「殺しに行くって……この人たちをですか?」
「こいつら以外誰がいるんだ?」
井上は困った表情で、資料を出した。
「残念ながらテロリストグループの鎮圧にはSATが動きます」
黒瀬は資料を受け取って中身を見る。
「テロリストは神岡テーマパークに拠点にしているのか」
小室は神岡テーマパークの名前を聞いたことがあった。確か日本最大級のテーマパークのはずだ。遊園地だけではなく、水族館や動物園、ホテルがある。更にはパークの中心には神岡テーマパークタワーという標高200メートルのタワーがあり、神岡市を見渡せる絶好の観光スポットになっている。
「ええ。テロが起こってパークの客は全員外に逃げましたからね。好都合だったんでしょう」
井上は地図上の神岡テーマパークに印を付ける。
地図を見る限り、パークは相当広い。
「何でテロリストはこんな場所を拠点にしたんだ?」
小室は疑問に思う。
「奴らは逃げも隠れもしないって伝えたいからだろうな。さっきの映像を見る限り、奴らは自分達の行動が正しいと思い込んでる。正しいから逃げも隠れもする必要がない。なら、この街で一番目立つ場所はどこか?」
「それが神岡テーマパークだったってことか」
「ああ」
黒瀬は資料の中にある神岡テーマパークのパンフレットを見た。
「神岡市を見渡せるタワーか……。奴らはそこからこの惨状を見て喜びに浸ってるんだろうな」
ひしひしと怒りが伝わってくる。
黒瀬はテントから出る。小室と井上もつられてテントから出た。
黒瀬が見ている方向には、かなり小さいがタワーが見えた。ここから何キロメートルも離れている。
「敵はあそこにいるのか」
「ええ。でもそれはSATの仕事です。俺たちは……」
「俺たちは何だ? それはお前の仕事だろ?」
黒瀬は井上の言葉を予想したかのように言った。それを聞いた井上も気まずい顔になる。
「黒瀬、どういうことだ?」
「分からないか? 井上が言った通り、自衛隊の奴らは俺たちが目障りみたいだ。だから俺たちの相手をしているのは武岡二尉や部隊を指揮できる奴じゃなく、下っ端のこいつだ。俺たちに仕事はないんだよ」
「そうなのか、井上?」
「…………黒瀬さんの言う通りです。武岡二尉があんなに頑固じゃなければよかったんですが……」
自衛隊には自衛隊の事情がある。それは仕方ないことだが、バイオテロのエキスパートである僕たちに何もさせないのはいかがなものか。
小室も黒瀬と同じように苛立ちを覚えるが、ここは日本で指揮を取っているのは自衛隊だ。従うしかない。
「じゃあ暇な俺はテロリスト共を壊滅させてくるよ」
黒瀬はそう言い、小室と井上に背を向ける。
「待てよ!」
立ち去ろうとする黒瀬の肩を小室が掴んだ。
「あそこまで行ってテロリストを倒すなんて無茶だ。僕たちは武器も持ってないんだぞ」
「誰がお前と行くと言った?」
黒瀬は掴まれている手を払い除けた。
「お前がいても邪魔なだけだ。ここで何もせずに過ごしてろ。頼めば雑用くらいはやらせてくれるかもな」
「邪魔って……黒瀬のサポートくらいは出来る。今まで一緒に戦ってきたろ!?」
「迷惑なんだよ!!」
覇気のなかった黒瀬の声に感情が乗った。
「お前はゾンビに噛まれたら怪我するし、銃で撃たれたら死ぬ。そんな奴に着いてこられても邪魔なだけだ! お前が今まで生きてこられたのは運が良かったからだ! 死なないって思ってても……俺が守ろうって思ってても……死ぬときは死ぬんだよ! それがこの世界だ!」
「それは黒瀬も同じだろ? いつも無茶な戦い方をして何度も死にかけてきて、でも死ななかったのは周りに仲間がいたからじゃないか!」
黒瀬と小室が睨み合い、井上もどうすればいいのかと慌てる。
「武岡二尉、マズいことになりました!!」
自衛官の一人が校舎から走ってきた。
テント周りの自衛官や警察がざわざわしている。
「どうした?」
「校舎や体育館に避難している者が突如として暴れ出しました!」
「何? 一人じゃないのか!?」
「各教室で起きています!」
「手があいている者は現場へ向かえ!」
武岡二尉の言葉で十名ほどの自衛官が校舎へ駆け出していった。
「手があいている者だってよ。僕たちはまさにそうだな」
「暴れている奴くらい自衛官や警察で充分だろ」
「そうかもな。でも一応さ」
黒瀬は仕方無いと重たい腰を上げた。それに井上も答える。
「俺も付いていきますよ。武岡二尉の命令で二人を見張ってないといけないんで」
「はいはい」
三人は走って校舎へと向かった。
校舎に早速入ると、至るところから叫び声が聞こえてくる。
「何が起きているんだ?」
すぐ近くの教室のドアを突き破って、自衛官が男に押し倒された。
「助けてくれ!」
男は自衛官の首に噛み付こうとしている。
「まさか……!」
小室は男を引き剥がそうと走るが、黒瀬の方が反応が早く、一瞬で男を蹴り飛ばした。
「助かったよ」
小室は自衛官に手を伸ばして立たせる。
蹴り飛ばされた男は痛がる様子もなく立ち上がる。その口には真っ赤な血が着いている。
t-ウィルスに感染していることは明らかだった。怪我をしている腕をタオルで縛っているのを見ると、そこを噛まれて感染したのだろう。
「井上、まさか怪我人に何の処置も行ってないのか?」
「怪我は申告制で、治療テントもあるんですが……」
「噛まれたなんて言えないか……」
「いえ、一応噛まれた人もそこで処置を受けています」
「は? 隔離はしているんだろうな?」
「それが…………」
井上は言いずらそうだった。そうこうしている内に感染者がゆらゆらと揺れながら黒瀬に近寄っていく。
「危ないぞ、君!」
自衛官は黒瀬に離れるように促す。
「………………」
黒瀬は無言のまま、男の頭を掴んで壁に叩き付けた。
男の頭はトマトのように弾け、身体はゆっくりと倒れた。
小室は何度も見た光景だった。こういう事件が起こる度に、〈奴ら〉を殺さなければならない。それがついさっきまで人だったとしても。だから〈奴ら〉が死ぬ姿は何度見ても慣れない。
「うっッ……!」
その光景を見た井上は膝をついて床に吐瀉物を吐き出した。
「大丈夫か、井上!?」
小室は井上の背中をさする。
「す、すいません…………人が……死んだところなんて初めてみたんで……」
無理もない。あれはさっきまで生きている人間だったんだ。その頭がぐちゃぐちゃになっているのも見たら誰でも耐えきれない。
「貴様!」
黒瀬が助けた自衛官が駆け出して、黒瀬に殴り掛かる。
黒瀬はひょいと避けて、足を引っ掻けて転ばせた。
「なんだ、お前?」
「何をやったのか分かっているのか!?」
自衛官は怒りではち切れそうな表情だった。
「感染者を殺しただけだ」
「この……クズが!」
自衛官はまたもや黒瀬に殴り掛かるが、首を掴まれて教室に放り込まれた。
小室は自衛官の気持ちは分かる。だが、彼らも感染したらもう治らないということは知っているはずだ。
「分からず屋だな」
黒瀬は教室の中に入り、自衛官を追い詰めようとするが、そこには恐ろしい光景が待っていた。
子供から大人までの感染者が人の肉を食い漁っていたのだ。
「は?」
感染者は入ってきた新鮮な肉に飛び掛かった。
「小室、外へ出ろ!」
黒瀬は飛び掛かる感染者を蹴り飛ばして、廊下へ出た。
「どうしたんだ?」
「ここはもう駄目だ!」
黒瀬は井上を抱える。
感染者が窓やドアを突き破って廊下へと出てくる。
「まさか……」
「そのまさかだ。どうやら噛まれた奴がたくさんいたようだな」
黒瀬たちは急いで校舎を出ると、既にグラウンドも同じ状況になっていた。
治療テントから出てきた感染者が、自衛官や警察官を襲っていた。
「なんでこんなことに……」
「答えは明白だろ。何もしなかったんだよ。身体検査もしてないし、ワクチンも打ってない。噛まれた感染者すら隔離してなかったんだ」
黒瀬は襲い掛かる感染者を蹴り飛ばしていく。
「どうすんだよ?」
「ここにいても駄目だ。ワクチンもないんじゃゾンビは増えるばかりだし、この数のゾンビを倒すのは手が折れる」
そうこう話している内にも被害者は増える一方で、自衛官や警察官は次々に噛まれていく。
「〈奴ら〉に対する訓練をしていないのか……!」
そう思うほど呆気なくやれていく。
「武器が使えないんだ。訓練を受けた奴でもあんなもんさ」
黒瀬は先程のテントに入って地図を取った。
「こんなところに用はない。行くぞ」
ぴちゃり。
水滴の落ちる音でアユムの身体がビクリと震える。
あれから何時間経っただろうか。
アユムは駅の近くの公衆トイレで怯えていた。
いつまでここにいれば良いのだろうか。そんなことは分からない。でも、ここを一歩でも外へ出れば、人が人を喰っているという、B級映画のような惨状が広がっている。
ネットでは、t-ウィルスに感染した者はゾンビのようになると書かれてあった。半分冗談かと思っていた。だが、それは本当で、しかもその感染者が周りにはたくさんいる。
一体何の冗談だ!?
ただ、ゴールデンウィークで家族水入らずで遊園地に遊びに来ただけなのに、なんでこんな目にあわなければならないんだ。
家族は無事なのだろうか。連絡したくても、駅でスマホを落としたせいで連絡できない。ただ、家族の無事を祈るだけだ。
不安なことばかり考えていると精神がどうにかなってしまいそうだった。ともかく今は外は暗く、視界が悪い。朝まで待って明るくなってから行動すればいい。もしかしたら救助活動も行われるかも。
アユムはそう思って無理矢理にでも眠りにつこうとする。
「シズカ、早く走って!」
「そう言われても~走りにくくて~」
トイレの外から女の会話が聞こえてきた。
アユムは聞き間違いじゃないか、耳を澄ませる。
「ハイヒールを脱げばいいでしょ!」
「それじゃ素足になって怪我しちゃうじゃない!」
「死ぬよりかはマシでしょ!」
間違いない。生存者の声だ。
アユムは出るかどう迷う。出てもどうすればいいのか。おとなしく救助を待った方がいいのではないか。
(一人よりかはマシか……)
このままここにいてもただ怯ているだけ。アユムは勇気を振り絞って、トイレのドアを開けた。
外に出て周りを確認する。
ゾンビはちらほらいるが、走って振り切れる距離だ。
右を見ると、会話をしている二人の女性がいた。
一人は金髪の日本人で、もう一人は白人だった。
「あ、あのっ!」
アユムは二人に声を掛けた。
二人が驚いてアユムを見る。だが、生存者だと気づいて警戒を解いた。
「やっと生きている人間に会えたわね」
白人の女性がアユムに駆け寄る。ハイヒールを脱いだ女性もそのたわわな胸を揺らしながら走ってきた。
「奴らに噛まれてない?」
「あ、はい。噛まれてないです」
白人の女性は、アユムの身体を一通り見て言う。
「自己紹介とか詳しい話はあとにしましょう。今はここから離れるわよ」
ゾンビが唸りながら三人に近づいてきていた。
「そうした方がいいですね!」
三人は駆け出した。