境界線上の死神   作:オウル

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???「大将首だ!大将首だろう!?首置いて(ry」


十八話 前編

勝てば帳消し

 

負ければ終わり

 

勝つ事への執着は

 

何をもたらすのか

 

配点(執着)

――――――――

 

康景は、多摩で起こっている戦況全体を確認した

敵戦士団と、艦体からの砲撃と、武神からの航空攻撃

それを防ぐ武蔵戦士団

 

ノリキの戦闘は終わっているようだが、他はまだ戦闘をしているらしい

シロジロが弘中隆包の進行を防ぎ、二代が誾と交戦している

 

あの二人は問題ない

なら援護に行くのは戦士団

 

敵艦からの砲撃は、それに対応できる武器が無い

これは戦士団に防いでもらうとして

残る対象は敵戦士団と武神

戦士団の激突は、ウチの戦士団が優秀なので大丈夫だろう

だったら

 

「武神か」

 

先程から多摩の頭上をぶんぶん飛び回っている武神五機

最初の報告では十五機ほどいたそうだが、ウチの魔女隊が四機不能状態にしたとの事

残り六機はナイトが向かった三征西班牙艦隊後陣の機鳳空母に居るため、飛行手段がないこちらとしては任せる他なかった

さらに向こうが道征白虎を、直政が地摺朱雀を出してきたのでまさに総力戦である

 

五機・・・何とかなるか?

 

正直言うと、空を飛んでいる相手の戦闘経験はあんまりない

ちょっかい出してきて飛んで逃げるナルゼを追いかけまわしたり、武蔵の航空系担当に相手してもらったりするくらいしかない

 

いや、ひょっとすると空中戦は苦手かもしれないな

少しだけ不安を感じた

というか武神の飛んでる位置高すぎるような気もする

 

もうちょっと低く飛んでくれないかなぁ・・・(イライラ)

 

あれではギリギリ届かなそうだ

せめて足場があればいいのだが

 

ん、足場?

 

足場がないなら、持ってきて貰えばいいじゃないか

康景は閃いた

 

「智、今から俺が言うタイミングで矢を撃て!ペルソナ君は最初の時と同じ感じで武神に銛を投げてくれ!」

 

**********

 

武神の一機が、"死神"を視認した

白のコートを着た、いけ好かないイケメンが、戦場になっている甲板上に向かってきている

見た所、手にした長剣以外は持っていないようにも見える

 

アイツが・・・

 

三河で自分達の同胞たちを殺した男

戦争なのである程度の犠牲が出るのは戦士団なので致し方ないことではある

しかし頭ではわかっていても、中々割り切ることが出来なかった

 

出来る事なら倒して三征西班牙の勢いに弾みを付けたいが、今自分達武神団がやらなければならない事も解っている

 

それに、相手に飛ぶ手段がないのだ

わざわざ相手と同じ土俵に立つ必要はない

奴が仲間に手を出す前にこちらが多摩に打撃を与えてしまえばいいだけ

 

他の機鳳もそうしているし、それが仕事だから、そうする

先程と同じように自分もそうした

 

だが不意に仲間の機体が

 

『おい!a3、避けろ!』

 

自分に避けろと、そう指示を出してきた

反射的に下方に避けた瞬間、頭上を何かが通って行った

 

銛だ

 

最初の方で武蔵のバケツを被ったバーサーカーが味方の漁船を沈めたやつだ

狙いは良いが、遅くて粗い

小型漁船を沈めるには充分だが、武神を狙うには足りない

 

だが

 

『違う!前だ!』

 

リーダーの機体が、何かに警戒するように叫んだ

その様子に、a3は改めて戦場を見た

その時だ

 

「まず一機!」

 

は?

 

白いコートを着た男が、自分の目の前に居たのだ

不意に現れた"死神"に対して何かアクションを起こそうとするa3だったが、次の瞬間には

 

『がっ!?』

 

頭部を先程の銛で貫かれた

 

*********

 

右舷艦首側の小型艦で、ベラスケスは"死神"がやった一連の流れを、隆包の援護をしながら見た

 

人間なのかアイツ・・・

 

英国代表たちを乗せた輸送艦が戻ってきたという事は、当然そこには天野康景も乗り合わせている

ベラスケスは敵の狙いはてっきり自分達の戦士団を狙うものだとばかり思っていたが

 

まさか飛んでる武神を狙うなんてな・・・

 

今起こった事は、言葉で説明するだけなら簡単なことだ

 

巫女が撃った矢を足場にして、上空の武神にまで跳んだのだ

そして最初の銛は武神への攻撃ではなく、武器にするためのものであり

 

武神の高度を下げるためのもんだったのか・・・

 

飛んで来た矢を足場にしたのもそうだが、まさか投げられたものをそのまま武器にするとは思わなかった

 

いざとなったら自分の"描く"術式で援護するつもりでいたが、戦士団ならともかく、機動力が売りの機鳳には却って邪魔になるだけ

 

「くそ・・・」

 

一機だけにとどまらず、飛んでくる矢を足場に空中の武神達と互角以上の戦いをして武神からの攻撃を封じた

武神相手に空中戦で戦える天野康景もそうだが、それを援護するように矢を撃てる巫女もそうだし、ウチの副長である隆包と劣らずにやり合えている武蔵会計など

 

・・・武蔵ってヤベェな

 

改めてそう思った

その時、隆包の声がした

 

『ベラのオッサン聖譜顕装だ!』

 

隆包が表示枠の向こうからそう指示してきた

表示枠の向こうから、激しい金属音が響き渡る

 

「おい、そっちとんでもねぇ音してっけど、大丈夫か?」

『あんま話しかけんな!気ぃ散る!』

 

そう言って表示枠を切った

横暴にも聞こえるが、前線にいる者の判断としては正しい

ベラスケスは聖譜顕装を使った

ここからでは先に進む隆包たちに聖譜顕装の恩恵は利かなくなってくるだろう

それでも隆包は自分で敵の攻撃を引き受けて、他の奴を進ませようとする

自分が引き受けている間に敵艦橋を制圧してしまえば勝ちだ

だが、三征西班牙の砲撃の事も考えれば制限時間は

 

あと一分程度・・・

 

部員たちがそれを乗り越えれば、後は俺たちの勝ちだ

 

「・・・頑張れ」

 

ベラスケスはそう呟いた

 

そろそろラストスパートだ

 

**********

 

隆包はベラスケスによる聖譜顕装の援護が発動したのを感じ、自身の背負う聖譜顕装"見堅き節制・旧代"を発動した

 

今この場では、敵の速さ、回数分の威力が二分の一になる

圧倒的にこちらが有利だ

隆包は速度が二分の一になった武蔵の商人に突っ込み、バットを思い切りフルスイングした

 

「ホォォォオオオオオオムゥラァアアン!!!!!!」

 

野球部員のフルスイングが、商人の腹に当たり、勢いで飛んで行ったが速度は二分の一のままなのでゆっくり飛んでいく

だが、隆包はその感触に違和感を得ていた

骨ではなく、硬いものに当たるような感触

それは

 

「服ん中に金仕込んでやがったか!?」

 

破れた服の間から五円で出来た帷子が見えた

そして商人はニヤッと笑い

 

「貴様の負けだ」

 

そう言った

何を馬鹿な事を

 

「貴様は・・・武蔵に負ける」

 

ふざけるな

 

勝つのは俺たちだ

 

勝つのは三征西班牙だっ!

 

心の中で叫んだ

だが、その時夜なのに更に暗くなった事に気付いた

あれは

 

「輸送艦!?」

 

○べ屋と武蔵アリアダスト教導院の紋が入った輸送艦

大型木箱を出し入れするためのハッチが開く

 

そこから落ちてきたのは

 

「金!?」

 

空間を埋め尽くすほどの五円玉が、自分に滝のように落ちてくる

隆包はバットを振って対処する

 

「おおおお!」

「英国で稼いだ『私』の九十億の一部だ、こんなこともあろうかと予め五円玉に両替しておいたのだ」

 

用意周到な商人だ

だが隆包は気づく

 

この攻撃は時間稼ぎだ

 

何せ聖譜顕装の効果で敵の攻撃は遅くなる

なら聖譜顕装を使い続ける限り、敵の攻撃も続く

 

時間が無ぇってのによ・・・!

 

苛立ちを押さえ、隆包はある決断を下す

 

「ベラのオッサン!そっちの発動を停止しろ!」

 

こうなったら被弾覚悟で進むしかない

聖譜顕装が思わぬ形で封じられてしまったが、構わない

やることは変わらないのだから

 

「速攻!」

 

壊れたヘルメットを捨てて硬貨の中から飛び出て隆包は進んだ

しかし五円玉の滝を抜けても、商人がそれを操り、まるで生き物のように襲い掛かってくる

 

邪魔だ・・・!

 

バットを構えてそれを迎え撃とうとするが

 

「主将!先に行ってください!」

 

野球部スタメンが、敵の攻撃を遮るように並んだ

その姿を見て隆包は歯を食いしばり、進む

 

残り百メートルを切った

敵の弾幕が濃くなる

 

魔女隊の攻撃も商人からの攻撃も防ぐ

 

残り五十を切ったところで、更に攻撃が増えてきた

指弾や魔女隊の攻撃に加え、数百の刃が風に乗って飛んで来たのだ

 

「Bite!」

「英国のウオルシンガムかっ!?」

 

英国が武蔵の加勢するのにとうとう艦上にまで進出してきた

加えて

 

「食らいなさい!」

 

武蔵第五特務が大型木箱を飛ばしてきた

 

「邪魔すんじゃねぇええええええええ!!!!!」

 

走る速度を緩めず、来たものを全て叩き落した

これくらいの練習は、毎日やってきた

そして不意に銀狼が屈む

 

なんだ?

 

そう思うよりも速く、敵が動いた

 

「最後の金だ!受け取るがいい!」

 

莫大な量の表示枠を展開させて、こちらに向けていた

 

来る!

 

次の瞬間にはその砲口から高速貨幣弾が射出される

避けられない

だから隆包はそれを迎え撃つ

 

フルスイングだ!

 

こちらに向かってくる貨幣弾に対して、思い切りスイングした

 

*********

 

隆包がスイングしたバットは、貨幣弾を真芯で捉えた

その速度に耐え切れず貨幣弾は潰れるが、そのあまりの威力に

 

「!?」

 

長尺バットがその威力に押し負けて粉砕したのだ

武器も失い、息も荒く、隆包の手には粉々に散っていったバットの柄だけが残る

 

そして

 

『―――!!』

 

タイムアップを告げる警報が鳴った

間に合わなかったのだ

 

「ゲームセットだ・・・」

 

武蔵商人が告げる

しかしそれを認めてしまえば

 

・・・なんのための副長だよ

 

総長が色々背負って臨んだこのアルマダも、無になってしまう

"衰退"に抗ってきた仲間の努力も、想いも、何もかも

 

この戦いを無駄にはしない

そのためにも、三征西班牙はまだ終わっていないという事を、ここに証明しなければ

 

「三征西班牙は・・・まだ終わってねえんだぞ!」

 

バットを捨てて、聖譜顕装を構え、前に出た

敵の攻撃が当たる

霊体とはいえ、痛みは感じる

しかしそれでも隆包は進んだ

 

銀狼が左手を挙げて猟犬に合図する

猟犬の十字砲による砲撃だ

直撃コースだが、それでも進んだ

 

「うおおおおおお!!!」

 

だが飛来する敵砲撃が隆包に当たることは無かった

気が付けば、自分は空を見上げていた

 

「!?」

 

落下している

艦上から落ちたのだ

自分が落下している原因は

 

「主将!」

 

野球部員たちだ

彼らは隆包を抱き飛ばすように突っ込み、落ちていく

 

「・・・ゲームセットです!」

 

告げられた言葉の意味を思い、隆包は顔を顰めて

 

「くそおぉおおおおおおお!!」

 

隆包の叫びが空に木霊した

 

**********

 

多摩では、三征西班牙の生徒の追撃と掃討に戦況が移行していた

朱の学生服を着る生徒たちが、身を投げるように武蔵から飛び降りる

それをベラスケスやバルデスの船が回収していく

 

均衡していたと思われた戦士団の激突も、次第に武蔵が優勢になった

原因の一つは、上空から射撃をしていた三征西班牙の機鳳五機が康景によって落とされた事にある

これにより武蔵戦士団が敵艦からの砲撃の防衛と三征西班牙戦士団からの攻撃を防ぐことに集中できた

 

そして機鳳を"無傷"で落とした康景が

 

「お前ら敵だろう!?なぁ敵なんだろう!?命だけ置いて失せろ!(こんばんは、清々しい夜ですねくらいの意)」

 

機鳳の頭部を片手にそう叫んだ

これが決め手となり、三征西班牙の士気はがた落ちした

問題なのは誰がやったか、だ

 

三河での前例があるからこそ、最大限の効果が生まれたのだ

これを全部"計算"でやっているのなら、それこそ恐ろしいものはない

 

ベラスケスは三征西班牙の戦士団を回収しながら思った

 

ウチの大将も指揮にかけては天才的な才能を持っている

しかしこの男は

 

"戦う事"に関して天才的だな・・・

 

ここまでヤバいと、例の噂の信頼性も増す

 

「お前一体・・・」

 

なんなんだ?

 

そう思った時だ

自分達の頭上を、武神が走っていった

 

「房栄か!?」

 

"道征き白虎"の『道』の能力によって、房栄が武蔵に進んだ

 

*********

 

道征き白虎が、足元に麦の道を造って進んだ

浅草や品川などが時折波を打ったように揺れている

無茶な航行をしている証拠だ

ならばここで武蔵に武神で打撃を与えれば少なくとも航行に支障は出るだろう

 

多摩を見る

揚陸班が撤退し、機鳳五機が全滅

 

タカさん達も失敗・・・

 

ならばせめて、"道征き白虎"で一撃を

 

だが、その時不意に多摩後部から武神が射出されたのを見た

 

・・・地摺朱雀!

 

地摺朱雀が上がってきた

 

襲撃の際、この道征き白虎と同じ四聖の一体かと思ったが、山川道澤の内、朱雀が対応する澤を使えない事から、ただの偽物だと判断した

偽物に興味はないが、それでも自分達の行く手を阻むなら、叩き潰すだけだ

 

"砲口劣化"で出鼻を挫く

敵が出てくるタイミングに合わせ、砲撃を撃つ

 

来た・・・!

 

房栄は敵に容赦なく砲撃を食らわせる

しかし、結果は房栄が期待したものとは違う

道征き白虎が砕いたのは地摺朱雀ではなく

 

「緩衝用装備!?」

 

三河戦でも使用していたものを、ここでも使用してきたのだ

しかも、最初に見えたのは地摺朱雀の顔ではなく

 

「足!?」

 

足だった

 

***********

 

武蔵整備班は、武神同士がぶつかり合うのを見た

足から行った地摺朱雀は、すれ違いざまに道征き白虎を押さえるつもりで行ったのだが、敵は見事これを回避した

しかし、地摺朱雀にも三河で第三、第四特務が倒した武神の飛翔機を取り付けたので空中回避まで行える

取り付けた大はその結果を満足そうに見ていた

 

「あれ取り付けたのお前か?整備したは良いが若干無理がある様にも見えるぞ?」

 

祖父である泰造が問いかける

それに対して大が

 

「だって先輩が『飛べるようにしろ』ってうるさいんだもん、こちとら三日間ぶっ通しで整備してたんだから」

「・・・ああ、通りで検査区画で騒がしかったわけだ」

「あ、煩かった?」

「いや、必要でやってんならそれでいい。必要もないのにやってたらなおよかったがな」

 

泰造爺さんが腕を組んで空を見上げるのに対し大は気になったことを聞いてみた

 

「ねぇ、マサ先輩と天野先輩ってどんな関係な訳?」

「・・・そうだなぁ」

 

祖父は少し考えて

 

「仲のいい友達・・・じゃね?」

「なんか適当だね・・・」

 

実を言うと、他の機関部からの情報などからある程度関係性については知っていた

 

直政姐さんの初恋相手、とか

恋心の空回り、とか

異性間で成立する友情関係、とか

 

そんなのばっかりだが、直政が彼を信頼しているのはよくわかった

出撃前の会話からも、そういう裏付けが出来たわけだし

 

「ああ、でも普段男勝りで色気よりも仕事みたいな奴でも、ヤス坊といることでちょっとは女を意識するようになったからな・・・」

「それでも恋愛事には発展しなさそうだけど」

「それはヤス坊がアレなだけだ」

 

成程鈍感系統の人なんですね解ります

 

「マサ先輩が天野先輩を信頼してる理由って、何だか解る?」

「アイツに聞かなかったのか?」

「最後はぐらかされちゃって・・・でも"信頼とはちょっと違う"って言ってたけど」

 

泰造は腕を組みなおし、大を見た

 

「ヤス坊はな、アイツにとって『この場所でやっていく』って思わせてくれた"きっかけ"みたいなもんだ。だから"信頼"とか"恋愛"とか"恩義"とか、色々なものが混じってるんじゃねぇかな」

「・・・」

 

なんか複雑だなぁ

恋愛経験のない自分はういう複雑なものはよくわからない

 

「壊されたらマズい状況でも、やるしかねぇんだよ、『この場所でやっていく』って直政が決めた以上、俺たちはそれを全力でバックアップする。だから―――」

 

泰造は空を見上げ

 

「お前も応援しろ」

 

**********

 

勝つ!

 

直政は地摺朱雀で道征き白虎の腕を掴み、関節技に持ち込む

以前は打撃で負けたので、隙を突き、固めて、宙に落とす

 

地摺朱雀が道征き白虎の腕を掴み、そのまま引こうとする

しかし、敵の反応と言えば

 

・・・OSの同一処理!?

 

何故そんな事をするのか、直政は一瞬判断が付かなかった

だが、その行為の意味は結果として現れた

 

「!?」

 

地摺朱雀の肩上に、『道』が出来たのだ

落下方向が変わる

道征き白虎の下敷きになるように激突した

 

左肩と左腰が、根本から破壊される

衝撃に揺れる中、直政は強引に地摺朱雀を立たせて、道征き白虎にしがみつく

 

しかし、入ったのは道征き白虎のカウンターで右爪のオーバースイングを食らい

 

「!!」

 

胸部に当たる

ワイヤーシリンダーが千切れ、装甲服を貫いた

 

**********

 

房栄は、直政の気概に素直に感心した

 

・・・立派ね

 

護りたいものがあるからこそ、頑張れる

それはやはりどこでも共通なのだと、少し感傷に浸った

だが、今は戦時だ

だから房栄は攻撃した

 

右爪のオーバースイングが、敵の胸部を貫く

仰向けになって、胸部装甲がはがれたことで機械群が露わになる

外部操縦式の武神なら、全身統御用の主幹器が存在するはずだ

それを砕いてしまえば自分の勝ちだ

 

だが

 

「・・・え?」

 

そこにあったのは主幹器などではなかった

あったのは鉄製機殻ではなく

 

流体槽!?

 

しかもそこに見えたのは、操縦者として訓練を受けたような人間ではない

年端もいかないような少女だ

所々欠損している様に見えるが、彼女が地摺朱雀本来の操縦者だとするなら、武神に乗って欠損した場合は表示枠で警告されるはずだが、それが無い

これはどういうことか

不意に武蔵の第六特務が

 

「あたしの妹さね・・・」

 

半顔を血に濡らしながら言った

 

「あたしたちが住んでた村が襲われた時、あたしは腕一本で済んだけど、妹は重傷でね」

 

悲しそうな、それでいて覚悟を決めた声で

 

「地摺朱雀も動かなくて参ってたとき、妹が言ったんさね・・・『使って』って」

 

なら

 

「なら使うさ・・・あたしは」

 

使う

その言葉に、危機感を感じた房栄は道征き白虎を攻撃態勢に移行した

何かがマズいと、直感する

 

だが、道征き白虎の動きよりも先に地摺朱雀が

 

『四聖武神三型:"地摺朱雀":初動作確認―――初期起動開始』

 

まさか、今の今までOSが本格起動してなかったとでも言うの!?

 

有り得ない

何故なら武神とは完成物が納入される

だから本格起動がされたのは確認済みの筈だ

 

いや

 

房栄は考え改めた

 

もし起動時にOSの機能の大半が失われていて、合一した瀕死の少女がそれを補ったのだとしたら?

 

マズいと、そう判断して距離を置こうとする

しかし、地摺朱雀の背後に水の様なものが広がっていく

これが山川道澤の『澤』か

 

湖沼・・・違う、これは・・・空!?

 

無限の厚みを持つ空が、こちらの道を侵食していく

そして次の瞬間には

 

!?

 

道征き白虎のみが、落下していった

自分を見下ろす武神の影が、小さくなっていく

房栄は落下していく中、隆包たちが無事回収されたのを見て安心した

だが、そこに一人分影が足りないのに気付いた

 

「・・・まさか!?誾さんまだ戦ってるの!?」

 

誾一人だけが離脱せずに戦闘を続けていた

 

**********

 

月下の町中で誾は焦燥感を感じながらも、二代との戦闘を続けていた

先程の警告音は、武蔵離脱の限界時間を示す音

ならばもう逃げる手段はない

しかし、今の誾にはもはや"撤退"など頭になかった

 

あったのは『宗茂の復権』と、『二代、康景の打倒』することへの執着だけだった

 

特に康景への復讐心は、他よりも強く、誾の中で渦巻いている

 

・・・この女も、あの男も、私がこの手で・・・!

 

倒して、襲名解除を撤回させる

その思いの中、誾は敵の動きを見た

 

正面からの攻撃を重ねているが、この女は真正面から突っ込んでくる

平気で砲撃の前に飛び込んでくるが、これは回避に自信があるというよりは、砲撃を意識していない

攻撃の種類を分別し、ちゃんと捌くためだ

 

防御的な攻撃馬鹿が、身を低くして伸びるような速度で向かってくる

だが誾は思った

 

確かに速い

確かに強い

 

でも

 

あの男の様な鋭さはない・・・!

 

******

 

二代は敵の攻撃を避ける中で誾の評価を改めた

以前襲撃の時や三河での康景の報告との印象では、"攻めてくるタイプ"の女だと思っていたが

 

・・・完全に攻撃的な防御主体で御座るな!

 

こちらの攻撃に対して迎撃防御を重ね、多角度的に砲撃を撃ってくる

距離が近まれば剣で、遠くなれば砲撃で攻めてくる

だが

 

「・・・」

 

二代は、敵の剣を受けて思った

 

敵を必ず打ち倒すという執念、いや、怒りで御座るか・・・

 

旦那の復権を成し遂げるという強い意思

自分からすべてを奪った者たちへの復讐

そして奪われた自分への怒り

 

そう言った感情が、剣に乗せられている

 

だが、こちらも君主の命も、極東の命運もかかっていたわけで

副長として康景に信頼してもらえているのだ

 

ならばこちらも負けるわけにはいかない

 

二代は回避行動をしながら前に出た

誾の双剣が下からはね上げるようにしてくるのを、紙一重で躱す

だがその時誾は

 

「!!」

「!?」

 

無理やり"十字砲火"で甲板の床を斜めに穿ち、その反動で誾が飛ぶ

多摩左舷の、洋風家屋の向こうだ

 

身軽で御座るな・・・

 

自分が速さで避けるのなら、この敵は身軽さで避ける

そして何より、敵を倒す事に固執しているのに、退路は確保している

 

戦い慣れしてるで御座るな

 

二代は洋風家屋とその右側にある家屋、その間にある側道に進んだ

 

***********

 

誾は敵から逃走するように距離を取った

下手に迎撃して自分を追い詰めるより、先を読んで次につなげるためだ

しかし、それでも、物陰からの砲撃など攻撃は怠らない

 

誾の狙い通りに事が進めば、いける

 

敵への砲撃音を利用して、小細工を悟られない様にする

周囲を一周したのを機に、誾は動いた

そして狙い通り、敵はこちらとの距離を詰めるために蜻蛉切の伸縮機能を利用して跳んだ

 

着地した瞬間、誾は洋風家屋の裏側から砲弾を撃ち込む

家屋は衝撃波によって膨張し、爆発を生んだ

 

こちらが家屋に付けた斬撃は、爆発の衝撃を逃がしてこちらに被害を出さない様にするため

さらに逃げ場を得た衝撃で家屋はちょっとした砲弾と化し

 

「行きなさい!」

 

二代に向けて吹っ飛んだ

巨大な面攻撃に対する敵の攻撃予測は出来ている

 

正面から来る!

 

蜻蛉切の伸縮機能を使う音が聞こえた

だから正確に言えば正面上だ

誾はそう考え、真下を行く

敵が落ちてくるところに砲撃を叩き込む

 

・・・宗茂様!

 

これで襲名解除もなしになります

そう思い、頭上を見た

敵が来る

 

そう確信したが結果は違った

 

来たのは

 

「柄だけ!?」

 

刃の無い、蜻蛉切の柄だけだ

持ち主がいない

 

どこに消えた?

 

左右からの気配はない

ならばどこから来るか

 

―――!?

 

来たのは背後からだった

 

**********

 

二代は突っ走った

吹っ飛んでくる家屋の中を進んで、予想通りこちらを下から穿とうとする誾を追い越す

 

そしてつかさず誾の背後に回る

夫を助けるという信念を断ち切るのは容易ではない

 

決めるなら一瞬だ

 

二代は誾が降り下ろした双剣を掻い潜り、左腕の義腕接合部から切り落とした

 

一つ・・・!

 

そしてそのままの勢いで敵の右前に走り、回転するように背後に回り込んで右腕も切り落とした

 

二つ・・・!

 

手応えがあった

誾の義腕が宙を舞い、"十字砲火"が制御を失ってゆっくり落ちていく

鈍い音が響き、二代はスライディングを行って制止する

敵の攻撃手段を断った

 

全身が重い

緊張感の喪失で、動きが緩慢になる

 

しかし、二代はすぐに異変に気付いた

切り落としたはずの腕が、付いている

だが先程の様な義腕ではない

普通の腕のようにも見えるが、肩と腕の接合部が黒く見えるので、義腕だと確認できる

誾が肩に背負っていた鉄ケースから落ちたものに入っていたのだろう

 

誾がゆっくりと起き上がる

 

**********

 

誾は己の中で『悔しさ』や『どうしようもなさ』、そしてなにより怨敵に勝てない自分に『怒り』を覚えた

 

私は・・・

 

宗茂の復権を望んで、皆が撤退した後も一人ここに残ったというのにも関わらずこの様だ

このまま自分が諦めれば、宗茂の復権は望めない

 

・・・宗茂様

 

名を失うことを恐れ、襲名を失うことを恐れてただ周囲に当たるようにとがっていた自分に、生きることの意味を教えてくれた人

自分にとっての襲名解除は、彼との思い出を、彼との今までの営みを全部否定されるようで、悔しかった

 

虚しかった

寂しかった

悲しかった

 

三河で宗茂を負かした本多二代

そして三征西班牙の同胞を殺し、失権の根本的な原因を作った天野康景

 

この二人を倒すことが出来れば、復権も叶うはずだった

 

私は、あの男は愚か、目の前の女にすら届かなかったというのですか・・・!

 

それでは自分がここに残った意味も、何もかも無駄になってしまう

 

そんなのはダメだ

 

誾は肩に背負っていた鉄ケースが腕を失った事で、切り札が出てきた

 

短期決戦用の装備

宗茂に敗れた時と同等の装備をここで使う事になるのは、納得はしていないが仕方ない

 

誾はゆっくりと立ち上がった

 

そして背後に、大小合わせて四門の"十字砲火"が浮かび上がる

 

「穿て!"四つ角十字"!」

 

四つの砲塔を自分を倒したと思い込んでいる二代に撃ち込んだ

多摩の一角が爆発する

 

*********

 

二代は不意の爆発に対し反応が遅れた

腕を断ったことで戦闘力を奪ったと、そう思い込んでいたためだ

 

しまったで御座る・・・!?

 

爆発に巻き込まれると、そう確信した

だが、不意に自身の身体が軽くなるのを感じた

 

「!?」

 

何故だ

そう思うよりも速くその答えが解った

 

「・・・」

「・・・康景殿?」

 

康景が自分を抱きかかえるように誾と距離を取ったのだ

誾を怪訝そうに見る康景は自分を気遣うように

 

「大丈夫か?」

「け、怪我はないで御座るが・・・」

 

とりあえず下ろしてほしい(恥ずかしいから)

 

そんな二代の心の叫びも虚しく、無視される

不意の来客に誾は不愉快そうな顔をして

 

「また邪魔をするのですか・・・天野康景」

「別に・・・アンタの邪魔してるつもりはねえよ。武蔵野に向かう途中にアンタが居ただけだ。むしろこっちが迷惑だよ」

「・・・!」

 

誾が康景を睨む

 

「二代?俺はこれから武蔵野艦橋に行ってアデーレ達司令塔と合流する・・・ここは任せても大丈夫か?」

 

そう告げる康景の言葉に、二代は胸が熱くなる

"副長"として任せる、という事

そう言われることは、素直に嬉しい

 

だが誾は

 

「ふざけるなッ!」

 

"四つ角十字"を放ってきた

しかしそれに対して康景は無表情で

 

「・・・」

 

全部の砲撃を叩き切った

 

「せっかく"仇"が二人揃ったんですから、まとめて私が・・・倒します」

 

誾の目は、もはや一戦士の目ではなかった

復讐を果たす

それしか感じられない目だ

 

「・・・そうだな」

 

康景が呟く

 

「アンタとの因縁もいい加減鬱陶しいと思ってたとこだ・・・」

 

彼もまた、心底嫌な顔をして

 

「・・・終わらせてやる」

 

剣を構えずにそう言った

 




誾ちゃん・・・

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