バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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84話 さよなら

 重い扉を開けると、次のエリアが広がっていた。

 

 とはいっても単純な構造のエリア、潜水艦ドッグだった。あるのは全長二百メートルある巨大潜水艦一隻だけだった。

 

 エリアの奥には、“敵”が待ち構えていた。

 

「よくここまで来たな」

 

 黒瀬のオリジナルである和樹は笑顔だった。

 

「貴様のおかげでラグナロク・ウィルスを量産、強化に成功した。彼らがその投与者だ」

 

 和樹は両隣に並んでいる者たちに手をやった。

 

 スナイパーライフルを手にしている無精髭を生やした四十代の日系人の男。 

 

 藤美学園で黒瀬をいとも簡単に倒した金髪の若い男。

 

 両腰のホルスターにサブマシンガンを収めている茶髪の十代後半の男。その胸にはアンブレラが開発した洗脳装置「スカラベ」が取り付けられている。

 

 そしてとりわけ黒瀬の目を引いたのは、身長が五メートルほどある大男。銀色の強靭な肉体をさらけ出しており、その顔はタイラントに酷似している。

 

 全員が異様な雰囲気を漂わせており、只者ではないことが分かる。だが、黒瀬は彼らに興味を示さず、和樹の後ろに立っている彩へと視線を向けた。

 

「彩! どうして!」

 

 黒瀬はどうしても田島とリカを殺した理由を聞きたかった。

 

「だから言ったでしょ? 私がアンブレラだから。邪魔者を消しただけよ」

「そんなの信じられない!」

 

 彩の胸にはスカラベは取り付けられていない。なら、他の方法で洗脳したか。黒瀬はどうしても彩の一連の行動を信じきれなかった。

 

「おいおい、無視とは哀しいな」

 

 金髪の男が残念そうに言って、走り出した。黒瀬との距離は五十メートルほど。それを一秒もかからずに接近し、黒瀬の胸を殴る。

 

 黒瀬は何が起こったのか分からないまま、吹っ飛んで床に転げた。

 

「っつ……!」

 

 黒瀬は立ち上がるが、またいつの間にか接近していた男に肩を突き飛ばされる。

 

「はは、やっぱりすげえなこの力。流石はR-ウィルスだ」

 

 金髪の男はたまらず笑みを浮かべる。

 

「どうだ? 貴様が今まで戦って成長させたラグナロク・ウィルスを更に強化した。さしずめ強化型R-ウィルスと言ったところか」

 

 和樹は自慢げに語っている。

 

 強化型R-ウィルス。その力は黒瀬を遥かに凌駕していた。

 それが四人。

 他の投与者も金髪の男ほどの力を持っているのだろうか。

 

 だが、今はそれどころじゃない。

 

「彩!」

 

 黒瀬は彩の言葉を聞きたかった。

 

「聞き分けが悪いわね。さっきから言ってるじゃない」

 

 彩は呆れた様子で言った。

 

「聞き分けのない子に説明してあげるわ。最初から私はアンブレラよ」

「最初から……?」

 

 最初から。それは黒瀬と彩が初めて会った時のことを指すのだろう。

 

 いや、待てよ。いつからだ?

 

 黒瀬は彩と初めて会った時のことを思い出せない。思い出したのは、黒瀬の両親が死んで家に引きこもっていた時に世話をしてくれた記憶だった。

 

「違う、この記憶は……」

「あら、今頃気づいたの?」 

 

 記憶が矛盾している。黒瀬はその時、自分を傷付けないために記憶をねじ曲げて、両親は事故死だと思い込んでいた。そして、彩も黒瀬の両親が事故死したことを知っていた。だが、実際には暴走した黒瀬が殺したのだ。

 

「あの時は精神が衰弱してくれていて助かったわ。あなたの作り物の記憶にすんなりと入り込めた」 

「そんな……」  

「この十四年間、あなたをずっと監視し続けていたわ。アンブレラの命令でまさか中学と高校を二回もやるハメになるなんてね」

「彼女は私の命令でよく働いてくれた」  

 

 和樹は彩の肩に手を置いた。

 

「アルプス研究所でt-Abyssウィルスを撒いたのも、ウィルファーマの研究所で貴様とタイラントの戦闘の様子を収めた監視カメラのデータを抜いたのも、グレッグにF-ウィルスやB.O.W.を渡したのも、すべて彼女だ」

「そんな……」

 

 信じたくない。黒瀬は耳を塞ぎこみたかった。だが、どうしても記憶がそれを否定する。

 

「私の計画通りに動いてくれた貴様には本当に感謝している。これでいよいよラグナロク計画も大詰めだ」 

 

 和樹はポケットから注射器を取り出した。黒瀬はその中身が直感的にR-ウィルスだと気付く。

 

 和樹は自分の首筋に注射を打つ。

 

「おお? うおおぉぉ!」

 

 和樹の皮膚のシワはどんどんなくなって筋肉が付き、白髪混じりの髪は黒くなり、瞳は紅くなる。

 

 その姿は黒瀬と瓜二つだった。それも当然のはず。彼は黒瀬のオリジナルなのだから。

 

「これがラグナロク・ウィルス! 凄いぞ、力が溢れて止まらない!」

 

 和樹は両手を空に上げ、喜びを実感していた。

 

「もうここには用はない。貴様と一緒に沈んでもらおう」 

「なに!?」

 

 床が揺れ始めた。いや、施設全体が揺れている。和樹は研究所の自爆装置を作動させ、すべてを海に沈めようとしていた。

 

「さぁ、戻るとするか。あの研究所へ」

 

 和樹と彩は後ろを向いて、潜水艦の入り口へと向かう。

 

「彩!」

 

 黒瀬は彩を止めようと、走り出す。

 

「お前の相手は俺たちだぜ?」

 

 R-ウィルス投与者の四人が立ちはだかる。

 

 無精髭の男がスナイパーライフルで瞬時にして黒瀬の四肢を撃ち抜いた。

 

「だから……なんだ!」

 

 黒瀬は痛みに怯むことなく、走る。驚いた無精髭の男は黒瀬の心臓を撃つがそれでも止まらない。

 

 血を吐き出しながら黒瀬は無精髭の男を蹴り飛ばした。

 

 金髪の男が目にも止まらないスピードで黒瀬に接近し、黒瀬の脇腹を殴った。だが、その瞬間、黒瀬は金髪の男の腕を掴む。

 

「なっ!?」

 

 黒瀬と金髪の男は一緒に吹き飛ぶ。黒瀬は金髪の男を離さない。そのまま空中で男を投げ飛ばして着地する。

 

 着地した瞬間、火が黒瀬に襲い掛かった。黒瀬の身体が燃え盛る。

 

「熱っ!」

 

 黒瀬は床を転げ回ってすぐに火を消した。

 

 黒瀬を襲ったのはあの茶髪の少年だった。しかし、彼の手には火を飛ばせるような武器など何もない。

 

 少年は無言のまま手を振った。彼の手から出た血液は瞬時に燃え、黒瀬を襲う。

 

「まさか……!」

 

 この能力には覚えがあった。t-veronicaウィルスに適合した人間の力。だが、そのウィルスに適合するには十年以上の歳月が掛かる。

 

 t-veronicaウィルス感染者にR-ウィルスを投与して適合させたとしか考えられない。

 いや、だとすれば────

 

 クレアが南極基地で話していた男と姿が一致する。

 

「スティーブなのか!?」

 

 黒瀬の問いに少年は答えない。それもそのはず、彼はスカラベによって操られている。勝手な行動は許されない。

 

「クソ!」

 

 スティーブだとしても今の彼は黒瀬にとって敵だ。

 

 黒瀬は一直線にスティーブへ突っ込む。彼は腕から血を放つ。それが空気中で燃え、黒瀬に襲い掛かる。黒瀬は避けずに直撃し、燃えながらスティーブの顔を殴り飛ばした。

 

「ぐぅっ!」 

 

 黒瀬の身体が一瞬止まりかけた。そろそろ限界が近い。

 

 最後に大男が立ちはだかる。タイラントにR-ウィルスを投与したのだろう。

 

 大男は丸太のような腕を降り下ろす。黒瀬は咄嗟に避けた。その腕はコンクリートの床を粉砕した。もしあれに直撃したら――。考えただけでもゾッとする。だが、今止まるわけにいかない。黒瀬は抜刀し、大男の股間をスライディングで潜り抜け、その大きな背中に刃を振った。

 

 バキン! と黒瀬の刀は大男の強靭な肉体に寄って、いとも簡単に折れた。まさかこれほどの強度を持っているとは。対物ライフルやロケットランチャーでも敵うかどうか怪しい。

 

 どうすればいい。黒瀬は大男を倒す手段を考えるが、武器が無くなった今、どうすることもできない。

 

 その時、爆発で地面が大きく揺れた。大男はバランスを崩し、よろめいた。黒瀬はそのチャンスを見逃さず、膝にタックルを仕掛けて転倒させた。

 

 そろそろこの場所も危ない。あと数分で海水が流れ込んでくるだろう。

 

「彩!」

 

 黒瀬の呼ぶ声を聞いて彩が振り返った。一時的にとはいえ、R-ウィルス投与者の四人を振りほどいた黒瀬に驚いていた。

 

 黒瀬を邪魔する者はあと一人、和樹だけだ。しかし、和樹ではなく、彩が前に出てきた。

 

「まさかここまでやるなんてね」

 

 彩はホルスターから拳銃を抜いて、黒瀬へ向ける。

 黒瀬は足を止めた。

 

「彩、俺を撃つのか?」

「ええ。あなたはもう用済みなの。あ、そういえば……」

 

 彩は何かを思い出したかのように、身に付けているポーチに手をやって、取り出したものを黒瀬の目の前に投げた。

 

「…………え?」

 

 それは見覚えがあるカメラだった。

 田代リコがいつも身に付けていた仕事道具のカメラだ。

 まさか。黒瀬の心臓の鼓動が更に高まる。

 

「取引を偶然見られちゃってね。殺すしかなかったの。彼女の死体は死体用のミキサーにかけといたから心配ないわよ」

 

 狂っている。何故これまで一緒にいた仲間を簡単に殺せるんだ? きっと彼女は皆を仲間だと一度も思ったことがないのだろう。

 

「……本当に敵なんだな」

「ええ」

 

 黒瀬は彩への想いを噛み締める。

 黒瀬にとって彩と共にいた十四年は本物だ。そして黒瀬が抱いている想いも。

 

「彩、俺はずっとお前のことが────」

「さようなら」

 

 黒瀬が言い終わる前に、彩は引き金を引き、黒瀬の頭を撃ち抜いた。

 

「あ……や……」

 

 薄れていく意識の中見えたのは、彩の笑みだった。

 

 黒瀬の目から涙がこぼれる。もう皆で楽しんでいたあの頃には戻れない。彩は世界の敵だ。

 

 黒瀬は床に倒れた。その身体はピクリとも動かない。床に頭から流れる血が広がっていく。

 

 R-ウィルス投与者はすぐに潜水艦へと乗り込んで、潜水艦は海の中へと姿を消した。

 

 研究所は崩壊し、全てのエリアを海水が襲う。潜水艦ドッグの壁に亀裂が入り、氷混じりの海水が流れ込む。黒瀬は海水に押し流され、瓦礫の中に埋まっていった。

 

 

 




次回で長かった11章の最終話です

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