情熱は幻想に 作:椿三十郎
雷は闘争を運んでいた。
強力な電流は、轟音と共に地面を駆けた。
いくら巨大な稲妻といえど、土に伝わった電気は長く持たない。
しかし、僅かに残った微妙な電流は、生命体の理性を揺さぶるのには絶妙な値だった。
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理性が好奇心と闘争で支配され、みるみる消えていく。
戦闘に対するトラウマなど今の私には存在していない。
私は何をしているのか。私は私なのか。
溢れんばかりのこの気持ちはもう抑えられない。留まらない。
「派手に啖呵切ったクセして、棒立ちじゃねーかオイ!」
懐のリボルバーを握りながらミスタは挑発する。
その挑発に応えるように、鈴仙のスタンドである『ヴァーチャル・インサニティ』が本体からぬるりと抜け出す。
彼女と彼女のスタンド、並んだ4つの紅い瞳がミスタを睨みつける。それは蜘蛛を想起させた。
来るか....?
射程が分からない以上、こっちは間合いが掴めんな。
暫く黙ったままの鈴仙がようやく口を開く。
「それじゃあ....」
紅い瞳が一層濃くなり、黒ずんで見える。
乾燥した空気がピリピリとミスタを包む。
ヤツは"何か"する!
嫌な予感を汲み取ったミスタは二歩ほど間合いを空ける。
直ぐに異変は起きた。
プツッとテレビのスイッチがオフになったように視界が闇に覆われた。
一切光の感じられない正真正銘の闇。目が慣れる様子もない。見渡す限り、一片の光さえ見えない。
辺りを暗闇にする能力。これが鈴仙がスタンド。
いや、違う。スタンドの能力には間違いないはずだが、真っ暗にするだけの筈がない。
考えているうちに、唐突に闇は晴れた。星と月の明かりが差し込まれた。
鈴仙の姿は探すまでもなく。ほとんど変わらぬ位置にいたが、僅かに違う点があった。
鈴仙は、ゆったりと、本当にゆっくりとした動きでミスタに歩み寄っていた。彼女はじりじりと間合いを詰める。二人の距離は約八メートル。
何の真似だ? そんなに自信タップリかよ。真正面からブチ抜かれてぇのか?
鈍そうな動きであるが、彼女は着実にこちらに迫っている。
ミスタは彼女に銃を向けようとした。
しかし、体はピクリとも動かない。懐に手を突っ込んだまま、全く動かすことができない。
またしても異変。
指一本すら動かねぇ...!
人形にでもなったみてぇに!
だが違和感がある。なぜか動いているという感覚は鮮明に感じる。動かそうとする意思に応じて筋肉の伸縮を感じる。とは言っても感覚だけで、実際には一ミリも動けていない。見えているものとの差がデカ過ぎる!
ドゴォ!
思考を強制的に中断させるように、腹に鈍痛がぶち撒けられる。
「う゛えッ......痛ぇ!」
しかし。
ミスタの体は、未だに懐に手を突っ込んだ状態で立ち尽くしていたのだ。
目の先にいる鈴仙も、まだ五メートル以上離れている。
俺は......今......殴られた.....よな?
酷い吐き気がミスタを襲う。それは実際に殴られたことを証明していた。
ノロい動きに騙された.... スタンド自体は目では追えないほどのスピードタイプか?
肉眼じゃキツイかもしれないが、『ピストルズ』の出番はまだだ。"出させてみろ"と言ったからには簡単に出す訳にはいかねぇ。
畳み掛けるようにまたしても辺りは暗闇に包まれた。しかし、今度は一瞬。直ぐに晴れる。
暗幕を抜けると、目と鼻の先には鈴仙の顔があった。
その顔は、禍々しく歪んだ不愉快な笑みをミスタに向けていた。最大限の嘲笑をはらんで。
「なっ!?」
コイツいつ間に....!
ドンッ! ドンッ!
まずいッ!
ミスタは咄嗟に発砲してしまった。
ーーーかと思われた。
まただ.....
確かに銃は構えている。だが、それだけだった。シリンダーに空きはなく、六発の弾丸が収まっている。
だが、銃声も彼には聞こえていた。引き金を二回引いた感覚も勿論あった。二回分の銃声は確かに聞いた。さらに驚くべきことに、銃を持っている手が僅かに熱を感じている。
しかし、鈴仙は依然、表情を変えていない。悪意を含んだ笑みを浮かべている。
俺は何もしていない.....!?
さっきは咄嗟に撃っちまったが(結果的に撃ってなかったが)鈴仙は撃つのはまずい。こいつの元の性格がこんなとは思えん。何か普通じゃない事情があるのは間違いない。こいつをどうにかして止めなくちゃな....
動いているような感覚はあるというのに、体は動かない。
そして、笑い顔の鈴仙も石化したように動かない。
「わかる? わからない? わからないわよね? 触覚を抜かれたアリさん」
「.......」
嘲る口調のその声は、紛れもない鈴仙のもの。
しかし、笑顔の鈴仙の口は笑顔で閉じたままである。まるで腹話術のように。その上、声自体は後ろから聞こえているようだった。
後ろか!? じゃあ目の前のこいつは? 一体どうなってる? クソッ! 振り向きたくても体が動かねぇ。
ピクリとも動かない鈴仙がついに動き出した。ミスタの背後に回るように、彼の視界の左端に消えていった。当然のごとくミスタは動けないでいた。
もちろん彼はそれに苛立っていた。
そう思わされたのも束の間。
自身の意思に反して、ミスタは二回発砲していた。
しかし、無音。
そして、反動で揺れた腕に感覚はない。
は?
銃口は少し下に向いていたため、弾丸はすぐに地面に達した。弾痕からは僅かに煙が漂っている。
何が起きた。今発砲した? 確かにそう見えた。さっきとはまるで逆。まさか、過去の映像を.......?
ふ...
メキメキと音を立てるほどのフックが脇腹に炸裂した。
「ッ!?....はぁ...うぅ...ぐ」
骨が軋む感覚が、脇腹から全身に上がってくる。小さく息を吐く音と共に、ミスタは激痛に襲われた。
あまりの衝撃に、彼は思考を鈍らせる。
これには堪らず膝をついた。
「どっちが痛い? 生身とスタンド」
......舐めてる。
こんだけ隙が有れば、もっと打ち込める筈だ。
ミスタは血が滲む歯を噛み締めながら、地面を見つめる。
その時ミスタは、自分の体が動いていることに気が付いた。
腕を適当に動かし動作を確認する。
しっかりと動く、なんのズレも無く。
畳み掛ける出来事で混乱した頭を落ち着かせた。
そして彼は一つの考えに到った。
自由の効かない体。暴走する触覚と聴覚。
これは、視覚と他の感覚との絶望的なレベルの食い違い。
鈴仙のスタンドは視覚を狂わせるのか? 仮に違うとしても、能力の秘密はそこにある。
ミスタは膝の砂を払いながら立ち上がった。
その様子を満足げに眺める鈴仙であったが、彼の違和感に気が付いた。
彼は俯いた状態で、鈴仙と対峙していた。目を合わせるのを避けるように、地面を見つめている。
当のミスタは彼女のつま先の前十cm程に目線を合わせ、逸らさないようしていた。
「もしかして、それで対策してるつもり?」
ミスタから彼女の顔は見えないが、彼女は笑っているのだろうというのは容易に想像できた。
これで対策出来てるとは思っちゃいないさ。
「でも、まぁ。視覚に関する能力だってことは流石に解ったみたいね」
楽しませてね、と後に小さく呟いた。ミスタには聞こえない程の声で。
鈴仙が喋っている間にミスタは後ずさって距離をとる。
仮の対策に対する鈴仙の反応は自分の推理の不正解を示していた。これが解っただけでもミスタにとって良い儲けだった。
鈴仙のつま先を視界の端に捉えながらリボルバーの残弾数を確認する。
四発。
彼はすぐに二発弾を込める。
やはり撃っていた。
体が動かないのではなく、視覚を写真のように固定、または遅くする能力か。
「ガンマンにとって目は命なんだぜ、分かってんのかそこんとこ」
「私もそれは凄く分かるんだよねぇ〜」
だがその場合、突然の暗闇について説明がつかない。
根本的な所が違う。
彼はそんな気がしてならなかった。
彼は再び銃を彼女に向ける。念のため、鈴仙に視線は向けられない。当然照準は定まらない。
そのような状態で、またも暗転。視界が黒く塗りつぶされる。
しかし、一秒も経たぬ内に光が満ちる。
またか...!
今度は視界が驚くほどゆっくりになっていた。体を取り巻く環境がすべてスローモーションになっている。
だが、所詮そう見えるだけ。
体の感覚は至って正常だ。
とは言え目を潰されているのは、かなりのアドバンテージになる。
今の視界には、ゆっくりとこちらに近づいてくる鈴仙の足。そして、俺の銃とそれを握った腕。
磨かれた銃の撃鉄には、淡く自分の姿が反射していた。
ミスタは妙なことに気がついた。
撃鉄に写った自分のシルエットが見るからに異質であった。
撃鉄の湾曲を考慮しても、写った自分の姿が、異常に曲がっている。
身につけた帽子の色がグチャグチャに混ぜ合わせられていた。
ワムウ&ンドゥール
「はぁ? 雑ッ魚wwwww」
待って欲しい。