夢を見た。
俺は中学生一年生だった。中学の授業でも、いつも寝ていた俺の前に、事務員やってきた。
両親の死が知らされた。母のお腹の中には子供がいた。生まれたら俺の妹になる存在だった。生まれるのは三ヶ月も先の事だったが、両親は楽しみで仕方なく、ショッピンモールへ育児用品を買いに出掛けた帰りの事だった。
トラックの運転手の男は、時速八十キロメートルで赤信号の時に、両親が乗っていた車に突っ込んだ。それでも止まらず、横断歩道を渡っていた小学生五人を轢き、郵便局に突っ込んでやっと止まった。死傷者は二十人以上だった。
両親の体は見るも無惨にぐちゃぐちゃになっており、即死だったようだ。この事件は全国に報道された。トラックの運転手は麻薬を使用していた。
俺の心は空っぽになった。何も考えなかった。いや、考えないようにしていたのだ。
別に悲しいとか、両親を殺した奴を恨んだりとかはしなかった。怖かったんだ。
両親の葬儀が終わると、俺は家に引きこもり、毎日寝て過ごした。今思えば、バカな行動だったと思う。
そんな俺を元に戻してくれたのは、隣に住んでいた香月彩だった。毎日俺の面倒を看てくれた。そんな彼女を見て、俺は元に戻った。香月の泣いている顔はもう見たくなかったのだ。それだけの事だった。
「で、何でアンタが生きてんのよ」
「生きてて悪かったな……」
朝、俺は高城の家の部屋で目を覚ますと、特に何もなく、体はピンピンしていた。
「てか、何で噛まれた所の傷まで治ってるわけよ!?」
「俺にも分からん」
昔からだ。俺はいつも傷の治りが早い。ラクーンでリッカーに腹を貫かれた時も、一日も経たずに傷は治った。
「ほんど、良かっだ~」
香月は泣きすぎて、顔がくしゃくしゃだ。
「香月は昨日の夜、ずっと泣いてたのよ」
「そりゃすまんかった。でもまぁ、生きてたんだから、泣くのを止めてくれよ」
「バガァァァ!」
いや、こんなに泣かれるとはな。俺まで泣きそうになっちゃう。
「あれ、涙が……」
本当に涙が出てきた。涙が目から溢れ出てきたのだ。
「黒瀬の泣き顔、レアだなぁ」
「ブッ飛ばすぞ、平野」
「ごめんなさい」
「でも、何で黒瀬君は〈奴ら〉にならなかったのかしら?」
いつもポワワンとしている鞠川先生が、真剣な表情で言う。
「そうね。なぜアンタだけが……」
「抗体を持ってたからとしか言い様がないな」
俺は涙を拭き取り答える。
「抗体?」
「ああ」
だが、t-ウイルス以外にも別のウイルスの抗体を持っているなど、運が良すぎだ。多分、〈奴ら〉のゾンビ化は、t-ウイルス系統のものだと思う。それなら俺が〈奴ら〉にならなかった理由も頷ける。
「俺、ちょっと外の空気を吸ってきます」
俺は立ち上がり、学ランを着て外を出た。
「ほんと、高城ん家はでけえな」
昨日は全然見れなかったが、改めて見ると、そのすごさが伺える。
大きな鉄の門から、玄関まで百メートルは離れており、その間にも噴水やガレージなど、もうわけが分からんくらい凄い。やっぱ、高城はお金持ちなんだなと実感出来た。
「お、リョウくんじゃん」
聞き覚えのある声がした。
「記者さん!?」
茶髪に、頭にサングラスを掛けた女性。その手にはカメラが持たれてある。
その人物は、何度も会った事がある記者さんだった。
「いやー、奇遇だねー。君なら生きてると分かってたけどね」
「ほんと、奇遇ですね」
俺に至っては、記者さんの存在自体忘れてたけど。てか、いい加減、名前を聞かないとな。自分の中でもすっかり記者さんで定着しているが。
「リョウくんは、昨日助けられたというここのお嬢様と一緒に来たの?」
「はい。学校が同じだったんでね。記者さんは?」
「私は記者だから、ちょうど取材に出掛けてたのよ。で、会社に帰ってきたら既にゾンビたちで溢れかえってたわ。で、逃げる途中で、この家の人たちに救われたのよ」
この人も色々と苦労したんだなぁ。
「あ!!」
記者さんが何かを思い出したかにように、手のひらを合わせた。
「君に会わせたい人がいるのよ!」
「俺に?」
俺は記者さんに引っ張られ、他の避難民がいるキャンプへと向かった。
「レベッカちゃん!」
「レベッカ?」
知らない名前だ。見ると、アメリカ人で、短髪の顔が幼い女がいた。俺と同い年か、年下だろう。
「あなたがクロセ・リョウね」
「そうですけど、あなたは?」
「レベッカ・チェンバース、S.T.A.R.S.のメンバーだったの」
「ええ!?」
いや、マジか。S.T.A.R.S.の生き残りって、クリスさん、ジルさん、バリーさんの三人しかいないかと思ってたよ。ていうか、S.T.R.A.S.に入っていたということは、俺よりも年上じゃないか!
「クロセ君の話はクリスから良く聞いているわ」
「レベッカさんもあの洋館事件に?」
ウェスカーのせいで、S.T.A.R.S.が壊滅した事件。タイラントを倒し、ヘリで脱出したと聞いている。
「ええ。それと、私の事は呼び捨てで良いわ。それほど歳も離れてないし」
「レベッカ、これで良いか?」
「宜しくね。リョウ」
俺とレベッカは固い握手を交わす。
「それで、何故レベッカは日本に?」
観光旅行、というわけではなさそうだ。
「ここじゃ話し難いわ。場所を移動しましょう」
俺とレベッカと何故か記者さんまで、人気のない場所に移動した。
「何で、あんたまで来てるんですか?」
「別に良いじゃない。レベッカちゃんも許してくれてるみたいだしね」
それならしょうがないか。
「話し難いということは、それなりにヤバい話?」
「ええ。アンブレラ・ジャパン、当然知っているわよね」
「ああ」
まぁ、予想通りというところか。
「私は、アンブレラ・ジャパンが生物兵器を造っているという情報を聞いて、日本まで来たのよ。でももう手遅れだった。空港を出た途端、ゾンビに襲われたわ」
なんという不運。
「関東中にゾンビが大量発生している理由は、アンブレラ・ジャパンのせい?」
「ウイルスが、何かのアクシデントで漏れたか、それとも故意なのか」
ラクーンが滅びたのは、t-ウイルスに感染した一匹のネズミが、下水道で感染を広げ続けただからという。
「理由は研究所に行けば分かるわ」
「レベッカは、研究所に行く予定なのか?」
「ええ。残り時間があるうちにね」
「残り時間?」
「ラクーンのように、いつ滅菌作戦が開始されるか」
レベッカは、衝撃的な事を平然と言った。
「確かにな……」
政府がいつまでも、この事態をほっとくわけがない。政府関係者が全員脱出したら、すぐにでも滅菌作戦が開始される可能性がある。今は、関東だけですんでいるが、いつ、別の場所に被害が及ぶか……。
「その前に研究所まで行き、真実を突き止めて、関東から脱出するわ」
善は急げ……か。
「レベッカ、俺も付き合わせてくれ」
「でも仲間は?」
「ここは安全だ。俺とレベッカで、研究所まで行こう」
レベッカも元S.T.A.R.S.、俺以上か同等の戦闘力はあるはずだ。
「私も行くわ」
記者さんも何故か名乗りを上げた。
「私も記者よ。アンブレラの実態とやらを、このカメラで撮るわ」
記者さんは、胸にぶら下げている一眼レフカメラを見せ付ける。
頼もしい限りだな。
「リョウ、小室くんと毒島先輩が帰ってきたわ!」
香月が駆け寄ってきた。
「すまん、ちょっと行ってきます」
俺は香月と駆け足で戻る。
「あの美人さん二人は誰?」
「友達……」
門の方まで行くと、動けない宮本以外が集まっていた。
「黒瀬!?」
「黒瀬君!?」
二人は俺を見て、仰天した様子だ。俺が〈奴ら〉になったと思っていたのだろう。当然の事だが。
皆は無事だ。俺たちは一人も欠けることもなく、また集まれたのだった。
明日も投稿予定
次回から展開がばばっと変わります