俺たち三人は、薬物中毒者の大群をくぐり抜ける。
「どこに向かうんだ!?」
「警察署だ! あの車に乗ろう」
警察官がパトカーを指差す。
中毒者は、いつの間にかどんどん数が増え、このままじゃ囲まれる勢いだ。
「迷っている場合じゃなさそうだ」
警察官とクレアは前の席へ、俺はクレアの後ろの後部座席に乗る。
警察官は、大急ぎで車を発進させた。
俺はふと左を見ると、顔を真っ青にした人間が乗っていた。しかし、服は血だらけでピクリとも動かない。死んでいるのだろうか。
「どうなっているの?」
「さあな。たった今着任した所さ」
そりゃ不幸なことで。
窓から外を見るが、さっきのような奴等が外を彷徨いていた。これじゃまるで映画のあいつらのようだ。
「俺はレオン、レオン・S・ケネディだ」
「私はクレア・レッドフィールドよ」
「クロセ・リョウだ」
簡単な自己紹介を済ませる。
「クレア、ダッシュボードの中を」
クレアはダッシュボード開ける。
「……銃があるわ」
「それが君の武器だ。リョウは銃を持っているか?」
「いいや。でも大丈夫だ。ナイフならたくさん持ってる。これを投げればいいさ」
まぁ、銃を人に撃つのは抵抗があるしな。今はそれを言っている場合じゃないが。何故かテロリスト相手にも引き金を引くことを躊躇してしまう。
その代わりナイフなら全然大丈夫だ。斬ったり刺したりなんて迷わずやれる。ほんと、何でだろうな。
「警察署までもう少しだ」
レオンさんがそう言った直後、
「アア~」
さっきの死んでいたと思っていた奴がいきなり動き出してレオンさんにしがみついた。
「ぐ、くそ!」
男をレオンさんから引き剥がそうとするが、すごい力だ。
ついには、車がスリップして電柱にぶつかり止まってしまった。男は車が電柱にぶつかった衝撃で後部ガラスを割り、外に飛んでいった。
「だ、大丈夫か?」
「ええ。何とか」
「ひでえ痛みだ」
車は動かなくなってしまった。ここからは徒歩か。
「まずいわ! トラックがこっちに来る!」
後ろを見ると、大型トラックが車を突き飛ばしながら俺たちのもとへと一直線で向かってきていた。
「逃げろ!!」
俺たちはすぐさま車のドアを開け、脱出する。その直後、トラックが俺たちがさっきまで乗っていたパトカーを踏み潰し横転。しかもそれだけではなく、ガソリンに火が引火し、トラックが大爆発を引き起こした。
「がァ、くそ!」
咄嗟に伏せたお陰で爆発には巻き込まれなかったが、ひどい耳鳴りだ。今すぐ耳を引きちぎりたい。
「リョウ! 大丈夫!?」
クレアが俺に近寄ってきた。
「ああ。何とか」
俺はクレアの手を借りて立ち上がる。
「クレア! リョウ! 聞こえるか!?」
レオンさんの声が、炎で燃えているトラックの向こうから聞こえてきた。
「こっちは無事よ!」
「警察署へ急げ! 俺も行く!」
「わかったわ。気を付けて!」
そう言って、俺はナイフを、クレアは銃を構える。
目の前にはあれだ、その、ゾンビがたくさんいるよ。もうゾンビでいいや。似てるしね。
「警察署の裏口よ。一気に駆け抜けるわ」
「おう!」
俺は、進行に障害があるゾンビを投げ飛ばしながら走る。クレアはゾンビの頭を正確に撃ち抜いていく。
「上手いね。クリスさんから?」
「ええ。兄さんに色々と教わったわ」
兄の方も頼もしかったが、妹の方も頼もしい。しっかりした兄妹のようだ。
俺たちは警察署の裏口を開け、中に入る。
「アアアアア」
「ウアアアアア」
ゾンビの呻き声があちらこちらからする。どうやら警察署も安全ではないみたい。
「ガアアアア」
警察官ゾンビが襲い掛かるが、腕をひょいと掴んで投げ、壁にぶつける。
「…………」
こいつらはゾンビのような行動をしているが、触れてみると、しっかり熱がある。熱いぐらいだ。映画のように死体が動く、というわけではなさそうだ。死体が動く時点でおかしいわけだが。
「リョウ、こっちよ!」
クレアが開けたドアから進み、警察署の中へと入る。
細い通路だ。ゾンビが正面から来ても通り抜けは出来ない。
「クレア、懐中電灯だ。それに栄養食品」
周りにゾンビがいないことを確認し、リュックから道具を出してクレアに渡す。
「ありがとう」
残念ながら無線機は一個しかない。リュックでは身動きが取りにくいので、死体になった警察官のサイドパックを取って必要な分だけを入れる。
そうこう作業をしていると、パラパラとヘリのプロペラ音がしてきた。
「近くにヘリが!?」
その直後、この通路の天井を何かが突き破った。
辺りに砂ぼこりが舞う。
「ゲホゲホッ、一体何!?」
「あれは……」
俺たちの前には、人がいた。
いや、違う。
スキンヘッドで灰色の肌、身長は二メートルを越えており、全身をコートで包み込んでいる。
「人間じゃねえ!!」
スキンヘッドは俺たちにダッシュで近づいてくる。
「なっ!?」
咄嗟のことで、俺は反応できず、スキンヘッドのタックルをもろに喰らい、数メートル吹き飛んだ。
「リョウ!? この!」
クレアは、スキンヘッドに銃弾を撃ち込むが、全然効いていない。あのコートは防弾チョッキの役割もしているようだ。
「くそ! このタイラントが!!」
俺は立ち上がりスキンヘッドの胴体にナイフを投げる。ナイフはコートに刺さるが、コートが厚く、肌には届いていないようだ。ちなみにタイラントとは日本語で『暴君』と言う意味だ。こいつにぴったり。
タイラントは一言も発さず、ゆっくりと近づいてくる。
後ろに逃げても外に出ればゾンビ、正面にはタイラント。
「クレア、俺が隙を作る。一気に向こう側まで走り抜けてくれ」
「そんな、無理よ。一緒に逃げましょう」
クレアはそう言うが、二人一緒に駆け抜けられるほどのスペースはこの通路にはない。
「大丈夫だ。すぐに追い付く。……絶対だ」
「……絶対だからね」
その言葉を聞き、俺はタイラントに殴りかかる。
「絶対よ!」
その隙にクレアは狭いスペースをくぐり抜けて走っていった。
「よっし」
これで一対一だ。こいつをここで倒す。
いや、逃げてもいいのよ? でもさ、こいつをほったらかしとくと何処までも追い掛けてきそうなんだよ。そうなれば警察署にいるクレアやレオンさん、その他に生き残っている人も危険に晒されるかもしれない。そんな奴をほったらかしに出来ないだろ。
タイラントは素手で殴りかかるが、それをひょいと避ける。こいつはちょっとでかすぎるので投げ技は出来ないな。
とりあえず隙ができたので、腹に何発もパンチを打ち込む。
「くうぅ」
手がジンジンする。そういえば防弾チョッキだったな。
蹴りを避け、俺は走って壁を蹴り、タイラントの頭に膝をぶちこむ。
「痛い」
皮膚もそれなりに硬い。
着地して、振り向こうとするが、その前にタイラントに足を掴まれた。
「なに!?」
持ち上げられ、壁と床に叩き付けられる。
「いッてェ」
今ので骨が折れたかも。
しかし、俺は立ち上がる。
「まだまだやれるよ」
☆
「ああ、くそ!」
タイラントはやっと膝を着いた。こっちはもうボロボロだ。動きは単調だが、無表情で無口なので行動が読みづらく何発もパンチを貰ってしまった。
「あとはとどめをささないとな」
上着からナイフを取り出す。頭は硬そうだから首に刺せばいいのか?
そんなことを考え、タイラントの真正面に立つ。
「これで終わりだよ」
俺はナイフを大きく振りかざすが、
「…………」
タイラントが無言で立ち上がり 俺に助走なしタックルを喰らわせた。
「いっ!?」
俺は盛大に尻餅をついた。
すぐに立ち上がろうとするが、タイラントに首を掴まれ持ち上げられる。
「うぐぎ……」
息が出来ない。手を放させようとするが、力が強い。
このまま、窒息死か首の骨が折れて死ぬかかと思ったが、窓の外に投げられてしまった。
「うお!」
受け身を取って着地する。奴がバカなお陰で何とか助かった。
レオンさんとクレアに合流しないといけないが、ドアの前には二十体以上のゾンビが群がっており警察署の中に入れない。さすがの俺でもあの大群をナイフ残り六本で倒せそうにないし、わざわざ大量のゾンビの中に突っ込みたくはない。
ここまでのようだ。俺は無線機をつける。
「レオンさん、いますか?」
〈リョウか!? 今どこにいる? クレアと合流したぞ〉
〈リョウ、何処なの!?〉
「すいません、合流出来なくなりました。俺は自分で脱出の方法を考えます。レオンさん、クレア、幸運を祈ります。運が良かったら街の外で会いましょう」
〈リョウ──〉
俺は無線を切る。
もう警察署の中には入れなくなった。あとは街に繰り出すしかない。生存者を助けてこの街からさっさと脱出しよう。
明日には日本に帰らないといけないんでね。
タイラントに素手で勝つ男……