バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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82話 “今”のために

 ああ、そうだったのか。

 全てを思い出した黒瀬の目には涙が流れていた。

 

 今まで自分が思っていた両親はただの虚像。記憶を失ったリョウが作り出した願望の両親。しかし、現実は違った。あの二人がリョウを愛していたのは本当だ。だがそれは、酷く汚れた愛だった。

 

「あはは……」

 

 笑いが込み上げる。

 

 今思えば、両親は狂っていた。それに自分も。

 

 黒瀬はただ泣いて笑うしかなかった。この感情をどう処理すればいいのか分からなかった。

 

「おいおい、何で笑ってんだ? マゾか、お前」

 

 リュウが黒瀬の首筋に刀の刃を当てる。

 

「……思い出したんだよ、自分の両親の醜さを、そして俺の醜さも……」

 

 思い出したくない記憶。出来ることなら一生、死ぬまで思い出さなくてよかった。心の中で黒瀬は分かっていた。だから、今まで極力思い出そうとしなかった。

 

「こんなの思い出してどうしろってんだよ……」

 

 両親がアンブレラで働いて、自分はクローン。しかも、身体にウィルスを宿している。思い出しても心がより一層沈むだけだった。

 

「へへ、思い出せてよかったな。両親を自分で殺して、勝手に記憶を封印して、両親は事故死したと思い込んだ。オレが言うのも何だが、お前ってクズだよな」

 

 クズ、そう言われても仕方ない。自分が過去に背を向けたのは本当だ。

 

 でも、あそこで殺していなかったらどうなっていたのだろうか。今の自分は形成されていなかったのだろうか。

 

『それはないな』

 

 黒瀬の心の中を見透かしたかのように和樹が言う。

 

『どのみち祥子は死んでいた。床主市に移り住んだ後、どんな手段を使ってでも殺すつもりだった』

 

 和樹の言葉は黒瀬に衝撃を与えた。

 

「なに……?」

『R-ウィルスを成長させるためだ。そのためにも貴様の心を壊す必要があったからな』

「何で、そんなことのために……お前の娘だろ!」

『R-ウィルスの完成には犠牲が必要だった。娘が犠牲になってくれたおかげで貴様はここまで成長した。貴様もわかるはずだ、R-ウィルスの価値が。そのウィルスに何度命を救われた、何度命を救った? 貴様ならわかるはずだ』

 

 確かに、このウィルスの力は凄まじい。黒瀬自身が今までこの力を使ってきたからこそ分かる。

 

『今日まで実験に協力してくれて感謝しよう。R-1、貴様も私たちと同じ道を歩まないか? 記憶を取り戻した貴様にはその価値がある。共にこの世界の神になろう』

 

 思ってもなかった提案だった。そして黒瀬は呆れた。ウィルスを悪用する者は結局そこに行き着いてしまう。

 

「……断る」

『……そうか。R-2、やれ』

「あいよ」

 

 リュウは黒瀬の首に刀を降り下ろそうとする。しかし、銃声が轟き、リュウは中断して避ける。

 

 撃ったのは田島だった。

 

「あの野郎、生きてやがったか!」

 

 グレネードランチャーの炸裂弾が廊下の中ではなく、外壁に当たっていたことで軽傷ですんでいたのだ。

 

「リョウ、早く回復をするんだ、時間を稼ぐ!」

「何ならアタシたちが倒してやってもいいのよ?」

 

 気絶していたリカも援護に加わる。

 

「雑魚は引っ込んでろ!」

 

 リュウはハンドガンで反撃しながらリカたちへ近づいていく。

 

「リカさん、田島さん……!」

 

 どうやっても二人が勝てる相手ではない。そう断言出来るほどリュウは強い。

 

「クソ、何やってんだ俺は……」

 

 このままでは二人が死んでしまう。そう思っても黒瀬の身体は動かない。

 

「……リョウさん、リカさんと田島さんを……助けて……ください」

 

 ボロボロになって立てない佑都は、いつの間にか駆け付けていた真美に支えられて黒瀬に懇願した。

 

「おれじゃ……駄目なんです。おれはどうやっても……あいつに勝てない。勝てるのは……リョウさんだけなんです!」

 

 佑都は必死に頼み込む。

 

「リョウさん、わたしからもお願いします」  

 

 真美も頼み込んだ。

 

「そうだ、そうだよな……」

 

 黒瀬は動かない身体を無理矢理起こす。

 

「俺にはまだやるべきことがあるんだ……」

 

 黒瀬はここに来た目的を思い出した。ここに捕らえられている彩を救うためだ。どこにいるのかは分からないが、生きていることは確かだ。

 

 そのためにもここで死ぬわけにはいかない。そして、仲間を死なせるわけにもいかない。

 

「過去がどうこうで今を失うわけにはいかないんだ……!」

 

 黒瀬の並々ならぬ根性で傷がみるみる再生していく。

 

(これがR-ウィルスの力……!)

 

 今までウィルスを悪用してきた者は大勢いた。その度に仲間と一緒に倒してきた。

 

「この力は皆の為に使う。お前らみたいに悪用なんかしない」 

 

 これまでそうしてきたようにこれからも。ウィルスに囚われず、逆にウィルスを利用する。

 覚悟は決まった。黒瀬は再生した腕と脚を一歩ずつ動かしていく。

 

 

 

 

 

 

 リュウは強かった。

 

 BSAAのエージェント二人が全力で戦っても勝てないほど。

 

 田島とリカはいつの間にか追い詰められていた。リュウは刀を振り回しながら、二人へと近付く。

 

「ったく、スナイパーの癖に全弾外しやがって」

「アンタもでしょ」

 

 田島はリロードして銃を構える。だが、超スピードで接近してきたリュウに対応できず胸を蹴られる。

 吹き飛んだ田島は壁にぶつかって倒れる。

 

「アンタ!」

 

 リカはリュウの頭を狙って撃つが、しゃがんで避けられてしまう。そして首を掴まれて壁へ放り投げられた。

 

「さて、どっちを先に殺すか……悩むな」

 

 リュウは笑みを浮かべた。

 

「女を先に殺すか」

 

 リュウは二人の関係を看破していた。恋人、もしくはそれに近い関係。それならば女を先に殺して男の反応を見たい。

 何度もクローンを殺してきたリュウの楽しみがこれだった。恋人が目の前で殺されたのならどういう反応をするか。リュウは楽しみで仕方無い。

 

「よく見とけよ」

 

 リュウは田島を見て言い、刀を振り上げた。当然田島も黙っているわけにはいかないが、身体が動かない。今までの戦闘が今響いていた。

 

(このままじゃ……)

 

 銃さえ握れればいい。それなのに身体は言うことを聞かない。

 

「止めろ、止めてくれ!」

 

 田島は叫ぶが、それでリュウが止めるはずがない。逆に笑みが増していた。

 

「さあ行くぞ行くぞ死ぬぞ死ぬぞ!」

 

 リュウはリカの首目掛けて刀を降り下ろす。

 絶体絶命かと思われたその時、リュウの刀は間一髪防がれた。

 

「お前……!」

 

 防いだのは黒瀬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかほんの数分で手足を再生させたってのか?」

 

 リュウは信じられないと驚愕していた。

 

「ああ、そうだが」

 

 どうやらリュウは切断された手足を接合するのは容易いが、再生をするのには時間を要するらしい。

 

「一体どんな手を使いやがった……!」

「何も。ただ自分の目的を思い出しただけだ」

「目的……?」 

「ああ。彩を助ける。その為に誰も失わない。皆無事に生還する」

 

 それを聞いたリュウは嘲笑した。

 

「残念だがそれは叶わない」

「何?」

「ここで死ぬからな!」

 

 リュウは刀を振る。黒瀬は後ろへ回避した。

 

 黒瀬の武器は、佑都から返してもらった刀と木刀。十分だ。十分すぎる。

 

 リュウは黒瀬に襲い掛かる。

 

「出来損ないが! オレに勝てるわけねぇだろ!」

「…………」 

 

 黒瀬はリュウの攻撃をかわし続ける。黒瀬にはリュウの攻撃がスローモーションに見えた。

 

「遅いよ、お前」

 

 黒瀬は木刀を抜いて半回転して背後に回り込み、背中に重い一撃を喰らわせた。

 最初から刀を使っていれば勝負はここで終わっていた。だが、黒瀬はそうはしなかった。

 

「てめぇ……!」

 

 それに気付いたリュウに怒りが湧く。先程よりも素早い攻撃をするが、かわされて胴を斬られる。勿論木刀なので切り傷はないが、肋骨の数本は叩き折る。

 

「舐めてんのか!」

 

 怒りでまともな思考が出来なくなったリュウは突進したが、黒瀬は翔んで回避し、彼の脳天を叩く。

 

「ガあっ────!?」

 

 リュウは頭から血を吹き出し、膝を着いた。

 

「人を虐めるのってつまんないな」

 

 黒瀬は小さいがリュウにはっきり聞こえるように呟いた。

 

「……何だとぉ!?」

「こんなことをして何が楽しいんだよ」

 

 リュウに怒りが立ち込める。

 

(オレが虐められている?)

 

 つまりリュウは黒瀬よりも弱い。だが、それはリュウのプライドが許さない。

 

「オレは強い! 出来損ないのお前よりも!」 

 

 リュウは立ち上がって襲い掛かるが、肩、胴、脚そして頭への連撃で叩き伏せられる。リュウは吹き飛んで倒れこんだ。

 

「クソ、何でだよ。オレはあいつよりも────」

『弱い』

 

 モニターで見ていた和樹はそう断言した。

 

『R-2、貴様はR-1よりも弱い』

「何……だと……?」

『R-ウィルスは確かに戦えば戦うほど進化する。だが、それだけでは完璧とは言えない』 

「ジジイ、どういうことだ……」

『言っただろう、R-ウィルスは感情で能力が左右される。貴様は幼い頃から一人で戦ってきた。回りには誰もおらず、ただひたすら殺してきた。それに比べ、R-1は両親という存在がいた。その後も仲間と共に私が与えてきた試練を乗り越えてきた』

「試練だと?」

 

 黒瀬が尋ねる。

 

『そうだ、試練だ。何の為に外で暮らさせたと思っている』

 

 R-ウィルスを成長させる為。

 

『ラクーンシティ、どうにかしてそこへ行かせるつもりだった。両親の秘密がある、とでも言えば貴様は食いついただろう。まぁ、何もしなくても貴様は勝手にラクーンシティへ行ったがな』

 

 ラクーンシティ、全ての始まりの場所。あの事件がなければ、今の世の中にはなっていない。

 

『これは本当に好都合だった。貴様は勝手に巻き込まれていくからな。ロックフォートや南極基地にもな。カントウ事件やスターライト号事件は手を打つ必要があった。少々強引な手を使わせてもらったがな』

「あれはお前が?」 

『そうだ、良い経験になっただろう? アルプス研究所にウィルスを撒かせたのも、ウィルファーマの研究所にB.O.W.を解き放ったのも、グレッグに事件を起こさせたのも私の指示だ』

「そんな……」 

『グレッグは良い人間だったよ。自分が死ぬと分かっていても作戦に乗ってくれた。流石は戦闘狂というべきか』

 

 黒瀬は落胆した。自分を成長させるために関係ない人が死んでいる。 

 

「なんで、そこまで……!」

『何度も言っているだろう。ラグナロクウィルスにはそこまでする価値があるのだよ。貴様もそれは十分分かっているだろう』

「ジジイ……! こいつよりも強いって言ったのはお前だろうが! 嘘をつきやがったのか!?」 

『ああ、そうだ。貴様がR-2に勝てるはずがないだろう。貴様はR-1のお膳立てにすぎない。だが礼は言っておく。ラグナロクウィルスの力を再確認することが出来た』

 

 非情だ。和樹は黒瀬もリュウもただのモルモットとしか見ていない。

 

『R-1、この先で待っているぞ。貴様の愛しい女と一緒にな』

 

 そう言って空中の映像は途切れた。

 

「クソ、何でだ……オレは誰よりも強いはずだ……!」  

 

 リュウは傷を再生しながら立ち上がる。

 

「もう止めよう。俺とお前がこれ以上戦う理由はない」

 

 黒瀬はリュウを殺したくなかった。彼の性格がどうであれ、アンブレラによって造られた被害者だ。

 

「戦う理由がないだと……? ふざけるな。オレはお前を殺せれば充分なんだよ。そうだ、ジジイにお前の首を持っていけば、オレの方が強いと認めてくれる!」

 

 リュウは刀を構えた。

 

「お前は利用されてたんだぞ! それなのになんで……!」

「利用がどうとか関係ねぇ。お前がオレより強いってのが気に食わないんだよ!」  

 

 リュウの一閃。黒瀬は後ろへ跳んで回避するが、リュウはすぐに距離を詰める。

 

「死ねよ、出来損ないがあああアぁぁァぁぁ!」

 

 リュウは黒瀬の心臓を貫こうと刀を突き立てるように走る。

 

「こうなるしかないのかよ!」

 

 殺したくない。だが、きっとこいつは殺さない限り、絶対に諦めない。だから殺すしかない。

 

 黒瀬はリュウの攻撃をすらりと避けて抜刀。彼の首をはね飛ばした。

 

 ボトリと地面に首が落ち、切り口からは鮮血が溢れ出す。

 

 呆気ない。メンタルがやられ、焦りで判断能力が鈍っていたのだろう。

 

「こんな、呆気なくていいのかよ……!」 

 

 リュウは敵。そう理解していても黒瀬と同じ境遇の持ち主だ。出来ることなら、その力をアンブレラにぶつけてほしかった。

 だが、リュウの死を悲しんでいる暇などない。黒瀬には救うべき人物がいる。

 

「待ってろ。もう少しの辛抱だ、彩!」

 

 

 

 

 

 


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