境界線上の死神   作:オウル

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つらたん・・・


十八話 後編

三河から続いた因縁が

 

今日、終わりを迎える

 

配点(終局)

――――――――――

 

戦局は大きく動きつつあった

武蔵右舷側から三征西班牙の生徒が撤退する中、武蔵は三征西班牙主力艦隊に向かった

そして三征西班牙主力艦隊の機鳳空母のカウンターを防ぐために、ナイトが飛んだ

術式による追尾弾を躱すため、仮想海より下を行く

 

先程後輩からの報告で康景が武蔵に残った機鳳五機を倒したらしい

ナイトはその報告を短く聞いて

 

・・・無茶するなぁ

 

そう思った

英国でも頑張ったらしいが、よくよく考えれば彼は右目を失っているのだ

脳に近い部分の損傷は出血が酷いと復帰に時間がかかるが

 

普通に動けるんだもんねぇ・・・やっすん

 

今回英国に来てから色々とあったようで、彼なりに何か考えてきたようだけれど、やはり無茶はするらしい

でもあんまり心配かけさせるとどうなるか身に染みたはずなので、彼自身に出来ない事はしないとは思う

まぁ彼に限らず、自分も無理したらナルゼに合わせる顔がないので無理をするつもりはない

 

自分に出来る事と自分の役割を再認識して、ナイトは進んだ

 

艦底部は基本追尾弾に任せるのが常套だ

だから追尾弾だけしかこない

そしてナイトは自分が狙うべき機鳳空母を見た

 

いける!

 

空母に近づき、二重月のある夜の空を昇った

 

「よし!」

 

だがすぐに空母甲板の異変に気付く

四機を自分達魔女隊が行動不能にし、五機を康景が、そして残り六機の内、先程狙撃で動脈部分を撃ち抜いたため、実質殆どが待機中の筈だ

しかし眼下に映る機鳳の数は五つ

足りないのだ

さらに砲撃も来ない

砲門は全て武蔵に向いている

 

何故と疑問する前に、ナイトの背後に答えは現れた

 

「!?」

 

不意に訪れたのは、先程自分が右脇辺りを穿った武神だ

右脇を撃ったことで神経系が断裂し、右腕が上がっていない

普通なら早急な治療が必要なはずだが、この武神は

 

戦闘が終わるまでその程度の負傷じゃ下がれないっていうの!?

 

こちらを確実に狙ってきたのだ

マズい

術式を狙撃用に展開していたので、加速術式への展開が間に合わない

次の瞬間には

 

「―――!?」

 

武器を持てない機鳳の拳をそのまま食らった

ラリアット気味に食らった拳によってナイトは宙を横殴りに転がり

 

「―――」

 

"黒嬢"が砕かれ、落下していく

 

**********

 

多摩の町並みの一角で、誾は天野康景が本多二代を下がらせるのを見た

 

「・・・終わらせてやる」

 

天野康景がそう呟いた

 

「『終わらせてやる?』・・・こっちのセリフです」

 

誾がその言葉に食いつく

 

終わらせる

 

今の自分が望んで止まないもの

この男を倒して夫の復権を叶えること

 

自分は剣を構えるが、相手は一切構えない

自然体に近い形で立っている

 

しかし誾は容赦なく"四つ角十字"を続けざまに撃った

だが、砲撃は当たらず、敵が一気に距離を詰めてくる

 

鋭い・・・!

 

敵の動きに対して、誾は背後に跳んだ

冷静さを欠いてはいるが、思考は出来る

 

化け物みたいなこの男でも、一撃を与えることが出来れば倒せる・・・!

 

それを証明するように彼の右目には包帯が巻いてある

そう、一撃さえ与えられることが出来れば倒せるのだ

 

どこの誰がやったかは知らないが、この男も"完全無欠"ではない

ただの"人間"だ

 

・・・ただの人間なら、殺せる!

 

"四つ角十字"を叩き込みながら一定以上の距離を保つ

この相手にただ近距離戦で挑んでも勝機は薄い

 

だから誾は背後に跳び続け、砲撃主体で攻めた

攻撃の手を緩めず、不規則的に撃ち続け、相手を近寄らせない

この男の隙を突くのは至難の業ではあるが、不可能ではない

奴の右目は包帯で隠れている

つまり右側は死角になっているのだ

 

以前は隙を突いたつもりでいたが逆にそれを利用された

今回は同じ轍は踏まない

敵に攻撃の隙を与えない様に"四つ角十字"を撃ち続ける

 

だが

 

「くっ・・・!?」

 

当たらない

先程から攻撃の密度やパターンを変えて攻撃しているのに、全く持って当たらないのだ

これでは敵の隙を狙えない

打撃用武器としての運用も可能な"四つ角十字"は、一種の攻城兵器とも言える

砲撃の他に薙ぎ払いをパターンに組み込むが

 

・・・化け物め!

 

全てを躱される

砲撃は叩き切られ、打撃は回避

見えない位置からの砲撃なら音で判断されるからともかく、見えないところからの打撃をも躱されるのはどういった絡繰りがあるのだろうか

誾は怒りを抑えつつ、活路を探した

 

「(・・・どこかに、どこかにきっと・・・!)」

 

しかし怒りを抑え冷静になれば成程、活路が見えてこないのだ

 

なんで・・・!

 

焦りを感じつつも、その焦りによる不安を誤魔化すように攻撃を続けた

 

くそ、くそ、くそ・・・!

 

怒りは冷静に変わり、次第に焦りが誾を支配する

 

決着を付けられない事への焦り

勝てないという事への焦り

負けるという事への焦り

そして

 

宗茂様・・・!

 

宗茂の襲名を取り戻せない己への焦りだ

その時不意に、康景の動きに変化があった

 

「・・・」

「!?」

 

不意に民家へと突っ込んだ

砲撃を避けるのに屋内に入ったのか、それとも屋内からの不意打ちを狙っているのか

すぐには判断が付かなかった

誾が康景の行動に対して取った行動は

 

「撃ちなさい!」

 

康景が入った周辺家屋ごと吹き飛ばしたのだ

身を隠すために家屋に入ったのなら、それを含めて潰してしまえばいい

"四つ角十字"を連続して周囲に放ったことによる爆炎と家屋を潰したことで粉塵が舞う

 

濃い煙で視界が効かない

一見するとまずい状況だが、しかし相手の速さから考えるに、あの速度で煙の中を移動すれば風で煙が動くので居場所が分かる

自分はそこに砲撃を打ち込めばいいだけだ

 

四方に"四つ角十字"の砲口を向けて構える

 

その時、眼前で動きがあった

影が目の前を右斜めに突っ切るように動いている

 

これで・・・終わりです!

 

"四つ角十字"全砲門を影に向けて発射した

四つの砲塔が放った衝撃で自分の前方の煙が晴れていく

眼前に散り散りになった影を見て

 

「(勝った・・・!)」

 

そう思った

これで、終わる

忌々しい因縁も、宗茂の襲名解除も

全部終わる

 

僅かに得た安堵の中、晴れていく視界の中を見た

だが、そこにはその僅かな安堵さえ粉々に砕かれる結果が残っていた

 

「!?」

 

目の前で散りになったのは、ハンガーにかかった一着の服だった

そして背後から急に声がして

 

「田中さんの奥さんには謝らないといけないなこれ」

「!?」

 

天野康景がすぐそこに迫ってきていた

 

*********

 

康景は煙の中を突っ走って敵の背後に迫っていた

 

煙の中、互いに視界が効かない状況でどうやって敵を判別したか

答えは単純だ

敵がいると思われる場所に"囮"を放っただけ

入った民家が偶然知り合いの田中さんの家だったので一着だけ服を借りたが、まぁ田中さん夫婦の弱みは握ってあるので謝罪で済むだろう

 

敵の様子から、こちらを潰すのに全砲門を傾けるとそう予想した結果、上手く行った

"四つ角十字"の全力砲撃が行われなかった方が敵正面だ

ならば自分はその背後に回るだけ

 

剣を振りかざして誾に突っ込む

だが

 

「くっ・・・」

 

"四つ角十字"の内の一つが横払いで飛んで来た

 

「チッ・・・」

 

邪魔だな

 

やはり"四つ角十字"を先にやった方が無難だ

康景は標的を誾から"四つ角十字"に変更した

飛んで来た大きい"十字砲火"を叩き切り、誾を跳び越す

 

一つ破壊

しかし着地と同時に残り三つがこちらを向いた

三つの砲撃を掻い潜り、まず残りの大きい方を斬る

残り二つ

康景は自分の前方、左右から狙っている"十字砲火"の内、自分の死角になっている右側の方を

 

「ふんぬっ」

 

ドロップキックの用量で無理やり砲口を左の"十字砲火"に向けた

右の砲塔が左の砲塔を破砕する

そしてそのまま右の方も切り捨てる

 

これで砲塔は全部壊した

後は本人だけだ

康景はそのまま剣を構えた誾に突っ込む

 

*******

 

誾は突っ込んでくる康景に対し、剣を突き出すように構えた

 

宗茂様・・・ごめんなさい、私は・・・

 

この男に、三征西班牙の仇に、自分たちからすべてを奪った相手に、勝てなかった

双の剣が砕かれる

 

誾は思った

襲名者というのは厄介なものだ

 

何らかの要因で襲名が解除されれば、その過程で得た関係が失われていくから

 

だから宗茂との関係が失われてしまうのを恐れて、それを防ぐために戦う事を選んだ

その結果がどうであろう

 

本多二代には大型義腕を切り落とされて、天野康景には"四つ角十字"も双剣も砕かれ、壊された

自分が望んだ結末を、叶えることが出来なかったのだ

 

ああ、自分はなんて無力なんだろう

 

怒りも、焦りも、不思議な事に感じなかった

あったのは自身への失望と、宗茂への想いだけ

 

そしてふと我に返る

 

これで今つけている義腕まで落とされれば、それこそ本当に宗茂との思い出まで失う事になってしまう

それだけは避けたかった

 

だから誾は

 

「・・・」

 

義腕を自ら切り離した

 

**********

 

康景は双剣を砕いた

 

砲塔、剣、次は両の義腕、最後は首だ

 

明確なビジョンとして敵をどう倒したらいいか見えている

思えば敵の主力級で最初に戦ったのはこの女だ

そう思うとなんだか感慨深いものがあった

 

立花夫妻は自分にとっての最初の強敵だったな

 

三征西班牙との因縁も、この女との因縁も

 

・・・これで終わりだ

 

だが義腕を切り落とそうとして、不意に敵が自らの義腕をパージしたことに気付く

自ら戦うための手段を放棄したのだ

 

「!?」

 

いきなりの動きに康景は驚いた

 

そうか、アンタはそこまでして・・・

 

このまま斬ってしまえば、この女との因縁も終わる

 

だが、それでいいのだろうか

 

無抵抗の人間の首を落とす

敵の命を容赦なく屠ってきた康景ではあるが、相対において『負け』を認めた相手にまで剣を振るう事には抵抗があった

 

彼女は、確かな事は言えないが、おそらく旦那との思い出を護ろうとしたのだ

 

それを『奪って』いいのだろうか

それまで『奪って』しまったら、今度こそ本当の意味で『歪み』を受け入れてしまう気がした

 

だが敵なのも確かだ

自分にとっての敵は斬る

今までそうやって生きてきた

 

三河でも

その前でも

 

・・・その前?

 

何時の事だ

 

本当に例外なく誰でも倒してきたのか?

 

疑問が頭を過ぎる

そう言えば、昔、似たような状況で誰かを斬れなかった気がする

あれは誰だっただろうか

 

師匠?・・・広家?

 

不意に幼い自分と『彼女』の姿がフラッシュバックする

ズキズキと頭が痛む

 

くそ・・・なんでこんな時に!

 

"妹"には英国に来てから随分してやられたものだ

今もそうだ

不意にあの女の顔が思い浮かび、苛立った

フラッシュバックに混乱しながらもそこで康景は誾の首に刃を当てた所でその動きを止めた

 

******

 

「止めを・・・刺さないのですか?」

 

膝をついた誾が、怪訝そうに尋ねる

それに対し康景も

 

「どうしてかな・・・」

 

何かを誤魔化すように、空を見上げて呟いた

 

「俺にも解らん」

「なんですか・・・それ」

「・・・だから、俺も知らねっつってんだから黙ってろ負け犬」

「なっ・・・!?」

 

これは完全な八つ当たりだ

康景は度々起こる記憶のフラッシュバックによる苛立ちを抑えながら

 

「アンタは俺に負けて、アンタの旦那はウチの副長に負けた・・・アンタと俺の因縁は、俺達の勝ちで終わったんだ」

「・・・」

「アンタは捕虜にする・・・この戦争が武蔵の不利に終わった時の保険だ」

 

殺さなかったのか殺せなかったのか、どちらかは解らない

だが、敵を生かしておく以上、理由がいる

だからこの女は捕虜だ

第三特務を捕虜にしたことでどれほど交渉に有利になるかは知らないが、なにも無いよりはマシだ

 

「もし"負けた"アンタが武蔵で何かしようとしたら、その時は・・・殺す」

 

もしこの女が妙な事をしでかせば、誰かが責任を取らねばならない

この女を殺さなかったのは自分だ

その時は自分で始末をつけるのが筋だろう

それが康景が今下した判断である

 

その判断に誾が意外そうな顔をしているが、ツッコミを入れるのも面倒なので敢えて何も言わなかった

 

**********

 

ナイトは落下の中、揺り起こされる様な感覚を得た

変な感じだ

今は確か戦闘中だったはず

こういった起こされ方をするのは、大抵朝自分が寝坊した時にナルゼが起こされる時だ

 

妙だなぁ・・・

 

瞼を閉じているのに明るい

その妙な感覚の原因は、すぐに暴かれることになった

 

「ガッちゃん!?」

 

大好きな顔が、そこにはあった

なんでここにとか、どうやってとか、そんな疑問が生じるがそれよりも先にナルゼが

 

「姉好きの半竜に送ってもらったの!」

 

自分を左手に抱きかかえ、右手で箒を掲げる

 

「まだ折れてなくて幸いだったわね・・・戦うのよ、マルゴット」

 

だが、"黒嬢"は砕かれてしまった

他に武装は無い

しかし

 

「さっきね、英国から来る途中で面白い通神文が来たわ・・・"見下し魔山"から」

「!?」

 

魔女達御用達で、自分達のスポンサー企業だ

二人抱き合うようにして飛ぶ二人

そしてナルゼが何かを謝るように、されど何かに気付いた様な様子で語り掛けてくる

 

「私ね、解ったの・・・」

「?」

「私はマルゴットやあの馬鹿に世話になってばっかりで、役に立ててないって焦ってた」

「・・・」

「でもやっぱり、私たちは並びあってこその"双嬢"だものね。『並び合う』のに、『手伝う』なんて違うわよね」

 

ナルゼが自分の頬を頬を合わせて

 

「私は、『手伝わない』、だから、『一緒に行きましょう』マルゴット!」

「うん!」

 

互いに額を合わせて、互いの在り方を再確認した二人は、上昇した

その中でナルゼは表示枠を開き

 

「Verwandlung!―――私たちように新設計された"令嬢"召喚契約を行うわ!」

 

*******

 

瞬間、二人の背後に個別棺桶が展開した

ナイトとナルゼ用の個別装備が入った新型だ

 

「うわっ、個別棺桶なんて一体いくら掛かってるのコレ!?」

「ホント!テスターで良かったわ!」

 

そう言うなり、互いの背後にある棺桶が開く

 

「来てよね!"黒嬢"!」

「来なさい!"白嬢"!」

 

両の棺桶から、追加部品群が展開する

 

ナイトの木箒にはブラシ部分に船殻が

ナルゼのペンには長い槍の様な鉄の白が

 

それだけでなく、二人の肩や腰にも追加パーツが接続され、肩には大型の装甲が、腰には二枚のレールウィングを重ねた加速器がついた

 

「高く飛ぶわよマルゴット!」

「速く飛ぼうかガッちゃん!」

 

言葉と共に、二人が高速で飛翔した

普段の飛翔以上の速度に戸惑いながら、その原因を考える

腰のレールウィングだろう

フラップ際から加速用の流体光を吐き出している

 

燃費悪そうね・・・

 

テスターだから費用も安く済むと信じたい

だがしかし、今はそれどころではない

 

「ガッちゃん!」

 

後から追いついてきたナイトが自分達の下方、機鳳空母を指さす

予想以上の速度に自分達はおろか機鳳までも驚いているようで、こちらを見失っている

 

行ける・・・!

 

二人は顔を見合わせ、機鳳空母に向かって急降下した

ナルゼが空間に誘導弾起動を描写し、ナイトが棒金弾を射出する

魔術式準対艦砲レベルにまで威力が上がった棒金弾が四発、誘導ラインに沿って甲板に向かう

 

そして棒金弾に反応して急に飛び立とうとする機鳳一機の右翼を穿ち、甲板に叩きつけた

六機中二機は先に飛び、残り四機中一機は潰し、残り三機にも棒金弾は当たったが反応が無いのを見る辺り、既に機鳳から降りていたのだろう

二人は弧を描くように上昇し、武蔵に向かった二機の機鳳を追った

 

「先に行った連中を追うわよ!」

「間に合う!?」

 

流石に既に向かった機鳳に追いつくのは流石にキツイが、この装備なら間に合うはず

 

「説明書は読んだから大丈夫よマルゴット―――追いつける!」

 

*******

 

ナルゼは今最高の気分だった

 

ぱっふぱふじゃああああああああ!!!!!!

 

何がパフパフなのか

答えは簡単

自分とナイトが抱き合うようにして飛び、丁度ナイトの胸が顔に当たるようになっているからだ

 

ヒャッハー!オッパイじゃああああ!!!!!

 

戦闘中であるのにも関わらず気分はハイだった

ベッドの上でもないのに合法的にオッパイを堪能できる

普段公共の場でも所構わずオッパイを連呼するトーリや点蔵の気持ちも今ならわかるかもしれない

 

「どうしたのガッちゃん!?苦しいの!?」

「違うわマルゴット!オッパイがいい感じに当たって気持ち良いのよ!オッパイオッパイ(゜∀゜)」

「ガッちゃんガッちゃん、嬉しいけど終わった後でね!」

 

怒られたのでしょんぼりしたが、後でならいいらしいのでやったぜ

武蔵に向かって飛んでいった機鳳二機を正面に見据え、突っ込む

敵の迎撃を受けるが、構わず進んだ

打撃や砲撃をロールで避ける

 

敵の攻撃を避け、殴りかかる軌道で二機を爆撃した

 

*******

 

アデーレは前方で更に向かってきた機鳳がナイトとナルゼによって爆撃されたのを見た

 

「助かりました!」

『で、でも燃料切れ~・・・』

 

左舷浅草の方に転がるように降りて行き着地していった魔女二人に対し"武蔵"は

 

「初期燃料とはいえ、あれではいささか燃費が悪いですね―――以上」

「え、あ、いや、そこは素直に喜びましょうよ"武蔵"さん・・・」

 

先程康景から武蔵に残った立花誾を無力化したとの報告があったので、これで武蔵上の脅威は去った

後は正面の機鳳空母だ

 

先程のナイトとナルゼの攻撃によって甲板が破壊され、残骸と壊れた機鳳によって動かなくなっており小型艦によって退艦を始めている

それを見て"武蔵野"は

 

「チャフ除去も九十八%処理を完了しました。後は空母を確保して完全な防御態勢を―――」

 

言いかけた所でアデーレが不意に何かに気付き

 

「ぜ、全艦上昇!!」

 

不意の命令に自動人形達は戸惑った

それでは機鳳空母を確保できない

しかし、自動人形達はそれに従った

 

その時だ

 

「!?」

 

機鳳空母が爆発したのだ

 

*******

 

武蔵より後部に居るサン・マルティンが、機鳳空母の爆発と共に姿を現した

 

「流石に気づかれてしまったか・・・」

 

背の低い艦橋部から前方の武蔵を見た

撤退戦成立のために敵が突撃してくることは想定の範囲内だ

だから突撃の際に一艦を囮として配置し、食いついてきたところで爆砕術式で爆破して確保されるのを防いだ

武蔵ごと巻き込んで爆発すれば大破も狙えたかもしれないが、それは出来なかったようだ

しかし

 

「こちらの主力艦隊を追い越し、更には確保すべき機鳳空母もなくなってしまった以上、撤退戦は成立しません」

 

横に立ったフアナが呟いた

その通りだ

武蔵がこの状況で撤退戦を成立させるためには、機鳳空母の残骸を確保して各国に『撤退戦の際に自沈したもの』として成立を認知させるか

もしくは英国に全権を委譲して追撃戦を成立させるかの二択だ

 

どちらを選んでも世界からの認識としては戦闘における『最後の詰めが甘い』と、そう評価されてしまう

どっちの結果を見ても、武蔵にとっては好ましくない結果だ

 

*******

 

「アデーレ様、機鳳空母を確保するのであれば後三十秒以内にお願いします―――以上」

 

"武蔵野"に判断を迫られ、アデーレは判断に迷った

どうする、どうすればいい、とそんな言葉が頭に浮かぶ

しかし今この場で判断を下す役割を担っているのは自分だ

 

中二病の軍師も、鈍感の方の馬鹿も今この場にはいない

 

アデーレは必死に考えた

敵の撤退戦を、自分達の追撃戦を成立させるためには三征西班牙の背後に回り込む必要がある

問題なのは『回り込むための手段』だ

 

鈴が"武蔵"に支えられながら作る模式図を見た

"音鳴りさん"を武蔵に有線接続することで外界を感じることが出来るらしい

初めての感覚に最初の頃は戸惑っていたようだが、今ではすっかり慣れたようだ

 

模式図を見て、アデーレはふと

 

・・・ん?

 

考えついたというか、思いついた

頭の中で物事を平面的に考えてしまっていたが、模式図を見ることで立体的に考えることが出来たアデーレは

 

「あ、あの!こ、こんな感じで輸送艦みたいな動きできますかね!?」

 

手さぐりで、鈴がいじっている敵艦群の模型の位置をずらさない様に自動人形達に説明した

自動人形達が顔を見合わせ、息を飲んだ

その時

 

「あれ!?これ僕間に合わなかったパターンかな!?」

 

中二病が指示を出そうとして、アデーレが行っていることを見ると残念そうにつぶやいた

 

**********

 

セグンド達が見たのは、武蔵を包む白い霧だった

 

「ステルス障壁!?」

 

あと最低でも二回は使えたはずの燃料を、ステルス障壁に回した

これに対してフアナが

 

「身を隠してこの戦線から離脱し、アルマダ海戦を放棄するつもりですか!?」

「いや、高速状態でステルス障壁は長くも使えないはずだよ。ならこれは離脱ではなく僕たちから距離を取るためのものだと思う」

 

セグンドは艦橋に対し指示を飛ばす

 

「武蔵はすぐにその姿を現すはずだ!総員監視状態!!」

「―――Tes!」

 

だが次の瞬間には

 

「下!?」

 

下方の雲を割って影が出てきたのだ

浅く上昇し始めていた艦が下方を行く

その意味は

 

「機鳳空母の残骸を確保しに行ったのですか!?」

 

同時にその影に向かってサン・マルティンが砲撃を行う

低空砲弾が影を粉砕する

誰もがやったと、そう思ったが、その影の正体は

 

「輸送艦!?」

 

三つが牽引帯で連なる輸送艦群だ

砕かれた輸送艦群が風に当たって砕ける

自分達が砕いたのは武蔵ではなく、大型の輸送艦だった

ならば

 

「じゃあ武蔵は一体!?」

 

何処へ行った

そう思った時だ

 

「上空に大型飛行物が現出します!」

 

管制の一人が叫んだのとほぼ同時、自分達の眼前に"垂直"に昇っていくように姿を現した

 

・・・まさか!?

 

武蔵が取った選択は機鳳空母の確保でも、英国に全権を委譲する事でもない

武蔵は自分達の撤退戦を成立させるために

 

「天上での後方宙返り!?」

 

*********

 

武蔵の重力航行時にはある程度慣性制御はかかるが、それでも一回転には耐えられるものではなく艦内にかかる物理的なストレスは重大だ

艦内作業員によって短時間慣性制御用の符が張られてはいるが、中にいる人々はその身体をどこかに固定させる必要があった

奥多摩地下の学生寮の一室でもそれは例外ではなかった

 

「まま大丈夫ー?」

「ママはパパを他の女に寝取られながら死んでいくのよ・・・」

「そ、そのネタもうやめようよ!」

 

東が顔を真っ赤にする

ミリアムはそれに対して半目で

 

「大丈夫よ、その辺はどっかの親切な馬鹿が頼んでもないのに事の詳細を教えてくれたから大体の内容は把握してるわ」

 

あのヘタレ鈍感伊達眼鏡曰く「諸悪の根源は拳骨食らわせたから大丈夫」なんて言っていたので、東にこれ以上変な知識が植え付けられることは無いだろう

 

「それにしても・・・アンタどこで真実を知ったの?」

「え、えっと、天野君に『ミリアムに言ったら追い出された』って相談してみたんだけど、そしたら保健の教科書渡されて『これ見て自分の言ったことの意味を考え直せ』って言われて・・・」

 

・・・アフターフォローは完璧ね、あのヘタレ

 

そういうところには気が回るのに、普段はなんでああも鈍感なのか

 

誰よりも強い癖に、誰よりも心が脆くて

誰よりも聡い癖に、誰よりも鈍くて

誰よりも無理してるのに、誰よりも強がって

 

本当に色んな所で矛盾してるわね

 

ミリアムは"我らが隣人"の事をそう評していた

 

外が騒がしくなってきた

水が流れるような音と共に

 

『おみずみず』『まさずみ?』『まさみずー』『ながれてくー』

 

黒藻の獣の声がした

そして一気に艦が傾く

 

「うわ!?」

「きゃ!?」

 

こちらの腰の下あたりにまで落ちてきた東に驚きながらも

 

「え、あ、そ、その、えと!ごm」

「いいから、じっとしてて」

 

東の背中に、少女を挟み込むように腕を回した

 

「危ないから、この子を抱くようにして」

「で、でも」

「いいのよ」

 

わざとらしくため息をついて

 

「同意の上だし」

 

艦が回った

 

*******

 

武蔵が、月を食らうようにして仰け反りながら空を行った

その姿は三征西班牙だけではなく、英国、K.P.A.Italia、六護式仏蘭西、M.H.R.R.などからも確認された

 

自動人形達の"共通記憶"が回復したことによる連動と制御がそれを可能にし、三征西班牙の生徒たちはこぞって

 

「準バハムート級だって!?ざけんな!レヴァイアサンじゃねーか!」

 

誰もがそう思った

大気を裂くような唸り声をあげて、武蔵が一回転する

 

「回頭します!」

 

サン・マルテイン三番艦、隆包達と合流したセグンドは武蔵の迎撃態勢に入った

右舷前部を小型艦に押させ、左舷後部の副砲で背後に回った武蔵に対して正面を向くように回頭する

セグンドは思わず

 

「勝つんだっ!!」

 

そう叫んでしまった

偉そうだな、と内心自嘲するも

 

「「Tes!!!!」」

 

皆が自分の叫びに応えるように皆も叫んだ

だがそれよりも速く、敵が行動に入っていた

 

武蔵野の舳先に立つ二人

武蔵総長兼生徒会長が、武蔵の姫を支えるようにして立っていたのだ

 

*******

 

落下していく武蔵から、ホライゾンは"悲嘆の怠惰"を放った

黒の搔き毟りが朱の艦に放たれる中、ホライゾンはこの戦争で色々な事を見て、考えた

 

敵だろうが味方だろうが、誰もが勝つために戦った

 

衰退を防ぐため

大事なものを取り戻すため

家族を護るため

 

様々な人が様々な理由で戦っていた

"悲嘆の怠惰"の超過駆動をフル稼働しながら、ホライゾンは背後で自分を支えるように立つトーリに言う

 

「・・・トーリ様、ホライゾンは今回の戦闘において勝利を望みます」

 

何故ならば

 

「ホライゾンにもっ勝つための目的を有したからです!」

「お、だったら俺と同じだな!ペア戦争目的?」

 

ホライゾンはそれに対し半目になって

 

「・・・胸を揉んだりしないトーリ様の抱きしめはツッコミが入れられないので不自然でありますね」

「え!?それって揉んだ方が自然って事なのかホライゾン!?じゃ揉むぞ!?揉むからnぐぇ!?」

 

調子に乗ったトーリの顔を肘打ちしながらも倒れそうになる彼を引き戻して

 

「離れると流体供給が不安定になるかもしれないので離れない様にお願いします」

「あっれ!?俺充電器じゃね!?搾り取られるのか!?チックショーそういうのも嫌いじゃないぜホライゾン!」

 

ホライゾンは無視した

 

 




恐らく次でアルマダが終わります
『八月の投稿』及び散々やるやると言ってきてやらなかった『特別編』に関して活動報告を上げました
もし宜しければそちらもご覧ください

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