バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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97話 再起

「「ラフィーネ!!」」

 

 胸を撃たれ、膝から崩れるラフィーネを黒瀬は咄嗟に抱き抱える。

 彼女を撃ったのは、謎の黒スーツの男。外観的には日本人であるようだが、四、五十メートル離れている距離からラフィーネの胸を撃ち抜ける人物だ。先程まで戦っていたテログループとは違い、訓練を受けているのは明白だ。

 戦いには参戦せずに今まで身を隠していたようだが、奴の目的は黒瀬と小室ではなく、ラフィーネが二人を殺し損ねた場合の口封じと考えられる。

 黒服の男は銃を胸にしまい、非常口の方へ走り出した。

 

「リョウ! ラフィーネを頼む!」

 

 小室はハンドガンを抜き、男の逃げた方へ走り出す。万全の黒瀬に任せたら一瞬で追い付けるだろうが、今の彼は重傷だ。顔や声にはそれほど出さないが、意識を保てているのもやっとだろう。

 

(絶対に逃さない!)

 

 もし、あの男がラフィーネやテログループを操っていた黒幕だとしたら逃すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 展望台には黒瀬とラフィーネだけが取り残され、先程まで銃声が飛び交っていたとは思えないほど静かな空間が広がる。 

 

「ラフィーネ、大丈夫だ……絶対に助かるから……」

 

 黒瀬は布でラフィーネの傷口を抑えるも、溢れ出る血液は止まらない。

 もう少し早く黒服の男に気付けたのならば、彼女を救えたはずだ。そう黒瀬は後悔するが、もう遅い。ラフィーネの命の終わりの時は刻一刻と近づいていた。

 

「自分を責めないで……これはわたしへの罰だから……」 

 

 ラフィーネは吐血するも、黒瀬の頬に触れる。

 

「復讐なんて意味ないって……気付いていたはずなのに……わたしのせいで多くの人が死んだ……」

「お前は利用されただけなんだろ? ……ラフィーネが悪いんじゃない」

 

 黒瀬は頬に触れているラフィーネの手を掴む。

 

「お姉ちゃんが死んで……何もかもどうでもよく考えてるときに……‘‘そいつら’’は現れた。わたしに武器やtーウィルス、BOWを渡してこの街でテロを起こすように言われたの。……見返りにお姉ちゃんをBSAAに誘い、最期の時も一緒にいた黒瀬リョウを連れてくるって……」

「まさか……‘‘そいつら’’って……」 

 

 黒瀬にはだいたい想像がついた。この街に黒瀬と小室を呼び出したのは、BSAAのスポンサーである製薬企業連盟のランダル・コーポレーションと、日本政府。自衛隊の特殊部隊が襲いかかって来たのも、その二つが黒幕なら納得できる。 

 

「国があなたを殺すためなら街一つを崩壊させるほどよ……気を付けて……」

「……ああ」

 

 この話が事実だとしても政府やランダルは関与を否定するだろう。黒瀬たちと戦った特殊部隊の隊員たちも既に戸籍は消され、最初からいなかったことになっているはずだ。

 

「彼らにも悪いことをした……ゴホッゴホッ!」 

 

 ラフィーネは倒れているテロリストたちを見ながらさらに吐血する。もう長くは持たない。

 

「ラフィーネ!」

「わたしが利用されなければ……彼らもこんなことする必要はなかった……」

「もういい、喋るな……」 

 

 黒瀬の瞳から涙が零れ落ちる。

 

「ふふっ……会ったばかりなのに泣くなんて……」

「当たり前だろ……大切な仲間の妹なんだから……」

「何でお姉ちゃんがあなたを好きになったのか…………今なら分かる気がする」

 

 ラフィーネの目がどんどん虚になっていく。手首の脈動も止まり掛けていた。

 

「死ぬな! ラフィーネ!」

「大丈夫……やっと……お姉ちゃんのところへ……いける────」

 そう言って、ラフィーネの鼓動は止まり、目から光が消える。 

「ラフィーネ…………!」 

 

 動かなくなった彼女の頬に涙がポツリと落ちた。

 

 

 

 

 

 

「待て!!」

 

 小室は逃げる男を追い掛ける。だが、相手はなかなかの逃げ足だ。このままだと追いつけず、どこかで撒かれてしまうかもしれない。

 銃を構え、しっかりと狙いを定めて撃つ。男のふくらはぎを弾丸が貫き、逃げてる時と同じ勢いで転倒した。 

 

「ぐっ!」

 

 男は右腕で懐から銃を取り出そうとするも、小室は躊躇なく腕を撃つ。

 

「ぐぁあ!!」

 

 痛みで苦しむ男の胸を小室は踏み付け、銃口を頭に向けた。

 

「お前は何者だ! なぜラフィーネを撃った? 答えろ!!」

 

 小室はすぐにでも男の頭を吹き飛ばしたいほど血が上っていたが、この男の目的や正体を聞く前に殺すわけにはいかない。

 ソフィアとは小室も長い付き合いだった。その妹であるラフィーネを殺した男を丁重に扱えるほど小室は優しくはない。

 追い詰められた男は、くくっ、と不敵な笑みで笑う。 

 

「何がおかしい!」

 

 小室は胸を踏み付けている足にさらに体重を掛ける。

 男は「ぐわぁっ!」と苦しむもその笑みは崩さない。

 

「すべては……‘‘アンブレラ’’様のために……」

 

 そう言って口内に隠し持っていた青酸カリの袋を噛みちぎり、飲み込んだ。

 

「こいつっ!!」

 

 男は少し苦しんだ後に口からぶくぶくと泡を出して動かなくなる。

 

「くそっ!」

 

 小室はやりきれない思いをぶつけるように拳を壁に叩きつけた。

 男が最期に言った『‘‘アンブレラ’’様』という言葉。男はアンブレラの関係者であったことは確かなのだろう。だが、小室は違和感を感じていた。アンブレラ様。それが組織や企業を指して言ったのではなく、まるで人物を指しているかのような────。

 

 

 

 

 

 その後、朝になり明るくなると、本格的な救助活動が始まった。

 ホテルに籠城していた静香やクレア、アユムと妹のアカリは、自衛隊によって救助され、神岡市郊外にある避難所兼救助活動作戦本部に運ばれていた。黒瀬と小室も、テーマパークに突入してきた自衛隊の対テロ部隊に状況を説明し、彼らのヘリに乗せられて避難所に辿り着いた。

 自衛隊と警察だけだと救助活動に時間が掛かると懸念した日本政府は、BSAAに本格的に救助要請をし、BSAAの極東支部は大量の部隊を派遣することになった。あと1、2時間ほどでBSAAの部隊は到着して、まだ取り残されている者の救助活動、そして感染者の排除が始まるだろう。

 

 それまでは黒瀬と小室も避難所に待機となった。

 

「馬鹿げてるよな。僕たちは政府の自作自演の事件に付き合わされるなんて」

「まぁな。今さらBSAAの部隊を派遣するように要請したのも、俺らを殺せなかったからだろうし」

 

 黒瀬は小室だけにこの事件の黒幕のことを話しておいた。

 あれから特殊部隊の刺客はなく、政府は二人の暗殺を諦めたと見るのが妥当だろう。

 

「なぁ、このことみんなには……」

「黙っておこう。余計なことを考えさせなくていい」

「……そうだよな」

 

 この事件の被害者であるアユムやアカリに、『本当は日本政府とランダルの自作自演です』と伝えたところで、彼らは政府へ反感を募らせ、この日本で生きにくくするだけだ。

 

「多分、既に全部の証拠はもう消えてるはずだ。俺らが何を言おうが、知らん顔を決め込んでくるに違いない」

「ランダルも胡散臭くなってきたしな。BOWやtーウィルスを用意したのもそいつらかもしれないなんて……」

「製薬企業は悪いことしなくちゃいけない決まりでもあんのかね?」 

 

 アンブレラに始まり、ウィルファーマ社やトライセル社、その次はランダル。この世界の製薬企業は狂っている。

 

「一応、上に掛け合ってランダルを調査させるが……何も出ないだろうな」

 

 黒瀬ははぁ、とため息をついた。

 

 今回の事件だが、根本的なことは何も分かっていない。表向きには、テロリストが起こした事件として処理するされるだろうが、政府やランダルの‘‘本当’’の目的、そして黒瀬たちに接触を図ってきた彩たちの存在も気掛かりだ。黒瀬を殺すだけならば、これほど大きな事件を起こさなくてもいいし、彩にされたR-ウィルスの抑制という‘‘実験’’というのも、わざわざ黒瀬に試さなくてもいいはずだ。

 それに、強化型R-ウィルスを投与しているスティーブとフリュムは一年前に戦った時とは比べ物にならないほど強かった。スナイパーの男と、目にも止まらぬ速さで走る男も、あの時以上に強くなっているとしたら、黒瀬だけでは敵わないだろう。

 

(クソ……考えなきゃいけないことがたくさんある……)

 

 眉を顰める黒瀬の肩を小室は叩く。

 

「また一人で考え事してるだろ。僕たちにも背負わせてくれよ」

「……そうだったな。すまない」

 

 黒瀬の体から力がすっと抜ける。今も昔も、頼れる仲間が大勢いる。それにちゃんと気付けただけでもこの事件から得たものがあったと言えるだろう。

 そうこう話している内に、検査を終えたアユムが二人の前に現れた。

 

「アカリちゃんは大丈夫だったか?」

「はい、今は寝てますけど特に怪我もなく、感染もしてませんでした」

 

 そう言うアユムの顔色はすぐれない。無事に避難できて安心もしているだろうが、彼は両親を亡くしたばかりだ。これから先、将来のことが心配なのだろう。

 

「アユム、これを」

 

 小室はポケットから紙切れを出してアユムに渡す。

 その紙には高城沙耶の父である高城壮一郎の名前と、巡ヶ丘市にある家の住所、電話番号が書いてあった。

 

「これは……?」 

 

 アユムはポカンとした顔で紙を見つめる。

 

「これから色々大変だろうけど、この人たちを頼ってくれ。色々とサポートしてくれるはずだから」

 

 小室は高城沙耶と電話で話し、事件の被害者であり、両親を亡くしたアユムとアカリのために何か出来ることはないかと相談した結果がこれだった。

 何の因果か、アユムとアカリの家も巡ヶ丘市にあり、高城家が直接支援してくれるという。

 

「しばらくはこの人たちの家で暮らすといい。二人でいるよりかは安心できるだろう」

「まぁ、俺たちの家でもあるんだがな。見たら驚くぞ。漫画みたいなでっかい屋敷と庭だからな。金持ちだから何でもワガママ言っていいぞ。俺らなんてその人の金で大学通ってたもんな」

「僕らの場合はワガママ言い過ぎてた気もするけどな……」 

 

 昔を懐かしむ二人にアユムは頭を下げた。

 

「本当に……ありがとうございます。オレ、これからのことが心配で心配で……。オレはどうでもいいけど、アカリだけはちゃんと高校まで通わせてやりたいなって……」

「いいんだよ、人助けは俺たちの仕事だから。落ち着いたら、ちゃんと高校行って卒業するんだぞ。お前はなんも気負わなくていい」

 

 アユムはこくりと頷いて、覚悟を決めた顔で言った。

 

「オレも……オレも黒瀬さんや小室さん……井上さんみたいに誰かを助けられるような……ヒーローになりたいです」

「……そっか」

 

 黒瀬と小室は微笑む。きっと彼の人生はこれから苦難の連続だろうが、この真っ直ぐな瞳と性格でどんな壁でも乗り越えられる確信があった。

 

 

 BSAAのマークがついたヘリの編隊が神岡市へ向かっていく。

 

「あれは……?」

「俺たちの仲間だ」

 

 BSAAの部隊が来たからには、この事件はすぐに終局に向かうだろう。

 

 編隊から一機のヘリが離れ、黒瀬たちに近づいてくる。その中に乗っている人たちに黒瀬はすぐに気付いた。

 

「なあ、孝。俺はこれからも‘‘あんな状態’’になることがたくさんあると思う」

「……そうかもな」

 

 この仕事をしている限り、多くの仲間の死を見ていくことになるだろう。それが平気な人間なんていない。

 

「でも分かったんだ。俺を支えてくれている人たちのことを。俺は一人じゃないって」

「……みんなこの一年、ずっと心配してた。言わなきゃいけないことがあるだろ?」

 

 ヘリが着陸すると同時に、中から男一人と女三人が飛び出るように出て来る。そして黒瀬たちの方へ駆け寄って来る。彼らの顔は涙ぐんでいるように見えた。

 黒瀬にとって、大事な仲間であり、カントウ事件の時から苦楽をともにしてきた四人だった。

 

「ごめん……いや、違うか……」

 

 彼らがほしいのは謝罪なんかじゃないはずだ。親友たちに向ける言葉はただ一つ。

 

「ありがとな」

 

 すっと、自然な笑顔で黒瀬はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




駆け足でしたが、これにて12章は終了です。
次回はバイオハザード6編です。

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