アンブレラ・プライムのすぐそばの氷海の上で、戦闘は繰り広げられいた。
アリスを救出したレオンたち。その追っ手であるジルとレインのクローン。
アリスはジルと、レオンと他のメンバーはレインと戦っていた。
彼女らはラス・プラガス寄生虫を投与しており、銃が効かない身体になっている。
氷点下の中での戦闘はレオンたちには無理があった。いくら動いても身体は温まらず、逆に冷えてく。それに比べ、ジルとレインは圧倒的な動きでレオンたちを苦戦させていた。
このままじゃなぶり殺しにされる。だが、何も策はない。ここで死ぬのか。
その時、地面が揺れた。正確には、レオンたちが立っている氷が、だ。
「な、なんだ?」
氷にヒビが入り、そしてついには砕け、穴が開いた。その穴から手が飛び出した。
その様子にその場の全員は動きを止めた。
穴から這い上がってきたのは、一人の男だった。ボロボロの服を着ているが、その肩にはBSAAのマークが施されている。
黒瀬はこの氷点下の海を泳いで地上まで上がってきたのだ。
「リョウ……なのか?」
レオンは思わず聞いてしまった。どう見ても黒瀬だったが、彼の雰囲気が今までとは違う。負のオーラが彼を纏っていた。
黒瀬はジルとレインを見た。
敵だ。黒瀬は一瞬で判断し、レインの頭を素手で砕いた。それを見たジルはアリスを無視して、黒瀬へと向かうが、彼女がクローンだと気づいた黒瀬は、レインと同じように頭を粉砕した。
レオンたちは一瞬の出来事を見ているだけだった。あれほど手こずっていた敵が十秒もかからず葬られたのだ。だが、レオンはやはり黒瀬に違和感を抱いた。
今までの黒瀬ならば、ジルのクローンを戸惑いもせずに殺せるのだろうか。何か違う。いや、変わったのか? この数時間の間で。
レオンはBSAAの二人がいないことに気付いた。
「良かった。レオン、アリス。無事に脱出出来たみたいだな」
黒瀬は海を泳いでいる間、施設の崩壊に巻き込まれていないかが心配だった。だが、それよりも前に脱出出来た様子だ。
「リョウ、他の二人はどうしたんだ?」
レオンが聞く。レオンは黒瀬の様子を見て、既に察している。
「死んだよ。彩に殺された」
「アヤに!?」
レオンもアリスも彩とは交友関係がある。彩の裏切りと田島とリカの死は二人にもショックを与えた。
バラバラとヘリの音が近づいてくる。空を見上げると、アンブレラのロゴのヘリが着陸しようとしていた。
「クソ、アンブレラからまた追っ手か!?」
レオンは銃を構えたが、黒瀬が制す。
「違う。あれは────」
窓からユウトとマミが手を振っていた。
「あれは……クローンか?」
レオンはユウトとマミの姿を見て、戸惑いながら聞いた。
「ああ」
ヘリが着陸し、ドアからユウトとマミが飛び出して黒瀬に飛び付く。
「おい、止めろ。濡れてるから冷たいぞ」
黒瀬の注意も聞かず、二人は抱きついたままだ。
「良かった、リョウさん。もう会えないかと思ってました……!」
「わたしたち、リョウさんまで死んだらどうすればいいのかって……」
二人は黒瀬の生還を心から喜んでいた。
「……死んだ方が良かったかもな」
黒瀬はボソリと呟いた。
ヘリのドアからリカと田島の遺体が見えた。
夢じゃない。この出来事は。
黒瀬の瞳からは涙が溢れる。
「リョウ……さん?」
「……すまん」
黒瀬は涙を拭うも、涙が止まらない。
仲間を失いすぎた。リコ、カーク、ソフィア、田島、リカ。
今まで共に戦ってきた人間が二日で五人も死んだ。そしてその内三人は、黒瀬の目の前で死んだ。
「……俺のせいだ」
黒瀬ははっきりと言った。
「ソフィアと約束したのに……強くなるって! でも結局俺は……弱いままだ」
黒瀬は哀しみと憎悪で心が膨れ上がっていた。
「何で……良い奴らから死んでいくんだよ! 皆、それぞれ世界のために戦ってきた。この世界をどうにかしようと、命を懸けて戦ってきたんだ! なのに……こんな最期を迎えるのかよ……!」
これ以上堪えきれない。心が痛い。
彼らとの記憶を思い出すほど後悔しか残らない。どれだけ願っても記憶の中のあの頃には戻れないのだ。
「リョウ……」
レオンもアリスも黒瀬に掛ける言葉がなかった。哀しいのは彼らも同じだが、目の前で喪った黒瀬は比にならないほど悔しいはずだ。心のどこかで、救えたのではないか、死んだのは自分のせいだ。そう思い込んでトラウマとなって甦る。レオンもアリスも何度も経験したことだ。
黒瀬はその状態になっていた。だからこそ、掛ける言葉がない。否定するのは逆効果だ。
「俺は……もう油断も手加減もしない。敵は全員殺す! 仲間より先に殺せば仲間は死ななくてすむ」
自分の心配なんてしない。
『リョウ、生きていたのね』
ヘリの通信機からレッドクイーンの声がした。
「レッドクイーン、彩は、“敵”はどこにいる?」
『あたしにも分からない。分かっているのはアンブレラ最大の研究所であり、あなたが生まれた場所よ』
「俺が生まれた場所……」
黒瀬の記憶には場所を知る手掛かりはない。黒瀬は自分が生まれた研究所がどこにあるのか知らなかった。
「そこに奴らがいるんだな……」
『ええ』
「彩……お前は俺の手で殺す。絶対に……」
ユウトとマミは、身分を詐称して外国の片田舎で暮らすことになった。
黒瀬から提供された家に二人は過ごしている。
しばらくは黒瀬から振り込まれる大金に頼っていたが、いつまでも世話にはなってはいられないという考えで、ユウトは建設会社に入社した。
仕事はかなりきついはずだが、ユウトの体内にある少量のR-ウィルスのお陰でそれほど疲れを感じなかった。
(リョウさん、今はどこにいるのかな……)
帰宅のために自家用車を走らせながら、ユウトは考えた。
BSAAの本部で別れた後、彼らは会っていない。
あの時、ユウトはBSAAに入って黒瀬と共にアンブレラと戦う気であったが、きっぱりと拒否されてしまっていた。
『ユウト、マミ、俺たちのようにはなるな……』
それが黒瀬が二人に言った最後の言葉だった。
あの時の黒瀬は、少し触れただけで崩れてしまいそうな様子だった。ユウトはそんな黒瀬をどうにかしたかったが、自分じゃどうにも出来ないことは分かっていた。
きっと断らなかったら、といつか後悔するかもしれない。だが、あの黒瀬の泣きそうな顔を思い出すと、断るなんて選択肢はなかった。
家が近づいてきた。
街まで二十分ほどの森の中にある二階建ての木造の家。家の裏には川があり、休日には釣りをしたり寛いだりと、かなり良い物件だった。
駐車場に車を停めて降りると、家の中から料理の良い匂いが漂ってきた。
玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
ユウトの声を聞いて、キッチンから女性が駆け寄ってきた。
女性のお腹は少し膨らんでいる。彼女は妊娠していた。
「おかえり、ユウト」
彼女は満面の笑みでユウトの帰宅を喜んでいた。
きっと、これがリョウさんがおれたちに託した“叶えられなかった”ものなのだろう。
「ただいま、マミ」
ユウトは今の幸せを噛み締めながら、玄関を上がった。
12章は日本が舞台になります。