから流れた。
『君たちには脱帽だよ。あと少しだったが、どうやら運も持ち合わせていたようだ』
男はクククと笑う。
『イワンがやられた程度、私には何ともない。むしろ心地いいくらいだ』
うぇ、こいつMかよ。
『君たちは結局負ける。私が造り出した最高傑作には勝てないのだよ』
そう言って、奴の声はしなくなった。
「イカれた野郎だな」
「全くだよ」
ビリーはくるりと振り向いた。
「じゃあ俺は探索を再開する。お前らも気を付けろよ。まだ子供なんだからな」
そう言い残し、走り去っていった。
「黒瀬、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。まだ痛むけどな」
「……黒瀬、僕をかばってくれたことには礼を言うよ。でも、もうあんな真似をしないでくれ」
小室はうつむいた。
「……わかった」
少し納得できない……俺が助けなかったら、小室は瀕死の重傷を負っていただろう。俺はそう簡単に死にはしない。俺が仲間を救えるならそれでいいんだ。
アリスSIDE
アリスとレオンは工場内を駆ける。正面からはアンデッド六体が、呻き声をあげる。
アリスは背につけてある小型のショットガンを取り出し、走りながら銃口を集団に向け、発射する。頼もしい銃声と共に銃口から出てきたのは、二十枚にも及ぶ金のコイン。コインは音速で散らばり、アンデッドの身体に深々と突き刺さった。
ダメージを受けていないアンデッドの頭にショットガンを鈍器として振りかざす。アンデッドの頭は割れ、武器として使ったショットガンもバラバラに壊れた。アリスは手に掛かったアンデッドの血を気にすることなく、こちらに向かってくるハンターと対峙する。
ハンターはキラリと輝く爪を見せつけ、腕を振り上げて威嚇する。だが、そんな行為はアリスには通用にしない。ハンターの突きを下に潜り込んでかわし、起き上がると同時にその顎に強烈なアッパーを喰らわせた。
「凄いな……」
辺りの敵を殲滅すると、レオンが息切れしながらパチパチと拍手を贈る。
「あら、そう? ありがとう」
建前でそうは言ったが、本音は違う。t-ウィルスを何度も打たれ、化物の力を授けられたアリス。凄まじいパワーとスピード、回復力を得られたが、こうして戦うたびに自分は人間ではないと思ってしまう。
そういえば、リョウもアリスのように、体型からしては考えられないほどのパワーを持っていた。更に、リッカーに腹部を貫かれたときも、一時間もせずに動けるようになった。
もしかしたら彼も――――
〈こちらクリス。倉庫で地下へと続くエレベーターを見つけた。ジルと共に今降りている〉
アリスの疑問はそこで中断された。
「レオン、行くわよ」
次にいく場所は決まった。予想では、地下に大規模な研究所があると思う。ラクーンシティの地下にも大規模なアンブレラの研究所『ハイブ』があった。そこで仲間がたくさん死に、生き残ったのはアリスただ一人だ。
次はそうはさせない。全員とはいかない事は分かっている。それでも、自分が戦えば犠牲になる人は少なくなる。
アリスはそういう想いを胸に走り出す。
小室SIDE
先ほど、クリスが言っていた倉庫に到着すると、見に覚えのある男性と、金髪にウェーブのかかった女性がいた。
「リョウ!」
「アリス!」
黒瀬とアリスと呼ばれた女性はハグをした。まるで久しぶりに会った家族のような光景だ。
「レオンも久しぶり」
合衆国エージェント、レオン・S・ケネディもいた。
「ったく、俺たちは戦場で会う運命なのか?」
「そうかもな」
偶然とはよくいうものだ。昨年、南米でレオンと共闘したばかりというのに、今回も“偶然”出会い、共に闘う。
「タカシも久しぶりだな」
「お久しぶりです、レオンさん」
小室は丁寧にお辞儀をした。
「あなたがコムロ・タカシね。アンブレラの要注意人物リストにあったわ。アリスよ、よろしく」
何やらとても嫌な事を聞いたが、とりあえず、アリスから差し伸べられた手を掴む。
「タカシです。よろしく」
アリスと小室は固い握手をかわす。
〈こちらクリス、今地下に到着した。これから探索を開始する〉
「どうやら地下に着いたようね」
小室たちは倉庫の真ん中にある大きな六角形の穴を覗き込む。
下は果てしなく続いており、ゴールが見えない。数百メートルはあるだろう。ここからクリスとジルが降りたのは確かなようだが……
レオンが言った。
「エレベーターを戻すのに時間が掛かるな」
「そうね、でも簡単な方法があるわよ」
「そうだな。しかもそれならエレベーターで降りるよりも断然早い」
アリスと黒瀬は意気投合しているが、小室にはどんな事か分からない。
(エレベーターよりも早く降りる? どうやるんだ?)
頭に?のマークをつくる。小室には想像もつかない。
アリスと黒瀬は後ろ二十メートルほど下がり、腕をぐるんぐるん回し、肩を馴らした。
「………………」
大体予想がついた。だが、数百メートルはあるんだぞ!?
アリスと黒瀬は競争するかのように走り、穴まで一直線に向かう。
「おいおいおい」
レオンは制止させようとするが、二人は止まらず、勢いを保ったまま穴へと飛び降りた。
「ひゃっほおおおお!!」
黒瀬の甲高い声がこだまし、どんどん遠くなっていった。
「………………」
「………………」
取り残されたレオンと小室は顔を見合わせる。
「俺たちも行くか?」
「無理ですね」
小室は即行で答えた。
あと二話くらいで終わります