「皆、一応無事だな」
黒瀬たちはボロボロだった。無事とは言っても、動ける程度の無事だ。全員疲れきっている。
「ユウトの傷も大体治ってるな」
黒瀬はユウトの瞳を見た。ほんの少しだが、紅くなっている。黒瀬のクローンであるユウトにもR-ウィルスの影響が出ていた。
「リョウさん、おれはどうなっているんですか?」
「ウィルスのせいで……いや、おかげか。再生能力が少しだけ向上している」
「リョウさんと同じように……ですか?」
「同じようにはならないだろうな。俺のオリジナルが言うには、俺のようになるにはかなりの経験が必要らしい」
「それにしてもあのじいさんがリョウのオリジナルなんてな」
田島は自分の傷を応急処置しながら言った。
「俺も初めて知りました。でもきっと嘘じゃない。俺はクローンで、アンブレラに造られた化物です」
「アンブレラに造られたとか関係ないわ」
リカが黒瀬の肩を叩く。
「あなたは世界のために戦ってる。アンブレラとは違う」
「そうですよ、リョウさんはわたしやユウトを助けてくれました。あんな奴らとは違います」
「リカさん、マミ、皆、ありがとう」
黒瀬はそれが嘘でも嬉しかった。きっとこれがリュウが手に入れられなかったモノなんだろう。
「さて、最後の仕事をしに行くわよ。囚われのお姫様を救出しなくちゃ!」
「そうですね」
彩の救出。それがここへ来た目的だ。随分と脱線してしまった。
黒瀬たちは立ち上がる。
この先、更なる戦いが待っているはずだ。黒瀬やリカたちを倒した男もこの先にいるはず。気を引き締めなければならない。
「さぁ、行くか」
黒瀬たちは街を進む。戦闘の影響であちこちで火事が起きていたが、無視して進む。
全員疲労が溜まっていた。黒瀬も再生能力で傷がないとはいえ、精神的な疲れは治らない。リカと田島は後少し持つとしても、子供二人が持たないだろう。
(どうする、先に脱出させるべきか……?)
そもそもここから脱出出来るのか。最初の潜水艦ドッグに行けばいいのだが、そこまでの道のりも長い。黒瀬たちは前へ進むしかなかった。
次のエリアは、ヘリコプターの格納庫だった。かなり広いエリアで、一定間隔でアンブレラのロゴが付いたヘリが並べられている。
黒瀬は上を見る。鉄の天井だが、ヘリコプターが飛び立つ時は天井が開き、地上へと繋がっているのだろう。
ここで脱出手段を見つけれたのは幸いだった。ユウトやマミの体力も限界に近い。リカか田島に頼んで地上まで送ってもらうか、このエリアで待たせておくか。
黒瀬はどちらか迷うが、このエリアもいつB.O.W.が現れるか分からない。先に脱出させた方が賢明だ。
「あ、あそこに誰か倒れてる?」
ユウトが指を差して言った。黒瀬たちはその方向を見ると、確かに誰かが倒れていた。
長い黒髪の女性。黒瀬やリカたちは見覚えがあった。
「彩!?」
黒瀬は気付くや否や、倒れている女性に駆け寄る。リカと田島もそれに続いた。
黒瀬は女性を抱き上げる。クローンじゃない。正真正銘の香月彩だ。身体には傷があるようには見えない。黒瀬は思わず涙ぐんでしまう。
「良かったわね、リョウ」
「彩ちゃんめ、心配かけやがって」
リカも田島も喜んでいる様子だった。彼らにとっても彩は十年以上の付き合いだ。仲間の無事を喜ばないわけがない。
「彩、大丈夫か?」
黒瀬は眠っている彩を起こそうと身体を揺する。
彩は目を開け起き上がると、次の瞬間、どこから出したのか彩は拳銃を構えていた。
「……は?」
黒瀬が彩の行動を理解する前に、その拳銃から二発の弾丸が放たれた。その弾丸は黒瀬の後ろにいるリカと田島の額を貫いた。
二人は脱力し、床へと倒れた。額から流れる血が床へ広がっていく。
死んだ。黒瀬の腕の中で行われた彩の一瞬の行為で、大切な仲間が死んだ。
十年以上共に世界のために戦ってきた大切な仲間がこんなにあっさりと。
黒瀬は頭が真っ白になった。何も考えられない。彩の突然の行動と仲間の死。理解するのに時間がかかった。
理解する前に彩が動いた。黒瀬の腕から離れて立ち上がり、その拳銃をマミへと向けた。
「さよなら、憐れなお人形さん」
彩は不敵な笑みで呟き、引き金を引いた。
黒瀬は理解するよりも先に身体が動く。マミの前に飛び込んで、マミに当たるはずだった弾丸は黒瀬の横腹を抉った。
「あら、流石に行動が早いわね」
彩は特に驚くことなく、ユウトに銃を向けた。
黒瀬はすぐに立ち上がり、再び飛び込んでユウトを押し倒す。彩の撃った弾は黒瀬の太股を貫く。
「凄いわ、リョウ。反応が想像以上に早い。でももう少し早かったら、あの二人も救えていたのに」
彩はリカと田島の遺体をゴミを見るような目で見ていた。
「彩……どうして……?」
黒瀬は悲痛な想いで彩に聞いた。
彩は、クローンである様子も、操られている様子も見受けられない。
「どうしてって……。私がアンブレラだから?」
彩の惚けた回答に黒瀬は固まってしまう。
アンブレラ? 何故? どうして?
このほんの少しの時間で黒瀬の脳はパンクしかかっていた。
「もっと知りたいなら、この先で待っているわ。……皆でね」
彩は拳銃を納め、奥の扉へと歩いていく。
「彩、待ってくれ!」
黒瀬は彩を追い掛けようと立ち上がるが、太股を撃たれたせいで走れず、倒れてしまう。
「リョウさん!」
やっと状況を理解したユウトとマミが黒瀬に駆け寄る。
「クソ、何でだよ、彩!」
黒瀬は行きどころのない怒りと喪失感を床へぶつけるように殴る。
冷静になって、リカと田島を見た。
二人は死んでいる。彩によって殺されたのだ。
「リョウさん……」
ユウトとマミは、黒瀬に何て言えば良いのか分からない。二人にとってもリカと田島の死は衝撃だった。理解しているのは、マミのオリジナルで、黒瀬の仲間の彩が突然二人を殺したこと。理由はこの場の人間には分からない。だが、黒瀬が庇わなければ、この場所の死体がもう二つ増えていただろう。
「すまない、二人とも」
黒瀬は傷が塞がったことを確認して立ち上がり、リカと田島の前へ立って膝を付いた。
リカの頬を触る。まだ温かい。だが、もう決して目が覚めることはない。自然と黒瀬の瞳から涙が溢れてきた。二人の積もり積もった記憶を思い返す。
また大切な仲間が死んだ。BSAAの職業上、仲間の死は付き物だ。しかし、今まで共に戦ってきた仲間が死ぬのはいつも辛い。しかも、二人を殺したのは仲間であるはずの彩。理由は分からない。
だから、聞きに行くしかない。
黒瀬はリカと田島の瞼を閉じさせ、近くのヘリのドアを開けた。そして二人の遺体をヘリへと運んだ。
「ユウト、マミ、お前らとはここでお別れだ」
「え、何で!」
「この先、何が待ち構えているか分からない。それに二人とももう体力の限界だ」
「それはリョウさんも同じじゃないですか。おれも力になります!」
「駄目だ!」
黒瀬は強く言った。
「これ以上……誰にも死んでほしくないんだ……」
黒瀬の頬に涙が流れる。それを見た二人は従うしかなかった。
それについていっても足手まといになるだけだろう。
「レッドクイーン、見てるんだろ!」
黒瀬の呼び掛け反応するかのように壁のモニターが付いて、赤い少女のホログラムが映し出される。
「ユウトとマミを地上へ連れていってくれ」
『あたしがあなたの言うことを聞くとでも?』
レッドクイーンの言う通り、本来なら聞くはずがない。黒瀬とレッドクイーンは敵対関係にある。
「……頼む」
レッドクイーンは、少し考える。
『いいわ。特別にあなたの言うことを聞きましょう。彼ら二人はこの先関係ない。あなたさえ進めばそれでいいもの』
「分かってる。俺は逃げも隠れもしない」
黒瀬がそう返答すると、ヘリのエンジンが付いてプロペラが回転し始める。レッドクイーンがヘリを遠隔操作している。
「さあ、二人とも乗るんだ」
黒瀬はユウトとマミの背中を押した。
「リョウさん、生きて……帰ってきますよね……?」
ユウトは黒瀬を心配していた。彼から見る黒瀬は、既に疲労しているように見える。
「…………分からない」
黒瀬は静かに答えた。
「俺が戻ってこなくても、外には味方がいる。そいつらに頼るんだ」
「……はい」
ユウトは正直、反対されてでも黒瀬に着いて行きたかった。だが、ユウトにはマミがいる。彼女を一人にするわけにはいかない。それに行っても足手まといになるだけかもしれない。それでも今の黒瀬を独りにしたくない。
ただユウトは唇を噛み締めるしかなかった。
天井が開き、曇りの空が見えてくる。レッドクイーンが操作しているヘリもそろそろ飛び立ちそうだった。
「さあ、乗るんだ」
二人はヘリに乗る。そして離陸を始めた。
「リョウさん! 必ず帰ってきてください!」
「わたしたち、待ってますから!」
二人は黒瀬に励ましの言葉を送ったが、見送りをする黒瀬の顔は暗いままだった。
「じゃあな、ユウト、マミ……」
黒瀬は小さい呟いて、二人に別れを告げた。
二人を見送った黒瀬は扉の奥へと目をやった。
『あなたはこれから死ぬわ』
レッドクイーンは冷たくはっきりと告げた。
「死ぬつもりはない。俺は出来ることを全力でやる。彩も出来ることなら取り戻す」
『……健闘を祈るわ』