情熱は幻想に 作:椿三十郎
紫とジョルノとフーゴ。この三人が神妙な顔で対峙しているすぐ横で、霊夢はある重要なことを思い出した。
それこそ、この状況が煎餅の歯クソほどどうでも良くなるようなことだった。
鈴仙のやつ遅いわね。もしかして、私の渡したお金でおやつでも買ってるんじゃ....
ジョルノ達が来る、ほんの一時間程前。
霊夢は居候させてあげている鈴仙に、人里へのお使いを頼んでいたのだ。
というのも、身の回りの雑用をやってもらう代わりに、彼女の居候を許していたためだった。
いきなりあいつが、
「私、悪霊に取り憑かれたの! あなたの力で何とかできないかしら?」
と言ってきた時はさすがに驚いた。
こんな宇宙兎がそんなものに憑かれるか?
一応調べてみたけど、悪霊やそれに連なる霊の類は見られなかった。
そのことを伝えると彼女は、露骨に落ち込んだ様子で言った。
「じゃあ、ここに居させてもらえない? 勿論タダでとは言わないわ」
という訳で、物置を貸す代わりにあらゆる雑用を引き受けて貰った。
もう七時を回っただろうか。
あいつをお使いに出してから、二時間以上経っているが、一向に帰ってくる様子はない。ここから人里までは、飛べば大した距離ではないはずだ。
さすがにお腹が空いたわ。
気休めにお茶を飲むが、勿論お腹は膨れない。超能力だとかなんだとか、もうどうでも良くなってきた。
鈴仙に対する懐疑の念は大きくなるばかり。
三人間の緊迫した空気感を尻目に、霊夢はちゃぶ台にだらしなく突っ伏した。
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鈴仙は、これまでの経緯を話し終わった後、改めてミスタに質問していた。
「本当に見えないかしら?」
「見えねぇよ」
鈴仙が嘲笑うかのように、ニヤニヤと俺の顔を覗き込む。
ミスタは思わず目を逸らす。
「本当ぉ?」
こいつには俺が嘘をついているという確信があるらしい。何が根拠かは知らないが、それに対して絶対的な自信があるようだ。
「はぁ...根拠はあるのかよ?」
鈴仙は得意気な顔で言う。
「波長よ、は・ちょ・う」
「波長?」
音楽プレイヤーの小さなモニターで、忙しなくのたうち回る光線を思い出した。
「それが何だってんだ?」
「分かるのよ。私は」
彼女は、出来の悪い生徒を指導する教師のように語り始める。
「生物を取り巻く環境には、波長が大きく関わっているの。例えば、振動、光、音、それに脳波。それぞれ波長が存在するわ。私はそれが感覚的に分かるの、そして操ることも出来るってワケ」
「だから何だってんだよ...」
「あー..まだ分からないの?」
鈴仙は半ば嘲笑気味に言う。いちいち腹が立つヤツだ。
「心拍の振動や脳波の乱れを見れば嘘が分かるってこと。嘘発見機と同じ要領よ」
「ふーん、なるほどねぇ...そいつは便利だな」
鈴仙の言っていることは、どうにも嘘じゃあないらしい。しかもこの力、"スタンド能力"とは別の力だ。これが妖怪ってことか...
嘘が筒抜けな以上、もう隠す必要もない。妖怪についても良く知ることができた。
「さっきは波長を見損じたけど、あなたやっぱり人間でしょう?」
鈴仙はミスタに詰め寄った。
「そうだよ、そうそう。俺はただの人間さ。さっきの"アレ"も見えているし、正体も知ってる」
ミスタは諦めた様子で、ぶっきらぼうにそう言った。
「正体を!? 本当に!?」
鈴仙はミスタの顔色を見つめながら少しの間思案していたが、すぐに顔の緊張がとけ、安堵した表情に変わった。
彼女はほっと胸をなで下ろすと、呼吸を整える。
「い、色々....聞きたいことがあるの。まず、"あいつ"は何? "あいつ"に害はあるの? 誰かが仕組んだものなの? そして、それを知るミスタは何者? あなたにも"あいつ"がいるの?」
彼女はミスタにグイと近づいて肉迫する。文字通り、質問攻めだ。
「まぁ待て。質問は一つずつにしろ」
覚悟はしていたが、面倒なことになりそうだ。
まずミスタは自分の知識を整理する。
「ええと、じゃあまずは..."あいつ"の正体について教えてもらえるのかしら?」
鈴仙の背後には、タイミングを見計らったかのように、例の人影が立っていた。
ミスタは、暫くそれを眺めながら答えた。
「コイツの名は"スタンド"。お前自身だ」
鈴仙の脳裏に、このスタンドが初めて現れた場面が浮かぶ。
そう、"こいつ"は最初から言っていた。
「私は、あなた。あなたは、私?」
『私ハ、アナタ。アナタハ、私』
真の名前は、
「ヴァーチャル・インサニティ...........」
『ヴァーチャル・インサニティ』
鈴仙の呟きを、呼応するように自身のスタンドも声に出す。
その声は、鈴仙の声と瓜二つであった。
「だんだん解ってきたか? スタンドってのは自分の精神力の具現化なんだよ」
スタンドは、主人と同じような紅い瞳を持っている。鈴仙はそれをまじまじと見つめる。
「これが私の、精神力?」
「そうだ。勿論、お前自身の意思で動く」
スタンドも黙ったまま、コクリと頷く。
突拍子もないことだったが、気が動転しているからなのか、
そして、鈴仙はあることに気がついた。
「.....買い物袋っ!」
「!? うるせぇな、いきなりよー」
ミスタは引き気味に反応する。
「買い物帰りだったのすっかり忘れてた! 」
そう言って道の外れに向かう鈴仙。
「.........」
そんな彼女にミスタは待ったを掛ける。
「ちょっと待て」
「...?」
怪訝そうな顔をしてミスタに振り返る。
「買い物袋はそこにあるのか?」
ミスタは道の外れの茂みを顎で指しながら言った。
「ええ、あなたを見つけた時に袋を置いたっきり、そのままだったの」
「なるほどな、それじゃあ...」
ミスタは彼女に改めて向き直った。
「スタンドで袋を取ってみせろ。その場を動くんじゃねぇぞ?」
「.....へ?」
彼女は暫く惚けた顔をしていた。
彼の意図を察せたのか、打って変わって顔に緊張が現れ出す。
これは彼なりの"教え"なのだと。
ミスタが瞬きをする内に、彼女の背後にはスタンドが出現していた。
「.....」
いつもいつも、気づいたら居やがる。恐ろしいスピードだ。このスピードこそが鈴仙の"スタンド能力"なのか? 解らねぇ....
相手に敵意が無いとはいえ、スタンド能力の考察をすることは、ミスタの中で半ば癖のようになっていた。
「やる前に、コツとかあったら教えてよね」
意味があるのかないのか、鈴仙は手首と首を回している。
「そうだな..........スタンドは精神だからな、取りたいと思うことだ。それか、取るまでのイメージを頭の中で正確に意識しろ」
「分かった。やってみるわ」
彼女が言ってから、一息の間も開けずにスタンドすんなりと動き出した。
魚のヒレのようなモノが付いている刺々しい見た目とは裏腹に、その足取りはどこか女性的で、ゆったりとしていた。
「......おぉ....う、動いた...!」
(思ってたよりカンタン!)
ミスタには二つの思いがあった。
ミスタは未熟なスタンド使いを鈴仙の他に数多く見てきた。スタンドの上達速度には勿論個人差がある。それを考慮しても、鈴仙は他と逸脱するほど早く、滑らかに動かしていたことだ。
そしてもう一つ、瞬時に現れる彼女のスタンドは、スピードがあると思っていた。が、動きを見る限り、そのようなものを持ち合わせているとは思えないことだった。
ミスタは主に後者について、考察を進めていた。
なんだ、どんな能力だ? ぶっ飛んだ能力だったら、扱い方が慣れてねぇとシャレにならん。
考えを巡らせるうち、いつの間にか鈴仙は、スタンドから袋を受け取るというところまできていた。
受け取った鈴仙は満足気にミスタを見た。
「どう? 凄くない!?
「お前みたいに最初からそんなに上手く扱えるヤツはいなかったぜ」
彼女は露骨に照れていた。それを隠すためか、わざとらしく腰に手を当てて胸を張る。
「ま、まぁ.....私もエリートだからね♪」
一体何のエリートなのか知らないが、ご満悦な様子ならそれでいい。
鈴仙は真のスタンド能力を理解出来ていない。能力を知り、適切な助言を与えなければ、自身が危険であることを、ミスタは重々承知していた。
万に一つもありえねぇが、フーゴみたいな凶悪な能力だった時のことも想定しておかねぇとな.......
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その後、彼女は神社に戻ると言った。買い物途中にあったのだから当然だ。
俺はどうしようか。
とりあえず監視の意味を含めて、鈴仙と共に一度俺も神社に戻ることにした。
ジョジョに明日までの時間を貰って飛び出したというのに、もう帰るのは少し恥ずかしい気もするがここは我慢する。
「神社へ行くんだろ。早くしろよ」
鈴仙より十数メートル先に進んだミスタが彼女を急かす。
袋を両手で抱えた彼女が顔を出す。
「見て分からないの? 無理言わないでよ! それにあなたが飛べないからこっちだって.........」
「分かった分かった、悪かった」
ミスタは踵を返して、袋を持つのを手伝おうと彼女に歩み寄った。
ゴゴゴゴ.....
ゴロゴロゴロゴロ
ドゴゴォォォン!
突然の閃光と轟音。
一瞬にして視界がホワイトアウトした。
「きゃぁ!!」
「うぉおおおッ!」
あまりの唐突さに、鈴仙は荷物を取り落とし、ミスタは目を閉じ腕で顔を庇った。
空から"稲妻"が走った。
ミスタは目を瞑る前それを目撃していた。
鈴仙は何が起こったのかまるで理解出来なかった。なぜなら、事象は彼女のすぐ後ろで起こったのだから。
ミスタは確かに稲妻を見た。しかし、空には雲一つなく、綺麗な星が輝くばかりだった。
「....クソッ!」
ここに来てから分かんねぇことばかりだ。神や妖怪やらを考えるだけで手一杯だってのに、次は超異常気象か?
中身がこぼれた買い物袋の隣で鈴仙が力無く座りこんでいた。
ミスタはそんな彼女に駆け寄ろうとする。
彼は歩みを止める。
彼女が立ち上がったのだ。
その様子を見て彼は安堵する。
「無事だったか。........さっきお前の後ろで雷が落ちてきたんだぜ? 雲一つねぇってのによ。 人間の俺にとっちゃおかしなことなんだが、この幻想郷じゃごく普通だったりするのか?」
ミスタは彼女に対して冗談半分で問う。
「さあね、どうかしら」
鈴仙はミスタに目を向ける。
「それより私解ったの」
「 ? 」
何かおかしい。
「自分の
彼女は恍惚な眼差しで、ミスタへ舐めるように熱い視線を注ぐ。
先ほどよりも彼女の瞳は一層紅く見える。
「ミスタぁ........あなたの、優れた部分が、
「...............!」
「そんな壊し甲斐のあるあなたに、私は試したくて堪らないのよ......私のスタンドをッ.....!」
ミスタは懐に手を伸ばす。
自分の得物はいつもの場所にある。
「あなたも持っているんでしょう? スタンド。出してみなさいよ、ねぇ?」
「ハッ....」
あーあ、まったくよぉ。今度はなんだ?
外見以外は案外普通のヤツだと思ってたんだがなぁ......
「出させてみろよな。 お前の
ミスタは愛銃を握る。
「ふふ、あなた面白いわね。本当に。本当に楽しみだわ」
ミスタと鈴仙の間合いは十メートル弱。両者共に詰めようとはしない。
この時、ミスタを見つめる鈴仙の目つきは、さながら