境界線上の死神   作:オウル

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そろそろ二巻も終わりそうですね



十七話

終局に向かいつつある

 

一進一退の攻防の中

 

勝つのはどちらか

 

配点(合流)

――――――――――――

 

多摩では、武蔵と三征西班牙の戦闘が激化していた

そして

 

「野球らしく三球勝負だ・・・お前らが勝てば敗者である俺を笑え、俺は笑わんが」

 

ノリキが、バルデス兄妹に相対を挑んだ

兄ペドロはその申し出に対して笑い

 

「Tes!」

 

その相対を了承した

 

「我らが豊後水軍、航海の聖者セント・エルモに祈りを捧げます・・・!」

 

そう言って兄妹共に構える

投球モーションに入る兄妹の肘や手の甲に十字型の紋章が展開

そして

 

「走狗"導き焔"迎受!」

「燃えろ魔球!」

 

投げた

次の瞬間に生じたの現象として二つの出来事が生じた

 

兄妹の投げた鉄球が、ノリキの前で消えた

放った拳の先に何かが掠ったが、そのままノリキの胸部に思い切り

 

「ぐっ!?」

 

当たった

ノリキが大きく背後に吹き飛ぶ

それを見た妹フローレスは振り下ろした手を握りしめる

 

「っしゃあ!バッタァアアアウッ!」

「いや、まだだ、妹よ・・・見ろ」

 

妹が勝ちを確信したが、兄がその勝利宣言を止めた

理由は簡単だ

 

敵が起き上がったのだ

 

無造作な感じで、しかしゆっくりと確かに起き上がり、その懐から何かを取り出した

鉄球の衝撃で曲がった鉄材だ

鉄材を胸に差し込むことで防弾チョッキとしたのである

 

そしてゆっくりと構えを変える

左肩を前した前傾姿勢、拳を前に突き出し被弾面積を極端に減らした

その構えに、兄妹は相手がまだ折れていないことを悟る

そしてまた構え直し

 

「燃えろ魔球!」

 

*********

 

野球部兄妹が投げた鉄球が、ノリキに当たったのを舳先の上から見た

 

「状況的に申しまして、大丈夫なのでしょうか?」

 

隣、全裸で茶を飲むトーリに問いかける

しかし彼は

 

「judjud.アイツなら心配ねぇよ、高所作業のバイトとか建築系のバイトでいっつも怪我してるから、その辺普通の奴より丈夫だし」

「いえ、そうではなく・・・勝負を預けても大丈夫なのかと・・・」

「・・・それなら尚更問題ねぇよ」

 

足を崩し、頬杖をついて戦闘を見る

 

「アイツ、兄妹達の面倒見たり家計支えたりで俺たちのバカ騒ぎとかあんまり参加できなかったんだけどさ」

 

だけど

 

「俺たちが二年になったあたりから、バカ騒ぎにいるようになってな。一家支える仕事と俺達馬鹿とつるむのを一緒にやろうとしてる奴に"大丈夫"ってのは失礼なんだよ・・・アイツは、大丈夫だから、ここで戦ってるんだぜ?」

 

だから

 

「最後まで見ようぜホライゾン―――ここは特等席だ」

 

**********

 

ノリキは血の混じった唾を吐き捨て、また構え直す

背後にはバリケードを張った戦士団がいるので、相対をしてる以上、背後への心配はない

 

ノリキは野球に詳しくはない

テレビでやっていたら兄妹達と見る程度

 

だが、消える魔球が出現するタイミングは掴んだ

 

一発目は見極めで自打球

二発目はタイミングを掴むための試し打ちでファール

 

だから三発目は決める

一発目、二発目の奉納は済ませた

 

「警告する・・・消える魔球の仕組みは解った、次は殴るぞ」

 

驚いた顔をする兄妹に、ノリキは改めて構え直す

半身から片足を上げた

踏み込みを打撃に乗せることで最大の打撃を生む、いわゆる一本足打法である

 

ノリキ自身"一本足打法"について詳しいわけではないが、効果的な打撃を与えるという意味ではこれが一番良いという事を無意識的に理解していた

 

ノリキは役職者ではない

 

しかし、こういった相手には自分のディスペル系の術式の方が有利だ

適材適所という言葉がある

この場合は自分が相対するのが正しいのだろう

 

武蔵に来てから十三年、この場所でやっていくと決めたのだ

自分の居場所も、家族も、仲間も、可能な限り守っていきたい

康景にも、弟たちが大分世話になった

自分や親たちがいないとき幼い弟たちに飯を作ってもらったりして、こちらとしてはありがたかった

本人は「俺に子守は向いていないな」なんて自嘲していたが、それでも弟たちは結構あの馬鹿に懐いていたので問題は無いと思う

 

ここで自分の役割を果たせなければ、アイツ等にも顔向けできないしな・・・それに・・・

 

一瞬、自分がかつて居た場所に、一人残してきた少女の顔を思い浮かべたが、今現在武蔵には関係のない事だと割り切った

ノリキが構えるのと同時、バルデス兄妹もまた構え直し

 

「「燃えろ魔球!」」

 

投げた

 

******

 

ノリキの踏み込んだ足は甲板に地響きを鳴らして、右拳を突き出す

兄の方が投げた鉄球が上のライナーを、妹の方の鉄球がそれを下からホップするように軌道を描く

ノリキが狙ったのは下から重なろうとする妹の方の鉄球

タイミングがズレたように見えたが、軸足を少し前に出し、無理やり

 

「う、おおおお、おおおおお!」

 

打撃した

兄の投げた鉄球が背後のバリケードに当たり、妹の投げた方の鉄球はノリキが打撃したためにピッチャーである妹に向かった

そして起こったすべての結果を、ホライゾンは見た

 

「―――ノリキ様の負けのようですね」

 

ノリキが打った打球を兄ペドロが左手で受け止めていたのだ

 

「ピッチャーライナーにつきバッターアウト・・・ですがぁ?」

 

トーリが告げた意味

ピッチャーであるペドロが打撃された鉄球を取った左手から、血が滴っているのだ

 

******

 

ペドロは敵が打った球が妹に向かったのを見て、反射的にグローブを付けてない利き手を伸ばした

利き手を大事にするのは、ピッチャーなら当たり前の事だ

妹に向かう球も、彼女を突き飛ばせば済むことだった

 

しかし、ペドロにはそれが出来なかった

 

一つは、この球を取ればアウトで自分達の勝ちだという事もあったから

もう一つは

 

・・・兄として妹を護るのは当然だろう

 

妹には煙たがられることの方が多いが、それでも守ったのは、彼女が家族であるからだ

 

「っ・・・」

 

左手に痛みが走る

打球を素手で取った衝撃で爪が剥がれ、骨もやられた

自分達の魔球が破られた

その事に対し驚きも隠せなかった

 

この術式は、聖譜における"施し"の献納の応用だ

貧しい者には己の余裕から中から分け与えられるだけ与えよという"施し"を実演したもの

 

だから自分達兄妹がそれぞれ術式を掛けた投球をし、それを軌道上で合成することで最高の魔球に仕上げる

合成の瞬間、術式空間の中で合成される為、消えたように見え、一方が投げた球がより最高の球として相手に通り、もう一方は無かったこととして戻される

 

実を言うと一球目も二球目も、戻されたのはペドロの鉄球だった

別にフローレスを立てているわけではないが、左肩の違和感や不調などを感じることが最近多かったのは確か

己のピッチャーとしての限界も感じつつはあるが、今はそれよりも

 

「・・・我らが魔球の勝利だ・・・!」

 

この相対は、自分達の勝ちだ

その事だけは、きちんと宣言しなければならない

それに対し敵も短く「jud.・・・」と呟き、手首を押さえていた

相対には勝った

だが

 

・・・戦いには負けた、か

 

これではもう、自分と妹を主軸にした野球部の砲撃援護が出来ない

だからペドロはある判断を下した

 

「主将!・・・我々は・・・ここまでみたいです!これより追撃任務に当たります、主将たちは良い実戦を!」

 

バルデス兄妹の艦が武蔵に降りた隆包たちを援護するために打ち付けていたアンカーを無理やり引き剥がし、離脱した

 

******

 

「さて・・・野球部の砲撃による援護が無くなったぞ?」

「そっちこそ、艦橋まで三百メートルもないぞ?」

「別に、貴様を倒してしまえば関係も無くなるだろう・・・」

 

商人が呟くと同時に、左右の手から何かが弾け飛んで来た反射的に長尺バットで防ぐ

自分の足元に二枚の硬貨が転がる

 

「十円硬貨か?」

「一円玉でも良かったんだがな・・・連れに店の格を貶めると言われてしまってはどうしようもなくてな」

「店の格が一円と十円の違いって・・・」

 

ナメるなよ

 

「こちとらぁ伊達に副長やってねぇんだよ、そんな指弾でなんとかできるほど俺ァ甘くねぇ・・・」

「そうか」

「!?」

 

先程と同様に投げられた十円硬貨を、先程と同じように防いだのだが

 

・・・なんだこの威力・・・?

 

最初の二発とはかなり威力が違う

見れば十円硬貨が当たった長尺バットの部分から白い煙が立っている

打撃の擦過による摩擦熱によるものだ

 

「なんだ今の・・・魔女みたいに加速術式でも掛けたのか?」

「いいや、魔術は効率的な術式だが、金の魅力には程遠いな」

 

手揉みして軽くスナップし、両の手の広げる

その間に拡がったのは何枚もの表示枠

 

「これはこの戦場に出た全学生の契約書だ」

 

内容は

 

「出場した全学生の給与の十分の一を私が支払う代わりに、戦闘で使用する攻撃力の十分の一を私に供与する。解るか?これを分配術式で指弾一つ一つに分配するから様々な神や術式を仲介するから威力は五十分の一辺りまで下がるだろう・・・だが」

 

サイドテール側面の蓋を開け、小さめの壺を取り出す

 

「この壺の中は拡大空間の巨大金庫になっていてな。イライラする時は貨幣を数枚出してウチの副会長の前でちらつかせて遊ぶのだ」

 

しゅ、趣味悪ィなコイツ・・・!

 

だが、この男が言わんとしていることは解る

つまり、あの小振りな壺に、分配攻撃力の弾丸倉庫だということだ

今の攻撃がまだまだ打てるという事

 

コイツといい、"死神"といい、厄介な連中が多いな・・・武蔵は!

 

だが、それでも自分達の三征西班牙はただじゃ終わらない

 

終わらせない

 

終わらせてはいけない

 

武蔵の会計が、壺から十数枚の貨幣をこちらに高速で飛ばしてきた

硬貨の弾幕が段々と濃くなっていく

それらを長尺バットを振って連続で払い落とす

硬貨が高い音を立てて払い落とされ、隆包が少しずつ、じりじりと進軍する

 

「副長・・・ナメんじゃ・・・ねぇぇぇぇええええ!!」

 

******

 

ナイトが後輩の魔女隊二人に先導され武蔵野から飛び立った

目的はアルマダ海戦の追撃戦を成立させるための敵艦攻撃と航空戦力の攪乱だ

 

「ナイちゃん先輩!装備大丈夫!?」

「judjud!問題ないよ!」

 

ナイトの機殻箒には一つカートがついており、中にはナルゼから貰った内燃排気の賢鉱石がある

これで全力で行っても三発は撃てる

武神の長銃クラスと同レベルだろうが、直接行って垂直に打ち込む必要がある

貫通術式を掛けているので当たりさえすれば何とかなる

 

「ナル先輩間に合わなかったっすね・・・出発前に二人のキス見たかったなぁ」

「あ、でも今確かヤスさんとナイちゃん先輩とナル先輩で絶妙に微妙な三角関係に・・・」

「・・・ぁ、すいません・・・」

「ちょっと!なんでそういうテンション下がることゆーかな!?」

 

確かに自分達は今絶妙に微妙な状態だが、康景の矢印が自分かナルゼに向いているかは謎なので三角関係は成立してないとは思う

 

でもどうなんだろうなぁ・・・やっすん

 

開戦前の康景と喜美の様子を見たとき、康景は今でも喜美の事を好きなんじゃないかなとも思った

 

康景の恋愛観は正直謎だ

 

結構長い付き合いにはなるけれども、未だにどんなタイプの女性が好きとかハッキリしない

彼にとって"先生"という存在がどれだけ大切な存在なのかは皆が知っている

オリオトライ先生とも仲良いし、ひょっとしたら生徒と先生の垣根を超えたラブストーリーを展開したりも期待したが、そうかと思えば

 

喜美ちゃんと付き合ってたっていうのは、聞いた時は驚きだったなぁ

 

いや、あの二人の関係性というか、仲の良さを考えれば妥当な組み合わせというか当然の帰結ではあるけれど、それを皆に気付かせない様に一年過ごしてきたって言うのはやはり驚くべき事だ

 

今は互いにフリーのようだが、先程の出撃前の様子からすると

 

あの二人、今もやっぱり・・・

 

誰が誰を選ぶかなんてそんなのその人しか解らないわけで、それが康景になると尚更わからないが

もし彼が誰を選ぶことになっても、その時は(周囲が)荒れそうな気がする

 

ミトツダイラとか、ミトツダイラとか、ミトツダイラとか、あとミトツダイラとか

後は直政か

正純辺りは解らない

 

・・・ガッちゃんはどうなんだろ

 

ナルゼにとって"異性"として一番信頼というか、心許せるのが多分康景なんだと思う

自分とナルゼが仲良く(意味深)なったきっかけも康景だったから、そういう信頼感的なものもあったんだろうけど

康景とトーリを題材にした同人誌がバレたのは最近だが、それ以前にも康景にちょっかい出しては殴られていたのは確か

その後自分に泣きついてきてとセックスして、次の日また同じことをしてセックスして

 

・・・ん?

 

ある可能性に気付いた

 

ガッちゃんって・・・まさかドМ?

 

暫く考え事が頭を過ぎったが、すぐに頭を切り替えた

 

「先輩!お願いします!」

 

行く先は真正面の敵艦群の後陣

そこには新大陸派遣団から来た空母があり、数機の機鳳がまだ離陸準備中だ

とにかく、今三征西班牙に突っ込めば、カウンターで機鳳の攻撃を食らってしまう

だからそのための攪乱だ

 

先導する後輩二人が横に逸れる

合図だ

ナイトは全速力で飛んだ

 

夜の中を、黒魔女が疾走する

対空砲火も来ているが、それはあくまで武神や艦隊を相手にするための砲撃で、自分の様な小さい対象は捉えきれていない

その間隙を縫うようにナイトは進む

感知系の術式で周囲への警戒は行っているが、その時不意にその術式から警告が鳴った

 

クラーク級の反応?

 

サイズが武神級なのに、流体の反応が示すのはクラーク級の艦とほぼ同義だ

俺が意味することは、すぐに現実に現れた

左上の空を突き抜けていった影がある

 

「道征き白虎!?」

 

******

 

直政はナイトからの緊急通神を聞いた

 

「大!朱雀の準備だッ!道征き白虎が出たと報告があったんだ!」

 

直政が叫ぶ向こうに、清武田の覚羅教導院の制服を着込み、ポニーテールが事あるごとにぴょんぴょん揺れる後輩、三科大がいる

 

「さっき性能証明できたから、さっそく装備固めて出てもらうよ!こっちは一週間近くほぼ徹夜で働いたんだからいい結果出してもらわないとね」

 

大達整備班には頑張ってもらったが、それはそれで随分無茶な要求だ

そんな事を思いながら直政は地摺朱雀の腕に飛び乗った

 

「出る前に少しだけ調整確認するよ」

「急かしてんのに妙にマメなところは悪くないさね」

「まぁ爺ちゃんの孫だしね・・・」

 

笑ながら答える大は、地摺朱雀の燃料を確認しながら

 

「・・・ねぇマサ先輩、地摺朱雀の事詳しく知ってる人って、他にいるの?」

 

こちらを伺うように聞いてくる

直政はその問に対して苦笑しながら答えた

 

「そう多くはいないさね・・・お前みたいに細部まで整備した奴なら知ってるし、後は、そうさね・・・あの馬鹿は知ってる」

「あの馬鹿って・・・康景先輩の事?」

 

大の問いかけに、直政は無言を持って肯定した

それに対し、大は

 

「随分あの人の事信頼してるんだね」

「・・・信頼とはちょっと違うさね」

 

直政は思う

信頼とは、多分種類が違う

しかしその感情を何と表現したらいいのか、直政はすぐには解らなかった

 

そういやぁ・・・なんであいつには全部話したんだっけ

 

アイツに話したのは、自分があの男に明確な好意をいd、ゲフンゲフン、大事な仲間だと思ったからだ

それをアイツはちゃんと受け入れて、"彼女"もちゃんと『武蔵の一員』だと、そう扱ってくれたことが嬉しかった

 

それが自分にとって、大きな意味をもたらしたことに、あの馬鹿は気づいていないだろう

普段の私生活でもたまにお世話になるので、世話になりぱっなしのような気もする

 

まぁアイツはそういう馬鹿だし、誰にでもそういう優しさを惜しみなく発揮するような男だ

多少鈍感でも(多少?)、アイツが"死神"なんて呼ばれてまで頑張って武蔵を、ホライゾンを、トーリを、自分達を守り抜いた

そして自分の過去とか、他人からどう思われてるとか、そういうの内に抱え込んで悩んで苦しむような馬鹿だ

 

そんな馬鹿を、救いたいと思うのは

 

傲慢だろうか

偽善だろうか

 

そう思いながらも、アイツは浅間や喜美との対話でどうやら前に進めたらしい

それは自分にとっては嬉しくもあり、少し悲しかった

 

アイツの無茶ばかりするあり方に、自分が何とかしてやりたい気持ちがあったからだ

 

「ホント・・・思うようにいかないさね」

「?」

 

直政は誤魔化すように苦笑いした

 

*******

 

武蔵は砲撃が飛び交う夜の空を進んだ

アデーレが武蔵野の防御隊を多摩に向かうように指示を出したりなど、指揮官としての能力は最初と比べ格段に上がっている

 

するとアデーレが何かに気付いたように外を見た

 

「あ!」

「・・・どうかされましたかアデーレ様―――以上」

「艦の清掃を行ってください!聖術チャフが減ってきてます!!」

 

その言葉に、"武蔵野"を始め自動人形達は一斉に空を見た

空気中にまとわりついていた聖術符の大部分が消えて、後は艦の表面に引っかかっている物を除けば自動人形としての機能も万全に戻る

しかし

 

「聖術符除去に回せる人員が確保できません。そちらに人員を回してしまうと運航に危険性が生じていしまいます」

 

今は共通記憶が使えない為、各担当者が己の記憶のみで判断し、運航の作業をするのに伝達や手作業で行っているので、人員が聖術チャフ撤去に回ると運航に支障を来す

しかし、その時、表示枠から連絡が来た

 

『"武蔵野"さん、それはつまり「代わりに」運航処理を行える存在が居ればいいわけですね?』

 

康景だ

何かを考えるような素振りで聞いてきた

 

「・・・簡単に言ってしまえばそういう事ですが、そのような事を行える方が・・・」

「居るとも、そこに」

 

その場に居た全員が頭に「?」を浮かべた

 

自動人形達→運航処理で手が回らない、チャフ処理は行けない

アデーレ→総指揮で大変

 

じゃあ後は?

 

そう思い、表示枠を見た

彼は一人の少女を見ている

その視線の先に居たのは

 

「鈴、頼めるか?」

「ふぇ?・・・わ、わた、し?」

 

向井鈴だった

 

*******

 

急に名指しされたので、どう反応したらいいか解らず、どうしてか聞いた

 

「ど、どうし、て?」

「さっきサン・マルティンの三つ目が出てきたとき、鈴が最初に気付いた訳だしな」

 

あ、れ・・・?

 

自分は目が見えないが、対物感知機器"音鳴り"さんがなくとも音や熱、匂いなどで大体の周囲の様子は把握できる

だがそれは

 

「それ、って・・・ぎ、いくんも、気づ、いたよ、ね?」

 

実際、先程の真正面からの攻撃は英国艦によって守られた訳だが、「正面」と一番先に叫んだのは彼だ

 

「あ、いや、俺の場合は"推測"に基づいたものだからなぁ・・・ちょっと"感知"とは違うんだ」

「そうな、の?」

 

いや、それでもその"推測"で何度も武蔵の危機を救っているのでそれはそれで凄いと思うが

 

「もうすぐでそっちに合流できるけど、やっぱり鈴の感知能力は凄いからな」

「す、ごい?」

 

凄い人に凄いと言われるのは嬉しいが、でも

 

「で、でも、やっ、ぱり、私、目、見えてっ、ない、から・・・足り、って、ない・・・よ?」

 

熱や匂い、音もそうだが、それはやはり皆にも感じることであり

 

「みん、なよりか、ん、じてな、いよね?」

 

そう思ってしまう

しかし

 

「いやいやいや、皆感じてることは一緒だと思うけど、やっぱり鈴は外道連中と違って感受性が良いというか、優しいからなぁ・・・信頼できるんだよ」

 

よくわからないが、皆より自分の方が良いという事なんだろうか

それに対してアデーレも

 

「むー、確かに三年梅組って鈴さん以外ヨゴレ系というか、煩悩の集まりというか、濁ってますからねぇ」

 

二人の言い方が可笑しくて少し笑ってしまったが、これは自分の力を本当の意味で必要とされてると、そういう事なのだろうか

もし代役が居れば入れ替わりが出来てしまうかも知れないが

 

・・・そういう力があったって事は、信じても良いよね

 

だから

 

「わ、かっ、た。やって、み、るね」

 

*******

 

武蔵の艦上では武蔵戦士団が忙しく敵からの攻撃を防いでいた

右舷からの敵揚陸部隊、左舷後方からの敵艦砲撃に対する砲撃、前方からは武神群からの攻撃など、防がないところがない

 

敵の激しい銃弾の雨に、遮蔽物に身を隠した少年が

 

「くっそ!」

 

身がすくむのを誤魔化すように叫んだ

敵にも焦りがある様に見えるが、それ以上に戦闘慣れしていない自分が情けなかった

 

「くっそ!くそ!なんで俺達こんな・・・!」

 

人員も武器も足りては無いが、敵の数だけ多い

防御隊の面々が、一人、また一人と倒れていく

その様子に

 

「もういいじゃねぇか!もう―――勝ったって世界が敵に回るだけだろう!?」

 

その言葉に、周囲は言葉を失った

誰もがそう思うも、言わなかった事だと皆が顔を見合わせるが

 

「確かになぁ・・・なんで俺らこんな事やってんのかって、そりゃ思うわな」

 

先輩か格の生徒が、敵を見据えて弓を構えたまま言う

 

「でもさ、"こんな事"に理由見つけられねぇならお前ら他の教導院行けよ、多分誰も止めねぇよ」

 

その言葉に、誰もが黙った

 

「止めるのも続けるのも、お前の自由だ。俺たちに言うなよ、自分の問題だろ」

「俺は―――」

「俺だってそりゃ死ぬのは怖ぇよ―――でもな、俺ぁ自分の意思でここに残って、それなのに危なくなったら見捨てて逃げるなんて事はしたくねぇ」

「・・・」

 

先輩格は飛んで来た銃弾が右頬に掠り、少し怯みながらも

 

「俺も三河の時、今のお前みたいに怯んで動けなくなったよ。でもそん時、ウチの全裸馬鹿と同レベルの馬鹿がたった一人で大勢の軍勢に立ち向かったのを見て、"俺何やってんだろうな"って思ったわ」

「・・・」

 

それは誰だって同じだろう

自分だって、あの時は怖かった

それでも、あの先輩が一人で、大勢を相手に無傷で乗り切ったのだ

動けなくなっている自分に比べて、思ったのは

 

"別次元"だ、と

 

同じ場面に遭遇しているのに、マンガや映画でも見てるかのような、そんな感じだった

それでいて現実に起こっていて自身の命もかかっているというのに

そう思わせるほど、あの戦闘は鮮烈だった

 

「俺、アイツモテるし、モテるし、モテるから嫌いだけど、ここで俺たちが頑張れないと、アイツがまた頑張るんだろう・・・でもさ、アイツ一人に全部押し付けて、それでいてのうのうとなんてしてられねぇよ、俺は」

「・・・」

「それに、今アイツここにいないけどさ、逆に今頑張れないと・・・」

「?」

 

先輩格が武蔵野の舳先に居る二人を見た

すると全裸の馬鹿がマイクを持って

 

『えー皆々様方ー、現状戦況が芳しくない部分は多くありますが、やっぱ皆様の士気低下を防ぐために俺が直々に慰問に行くってのはどうよ!』

 

その言葉に、自分達だけでなく、戦場の至る所で

 

「「うわあああああああ!?」」

「ほら、頑張らねえと全裸の方の馬鹿が邪魔しに来るぞ!」

 

********

 

『お前マジ来んなよ!?絶対だぞ!?』

「おやおやぁ?それはフリですかぁ?絶対に来てくれっていうフリですかぁ皆さん?」

 

トーリはホライゾンと共に通神帯で皆の反応を聞いた

 

『違ぇええええ!!!!』

『お前来ると隊列が瓦解するんだよ!』

『来るなよ!空でも見上げて歌でも歌ってろ!』

「絶賛嫌われてますね、トーリ様」

「馬ッ鹿違ぇって、照れ隠しだよ。今のを意訳するとだな、"べ、別にアンタになんて来てもらいたくないんだからねっ"っていう・・・」

 

ドヤ顔で

 

「ツンデレだよ!」

『違ぁあぁぁぁぁぁああう!!!!』

「いやはや、皆嫌がってる振り上手いな!振りの上手い奴が居る所から慰問するか!」

『・・・馬鹿は黙って現場に任せてろ!』

「おお!カッケェな!」

 

そう言って大人しく座った

 

皆頑張ってんなぁ・・・

 

そう思う

しかし、隣に座るホライゾンは

 

「とはいえ、状況は劣勢です。人手も足りていないですし」

「・・・いや、人手に関しては多分大丈夫だよ」

 

不意に、頭上に影が来た

 

*********

 

激突する両軍は、不意に頭上が暗くなった事に気付いた

 

「アレは・・・輸送艦!?」

 

武蔵アリアダストの校章を付けた白い艦

英国で戦った武蔵の代表たちだ

高速で一度通過する輸送艦から、数人の影が武蔵野艦橋に飛び降りた

 

その中で白いコートを着て半裸を抱きかかえた男が、トーリとホライゾンの傍に降りた

トーリは自分の姉を抱きかかえて降りてきた友人を見て

 

「・・・おかえり、親友」

「・・・ただいま、親友」

 

そう言って笑った

その様子を見ていた喜美はポツリと

 

「たまに思うんだけどアンタら"そういう関係"じゃないわよね?」

 

その呟きに康景は露骨に嫌そうな顔をして

 

「オロロロロロロ」

「おま!お前ぇ!?俺だって嫌だけど!吐かなくたっていいだろ!?」

「先程の通神帯の件といい今といい、トーリ様の人望の底が見えますねぇ」

「何その話」

「実は先程トーリ様が戦場で戦っている皆様のために"慰問"しようと提案されたところ、皆様に全力で拒否られまして」

「まあトーリだもんなぁ・・・」

「トーリ様ですしねぇ・・・」

「「アッハッハッハ」」

「くっそ!お前ぇら笑った振りしてんじゃねーよ!チクショウこのドS姉弟が!俺を苛めてそんなに楽しいか!?」

 

トーリが憤慨するが、康景は無視した

康景は多摩の方を見て

 

「行くか・・・」

「・・・お前、忘れてたけど病み上がりなんだよな・・・」

「さっき英国でウォルター卿相手に結構動けるのが確認できたからな、問題はない」

「・・・」

「大丈夫だよ・・・皆を心配させるとどうなるか身に染みたし、自分が出来ないことはやらないよ」

 

剣を手に取りつつ、申し訳なさそうに呟く

 

「『待たせるのは終わらせる』って、そう言ったんだからな・・・」

 

そして照れくさそうに頭を掻いて

 

「待たせないようにはするさ」

 

多摩の方に跳んだ

 

 




戻ってきた英国代表勢、誾ちゃんの運命や如何に(すっとぼけ)

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