情熱は幻想に   作:椿三十郎

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無駄のない無駄話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の永遠亭。

 

月明かりに照らされた彼女は言った。

 

 

「お師匠様!追わなくていいの!?」

 

 

先ほど鈴仙が飛び出していったのを目の当たりにした。悪い予感が的中してしまったてゐは、やりきれない気持ちと焦りを感じていた。

 

彼女とは対照的に、隣の永琳は毅然とした態度を崩していない。その態度はてゐに不審感を与えた。

 

永琳は、鈴仙を追うどころか動揺すらしていない。

私が薬を取りに行っていた間、二人に何があったのだろうか。てゐはそう思わざるを得なかった。

 

 

「心配はいらないわ」

 

 

薬の必要はなかったと付け足し、戻してくるように言った。

てゐは狐につままれたような顔になった。

 

 

「本当に大丈夫なの!?」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

それ以上は答えず、永琳ただ月を仰ぐばかり。

ぼーっと眺めているようにも見える、深く思案に耽っているようにも見える。てゐの不審感は募る一方だった。どんな考えが永琳にあるのか、知る由もない。

 

複雑な心境を胸に、持ってきた薬を抱えて、渋々部屋をあとにした。

 

てゐの背を見届けた永琳。

 

 

「涙は必要なかったかしら」

 

 

小さく息を吐くように、微かな声で呟いた。

 

張り詰めた冷気を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ジョルノ・ジョバァーナという男は、ナポリの某大学で古生物学を専攻している。

彼は齢26という若さで、助教授の地位についている。組織に頼らず、自己の力のみでその地位に上り詰めた。13歳という若さで大学に入ったフーゴから見ても、目を見張るものだった。

 

 

これが、ギャングスターの裏の顔、もとい、ジョルノ・ジョバァーナの表の顔。

 

 

 

もともと知的探究心が旺盛だった彼にとって、勉学は苦にならなかった。古生物学という、未知の宝庫である学問は、彼にうってつけだった。

 

ジョルノが補佐役を務める教授は、昨年66歳を迎えた。

教授は、若くして助教授を務めるジョルノを快く思っていないのか、彼に口煩く、邪険に扱う。どんなに完璧に助手を務めたところで、微々たる点にケチをつける。揚げ足をとっているわけではなく、言い掛かりに近い。

科研費の申請を蹴られたり、路頭に迷う研究も相まって、教授の髪は後退するばかりでなく苛立ちで血管が切れそうなほどだった。

 

「最近の権力者共はグズばかりだ。大地への敬意を知らん。知っていれば、どこに金を回すべきか分かるはずなのに、馬鹿なことに無駄遣いしおって.....わしに金さえあれば、このフェルディナンドの名は偉大な古生物学の権威としてーーーー」

 

ジョルノ相手に何度も同じ演説を繰り返す。

これは半ば口癖のようになっている。

そんな教授を尻目に、ジョルノは、助手の仕事の合間を縫って独自に研究を進めていた。

教授の無駄の多い仕事ぶりに、愛想つかすばかりか、眼中に無かった。

進めている研究も、サン・ジョルジョ山で新たに発掘された化石についての論文が完成したため、終わることなる。つまり、教授との無意味な関係は、今年中に終わることになるだろう。

 

一度、フーゴが大学の研究室を訪問した際、初対面にも関わらず、教授に酷い邪魔者扱いを受けた。仕事中、絶え間なくタバコをふかし続けている教授に、フーゴは少なからず軽蔑を覚えた。余程機嫌が悪いのかと、フーゴは思い、こっそり尋ねたが、ジョルノ曰くこれがいつもの調子らしい。

それよりも、フーゴが驚いたのは、大学にいる間ジョルノは髪型をストレートに下ろしていることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フーゴはそう、ぼんやり思い出していた。

 

することもなく、目のやり場にも困る。整える必要もないのに髪を触ったり、喉が乾いてもいないのに茶を啜っていた。

 

相変わらず、右隣ではジョルノと八雲紫がたわい無い会話をしている。

正面には霊夢、ちゃぶ台に突っ伏している。

 

右隣の今の会話は、本当に取るに足らないものだった。日本の風土や世界状勢、そして、ジョルノの大学の話が話題に上がるほどだ。ジョルノから溢れ出る違和感、紫から溢れ出る不審感をフーゴは怪奇な目で見つめながら感じていた。そんな二人が、昼下がりの喫茶店にでもいるような会話を繰り広げている。

今のジョルノは、うっかりスタンド能力の秘密をポロポロと吐露してしまいそうな勢いだった。マヌケな姿のジョルノをフーゴは想像したが、急いでかき消した。

 

 

 

「.....それでは次は、貴女の話を聞かせてもらえますか?」

 

 

「貴方ほど面白い話はありませんわよ」

 

 

紫が微笑んだ。

 

あれこれフーゴが考えているうちに、ジョルノの話が一段落ついた。

先ほどまでジョルノは、紫の「何者か?」という質問に、丁寧に答えていた。

スタンド能力があることは先ほど霊夢に伝えていたため、今更とぼけるのは無意味であった。超能力を持っていると言っても、霊夢同様反応は薄く、追求はない。ギャングであることは伏せた。その代わり、意味を持たない事実の羅列を脱線を交えながら話した。もちろん故意の。

 

 

紫はジョルノを見つめる。

 

朗らかな優しい目、祖母が孫をなだめるような、慈愛に満ちた眼差し。

自分達がギャングであること、相手の懐を疑い深く探っていること。ジョルノは、すべて悟られている気がしてならなかった。

 

ひどく不快な不安が胸を突く。

 

しかし、胸中を態度には出さなかった。

長年連れ添ったフーゴでさえ、察することはできなかった。

 

 

「結構ですよ。それより、いきなり現れる貴女こそ何者なんですか?」

 

 

「ただの妖怪よ」

 

 

それだけか?

どう見ても人間にしか見えない。

 

フーゴと同じことを思ったのか、ジョルノは霊夢の方を凝視する。

 

視線に気づいた霊夢がムスッとした顔をする。

 

 

「私は人間よ。失礼ね」

 

 

「紛らわしくって、ごめんなさい」

 

 

紫が口を挟みながら笑う。

 

 

「これほど人と妖怪は似通った容姿をしているのですか...」

 

 

ジョルノの質問が飛ぶ。

 

 

「そうとも限らないわね、まあそう深く考えないで」

 

 

同じような事ばかり言われ、フーゴは呆れる。

 

 

「あなたは人間に似た妖怪ってことでいいのか?」

 

 

「まあ、そう言うこと。物分りが良いわね」

 

 

紫がフーゴに目を向ける。目と目が合う。

 

フーゴはどきりとした。

咳払いをして話を続ける。

 

 

「.....で、その妖怪さんが僕らに何の用があるんですか?無駄話ばかりしてないで、さっさと話を勧めて欲しい」

 

 

「あら、忘れたの?」

 

 

彼女が口にした覚えはないが、言うだけ言う。

 

 

「元の場所に帰してもらえるかってことですか?」

 

 

「そうよ。その話」

 

 

霊夢が気の抜けた目で、紫を見る。

 

フーゴが詰め寄る。

 

 

「帰せるんなら早く頼みたい」

 

 

「まあ、そうよね」

 

 

「僕らには、やるべき事がある」

 

 

ジョルノ達は組織が隠した麻薬と多額の資金をまだ処理していない。こんなところで油を売っている場合ではなかった。

 

二人の会話見るジョルノは、紫と話をしていた時とはうってかわって、神妙な顔をしている。

 

 

「そう...やるべき事、ね...」

 

 

「ああ」

 

 

「外の世界で?」

 

 

「?....当たり前だろう」

 

 

質問の意味が汲めないフーゴ。

一瞬、彼は、紫の目つきが変わったのを感じた。それはジョルノの目も同様だった。

 

 

「貴女、いえ紫さん」

 

 

「はーい?」

 

 

ジョルノの呼びかけに、妙に間延びした声で彼女が答える。

 

 

「2つ、質問をしてもいいですか?」

 

 

「どうぞ、お構い無く」

 

 

軽い口調で了承する。

 

ジョルノがふっと息を吐く。

それと同時に、彼の姿が二重写ししたようにブレる。"スタンド"がゆっくり彼の体から抜け、左に添う。

 

フーゴは静かに驚愕し、目を見開いた。

ジョルノが次にどんな行動に出るのか、固唾を飲んで見守る。

 

 

「これが、見えますか?」

 

 

ジョルノは、自身のスタンド、ゴールド・エクスペリエンス・Rに指を刺す。

 

 

「これって?何のこと?」

 

 

紫の隣にいた霊夢が珍しく反応を示す。

 

しかし、紫は黙ったまま何も口にしない。

ただ、ジョルノの瞳を見つめるのみ。

 

 

「そうですか...では、もう一つの質問をしましょう」

 

 

困惑していた霊夢も黙る。

 

 

「僕の能力を見ましたね?」

 

 

フーゴは、自分の唾を飲んだ音が、異様に大きく聞こえた。

 

瞬間、膨らむ敵意。

 

 

 

 

 

 

フーゴが急いで膝を立てる。

 

 

カタンッ

 

その時に、ちゃぶ台のへりに膝をぶつけて上の湯呑みと急須が揺れる。

 

しかし、フーゴはそれ以上動かない。

 

 

「貴方達は何をしに、この地に来た?」

 

 

「あッ..う」

 

 

紫はフーゴの首元に扇子を突き付けていた。

瞬く隙も無く、フーゴの裏に回っていた。

 

 

「今度ばかりは、どうか誤魔化さないでくださいな。返答次第では、どうなるか。想像に難しくないはずよ?」

 

 

誤魔化していたのはやはりバレていたようだ。僕らの持っている超能力、つまりスタンド能力について興味が無かったのは、単に振りをしていただけらしい。

ジョルノは自分の甘さを咎めた。

 

 

「貴女は何か勘違いをしている。僕らはここに来たのは不本意だ」

 

 

「あくまで、偶然だと?」

 

 

ジョルノの声に怒気が帯びる。

 

 

「そうだと言ってるんですよ。もう言わせないでくださいよ」

 

 

「外の異変の影響を受けない為に、私が結界の強化をした意味は?」

 

 

フーゴは人質に取られながらも、意を決して上手に出た。

 

 

「アンタの強化が甘かったんじゃないのか?」

 

 

紫が扇子でフーゴの首筋を撫でる。

首筋から、寒気と恐怖が全身になだれ込んでくるのが分かる。

 

 

「誰が、口を開いていいと言った...?」

 

 

耳元で囀るように、紫は言う。

 

フーゴは思う。

同じような事を口にする奴は幾らかいた。いつもなら、チンケな物言いだと、鼻で笑いたいところだ。

だが今は、口を噤んだまま、体が凍りついたように動くことが出来ない。

 

ジョルノは俯いて考える。

 

 

 

 

 

「果てしなく無駄な行為だ....」

 

 

そう呟くジョルノの様は、霊夢の目には、ひどく惨めに写った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




霊夢は超能力(スタンド)について、本当に興味ないです。

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