バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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何年も失踪してしまい申し訳ございません。
昔書き貯めていた分を投稿していきます。


87話 ヒーローじゃない

「はぁ……」

 

 クレアは、ビルの四階の休憩フロアの椅子に座り、大きな溜め息をついた。

 この仕事も疲れるわ。

 腕時計を見ると、時間は十九時を過ぎていた。外はもう暗く、車やビル、街灯が街を照らしていた。

 

「お疲れさまー、クレアちゃん」

 

 クレアの頬にピタリと冷たい缶コーヒーが付けられる。

 

「ありがとう、シズカ」

 

 クレアは缶コーヒーを受け取った。

 

 テラセイブの一員であるクレアと鞠川静香は、バイオテロや薬剤被害の摘発の講演のため、日本を訪れていた。今日はその講演の一日目が終わった所だった。

 

「明日の予定は?」

「昼から大阪で講演よ。だから五時起きね」 

「じゃあ、今日は早めに寝ましょうか」 

 

 予約を取っているホテルまでここからタクシーに乗って十分ほどだ。遅くても二十一時には寝れるだろう。

 

「折角日本に来たのに観光できなくてごめんねー」

「いいわよ。仕事で来てるんだもん。観光はそのうち休みをとってするわ」

 

 クレアは今の仕事に誇りを持っていた。決して楽な仕事ではないが、大勢を助けられる仕事だ。今日のこの講演でも一人でも世界の敵に立ち向かう者が増えてほしいとクレアは願っている。

 

「さて、そろそろ出ましょうか」 

 

 クレアは椅子から立ち上がる。その直後だった。外からガシャーン! と大きな何かがぶつかった音がし、キャーキャーと人が騒ぐ。

 

「何?」

 

 クレアはと静香は、窓から外を覗く。

 

 車と車がぶつかって大破していた。どうやら先程の音はそれだったみたいだが、何やら様子がおかしい。

 

 叫びながら逃げる人は、車ではなく、別の“何か”から逃げていた。

 

「クレアちゃん、あれ……」

 

 静香が外の何かに指を差した。

 見えにくいがクレアは指差す方向を注視した。

 

 その光景は、クレアが何度も見てきたものだった。

 

 人が人に噛み付いている。

 

「うそ……そんな……」

 

 よく見れば、そこだけではない。回りにもその光景が広がっていた。

 

「あれって……」 

「間違いなく感染者ね。ハロウィンはまだ遠いもの」

 

 まさかまた巻き込まれることになるとは。もう何度目か分からないが、また覚悟を決めるしかない。

 

「シズカ、逃げるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 黒瀬と小室は、ヘリに乗っていた。

 BSAAのヘリではなく、自衛隊のヘリに。

 

 彼らは今回の事件が起きて急遽、極東支部から日本へと飛んだ。陸上自衛隊や現地警察へのオブザーバーとしての役割のためだ。

 

 オブザーバーには極東支部のエースである小室孝と、本部所属の黒瀬リョウが選ばれた。それは日本政府と、製薬企業連盟に入っていてBSAAへ多額の出資をしているランダル社の意向だった。

 

 

 

 

「黒瀬、大丈夫か?」

 

 小室は、黒瀬の様子を見て、心配の声を掛けた。

 

「…………大丈夫だ」

 

 全く大丈夫じゃない声で黒瀬はそう言った。

 黒瀬の目の下には隈が出来ており、目付きも前より鋭くなっている。

 

 黒瀬は一年前の“あの事件”以降、休むことなく世界中を飛び回ってウィルスを悪用するテロリストと戦っている。小室はあの事件の現場にいなかったので、何が起きたかは書類を読んで把握していた。

 

 黒瀬の幼馴染みである香月彩がアンブレラのスパイであり、大事な仲間を多く失った。

 

 小室もリカや田島たちが死んだことにはショックを受けた。こんな仕事をしているが、あの二人が死ぬとは到底思っていなかったからだ。

 

 そして黒瀬は亡くなった仲間の葬式の後、『俺のせいでみんな死んだ』。それだけを言い残してすぐに戦いに身を投じた。それ以来会うこともなく、今日は一年ぶりの再会だった。

 

 だが、再会した彼は別人のように変わっていた。

 

 

 

「なぁ……黒瀬? 何でこの一年間会いに来なかったんだ……?」

「……………………」 

「みんな心配してたんだぞ? 冴子も麗も平野も紗耶も先生もありすちゃんも…………」

 

 もちろん小室も黒瀬を心配していた。今日の再会もはしゃぎたかったほどだ。

 

「悪いな……会いに行ける時間がなかったんだ……」

「世界中を飛び回って戦ってたからか?」 

「…………ああ」

 

 黒瀬の返事には覇気が籠っていなかった。

 

「そろそろ現場に着くぞ。なんて惨状だ」 

 

 ヘリのパイロットが言った。小室も外を見てみる。

 

 簡単に言ってしまえば、地獄の光景が広がっていた。至るところで火災が起き、ビルの屋上には発煙筒で助けを求める人達が集まっている。

 

 だが、多すぎる。一つだけじゃない。ほぼ全てのビルでそのような事態が起こっていた。〈奴ら〉がいるせいで下に降りれないのだろう。

 

「救助活動はしてないのか?」 

 

 小室はパイロットに聞いた。

 

「してるさ。でも規模がでかすぎて手が回ってないんだよ。全国の自衛隊が集まれば救助活動なんてすぐ終わるんだが……」

「そう簡単にはいかないか……」

 

 ビルの上の民間人を助けようにも助けられない。非情な話になるが、このヘリに乗せられても数名。ヘリの乗車券を巡って必ず争いになるだろう。それに今の任務は、一刻も早く避難所に着いて陸上自衛隊の部隊と合流することだ。

 非情だが、彼らを見捨てるしか選択肢はない。

 

「…………なんとも思うな。救えない奴は救えないさ」 

 

 黒瀬が外の様子も見ずにそう言った。

 

「……なに?」

 

 小室がその言葉に反応して、黒瀬を睨み付ける。

 

「今何て言った、黒瀬?」 

「だから……ビルの奴らは救えない。ゾンビに襲われて敵が増えるだけだ」 

「お前!」

 

 小室は黒瀬の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

 

「何だよ。本当のこと言っただけじゃねぇか」

 

 黒瀬は小室の腕を掴んで力を込めた。激痛が走るが、小室は腕を離さない。

 

 確かに黒瀬の言葉は真実だ。救助活動が難航すれば、屋上のドアを〈奴ら〉に突破され、〈奴ら〉が増える。そんなこと小室はわかっていた。だが────

 

「黒瀬にはそれを言ってほしくなかった!」

「…………はぁ?」

 

 黒瀬は意味が分からないという顔をした。

 

「昔の黒瀬なら、ビルのみんなを助けようとするだろ! 命令違反を犯してでも、自分を犠牲にしてでも!」

「俺はそんなヤツじゃない!!」

 

 黒瀬は力づくで小室の腕を引き剥がした。

 

「俺はな、お前らが思っているような奴じゃないんだよ! 漫画やアニメみたいなヒーローじゃない。そんな奴らみたいに完璧な人間じゃないんだよ!」

 

 小室もそんなことは知っていた。黒瀬を間近で見てきたから分かる。黒瀬は完璧じゃない。だが、助けを求めている人間を見捨てるような奴ではない。助けるために命令違反を犯し、自分が傷付きながらも他人を助け、助けられなかった人に涙する。そんな人間だったはずだ。それが出来るのは黒瀬しかいないはずだ。そしてそれを手助けするのは小室の役目だった。だが、今の黒瀬は最初から諦めている。

 

 それが小室は腹立たしかった。

 

「僕は黒瀬に言ってほしいんだ! 『助けよう』って! 困っている人達を助けようって! そうしたら────」

「そうしたら……なんだ? お前が付いてくるってか? 俺の手伝いでもすんのかよ」

「…………ああ!」

 

 勿論だ。僕だけじゃどうにもならない。ただ〈奴ら〉に囲まれて死ぬだけ。だが、黒瀬がいれば。

 

「……よく分かったよ。俺はお前の便利屋ってわけだ」

「え?」

「ようは小室一人じゃ何も出来ないからだろ? 俺がいればお前は安全に行動できる。お前がピンチに陥っても俺が全力で助けに来るからな。そして俺は言うわけだ。『助けに来たぞ』ってな。全身ボロボロになって、死にかけて。大体そんな感じだもんな。いつも頑張るのは俺だけだ。お前はそれを脇から見ているだけ」

「そんなことは……!」

 

 ない……なんて言えなかった。

 

「俺は今までヒーローを演じてきたつもりだった。俺が犠牲になればみんな助かるって。そう思ってた。でも現実はそう甘くなかった。俺がいくら頑張っても仲間は死ぬ。手足が吹き飛んでも、腹藁抉られようとも、俺は全力で戦ってきた。……それでも死んじまったんだよ」

 

 黒瀬が誰の話をしているのか小室には分かった。一年前の事件で死んだ仲間のことだ。

 

「もう……疲れたんだよ。ヒーローを演じるのに……」 

「……………………」 

 

 小室は何も言えなかった。

 黒瀬は元々責任感の強い人物で、昔から人のためならと戦ってきた。だが、それ一年前の事件で崩れ去ってしまった。

 

「お二人さん、お取り込み中の所悪いが、もう着いたぞ」

 

 いつの間にかヘリは目的の場所で、避難所にも指定されている中学校に到着していた。

 

 グラウンドには自衛隊や警察の仮設テントが張られており、体育館や校舎の教室には多くの市民が避難をしていた。

 

 ヘリが着陸体勢に入り、テントからは自衛隊の上官と思われる人物が数名出てきて小室と黒瀬を迎える。

 ヘリから降りると、三十代半ばと思われる男が前に出る。

 

「武岡二等陸尉だ」 

 

 男はそう名乗った。

 

「BSAAの小室で、こいつが黒瀬です。よろしくお願いします」

 

 小室は握手のために手を差し出すが、武岡二尉はそれを無視した。

 

「上からはプロが来ると聞いていたがな……」

 

 小室と黒瀬の姿を見て、武岡二尉はテントに戻っていった。

 

「なんだよ……あいつ」

 

 まぁ、そう思われても仕方ない。BSAAから来たのは、屈強な身体や厳つく年季の入った顔の男ではなく、どこにでもいそうな二人組だ。だが、本人の前であの態度は有り得ない。

 

「すいませんね、うちの上官が失礼を」

 

 小室の前に出てきたのは、若い自衛官だ。

 

「お前は?」

「あ、すみません。自分は井上一等陸士です!」

 

 井上は元気に名乗った。

 一等陸士といえば、自衛官としての経験が浅い。若さからみて、高校卒業で自衛隊に入ったのだろう。

 

「僕は小室孝だ」

「……黒瀬だ」

 

 小室と黒瀬が自己紹介を終わらせた所で、井上は二人の手を掴んだ。

 

「光栄です! BSAAのオリジナルイレブンの二人に会えるなんて!」

 

 井上はキラキラした目付きで二人を見ていた。

 

「僕たちを知ってるのか?」

「知ってますよ! 雑誌で何度も特集が組まれてましたし! BSAAで戦う、数少ない日本人!」

「雑誌で特集……?」 

 

 小室はそれを聞いて大体検討がついた。

 

「佐藤リコっていうフリージャーナリストが記事にしてたんですよ。もちろん知ってますよね!? 最近その人の記事見ないけど……」

「やっぱりあの人か……」 

 

 何度か取材に来ていたが、本当に記事にしていたとは。そもそも本当にジャーナリストだったのかよ……。

 

 小室は懐かしい記憶を思い出すも、ハッとして黒瀬に振り向く。

 

 佐藤リコは一年前の事件で殺されたのだ。

 黒瀬は先ほどと変わらず暗い表情だったが、拳がギュッと握られていた。

 

「それで……僕たちは歓迎されてないようだけど……?」

 

 小室は話をずらして疑問に思ったことを聞いた。

 

「そりゃそうですよ。自衛隊には自衛隊の面子があるんですもん。上官たちはBSAAに指揮権を握られるんじゃないかって思ってます」

「まぁ、それもそうだな。自分の部隊が他の組織に乗っ取られるようなもんだし」 

「でもこんな事態だからこそBSAAに指揮を取ってもらった方がいいと思うんです。二人はこの手のプロなんですから」

 

 井上は小室にそう耳打ちした。

 

「そういうグダグダはいい。井上、俺達は何をすればいい?」

 

 黒瀬が単刀直入に聞いた。

 

「こちらに来てください」

 

 二人は井上に案内されてテントの中に入る。中には特に大した機材もなく、机と椅子、そしていくつかの書類が置かれていた。

 

「ここが二人の専用のテントです」

「……そうか」  

 

 黒瀬はテントに入るや否や、机の上の書類に手をやった。

 

 一枚の大きな地図とともに今回の事件の概要が書かれた紙と、その対処方が書かれた書類がある。

 小室はそれに目を通すと呆れたように溜め息をついた。

 

「またテロリストか……」

「ええ。それもかなりの人数のようです」

 

 井上は地図を広げ、マーカーで印を付けていく。

 

「ウィルスがばら蒔かれたのは全部で五ヶ所です」

 

 地図の駅や繁華街に印が付けられている。

 

「特に被害が酷かったのは、ここです」

「神岡駅……?」 

「テロが起こったのは十七時十分頃で、そのとき帰宅する会社員やホテルへと向かう観光客で駅はいっぱいでした」

「そこへウィルスが……」

「現在の上空からの映像では、駅周辺には感染者の姿しか見えなかったそうです」

「テロリストは何て声明を?」

「見てもらった方が早いですね」

 

 井上はタブレットを取り出した。

 

「テロリストは犯行後、動画サイトに声明を上げました」

 

 井上は再生ボタンを押す。すると、百人は越える男女が並んでいる映像が流れ、真ん中から一人の男が出てきた。

 

『我々は感染者保護団体である』

 

 その名乗りの次に世界地図が映し出された。

 

『世界では年に二千件以上のバイオテロが起きている』

 

 地図に棒グラフが表示され、中東やアメリカのグラフが目立つ。

 

『その中でも特に目立つのは、人を凶暴化させるウィルスを使用したバイオテロだ』

 

 別の映像が流れる。

 それは〈奴ら〉が人を襲う映像だった。

 

『ご覧の通り、人が人を襲っている。これはt-ウィルスというアンブレラが作ったウィルスに感染してしまったからだ。────しかし!』

 

 男は怒るように大きく手を振った。

 そして映像が再び切り替わる。

 

『彼らは被害者であるにも関わらず、銃を扱う野蛮人どもによって殺されている!』  

 

 映像にはアメリカの特殊部隊が〈奴ら〉を殺していく場面が映されていた。

 

『私は、いや、この映像を見た者は当然怒りが湧いてくるくるはずだ。何故平和に暮らしていた人々がこんな奴らになんぞ殺されなければいけないのかと! 何故殺した奴らは呑気に暮らせるのかと!』

 

 男の台詞は感情が高ぶっているからかどんどん早くなっていく。

 

『だから私たち感染者保護団体は、この事実を世界中に伝えるため神岡市で行動を起こした! これはテロではない! 世界に真実を伝えるための正しい行動だ。私たちの同志が増えることを願っている』 

 

 映像は終わった。

 

「こいつらイカれてやがる……!」

 

 映像を見て小室はただそうとしか思わなかった。

 

「ですよね、『だから』から飛躍しすぎてます」

 

 井上も小室の言葉に同意する。

 

 こいつらはバイオテロを起こし、感染者を出すテロリストよりも感染者を殺す者たちを恨んでいる。普通なら元であるテロリストを非難するはずだ。

 

「きっと友人や家族が感染者になって他の人に殺されたんでしょうね」

「でも“ああ”なってしまえばもう治らない。殺してやるしか方法はないんだよ」

「分かってます。でも家族や友人は簡単には割りきれないと思うんです」

 

 確かにそうだ。治らないと分かっていても、誰かに頭を潰され殺されたことには代わりはない。

 

「だからなんだ?」

 

 黒瀬が二人の会話に割り込んでくる。

 

「こいつらはテロリストだ。誰が何と言おうとな。被害者だからって他の人を傷つけて良いわけがない」

 

 それは黒瀬だけではない。小室も井上も、ここに避難している人も全員分かっている。

 

「井上」

「はい?」

「こいつらどこにいる? 俺が殺しに行ってやる」

 

 黒瀬からは憎悪の感情が滲み出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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