境界線上の死神   作:オウル

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き、気が付けばもう一ヵ月以上・・・


Extra Episode 1 誾が見た死神

中からでは見えないもの

 

外からでは見えないもの

 

部外者だったからこそ

 

見えるものがある

 

配点(それぞれの事情・誾)

――――――――――

 

アルマダ海戦を経て、立花誾の環境は一変した

 

無様にも同じ相手に二度も負け、武蔵に一人取り残され

宗茂とともに三征西班牙から武蔵に移ることになった

 

こうなったのは大体天野康景のせいで済まされるが、自分が弱かったせいでもある

 

アルマダでの自分の無様な経緯をまとめると

 

この戦争で三征西班牙は武蔵に対して攻め切ることができなかった

三征西班牙・武蔵の双方が甚大な被害を負ったが、自分としては目標である宗茂の復権を叶えられなかった

本多二代にも、天野康景にも勝つことができなかった

それどころか何故か知らないがあの男に生かされ、結果おめおめと生き延びてしまった

 

結果として宗茂と再会できたから良かったものの気分としては"負け"一色だ

 

そこで誾は三河以来迷惑にも因縁の深い天野康景という人間について考えた

 

三征西班牙の怨敵

宗茂の襲名解除の要因

二度も戦って自分では傷一つ付けられなかった化物

 

なんの奇縁か、そんな男と同じ場所で生活することになったのだが、いかんせんまだ見るたびに張っ倒したくなる

そういう印象とイメージしか持ていないが、そのことを宗茂に相談したところ、『武蔵という空間で共同生活をする以上、彼とは好意的に接するべきだ』という流石の解答を貰い、(ひとまず)出会い頭に睨みつけるのはやめておく

とは言っても宗茂も自分も最終的な目標は天野康景をぶっ殺・・・彼を超えることで西国無双を取り戻すことだ

 

だから必要以上にあの男と馴れ合いはしない

だが武蔵で生活していく上で"必要最低限度"の付き合いは必要だと

そういうこと

 

つまり

 

流石宗茂様・・・!あの男の弱点を探るというわけですね!(←※ただの考えすぎ)

 

天野康景の弱点を探る

あくまで康景打倒を第一に目指す誾と、康景は倒すが武蔵でやっていく以上まず人付き合いが大事だと考える宗茂とで過程に違いがあるが、到達点が一緒なら問題はないだろう

 

ともかくそういうことなら奴に詳しい人の方がいいだろう

 

そういう思考に至った誾は、早速行動を開始した

 

************

 

聞き込み調査その一

 

武蔵の巫女

 

「康景君ですか?」

「はい、武蔵に来て日は浅いですが、見たところ貴女が奴に詳しそうなので」

「いや、私なんかより喜美やトーリ君の方が詳しいかと・・・」

「いえ、あの二人は・・・」

 

そう言って背後、クネクネと踊っている姉弟を見た

 

・・・総長には色々なタイプの方がいますね

 

すると巫女は気の毒そうに

 

「今ちょっとあの二人の保護者がいないので無軌道ですね・・・確かに今の二人に聞いてもロクな返答が返ってくる可能性は低いですね」

「ですので貴女に聞いてみました」

「はぁ、康景君がどんな人物かと聞かれると、なんて言ったらいいか・・・うーん・・・"お節介で不器用"な馬鹿ですね」

「不器用で馬鹿なんですか?」

「はい」

 

断言した浅間神社の射殺巫女

三河、英国で見た時のあの男は冷淡で手段を選ばず、器用になんでもこなすようにも見えたが、どうも中と外では見え方が違うのだろう

 

「まぁもちろん、基本高スペックなので何してもそつなくこなします・・・でも、ストレスの発散の仕方とか、自分一人でなんでも抱え込もうとして苦しんだりするので、その辺は馬鹿です」

「・・・それが不器用だと?」

「そのせいで一時期大変な目にあったりしてましたけど、喜美とのこともあるので改善していけばいいなとは思います」

「・・・」

 

やはり一方の見方では見えてこないものもあったようだ

あの無茶な生き様の裏には苦悩もあると、そういうことだろう

しかし、これであの男に同情したりするわけではない

打倒天野康景を目指し宗茂が復権するためにはもっと情報がいる

 

「(喜美とは・・・確か武蔵総長の姉ですね)」

 

確か先日天野康景が教室で婚約を発表した相手だ

 

・・・あの男でも人を愛せるんですね

 

そこが一番の衝撃というか、意外な一面だった

偏見かもしれないが、敵としての立場から見る彼は本当に冷酷に見えた

宗茂やベラスケス、隆包辺りは違う印象を抱いていたようだが、自分には少なくともそう見えたからだ

 

初手から良い収穫だったが、あの男の弱点といえるようなものはなかった

幸い奴の顔は広い

ゆっくり焦らず地道に探していこう

 

**********

 

聞き込み調査その二

 

武蔵の従士(通りすがりに出会ったので)

 

「え?康景さんですか?・・・武蔵における"抑止力"みたいな感じですかね」

「抑止力?」

「はい、武蔵で喧嘩とか問題が起こると大体康景さんが仲介して場を収めたりしますし、何か乞われたりすると道理さえ通っていれば基本は断りませんから」

「・・・それは、あの男の善意でですか?」

「善意というか、昔ちょっと色々あって率先してそういうのやるようになったんですけど、最近ではその辺反省したのか前よりお節介ではなくなりましたね」

 

「"前よりは"ってだけでお節介に変わりはないですが」と苦笑い気味に答える貧従士

そのリアクションの意味を図りかねたが、アデーレの隣にいた鈴が

 

「ぎ、いく、んは、やさ、しい・・・よ?たまに、怖いけ、ど」

「そうですねー・・・怒らせると怖いですからねー」

「でも、ど、うして?」

 

鈴が聞く

それに対して誾は素直に

 

「あの男を超えるという目標を持つにあたって、まずあの男の人となりを知るところから始めようかと」

「あぁそういう・・・」

 

アデーレは何か納得したような表情で頷いた

 

「武蔵で生活する以上嫌でも康景さんとは顔合わせますから、知る機会はいくらでもあると思いますが」

「情報は多いに越したことはありませんから、いろんな方から情報を聞き出したいのです」

「真面目ですね・・・」

 

あの男を倒してそのうえで西国無双・立花宗茂を改めて襲名するという目的を有したのだから、より優位に立ちたいのは当たり前だ

 

とりあえず情報を整理すると

 

お節介

抑止力

仲介者

乞われれば断らない

それでいて自分が得た不満や悩みは誰にも相談せずに一人で抱え込む不器用な男

 

そんな感じだろう

 

こういった性格が元で三河ではああいう選択をしたのだろうか

いずれにせよまだまだ情報を得る余地はありそうだ

 

「他にあの男に詳しいような方はいますか?・・・できれば戦闘においての弱点とかに詳しい方とか」

「戦闘の技術でですか?うーん・・・やっぱりそういうのは先生に聞いた方がいいんじゃないですかね?」

「先生というと・・・担任ですか」

 

授業以外でもたまに見かけるが、酒を飲んでいるイメージが強い(それしかない)

噂によれば天野康景が個人的に師と仰いでいるそうだが

 

「わかりました。この時間帯で先生がいそうな場所は分かりますか?」

「教導院で酒でも飲んでるんじゃないでしょうか」

 

教導院で昼間から酒・・・本当に教員なのでしょうか

 

いや教員だから自分たちの担任なのだろうが、それでも『昼間から教導院で酒』と聞くと耳を疑ってしまうのだけども

 

***********

 

聞き込み調査その三

 

担任

 

三年梅組に転入してきて自分たちの担任になったオリオトライ・真喜子

宗茂は襲名を解除し武蔵に完全に転入した身だが、自分は解除申請中で明確には武蔵の生徒ではない

そんな自分に、自らの弟子の情報を教えるかは疑問だが、聞いてみるだけ聞いてみよう

 

そんな先生を見つけるのは容易かった

最初に見かけた生徒に、先生を見かけたかという質問で一発で分かった

 

焼肉屋だ

 

もう一人教員(確か三要といったか)と食い放題でカルビを食べていた

 

「康景のこと?そんなこと聞いてどうするの?」

「あの男を超えたいという目標を持ったので、どんな人物かを調べておくのもいいかと思いまして・・・」

「誾は真面目ねぇ~・・・弱点を探って優位に立とうとする姿勢は嫌いじゃないわ」

 

読まれてる

流石は担任といべきか、それともあの男の師というべきか

 

「まぁ馬鹿弟子の弱点なんて、意外といっぱいあってね?まずは・・・」

「ま、真喜子先輩!?康景君の弱点とか教えちゃって大丈夫なんですか!?」

「・・・?別に大丈夫でしょ、あいつはこれくらいで負けたりはしないからね。それに誾だって私の生徒だから、その辺は平等にね」

 

自分を武蔵の一員として扱ってもらえるのは嬉しいし、今の発言からは弟子への信頼も厚さが窺える

実際弱点を聞いてもあの男ならそういった事態も対処してきそうだ

 

「康景の弱点はね?・・・尻よ?」

「「・・・」」

「聞こえなかった?尻よ?」

「「・・・」」

「あら?反応がない?」

 

え?・・・尻?・・・え?

 

誾はどう反応したらいいか迷った

思っていた答えの斜め上をいかれるとは思わなかった

 

「えっと真喜子先輩?なんでそこでお尻の話になるんですか?」

「だって康景の弱点でしょ?なら尻よ、尻。アイツ老若男女関係なしに敵には凄烈だけど、アレが認めた"尻"の持ち主には若干気が緩むのよね」

 

なんてアドバイスにならないアドバイスだろう

それはつまり『人による』ということだ

相手次第でそれが左右されるのはあまりアドバイスにはなっていない気がするが

 

少し落胆する様子の誾

しかしオリオトライはビール片手に

 

「物凄いくだらない情報聞いたと思ってる顔してるけど、結構重要よこれ?」

「・・・"気分や相手で左右される"ということでしょうか?」

「『気分屋』っていうことじゃないんだけどね。康景自身が抱えるものがちょっと複雑すぎてたまに不安定になるのよねー・・・強いて言うならそこかしら・・・身に覚えがあったりしない?」

「・・・」

 

思い当たる節はある

アルマダ海戦で奴に負けた時、あれは自分の首元で刃を止めた

なんの気まぐれで自分を生かしたのか気になってはいたが、実際に"抱えているもの"、つまり苦悩や葛藤が奴の中に存在し、それによって加減に差が出ていたのだろう

そして奴が実際にこちらにとどめを刺そうとしたときにその葛藤が起き、殺せなかった

ということだろう

 

これは巫女や従士の発言とも合致する

 

誰かを護るために熾烈に戦う

だがその反動も大きく、心には傷を負う

私生活でも公の場でも誰かの抑止力になり、調停する

そうやってため込んだものを発散もしない

 

周りから尊敬もされるし憎まれもする

そんなあり方を続けていれば、屈強な精神もいずれは壊れる

 

浅間の巫女が懸念していたことは多分これだろう

 

「右目を負傷したのも昔の知り合いがどうこう言ってたから、やっぱり康景の弱点は"気分が不安定"ってところだけかしら」

「・・・技術面ではどうでしょう」

「まぁ精神面はともかく、技術面では正直弱点と言えるものはないわね」

「師から見ての判断ですか?」

「そうねー・・・技術面ではあまり教えることないし」

「・・・今回私にあの男のことを教えてくれたのは、"天野康景が立花宗茂に負けることはない"と、そう思ったからですか?」

 

聞いてみた

すると彼女は笑って

 

「何言ってんの~!確かに私はあの馬鹿の師だからちょっと贔屓目に見るけど、それ以前にアンタたちも私の生徒だからね。乞われればそりゃ可能な範囲で教えるわよ」

 

そう答えた

 

誾は少し面食らった

昼間っから酒を飲んでいたので人としてどうかと少し疑ったが、この人はちゃんとした教師だ

外から来たばかりの生徒であっても、教えを乞われれば答える

誾は考えを改め、教えてもらったことに感謝し、深々と頭を下げてその場を後にした

 

*********

 

誾はしばらく町を歩いた

様々な人に天野康景という存在について聞いて回った

 

流石というべきか噂に聞いていたと通りというべきか、どんな人に聞いても奴の何かしらの情報が聞けた

 

取るに足らないくだらない情報から奴に至れるかもしれない重要な話まで、様々な話を聞けた

 

奴の功績を妬む声

奴の在り方を憎む声

奴に対して恩義を感じる者

奴に対して愛情を示す者

 

色々な話を聞いた中でもとりわけ第五特務の天野康景の話は長かった

 

まさか一時間以上も話を聞くことになるとは・・・!

 

康景がどれほど鈍感かとか、康景にどれほど救われたかなど、尋ねてもないことを話してくれる彼女に「どんだけ好きなんですか・・・」と思わず聞き返したら「べ、べべべべっべ別に康景のことなんて好きじゃありませんわよ!」とムキになって反論してきたので、彼女は多分チョロインなのだ

その後で天野康景の婚約の話になってから目が死んだ魚のようになっていたので多分チョロインの受ける傷は人より大きいのだろう

 

他にも第四、第六特務や副会長などにも話を聞いたがその反応はやはり様々で

第四特務から順に

 

ナルゼ「康景はタチだと思わせて実はネコだと思うの・・・アンタどう思う?」(狂った目)→誾「知りません」

直政「康景が結婚かぁ・・・フフフ、ウフフフフフ」(虚ろな目)→誾「(なんか怖いので逃げます)」

正純「コンヤクカーオメデタイナー・・・コンヤクイワイハナニガイイカナァ?」(絶望した目)→誾「(アレハヤバイアレハヤバイアレハヤバイ・・・!)」

 

マシなものが最初だけだった(マシ?)が、結果としては総長連合や生徒会にも顔が利くということはなんとなく分かった

他にもいろいろな話を聞いたが、あとは鈍感とか朴念仁とかそんな話ばかりだった

他にも情報を聞き出せれば等とも思ったが、気が付けばもう日は傾いていた

 

「随分時間が経ったみたいですね・・・」

 

これだけ聞きまわっても、弱点たる弱点が見当たらなかった

一番有力だった情報は担任の精神が不安定だという点だろう

 

だが精神が不安定というのも、常に不安定というわけではあるまい

そうなるとこれはギャンブル要素が強すぎる

弱点を明確に弱点とするには、まだまだ自分たちの実力を底上げしなければならない

 

結局は地道に、積み上げていくしかないようですね・・・

 

目標は遠い

されど辿り着けない場所ではない

 

現に奴に深手を負わせた者がいるのだから、不可能に近くとも、やり遂げて見せる

 

誾は改めてそう思った

そんなことを考え、誾は武蔵を歩く

だがその時だ

 

剣戟の音・・・?

 

どこからか聞こえてくる派手な戦闘音

しかし剣戟の音は派手なのに、それ以外の音がしない

 

手練れ同士の相対だろうか

誾は気になり音の聞こえる方に向かった

 

********

 

日が暮れ始めた武蔵の上を、颯爽と駆けていく姿が二つあった

 

一人は季節感のない白いコートを着た(伊達)眼鏡の馬鹿

一人はポニテで(胸が)大きい方の本多

 

二人は観衆の中を戦いながら高速で突っ切っていた

その様子はさながら本気の殺し合いにも見える

二代が攻めて、康景がそれをすべて叩き落す

 

「うわぁ・・・あの二人マジ半端ないわー」

「ってか康景さん朝もオリオトライ先生とやってなかったっけ?」

「嫁が出来て気合入ってるんじゃね?」

「天野さん・・・僕という存在がありながら・・・!」

 

この光景は度々武蔵で見ることができるが、観衆は"それ"に対して見慣れてしまっている

康景が行う"それ"が如何に高度な技術でも、もはや一般観衆には"当たり前"のことになってしまっていることに誰も気づいていない

 

二代が"翔翼"にて加速を上げていき、姿が見えなくなり、次第に残像だけが康景の周りを囲む

"速さ"で康景を凌駕し、足を止めさせた

だが

 

「・・・」

「・・・!?」

 

康景はその場から動かずに、腕の動きだけで二代の攻撃を全て弾き凌ぐ

二代が突きや払いで攻めるポイントに対してピンポイントで刃を当てる

 

刃が刃を弾き、火花が散る

見るものが見れば両者が行うその動きの凄さが解る

だが

 

「!?」

 

不意に康景が蜻蛉切の柄を掴み、思い切り引いたのだ

引き寄せられる形になった二代はバランスを崩し、柄の伸縮機能で距離を取ろうとするが

 

「かはっ・・・!」

 

二代の腹部を掌底で貫くように殴りつける康景

だがそのまま殴り飛ばさず、地面に叩きつける

 

康景は仰向けに倒れこむ二代の喉元に刃を突きつけ

 

「もう日が暮れる、今日は終いだ」

「くっ・・・!」

 

悔しそうに顔を歪める二代に、康景は手を差し伸べ

 

「明日もやるか?」

 

そう言った

 

「jud!」

 

二代もそれに対し素直に即座に反応した

見た感じ二代が康景に大変懐いているように見える

さながら飼い主に懐く犬の様に(犬はミトツダイラの専売特許だが、この場合例えるなら犬)

 

康景と二代の"訓練"が終わり、それを見ていた群衆も散り始める

しかし、散り始めてもその場に残り続ける者がいた

二代も帰り、その場に残っていた康景はその人物を見つけ

 

「何か用か?・・・立花誾」

 

誾に声をかけた

 

**********

 

誾は一連の様子を見て、鳥肌が立った

本多二代の動きもそうだが、その高速の動きで背後からの攻めるのを天野康景が見ずに捌いたことだ

 

三征西班牙が武蔵を襲撃した時、自分と隆包が挟み込むようにして攻撃した時も、あの男は似たようなことをした

こちらを見るよりも隆包の防御の動きを見ることに集中していた

 

今の動きをどうやって・・・?

 

誾はそれを不思議に感じていた

思えば最初に戦った時もこちらの攻撃を読んでいたが、それの一種だろうか

熱中して天野康景を分析する誾

熱中しすぎて、それが終わったのにも関わらず分析を続けていた

 

「何か用か?・・・立花誾」

 

天野康景が声を掛けたのにも気づかない程に

 

「・・・?おーい、立花の奥さーん?」

「・・・」

「ノックしてもしもぉーし」

「・・・」

「無視すんな」

「あう!?」

 

しびれを切らした康景がデコピンを食らわせて、誾が額を押さえて蹲る

 

「な、何するんですか!?」

「お前が話しかけても無視するからだ」

「だからってデコピンは・・・」

「じゃあ無視するな」

 

なんて威力のデコピンだ

 

凄い痛い

 

痣とかになってないだろうか、後で宗茂様に見てもらおう

 

理不尽で凶暴なデコピンに憤慨しつつ、康景を見た

 

「・・・で?なんの用ですか天野康景?」

「・・・お前が佇んでブツブツ呟いてたから声を掛けただけだ」

「そうですか・・・特にはないです。貴方と本多二代が訓練していたのを見かけたので気になって見に来ただけです」

「あっそ、別に俺の訓練なんてそんな熱心に見ても面白いことも得るものもないと思うがね」

 

この男は本気でそう言ってるんだろうか

あの動きは、ただの"勘"で出来るようなものではない

相当な技術力あっての動きだ

当たり前のようにそう話す康景に、誾は少し違和感を覚えた

 

「貴方は・・・毎日このような訓練を?」

「ん?これくらいは普通だろう?実戦形式の訓練は貴重だからな、やれるに越したことはない」

「・・・」

 

誾はここにきて思い至った

戦闘に従事しない観衆もそうだったが、この男もどこかおかしい

 

・・・異常なまでにレベルの高い訓練を続けてきたせいで感覚が麻痺してますね

 

アレを日常的に出来るというのは凄いことだと思うし、多分この男の戦闘スタイルの一部なのだろう

 

相手の行動を予測する

 

ただの"予測"だけなら誾にも宗茂にも出来る

だがこの男のは一種のもはや"予知"だ

 

戦闘における"予測"と"予知"では意味合いが違う

 

それをこの男は当たり前に出来ることだと、そう言ったのだ

 

外から見た天野康景と、中から見た天野康景

今まで聞いてきた天野康景の情報が、自分が感じた印象とに差があって違和があったがこれだけは言える

中と外でも共通して言えること

それは

 

・・・この男は"異常"です

 

外から見たときはその力量に圧倒されたが、中から見たこの男は余計に気味悪く思えた

何故なら

 

「(・・・一体何時自分のために時間を使っているのですか)」

 

朝から訓練に時間を使い、普通の学生と同じように授業を受けその後も訓練や人助けに時間を費やし、政治等にも詳しいということは座学にも時間を費やす

それが結局は自分のためになるのだと考えればそれで終わりだが、結果生まれたのがこの"死神"だ

 

誾は気味悪がっていたが、次第に怒りを感じ始めた

言い様のないモヤモヤを誾は無理に抑え込んだ

 

きっとこの男がこうなった原因が、根本の分岐点になった出来事があったはずだ

 

でも誾はそれを聞こうとは思わなかった

この男が何をどう選ぼうと、それを続けてきたのだ

周囲に心配されるのも当然である

 

多分だが、この男がそれを完全に治すことは難しいだろう

 

長年続けて染みついた行いは、そうそう拭えないのだから

 

誾は今日、天野康景の情報を探り、弱点を探ってきた

だが肝心の弱点らしい弱点は見当たらず、代わりに知りえたのはこの男が異常であるということだけ

 

敵には容赦せずとことんまでに利用して、切り伏せ、怖れられる

味方はどんな手を使ってでも救う

 

その結果人から

 

"死神"と恐れられても

"化け物"扱いされようとも

 

この男は多分止まらない

 

誾はだからこそ思った

 

 

この男とは相容れないと

 

 

「天野康景、一ついいですか?」

「なんだ?」

「貴方は、そういった"生き方"を続けるのですか?」

「・・・」

 

それで伝わったのか、康景は悩んだ

そして

 

「お前が今日一日で何を聞いてきたのかは知らんが、俺は俺が生きたいように生きるだけ・・・その過程で俺を含めた大事な人を失わせたくない、それだけだ」

「それで貴方を思う人が悲しんでもですか?」

「・・・それに関しては散々文句を言われたからな、極力直すよう努力はするさ」

 

軽い言い方に、思わずムッとした

こんな男が、それを直せるかどうかは正直怪しい

それを反故にしてしまえばまた誰かが悲しむというのに

 

思わず誾は

 

「貴方には・・・人の心が解らないのですか?」

 

そう言ってしまった

 

「・・・」

 

康景は一瞬目を見開いて、だがその後すぐに苦笑いでして

 

「そうだな、俺には人の心は解らないよ。敵の考えは読めるし、攻撃なら見切れる・・・でも、心だけは解らない。いつだってそうだった、俺に人の心が完全に理解できていたのなら、違う未来があったんじゃないかって後悔した時はあったよ」

「なら・・・」

「だから言っただろう?皆に文句言われたし、"極力"・・・"全力"を持って改めていくんだ」

 

自分たちがこの男を超えるとそう誓ったように、この男もまた、自分の欠点を改めようとしている

この男は別に軽く言ったわけではない

例の不安定な部分を卑下して言った結果だろう

 

何とも面倒くさい男だ

というか回りくどい

 

改めて自分が超えようとしている存在が、酷く厄介で面倒くさい存在であることを再認識した

 

「・・・天野康景、一つ覚えておいてください」

「・・・?」

「貴方の"気まぐれ"のおかげでまた宗茂様に会えたことも事実です。そこだけは感謝しています」

 

この男の"気まぐれ"の原因は、なんとなく今日の調査で把握した

それによって生かされようともまた宗茂に会えたのだから、それだけは感謝すべきだ

 

「しかしやっぱり私は貴方が今でも憎いです。張り倒したくなるくらいには憎いです」

「・・・そうかい」

「ですが武蔵で宗茂様とやっていくと決めた以上、ここのルールには従います」

「・・・真面目だな」

 

いや、普通では?

 

武蔵住民がはっちゃけ過ぎてるだけのような気がしないでもないが、それは黙っておこう

誾は話を進めた

 

「・・・私と宗茂様は必ず、貴方を超えます。その目標を叶えるまでは貴方との"共生"も受け入れましょう」

「そうか・・・ならば俺も、お前らに負けないようにもっと精進しないとな」

 

これ以上強くなられても困るが、目標は高い方が燃えるだろう

別に宣戦布告をしたかったわけではない

だが武家の娘としての血が騒ぐのか、それとも先ほどの戦闘に当てられたのか

 

いずれにせよ、こうして言った方が気持ちも確かにして歩める

 

弱点を探しに来たはずなのに、宣戦布告をしている自分を少しだけおかしく思いながら誾は場を後にした

 

**********

 

康景は、去った誾を見送りながら先程の会話を思っていた

 

・・・人の心が解らない、か

 

確かに言われてみればそうだ

それでどれほどの人を傷つけてきたか

 

自分が無茶をする度に自分を心配してくれる人を傷つけて

誰かに相談しないでため込めば逆に心配させて

 

そして喜美を泣かせた

 

それは自分の落ち度だ

 

人の心が本当に理解できたのなら、誰も悲しませることなんてなかったはずだ

喜美は多少の無茶なら許容すると言ってくれたが、それに甘えてはいけない

 

誰も傷つかない方法を、自分は知らない

だからせめて、自分が護りたかった人たちを悲しませないように努力する

 

「(・・・俺も努力しないと)」

 

与えてもらうだけでは駄目だということを改めて再認識する

これから変わって行けるかは自分次第だ

 

もう誰も救われない選択だけはしたくない

 

あんな結末は誰も望まないのだから

 

康景は自分がしてきたことを思い

自分から失われた過去の出来事を思い

自分がかつて愛し尊敬した人を思い

自分の人生の伴侶となった女性を思う

 

間違ってはいけないのだ

 

覚えていない過去に追われ

自分がしてきた罪の重さに追われ

 

康景は何かの呪いのように己の中でそれを繰り返した

 

その時だ

 

「隙ありっ!」

「・・・」

 

不意に背後から奇襲が来た

それに対して康景は避けもせず流れに身を任せ、抱きつかれる

 

「あら、避けないの?つまらないわね」

「嫁からのスキンシップを避ける必要なくないか?むしろもっと来てもらって構わんぞ?」

「・・・アンタたまにぶっ飛んだこと言うから怖いわ」

 

背後からの襲撃者は喜美だった

そろりそろりと忍び足で近づいてきていたのは解ってたので敢えて放っておいた

どこぞの誰かさん程じゃないにしろ、葵家姉弟は基本構ってもらえないと芸をし始めるので解りやすい

 

「あの子、今日一日アンタの弱点探して方々を聞きまわってたみたいよ」

「武蔵各所で俺の噂なんて集めるより、三年梅組と先生に聞くだけで大体揃う気もするがな」

「それほどアンタを倒すのに本気ってことでしょ?」

「旦那の方も補修作業やりつつ"リハビリ"してるのをさっき見たし、やる気満々だな・・・結果として武蔵の戦力が増強するからそれはそれでいいが」

「モテる男は辛いわねぇ・・・」

「・・・それでモテてもあまり嬉しくはないな」

 

あの二人に自分がやったことを考えれば、彼らから向けられる感情は自業自得だ

それに対して向き合うのは自分の義務だ

 

さっきの誾との会話を信じるなら、少なくとも武蔵での生活を続ける以上は共生してくれるらしいから多少は安心だろう

 

「お前はアイツに対してなんか情報やったりしたのか?」

「ん?ああ、私は聞かれなかったのよね・・・何故かしら」

 

どうせ全裸トーリとクネクネ踊ってたから声を掛けづらかったとかいうオチだろう

そこは気にしないことにした

だが

 

「まぁアンタの情報なんて鈍感で馬鹿でスキルが無駄にハイスペックってだけだからねぇ」

「無駄なハイスペックってなんだ」

 

確かに大抵のことは一通りできるが、別にハイスペックではないような気もする

だがそんなことより気になったのは

 

"鈍感"か・・・

 

今まで散々鈍感鈍感と言われ続けた自分であるが、さっきの会話の後だと思うところがあるのは確かだ

 

「・・・なぁ喜美、俺って"鈍感"か?」

「何を今更言ってるのかしらこのニブチンは!女心に疎い馬鹿はこれだから!」

 

要するに"凄い鈍感"ってことか

それはそれでへこむな

 

「なんで急に?」

「さっき誾との会話で『人の心が解らない』って言われてなぁ、よくよく考えたらお前の気持ちとか推し量れなかったから一回ああなっちゃった訳だし」

「・・・」

「あ、はいごめんなさい。その節は私が悪かったです、だからその半目で睨むのやめてもらえませんか?」

 

喜美を宥めつつ話を戻す

 

「なんというか、的確に俺って生き物を表してる一言だよな」

「アンタ基本ネガティブよね、後ろ向きにもほどがあるんじゃない?」

「そうだなぁ・・・過去ばかり見てそれを受け入れられずに逃避して、前を向こうとすれば目の前のことを受け止めきれない。だからこそこんな俺が出来た訳で、外側から見る俺は歪に見えるんだろう」

 

だからこそ出た一言なんだろうな

 

「そんな風に言われたからってわけじゃないが、やっぱりその辺も変えていかないとならないって改めて感じたよ」

「アンタが鈍感直した姿って想像できないわね・・・御広敷に幼妻が出来るぐらい不可能に近いんじゃないかしら」

 

どれだけ不可能なんだよ

 

「・・・まぁいくら不可能でも、やれるだけやるさ。お前らが一緒に居てくれるんだ、俺もちゃんとしないと皆に笑われる」

「・・・そう」

「どこまでいけるかは分からないけど、改めてよろしく頼む」

 

康景は手を差し出した

指輪をはめた左手で、喜美の手を求め

 

「フフフ、ダメ男に惚れた女の弱みってやつね・・・賢妻だもの、駄夫を支えて更生させるなんて楽勝じゃない!」

「頼りになる嫁だなぁ」

 

喜美がそれに応え、手を取った

そして嫁が前を行き、旦那が引っ張られる形になる

まさしく"尻に敷かれる旦那"の構図だが、本人たちは楽しそうなので大丈夫だろう

 

それを見ていた観衆は全員が『リア充爆発しろっ!』と思ったのは言うまでもない

 

『外側』から見た自分というのを改めて理解した康景は、変わっていけることを願い、変わっていくことを望んだ

 

だが

 

この「人の心が解らない」という言葉が

鈍感を改めると決めた康景の意思が

 

自身を蝕み、苦しめていくことになるとはこの時康景は気づいていなかった

 

 




まず特別編についてアドバイスをしてくださった方々に感謝(感涙)

アドバイスの中で個人的に本編で使いたいと思ったネタがありましたのでそちらは本編採用にします(謝罪)

今回は誾さんに焦点を当てました
特別編はこれ以外にも随時(不定期で)足していく予定ですので、ご要望・アドバイスがあればお願いします

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