クレアと買い物!
八月二十八日
俺は一人で、アメリカまでやって来ていた。そして、今の俺の両手は、紙袋でいっぱいだった。
「クレア、まだ買うのか?」
「ええ、もうそろそろ肌寒くなるから」
何を買っているかというと、ラクーンシティをレオンさん、クレアと共に脱出したシェリー・バーキンの服やら何やらである。
シェリーはアメリカ政府による厳重な監視下のもと、軟禁状態にされている。アルバート・ウェスカーに連れ去られた件で、その監視の目はもっと厳重になったという。
クレアに聞いた話に寄ると、シェリーの両親はアンブレラの研究員だったそうだ。父はG-ウィルスを自身に打ち、化け物に……。シェリーの体にはG-ウィルスの胚が植え付けられたが、レオンさんとクレア、そしてシェリーの母のおかげで何とか命は助かった。だが、母は死に、完全に化け物になった父は、レオンさんとクレアによって倒されたらしい。
両親を失う……か。
ありすもシェリーも幼くして親を亡くしている。そしたら、俺もクレアも含まれるが、違いはアンブレラの造ったウィルスで失ったことか。
「ほら、荷物持って」
「あいよ」
今更だが、俺がアメリカに来た理由は、荷物持ちである。クレアから呼び出されたと思ったらこれだ。日本から遥々やって来て、目的が荷物持ちだぞ!? もうそろそろで学校だっていうのに……。
大型ショッピングセンターということもあり、一気に物が買えるのは良いことだが、俺の手が限界なのである。
「キャアアアアアアア!!」
いきなり、二階の方から女性の叫び声が聞こえてきた。
「なんなの!?」
「良くないのは確かだな」
二階から緑の物体が俺たちの前に飛び降りてきた。
「シャアア!」
「…………」
「…………」
なんか……もう……見慣れた顔だわ。
「うああああ!!」
「バケモノだああ!」
周りはパニック状態で、ハンターから直ぐ様逃げていく。
「クレア、今両手がふさがってんだけど」
「床に置けばいいでしょ」
「その通りですね」
俺は荷物を床に置き、戦闘態勢を取る。
「クレア、武器は?」
「残念ながら持ってきてないわ」
「そりゃほんとに残念だな」
ハンターが俺たちを取り囲む。
「ねぇ、どうしてハンターがこんなところにいるんだと思う?」
「知らん。どっかのテログループのペットかもな」
今は考えることよりも倒すことを優先するか。
ハンターは俊敏な動きで俺との距離を詰め、その鋭利な爪で、肉を引き裂こうとする。が、上にジャンプして回避し、着地と同時に手をグーの形にしてハンターの頭を叩き割った。
次から次へとハンターが襲い掛かってくるが、攻撃を全てかわし、柔道で叩き伏せる。もちろん、それで倒せるほど柔な相手じゃない。
「お、良いもんみっけ」
俺は観葉植物の幹を掴み、振り上げて陶器鉢をハンターの頭に叩きつけた。陶器鉢はバリンと割れ、使い物にならなくなる。
「あと三体だな」
二体はクレアが相手をしてくれている。残りはぱぱっと倒すか。
先頭にいたハンターが、いつもと同じ単調な攻撃を繰り出してくるが、俺はその腕を掴み、ハンマー投げの様に体を回転させ、頃合いを見て手を放す。俺の手から離れたハンターはその勢いのまま、壁に背中を激突させた。次に、後方にいたハンターが襲い掛かってくるが、俺は気配を察知し、その場でバク転をしてハンターの背後に回る。足を上に振り上げ、ハンターが振り向いたところで、強く降り下ろした。俺の踵はハンターの頭蓋骨を割った。最後に、直ぐ近くにいたハンターの両肩を掴んで動けないようし、その頭にヘッドバッドを喰らわせる。
「うん、終了!」
「こっちもよ」
クレアも素手だったので手こずったものの、無傷でハンターを倒していた。
「もう居ないみたいだな」
全部で七体か。多分、どっかのテロリストがハンターの性能実験ということで、ショッピングセンターに放ったのだろう。結果は失敗に終わったわけだが。
「大丈夫ですか!?」
全てが終わってから、大量の警備員が駆け付ける。
「誰かに倒されたっぽいよ? 俺は見てないけど」
「私も見てないわ」
俺は床に置いた袋を取り、格好よくその場を去るのだった。
小室の悩み!?
八月三十一日
小室孝は悩んでいた。
その悩みとは、自身がリーダーに抜擢されているということである。
小室はリーダーに向いていると言われるが、小室自身は納得が出来なかった。
(どう考えても黒瀬の方が向いてるんだよなぁ)
頭も良いし、戦闘力も黒瀬の方が上だ。それなのに何故自分がリーダーなのか? 黒瀬にも聞いたが、『お前の性格は皆に好かれるんだよ』と、よくわからない回答を貰った。
今確信した事は、今のままではダメだ、ということだった。
何かあったときのリーダーなのに、戦闘力は毒島や黒瀬の方が上だ。
(護身術とか習っといた方が良いな)
素手で戦う場合、小室は殴る蹴るの単純な攻撃しか出来ない。しかし、柔道や空手、合気道などを習っておけばどうだ? 殴る蹴るよりも、スマートに相手を倒すことが出来る。それに合気道は、相手に怪我をさせることもなく、敵を無力化出来ると聞いている。
「よし!」
小室は決意を固め、外に飛び出た。
高城の家は庭も含め、飛んでもない広さだが、黒瀬がいる場所は大体分かっていた。この四ヶ月間、ずっと同じ家で過ごしているのだ。あの場所にいるだろう。
庭の噴水の近くにある木の上に黒瀬はいた。木の太い枝の上に股がり、背中を木にもたれさせて寝ている。
小室たちから見れば、どう見ても寝ずらそうな格好だが、黒瀬曰く『この場所は俺の体格にフィットしてるんだよ』だそうだ。それなら仕方ない。
「黒瀬、起きてるか?」
黒瀬はパッと目を開け、ジャンプして木を下りた。
「なんだ?」
眠そうにあくびをしている。
「黒瀬って武道に長けてるだろ? 僕に教えてくれないか?」
「別に良いけど……俺よりも高城のお父さんに習ったらどうだ? 結構強いらしいし」
「それは……」
もちろん小室もその事を知っていた。理由は様々だが、一番は――
「まあ、高城のお父さんは怖いからな」
(言っちゃったよ!?)
誰も言えないことを黒瀬は普通に言った。もし、この場に本人がいたらどうなることか。
(でも、沙耶のお父さんなら笑って返しそうだな)
この前、高城の父が黒瀬に手合わせを願い出ているのを小室は見ていた。結局は断ったらしいが。黒瀬にその事を聞くと、『闘ったら死ぬまでやめそうにないじゃん?』らしい。それもそうだな、と小室は思った。
「さて、じゃあ最初は何の練習する? 空手、合気道、柔道、剣道、ジークンドーでもボクシングでも良いぞ」
(バケモノか……?)
まさか、武道以外にもやっていたとは……小室には予想外の事だった。
「合気道……で良いかな」
「合気道か。技だけ覚えれば良いんだよな?」
小室は頷く。
「じゃ、まずは見本だ。小室、俺に攻撃してこい。全力で」
「良いのか?」
「ああ。全力で、だぞ?」
「……わかった」
と、その瞬間、小室は後ろから殺気を感じ、咄嗟に身構えた。当然、後ろには誰もいない。
(いや――!?)
その殺気は、後ろからではなく、四方八方から来ていた。直ぐにその状況を造り出している者も分かった。
(黒瀬か……)
黒瀬は少し微笑んでいる。その微笑みは、小室の全身を身震いさせるほど強烈なものだった。決して、変な微笑みをしているわけではない。だが、その笑顔の奥から恐怖を感じた。
(クソ!)
足がガクガク震え、歯はガチガチと鳴り、冷や汗が大量に出る。動き出そうにも、身体が拘束されているように動かない。
「どうした? 来ないのか?」
黒瀬の殺気が止まった。小室の身震いもなくなる。
(今がチャンス!)
殺気を当てられると動けなくなる。小室はその前に黒瀬に近づこうと走り出す。
「うおおおおお!!」
その拳を握り締め、黒瀬との距離が間近になると、先ほど約束した通り、全力で黒瀬の顔に殴りかかった。
「え?」
小室には何が起こったのか分からなかった。現在分かっていることと言えば、自身の身体が宙を浮き、目の前に地面が見えることだろうか。
(合気道が護身術? 良く言ったもんだ)
そんな事を考えながら、頭を地面に打ち付け、小室の意識は暗転した。
「ん?」
小室は、自分のベッドの上で目覚めた。
窓の外を見ると、既に日は落ちており、時間も十九時を過ぎていた。
「……夢か」
こんなに恐怖を感じたのは、四ヶ月振りだ。良く良く考えてみれば、人間があんな殺気を出せるはずがない。漫画の中だけだ。
「おかしな夢を見るもんだなぁ」
別に黒瀬に怖いイメージを持ったことはない。ただ人間離れしてるなぁと思っているぐらいだ。
「おにーちゃん! ご飯だよー!」
ありすの声だ。
「今行くよ」
小室はベッドから下り、立ち上がる。ズキズキと頭が痛む。
(寝すぎたか……?)
それほど痛みはしないので、小室は気にせず部屋を出て、夕食を食べに行くのだった。
誰がどう見ても日常ですね