情熱は幻想に 作:椿三十郎
肝心なことを聞きそびれていたことに気が付いた。
彼女はさっき"今は"無理と言った。
それだけではない。どのように帰れるのか。誰が帰せるのか。存在を認識さえできないものから出るとは、想像し難い。
様々な疑問が、自分の常識の器から溢れ出る。
そもそも。
いきなり空想上の存在を持ち出されて、はいそうですか、と信じるマヌケはいない。
不確定なものばかりの中で唯一解ることは、奇天烈な巫女装束を着た女が目の前に存在しているということだけだ。
実際、信じているように会話を続けていたが、理解しようとは思っていない。
こちらが信じていると相手に思わせた方が色々と都合が良いからだ。ミスタと一緒に行こうかとも思ったが、彼女の様子を伺うことを優先した。
ミスタは大丈夫だろう。漠然で曖昧だが、絶対的な自信がある。彼の心配など無用だ。
一方、ジョジョは辺りの動植物を興味深そうに観察している。まるでこの状況を意に介していないように。
たまに彼が何を考えているのか解らない時がある。
十年たった今でも。
今までの思考を頭の隅に追いやって、彼女に再び問うた。
「さっきの続きですけど」
彼女がこちらに振り返ると、頭のリボンが大きく揺れる。
「なぜ、今は帰れないんだ?」
んー、と鼻を鳴らす。
何か言うかと思ったら、頭を掻いた。
数十秒の沈黙が続く。
だんだんと腹が立ってきた。早く言って欲しいもんだ。
「あんたらの世界で、大きな"異変"が起きるらしいの....」
「意味が解らないな。僕らにも解るように説明してくれないか?」
"異変"については彼女の話から聞いている。
この幻想郷では、大規模な事件のことを大体こう呼ぶらしい。
解らないのは、僕達の世界で何かしらの事件が起きるということだ。それが帰れないことと何の因果があるのか。ただのテロ等の事件が起きるだけならば、僕らに警告するだけでいいだろう。もっとも、そんなものは必要ないが。
「結界って解るわよね?」
彼女は自分の話が通ってるかを確かめる。
話に聞いたから、分かるが、理解なんてできるわけがない。バリアーなんてもの、冷戦時代に散々研究され、結果、そんなものは造れっこないと証明しただけだ。
スタンド能力ならまだしも、非スタンド使いの彼女がこれを本気で言っているのならば....
思考が止まる。
気の違ったサイコな奴。
理性ではそう思っていても、
彼女自身の圧倒的な存在感と『凄み』が、真実であると語りかけてくる。
それだけで、感覚が、疑う余地を埋めてしまう。
心で理解してしまう。
今の僕には理解できてしまうことが、理解できない。
彼女の話を思い出す。
「『博麗大結界』と『幻と実体の境界』でしたっけ?」
「それらが外とこことを別けてるんだけど、一つだけ別けてないものがあるの」
それは、と続けた。
「時間よ」
それが何の関係があるのか?焦らしているのか?何だってこんなに回りくどいんだ。
無意識のうちに顔に出てしまっていたらしい。
「まぁ、聞いて。外の世界で起きる"異変"は時間に関係してるらしいのよ。それで、ここが巻き込まれないようにする為に、外の時間とここの時間を切り離さなくちゃならないわけ」
袖をまくり上げ、自分の腕時計を確認する。
辺りはもう暗く見えにくいが、確かに2時半を示している。故障を疑うことよりも重要なことが頭をよぎった。
時間を切り離す。口振りからするに、誰かがそれをやれるように聞こえる。この幻想郷にはそんな芸当ができる者がいるというのか。
霊夢はスタンド使いではないとはいえ、ここの住人がスタンド使いではないとは言い切れない。しかし、時間を操作するスタンドなど、僕の知る限りでは、数えるまでもない。
「スタンド能力によるものか?」
しゃがんでいたジョジョが立ち上がる。
片膝を払い、手には草?を持っている。
「おそらく、そうでしょう」
彼が答える。
「スタンド?何よそれ?」
面倒だな。
まぁ無理もないだろう。
「超能力を持ってるんですよ。僕ら」
「へー.....それより、もう暗いし寒いわ。とりあえずうちに上がって。お茶ぐらい出すわ」
面倒だから、かなり説明を端折ったが、全く興味がないようで、彼女の反応は薄かった。質問攻めを覚悟していたが、不要だった。
霊夢は神社の中に消えていく。
しばらくして、室内に明かりが灯った。
ジョジョが手の植物を見つめる。
すると、まるで動物のように動き、花が咲き始めた。
先程まで枯れかけていた植物だが、生命エネルギーを与えたからだろう。
「この植物は、日本原産のゴマクサの仲間です」
「それがどうしたんだ?」
「彼らは既に絶滅したはずなんですよ」
「すごい発見じゃないか。絶滅していなかったってことか?」
偉大な発見を素直に驚いた。
「彼女の話の『幻と実体の境界』の説明を覚えていますか?」
まさか。
百聞は一見に如かずということか。
「妖怪は夜になると活発に活動するとも言っていた。僕には解る。僕は何度か襲われていた。彼女の言う妖怪共に」
ジョジョはレクイエムの発動悟っていたという。
「そんな、まさか。じゃあ僕はなぜ襲われなかった?」
「彼女の近くだったから、でしょう。話では、彼女はどこか、野良妖怪を見下しているような口振りでした。つまり霊夢という人物は幻想郷ではある程度力の持った者である可能性が高い」
「やっぱり彼女のことを信じてるのかい?」
「どちらでもない。どっちであろうと関係ない。審議はミスタに任せましょう....」
神社に上がると、お茶が三つ用意されていた。風がないだけで、外よりはかなり暖かい。
ジョジョはちゃぶ台の前に正座し、いただきます、と霊夢に声をかけ、お茶に口をつけた。
僕は正座ができない。よくできるな、と思うが、できてもやらないはずだ。あれは足が痺れそうだ。
お茶に何か仕込んでいるわけでは無いらしい。ジョジョが飲めたのなら問題ない。しかし、効かないとはいえ、ボスを毒見に使うなど、まったくもって滑稽で情けない話だ。
お茶は身体の隅まで巡って、温めていき、凍った芯を溶かし、ほぐしていく。
霊夢が口を開く。
「時間を切り離すには結界を強化しなくちゃならないの。そのために"紫"と式が作業中らしくて、誰にも結界に干渉されるなって、言われてんのよ」
「...."紫"?」
「以後お見知りいただけるとありがたいですわ」
ーーーーー?!!
なんだ?この女?いつからいた?
そいつは平然とちゃぶ台の隣に座っていた。
思わず立ち上がった。
奴は何かヤバイ!
奴には知ってはいけない何かがある。
その妖麗な美女は、金髪にモブキャップを被り、紫を基調とした、東洋風のドレスを身にまとっている。
こちらを見るや否や、微笑を浮かべた。吸い込まれそうなほどの美しさの裏に、得体の知れない何かがある。
「初めまして。ジョルノさんにパンナコッタさん。八雲紫と申します」
ジョジョは"八雲紫"と名乗るこの女の瞳をまっすぐ見据えていた。視線を合わせる二人。
「ジョルノ・ジョバァーナさん....貴方は一体何者ですか?」
時間が止まったかの如く張り詰めた空気。先程まで暖かった部屋が冷気を帯びる。
この女はそう言って微笑を浮かべているだけだった。
「イタリア人ですよ。彼も僕も」
彼も微笑んだ。
霊夢はお茶を啜った。
(名前聞いてなかったわ....)
フーゴ視点