バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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96話 妹

 神岡タワーのエントランスでは激しい銃撃戦が行われていた。二人に対し、敵は五十人前後。マシンガンの弾の嵐が続き、黒瀬と小室は中々反撃出来ずにいる。二人が隠れている支柱もボロボロになり、いつまでも身を隠すわけにもいかない。

 

「くそ、ここまで敵が多いとは思ってなかった」

「俺もだ。でも、敵一人一人の練度は低いようだな」

 

 黒瀬の言う通り、敵はほとんどが日本人で銃を使ったのも今日が初めてなのか、正確な射撃ではなく、ばら撒くように撃っていた。銃の反動を抑えきれていないのも何人かいるし、リロードに手こずっているのもいる。だからこそ、その弱点を補うためのこの数だろう。敵が素人だとしても、この銃弾の嵐の中を突っ込める人間などいない。

 

「ここは俺が突っ込んで気を引くしかないな……」

「いくらリョウでもそれは無茶だ! この人数だぞ!?」 

 

 確かに黒瀬なら弾を数発喰らう程度なら問題はないが、五十人が一斉に黒瀬に銃を向けたら、流石にひとたまりもないだろう。

 

「わかってるよ、孝。俺一人なら無茶だろうな、でもそうじゃない。お前がいるだろ?」

「僕に期待し過ぎだ」

「なんだよ、さっき言ってた最強タッグは嘘か?」

「……ったく、そう言われちゃ敵わないな」

「よし、行くぞ!」

 

 銃弾の嵐の中、黒瀬は飛び出すと同時にナイフを二本投げて、見事に敵に命中させて倒す。敵は一斉に黒瀬に狙いを付けて撃ち始めた。

 黒瀬は壁や柱を巧みに使ってアクロバティックな動きで銃弾を交わしていく。敵が黒瀬に釘付けになっている隙に小室はショットガンを放つ。

 

「撃て! 撃てぇぇ!」「味方がやられた!」「こっちもやばいぞ」

 

 二人の反撃によって敵は混乱し、指揮は落ちていく。小室は手榴弾を投げ、その爆発で数人を吹き飛ばした。敵の動きが一瞬で止まる。黒瀬はその隙を見逃さず、木刀を抜いて敵の懐へと入り込んだ。

 

「うおらぁ!」

 

 俊敏な動きで瞬く間に敵を倒していく。戦闘経験のない彼らは黒瀬に近づかれた反撃も出来ずに倒れていった。

 小室は混乱に乗じ、身を隠していた柱を飛び出してハンドガンを撃ちながら前進し別の支柱へと飛び込む。

 

「敵はたった二人なのに……!」

 

 驚愕している男の顔を黒瀬は殴り飛ばした。

 

「経験が違うんだよ、経験が」

 

 これまで幾度となく戦ってきた二人は幾度となくピンチになったが、その困難を乗り越える度に強くなっていった。数がどれだけいようが、素人に負ける二人ではない。これまでの経験のおかげでどんな状況でも柔軟に対応する事が出来る。

 連携が乱れた敵は数分も掛からず黒瀬と小室によって倒され、エントランスの制圧は完了した。

 

「ふぅ……なんとかなったな」

「ああ、援護ありがとな」

 

 黒瀬は小室の前に拳を突き出す。答えるようにして小室は拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 エレベーターは使えなくなっていたので、二人は非常階段を使って展望台へと進む。階段の途中にも敵はいたが、数人で黒瀬と小室を防げるはずもなく、すぐに展望台への扉の前へと着いた。

 扉を開けると同時に手榴弾を投げ込む。爆発した瞬間、二人は中へ飛び込んだ。

 怯んでいる敵を黒瀬は木刀で吹き飛ばし、背後を狙う敵を小室が撃つ。

 やはり、戦闘経験のない一般人の集まりのようで、一度態勢を崩せばそのまま崩壊していくしかない。次々と倒していき、残りは二十人ほどになっていた。

 

(案外、あっけないな……)

 

 黒瀬は敵を倒しながら疑問を持っていた。

 これほどの事件を起こした輩だ。隠し兵器として強力なBOWを用意していると思ったが……どうやら杞憂だったようだ。

 黒瀬が気を緩めた瞬間、彼の肩を弾丸が貫いた。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に真横に飛ぶが、相手はそれを予想していたかのように彼の太ももを撃ち抜いた。

 

「リョウ!」

 

 小室は黒瀬を撃った人物に狙いを定めるが、残りの敵が小室に集中して攻撃を始める。これでは援護出来ない。

 

「クソ! いるじゃねえか、プロが……!」

 

 悪態をつきながら黒瀬は体勢を立て直して一旦支柱に身を隠そうとするも、正確な射撃が襲い掛かる。

 一発、二発と避けるが、三発目が脇腹を貫く。

 黒瀬は痛みに「ぐぅっ!」と唸る。この程度のダメージは今まで何度も経験してきたが、痛みに慣れたわけじゃない。痛いもんは痛いし、弾丸を身体に三発も喰らえば泣き叫びたいくらいだ。

 

「やっと、やっと殺せる……!」

 

 黒瀬を撃った人物が銃を構えながら姿を現す。その人物は被っていたフードを取り、素顔を見せた。

 

「なっ……!」

 

 その顔を見て、黒瀬は驚愕の表情を浮かべる。

 その人物……彼女は、一年前の事件で死んだソフィア・ララインにそっくりだった。  

 小室も敵と応戦しながらも彼女の顔を見て驚いていた。だが、確かに彼女はソフィアにそっくりだが、よく見るとところどころ細かい違いがある。

 

「誰だ、お前は!? ソフィアは確かに死んだはずだ!」

 

 黒瀬はソフィアの最期を思い出す。胸の中で静かに死んでいった彼女の顔と消えていく温もりを黒瀬は忘れたくてもはっきりと覚えていた。

 

「そう。お姉ちゃんは死んだ。あなたが殺したのよ、黒瀬リョウ!!」

 

 彼女は激昂しながら、黒瀬の胸を撃ち抜く。黒瀬は動揺して避けることが出来なかった。

 

「お姉ちゃん……? ソフィアに妹がいたのか……」

 

 血反吐を吐いてよろめきながらも黒瀬は立ち上がる。

 

「ええ、わたしの名はラフィーネ・ラライン。あなたが殺したソフィア・ララインの妹よ!」

 

 ソフィアに妹がいるという話は黒瀬も小室も聞いたことがなかった。しかし、褐色の肌と金髪のロングヘア、ソフィアそっくりの顔立ちは、妹と決定づけるには十分だった。

 

「ラフィーネ、お前は勘違いをしてる! ソフィアを殺したのはリョウじゃない。敵だ!」

 

 小室が支柱に身を隠しながら叫ぶ。残る敵はあと僅かだが、抵抗が激しく小室一人では時間が掛かってしまう。長期戦になる前に彼女の誤解を解かなければ。

 

「だとしても、こいつのせいでお姉ちゃんが死んだことに変わりはない!」

 

 ラフィーネは黒瀬の両腕を撃つ。またしても黒瀬は避けれなかった。いや、避ける気がなかった。

 

「リョウ!?」

 

 小室もその違和感を感じとる。いつもの黒瀬なら、あの程度の攻撃なんていとも簡単に避けれるはずなのに、彼はそれをしなかった。

 

「その通りだ。ソフィアが死んだのは……俺のせいだ。俺がソフィアをBSAAに誘わなければ……死ぬことはなかった」 

 

 ソフィアは元々、南米で情報屋を営んでいた。黒瀬と小室とはその時に出会い、彼女の腕を買った黒瀬がBSAAにスカウトした。そして一年前の事件で黒瀬はソフィアを守れず、彼女は還らぬ人となってしまった。

 もし、黒瀬がソフィアをBSAAに誘わなければ彼女は死ぬことなく、今も元気に情報屋を営んでいるはずだ。

 

「お姉ちゃんは、わたしのたった一人の家族だった! 幼いわたしのために危険な情報屋をやってまで育ててくれた。両親に捨てられたことを恨みもせず!」

 

 ラフィーネは黒瀬の太ももを撃ち抜き、黒瀬に近づく。

 

「わたしはお姉ちゃんに危険なことはしてほしくなかった、隣にいて、一緒に暮らすだけで充分だった! BSAAとかバイオテロとかどうでもいい、世界がどうなってもお姉ちゃんといればそれだけで良かったの!」

 

 怒りを露わにしながらも彼女は銃のトリガーを引き続ける。黒瀬の四肢は撃たれ、肺に穴は開き、全身はボロボロになっていた。 

 

「リョウ、死ぬ気か!?」

 

 一切抵抗しない黒瀬に小室は焦りを感じる。黒瀬の力ならば、あの場を簡単に納めることは出来るはず。そうしないのは、ラフィーネに命を差し出し、死ぬほどつもりなのだろう。

 

「この子には俺を殺す権利がある。俺のせいでソフィアは……いや、ソフィアだけじゃない。リカさんも田島さんリコさんも……俺が、俺が…………!」

 

 黒瀬の目から生気が消える。黒瀬の肉体は人間を越えているが、精神は普通の人間、いや、それよりも繊細なのかもしれない。一年前の事件で自分の生い立ちを知り、多くの仲間を失い、信じていた者にも裏切られた。心の傷は深く、クレアや静香の励ましでもまだ立ち直れていなかった。

 

「それは……みんなで背負うって決めたろ! ここでお前が死んだら、今まで死んでいった仲間たちはなんだったんだ!? 死んだ仲間の意思を踏み躙るつもりか!」

 

 なんとかしてラフィーネを止めたい小室だが、残りの敵が邪魔をする。

 

「死ねぇー! 黒瀬リョウ!」

 

 ラフィーネは黒瀬の胸を蹴り倒し、額に銃口を突き付けた。

 

「リョウ!!」

 

 小室は最後の一人を倒し、ハンドガンをラフィーネに向ける。黒瀬を殺させないためには急所を狙うしかない。が、彼の脳裏にソフィアの顔が浮かぶ。黒瀬の命とラフィーネの命。天秤に掛けられた二つの命の重さを定めることは一瞬では出来なかった。

 ラフィーネが引き金に指を置く。これで復讐が終わる。

 

「ごめんな…………」

 

 黒瀬の一言でラフィーネは引き金を引く寸前で指を止めた。

 

「今さら何を!」

「寂しかったよな……辛かったよな…………あの時……ソフィアを助けられなかった俺のせいで……ずっと一人で……」

「寂しいのも辛いのも今日で終わりだ! あなたを殺せば全部終わるんだ!」

「俺はずっと……罰を受けるのを待ってた……何も、誰も救えない俺を、誰かが責めてくれないかって……」

 

 黒瀬の顔は涙でぐしゃぐしゃになり、声が上擦る。

「一人にさせて……こんなことまでさせて……すまなかった…………」

「なんだよ、それ……」

 

 ラフィーネは昔の、ソフィアが生きていた頃の記憶を思い出す。

 仕事から帰ってきた姉が楽しそうに話す、バカでアホで仲間想いの男の話。自分よりも他人を優先し、誰よりも人の気持ちが分かる自己犠牲の塊のようなやつを。

 

『お姉ちゃん、もしかしてその黒瀬リョウって人のこと……好きなの?』

『はぁぁっ!? そんなわけないでしょ! あんなバカを好きになる奴なんていないよ! いたとしたらそいつもバカだね。バカはバカのこと好きになるからね、ちなみにアタシはバカじゃない』

『えぇ〜、否定しすぎてなんか怪しいなぁ……』

『じゃ、じゃあそんなに言うならラフィーネはアタシに彼氏が出来てもいいの!?』

『その人がお姉ちゃんを幸せにしてくれるなら大歓迎だよ!』

『だ、か、ら! リョウじゃなーーい!』

 

 顔が真っ赤になっているソフィアをからかうラフィーネ。そんな他愛もない話をラフィーネは思い出していた。

 

「……なんか、もういいや」

 

 ラフィーネは黒瀬に突き付けていた銃を彼の身体から離す。

 

「……ラフィーネ?」

 

「あなたを殺してもお姉ちゃんが帰ってくるわけじゃないし、もっと虚しくなりそうな気がしたから、殺すのは辞めておく」

 

 ラフィーネにどんな心境の変化があったのか黒瀬と小室には分からないが、小室はひとまず安心して銃を下ろした。

 

「ねえ、一つだけ教えて。あなたはお姉ちゃんのこと好きだったの?」

「当たり前だろ……大事な仲間なんだから」

 

 それを聞いてラフィーネは吹き出して笑う。

 

「聞いてた通り、本当に女たらしなのね」

 

 これまでとは一転、怒りに満ちていた彼女が浮かべる笑顔は、年相応のあどけなさが残っていた。

 

「大丈夫か、リョウ」

 

 倒れている黒瀬に小室が駆け寄る。

 

「まぁ、なんとか……」

 

 全身を撃たれながらも、その傷は徐々に回復していた。あと三十分もしない内に傷は完全に塞がるだろう。

 

「わたしは自首する。こんな事件を、利用されてると分かっていても起こしてしまった責任がある」

「利用……?」

「ええ、tーウィルスやBOWの用意、そして今回の事件の作戦を立てたのはわたしじゃない。あなたたちの本当の敵は────」

 

 次の瞬間、室内に一発の銃声が鳴り響く。ラフィーネは膝を着き、胸から血を流していた。

 

「ラフィーネっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、12章最終話です。

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