バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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12章の始まりです


12章 Restoration
86話 終わらない地獄


 太田歩はただのどこにでもいる高校生だ。平凡な家庭に生まれ、平凡な暮らしをしている。

 

 顔も頭の良さも平凡で、殴り合いの喧嘩など生まれて一度もしたことがない。

 

 そんな彼は、家族思いだった。

 

 今の日本はゴールデンウィークの真っ最中。その休日を使って国内外へ旅行に出掛ける人が多く、アユムとその家族もそうだった。

 

 国内最大級の遊園地で遊ぶ。それが今回の旅行の目的だった。

 

 何もアユムが遊園地で遊びたいわけではない。遊園地で遊びたいのは彼の妹。妹はまだ小学生五年生だ。思春期真っ盛りで、最近は口も聞いてくれないが、家族思いのアユムは家で五日間ゴロゴロするという計画を投げ捨て、今回の旅行へ付いてきた。

 

 最初は仕方無く付いてきた彼であったが、生まれてから一番の遠出である今回の旅行に若干興奮していた。

 

 昼過ぎにホテルにチェックインすると同時に、アユムは両親の許可を取って、都会を歩き回ることにした。

 

 初めての街を歩くのは、少し怖いが、それ以上に気持ちが昂っていた。

 

 彼が住んでいる巡ヶ丘市は、田舎というほどではないが、この街と比べると田舎と言っても過言ではない。

 

 立ちそびえる高層ビルの数々。歩道を歩く人々。それがアユムの住む街とは比べ物にならなかった。

 

「あ、やばい!」

 

 アユムは腕時計を見ると、時間は夕方の五時を回っていた。両親には五時半にはホテルに帰ると伝えてある。

 

 電車に乗れば、十分ほどでホテルの近くの駅に着くだろう。そこから走ってギリギリか。

 

 アユムの両親は時間には厳しい。一分でも遅れてしまえば説教だ。

 

 彼は余裕を持たせるため、最寄りの駅まで走る。高校では部活に入っていないが、中学の頃は陸上部に所属していた。部活を辞めてからも二日に一度、走っているので体力はそこそこある。  

 

 汗一つかかず、駅に着くと、駅は人で溢れかえっていた。

 

(しまった。都会の駅は人が多いんだ!)

 

 時間は五時六分。ゴールデンウィークでも働く会社員やアユムと同じでホテルに帰ろうとする旅行客で人が一杯だった。

 

 このままでは電車に乗れるか怪しい。満員になってしまえば、次の電車が来るのは数分後。彼はその数分が命取りだった。

 

「バスの方がはやいか?」

 

 いや、バスも同じだろう。ここは潔く諦めるしかない。アユムは携帯電話を出した。先に両親に遅れることを伝えておけば、少しは説教される時間が短くなるとアユムは考えていた。妹にはまた冷やかされるだろうが。

 

 父に電話を掛け、携帯電話を耳に持っていく。しかし、それは何者かに妨害されてしまう。

 スーツを着た中肉中背の男が、アユムの背中にぶつかった。突然のことで、アユムは携帯電話を床に落としてしまう。

 

「うわ、すみません!」

 

 アユムは、こんな人混みの中で立ち止まってしまった自分が悪いと思い、咄嗟にスーツの男に謝った。しかし、スーツの男は何も返事することなく、グラグラと左右に揺れながら、人混みを進んでいく。

 

「なんだ、あの人?」

 

 アユムは一瞬、スーツの男の顔を見た。真っ青でまるで死人のような顔だ。

 

 きっと仕事で疲れているのだろう。アユムはそう思って携帯電話を拾おうとする。しかし、落としたはずの歩の足元には携帯電話はなかった。

 

 この人混みだ。どうやら、誰かに蹴られて遠くに行ってしまったらしい。

 

 面倒だと思いながら、アユムは人混みを掻き分けながら携帯電話を探す。もう約束の時間までにホテルには帰れないだろう。気持ちが沈むが、携帯電話を無くしたと親に知られれば、説教は単純計算で二倍になってしまう。それだけは避けたいと思い、足元を注意深く探す。

 

「おい、おっさん! ぶつかったんなら謝れよ!」

 

 人混みの中で、低い男の声が響き渡る。辺りはざわめき、何事だと、声のした方向に人の視線が集まっていく。アユムは、その人混みに押されてしまい、半ば自動的に騒ぎの中心の近くに辿り着いてしまう。

 

 その中心にいたのは、不良と思われる三人の男と、先ほどアユムとぶつかったスーツの男だった。スーツの男は立ち止まっており、下を見つめている。

 

「おいおい、聞こえないのか? 謝れって言ってんだよ!」

 

 不良の一人は唾を撒き散らしながら怒る。他の二人は笑いながらその光景を見ていた。

 どうやらスーツの男が不良にぶつかってしまったようだ。

 

「ぶつかったくらいであんな怒るか?」「不良怖ぇ~」「おっさん、あんな奴に目をつけられて可哀想だな」  

 

 野次馬は不良を否定する言葉を吐いているが、誰一人仲裁しようとする者はいない。アユムもその一人だった。面倒事は御免だ。

 

「聞こえねぇのか!?」 

 

 不良がスーツの男の胸ぐらを掴む。流石に野次馬たちもやばいと思ったのか、その不良の行為に息を呑んだ。しかし、誰もが予想もしていない事態が起こる。

 スーツの男が、不良の首筋に噛みついたのだった。

 

「…………え?」

 

 アユムは、何が起こったのか一瞬分からなかった。周りも同じだ。

 辺りは不良の首から吹き出す鮮血で真っ赤に染まる。取り巻きの不良二人も何が起こったのかという表情で口をパクパクと動かしていた。

 

「おい、何をしている!」

 

 人混みを掻き分けながら、駅員が近づいてくる。遅い。事が終わってからではどうしようもない。

 人が、人に噛み付くという無惨な光景を見た人々は、駅員の声で我に帰る。そして次にとる行動。

 

『うわああああぁぁぁぁぁあああ!?』『きゃああああああああ!』

 

 群衆が一斉に叫び、スーツの男から離れようと押しながら動き出す。歩もその動きに抗うことが出来ず、群衆に押される。

 

 駅員がスーツの男を不良から引き剥がそうとするが、男の圧倒的な力で押し倒され、首を噛まれる。

 

 駅はパニックに陥った。そしてこのパニックは駅だけでは済まなかった。

 

 

 

 

 また、地獄が始まった。

 

 

 

 


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