境界線上の死神   作:オウル

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"武蔵"さんに叱咤されたら、残りの人生全力で行ける気がする・・・


十四話

闘いに理由を求めるのは

 

人の世の常

 

配点(激化)

―――――――――――

 

空に真っ赤な爆炎が咲いた頃、倫敦のテムズ川付近の橋で作家同士による戦闘が行われていた

 

ネシンバラとシェイクスピアだ

 

文章が事実となるネシンバラの術式は、文字列で対象を作り上げるシェイクスピアのものに比べ、いささか長文になってしまう

そのため、先攻めはシェイクスピアになり、ネシンバラはそれに対応する形になる

 

シェイクスピアが作り上げた森を、シェイクスピアが作り上げた軍勢が駆ける

それに対し、ネシンバラは右手がマクベスの呪いによって封じられているので、実質左手一本で戦っている状態だ

 

走狗のミチザネを使い、左手を冷却しながら戦う

主軸はマクベスだが、それ以外の名作も出てきている

オセロやハムレット、ヘンリー六世やリチャード三世等の名作が多い

 

それらの大軍を前に、ネシンバラは出来るだけ短文で挑む

 

<敵は多い>

 

でも

 

<だがそれは無敵の軍勢ではない>

 

そう

 

<近い者からなぎ倒せばいい>

 

お節介でお人好しで仲間想いの馬鹿で強い男を、ネシンバラは知っている

 

<だから進め>

 

彼と敵対する事に比べれば、まだ序の口

 

<弛まず進め>

 

悔しいが、彼には支えてもらってばかりだ

 

<真っ直ぐ進め!>

 

彼に信じてもらった自分を信じて

 

<ひたすら進め!>

 

ネシンバラはバーナムの軍勢の群れを、ただひたすらに切り込み進んだ

シェイクスピアに届かせるように、向けて、ただただ進んだ

 

********

 

鎧戸の間から、人々はシェイクスピアの全演劇を見た

英国の人々の殆どが知っている全演劇が、目の前で起きている

その演劇の合間を、極東の少年が一人、シェイクスピアに向かって真っ直ぐに進んでいる

 

軍勢を橋から叩き落し、真っ直ぐ進む

しかし、極東の少年が倒していった軍勢は一つに集まり始め、一つの巨大な影を形成していった

 

その姿は

 

「・・・リア王だ!」

 

老いた姿の王

シェイクスピアの四大悲劇中、最大劇と言われた"第四悲劇"

 

老王の姿は、やがて人々が見上げる大きさになり

 

「す、すごく・・・大きいです///」

 

巨大な老王が、武蔵の者を迎撃した

王の持つ二本の剣が、王位の簒奪者マクベスに向かって振り下ろされる

しかし、それに対抗するように、リア王に対抗するように、一つの影が立つ

 

ネシンバラの術式だ

代演として己の書いた文章を奉納し、力を得る

 

二本の剣を構える老王に対するのは、極東の装束を身に纏った装甲を持って形作られた人形だ

 

********

 

未熟な書き手の下に、天神・道真が顕現された

 

「未熟者に御力の一部を貸してくださったことに感謝する・・・」

 

<天神・ミチザネが、ゆっくり武器を構えた>

 

それに呼応するように、肩の上のミチザネも同じ動きをする

 

「操作を頼むミチザネ、僕が書く文章に合わせて舞ってくれ」

 

権限を超越しすぎるとどこぞの射殺巫女が起こって撃ってくるから気をつけなければならない

だがネシンバラは、それよりも自分が相対している相手を見た

 

「シェイクスピア、添削し合おう」

「・・・Tes、本気で行くからね」

 

王と王がぶつかり合った

 

********

 

狼と猟犬の字名を持つ女二人が、月下の狩猟区、森と隣接する噴水公園で激突した

 

ウオルシンガムが無数の刃を持ってミトツダイラの銀鎖を面制圧で防ごうとする

しかし、ミトツダイラの勢いは止まることは無かった

 

半ばに丸太を付けることで、重量による操作のしやすさを得た銀鎖を止められなかったからだ

 

まるで生き物のように銀鎖がウオルシンガムに襲い掛かる

空中に跳んだウオルシンガムは、己の腕を宙に固定し、それを蹴ることで加速する

 

頭上スレスレを銀鎖が通過した

その隙に十字槍を叩き込む

しかし

 

「!?」

 

十字槍は空を切った

狼が宙に舞ったのだ

 

そして今度は別の手に持っていた銀鎖が振り下ろされる

 

「食らいなさい!」

 

ウオルシンガムはそれをバックステップで躱した

ミトツダイラが藁屋根の上に立ち、完全にこちらを見下ろす形になっている

 

ミトツダイラを照らす月のバックライトが、雰囲気を引き立たせる

満月・・・?

 

ウオルシンガムは気づいた

元々英国は、前田利家の『加賀百万G』でアルマダの損失を埋めるつもりっだったとはいえ、もしそれでも足りなければ異族が力を発揮できる満月の日にするはずだった

結果としてアルマダは武蔵が代理で出てくれたために英国の損害はない

だがここで問題になるのは、今相手にしているのは半人狼だということ

 

ウオルシンガムは身構えた

その時だ

 

「Luo・・・oooooooooooooooo!!!」

 

狼が吠えた

 

********

 

「あぁ・・・」

 

ミトツダイラは異族としての本能に負け、吠えた

ゆっくりと、透き通った声が、夜の町に木霊する

 

オルレアンの娘、"聖なる小娘"の遺品である銀鎖は、不死系異族の性質を与えられた自律道具

ミトツダイラの声に応じるように、前回砕かれた銀鎖が戻ってきた

 

よくぞ戻ってきました・・・

 

満月の光で回復した銀鎖

ミトツダイラは口の端を上げ、構えた

 

満月の夜は、異族の力を最大限に発揮できる

だから今はベストコンディション

銀鎖も回復して、今なら"絶対に"勝てる自信があった

 

約束を反故にしない

勝って守り通す

 

ミトツダイラがこれにこだわり続けるのには、理由がある

彼にとっては『あの時』こちらを励ますために言っただけの一言かもしれない

しかし、自分はそれによって救われたのだ

 

ミトツダイラにとって『あの時』の会話は、自分をどうしようもない自己嫌悪の螺旋から救い出してくれた、救いの光だ

だからこそ"第五特務"としてのネイト・ミトツダイラは、勝って彼との約束を守る事にこだわり続ける

 

「さぁ・・・行きますわよ!!」

 

ミトツダイラが全速で突っ込んだ

 

******

 

康景は遠吠えを聞いた

 

ネイトかな・・・?

 

今ドレイクがいないはずなので、多分ミトツダイラだろう

やはり満月の時はテンションが上がるのだろうか

中等部の時は、満月の夜になったりするとたまに突っかかってきて喧嘩した時もあった

 

・・・あの時はやんちゃだったなぁアイツ

 

そう思うと今は大分ナリを潜めている

誰にでもそういう時期はあるものだ(ネシンバラ辺りは今でも中二病だけれども)

 

ミトツダイラが自分の家に来た時、『勝って約束を守りたい』と言われ、思った

 

本当にいい"友達"だ、と

 

中等部の頃のやさぐれていた頃のミトツダイラを放っておけなかったのもあるが、それを未だに守り通そうとしてくれる彼女に康景は感動すら覚えた

ミトツダイラが約束を守り通すために戦っているのだから、自分も大事なものを守り通すために戦わなければ

 

息を整え、敵を再び見据えた

 

ウォルターは、居合の構えを崩さない

狙いは躱してからの一撃必殺

 

無駄も隙の無い構えのカウンター

二代からの報告通りだ

自分もよく使う手だがいざ敵にやられると面倒臭い

 

敵の狙いとしては、メアリ処刑を邪魔させなければよいのだから、無理に攻め込む必要はないのだ

だがこちらとしてはそれでは困る

 

点蔵は何処まで進んだだろう

途中でへばってたら皮を剥いでやる

それを確かめるためにも、そろそろ勝負は決さないといけない

 

残りの手持ちの武器は長剣、ナイフ三本・・・短剣は使い果たした

 

今考えていることは初めて試すが、上手くいくかどうか

 

******

 

ウォルターは緊張状態を一瞬たりとも崩せなかった

 

「・・・」

 

気を抜いたら殺られる

先程からナイフの投擲でこちらの構えを崩そうとし、短剣を使い捨てにしてそこから連撃が多い

凌ぐのがやっとである

 

前回戦った本多二代とはまた別物だ

いや、別格というべきか

 

動きの速さや、力技でもない

問題なのは技量だ

長剣の扱いはもとより、同時に幾つもの武器を同時に使いこなすのは、並大抵の事ではない

 

そして今相手とは距離を取っているが

 

・・・何をする気だ?

 

相手の考えが読めない

しかし、向こうがアルマダ海戦にも参加する気なら、これ以上労力は使いたくないはずだ

ならば可能性として考えられるのは

 

次で決めるつもりか・・・!

 

******

 

アデーレの回避判断で、武蔵は爆発の被害は少なくて済んだ

巨大な爆弾と化した航空艦六隻が当たる直前に、武蔵を上昇させたのだ

 

だが爆発が間近であったために、その衝撃は大きかった

迅速な判断もあり、全艦外にいた人員は艦内退避の命令でほとんどが無事だったが、浅草と品川のデリックや、ガントリークレーンなども壊れてしまった

 

司令部である艦橋にいたアデーレは被害状況などを確認するべく、自動人形達に指示を飛ばした

しかし、誰一人としてアデーレの指示に答える者がいなかった

 

何故なら

 

「なっ・・・!?」

 

自動人形達全員の挙動がおかしいのだ

聖術チャフだ

 

爆砕術式の他に、チャフとなる符を敷き詰めていたことで、武蔵の管制システムや自動人形の知覚系がやられたのだ

これによって各艦との連携が断たれ、管制としてしての機能が果たせなくなってしまった

 

マズいと思うのと同時、アデーレは思った

 

 

 

予測通りです・・・!

 

 

 

********

 

炎上している武蔵をセグンドは見た

 

まだだ・・・まだこれでは足りない

 

準バハムート級

普通の船乗りからすれば、その大きさは"化け物"と言わんばかりのサイズである

だが、そんな化け物艦群だからこそ弱点はある

 

自動人形だ

 

人の手で動かすより、記憶が共有出来て、最適な判断が下せる自動人形がより確実な運航が出来る

大きい艦群を動かさなければならないならなおさらだ

 

それこそが弱点である

 

武蔵の目たる自動人形と管制システムさえ潰してしまえば、連携は取れず動きは鈍る

そこでセグンドは聖術チャフと爆砕術式の符を大量に敷き詰めた船を突っ込ませたのだ

 

「まだだ・・・!車輪陣を再編成して砲撃開始!」

 

一回散らした漁船群を、再び再編成して砲撃を開始した

『戦力X』の攻撃で左右にばらつきが出来たため、一度集結し、また均等に再編したのだ

そして遠くの西の空から見えた飛翔物

 

「新大陸派遣団の機鳳十機をアルマダ海戦の『補給』という形で要請した。借りるのにちょっと苦労したけどね・・・」

 

セグンドは苦笑いで言うが、その目はマジだった

攻城用の巨大な杭を装備した"赤鷲"十機による攻撃は、例え防護術式を用いたとしても簡単には防げない

 

機鳳十機と車輪陣による乱戦

目も腕も足も潰した上での総攻撃を、皆はどう思うだろうか

 

卑怯だと罵るだろうか

 

だがそれでも

 

やらねばならない

勝たねばならない

 

二十五年前に生き延びた自分が総長に任命された時、妬む声も、恨む声も散々聴いた

しかしそんな声よりも

 

何も成し遂げられなかった自分が

家族すら守れなかった自分が

そんな自分がいることの方が重かった

 

何もない自分が何も為せないまま、皆貰った勇気を、覚悟を無駄にしてしまう方が恐ろしかった

 

僕たちはここに負けに来た、それでも・・・

 

三征西班牙は守って見せる

 

「攻撃開始!!!」

 

セグンドは今までかつてない程の大声で、号令を発した

だが

 

「なっ!?」

 

武蔵の大型輸送艦群が、武蔵の盾になったのだ

 

*******

 

「わ、わしの輸送艦が!!!脱税した金が入っていたのに!!」

「ととととと取引用のエロゲが!!!なんてことを!?」

「貴様っ!?会計の立場悪用しすぎではないか!?何が望みだ!?」

 

武蔵のエレベーターリフト前で、シロジロは商人たちの追及を受けていた

だがシロジロは何もなかったかのように

 

「いやぁいやいや・・・まさか皆様の輸送艦を牽引する牽引帯が勝手に展開して勝手に武蔵の盾になるとは・・・不思議な事もあるものだなぁー」

「「きっ、貴様ッ!?」」

 

康景からの伝言で

 

「もし武蔵の管制塔が使い物にならなくなったら、商人たちの輸送艦を盾にしてくれ・・・どうせ脱税した金とかエロゲしか入ってないから」

 

と真っ黒な作り得笑顔で頼んで来たので、二つ返事で了承した

普段武蔵の商人たちの借金回収で世話になっているというのもあるが、同時にそれは商売のチャンスなのだ

友人がちゃんと"稼ぎ時"を解っていることに、内心笑いが止まらなかった

 

「現在武蔵の産業物取り扱いの権限はその一切を私が握っている・・・意味は分かるな?」

「げ、外道!」

「この人でなし!」

 

うん、実にいい誉め言葉だ

 

「さぁて・・・じゃあ防御術式の行使権限から買い取りスタートだ!先着二名からなら無料で受け付けよう・・・防御術式だけなら砲弾『は』防げるかもしれんぞ?」

 

その言葉に、全員が顔を引きつらせた

 

さて康景、この貸しは大きいぞ?

 

シロジロはアルマダが終わった後に康景に何を請求するか、それが楽しみだった

 

*****

 

アデーレは"康景メモ"の内容が当たっていたことにまず驚いたが、それよりも

 

康景さんって発想が外道ですね意外と・・・

 

商人の輸送艦を盾にするという発想は、正直意外だった

しかもそれを実行するのがシロジロだとなると、良い意味で最悪のコンビかもしれない

 

「まぁでも、あの二人意外に仲いいですからね・・・」

 

とりあえず、輸送艦を盾にすることで時間は稼げる

後は武蔵運航の核となる"武蔵"だが

 

「全員、己の固有感覚素子のみで状況を再開!自己閉鎖状態で確認を行い、情報の伝達は各自口頭で行うように!ここが山場です!持ち直しなさいッッッ!!!―――以上」

 

おお・・・!

 

アデーレは"武蔵"の叱咤で全自動人形がふらつきながらも状況を再開した

先程"武蔵"に見せた"康景メモ"に、『もし自動人形の感覚素子がやられたら"武蔵"さんに頑張ってもらう』という項目があった

随分他人任せな対応だと思ったが、これで"武蔵"が理解してこうやって対応できたのだから、どっちも凄いと思った

 

「不肖この"武蔵"も視覚情報による手動で重力障壁を展開します!!!それぞれ各艦の自動人形と連携、航行を再開!!!―――以上」

 

か、かっこいい!これが出来る女という奴なんですね・・・!

 

アデーレは各自忙しい中そんな呑気な事を思った

 

*******

 

セグンドは改めて『敵』の凄さを思い知った

展開の速さ、対応の速さ、個々の強さ

ついこの間戦争を始めたばかりの集団には思えなかった

 

輸送艦群によって車輪陣の砲撃は阻まれてしまった

 

しかしまだ機鳳がある

あの攻城用の杭さえ通れば、まだチャンスはある

 

だが、機鳳の攻撃はまともに当たる事はなかった

 

「武蔵の術式主体の魔女隊か!?」

 

機鳳が、術式によってまともに攻撃を当てることが出来なかったのだ

それに加え

 

「動けないはずの艦が上昇している・・・?まさか!?」

 

**********

 

ナイトは村山の上空で、単艦操艦のための指揮を行っていた

ナイトだけではなく、各艦それぞれに数人ずつ魔女隊を配され、自動人形の操艦の補佐を行っている

 

「・・・結構ギリギリだね、これ」

 

何しろ武蔵の単艦操艦など前代未聞な事なので、正直上手くいくかは怪しかった

ぶっつけ本番の事で少し緊張したが、上手くいって良かった

 

実を言うとこの単艦操艦は、ナイト発案である

武蔵の上を飛んでいるときに、ふと思いつき、康景に相談してみたのだ

そうしたら

 

「お前天才だな!(`・ω・´)b」

 

思いの外食いつきが良かった

英国滞在中は実際に動かす事が出来なかったので魔女隊のみでの打ち合わせだったが、今のところ上手くいっている

ナイトの発案を元に、康景が「自動人形を封じられた時の対処」を編み出したのだ

艦体を蛇行運転することで敵からは狙いが付けづらく、外に拡がるような航行で敵車輪陣の動きを妨害することもできる

機鳳には懐に入られてしまうが、それは魔女隊の後輩たちと、自動人形の個人対応で凌ぐ

 

ナイトは思う

皆が「康景の負担になりたくない」というけれど、それは少し違うんじゃないかな、と感じる時がある

康景が本当にすごいのは、頭のキレも技量もそうだが、ヘイト・コントロールだ

 

三河で康景があそこまで派手にやらかしたことには、悲しく思う事もあるが、その事の本当の狙いは

 

ナイちゃん達をフリーにするためだよね・・・

 

自身に敵意が向くように仕向けることで、他が動きやすいようにするのだ

元々容赦のない人だが、敵には特に容赦がない(身内にもたまに容赦がない気もするが)

それも影響して立花誾などの敵愾心は彼に向くようになった

 

しかしそれと同時に彼自身思うところがあるようで、色々悩んだりしてるらしい

元来、人に悩みとか言わない人だから、先程の様に皆がいる場で悩みを打ち明けたりされたのは意外だった

自分が壊れるまでとことん悩みをため込むタイプの人間は、やはりどこかでガス抜きが必要なんだと思う

 

そういった意味では、先程の戦前会議での告白は今後の彼に良い影響を与えてくれるのではないだろう

 

とにかく、ナイトにとっての『康景の負担を減らす』という認識は、彼の選んだ事を理解して、それを無駄にしないという事だ

そう言った意味で、自分達は康景抜きでもやれるという事を証明しなければならない

 

だからこそナイトは、今自分達に出来る役割を、全力でこなした

 

********

 

追いつめたと思い一手を繰り出せば盛り返してくる

こちらの押しの一手を、『戦力X』の件や、魔女隊の単艦操艦支援などで返してくる武蔵は、間違いなく強敵だ

 

過去の戦争にはいなかったタイプの強敵

武蔵を侮っていたわけではないが、やはり

 

個々の戦力を警戒しすぎたかな・・・

 

個人を重視し全体を軽視した結果になった

武蔵全体の能力に気が回らなかったわけではない、だが

"天野康景の印象"が強すぎたのだ

こちらが一方的にやってやる手筈だったのに、戦況は拮抗している

いや、向こうに有利な展開になりつつある

 

戦場に居ずして敵をかき乱す

 

「そうか・・・そういう事か」

 

三河で派手にやらかした理由

恐らくそれがすべてではないだろうが

 

意識を撹乱する事か・・・!

 

今、三征西班牙の間では、誾を筆頭に彼への憎しみを持つ者も多い

漁船乗り達も彼に注意している

結果、『戦力X』に漁船をやられ、魔女隊に掻き回され、足元を掬われた

三河から考えるとかなり大きな布石だ

だけど

 

「僕たちだって、ただアルマダ海戦に"負けに"きたわけじゃない・・・!」

 

セグンドは右手を上げ、指示を出した

 

「車輪陣を縦に長く展開!蛇行に対して間隙を縫うように展開してくれ!」

「おう!やろうぜ大将!」

「俺たちの戦いはこれからだ!」

 

いや、最後の打ち切りフラグじゃ・・・

そう思ったが、未だ自陣の士気は高い

だから敢えてツッコむのはやめておいた

 

「行こうか・・・皆!」

 

********

 

"武蔵王農業研究所"にて、浅間はそのやり取りを見ていた

正純の走狗であるアリクイが、側溝脇に居る黒藻の獣のやり取りだ

 

表層部の正純の実家などでは被害が出る可能性があったので、急遽(無断で)安全そうな通称"むのうけん"に移したのだ

治療用の符で作った巣で治療しておいたのだが、どうやら自分の意思で出てきたらしい

 

アリクイの主たる正純が危機的状況なのは通達が来たので知っている

対英国戦の終戦を告げるのは正純の役目であるため彼女が捕まったりするとマズいので、早くしなければならないのだが

 

『まさずみ、わからない?』

 

黒藻の獣の問いに、小さく頷くアリクイ

 

これ重要な会話ですよね・・・

 

今から英国に送り届けるには、地脈間移動が唯一の手段なのだが、それには走狗が主人の情報を知らねばならない

康景に頼まれて術式符やらなにやらを大量に持ってきたのだが、走狗が主人を知らなければ移動は出来ないのだ

正確に言えば出来ない事もないが走狗がボンッ!となったりボンッ!!となったり、挙句の果てにはボンッ!!!となったりして危ないので、『知る』という事は必要なのだ

 

最初は強制的・・・ゲフンゲフン、優しく正純の事を教えて移動してもらうつもりだったが、どうやらまだ外界への恐怖は残っているようで、自分が無理に出ても逆効果だと判断した

 

アリクイが自分の怪我したところを何回か確認している様子から、主人である正純を気にかけている(はずだと思う)し、それに黒藻の獣は比較的大丈夫みたいなので、浅間ははやる気持ちを押さえて経緯を見守った

 

『まさずみ、ひんにゅう』『まさずみ、さむい』『まさずみ、うすい』

 

し、辛辣ぅ!?

 

黒藻の獣のコメントが意外に辛辣だったので浅間は少し驚いた

 

あれ?黒藻の獣ってこんなキャラでしたっけ・・・?

 

あまり黒藻の獣とコミュニケーションを取ったことが無いので断言はできないが、もうちょっと穏やかな気がする

だがそれでも、アリクイはまだ情報を自身の中で整理できていないのか、移動が出来ない

 

『まさずみ、ともだち』『まさずみ、ともだち、すくない』『まさずみ、せいじか』

 

まともなのが友達と政治家しかないのが何とも不憫だった

だがそれでもまだ足りない

最後の一手が欲しいところだが

 

そこで黒藻の獣が何かを思い出したように

 

『おわすれ』       『すべりげい』

 

その瞬間、アリクイは光に包まれ、消えた

地脈間移動が成功したのだ

 

スベリ芸で成功するのは流石にどうかと思いますけどね・・・

 

少しだけ、ちょっとだけ不覚にも笑ってしまった

 

*********

 

ついに逃げ切るための体力を使い切った正純は、動白骨達に捕まり押さえ込まれていた

 

「ちょ、ちょっと待て!話せばわかる!」

「ノォォ・・・慈悲は一度だけデェェエエス」

「待て待て!?慈悲なんてあったか!?」

「・・・」

「無言でその分厚い本を構えるな!」

 

ハットンが自分の頭上に分厚い本を掲げる

 

ああ、これ終わったなぁ・・・

 

直感で理解した

 

もっとちゃんと運動をしておけば、とか

護身術とか、その辺の事こともっとちゃんと先生とか康景とかに習っておけばよかったな、とか

 

そんな後悔が脳裏を過ぎった

そして漏れる言葉は

 

「・・・嫌だ」

 

だがその呟きも虚しく、振り下ろされる

死因:本による撲殺とか本好きな自分には皮肉すぎるので嫌だな

だが不意に、声が聞こえた

 

『正純!お待たせしました!!地脈間通信で走狗を送りました!受け取ってください!』

 

天の救けというべきか、地獄に仏というべきか

正純は藁にでも縋る思いだった

 

だが、冷静になって考えてみれば、あの走狗は自分に懐いていただろうか

手当も浅間頼みだったし、自分に出来たのはただ心配することだけだった

 

あれ?だったらマズくないか?

 

そして案の定、走狗が出なかった

 

「ちょ、まっ・・・」

 

焦る思いが、恐怖に変わる

原因は自分にある

恐れずにちゃんと向き合おうべきだった

 

「やだ・・・」

 

嫌だ

死ぬのは嫌だ

 

目から涙がこぼれる

しかしそんな正純を前にしても、ハットンは止まらなかった

 

「・・・たすけて」

 

諦めが入った口調で、呟いた

その時だ

 

********

 

「正純に新たな男の気配がッ!?」

「何ですかノブタン、その親馬鹿センサー・・・」

 

********

 

アリクイが、自分とハットンの間に遮るように立った

 

「・・・ぁ」

 

自分の助けに応じて、ハードポイントから出てきたのだ

そう言えば走狗初心者だったので忘れていたが、走狗は基本ハードポイントに居るのだった

 

こちらを背に、ハットンに向かって威嚇する姿が、かわいらしくも頼もしく見えた

 

『正純!対霊用の禊祓術式ありったけ持たせておきました!支払いに関しては康景君に請求しておきますんで、その辺は心配なく!ハッピィでぇーすよね!』

「それが巫女のいう事か!?」

 

なんか康景に申し訳ない気もするが・・・

 

「チョッ、マッ・・・待ちましょう、シャッチョサーン・・・!」

 

先程よりも腰が低くなっているハットンに対して、正純はニヤリと笑って

 

「悪霊に慈悲無しッ!やってしまえ!!」

『まー!!!』

「ノォッォォォォォォォォォ!!!!」

 

倫敦の町中で、対霊用の術式が爆発した

 

********

 

ダッドリーは遠くで対霊用の術式が爆発したのを見た

あの威力の爆発が対霊用の術式なら、ハットンは退けられたとみるべきだ

 

あの大法官、見た目に反して人が良いから・・・

 

ついこの間も

 

「あんないたいけな少女を殴り殺すなんて気が滅入るデス」

 

など、よく聞かないと悪役なのかいい人なのかわからない事を呟いていた

本人はそれを英国紳士(笑)の精神とか言っていたが、それで負けていたらしょうがないではないか

 

せめて自分達は役割を果たさなければ

 

ダッドリーは目の前の魔女の相手に専念する

左手に付けた"巨きなる正義"で武器を操り、アーバレストで矢を掃射、計十矢がナルゼを襲う

 

対するナルゼは右手で

 

「三河の時に使った加速の線ね!?」

 

こちらの矢の軌道上に魔女が一筆描きで絵を描く

単純なハートの絵なのが腹立つが、それを矢の軌道上に描き、こちらに向けることでカウンターの簡易カタパルトが完成する

こちらが放った矢がこちらに帰ってくるのだ

 

魔女の描く絵が単純な線だったり武器の絵でないのは、"巨きなる正義"で操れないものでならないからだ

前回の戦闘から学んだようだ

 

ダッドリーも負けずと打ち払いの聖術で撃ち返す

 

一発でも失敗したら重傷を負うラリーが始まった

 

********

 

メアリは、倫敦の各地で鳴り響く戦闘音を聞いた

 

まさか武蔵が・・・?

 

情報が入ってこないメアリには、外で何が行われているのか判断が付かなかった

 

「・・・メアリ」

 

エリザベスがドア越しに語り掛けてきた

 

「彼が・・・彼が来る」

 

メアリは、その台詞で疑念が確信に変わった

エリザベスにとっての『彼』が誰を指すのかは、言うまでもない

 

「十数年だ・・・待ちくたびれて、もはや諦めかけていたのにな、運命とは皮肉だ」

「・・・」

 

自分とエリザベスにとっての初恋相手である彼が、十数年の時を経て再び英国にやってきたのだ

しかも自分が処刑される時期になってだ

奇妙な縁もあったものである

 

「だが今回来たのは彼だけじゃない・・・処刑を止めるために数人で英国と戦っている。報告によればその中には、忍の姿もあったとか」

「・・・!?」

 

点蔵様が・・・?まさか・・・

 

「メアリ、ゲームをしよう」

「・・・何をです?」

「あの人によくやったゲームだよ、忘れたか?」

 

いや、覚えている

忘れるわけがない

自分達の父親ですら欺けたあの遊びを、あの人にはすぐに見破られてしまったものだが

 

「あの遊びを、彼以外が気づけたら、お前に時間をやろう」

 




???「そのうち"武蔵"さんが一家に一人の時代が来るかもしれん・・・」
???「びゃあ゛ぁあ゛ほしひぃ゛ぃいい゛!」

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