境界線上の死神   作:オウル

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八月がものすごく長く感じられました
色々とありましたが、個人的に一番面倒だったのが盆でしたね・・・




十九話

喧騒はやがて静まり

 

静寂が訪れる

 

しかし世界はそれを繰り返す

 

配点(終幕)

―――――――――

 

トーリに支えられたホライゾンは、"悲嘆の怠惰"の超過駆動を放った

 

ホライゾンの放った"悲嘆の怠惰"の一撃に対し、三征西班牙が取った行動は

 

「敵の"搔き毟り"を捕えなさいッ!!」

 

三征西班牙の持つ"嫌気の怠惰"による束縛だった

互いの超過駆動が激突する

だが、初めは拮抗したように見えた両者の激突も、やはりホライゾンとフアナでは超過駆動の出力に違いがあるため、しだいに均衡が崩れ始める

 

「くっ・・・!」

 

"悲嘆の怠惰"による搔き毟りが、"嫌気の怠惰"による超過駆動を押す

黒の搔き毟りが朱の艦に近づいていく中、その間に割って入る者がいた

 

「ちょっとは俺たちにもかっこいい場面作らせろ!」

 

隆包と房栄、ベラスケスだ

房栄が中破以上の状態にある道征き白虎を引きずるようにして構え、隆包とベラスケスが聖府顕装を発動させる

そして道征き白虎が超振動破砕砲を展開し、前に出た

両の力が、拮抗する

 

「よっし!」

 

隆包が拳を握る視線の先、皆の視線がホライゾンに向けられた

だがホライゾンは不意に背後の空間から

 

「先程ウルキアガ様経由でネシンバラ様から頂いた・・・」

 

右の腕で"悲嘆の怠惰"を固定したまま、左の手に携えたそれは

 

「"拒絶の強欲"です」

 

********

 

"拒絶の強欲"

 

通常駆動として防盾機能、超過駆動として自身が受けたあらゆる"攻撃"を流体に転化させ蓄積、それを使用者の内燃排気にする

武蔵の中二病作家が英国の作家とイチャイチャして手に入れたものである

 

"悲嘆の怠惰"を構えた際に出てきた表示枠をそのままホライゾンに、トーリが

 

「じゃあ兎のように超かわいい俺バッテリーいらなくね?」

 

ホライゾンは半目になって

 

「予備の方のバッテリーを先に使う馬鹿は何処ですかねぇ・・・いいですかトーリ様、先にトーリ様を搾りに搾り尽してから予備です。その辺、お間違いないようお願いします」

「あっれぇ?これ喜んでいいのかホライゾン?俺必要とされてるんだよなホライゾン?」

「アタリマエジャナイデスカ」

「なんだよその白々しい棒読み!?くっそ!バッテリー人生やってやるぜ!」

 

無視して話を進めた

 

「・・・ともあれ、どうやら単なる超過駆動だけでは一気に使用することが出来ないようです」

「え?だったら全開放するには・・・」

「第三セキュリティの魂の駆動が必要だと判断できます」

 

感情を理解して、大罪武装の中にある感情を取り込む

ホライゾンはそう悟っているが、今回自分が得るのは"強欲"だ

様々な戦う理由を今回の戦場で見てきたホライゾンは、失われる筈だったメアリを救う事を選んだ

 

『歴史再現で失われる』事を選ばない

 

強欲を得れば、今後そういった場面に出くわした時、また救う事を選ぶだろう

それは危険だと判断できる

それを望まない人々と争いが起こる可能性もある

だが、それで救われる命もあるかもしれない

 

「トーリ様・・・強欲の感情を手に入れてしまったらホライゾンは、おそらくトーリ様にとって面倒な女になると思われます・・・それでもよろしいですか?」

 

ホライゾンの問いかけに、トーリは笑って

 

「俺はずっとここにいるって、そう決めたんだぜ?お前ぇのなにもかもが俺が望むもので、そんなの何も迷惑じゃねぇ」

 

それに

 

「ヤスだって多分、お前ぇが何も望まねぇより、何かを望める事の方が嬉しいんじゃねえかな」

 

どうだろうか

 

ホライゾンには何とも言い難かった

記憶はなくとも、彼とは家族だ

でも、そういったことはまだあまり話合えていない

 

彼がホライゾンに何を望み、何を望んで欲しいのか

今の自分には解らない

 

でも

 

「トーリ様、ホライゾンは感情も、あの人がホライゾンに望むことも、理解できてはいません。しかしそれは、感情を理解できていないだけだと判断できます・・・でも」

 

ホライゾンは言った

 

「解らないのは嫌です」

 

康景がホライゾンに望んでいることは解らない

でも彼が彼自身に望むものは解る

彼がメアリの死を望まなかったことから、それは明確だ

 

自分の大切に思っている人を失いたくなかったのだ

 

だからこそ彼は常に無茶をして、傷ついてしまう

望まないことで後悔しないように出来ても、そのために彼は加減をしない

結果自身で抱え込んで悩んでしまうのだろう

それは悪循環だと思う

 

彼が忘れてしまっている過去の一端に触れて、彼なりに何かを思ったようではあるが、そういうことも含めて、彼とは話し合っていく必要がありそうだ

一種の親族会議である

 

「忘れんなよホライゾン、戦いによって救いを得ようとしたお前に呼応して、皆ここにいる―――だからお前は、得ることを望んでくれ」

 

トーリはこちらを支える手を強くして

 

「その強欲が、世界を救うのさ!」

 

矛盾してるとも取れるが、それでもいいとも思う

 

「・・・トーリ様」

「?」

「皆様と共に、それを何十倍にもして、何十倍世界を傷つけて、何十倍世界を救いましょう・・・世界を末世という喪失から救えるのなら、ホライゾンは満足です」

 

その言葉と共に、莫大な量の表示枠が展開する

 

『セイフティ解除:"魂の起動":認識』

『大罪武装統括OS:phtonos-P01s:第二段階:更新:認識』

『ようこそ感情の創世へ』

 

文字に応じるように、ホライゾンは"拒絶の強欲"を構え直して

 

「・・・哀しまぬ幸いを望みなさい!」

 

黒の搔き毟りが息を吹き返し、先程よりも強い勢いで敵を砲撃する

 

********

 

ホライゾンがこの戦場で得た武蔵の破壊や損失が痛みと認識され、蓄積される

"拒絶の強欲"を得てから期間は短いが、フアナの"嫌気の怠惰"を押し返すだけの力はある

 

押し切られる

 

黒の搔き毟りが、朱の艦を飲みこもうとしたその時

 

「サン・マルティン二番艦!?」

 

もはや売りであるステルス性能も使わずに、二番艦が煙を上げて壁として間に割って入った

搔き毟りが二番艦を破壊するが、勢いはそれで止まり、つかさず

 

「砲撃だ!」

 

セグンドが叫んだ

低速弾が、武蔵の艦橋に向けて発射される

今、武蔵の姫は"拒絶の強欲"まで使って"悲嘆の怠惰"の超過駆動を放った

いくら武蔵総長の術式による供給があっても、すぐには撃てないはずだ

 

勝てる・・!

 

皆で勝とうと、そう言った

この戦争で一緒に戦った者たちを、フアナを思い、素早く次弾を撃つように指示を出した

だが

 

「!?」

 

不意に最初に放たれた低速弾が爆発する

何だと思ってその原因を作ったものを見る

 

武蔵野の舳先に、新たに立っている者がいた

 

「っし、ホームランかな?」

 

天野康景が瓦礫を鉄棒でスイングし、飛来した砲弾を打ち落としたのだ

 

「天野康景・・・!」

 

普通打球で砲弾を打ち落とすか!?

 

驚きを隠せなかった

だがセグンドは、新たにこちらの攻撃を迎撃すべく、艦橋上部に立った姿を見た

それは一人の忍者と、彼に寄り添われた英国の生徒

 

・・・メアリ・ステュアート!?

 

********

 

王賜剣一型の双剣を重ねたメアリは正面、三征西班牙の艦上に居るセグンドを見た

歴史再現で書類婚し、されどすぐに解消した今まで見たこともあった事もない相手

 

そんな彼との関係があり、今の自分がある

 

だからメアリは、彼に一礼し、されど『点蔵といる』と望んだことを誇れるように

 

「点蔵様・・・支えてください」

「jud・・・」

 

彼の支える手が強くなる

それに対してメアリの周囲に花が咲く

流体の花に囲まれ、メアリは王賜剣一型を掲げながら

 

「王賜剣一型―――これから私が大事に思うものを・・・護ってください!」

 

そう言って剣を振り下ろした

白の一線が、三征西班牙の低速弾ごと突き抜ける

 

********

 

王賜剣一型に蓄積された流体燃料が一気に放出され、雲を割り、大気を揺らす

砲弾が斬られ、さらには三征西班牙の艦上面はほぼ破壊された

 

だが、三征西班牙の生徒たちは、それよりも走り去っていく武蔵を見ている

それが指すのは、自分たちが武蔵に届かなかった事を示し、そして

 

『これにて、英国・三征西班牙間の歴史再現であるアルマダ海戦を終了する!』

 

武蔵副会長の声が通神を通して響く

 

アルマダ海戦が―――終わったのである

 

*********

 

「広家、お前この結果をどう見る?」

 

六護式仏蘭西の教導院で表示枠にて全体の戦況と結果を確認していた輝元が、横で面倒臭そうに書類整理をしてる広家に聞いた

彼女はかったるそうに

 

「えー・・・どうもこうも、武蔵がちゃんと歴史再現を行ってその上でそれを完遂出来るだけの力をちゃんと誇示できたってとこじゃねぇ~?」

 

如何にもやる気のない間の抜けた声で、欠伸をしながら答える

椅子を傾け、書類の乗った机に脚を乗せて遊んでいたが、それに対して輝元が

 

「こら、机に脚を乗せるな馬鹿」

 

椅子の足を蹴り、そのまま重力に従って広家が椅子ごと地面に頭をぶつける

頭から入り、鈍い音が鳴ったがまぁこいつは丈夫だから平気だろう

 

「あいたぁ~!・・・テルテルはヤンキーの癖にいちいち真面目だなぁ・・・」

 

頭をさすりながら椅子に座りなおす広家が文句を言いつつも表示枠を展開し、広報委員が撮ったアルマダ海戦の動画を見る

 

「うーん・・・個々の戦力的に見たら、武蔵はちょっと脅威だよね、でも、総合戦力的に見たらさぁ、あんまり『連続して戦争が行える』ような戦力には私は見えないなあ」

「具体的に言うとどの辺がだ?」

「例えば最初、武蔵と三征西班牙の交戦でフェリペ?が小型艦群を出してきたのに対してなんかバケツ被ったマッチョメン出してきたけど、多分あれお兄ちゃんの指示だと思うんだよねぇ」

「・・・どうしてそう思う?」

「お兄ちゃん人驚かせたり欺いたり小細工するの得意だから、なんかいかにもやりそうだなぁって」

「・・・」

 

広家の頭はパァだが、戦闘系や政治系に関してはそこらの委員会の連中よりも精通している

こういった事はこの馬鹿の意見が正しかったりすることもある

ちゃんとすればそれなりに映えるのに、いつもふざけた態度でそう見えない

この馬鹿の場合はそれを狙っている可能性もあるが

 

「総合戦力はお兄ちゃんが足りないところを補完してるっても取れるけど、伸びるか伸びないかは今後次第だね・・・個人戦力ではやっぱお兄ちゃんが危ないよね、あれはダメ」

「そんなにヤベェのか」

「私じゃズルしても勝てないなぁ・・・目抉っちゃったけど、正直マグレあたりだし。つーかそもそも英国と三征西班牙の特務とかと当たって無傷なのがおかしい」

 

広家は六護式仏蘭西内でも高い実力を持っている

コイツがそう言うなら、そうなんだろう

輝元は広家の言を真面目に聞いた

 

「武神に関しては専門外だから何も言えないけど、あと厄介そうなのは副長の本多二代と半狼貧乳のネイトちゃん」

 

副長、本多二代は神格武装を所持し、実力もある

第五特務、ネイト・ミトツダイラは

 

「半狼ねぇ・・・」

 

人狼の血を引いた半狼

人狼の力を知っているだけに、それは充分警戒すべきだ

だが

 

「ああでも、いくらお兄ちゃんでもババァが相手ならどうなるか解らないなぁ、お兄ちゃんの目がババァに向いてればその間にあの二人は抑え込めるよ?」

 

さらっと副長と特務を抑え込めると発言する広家に少しぞっとする

末恐ろしい友人だと、輝元は内心苦笑いした

 

「まぁいずれにせよ、武蔵の戦力は長時間の戦闘には不向き・・・だから長期戦、連戦とか大量艦隊で物量作戦とか、ババァみたいなのがいっぱい出てくるような戦いに持ち込まれたらアウトかなぁって、そう思う」

 

さっきまで眠たそうにしていた広家が不意に立ち上がり、背筋を伸ばした

窓の方に立ち、そしてIZUMOの方角を見る

 

「ヴェストファーレンでの三征西班牙の発言力を削って、メアっちを結果的に救われたエリちゃんよろしく英国は今後武蔵側に付くだろうけど、ウチはどうなるんだろうねぇ?」

 

遠足に行く前の子供みたいに、広家の目は輝いていた

 

「個人的には武蔵はどうなったっていいけどさぁ、やっぱお兄ちゃんが居て、テルテルが居て、アンヌが居て・・・あ、あとテルテルの旦那もか―――大事な人たちと一緒に天下取りたいよね」

 

広家はまだ『兄』を引き入れる事を諦めてはいなかった

 

*********

 

夜の海戦から二日

武蔵艦上の夜の空には、焚火の煙が上がっていた

まるで何かの祭りでもやっているかのようだが、再生不能な資材を薪として奉納しているのだ

 

さっきから武蔵の男子学生が隠れてエロゲや人型御神体などを奉納しており、それを女子生徒がゴミを見るような目つきで見ている

武蔵も三征西班牙も男子生徒がやることは変わらないらしい

 

誾は炎の前に体育座りをしながらその様子を見ていた

武蔵生徒が楽しそうにやってる傍らで、誾はため息をつく

 

・・・勝てなかった

 

天野康景にも、本多二代にも

どちらにも勝てなかった

しかも天野康景との戦闘に至っては、最後の最後、喉元に突き立てられる勢いで刃を向けられたのに、直前で止められた

 

気まぐれなのか、それとも、何かの計算か

 

今こうして自分が生きているのはそれのおかげなのだが、それはそれで癪だった

勝てなかった事への悔しさが胸に渦巻く

 

外交館で今は捕虜扱いだが、あの男が『何もしなければ』という前提をおいて、これといった制限は科してこなかった

それどころか武蔵副会長が外出許可を出してきたので、驚きが隠せなかった

 

天野康景という『抑止力』がいる以上、一度、いや、二度敗れた自分は放置しても問題ないとでも考えたのか

 

いずれにせよ、武蔵で逃げるのも戦うのも無謀に等しい

だから誾はおとなしく成り行きに身を任せた

周りを見て、二日前の夜を戦っていた者が遅めの遅い食事をとっている

戦後処理で忙しいので仕方がないが、誾はそこでふと思った

 

「・・・(私だけ完全に一人ですね)」

 

三征西班牙の制服を着ているとか、捕虜だとか

諸々の理由はあるが、何より誾を気落ちさせたのは

 

「宗茂様・・・」

 

彼の復権に関して、何もできなかった事だ

もう負けた自分には、残された道はない

 

聖譜記述によるなら、立花宗茂は大友から羽柴に身を寄せることになる

三征西班牙は"立花宗茂"の襲名に関してその価値がまだあるうちに売ることが本来の路線だし

羽柴の方も、自分と宗茂の襲名解除の移譲を迫るだろう

 

彼の襲名復権も、自分の襲名存続も、もはや望めない

ただただ生かされた自分には、何もできないのだ

 

本当に無力だと、己の中で反芻し、泣きそうになった

泣いても何かが許されるわけでもなく、自分が彼の救いにも助けにもなれなかった現実だけが残酷に残される

だが、そう解っていても顔を膝に埋めて肩を震わせる

 

「宗茂様・・・会いたいです・・・」

 

無性に彼に会いたくなった

自分から望んだことなのにそれを成し遂げる事も出来ず、敵に情けを掛けられて生き延びている 

だけど、今はただ無性に

 

「会いたいです・・・宗茂様」

 

そう呟いてしまった

だが、その呟きと同時に、ある変化に気付いた

目の前に、人の気配がする

そしてその気配の主は

 

「だったら顔を上げましょう、誾さん」

 

宗茂が、自分の目の前にいたのだ

 

*********

 

ここに居るはずのない人物が、目の前にいる

顔も筋肉も以前より痩せてしまっているが、間違いなく目の前にいるのは宗茂だ

疑問は湧いてくるが、誾が混乱の中出せた言葉は

 

「なんで・・・」

 

そんな事しか言えなかった

それに対して彼は

 

「だって誾さん、一人にしたら泣くじゃないですか」

 

彼は微笑んで

 

「総長から誾さんが武蔵で捕虜になったと聞いて、居てもたってもいられなくなってアモーレ十回以上叫びながら六護式仏蘭西突っ切ってIZUMOの作業員の服を借りてたった今着いたんですが・・・まぁ何とかなるでしょう」

「な、なんとかって・・・!宗茂様の襲名だって解除されて・・・私、だって・・・これからどうなるか解らなくて・・・」

「じゃあいっそのこと二人で襲名解除しますか」

 

告げられた言葉の意味を呑み込めなかった

だが

 

「・・・襲名解除された立花宗茂ではない男と、誾さんは一緒に居たいですか?」

「む、宗茂様こそ・・・立花宗茂の妻でない愛想が悪い女と一緒に居たいですか?」

「一緒は嫌です」

「・・・」

 

視界が真っ暗になり、気を失いそうになる

しかし倒れそうになる身体を抱き寄せられ

 

「ずっと一緒じゃなければ、嫌です」

 

両の肩を抱きしめられる

その温もりに安堵を感じながら、誾は気が付けば泣いていた

 

「私は、強くなります。本多二代よりも天野康景よりも、強くなれたら、その時こそ本当の西国無双として立花宗茂を必ず襲名します」

 

抱きしめる力が強くなる

 

「私が立花宗茂を襲名したら―――貴女が私の立花誾です」

 

前よりも痩せ足の筋肉も衰えている現状で、天野康景の様な化け物を超えるだなんて無茶すぎる

でも、その言葉は

 

揺らぎなくて

 

確かで

 

この人ならばいつかあの男を超えるだろうと

そう感じさせる言葉だった

 

いつか必ず、この人はあの男を超える

だからその時こそ、自分はこの人の無双を隣で支える

そう思い、誾はゆっくり目を閉じた

 

*********

 

アルマダ海戦から一週間が経った

IZUMOへの着港拒否だとか点蔵とメアリの新居探しだとかメアリの転入だとかで色々と忙しい一週間だったが、それも含めて各艦の被害状況検分や破損物撤去なども終わらせることが出来た

メアリを新居に送り届けた後の康景は、偶然会った正純と村山を歩いていた

 

「はぁ・・・ここ一週間はホント面倒臭かったな」

「まったくだ・・・」

 

戦後処理に加えて、思わぬ珍客があったりと大変だった

それも無事に済んだと言えば済んだからいいのだが、雑務の多さに二人とも辟易していた

管理区画などの手が回らないところは大久保などにも手伝ってもらったりしたので、康景的にはかなり心苦しかった

義手を新調したとは言え、まだ本調子ではない後輩にまで頼ってしまった事を気に病んだ康景は

 

「俺たちで手が回らないところとか、大久保にも手伝ってもらったからなぁ・・・後で御飯でも作って持ってくか」

 

*********

 

「お嬢様、今天野様から"いつも迷惑をかけてすまない、後日お詫びに弁当でも作って持っていくから時間空けておいてくれ"と通神文が・・・」

「ほんとやわ~、こっちは怪我人やっちゅうに仕事回されすぎや、勘弁してもらいたいわ~」

「お嬢様?お顔がものすごくにやけておりますので愚痴っぽく言われても説得力が・・・」

「い、いや、別に先輩来るからにやけてるわけじゃないで?つかにやけてないし?」

「お嬢様・・・」

「なんやその可哀想なもん見る目はぁあああ!?」

 

*********

 

「康景は随分と大久保を気にかけているな」

「そうか?・・・でもまぁアイツ優秀だし、個人的に後輩じゃ一番仲が良いと思ってるから、ちょっと贔屓目になるのはあるかな?」

 

たまに遊んだりもするので結構仲は良い方だと思う

その度に『今日は泊まってきますか?』とか聞かれるが、それはどういう意図があるんだろうか

今度聞いてみよう

 

「まぁ大久保には後で弁当渡して労うとして、今後武蔵はどうする?」

「え?あ、うん・・・そうだな」

 

急に話が武蔵の今後の話になった為、正純は少し面食らいつつ考えた

 

「IZUMOで補修・改修後、M.H.R.R.に行く事を視野に入れているが・・・?」

「M.H.R.R.か・・・」

 

M.H.R.R.は今、旧派と改派で対立し揉めている

行けば何かに巻き込まれそうな予感もあるし、M.H.R.R.は末世に対して何かを知っている

ヴェストファーレンに向けて末世の事を知っておくのは、自分達の行動を正当化することもできる

 

「M.H.R.R.に行けば、確かに末世の事を知る事が出来る。だが正純、今後武蔵は他国と同等の戦力でやっていけると思うか?」

「・・・え?」

 

その質問に面食らった様子の正純

康景は、その反応を見て今の問いを後悔しつつも、自分の考えを伝えた

 

「俺たちは、歴史再現を遂行できるだけの力を証明できた」

 

それは間違いのない事だ

しかし

 

「だが問題なのは武蔵を今後戦場にして戦う場合だ、今回の戦闘で武蔵は歴史再現を完遂できることを証明できた反面、もし連戦になるような状況に陥れば武蔵は―――持たない」

「―――」

 

長期は持たないと、康景が言う言葉に正純は言葉を失う

だが康景は敢えて現実を突き立てたうえで話を続けた

 

「三征西班牙の発言力を削り英国を味方に付けたことは幸先の良いスタートだ。だが国力がこの艦の上に限られているならば、武蔵の総合戦力は世界でもまだまだ下位の方だ」

「他国を味方に付けろと?」

「武蔵単騎じゃ、多分絶対に無理だ」

 

聖連と敵対して対等に渡り合えている織田も、M.H.R.R.と協働している

その全容も切り札も謎に包まれている

仏蘭西に至ってはまだ副長の座が明らかにすらなっていない

 

末恐ろしい事だ

 

それに加え、武蔵は英国と三征西班牙の二正面作戦でこの様だ

今回の戦闘を経て武蔵はメアリを護り、三征西班牙の戦力であった立花夫妻を、酒井学長が武蔵に勧誘している

そうすれば武蔵の戦力的には濃くなるかもしれない

 

それでもだ

 

それでも現状武蔵単騎で世界を征服するのは厳しいと、自分はそう思う

だからこそ、武蔵の中核を担う正純には現状を理解していて欲しかった

 

「もちろん俺たちは、『失わせない』ために全力を尽くす。だが、『もしもの事態』がないとは言い切れないのが現状だ」

 

康景は立ち止まり、正純の目を見て言った

 

「俺には皆が居てくれる、それは英国で重々身に染みた。でも、もし俺が俺でなくなったりするような事態になったら・・・」

 

それは危険な可能性になるかもしれない事だから、言った

 

「俺を見捨ててでも武蔵を『護る』事を優先してくれ」

 

*********

 

正純を家に送り届けた後、康景はそのまま家には帰らず教導院の方に向かった

特に深い理由はない

 

無性に武蔵の町並みが見たくなっただけだ

 

この場所で、ここの皆と、十数年を過ごした

ホライゾンが居て、馬鹿が居て、厄中巫女が居て、そして喜美が居た

ホライゾンを失って、師匠と出会って

そしてまた失って

それでも皆が居てくれて

 

自分は一人じゃないと、そう教えてもらった

度し難いくらいお節介な連中だと内心笑う

 

だが、そんな恵まれた状況でも、あやふやな記憶が足を引っ張る

立花誾との相対でフラッシュバックした記憶

師匠が俺たちを殺そうとしたと、そう言った広家

末世や自分の何かしらの情報を握っていると匂わせているM.H.R.R.

 

不安要素が多すぎるのだ

 

正純には先程ああいう風に伝えたが、実際どうなるか解らない

教導院前の長い階段で座って考える

 

どうしたもんかなぁ・・・

 

その時だ

 

「あら何やってんの?」

 

半裸の狂人が階段を上がってきた

 

*********

 

康景は軽快なステップで上がってきた狂人を見た

 

「何だよ、やけにご機嫌だな」

「そう?別に普通じゃない?」

 

まぁ確かに喜美のテンションが高いのはいつもの事だけれど

そのまま喜美が自分の隣に座る

 

「相変わらず根暗ねアンタは」

「・・・その根暗と付き合ってたのは誰だったかな?」

「はぁーい私よ私!」

 

テンション高ぇ・・・

 

若干引きつつも、これが喜美なんだなと改めて思う

隣に座った喜美を見て

 

「もしかして『向こう水』の帰りか?」

「フフ、お得意の名推理?」

 

人を某名探偵みたいに言うな

 

「推理も何も、髪が少し濡れていい匂いのしたいい女が居たら、健全な男子としては普通そう思うんじゃないか?」

「ふぅーん、へぇ・・・」

 

喜美が突然目を逸らした

 

あ、コイツ照れたな?

 

長年の付き合いで喜美が自分に対してそうする時は照れたりしてる時が多い

喜美の反応が昔と変わらないので、康景は少し微笑んだ

 

「喜美?」

「何よ?」

「お前らが散々俺の事励ましてくれて、俺は一人じゃないってそう教えてもらった」

「・・・」

「お前も、『俺が何であっても受け入れる』、『今の自分を大事にしろ』ってそう言ってくれた。だから俺も、自分の過去も今も、全部かき集めて皆と一緒に進んでいきたい」

 

それは英国で散々迷惑をかけてきた自分が、導き出す事の出来た一つの答えだ

だが

 

「それでもやっぱり、俺は俺を知るのが怖い」

 

ここ数日、記憶のフラッシュバックや幻覚などの症状が酷い

ますます自分が何なのか、不安にもなる

 

「だからさっき正純にも、もし『俺が俺じゃなくなったりして皆の足を引っ張るような事があれば、俺は無視して武蔵の最善を選べ』って、そう進言した」

「それは・・・!」

「お前の言いたいことも解ってる、正純も似たような反応返してきたし」

「・・・だったらなんで」

「武蔵は今後、ホライゾンとトーリの目標を軸に進んでいく。俺たちはそれを全力で支えていくんだ。でも仮に、俺がそれをできなくなる可能性がないわけではないから・・・」

 

そうなる可能性がゼロじゃないから、それは避けたいのだ

 

「無論、そうならない様に努力はする。そのために皆に相談したんだし」

「当たり前よ、そんな事になったらアンタをフルボッコにしてやるから」

「・・・」

 

・・・コイツならホントにフルボッコにしかねない

 

怖い話だ

喜美が怖いので、話を変えることにした

話を変えるとは言っても、今の話の延長みたいなものだし、どちらかと言えばこっちの方が今の自分にとって重たい問題かもしれない

 

「なぁ喜美、今の話の延長線上みたいなものなんだけど、ちょっと話変えていいか?」

「ん?なによ急に?」

「好きだ」

「ふぁ!?」

 

喜美が盛大に噴出した

 

*********

 

いきなりの告白に、喜美は爆音を奏でる心臓を抑えつつ、平常心に戻そうとする

 

落ち着くのよ葵喜美、コイツは武蔵でも有数の・・・いえ、武蔵トップの鈍感馬鹿、常に予想の斜め上を行くんだから想定の範囲外も想定の範囲内よ

 

いきなりの事に自分でも何を思ってるかよくわからなくなった

自分の背中をさする康景が心配そうに

 

「おいおい、大丈夫か?どうした急に?『ふぁっ』ってなんだ『ふぁっ』って」

「く、ククク、この賢姉の不意を突くなんて・・・やるじゃない・・・!」

「いや別に不意を突いた覚えはないんだが?」

「アンタは常に人の予想の斜め上を行くわね・・・!」

 

なんでこの馬鹿はこういうところで要らん本領を発揮するのか

顔が熱い

今自分がどんな顔をしているのか解らない

嬉しいからいいのだけれど、こういった不意打ちは心臓に悪いからやめてほしい

馬鹿は話を続ける

 

「今の俺はあやふやで曖昧で、危ない状態が続いてる。でも、そんな状態でも俺のやりたいことははっきりしてるんだ」

 

それは

 

「お前らと、皆と一緒に末世を乗り越えてその先を見たい。お前の隣で、これからの武蔵の行く末を見届けたい」

 

でも

 

「それでもやっぱり、俺はダメな男だから、俺が馬鹿やらない様に、喜美に俺を支えてほしい」

 

そして康景は立ち上がり、こちらに手を差し出した

その差し出された手は握られており、開けられた拳の中には

 

「・・・喜美、虫がいいのは解ってる。だけど、やっぱり俺はお前が好きだ―――結婚してくれ」

 

指輪があった

 

時が止まった

 

***********

 

康景はポケットから英国で買った指輪を取り出した

結構値は張ったが、やはりこういう一世一代の大場面では必需品だろうと思い、買った

あの風呂場で決意してからかなり期間は経ったし、アルマダの日には終わらせようと、そう思って結局忙しく更に一週間が経過

言い訳としてはタイミングが合わなかったのだが、ミリアム曰く「アンタはヘタレなだけ」らしい

ミリアムも大事な友人だけれど、何故だろう

直政以上に自分には厳しい気がする

 

まぁとにかく、結果を待つ

だがすぐに様子がおかしい事に気付く

 

何故なら

 

「・・・?・・・は、お前・・・」

 

喜美が気絶していた

立ちながら気絶している喜美を見て、康景は多分人生で一番笑った

 

**********

 

喜美はまどろみの中で意識を覚醒させた

 

あれ?私何やってたんだっけ?

 

向こう水で風呂に入って、帰り際に何故だか無性に武蔵の街が見たくなって教導院の方まで来たら康景が居て

 

少し話し込んで、そして・・・あれ?

 

記憶が無い

ゆっくりと意識が覚醒していく

目を開けた先に広がったのは

 

「お、やっと起きたか、風呂上りに外で寝たら風邪ひくぞ?トーリじゃ無いんだから」

 

康景の顔があった

 

「あ」

 

思い出した

確か康景特有の長話の末に告白されて求婚されたのだった

急に顔に熱を感じる

 

「まさか気絶されるとは思ってなかったよ」

 

そう、急な展開に頭がパンクして追いつかなかったのだ

湯上りに気絶とは中々に危険なシュチュエーションだ

我ながらクレイジーだと思う

しかし、横になっている自分には、何か布の様なものが掛けられている

康景のコートだ

そして今の状況は

 

「・・・アンタの膝枕ってゴツゴツしてるわね」

「粗悪品でもないよりはマシだろ?」

 

膝枕に康景のコートで眠っていたのだ

しかも階段の途中でってどんなプレイだまったく

 

「普段は俺がお前を待たせるけど、今回は逆だな」

「どれくらいきぜ・・・寝てたの?」

「五分くらいかな・・・あぁお前が寝てる間に学長と真喜子先生が通っていったけど、なんかとんでもないものを見るような目で俺達を見てったな」

 

そりゃそうだ

 

「・・・五分なんて、私が待たされてきた年月に比べれば短いもんよ」

「そうだな、すまない」

 

頭を撫でられる

悔しい事に、とてつもなく居心地がいい

つい眠たくなってしまう

 

完全に眠ってしまう前に、喜美は康景に己の気持ちを告げた

 

「ねぇ馬鹿・・・」

「ん?」

「私はね、今でもアンタが好きよ?大好き・・・でもね、一つだけ覚えておいて」

「・・・」

「アンタは多分、どんな手傷を負っても、大抵の無茶ならやってのけちゃうのよね・・・それはもう治りそうもない馬鹿だから妥協する」

「・・・すまない」

 

皆を守りたいのがこの馬鹿なのだから、そこを否定してはいけないんだと思う

でも

 

「アンタ自身が失われる選択だけはしないで・・・康景の居場所は、ここなんだから」

「・・・ああ」

 

そして

 

「・・・結婚の申し入れ、お受けします」

 

そう言って、私は目を閉じた

ゴツゴツした膝枕なのに、妙に寝心地が良くて何だか楽しかった

 

ここで眠ったら多分この馬鹿が運んでくれるんだろうけど、運ばれるのは自分の家か康景の家かどちらだろうか、とか

各艦の検分とか終わったばかりなのに別な意味で忙しくなる、とか

そういう事を考えて、喜美の意識は閉じた

 

後日、この婚約の発表を聞いた武蔵女性陣の何人かが授業を休み、英国でも姉からその話を聞いた女王が自棄酒で酒屋を一店ふっ飛ばしたとか、そんな話が連日武蔵で話題になった

前者は事実ではあるが、後者が事実かただの噂かどうかは、英国民のみが知るところである

 

 




というわけで長かったアルマダ海戦も無事(?)終了いたしました
三河騒乱の時よりグダグダしてダラダラした道程でした(申し訳ありません)
次回は特別篇を入れて、三巻はその後になりますのでご了承ください

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