29話 情報屋
1998年のラクーンシティ消滅を境に、世界ではバイオテロが多発、2001年には対バイオテロ部隊『FBC』がアメリカ合衆国によりモルガン・ランズディールを代表として設立したが、それでもバイオテロは増えていくばかりだ。そんな世界を救う価値などないのかもしれない。いつかはウィルスが世界中に散布され、人類滅亡の危機に陥るかもしれない。だが、そんなことをさせないために、戦うのだ。
「あっちぃ~」
小室は日本から持ってきたうちわをパタパタとはたき、顔に風を送る。それでも辺り一帯の暑さのせいで汗は止まらない。
「小室は南米は初めてか?」
隣を歩く黒瀬が汗一つかいていない、逆に涼しそうな顔でそう尋ねてきた。
「初めても何も外国自体初めてきたよ」
「初めての外国がB.O.W.がらみとはな」
小室たちは南米のとあるジャングルを歩いていた。黒瀬の友人、クリス・レッドフィールドによると、この近くで『化物を見た』との情報が相次いでいるらしい。そして、ここらでは、少女が何者かに誘拐されるとの情報まで入ってきている。B.O.W.とアンブレラが関係していないかを確かめに遥々日本からやって来たのだ。
「でも、本当に付いてくるなんてな。死んでも知らないぞ?」
「死ぬ気はないよ。日本には必ず帰らないとね」
元々は黒瀬一人で行く予定だったのを小室が何度もお願いして承諾を得たのだ。平野も行きたいとの事だったが、黒瀬に『大人数で行ってもなぁ』と言われ、ジャンケンをした結果、小室の勝ち。そういう経緯があって、二人は共にジャングルを歩いている。
「よし、着替えるか」
町からも遠く離れ、このジャングルを抜けた先はミックスコアトル村、その村でも少女が多く誘拐されてるらしい。
小室たちはリュックの中に入れておいた戦闘服に着替える。隣村の人たちの話によると、ミックスコアトル村の村人たちと連絡が途絶えたらしい。最悪の事態も考慮しなければいけない。
小室の装備は、ショットガン『イサカM37』、『グロック19』二丁、サバイバルナイフ一本だ。対し、黒瀬の装備は『グロック19』二丁、木刀、刀、サバイバルナイフ、ダガーナイフ二十本と何とも現代の戦闘服に不釣り合いな装備だ。
これらの装備は全て日本から南米までの密輸船に入れて送ってもらった。
「黒瀬、その装備凄く怪しくないか?」
戦闘服を着ておいて、そのほとんどは近接戦の武器だ。しかも、木刀に刀なんて……この姿を見た者は一週間は頭の中に黒瀬の格好が残り続けるだろう。
「そういう小室だって、近接戦よりじゃないか。普通はアサルトライフルかサブマシンガン辺りだと思うけど」
「僕はショットガンが好きなんだよ」
「でもポンプ式だとリロードめんどくさくない?」
「リロードタイムがこんなにも息吹を――て奴だよ」
「ふむ、よくわからん」
そんなこんな他愛もない話をしていると、目的地であるミックスコアトル村が見えてきた。
村の建物のほとんどが木造で一部の民家は水上に位置している。
「……? 人の気配がないな」
「……ああ」
それは小室も分かるほどの静けさだった。村にしては大きいはずなのに、聞こえてくるのは鳥のせせらぎぐらいだ。少し進むと、人が倒れているのを見つけた。
「小室、行くぞ」
小室たちは倒れている人物に駆け寄るが、その人物は頭を撃ち抜かれ、絶命していた。血はまだ固まっておらず、死んだのはついさっきということになる。
「誰がこんなことを……」
心からの冥福を祈る。
「小室、これを見てみろ」
黒瀬は男が着ていたシャツを捲る。そこには、肉を大きく抉られたような傷があった。
「なんだ……これ?」
小室の脳裏にあの記憶が甦る。忘れもしない。人が人を喰うあの恐ろしい光景を。
『アァァァ』
突如、どこからともなく、多くの人間が現れた。いや、それはもう人とは呼べないだろう。シャツは血で赤く染まり、白目を剥いている。身体の一部が欠損している者までいる。間違いない……
「〈奴ら〉だ……」
〈奴ら〉は人に噛み付き、そして噛まれた者まで〈奴ら〉に変える。
「噛まれるなよ、お前は抗体を持っていないんだからな」
「分かってる」
黒瀬はt-ウィルスへの抗体を持っている数少ない人物の一人だ。確か、抗体を持っている人間の割合は十人に一人、だったか。小室もその十人に一人、とは思っていない。
「動くな!」
小室はショットガンの銃口を向けるが、〈奴ら〉は聞かずに襲い掛かる。
「やっぱりダメか……」
〈奴ら〉の胸の辺りを狙い、トリガーを引き絞った。反動で銃が上を向くが抑えつけ、マズルフラッシュとともに飛び出した散弾は〈奴ら〉の頭を吹き飛ばした。
「さて、開戦だ」
黒瀬は木刀を腰から抜き、閃光のようなスピードで〈奴ら〉の頭を潰していく。その殲滅速度は、銃を使う小室よりも速い。
「流石だな……」
小室は溜め息をつき、トリガーを絞り続ける。だが、数は一向に減らず、増えていくばかりだ。
「行くぞ、チンタラしてると食われちまう」
「でもどこに行くんだ?」
「取り敢えず川の方へ、こいつらを連れて来た道を戻るわけにはいかないからな」
小室の背後から〈奴ら〉が二体襲い掛かるが、黒瀬がナイフを投げ、頭に命中させる。
「それってどうやるんだ? 今度僕にも教えてくれよ」
「思ってるより難しいぞ」
小室と黒瀬は走り出した。小室は走りながらショットガンを撃てるほどの技量はないので、ショットガンの銃床をバットのように振って使う。
「やっぱり先客がいるようだな」
地面には小室たちが倒したものではない〈奴ら〉の亡骸が倒れている。
「でも銃声がしないってことは……」
考えられるのは、〈奴ら〉の餌食になったか、それとも無事にこの村を脱出できたか。どちらにしても関係ないことだ。
「どわっ!?」
小室は目の前に出てきた生物に驚き、跳び跳ねる。出てきた生物は、蜘蛛をそのまま巨大化させたようなモノだった。
(夢に出そうだ……)
ショットガンを撃って巨大クモも身体をバラバラに吹き飛ばす。黒瀬は表情一つ変えずにクモを木刀で倒していく。何の抵抗もないのだろうか。絶対に接近戦はしたくない。
〈奴ら〉を倒しながら川の近くに出る。何体も同時に襲い掛かるが、黒瀬と小室のコンビネーションによりすぐに倒されていった。小室にとって黒瀬は親友であり師匠、黒瀬にとって小室は親友であり弟子だ。何年も黒瀬に格闘技を習った。黒瀬のやりたいことなどすぐに分かる。
「あのボートに乗ろう」
黒瀬が指差したのは、古いエンジン付きのボートだった。
「良いね、さっさとこの村とはおさらばだ」
小室がボートに近づこうとすると、川の中から何かが飛び出す。その何かは、小室の頭上へと落下――せず、乾いた二発の銃声とともに川にリリースされた。
「おにーさんたち、危なかったねぇ」
フードを着た少々小柄な女性がハンドガン片手に現れた。顔はフードでよく見えないが、声で女性だと分かる。
「また来るぞ!」
黒瀬の声により再び戦闘状態に入る。川から巨大なカエルが飛び出してきた。さっき小室を襲おうとしたのもこいつだ。鋭そうな水かき、目は小さく退化している。
「気を付けろ、そいつはハンターγ、通称『フロッガー』だ。丸のみにされるぞ」
なるほど、確かにハンターの面影がある。
「カエルに丸のみされたくないな」
「俺もだよ」
ハンタータイプの知能と俊敏な動きは前に経験している。小室は速射し、ただ『当てる』ことに専念する。ハンタータイプは狙う時間など与えないほど素早く動くのだ。
小室の攻撃で怯んだフロッガーを黒瀬は抜かりなく倒す。
「黒瀬、ボートのエンジンをかけてくれ。君も乗るなら来い!」
フードの女性に呼び掛ける。フードの女性は辺りの敵を倒すとこちらに向かってきた。
「すぐに出すぞ、乗れ!」
小室とフードの女性はボートに乗り込み、黒瀬は直ぐにボートを発進させた。
「ふぅ、なんとか危機は去ったな」
黒瀬は気の抜けた声で言った。隣に知らない女性が座っていると言うのに。
「君の名前は?」
このままだと気まずいので小室は話し掛ける。
「ソフィア・ラライン、情報屋よ」
女性はフードの取り、その顔を見せた。褐色肌で金髪のセミロング、小室たちよりも年下に見える。
「情報屋?」
小室は疑問を口にするが、ソフィアは右手で『マネー』のマークを作った。
(金ね……)
どうやらソフィアはこれ以上聞くには金が必要とのことらしい。しかし、小室の財布には必要な分だけのお金しか入っていない。
「ソフィアが知っている情報はいくらほど価値があるんだ?」
黒瀬が聞いた。
「そうだね、この情報は五百万はくだらないね」
「わかった、後払いになるが、五百万払おう」
すぐに黒瀬は答えた。
「本当?」
「本当だ。通帳を見てみろ」
黒瀬は防水加工がしてあるサイドパックから通帳を取り出し、ソフィアに中身を見せた。
「うわぁ、凄い。おにーさんはお金持ちなんだね」
なんだろう。スゴく見たい。
「交渉成立、何でも聞いて」
「あの村はなぜああなった?」
「それはマヌエラ・ヒダルゴが関係してるね。アタシがあの村で発見した瀕死状態の人から聞いた話によれば、マヌエラ・ヒダルゴが現れた後にとんでもない怪物が村を襲ったらしいの。それで村はあんな状態」
〈奴ら〉に化したということはt-ウィルスの強化系か。
「そのマヌエラ・ヒダルゴってのは?」
「ハヴィエ・ヒダルゴの一人娘よ。名前くらいは聞いたことがあるよね?」
小室は何の事か分からないが、代わりに黒瀬が答える。
「ハヴィエ・ヒダルゴ、犯罪組織『聖なる蛇達』のボスだ。麻薬王とも呼ばれている」
黒瀬は何でも知っているんだな、と小室は思った。
「そう、その娘が何故かハヴィエの元から逃げ出し、辿り着いたのがあの村よ」
「その後、マヌエラはどうなった?」
「金髪のアメリカ人二人組によって連れて行かれたわ。一人はかなりの手練れよ。化物たちをものともしなかったわ」
〈奴ら〉をもんともせずに倒せる奴といえば、
「『FBC』か?」
黒い噂が絶えない『FBC』だが、その中にも手練れはいるだろう。
「ううん、『FBC』がこの辺りで展開している話は聞いていない。謎の人物ね」
「まぁ、小室、俺たちの目的は決まった」
「ああ。そのハヴィエを締めに行くんだろ?」
あの村を惨状と化した奴を放っておけない。それは小室も黒瀬も同じ気持ちだ。
「んじゃ、殴り込みに行きますか」
今後の予定
5話くらいで5章を終わらせる。