バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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90話 裏切り者

 クレアは困惑していた。

 それもそのはず。黒瀬と自衛隊が戦っているのだから。

 久しぶりに黒瀬と再会出来て嬉しいが、今は目の前の状況を何とかしなければ。

 

「二人はここにいて」

 

 一緒に逃げてきた二人を待機させ、クレアは自衛官へとゆっくり近づく。

 黒瀬に気を取られてクレアの存在に気づいていない。

 クレアは背後から、首に手刀を喰らわせ、怯んだところで顔に蹴りを浴びせた。

 自衛官はドサリと倒れ、持っていたハンドガンを取る。

 

「リョウ、一体何がどうなっているの……?」

 

 

 

 

 

 こんなはずではなかった。

 特殊部隊の隊長はただ絶句するしかなかった。

 BSAAの二人を殺すこと。それが今回の任務の命令だった。国民の救助活動でもなく、事件の首謀者であるテロリストを制圧するのでもなく、世界のために戦っているBSAAを殺す任務には疑問を感じたが、上官の命令は絶対だ。わざわざこんな任務を理由も言わずに命令するということは必ず何か裏がある。

 考えられたのは、ターゲットの二人が事件の首謀者である可能性。もしくは、他の国で何らかの事件を起こしている犯罪者か。

 だが、この推測には矛盾が生じる。

 まず、ターゲットである二人は今回の事件が起こり、BSAAに多額の出資をしている日本の製薬会社『ランダル・コーポレーション』の意向により、海外から日本へと来た。この時点でアリバイがある。そもそも、バイオテロと戦っているBSAAがバイオテロを起こすというのも、普通に考えてありえない。

 では二つ目の考えはどうか。これもありえないだろう。そもそもBSAAは国連直属の組織だ。そんな組織が危険人物を所属させるはずもない。

 ではいったいこの任務の裏にあるものは何か。

 何も分からない。自衛隊の上層部、もしくは日本という国が彼ら二人を殺さなければならない理由など分かるはずもない。

 分かるはずもないが……こんなのはあんまりだ……。

 何も知らずに殺される仲間たち。ターゲットの一人である黒瀬という人物はもはや人間ではない。何の躊躇もなく、殺していく。

 

「クソ、何でだ……」

 

 隊長はこの部隊が誇りだった。自衛隊の中でもっとも過酷な訓練をしたと言っても過言ではない。その過酷な訓練を共に乗り越えてきた仲間は最早家族同然だった。

 その仲間が次から次に殺されていく。たった一人の手によって。

 こうなるために自衛隊に入ったわけじゃない。

 隊長はもう遅すぎる後悔をしていた。

 

「隊長ぉぉぉ!」

「た、たすけっ!」

 

 もはや陣形もクソもない。圧倒的に強すぎる黒瀬によって味方のほとんどは戦意を喪失させていた。

 今までの過酷な訓練の中でも死を感じたことはいくらでもあった。しかし、戦いの中でのリアルに感じる死への恐怖は、大切な家族や友人がいる彼らの心を折るには十分だった。

 きっとこれでも折れない奴は頭がイカれた奴だ。

 隊長は震えていた。彼には妻も娘もいる。娘はまだ小学生になったばかりだった。

 

「死にたくねえよ……」

 

 そう思っても、逃れられない死が近付いてくる。仲間が叫びながら死んでいく姿を見て、彼はもう正常な判断が出来なくなっていた。

 次々に仲間がやられ、目の前にいた仲間の首がナイフで切られ、血飛沫をあげながらポロリと地面へと落ちた。

 

「ひぃぃ!」

 

 隊長はみっともない叫び声をあげ、その場から駆け出す。

 

「隊長、どこへ!?」

 

 数少ない仲間が隊長を静止させるが、彼は振り向きもせずに走る。

 死にたくないその一心で。

 

「ぎゃっ!」

 

 後ろで静止した仲間の断末魔が聞こえた。それを聞いて彼をいっそう恐怖心が支配する。

 と、同時に彼は転けるが痛みはなかった。

 

「あ……?」  

 

 彼の視界にはナイフを持ったターゲットである黒瀬と、膝をついて首の上から血飛沫を上げる彼自身の身体が映っていた。

 

(そうか……)

 

 彼は薄れゆく意識の中でこの任務の目的を理解した。

 こんな化け物をほっといたら、必ず世界は────

 

 

 

 

 

 

 

「リョウ!」

 

 部隊を粗方壊滅させたところで、黒瀬にクレアが近寄ってくる。

 

「……クレアか?」

 

 何故クレアがここに? 黒瀬は表情に出さずに驚いた。

 

「黒瀬、無事か?」 

 

 小室も駆け寄る。

 

「タカシもいたのね!」 

「クレア? どうしてここに?」

「おい、再会を喜ぶのはまだ後だ」

 

 上空にはヘリが飛んでいた。ヘリの武装は黒瀬たちに向けられている。

 

「あれを奪えば移動が楽だ」

「奪うって、どうやって!?」

「飛び乗るんだよ」

 

 そうギャグのようなセリフを吐いた瞬間、ヘリに火の玉が襲い掛かった。ヘリはそれに直撃し、空中で大破する。

 

「何が起こったの!?」

「この能力は……!」  

 

 この能力を黒瀬は知っていた。いや、黒瀬だけではない。この場にいる三人はそれを知っている。

 

「t-Veronicaウィルスの力か……」

「まさか……!」

 

 小室の頭にマヌエラの姿が思い浮かぶ。

 

「マヌエラじゃない。t-Veronicaを使った……いや、使われた奴はもう一人いる。俺とクレアは知っている」

「リョウ、それって……!」

「ああ、クレアが思い浮かべている人物だよ」

「久しぶりね、リョウ」

 

 どこからともなく、彩が現れ、その隣には“スカラベ”という洗脳装置を胸に取り付けられた男がいる。

 

「彩!」

「アヤちゃん!?」

 

 やはり黒瀬の予想通りだった。

 

「それにスティーブも!?」

 

 クレアはスティーブを見て驚いていた。

 

「やっぱりあれはスティーブだったか……」

「ええ……。あの頃と姿が変わってないわ」

 

 スティーブはコールドスリープでもされていたのだろう。1998年の頃から容姿が変わっていない。

 

「黒瀬もクレアも、あいつ知り合いなのか?」

 

 小室とスティーブとは面識がない。実際黒瀬も彼と会ったことはなかったが、クレアから話は聞いていた。

 

「詳しい話は後だ。こいつらを何とかして倒す」 

「こいつらって……酷いわね。幼馴染みでしょう?」

 

 彩は微笑んでいる。

 

「幼馴染みだと……? よくそんな嘘がつけるな。それにお前は俺の頭を撃ち抜いた」

 

 黒瀬は自分の額に触れる。傷は残っていないが、あの時の痛みは鮮明に覚えている。

 

「本当、ゴキブリみたいな生命力ね。心臓を突き刺しても頭を撃ち抜いても死なないんだもん」

「そうさせたのはお前らだろ」

 

 正直、黒瀬自身も頭を撃ち抜かれた時は死んだかと思っていた。だが、R-ウィルスの力はあの場にいた全員の想像を上回っていた。

 

「アヤちゃん、どうして私たちを裏切ったの!?」

 

 彩は元テラセイブの一員。クレアや静香と行動することも多かっただろう。言いたいことがたくさんあるはずだ。

 

「あら、リョウは何も話してないの? 既に知っているのかと思っていたけど」

 

 そう、彩の言う通り、黒瀬は何も話していない。自分の過去も、彩が何故裏切ったのかも。

 

「そんなことどうでもいい。何でアンブレラがここにいる? 自衛隊の特殊部隊が襲ってきたのも、このテロの黒幕も全部お前らだったのか?」

「ふふふ、残念だけど違うわ」

「なに!?」

「私たちがこんなことをするメリットなんか一つもないわ」

 

 確かにR-ウィルスを完成させた彼女らが、わざわざこんな事件を起こす理由など黒瀬には思い付かない。

 

「じゃあ何でここに?」

「実験よ」

 

 彩がそう言った瞬間、スティーブがベロニカウィルスの力を使う。腕から放たれた血は燃え盛り、クレアへと襲い掛かる。

 

「クソ!」

 

 黒瀬はクレアの前に飛び込んで、火の玉を自分の身体に喰らわせる。

 黒瀬は衝撃で吹き飛んで、身体は火に包まれる。

 

「黒瀬!」

「リョウ!?」

 

 黒瀬は地面に転がり、火を掻き消す。全身火傷だが、傷はみるみる回復していく。

 

「本当、ゴキブリみたいね」

「彩!」 

 

 クレアと小室は彩とスティーブに銃を向ける。

 

「動くな、お前を撃ちたくない」

「スティーブ! クレアよ。覚えてない!?」

 

 小室とクレアの言葉は二人に届かない。

 彩が拳銃を抜いて、小室を撃つ。小室もまさか撃たれるとは思っていなかったので反応が遅れる。が、黒瀬が庇い、弾丸は彼の脇腹を撃ち抜いた。

 

「黒瀬!」 

「このくらい……!」

 

 ――――――お前らに殺された仲間に比べれば!

 

 黒瀬は彩に殴り掛かる。隣にいるスティーブが彩を守ろうと、立ちはだかった。

 

「眠ってて貰うぞ!」

 

 黒瀬はスティーブに回し蹴りをいれるが、腕でガードされる。

 

「……こいつ!」

 

 スティーブはR-ウィルスでベロニカウィルスに適合しただけでなく、身体がはるかに向上していた。 

 スティーブは黒瀬の腹を殴る。黒瀬も腕でガードするが、スティーブの拳が発火し、爆発で黒瀬は吹き飛んだ。

 

 一年前よりも明らかに強い。R-ウィルスで強化されたt-Veronicaウィルスを使いこなしている。

 

「一年前の彼らはR-ウィルスを打ってすぐだったから、自分の能力が使いこなせないで、あなたに遅れを取った。でも一年経てば自然の能力のコツが分かってくるものなの」

「……そうかよ」

 

 黒瀬は彩の言葉を聞いて、絶望などしていなかった。勿論R-ウィルスの力は知っている。だが、あの巨大なタイラントや高速で走る男、スナイパーの姿は見えない。スティーブ程度なら倒せる自信が黒瀬にはあった。

 

「スティーブ、やって頂戴」

 

 スティーブは腕に力を込め、背を丸める。

 

「何をする気だ……?」

 

 小室もクレアも彼の行動を傍観している。

 

「……まさか!」 

 

 黒瀬にはスティーブが何をするのか大体予想がついた。

 クレアと小室を抱え、その場から離れようとする。だが、もう遅く、スティーブが溜めた力を放つように腕を広げた。

 瞬間、スティーブの身体から全方位に火炎放射よりも強力な火が放たれる。まるで大爆発をしたかのような威力だった。

 黒瀬たちは吹き飛ばされる。

 

 

 

「…………クソ!」 

 

 頭が痛い。黒瀬の視界がボヤけている。

 小室とクレアは黒瀬が必死に守ったおかげで目立った怪我はないが、気を失っていた。

 

 民家が火で燃え広がり、かなりの範囲で火事が起きていた。

 生き残っていた自衛隊員も今の攻撃に巻き込まれて身体が燃え、叫び声をあげている。

 

 立ち上がる黒瀬にスティーブが道路に停められてあった軽自動車を投げた。

 後ろには小室とクレアが倒れている。避けるわけにはいかない。

 黒瀬は飛んでくる車を腕を広げて受け止める。

 スティーブは車に向けて炎を飛ばした。

 車のガソリンに引火したのか、車が爆発を起こし、黒瀬はまた吹き飛ばされる。

 

「……クソ!」

 

 これ以上攻撃を喰らうのはマズイ。

 黒瀬の身体の傷は高速で再生していくが、それにも限度がある。特殊部隊との戦いで既に体力を消費しており、あと数回即死級の攻撃を喰らえばいくらR-ウィルスの力でも死んでしまうだろう。

 

「ほら、はやく立ち上がらないと仲間が死ぬわよ」

 

 彩は気を失っているクレアに銃を向ける。

 

「……ッ!」

 

 黒瀬は痛みを堪え、クレアに覆い被さる。と、同時に銃弾が三発放たれ、黒瀬の背中を撃ち抜いた。

 身体が悲鳴をあげている。

 

「ほんと、あなたはバカね。これ以上仲間を庇えば死んでしまうわよ? もしかして自分がヒーローだと思ってる?」

「…………そんなわけないだろ」

 

 

 黒瀬は再び立ち上がり、彩を睨み付ける。

 

「これ以上何も失いたくないだけだ。俺が犠牲になれば誰も傷付かなくてすむ」 

「……予想通りの回答。ほんと、かわいそう」

 

 彩は溜め息をつき、再度銃を黒瀬に向ける。

 

「さあ、どうするの? そんなボロボロな身体で二人を庇いながら私たちを倒せるかしら?」

「……ああ」  

 

 黒瀬は彩に向かって走り出す。彩は全弾を黒瀬に撃つ。弾は黒瀬の頬や胸、太ももを貫くが、それでも黒瀬は止まらない。

 

「お前だけは……殺す!」

 

 黒瀬はリカと田島の死に際を思い出していた。あの時、もっとはやく反応できていれば……。

 黒瀬と彩の間にスティーブが割り込む。どうやら、彩には手を出させないように命令されているらしい。

 

「邪魔だ!」

 

 黒瀬はスティーブよりも速く動き、彼の首を掴んで地面に叩き付けた。

 

(彩を先に殺せば、スティーブは後でどうにかなる!)

 

 彩まであと十数メートル。ここで止まればもうチャンスはない。

 

「うおおおおお!!」

 

 全身の痛みを掻き消すかのように叫びながら黒瀬は駆ける。

 

(こいつだけは……!)

 

 残り数メートル。黒瀬は拳を握り、決心する。彩との思い出を振り切って。

 直後、直径二メートルはする鉄球が民家と塀を突き破って黒瀬を押し潰すように吹き飛ばした。

 

「え?」

 

 黒瀬の身体は鉄球とともに民家二件を突き破る。

 何が起こったのでも分からずに黒瀬は民家の台所に転がった。

 腕も足も動かない。だが、痛みは感じない。衝撃で全身の骨が砕かれたかのようだった。

 土煙が消え、ぽっかりと空いた民家から五メートルはある巨大な大男が出てくる。彼の手には極太のチェーンが持たれており、鉄球を投げたのは彼だと分かる。

 奴を黒瀬は知っていた。一年前の事件で黒瀬のスティーブと共に行く手を阻んだものだ。その顔はタイラントシリーズに酷似している。奴もR-ウィルスを投与され、身体能力が大幅に向上している。

 

「ふふ、この子の名前はフリュム。保険のためにこの子も連れてきてよかったわ」

 

 フリュム、確か神話に出てくる巨人の名前。

 フリュムは鉄球をぐるぐると回す。二メートルの鉄球は重さ五トンにも及ぶ。

 

「こらこら、これ以上やると死んじゃうわ」

 

 彩はフリュムに攻撃を止めさせる。

 

「……俺を……殺すんじゃないのか……?」

 

 黒瀬の身体は最早動かない。最後の力で傷は再生しているが、スティーブとフリュムを相手にする力は残っていなかった。

 

「言ったでしょ? 実験のために来たって」

 

 彩は銃を取り出した。それは注射器を打ち出す特殊な銃だ。

 

「さあ、今回は生き残れるかしら?」

 

 彩は注射器を黒瀬の首筋に打ち込んだ。

 

「く、くそ……」 

 

 また、殺せないのか。

 注射器の中身の影響か、黒瀬は意識を失った。

 

 

 

 

 


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