リョウSIDE
「ぎゃああああああ!」
通路を歩いていると、透き通った女の声なのに下品な叫び声が聞こえてきた。
「生き残りか!?」
俺はナイフを構え、走り出す。声が聞こえてきた通路を曲がろうとすると、
「うおっ!?」
「痛ッ!?」
同じタイミングで曲がってきたさっきの声の主であろう人物と激しく衝突した。二人とも全力疾走であったためか、その威力は俺が背後に飛ばされるほどだった。
「いてて……大丈夫か?」
声の主はしりもちをついており、痛そうにお尻を擦っていた。
「大丈夫じゃないよ! このアホチン!」
ひどい言い草だ。助けようと駆けつけたのに。
『アーアーアー』
女性の背後にゾンビが近づいてきていた。
「クソ!」
俺は直ぐ様立ち上がり、今にも女性に襲いかかろうとしているゾンビの顔面を殴る。ゾンビは思いっきり後ろに倒れ、その間に頭にナイフを突き刺した。
「全く……」
頬についた血を拭い、女に近寄る。
「ほら、立て」
俺は女に手を差し伸べる。俺の手を掴み、女は立ち上がった。
改めてその姿を見てみる。黒いドレスにショートの黒髪、中性的な顔立ちをしているその女性は、有名なピアノ演奏家、ユーチェン・ハンだ。
「なに!? ボクの身体を舐め回すように見て……」
「ボク……?」
女がボク? 初めて聞いたよ。もしかして、本当は男だったり?
「あの、性別は?」
「女だよ! 君もボクを男だって言うのか!?」
「言わないけど……」
なるほど、女にも一人称が『ボク』の奴がいるんだな。覚えておこう。
「俺の名前はクロセ・リョウだ。見ての通り、ただの客だよ」
「ただの客がナイフを?」
痛いところを突かれるなぁ。……ナイフだけに。
「君は?」
知ってはいるが、一応聞いてみた。
「ボクの名前はユーチェン・ハン。演奏家だよ」
演奏家、言うわりには子供だな。俺より二歳か三歳年下なだけだけど。まぁ、あれほどのピアノが上手いんだ。実力は本物だろう。何より無事で良かった。
「ユーチェン、船内は非常に危険な状態だ。俺と行動してくれ。良いな?」
「やだ」
「…………」
「お父様が、知らない人には着いていくなって」
なるほど、そう教育されたのか。確かに知らない人にはついて行ったら駄目だな。
「じゃ、頑張れ。生きて脱出できたらいいな」
俺が走り去ろうとすると、
「ちょ!? 待ってよ!」
ユーチェンが俺の手を掴んだ。
「なんだ?」
「か弱い女の子を一人にする気か!?」
うわー、出たよ。こんな奴には注意しろって香月から言われてんだよなぁ。助けたせいで自分も死ぬから。
ま、でも助けを求められたのに見捨てることなんて俺には出来ない。……ほんと、いつか人を助けて死ぬかもな。
俺たちは歩きながら話す。
「誰か知り合いは乗ってるのか?」
「いや、ボクだけだ。マネージャーも連れてきてない」
「それはそれは」
「そもそもお父様が悪いんだ。ボクは久々に休暇を取りたかったのに、お父様がこの船での仕事を入れるから。どうやら、他のお金持ちの人にも演奏を聞かせてやって、自分の地位を向上させたいんだってさ。ボクの演奏なのに、全てお父様の力になるんだ」
「…………」
何かよくわからんけど、語り始めたぞ。
「そもそもボクは趣味でピアノを始めたんだ。暇なときに弾いて楽しむ。でも、お父様はボクに才能があるとか言い出して、コンクールとかに出場させて……それでテレビに出るようになって。終いには豪華客船で弾くようになった!」
「それって駄目なのか?」
人生としては成功しているように思えるんだけど。
「駄目だよ! ボクは学校に通って、友達と話して、そして好きな人とか出来るような生活を送りたかったんだ。でも……今じゃそんなこと出来ない」
うわ、学校に通えないのは辛いな。俺も関東を脱出してからの四ヶ月、ずっと暇だったし。学校に行ってもサボるだけなんだけどな。
「んじゃ、お父様とやらにそれ言えば良かったんじゃないか?」
「嫌だよ。お父様が悲しむ」
「…………」
香月……女ってこんなやつもいるのか?
まぁ、ユーチェンは結局、お父さんのことを嫌いにはなれないってやつだな。俺にはよくわからんけど。
バリーSIDE
「ありがとう。気をつけて帰ってくれ」
『バリーも気を付けろよ』
元S.T.A.R.S.のメンバー、バリー・バートンは、友人のヘリで送ってもらい、豪華客船スターライト号のサイドデッキに下り立った。
友人がヘリで帰るのを見送ると、肩に掛けていたアサルトライフルを掴み、トリガーに指を当てる。
ヘリの中で散々無線で応答を願ったが、何の返事もなかった。バリーの予想なら、既に船内で最悪な事が起こっているのだろう。
雨がポツポツと降ってきた。予報では嵐になるらしい。バリーは船内に入るドアを開け、音を出さずに中に入る。
「……サイアクだな」
バリーは船内の光景を見て、そう呟いた。
ロビーの床には血や肉が飛び散り、顔が青ざめた人間がかすれた声を出しながら辺りを徘徊している。死者たちは高級そうなドレスやスーツを血で汚し、食欲を満たすために食料である人間を探している。
バリーはゾンビに見つからないように、ソファーの後ろに身を隠す。
「クソ、やはり遅かったか……」
船員や客がゾンビ化しているのを見る限り、新型B.O.W.はt-ウィルス系統の化物のようだ。
バリーの武器は、アサルトライフル、ハンドガン、愛用のマグナム、ナイフといったところだ。これだけの武器でゾンビと新型B.O.W.の相手をしなければいけない。
「味方がいてくれれば良いんだが……」
淡い期待を胸に、バリーは音を出さずにロビーを突破する。奴らと戦っている時間はない。早急に新型B.O.W.を倒し、生存者を連れて脱出しなければいけないのだ。こんなに大きな船である。救命ボートもたくさんあるだろう。
バリーは行く手を遮る邪魔なゾンビの背後に静かに近寄り、顎を掴んで固定させ、ナイフで首をかっさばいた。
倒れるゾンビの身体を支え、音を立てないように静かに床に倒す。
「これじゃ、生存者がいるなんて分からんな」
辺りの惨状を見れば分かる。生き残りがいたとしても数えれるほどだろう。
「キャー!」
バリーの耳に少女の叫び声が聞こえてきた。
「生存者か!?」
バリーは前方にいるゾンビを無視し、生存者の方に向かう。目の前の扉を蹴り破り、奥へと進むとその姿が見えた。屈強な肉体の大男が、少女に襲いかかろうとしている。少女の腕には既に裂傷がある。
「クソ!」
アサルトライフルを構えて、大男の背中に向けて撃った。案の定、大男の目標はバリーに代わり、その屈強な肉体を活かした力任せの攻撃を仕掛けてくる。だが、バリーは元S.T.A.R.S.だ。攻撃を軽やかに避け、すぐに体勢を立て直す。
「こいつが噂の新型B.O.W.か……」
洋館で見たタイラントの改良型にも見える。
『ウオオオオオ!』
大男は雄叫びをあげながら、バリーに突進してくる。
(速い!?)
バリーは咄嗟に判断し、右に跳んで攻撃を避ける。
やはり外見で惑わされてはいけないようだ。知能はあまりないようだが、それ故に注意しなければいけない。
「バケモン、喰らいやがれ!」
バリーはアサルトライフルの引き金を絞る。タタタタタンと軽いリズムで、弾が銃口から弾き出され、大男の身体に食い込んでいく。すぐにカチカチと音が鳴り、弾切れを知らせられ、マガジンを捨てて新たなマガジンを装填する。
流石に大男もダメージを負ったようで、動きが鈍くなっている。もう一押しだ。
「喰らえ!」
マガジンの弾を空っぽにする勢いでバリーは容赦なく、ありったけの弾を喰らわせた。
『オオオ……』
大男は膝を崩し、ドスン! と床に倒れこむ。そして、アメーバのようにドロドロに溶け、その姿は見えなくなった。
「やったか……?」
手応えがない気のするが……。バリーはアサルトライフルのマガジンを交換し、少女に近づく。
「怪我は大丈夫か?」
「ええ……」
バリーは裂傷があるはずの少女の腕を見るが、何故か跡形もなく消えていた。
「傷が……なくなっている?」
「傷? 何の事?」
どういうことだろうか。バリーが見た腕の裂傷は見間違いだったのか? いや、見間違いだったのだろう。傷がすぐになくなるはずがない。
「すまない、おかしなことを言った。俺はバリー・バートン、君は?」
「ルシアよ。バリーはレオンの友達?」
「レオン?」
予想もしていない名前が出てきた。レオン・S・ケネディとは、一度顔を合わせている。
「知り合いだが……なぜ?」
「銃を持っているし、レオンもバリーのように強かったわ。離ればなれなってしまったけど……」
「レオンもここにいるのか?」
「ええ。この船のどこかにいると思うわ」
アメリカのエージェントが銃持ちでこの場所にいるということは、ただの休暇ではないみたいだ。合衆国も今回の新型B.O.W.の件を知っていたのだろう。目標はもう倒してしまったが。
「ルシア、俺に付いてきてくれ。レオンを見つけた後、この船を脱出する」
さて、もう一仕事だ。
4章は10話以内に終わらせる!