境界線上の死神   作:オウル

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ついに来た三巻、長かった三巻
今年中にここまで来れてよかったです。





マクデブルク決戦
一話 前編


同じであり続けるものなどない

 

正しい選択など、ありはしない

 

それぞれの思いも、関係も

 

日々の変化に飲まれていく

 

配点(焦燥)

――――――――――――

 

昔、ある組織に一人の少年が居ました。

 

■■■■を守るために創造された彼は誰よりも強く、誰よりも賢い少年でした。

同じく創造された誰よりも優秀な彼は、当初の目的のため以外にも利用されるようになりました。

 

しかし、それが却って彼を苦しめるようになりました。

 

『人々を救う』という目的のために造られたはずなのに、彼は『大勢を救うために少数を切り捨てる』ことを強いられるようになりました。

 

十人を救うために一人を、百人を救うために十人を切り捨て、多数を救い、少数を殺害する。

ある一国を救うのに、その障害になる村を焼き払い、■■■■を成し遂げるために、あらゆる万難を陰ながら排してきました。

 

そんな救いのない救いを成し遂げ続けた彼の心は、次第に壊れていきました。

 

そして創造主たちは、彼を、■■■■のための器として用意することを決めました。

 

■■の器とするために彼から■■を奪ってしまったのです。

彼から奪ったものを、他の同胞に分け与え、空の器にすることで■■を下ろそうとしました。

ですが、彼から■■が消えることはありませんでした。

 

彼の中に■■だけが、小さな種火のように残り続けたのです。

 

■■のための器になることは叶えられませんでした。

器になれなかった彼は、■■を■■■■ために、新たな使命を与えられました。

 

使命以外の当初の任務を全うする過程で彼が■■■たちと出会うことで、自分たちなどいなくとも、この世界は成り立つことを悟りました。

 

彼は何が正しいのか、何が間違っているのか、壊れた心で考えました。

あらゆる理不尽に耐えてきた彼ですが、そんな彼に残った■■が、創造主への復讐心になるのは、時間の問題でした。

 

そして■■■■■■■■■・・・――――――。

 

――――――――――――

 

康景は夢を見た。

 

懐かしいのに、思い出せない。

思い出していい事なのか、思い出してはいけない事なのか、それすら解らない。

 

だが、この懐かしさが、自分の空白を埋める何かなのは確かだ。

 

取り戻しつつある己の記憶に怯えることに、康景は辟易していた。

しかし全てを取り戻し、皆と共に歩むと決めた康景はその怯えをも克服しようと覚悟している。

 

自分は一人ではない、孤独を感じることはない。

 

不安はあるが、自分は変わっていけると、そう思いながら康景は目を覚まし、同じ布団で眠る大事な人を見た。

 

己が唯一、自分の意思で欲した人。

自分の命に代えても、この人だけは守り抜きたいと、そう思える人。

 

彷徨い続ける不確かな自分に残った、希望の光。

康景は喜美を、それくらい大事に思っていた。

 

康景は喜美の手を握った。

不安を掻き消すように、誤魔化すように、ただただ祈り続けた。

 

自分は大丈夫だと。

 

だが、彼自身が壊れているという事実に変わりはない。

 

自分が愚鈍なせいで周囲を傷つけている。

だから極力『自分の大切な人たちは傷つけない』、そうすることで自分は変わっていけると康景は信じた。

 

だが、誰も傷つけない方法などありはしない。

 

誰かが救われる反面、それによって救われなかった人がいるということ。

誰かが幸せになる一方で、幸せを掴めなかった人がいるということ。

 

それが彼の忌まわしい人生で得た結論であることを、彼は忘却している。

 

その時点で彼は間違っているのだ。

 

思い出すことで願いが壊れていくこと。

願いが願いを壊していくことに、康景は気づいていなかった。

 

*************

 

ミトツダイラの朝は憂鬱だった。

 

先程まで見ていた夢のせいだ。

 

康景と二人で居た夢。

 

彼は相変わらずの不愛想だが、その表情はどこか柔らかく、優しく見えた。

 

二人で武蔵を歩く。

康景と付き合ったらこんな感じだったんだろうなと思いながら、一時の幸福を噛みしめる。

 

だが次第に、

 

す、少し速いですのよ・・・。

 

康景の歩くペースが速くなり、その背中が遠ざかっていく。

気が付けばもうかなりの距離を離され、自分は置いて行かれる。

 

遠く、遠く、その距離は遠ざかる。

 

そして

 

「・・・あ」

 

置いていかれた自分を他所に、康景の隣には喜美が居る。

楽しそうに手をつないで、自分の前を歩く。

 

やっぱり、康景と喜美はお似合いですわね・・・。

 

美男美女のバカップル。

康景は間違いなく今、幸せなのだ。

 

過去を、姉を、師を喪い、絶望の淵に立ちながら、大事なものを護りたいが故に奪う側に立った彼が選んだ答えなのだから、自分はそれを受け入れるべきだ。

 

だが、

 

「・・・待って」

 

思わず手を伸ばしてしまう。

追い縋るように、置いて行かれたくなくて、手を伸ばした。

 

彼の隣に立てればそれでいいと、そう思っていた。

でも、それでも、やっぱり一緒になりたいという思いはどこかにあった。

 

もはや叶うことのない夢なのに、それを欲するのは、

 

浅ましいだろうか。

はしたないだろうか。

 

虚空を掴むような虚しい想いが、目覚めたミトツダイラの胸を支配した。

 

*********

 

朝の空に島があり、その島の東側大規模ドックには武蔵がいる。

異種族や武神も含めて武蔵補修のために忙しく働いており、その中には学生も含まれる。

彼らの理由としては、

 

「こ、今月発売のエロゲが・・・」

「友達に売られてしまった"浅間様が射てる"と"馬鹿二人"のシリーズを全部買い直すためにお金が・・・」

「好きだった先輩が尊敬していた先輩と交際を通り越して婚約までしてたので失恋の哀しみを紛らわせるために・・・」

 

など、理由は様々。

そして資材運搬を行う人々の間を走り抜けていく影がある。

 

異国のジャージ姿の金髪イケメンと両腕義腕の少女だったり、犬を引き連れて走るひん・・・眼鏡従士だったり、それから随分遅れていくひん・・・銀髪騎士だった。

だが、そんな彼らの視界にあったのは

 

「うわぁ、朝からよくやりますねぇ」

 

貧従士アデーレが呟いた先、皆が見る視線の先にいたのは珍しくコートを着ていない眼帯眼鏡とポニーテールの脳筋・・・副長だ。

二代が攻めて、康景がそれを躱し、防ぎ、カウンターを出す。

ただの鍛錬にしては異常な速さである。

 

朝に行う運動量じゃありませんよねぇ・・・アレ。

 

脳筋たちは違うなぁと思いつつ、アデーレは先を走る。

途中、立花夫妻が別コースに外れる時、「誾さん、いつかあの二人に並んで、追い越せるように頑張りましょう」と旦那が言っていたのを聞いて、この夫婦も大概だなぁとしみじみ思った。

そしてアデーレは自然区画を抜け、階段を昇り始めると犬たちは階段下でくるくる回って一遠吠えし、散会。

アデーレはそれに手を振って階段を駆け昇り、教導院が見えてきて、昇降口に続く橋に出る。

そこに居たのは

 

「あれ?浅間さんも朝練ですか?」

 

巨乳巫女だ。

 

*********

 

浅間はアデーレの呼びかけに気付く、

 

「アデーレ・・・ええ、まぁそんな感じです」

 

手にした護符を燈籠に入れ替える作業をしながら答えた。

 

「ここの所夜通し明かりをつけているところが多いですからね、灯火術式の交換もしておきたかったのもあります。あとは・・・」

「あとは?」

「今後の事も考慮して体力を付けようと思った矢先に、喜美が康景君と同じ時間に運動しようって誘ってきたので運動を始めたんですが」

 

校庭の方、隅に置かれた竹のベンチを見る。

喜美が康景の白いコートを顔まで掛けて倒れていて、

 

「流石に康景君と同じ時間帯にやるのは無理がありましたね」

 

苦笑して答える。

一緒に起きて一緒の運動を、と思ったはいいものの最初の十分くらいでダウンしたのである。

 

「いやいやいや、康景さんと一緒って・・・何時からやってるんですかあの人」

「ええっと・・・確か午前零時には寝て、午前三時には起きてます」

「睡眠時間短っ!?・・・ってかいつも授業ギリギリに起きている喜美さんにそれは苦行なのでは?」

「喜美が『私も起きるぅ』とか眠たげに駄々こね始めて、対応に困った康景君が私に丸投げしてきまして・・・」

「うわぁ・・・」

 

流石出来立て(正確に言えば寄りを戻した)カップルというか、バカップルというか、アデーレの「うわぁ」の気持ちは解らないでもない。

そんな話をしてると康景のコートを羽織った喜美がいつのまにか起き上がっていた。

 

「フフフ、あの馬鹿は朝から元気ね、私いい加減疲労で眠いんだけど浅間!そのオパーイ枕にしていい?」

「喜美!?自分から誘ってきておいてそれですか!?くっ・・・胸に寄りかからないでください、康景君に言いつけますよ!?」

 

無理して早起きしなければいいのに、とアデーレ共々そう思ったがこれが喜美なのでどうしようもない。

だがこうして全力で寄りかかられるのはやめてほしい。

 

康景君早く回収しにきてくださぁあああああい!

 

心の中で保護者を呼ぶが、代わりに、

 

「はぁ・・・はぁ、な、なんとか全艦一周ですわ・・・!」

 

ミトツダイラが来た。

 

**********

 

ミトツダイラは青ざめた顔で、息を切らしながらなんとか教導院にたどり着いた。

 

・・・な、何とか・・・本当に"何とか"たどり着けましたわね・・・!

 

目の前には、自分と同じコースを走って息も切らしてないアデーレと、自分と同年代で色々と"大きい"浅間と、片思い相手が選んだ同級生である喜美がいる。

色々と思うところはあるが、特に最後のは『彼が選んだことだから』と割り切るようにしてる。

 

そうでもしないと、前を向けないから。

 

苦い思いを抑え込み、ミトツダイラは汗だくの青ざめた笑顔を三人に向け、なんとか欄干に手をかける。前に進もうとするも疲労で膝から崩れそうになる。

 

「あ、ミト、無理しないでください。今疲労を禊祓術式で祓いますから」

「え、あ、いや、そんなことで内燃排気を・・・ひあぁああ!?」

 

こちらが制止しようとするのにも関わらず、浅間は無理やり靴を脱がせ、足裏に術式符を張り付けた。

 

「あぁっ・・・んっ・・・!」

「たまに思うんですがミトって少々過敏過ぎませんか?」

「こ、こればっかりは、せい、性質っ・・・ですので・・・んあっ」

 

喘ぎ声にも似た恥ずかしい声を上げてしまう。

恥ずかしいが、疲労でくたくたになってるので抵抗しようがなくなされるがままだ。

 

「ミトって康景君やアデーレと一緒で足裏柔らかいですね、足裏柔らかい人って速いって聞きますけど」

 

なんで智が康景の足裏の柔らかさを知ってるんですの?

 

そういう疑問が湧いたが、術式の設定などで色々頼んだりしていると康景自身が話していたので、その関係で知ったのだろう・・・多分。

するとアデーレが、

 

「第五特務の動きって『踏み込む』感じが強いですよね、力強いというかなんというか」

 

フォローするようにそう言った。

そう笑みで言われることに内心ありがたみを感じながら、

 

「・・・半狼故でしょうかね。どうもコツみたいなものが解らなくて」

「力むと逆に遅くなりますよ?」

「康景や直政にもよく言われるので、気を付けてはいるんですけど・・・」

 

康景辺りは教え方が上手いのに、その辺の事は

 

「・・・走り方ってのはその人の感覚だから、俺意識したことないしなぁ」

 

と天然発言が出る始末。

武器の使い方や体術の教え方は先生に勝るとも劣らないのに、身体の使い方に関しては天然である。

 

「ああ、康景さんの説明って解りやすい時とそうでないときの差がちょっと激しいですよね」

「康景君、ちょっと天才肌なところありますからね。康景君クオリティを基準に説明されても『一般人』である私たちには理解できないことたまにありますしねぇ」

「「・・・一般人?」」

「え、あ、あるぇ~?私『一般人』ですよね?」

「「・・・」」

「なんで意味深に目を逸らすんですか!?」

 

神道第二位で射殺巫女でズドンで巨乳で意外にスケベでINRANで航空艦撃ち落として康景の動きに合わせて矢を放てる巫女を、果たして『一般人』の括りに入れてしまっていいものか、その辺は疑問である。

 

だが彼女が一般生徒なことに変わりはない。

 

つまり彼女が一般人かどうかを判断するのは画面の前の皆様次第ということだ。

 

「智がそう思うならそうなんでしょう・・・智の中では」

「ちょ、ちょっと!?なんだかミトが辛辣ですよ!?」

 

まぁ浅間が一般人かどうかは置いておこう

ミトツダイラとアデーレは同じ結論に至った。

 

「まぁ浅間さんが一般人かは置いといて・・・」

「置いといて!?」

「今ちょっと疑問に思ったんですけど、康景さんが術式とか使ってるの見たことないんですが、術式って使うんですかあの人」

「・・・一応、康景君の『切り札』となる術式自体はあるにはあるんですが・・・」

 

浅間が言い淀む。

言いづらい事なのだろうか?

 

「「?」」

「私の使用許諾がないとそもそも使えないですし、康景君自身が使うことを渋ってますからね。余程の事でもなければ使わないんじゃないでしょうか」

「切り札を隠したままであの強さ・・・変態的ですね」

 

確かに変態的な強さなのは同意だ。

先程アデーレに、自分は『踏み込む』イメージが強いと言われたことを思い出す。

確かに武蔵でも一流の速さを誇る二代やパシリに関しては右に出る者はいない点蔵、犬の散歩のエキスパートであるアデーレに、変態的な強さを誇る康景に比べれば自分は遥かに遅い。

特に康景は、他三人と違って『速い』というよりも『鋭い』感じが強い。

康景の意表を突くような動きを自分も出来ればなと思う時もあるが、周りが速すぎて自分が第五特務という立場でいいのかと疑問することもある。

 

自分と康景達の強さを比べてしまうのは甘えだろうか。

 

それに康景が使う術式、そこまで使用状況が限られるとなると逆に気になる。

喜美は康景の術式について知っているんだろうか?

康景のトレードマークたる白いコートをクンカクンカして(ガチで)羨ましい喜美に聞いてみたくもなったが、丁度その時、

 

「康景様は朝から凄いですね、毎朝あのような訓練を?」

「日によっては訓練相手が確保できないとかで内容は違ってるらしいで御座るよ」

「なるほど・・・では今度康景様と一緒に朝練もいいかもしれませんね」

「うぇ!?・・・あ、いや、そ、そうで御座るな!」

 

点蔵とその嫁であるメアリが、階段を上がってきた。

 

・・・あ。

 

ミトツダイラは思わず立ち上がってしまった。

 

**********

 

「あら、皆様おはようございます」

 

メアリが一同に挨拶する。

点蔵も一応挨拶はしたが、それ以上に気まずかった。

 

メアリとミトツダイラ

 

英国と仏蘭西には長きに歴史再現による因縁があり、メアリもミトツダイラもそれなりの地位におり、加えてメアリは幼少時代に康景と出会っており康景の覚えていなかった過去も(一端だが)知っている。

ミトツダイラにとってメアリほど『苦手』な相手はいないだろう。

 

「点蔵様?」

「あ、ああいや、少し考え事をして御座った故・・・」

 

これはどうするべきで御座ろうか?

どうやらミトツダイラは疲労軽減の禊祓術式符を貼ってもらっていたようだが、自分とメアリが来たことで改まったのだろう。

やはりミトツダイラの中には多少なりともわだかまりのようなものがあるようだ。

 

点蔵からしてみれば大事な人には早く馴染んでほしいという思いもある一方で、級友の悩みも理解しているのでもどかしい気分である。

 

誰が悪いわけでもない。

だがそれでも、今のミトツダイラには色々とキツイのは確かだ。

 

皆が挨拶する中、立った俯いた様子で浅間に治療を施されているミトツダイラは叱られたようにも見える。

そして、

 

「あ、あの・・・もう大丈夫ですから」

 

そう言って荒く靴を履き、階段を下りていく。

去り際にこちらに頭を下げていくのはせめてもの気遣いだろう。

浅間もアデーレも、去る背中に何も言えなかった。

 

まぁしょうがないですよねと、苦笑する浅間。

ミトツダイラの姿が階段に隠れて見えなくなってから、アデーレが場を話題を変えるように口を開く。

 

「・・・第五特務は今はしょうがないですもんねぇ。まぁそれはともかく、聞きたかったことがあるのですが」

 

アデーレがメアリを見て

 

「メアリさんは康景さんと過去に知り合ってたんですよね?」

 

そう聞いた。

聞いてしまった。

 

・・・自分が怖くて聞けなかったことを・・・!

 

「はい、幼少の頃に、妹と共に康景様にはお世話になりました」

「・・・ぶっちゃけ今の康景さんってどう思ってますか?」

「(やっぱり聞いたで御座るゥ!?)」

 

昔に会っていて、かつ彼女の妹の方が康景に告白するなど、危険要素は色々あった。

なのでメアリも、と考えることはあったが、案の定ストレートに聞くアデーレ。

 

女性陣怖い

 

メアリは少し恥ずかしそうに

 

「どう思うかと聞かれますと・・・そうですね、『兄』のような方です」

「・・・ふぅ」

「点蔵君?そこで安心するとNTRフラグが・・・」

「こ、怖いこと言わないでほしいで御座るよ!」

 

まぁ『兄』レベルでよかったと思う。

妖精女王が康景love勢だったので「もしかするとヤバくないで御座ろうか」と心配していたが、ひとまず安心した。

 

なのに、

 

「これ第一特務ヤバイですね」

「泣かせたり浮気なんてしようものなら御家族(妖精女王)代理人の康景君に半殺しにされますね、間違いなく」

 

な、なんて不吉な事を言うんで御座るかこの外道共・・・。

 

そんなことは絶対にありえない。

のだが、もし何かの事故で泣かせるようなことがあればあの男が制裁しに来るのが容易に想像できてしまう。

 

べっ、別にヤス殿にビビってるわけではないで御座るからね!

 

「でも気を付けてくださいね第一特務、第四特務がまさかのアレだったので油断してると・・・はい」

「くっ・・・ナルゼ殿の二の舞にはさせないで御座る・・・!」

「?」

 

メアリがポカンとしているが、解らないのも無理はない。

 

何せナルゼと康景の関係は三年梅組でも複雑で繊細な問題で、当の御本人達もよくわかっていないらしい。

康景は悪友感覚でいるようだが、ナルゼの方は頭を撫でられてデレデレしたり、この間はさりげなく膝の上に座ったりしいた。

ナルゼは「ふっ、康景なんてマルゴットのオッパイの前には足元にも及ばないわ。康景にオッパイはないでしょ?つまりそういうことよ」など狂ったことを言っていたが、傍から見ると完全に懐いているようにしか見えない。

そのおかげで喜美やナイト以外にもほとんどの生徒が批難の目で康景を見て軽く修羅場になったりしてるのはお約束である。

 

また、最近ではナルゼの他にも二代がえらく康景に懐いている。

この間康景が指笛を吹いたときわずか二秒で康景の前に急に現れたときは物凄く驚いた。

あれは飼い主に喜んで飛びつく犬のようにしか見えない。

 

この様に、康景の被害者が確実に増えていってるのは確かだ。

それでいて康景は相変わらずの鈍感で、喜美一筋なので気づく様子もない。

一種の悪循環だ。

 

「・・・メアリ殿」

「・・・?なんでしょうか点蔵様?」

「自分は(ヤス殿の魔の手から)メアリ殿を守り通してみせるで御座る」

「あ、ありがとうございます・・・?」

 

嬉しそうに頬を緩ませるメアリだったが、なぜ急にそんなことを言われたのか分かってない様子。

メアリを三年梅組の外道にはさせない。

心にそう誓った点蔵であった。

 

だが一方、階段下の方では

 

「あれ?ネイト?大丈夫か?」

「げ!?康景!?」

「『げ』ってなんだ『げ』って・・・フラフラだけど何かあったのか?」

「・・・いえ、ちょっと疲れてるだけですので」

「そっか・・・じゃあ」

「ひぁ!?な、なんでここでお姫様抱っこですの!?」

「だって歩きづらいんだろ?だったら運んだ方が・・・お、おい大丈夫か!?もの凄い量で鼻血出てるぞ!?メディック!メディィィィィック!?」

 

どうやら康景がまたやらかしてるようだ。

 

「アンタも朝から大変ねぇ」

「あのぅ・・・奥さん?『大変ねぇ』とか言いつつこの状況で背中にしがみついて大変ごとを上乗せするのやめていただけませんか?」

「・・・」

「あだだだだだだだだ!首絞まる!?絞まるゥ!?」

 

早速嫉妬されている。

夫婦仲睦まじいようでなによりだ。

ああいう夫婦像を望んでいるわけではないが、自分とメアリも仲睦まじくありたいとそう思った。

 

**********

 

午前六時の鐘がなる。

 

ぐだぐだしつつ、なにも変わりない日常。

しかし確実に"何か"が変わりつつある日常。

 

曖昧に、ただ水面下で着実に変化が起きつつある状況を内在したまま、武蔵の一日の始まる。

 

********

 

日の光を受けた教室で、三年梅組は授業を受けていた。

今の授業範囲は六護式仏蘭西が近い事もあり、仏蘭西と毛利についてだ。

 

隣の、三要先生の白熱教室の授業内容を聞きながら、康景は今後の事を思っていた。

 

今、武蔵は六護式仏蘭西近いという事もあり、六護式仏蘭西に対しての授業を行っている。

六護式仏蘭西は聖譜記述によれば、現総長ルイ・エクシヴの時代に絶頂期を迎える事になるが、それの契機はヴェストファーレン条約による。

 

三十年戦争の勝者たる仏蘭西が、時代の覇者になる。

世界史と極東史を同時に行うということは、松平の天下と共存できない可能性を内包するということだ。

厄介なことこの上ない。

 

だが、六護式仏蘭西、仏蘭西側ルイ・エクシヴと毛利家の毛利輝元が学生婚を果たし協働体制に入った。

 

毛利の歴史再現では関ヶ原決戦で羽柴側に付き、敗北する側に立つ。

これは恐らく、羽柴の脅威を極東側の歴史再現で食い止めさせて仏蘭西側の覇道に干渉させない狙いでもあるのだろう。

 

しかし、未だに全容が掴めないのが何とも不気味である。

 

吉川広家という妹(仮)が六護式仏蘭西にいるという話も、百パーセント信じていいわけではない。

嘘をついた可能性もないわけではないし、本当の事を話している可能性もある。

何しろ裏付けの証拠がないのだから、それ否定も肯定も出来ないのだ。

 

大変遺憾な話ではあるが、あの女に目を抉られ皆々様方に多大なる迷惑を掛けたわけなのだが、まぁひとまずその件は置いておこう。

 

広家の事を知っているのは、この場では自分とメアリだけだ。

だが、二人ともあの女に関して知っていることは自分たちが幼少時のもので、今現在のものは解らない。

曖昧な情報を皆に話すべきか、それともそうしないべきか、判断に迷う。

 

あの馬鹿の言が確かなら、あのレベルで副長補佐・・・ならば副長はどんな人間なのか。

 

今現在、六護式仏蘭西の陣容の内、詳細が明らかになっていないのは副長のテュレンヌ公のみ。

性別すら解っておらず、解っているのは一年生で異族だという事と名前だけだ。だが康景は先日の広家の言を思い出した。

 

あの女は、自分の上役たる副長をババァと呼んだ。

 

単純にそれを事実として捉えるのなら、『異族』の『年上』で『女性』という事になる。

 

そこから考え得る一つの答えとして、

 

「(仏蘭西に置いて最も力のある『異族』を何らかの条件でエクシヴの配下に加え、一年生とした・・・?)」

 

単純な欠片から導き出した答えの一つであるので、これが正しいとは限らないのだが。

気が付けば、メアリが御高説で仏蘭西の状況を話していた。

 

「六護式仏蘭西が毛利家と縁を結んだ時、互いに自動人形を始めとした多くの人材を行き来しました」

 

総長 ルイ・エクシヴ 太陽王にして神の血を引くとされる

生徒会長 毛利輝元 エクシヴの妻で、ダルタニヤンを二重襲名

副長 テュレンヌ 詳細不明

副会長 リュイヌ 武神パレ・カルディナル、会計マザランを二重襲名

書記 毛利元清 六護式仏蘭西の自動人形Mouri0-1で輝元の補佐

特務 三銃士(アンリ、アルマン、イザック)の自動人形、輝元付きの戦闘系

 

「と、このような陣容になっています。怖いのは、未だに副長の詳細情報が解らないという事です」

 

メアリの視線がこちらを見る。

広家の事を話していい大丈夫かという確認だ。

一応、皆に英国で襲撃した奴の事は話したが、そいつがどこに属しているのかは話題にならなかった。

エリザベスもまた、広家を「不法侵入者」としか説明していなかったので、「仏蘭西」という情報は伝わってはいない。

 

不確定要素ではあるが、可能性の範囲として話しておこう。

 

康景は無言で頷いた。

 

「フフフ何よこの馬鹿旦那、アンタ嫁にも内緒で何忍者の嫁と共通の秘密持ってんの?不倫?不倫なのね?」

「そ、そのようなことあろうはずが御座いません」

 

不倫はないのは事実なのでやましいことはない。

 

「いや、別に深い意図はないよ。大体俺が皆や喜美に隠し事するわけないだろう」

「「どの面下げて言ってんだ!?」」

「・・・え?」

「「え?じゃねえよ!?」」

 

メアリは「仲が良いですね」と笑って続けた。

 

「はい、康景様を英国で襲撃した人物ですが、彼女は私とエリザベスの共通の友人でもあります。その彼女の襲名したのは、吉川広家という毛利家の家臣です。私は今回の一連の騒動で会っていないので解らないのですが、彼女と会った康景様とエリザベス曰く、『自分は六護式仏蘭西副長補佐』という話らしいのです」

「・・・」

 

ミトツダイラが神妙な面持ちで黙った。

そのメアリの発言に対して反応したのは正純だった。

 

「副長の存在は公表したのに副長補佐の存在は公表しなかった・・・そこに何か理由がある、そう踏んでいるのか?」

 

正純の言葉に、康景は

 

「・・・本人からの言葉だけだとどうしても疑わしくてな。もし真実なら、奴を非公表にしておきたい、もしくはしなければならない理由があるのだと俺は思っているが」

 

そう話した。

それに対しネシンバラが答える。

 

「もしかしたら副長以上に公にしづらい理由があったのかもしれないよ?話では副長であるテュレンヌは試験等をギリギリで切り抜けた人物らしいからね」

「・・・そういう人よりヤバいから非公表ってこと?やっすんとメーやんからするとどうなのその人?」

「私とエリザベスにとっては"アヴァリス"様・・・広家様は面倒見の良い方だったと思いますが・・・」

「・・・色んな意味でぶっ飛んでるのは確かだ。確かに面倒見は良かったのかもしれんが、凶暴な一面もある。警戒しておくに越したことはないだろう」

「ま、康景が目をやられるくらいだものね」

「ああ、あの時はこちらの不注意でやられたが・・・次はない」

 

静かに、ただ淡々と康景は言った。

敵として立ちはだかるなら、それ相応の対処をする。

 

最悪の場合は・・・。

 

康景はあまり使いたくない手段を念頭において、馬鹿妹との戦闘の可能性を視野に入れた。

 

「まあそんな感じで御高説ありがとうメアリ、いい感じだったわ。こんな感じでこのクラスは授業を進めていく形になるけど、失敗した時の処刑内容は・・・」

「jud・・・そう言えば、多数決でそう決まったので従いますが、どうして私が点蔵様にキスすることが罰になるのでしょうか?私からするとむしろ嬉しい事なのですが・・・」

 

メアリはこういう台詞を素直に言えるから凄いなぁ(←自分の事を棚に上げているが気付いていない康景)

 

全員が机に突っ伏して、先生がチョークで異音を奏でた。

耳から身体の芯を震わせるような音が、教室中の皆が仰け反る。

中でも一番面白い反応をしていたのが、

 

「おお、ネンジが揺れてる・・・!」

 

ネンジの表面が音と共に波打つのだ。

これはこれで面白いと、そんな呑気な事を思っていたが不意に先生が、

 

「あ、そろそろ授業終わりか」

 

終業の鐘が鳴り、チョークを置く。

 

「じゃ、今日の授業はこれで終了ね。HRはこれからの予定である修学旅行に関してね?あぁあと、誰かミリアムの所にノートとかお願いね?」

「ミリアムの所には俺が行きます。ちょっと話したいことあるし」

「「え?」」

「なんだ、『え?』って・・・個人的な話があるから、ついでで行くだけだ」

 

喜美が爪を削りながら、

 

「ククク、この女誑しめ・・・次は病弱人妻狙い?」

「狙ってないって・・・」

 

人を色魔みたいに言うな。

ここのところ風評被害がひどい。特に女性陣からの扱いがひどい気がする。

 

というかミリアムはもう人妻扱いなんだな・・・。

 

確かに最近の東とミリアムの動向からするに、もはや夫婦と言っても差し支えないが。

これを本人に言うと車椅子アタックされるので、本人の前では絶対に言わないけれども。

 

「アンタ今日の約束忘れてないでしょうね?」

「ん?ああ、忘れてないよ喜美。三人で会いに行こうってそう決めたんだから、一緒に行くさ」

 

そう、放課後は喜美とホライゾンと一緒に、トーリと喜美の祖母に会いに行くのだ。

いわば親族へのご挨拶である。

 




ペタ子、義経、正純、ネイト・・・そしてネイトママン、うっ、胸囲格差がっ

解ってた方も多いと思いますが、康景の改心(鈍感改め)には時間がかかります。
むしろ悪化してるような気もしないでもないですが・・・

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