境界線上の死神   作:オウル

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???「すごーい!君はラッキースケベが得意なフレンズなんだね!」
康景「ラッキースケベが得意ってなんだよ・・・っていうかアンタ誰?」



一話 後編

思ったことを言えないのは

 

弱いからか言えないのか

 

気まずいから言えないのか

 

遠慮してるから言えないのか

 

配点(フラストレーション)

――――――――――――

 

昔、ある組織にある少女がいました。

 

少女は、同じ組織に居たある少年と同様、■■■■のために造られました。

しかし、彼女は少年と違い、別の計画で造られたものでした。

 

■■■■を■■するという目的で造られた彼女は、姿形こそ似れど、能力は本人の十分の一にも満たず、扱いは『失敗作』でした。

"廃棄"されるだけだった彼女は、最後のチャンスとしてある実験で利用されました。

 

少年から分かたれた■■を受け入れ、■■を■■する新たな任務です。

 

少女の他にも、その計画で利用された子供は多くいました。

ですが、その多くが拒絶反応を起こし死んでしまいました。

 

少女は必死でした。

 

"死にたくない"

 

その一心だけで、少女は拒絶反応を起こしながらもなんとか耐え抜き、受け入れました。

少女は、少年の■■の受け入れることに成功し、"廃棄"は免除され、新たな名前を与えられました。

 

名前は"■■■■■"。

 

廃棄されるだけだったはずの運命を、少年にはその気はなくとも、結果として変えたのです。

少女は"死にたくない"という願いを叶えてくれた少年に焦がれ、少年のためなら何でもすると心に誓いました。

 

■■によって歪んだ心で、そう誓いました。

 

多くの命を、少年は屠ってきました。

しかし、彼が成し遂げてきたことを、少女は知っていました。

 

どんなに自分たちが"奪う側"の者であっても、少年は彼女にとって"英雄"でした。

 

少女は少年に焦がれていましたが、少年の壊れた心を理解することだけはできませんでした。

 

少年が何を見て、何を望み、何を願ったのか、少女は知ることはありませんでした。

 

心が壊れてしまったのは、彼女もまた少年と同じだったからです。

 

――――――――――――

 

吉川広家という名を襲名した少女は、夢を見た。

 

決して忘れる事のない過去の夢。

 

彼は自分たちのことを忘れてしまったようだが、どうして彼が忘れてしまったのかは、本当は目星がついている。

そのことはしょうがないとしても、それでも許せないことが一つあった。

 

なんであの女を師と・・・。

 

塚原卜伝を師と呼び、あの女と武蔵で過ごしていたと思うと吐き気がする。

 

あの女がどうしても憎くて憎くて憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い・・・!

 

憎くてたまらない。

 

兄と呼び慕う彼を救えたはずなのに、あの女は救おうとすらしなかった。

 

そんな女を、自分のオリジナルを、広家は決して許すことはできなかった。

 

六護式仏蘭西に来てから、周囲に馴染めるようにそれなりに努力はしてきた。

その過程で欲しいものがあれば、自力で勝ち取ってきた(補佐の座はコネだけど)。

友人(ヤンキー)も出来て、結構充実した学生ライフをエンジョイわっしょいしているが、彼がいないことが広家にとって心残りだった。

 

次こそは、必ず・・・。

 

広家は想いを新たにし、遅めに起床した。

が、「もう昼だし、寝ちゃうか」という怠惰に感けた睡眠欲に押し負け、再び布団に潜り込んだ。

広家はわずか三秒で眠りに入ったが、この後十二秒後、ヤンキーが自室に乗り込んできてみっちり怒られることを、この時広家は知らなかった。

 

**********

 

 

放課後の武蔵は、人々の動きで満ちていた。

学生たちはそれぞれの場所へ行き、しかしその多くは補修作業のバイトだ。

だが、それでも教導院に残る学生も少なくない。

 

その教導院に残った者のうち、生徒会副会長である本多正純はミトツダイラを連れて全く使われていない生徒会室に来ていた。

来たのだが、

 

「ここ生徒会室でいいんだよな?」

「そのはずですわ」

「・・・倉庫じゃないよな?」

「・・・」

「・・・倉庫じゃないって言ってくれよ、悲しくなるから」

 

もはや生徒会室は倉庫に成り果て、見る影もなかった。

 

前側校舎三階中央に位置する生徒会室は本来ならば教導院の中枢であり武蔵の顔であるはずなのだが、その様子は全くない。

長年正しい形で生徒会が機能していなかった証拠だ。

 

「総長連合の居室も似たようなものですわ、何しろ有事でなければ集まれませんでしたから」

「だよなぁ、三河以降もなんだかんだで橋の上とか青雷亭とかで済むもんな」

「ですがどうして今更ここを?」

 

不思議そうに尋ねるミトツダイラに、正純は自分が思っていることを答えた。

 

「今後アルマダ海戦レベルの有事の際、公的に集まれる場所が欲しいんだ。私たちはどこにでも集まれるし、どこでも会議が出来る。だが、生徒会室に集まるというのは市民に与える安心感も違ってくるだろう」

 

窓の外に広がる武蔵を見る。

緊急時に誰かが居てくれると思える場所は、やはり大事だと思う。

 

「欧州は今三十年戦争の真っ最中、激戦区に踏み込むわけだからな。生徒会・総長連合も強化していかないと」

 

武蔵の生徒会・総長連合は優秀だ。

外道会計共は金のことに関しては右に出る者はいないし、書記は中二病だが仕事は出来る。

総長連合は大体馬鹿とか変態とかの集まりだが強い。

 

しかし、一般生徒や委員会となると話が少し違ってくる。

総長連合と生徒会、その下位にいる委員会の連携、そして一般生徒との連携は異様なほどに康景が絡んでくる。

各組織の足並みを揃えるのに、康景が潤滑剤として機能しているのだ。

否定的な連中に対する抑止力としても機能している。

 

有能すぎるだろ康景・・・。

 

彼は以前、『自分は人を率いる器ではない』とそんなことを言っていたが、はたしてそうだろうか。

彼が本気で人を率いたらそれこそ軍団の一つや二つできそうな気がしないでもない。

専門的な事は専門家に譲るが、どこのポジションにおいても彼は期待値よりもそれ以上の働きをするだろう。

少なくとも正純は康景との短い付き合いでそう感じた。

 

ああいうのを天才って言うんだろうなぁ。

 

副長としての才能に関しては正純にはわからない。

彼本人が副長としての器はないと判断して公言しているし、三河では二代を副長にするために立花夫妻と相対したぐらいだ。

康景より二代の方が副長に向いているのだろう。

だが、康景の才能は稀有で優秀だと思う反面、少し危険ではないかと感じていた。

 

それは彼がもし機能できなくなったりした場合、全体に影響が出る恐れがあるということだ。

 

彼の負担を少しでも減らせれば、もっと効率よく運営が出来るはず。

そう言った意味でも、生徒会・総長連合の強化は急務である。

 

「jud.そうですわね、ここからが激戦区なのは同意ですわ。しっかりしていきませんと」

 

思いつめたようにミトツダイラが合意してくれた。

 

「ミトツダイラは十分しっかりしてると思うけどなぁ」

「・・・上には上が居ますもの。もっと上を狙いたい気持ちはありますわ」

 

そう思うのは多分、彼女が総長連合だからだろう。

実働という、戦うことを求められる役職だとやはり戦果求められる。

英国でウオルシンガムと戦い、五分。

アルマダで三征西班牙副長弘中隆包を仕留めきれなかった。

 

それを気にするのは騎士の本分とういうものだろうか。

彼女は少し思いつめたように、

 

「たまに思いますの・・・康景のような人材を差し置いて私が特務の座にいるべきではないと」

「それは・・・」

 

確かに、康景程の人材を一般生徒にしておくのはもったいない事かもしれない。

先程も考えたように、康景は優秀だ。

だが、

 

「いや、それはない」

 

正純は断言した。

彼が一般生徒でいる事にも、どこかの役職に就かない事にも理由があるはずだ。

そして正純はその理由をなんとなくだが察していた。

 

「康景だってその辺は考えて今の立場なんだろう。私は康景の考えを信じるし、お前のことも信じてる。だから、武蔵の第五特務はお前が務めるべきだと、私は思う」

 

これだけは、正純は自信をもって答えた。

ミトツダイラにもやはり、ここのところの武蔵の動向で思うところがあるらしい。

 

「Jud.ありがとうございます。正純」

 

ミトツダイラが小さく会釈する。

苦笑いするミトツダイラは、少し気まずそうな感じで黙った。

だが、何かを言いたそうにして口ごもる。

 

「どうしたミトツダイラ、トイレか?」

「ちっ違いますわよっ!・・・その康景のことで少し・・・」

「うん?」

 

さっきのことではないのか?

 

何の話か正純はすぐに思いつかなかった。

 

「アイツが葵姉と復縁したことか?確かにいきなりのことで驚いたりはしたが、うん、私は平気だぞ、うん」

「正純?それ墓穴掘ってますわよ?」

 

別に私は気にしてないぞ、うん。

 

武蔵に来て初めて頼りになる異性の友達が出来て、なんとなく「いいかな」くらいに思ってたけどそしたら葵姉と付き合ってましたとかいうとんでもない話を聞かされて、「あれ?ひょっとしてチャンスないのかな?」と不安に思ってた挙句、婚約しましたと聞かされたからって、自分は気にしてない。

 

「いや、あの、それとは別件で」

「違うのか?」

 

康景の婚約以外で何かあったかな話題。

いやあるにはあるだろうけど今ホットな話題は思いつかなかった。

 

「最近康景の様子に少しだけ違和感を感じるんですの」

「違和感?」

 

正純はミトツダイラの言わんとしていることがすぐにわからなかった。

 

「元々ちょっとアレな奴だけど、そんなに変わった様子なんてあったか?」

「ええ、最近一人称が"僕"になったり、一人になると頭痛を我慢するように頭を押さえたりして・・・」

「そうなのか?私は気づかなかったが・・・」

 

流石によく見てるなぁ・・・。

 

嫌味とかそういうわけではなく、素直にそう思った。

自分が気づかなかっただけで、他の奴はみな知っているのだろうか。

 

「他の奴は知ってるのか?」

「他の方にも聞いては見たんですが、皆様『杞憂だろう』と」

 

一応他の連中にも聞いてはいるらしい。

だが全員が"杞憂"だというのなら、杞憂なのかもしれない。

 

しかし、99%がそう判断しても、1%が違和感を覚えたら気にかけるべきか?

 

「本人に聞いたりしたか?」

「あ、いや、その・・・聞きづらくて」

「あ、ああ、そうだな」

 

確かに今のミトツダイラからすると聞きづらいのは確かだ。

だからこそ周囲に確認を取っているのだろう。

 

「何とも言い難いな・・・それで本人が目に見えて困ってるならまだしも、普通に見えるしなぁ。ましてや今は葵姉がいるし、何かあれば彼女に相談するだろう。それが手に負えないようであればさすがに三年梅組に報告するんじゃないだろうか」

 

三河から英国を過ぎるまでに色々あったのだ、流石に何かあれば自分たちを頼ってくれるはず。

正純は少なくともそう信じた。

 

「そうですわよね・・・何かあれば、もう一人で抱え込んだりはしませんわよね、多分」

「ああ、多分な」

「・・・」

「・・・」

 

沈黙が生まれた。

 

************

 

「・・・」

 

ミトツダイラは自身の話題が沈黙を生んだことを悟り、冷や汗が出てきた。

 

こ、ここで沈黙ですの!?

 

いや康景に関する違和感を話し始めたのは自分だが、それが終わって話が終わるというのはいささか気まずい。

ミトツダイラは現状打破のために話題を探した。

だがすぐに出てきた話題が、

 

"康景のラッキースケベの被害者について"

 

というミトツダイラ、正純両名に対して地雷でしかない話題しかなかった。

こういう気まずい雰囲気をミトツダイラは苦手としており、すぐに気の利いた話題が出てこない自分を呪った。

 

なんですぐに出てくる話題が康景の事しかないんですのぉ!?

 

自分の馬鹿。

 

ミトツダイラは「何か喋らないといけない」というそんな焦りを覚え、何か言葉を発しようと口を開いた。

だが、不意に背後から、

 

「おい!オメェら俺の宝物殿で何やってんだYО!?」

 

馬鹿が来た。

 

*************

 

貧乳(副会長の方)は馬鹿(全裸)を見た。

生徒会室がエロゲ置き場になった諸悪の根源だ。

 

「よしツキノワ、攻撃対象はあの全裸馬鹿だ。ん?それは対霊用だぞ?あアレに対しては対人用でいいんだぞぅ?」

 

自身の肩の上に出てきた走狗、ツキノワ(←正純命名)に全裸を対人用の攻撃するように命令し、身構えた。

 

「おいおいステイステイ、落ち着けセージュン!俺はただ自分の隠していた秘蔵コレクションの安否を確認しに来ただけだって」

「丁度よかった、今ゴミの分別やっててな。全部燃えないゴミで良いよな?」

「オイオイ、セージュン、エロゲは『燃える』『燃えない』じゃないぜ?『萌える』んだ!」

 

結論、うざい。

 

「燃える方でいいんだな?ミトツダイラ、燃えるゴミの袋持ってきてくれ」

「待て待て待て待て!今のは言葉の綾であってゴミじゃない!・・・Treasureなんだ!」

「よくTreasureなんて難しい単語知ってましたね~、偉いですね~」

「こ、こいつ俺の事本格的に馬鹿にしてやがる!?」

 

トーリは正純が馬鹿にして相手にしてくれないのでミトツダイラに助けを求める。

 

「おいネイト!お前からもなんか言ってくれよ!―――ってかオメェ下で騒がねぇの?今頃焼肉祭りだぞ?」

「え、あ、いや、その」

 

言いよどむミトツダイラに、馬鹿は呆れたように、

 

「別にさぁネイト、お前の母ちゃんだって一生帰ってくんなって言った訳じゃねえじゃんよ。たまには俺らと一緒にメシ食おうぜ?それに―――」

「・・・?」

「ヤスだってちゃんと前向こうって頑張ってんだから、オメェだって前向かねえとアイツ寂しがるぜ?」

「・・・」

 

ミトツダイラが俯く。

 

ミトツダイラが下に降りないことは気にしてはいたが、正純はその答えを知りえなかった。

 

家庭の事情。

 

母親を公主隠しで失い父との関係が気まずくなった自分

親代わりを殺めてしまった康景

歴史再現ゆえに、己の立場ゆえに実の姉を処刑しなければならなかった妖精女王

 

誰にでも事情はある。

正純は詳細は知らない、だが、そういう事情は感情論で済ませられるわけでもない。

それを知っている正純は、

 

「なぁミトツダイラ、これ終わったら食いに行くか?」

「え、私は・・・」

「いや、IZUMОじゃなくて多摩辺りでさ。あの辺なら気兼ねなく肉食えるし、肉も食えるし、あと肉食えるぞ?」

「ちょっ、ちょっと正純?貴女の中で私はどんなイメージなんですの!?」

 

肉食系チョロインだろう?

 

大丈夫だ、そこは把握している。

 

「大丈夫だ。必要なら肉の他に納豆も・・・って、どこへ行くんだぁ?」

 

会話の途中なのだが、馬鹿がエロゲを抱えて立ち去ろうとする姿が視界に入った。

 

「エ、エロゲを避難させる準備だぁ・・・」

「・・・別の隠し場所があるのかぁ?」

 

トーリがハッとした表情で「しまった!」と叫ぶ。

正純は頭を抱えて、

 

「はぁ・・・どこにある?どこが隠し場所だ?」

「バァーカ!教えろと言われて教える間抜けがどこにいる!」

 

副会長『おい、誰か馬鹿(全裸)のエロゲの隠し場所知ってる奴いたら教えてくれ』

弟子男『ああ、それなら浅間神社の屋根裏と縁の下に巫女物があるぞ』

俺『オイィィィィ!?なんでお前チクるの?ねぇなんでお前チクるのねぇ!?』

弟子男『仕事しないなら正純たちの邪魔するなよ、せめて』

副会長『浅間、確認を』

あさま『うっわ!本当にありましたよ!?・・・というより康景君、知ってたんなら何故もっと早く教えてくれなかったんですか!?』

弟子男『ごめん忘れてたお、ごめんだお』

あさま『謝る気ないですよね康景君?』

弟子男『めんごめんごだお』

あさま『馬鹿にしてますよね!?』

俺『ヤスって浅間に対してはボケ方面で遠慮ないよな』

弟子男『智にはなんかこう・・・ボケを入れないと気が済まないんだ。ある種の使命感染みたものすら感じるよ』

あさま『そんな使命感いらないですよ!トーリ君の相手だけでも面倒くさいのでやめてください!』

 

まぁ何はともあれ馬鹿(全裸)のエロゲ隠し場所の一つは判明した。

悪の撲滅の時は近い。

 

「くっ・・・馬鹿(鈍感の方)が裏切りやがった・・・!・・・はっ!?」

 

馬鹿が何かに気づき、背後に振り返った。

そこには、

 

「う、裏切り者め・・・!覚悟しやがれぇええええ!?」

 

康景とホライゾンがいた。

馬鹿(全裸になる方)は康景に飛び掛かる。

 

だが、

 

「せいっ」

「ウボァアア!?」

 

ホライゾンが馬鹿(すぐ全裸になる方)を正拳突きで吹き飛ばした。

思わぬ形で悪が滅されたことに正純は思わず(ない)胸を撫で下ろした。

 

**********

 

ミトツダイラは冷や汗を掻きながら新たに現れたホライゾンと康景、彼女の攻撃で吹っ飛んだトーリを見た。

ホライゾンは、

 

「おや、馬鹿を回収しに来たつもりだったのに思わず正拳突きをかましてしまいました・・・ホライゾンうっかり」

 

真顔でテヘペロした。

回収するつもりなのに攻撃をかます辺り康景に似てきた。

 

正拳突きを教えた当の本人は、

 

「しょうがないホライゾン、お前がやらなかったら俺が蹴ってた」

 

回収する気ないじゃありませんの二人とも・・・。

 

まあこの辺り日常茶飯事なので割と問題ないのだけれども。

 

「康景?ミリアムのところにはもう行ってきましたの?」

「ああ、でもアイツ、会うなり『アンタ嫁居るのに他の女に会いに来ていいの?不倫とか噂されても私に文句言わないでね』とか言い始めてな。そうしたらミリアムのところに居る例の女の子が、『ママこの"おじさん"と不倫するの?』とか言い始めて俺もミリアムも気まずくなってなぁ・・・子供は残酷だ」

「こ、子供は素直ですものね・・・」

 

今のはちょっと笑いそうになったが、ミトツダイラは耐えた。

 

「まぁそんなわけで早々に切り上げて喜美と合流しようと思って外に出たらホライゾンと会って、ついでに馬鹿を回収しようと思ってたんだ」

 

回収は失敗したけど、と苦笑いをする康景。

 

「ですが、どうして馬・・・総長を回収する必要が?」

「実はこの後、喜美様、康景様と一緒にトーリ様の御祖母様に会いに行こうということになりまして」

 

ホライゾンが話を始めた。

 

「御祖母様はかつてのホライゾンを知っているということもあり、また、康景様が喜美様との御婚約の御報告をしに行くと」

「あぁ・・・そういう・・・」

 

確かに親族への報告は大事だ。

ホライゾンは第三者視点で過去のことを聞けるし、康景もちゃんと挨拶しておきたいのがあるのだろう。

 

総長が行きたがらないのは多分・・・。

 

自分が余計な口出しをしてホライゾンの過去にノイズを入れたくないからであろう。

総長の気持ちも、康景の気持ちも理解したミトツダイラは、

 

「康景?」

「なんだ?」

「あっ・・・いや、何でもありません」

 

康景に、色々聞いてみたいことはあった。

だがそれでも、ミトツダイラは聞けなかった。

 

今間違いなく幸せであるはずの人に対して不安にさせるようなことを言ってもいいのだろうか。

 

そういう不安が、ミトツダイラの中に浮かんだ。

だから彼女は改めて、

 

「いえ・・・おめでとうございます、康景。頑張ってきてください」

 

務めて笑顔で康景にそう告げた。

 

「ああ、ありがとうネイト」

 

康景はミトツダイラの頭に手を乗せ、撫でる。

その瞬間、ミトツダイラは嬉しさで顔が熱くなる。

しかし、彼女はにやけるのを必死に我慢した。

 

「じゃあ、今は手伝えないが、何かあったら連絡くれ。緊急事態なら最短で駆けつけるから」

 

そういって康景はホライゾンと共に去っていく。

 

康景が護衛なら十二分に事足りる。

自分がホライゾンに同行する理由もなく、ましてや康景に護衛など不要だ。

 

聞くべきことも聞けず、その後ろ姿だけを見送る。

 

かつてあった母との約束、想い人に告白もしてないのにフラれてしまった惨めさ。

色々な葛藤が渦巻いて、ミトツダイラは己が今どうしたいのかも分からずにフラストレーションだけを溜め込んだ。

 

***********

 

午後のIZUMОを、茶髪の髪が揺れていた。

 

喜美だ。

 

踊り子風に改造した極東制服を纏った彼女は、町の郊外を歩いている。

行く場所は己が祖母の家。

そこへ行く理由は、これから紹介すべき人物を紹介し、過去の話を聞くことだ。

 

だがその紹介すべき人物二人は、今ここにはいない。

ホライゾンはトーリを回収しに、康景は野暮用を済ましてから後で合流することになっている。

 

前者はまだわかるが、後者はどうなのだろう。

 

喜美は自分の旦那の行動に対して"良い事か悪い事か"を考えた。

 

婚約者として紹介するのに、後から合流とはマナーとしては如何せんなっていない気もする。

だがミリアムに授業のノートを渡しに行くのは半ば康景の役割になっていた感も否めないので強く否定も出来ない。

いや、そもそも嫁がいるのに他の女に率先して会いに行くというのはアリなのだろうか。

しかし、康景にとって"三年梅組"という"枠"は家族のようなものなので彼からしてみればなんでもないことかもしれない。

大体、彼の中で"浮気"や"愛人"などという概念が存在しているかすら怪しい。

 

だが逆に考えればそういう恋愛関係云々に疎い馬鹿に指輪を渡され、求婚までされた自分は勝ち組だと言えることができる。

 

勝ち組万歳。

 

喜美は左手の薬指にはめた指輪を見てニヤニヤした。

 

「ククク・・・ふぁーはっはっは!」

 

思わず変な笑いが出たが、喜美は気にせず歩いた。

そして少し強めの風が吹き髪を押さえる。

 

あら?

 

その時、不意に武蔵の方が視界に入った。

武蔵からIZUMОに掛かる架橋を、ホライゾンと康景が歩いている。

どうやら二人とも合流はできたようだが、愚弟は確保できなかったらしい。

 

予想は出来ていたが、可能であれば四人で会いたかったものだが、仕方がない。

 

喜美は二人に背を向け、先を歩く。

その先には町があり、鳥居があり、神社がある。

 

出雲杵築大社

 

神代から存在し、大企業IZUMОの中心的企業体、極東の民の拠り所でもある。

 

「そんなところに住むうちの御祖母さんに会って、あの二人はどう思うかしらね」

「こんなところとはよく言ったねぇ、喜美」

 

低い声が、座敷の奥から聞こえてきた。

 

「御祖母さん」

「御祖母さんはやめとくれよ、いつも言ってるだろ、祖母さんかミツで良いって。ただの老体に『御』なんてつける必要なんてないって何回言ったら解るんだい」

 

極東既婚者に多い、前を閉じた状態で衣装を着込んだ初老の女性。

自分と愚弟の祖母だ。

 

「で?ホライゾンが生きてたって?三河や英国の話も全部聞いたよ。あっちこっちで大騒ぎだしね―――そんな中うちに来るのは、別に神術とか習いに来たわけじゃないんだろう?」

「ホライゾンがね、昔の話を聞きたいらしいの―――・・・あとは私が紹介したい人がいるのよ」

「・・・ほう」

 

喜美は意味深に左手の指輪を祖母に見せつけた。

祖母はその報告に目を丸くするが、すぐに表情を戻した。

 

「そうかいそうかい、ついにアンタにもそんな相手が出来たかい・・・」

「フフフ、私今人生で最高に『ハイ』な状況よ・・・でもね、こっちはあくまで『ついで』なの。本命は昔話、なにせホライゾンが聞きたいことは康景の、義伊の聞きたいことでもあるんだもの」

 

康景の名前に、ミツは一瞬何かを考えるような表情をしたが、すぐに納得し、

 

「あの子とお前がねぇ、これも奇縁って奴なのかねぇ・・・なんの話だい?」

「ホライゾンと義伊の母親のことについてよ」

 

二人の母親。

ホライゾンにとっては実母だが、康景にとっては養母。

ホライゾンは記憶を無くし、康景も母親を語れるほど長い間を過ごせたわけではないのだ。

だからあの二人は前に進むためにまず自分たちの"親"からアプローチすることにした。

 

どのような形であれ、ちゃんと向き合う準備をしているのは喜美にとっては嬉しい事である。

喜美は遠くから来る銀の髪と白コートを眺めて、小さく笑みを浮かべた。

 

 




一話後編まとめ

広家→寝坊
正純→エロゲ駆逐
ミトツダイラ→傷心中
トーリ→鉄拳制裁を受ける
康景・ホライゾン→祖母ちゃん家へGO
喜美→勝ち組

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