学年順位!
「く、く、く、悔しいぃぃ!」
高城沙耶は、掲示板に張り出された順位を見て、その感情をあらわにした。
新しく通い始めた巡ヶ丘市の高校、この学校でも頭の良さなら誰にも負けない自信はあったが、忘れてしまっていた存在がいた。
張り出された順位表には、テストの学年トップ10が書かれているが、高城は二位、その上は黒瀬だった。
(あいつの存在を忘れるなんて、バカなの!?)
黒瀬の存在自体を忘れていたわけではない。彼の頭脳の存在を忘れていたのだ。
あの四ヶ月、ずっと同じ家で過ごしてきたのが、今回の失敗に繋がったようである。家での黒瀬といえば、ロリコンのようにありすに優しく接し、鈍感さをフルパワーにして香月にいつも殴られている。そんな黒瀬の姿を毎日、見ていた高城の目には、ただのバカにしか写らなかっただろう。
「高城さん、落ち着いてください。良くあることじゃないですか」
「うっさい、デブチン!」
高城は平野の頭を小突く。
だが、平野の言う通り、良くあることなのだ。いや、よくではない。一年生の一学期から、黒瀬が学年一位、高城が学年二位という一回も変わったことのない順位のままだ。
「はぁ……」
それにしても、未だに分からないことがある。何故黒瀬は頭が良いのか、という疑問だ。黒瀬は授業を真面目に受けていない。それによくサボっている。それなのに、黒瀬は学年トップを別の高校でも保ち続けているのだ。その理由を昔に聞いたことがあるが、何故か勉強しないでも普通に分かると言う。
(んな、アホな……)
と、高城も思うが、黒瀬が嘘を言っているようにも思えない。
「よし、今日こそあいつの真実を突き止めてやるんだから!」
「え? 黒瀬の所に行くんですか?」
「ええ、そうよ。文句ある?」
「いえ、文句はないですけど、黒瀬なら中庭に……」
高城は窓から中庭を見る。中庭のベンチには小室と黒瀬が座り、昼食をとっていたが、その行為は十人にも及ぶ男子生徒によって遮られた。
「てめぇが二年の黒瀬と小室か……。聞いてるぜぇ? 転校してきてから間もないってのに調子にのってんだろ?」
「え? 別に調子にはのってないけど」
二階にいる高城たちにはそんな会話が聞こえている。高城たちの周りにも、いつも間にか大勢の生徒たちが、窓から中庭を見ていた。これから起きることが気になるのだろう。
「高城さん、ヤバイんじゃないですか? あいつらは学校で有名なヤンキー集団ですよ」
「アンタは今まで何を見てきたのよ」
黒瀬は武道の達人だ。小室も最近、黒瀬から武道を習っているらしい。黒瀬から習うということは、既に小室も化け物レベルになっているかもしれない。
「やっぱり調子にのってんなぁ!? よっしゃぁ、こいつらの顔面をジャガイモにしてやれ!」
十人が一斉に小室と黒瀬に襲い掛かるが、その光景はまるで映画さながらで、黒瀬たちは十人の攻撃を全て避けている。黒瀬は武道の有段者ということもあり、目立った場所では手を出したくないのだろう。不良たちに怪我をさせたとなれば、悪となるのは黒瀬の方だ。何とも世知辛い世の中なのだろう。
「凄い……」
平野の口から絶句の声が漏れる。いや、絶句をしているのは、この光景を見ている全員だ。ギャラリーは飛んでもない人数になっており、中庭の状況を静かに見守っている。
黒瀬と小室は、次から次へと襲い掛かる不良の鉄パイプやバッドの攻撃をかすりもしないで避ける。黒瀬ならそのくらい簡単だと高城は理解しているが、小室も中々のものだ。黒瀬に攻撃の避け方でも習ったのだろうか。
開始から五分も経つと、ギャラリーの数は三百人を越えており、四階、三階、二階、一階の窓から興奮気味にその光景を見ている。その中には教師の姿も見えるが、どうやら止めるはつもりはないようだ。
(どこの学校でも教師はクズなのね)
高城の脳裏に一瞬、あのメガネ教師が写ったが、すぐに振り払う。
七分も経つと、不良たちも殴りかかるのに疲れたようで、地面に倒れこむ。
「こいつら……化け物か?」
不良のリーダー格は、汗でダラダラになりながらも、黒瀬と小室に向かって疑問を口にする。
「もちろん人間だ」
『おおおおおお!』
パチパチと、その光景を見ていたギャラリーから、惜しみ無い拍手が小室たちに贈られる。黒瀬と小室は、一切不良に手を出さず、勝利を収めたのだ。
「お前ら、早く散れ!」
先程までその光景を何もせずに眺めていた大人たちが、教師面をして生徒たちを教室に戻す。
この神業とも言える光景を見せられても、高城の気持ちは燃え盛っていた。
「次こそは……」
「次こそは?」
「黒瀬を超えてやる!」
そう宣言したのだった。
記者の仕事!
記者の仕事も大変だ。
行きたくないところに行かされ、やりたくない仕事をやらされる。フリーという選択肢もあったが、フリーになるには、歳をとってからと佐藤は考えているので、普通の雑誌出版会社に務めることにした。
そして、佐藤リコが今回取材で向かわせられた場所は、関東ギリギリにある臨時につくられた自衛隊の基地だ。この基地にいる自衛隊の仕事は、関東に誰も入らないように規制線を張ることと、その見張り。又、感染者が近づいてきた場合、感染者の排除だ。
(全く、何でこんな場所に送られるんだか)
不満が積もるばかりだが、仕事をやらないわけにはいかない。
自衛隊の基地に近づくにつれ、人気が多くなってきた。その理由は分かっている。
感染者を殺さずに保護しようとする団体がデモを起こしているのだ。
(……バカらしいわ)
当事者からしてみれば、あんな化け物を保護するなんて馬鹿げている。ゾンビは人に噛みつき、傷口から感染させ、ゾンビを増やしていく。そんな光景を何度も目の当たりにされれば、デモを起こしている連中は何も知らない異常者でしかない。当然、佐藤もそのことは理解している。
「はぁ……」
自衛隊の基地に近づけば近づくほど嫌気が刺してくる。取材の内容は、1 感染者にどのような処置を施しているか
2 関東の状況は? 3 何故感染者を保護しないのか
「…………」
3の質問は、1で殺す前提の質問だと思うが、それは置いておこう。今は、このデモ行進をどうにか潜り抜け、自衛隊の基地に入らなければならないのだから。
「あ~、終わった~」
佐藤はだらりとした声を出し、背をぐっと伸ばす。
(後は基地から出て、福岡に帰れば終わり!)
佐藤としては、こんなところから今すぐにでも離れたかった。
「突破されたぞ!!」
「撃てぇぇぇぇ!!」
タタン、タタンとアサルトライフルの銃声が鳴る。
何に突破されたというのか。ゾンビなら黒瀬に聞いた情報だと、栄養を取らなければ死んでしまうと聞いているので、ゾンビの可能性は有り得ない。リッカーだろうか?
落ち着いて考えていると、その姿が見えた。体は緑色で人間と爬虫類を合わせたような生物、ハンターだ。あの研究所の生き残りがいたのだろう。
全部で五体、次々に自衛隊員の首を鋭い爪で刈っていく。
「これはヤバそう」
空手の黒帯を習得している佐藤にも、あんな化け物に素手相手で立ち向かう勇気はない。というか、あんな化け物を素手で倒せる人間などいないだろう。
佐藤の目の前に、頭のない自衛隊の死体が飛んできた。それと同時に、一匹のハンターも。
「あの、狙うなら自衛隊にしてくれません?」
もちろんハンターにそんな言葉は通用しない。
ハンターは鋭い爪で襲い掛かる。
「いーやー!」
佐藤は前方にローリングし、ハンターの後ろに回る。素早く背中にチョップを喰らわせ、少しよろけたところで回し蹴りを喰らわせた。ハンターは転倒するが、直ぐに立ち上がった。
「やっぱり素手じゃ無理ね」
佐藤は死んだ自衛隊に駆け寄り、ハンドガンとサバイバルナイフを拝借する。
「構えはこうでいいのよね?」
重心を低くし、ハンドガンを右手に、ナイフを逆手にして左手に持ってグリップに添える。黒瀬に習った構え方だが、これがハンターに通用するかどうかは分からない。
腕を上げて近づいてくるハンターに佐藤は二発発砲した。肩に当たるが、ダメージはそれほど受けていない。
「ほんと、めんどくさいわね!」
ハンターが至近距離に入る前、弾有る限り撃ち続ける。だが、それでも倒れない。銃を捨て、左手に持っているナイフを、黒瀬の真似をして投げつける。ナイフはハンターの頭上を通り越していった。
(こんなのを命中させるなんて……)
佐藤は改めて黒瀬の凄さを実感した。しかも、黒瀬は同時に八本投げて全て命中させることが出来るのだ。もう神業の域に達している。
ハンターは飛び掛かるが、ギリギリで避ける。
「あとはこれしかないわね」
佐藤が掴んだのは、首から下げているカメラ。記者としては、カメラは相棒のようなものだが、佐藤にはそういう思い入れはない。カメラはただのモノ、商売道具である。
ネックストラップをくるくる回し、遠心力でカメラの威力を高めていく。
「さぁ、来なさい!」
ハンターは腕の突き出し攻撃を行うが、それをステップで避け、鈍器と化したカメラを顎に喰らわせる。ハンターは数秒立ち止まった後、ゆっくりと膝をついて倒れた。
残りの四体はもうそろそろで除去されるだろう。
「今のうちに退散退散!」
何とか命は助かったが、壊れた一眼レフカメラは高くつくだった。
あと一、二話で番外編は終了します