情熱は幻想に 作:椿三十郎
"この人"が現れたのは二日前。
その日は災難続きで、これが厄日なのかな、なんて本気で考えた。
てゐのイタズラに嵌ったのに始まり、お使いで寄った人里で盗人に間違えられ、氷精と魔法使いの弾幕ごっこの流れ弾に被弾。そして、お使いを済ませて帰ったら、頼み忘れたものがあると言われ、また人里にUターン。
そして、ここからが本当の厄日だった。
数分前に、会ったばかりの八百屋さんの店主に別れを告げ、私のお使いは終わった。
こんなついて無い日は部屋でゆっくりしているのが一番、と思いつつ、私は家路を急いだ。
その途中の竹林で、キラリと光るものを見つけた。
道の真ん中で、私を待っていたかのように、月明かりに照らされている。
まず最初に、てゐのイタズラを疑ったが、念入りに辺りを見渡し、最新の注意を払い、"それ"を拾った。
"それ"は『ペンダント』のようだった。
虫のような形をした金色の"それ"は、中が開けられるようになっており、何かが入っていた。石?何かの欠片?
....今思うと、そんな怪しいものを不用意に触るな、なんて具合に自分に言い聞かせたい。
その時の自分は、そんなことを考えることもなく、惹き付けられるように、ペンダントを手に取っていた。
一部きれいな曲線を描いていたが、途中から、割れたように歪な輪郭になっている。一目で何かの欠片だと解る。
これは...?
今までの経験の中に、当てはまりそうなものはない。でも、師匠なら知ってるかも。
とりあえず、このペンダントは持ち帰ることにした。
その時、ペンダントから、その欠片がこぼれ落ちる。
つい、あっ、と声を出してしまう。
何の気なしに、それを拾い上げようとした時。
指先に鋭い痛みが走った。
いっつ...!
自分の指が赤く染まっていた。
拾い上げようと触れた時に、切ってしまったらしい。
傷は浅いにも関わらず、その小さな傷口からは、血が流れている。
血管が脈打つたび、ジンジンと痛む。
やむ無く拾うことをあきらめ、とりあえず、手元にあったガーゼを指先に押し当てる。
それにしても、出血が止まらない。
もしかしたら、あの欠片に何らかの細菌が付着していたのかも。
そんな風に考えていると、指先に意識が集中してしまう。血が流れ出る感覚で、だんだん気分が悪くなってきた。
傷つけてから、数分経っただろうか。
まだ血は止まらない。軟膏もつけたが、残念なことに、まるで効果は見られない。
意識が朦朧としてきた。大した出血量じゃないのに。
私は、ガーゼ越しに指を押さえ、その場に座りながら、ボーッと、近くの竹を眺めていた。
いつも見ているはずの竹が、どことなく新鮮に感じた。
こんなにじっくり見たのは初めてかなぁ、と暢気に考えていたのを覚えている。
これが最後の記憶だった。
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目覚めると、見慣れた天井が広がっていた。
布団から半分体を起こした。
自分は、今まで何をやっていたのかを、頭の中で整理しようとしたが、上手く思い出せない。でも、自分の住み慣れた場所にいるということは、安心できる事実だ。
もう一度、落ち着いて、状況を整理しよう。
ふと、自分の指先を確認した。
指はまったくの無傷。
あれは夢?
傷つけた筈の、指先を、他の指の腹で撫でてみる。
傷跡すら無い。
やっぱり夢だ。
強ばった体の緊張を解き、ふう、とため息を吐いた。そして、起こした体に力を抜き、もう一休み入ることにした。
今は妙な疲労感がある。
今日は疲れた、このまま寝よう。
瞳を閉じて、意識が落ちかけたその時、床を摩る音が聞こえた。
と思うと、
サッ、と襖が軽快に開いた。
月明かりで部屋にシルエットが浮かび上がる。
「鈴仙、あんた何があったの?」
聞き慣れた、この声の主は、
『因幡 てゐ』だった。
てゐは、私とは違う、地上の兎だ。
今は関係ないことなんだけども。
「...何って、何?」
「何って、あんた竹林で倒れてたんだよ?」
「...まさか、覚えてないの!?」
「覚えて.......」
「覚えて?」
「.....る」
覚えてんのかい、とツッコまれた。
てゐの反応を見るに、記憶がないことに、半ば期待しているようで、ちょっとイラっときた。
でも、これで分かった。あの出来事は、決して夢ではないことに。
「覚えてて悪かったわね」
てゐは鼻で笑い飛ばした。
「思ったより、元気そうじゃん。心配して損したよ。お師匠様も心配してたみたいだし」
「えっ?師匠が?」
「うん。なんでも、あんたの症状の原因が不明らしくてね」
「原因が不明...?」
原因はこの際どうでもいい。
肝心なのは、あの師匠ですら分からなかったということ。
ゾッとした。
師匠でも分からないような得体の知れないものに、私は意識を奪われた。その事実が恐ろしくてたまらない。
師匠は何でも知ってると思ってた。もちろん信頼してるし、尊敬してる。だからこそ恐ろしい。
よく考えなくても解ることだった。ただの欠片一つに振り回されるなんてこと、この幻想郷でも異常なことのはず。
貧血のようでもなく、眠ってしまう感覚ともまた違う、ふわりと体から自我が抜けるように、気絶してしまったあの瞬間を思い出す。
私は、踏み入れてはならない領域に、裸足で放り出された自分を想像した。
体中に流れる血液や、触覚、すべてに違和感を覚えた。
「どうしたの?顔色悪いけど?」
「え?あ...何でもないって。ちょっとお腹空いちゃってさ、夕飯ある?」
壁に掛かった時計を見ると、十時を回っていた。
「あー、ゴメンネ〜」
「鈴仙寝てたから、あんたの分も食べちゃったー」
「えぇ!?もしかしたら、目覚めるかもしれないじゃん私!考えてよ〜!」
今日は夕飯は、師匠が腕によりをかけて、"洋食"を作ってくれるらしかったのに。
てゐのバカ!お使いに行ったの私だよ...?
「だって、気持ちよさそうに寝てるからさ〜」
手には、私の寝顔の写真が数枚。
本当に気持ちよさそうに寝てるなあ...
「てゐぃぃーー!!!今すぐそれ燃やしてッ!!」
....はぁ、一度ペンダントのことは忘れよう。
今の私に異常はなし、それだけで充分。
何かがあったら、その時はその時だ。
みんながいる.....
てゐと喋ったおかげか、だいぶ落ち着いた。許すつもりはないけど。
『私ハ、アナタ。アナタハ、私』
女性の声、懐かしいようで、どこか聴いたことのある声だった。
息遣いが聞こえそうなほど近い。
何かが動くのを、右目の端で捉えた。
腰からうなじにかけて悪寒が走る。
咄嗟に右へ体を傾けた。
え?
人の形を保ってはいるが、人間ではないナニカが目の前にいた。
妖怪でもない、異質な雰囲気がある。
全身にはヒレのようなものがついている。肩、二の腕、脇腹、腿や脛。至るところについている。頭には、兎の耳に似た、触角のようなものも見える。見た目は完全に妖怪。むしろ、そこいらの人妖よりもよっぽど化け物だ。おまけに、"コイツ"の体表は、白色で、黄緑と薄紫のラインが縦に数本走っていた。
最初に言った意味不明な言葉を言ったきり、"コイツ"はピクリとも動かない。
私は唖然とする他無かった。
「て...て、てゐ!"コイツ"なに!?」
私は座りながら、てゐの方へ後ずさりした。
「.....??」
「鈴仙、いきなり何やってんの?」
てゐは余裕そのもので、その呆れた顔は私を嘲笑っているようにも見えた。
またイタズラか!
こんな趣味の悪いもの、
「どっから持ってきたの!!?」
「なんの話?分かんないよ?」
「とぼけないでよ!」
「..........」
「あ、うん...」
と言うと、部屋を走り去ってしまった。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの!?」
「こんなのと一緒にしないでよー!」
てゐの返答はどこか上の空だった。
言い過ぎちゃったかな。どうもイタズラじゃなかったみたいだ。てゐには後で謝っとこう。
それにしても、なんであんなに急いでたんだろう?
イタズラじゃないとして、目の前の"コイツ"はなんなの?
衣装にしては現実味が有る。それなのに、波長はまったく読み取れない。
情報が少なさすぎる。
"コイツ"の朧げな存在感は、私の不安を掻き立てた。
たった一度だけ言った言葉が、重く引っかかる。
『私ハ、アナタ。アナタハ、私』
意味が分からない。
もう、私の思考には、てゐの仕業を疑う余地は全く無かった。
場合によっては、交戦もありえたからだ。"コイツ"が敵だった場合、速やかに対処しなければならない。その上で私情は持ち出せない。最善を尽くすことが、今の私にできること。
覚悟はできてる。
「あなた、誰?」
「私ハ、アナタ。アナタハ、私。ソシテ、」
「..........
「私ハ、『ヴァーチァル・インサニティ』」
『ヴァーチャル・インサニティ』
それが、名前.....?
オリジナルのスタンドです。
Jamiroquaiから。
できるだけ、これからはオリジナルのスタンドは出さないつもりでいます。
題名は、うどんの中二スペル風。