境界線上の死神   作:オウル

42 / 76
主人公を眼帯にするか包帯キャラにするか片目閉じにするか
判断に悩むところです


九話

回りまわって

 

ようやく立てた

 

スタートライン

 

配点(反省)

―――――――――

 

視界がハッキリしてきた時、目の前にいたのは浅間だった

 

「智・・・」

 

何と言うか、神妙と言うか、悲しそうな顔で立っている

その表情からは、浅間の内心を読み取ることが出来なかった

康景は何か言葉を発しようとして、何を言うべきか迷い

 

「・・・どのくらい寝てた?」

 

そんな事しか言えなかった

浅間はその問にすぐには答えられず、ややあってから

 

「・・・英国と武蔵の相対戦が終わってから五時間くらいしか経ってないです」

「そうか・・・」

「・・・」

「・・・」

 

五時間・・・?

長い間眠っていた感覚だったが、それくらいしか時間が経ってないのか

今日の武蔵・英国の会議予定時刻は六時

ならあと数十分もしないうちに会議が始まるのだろう

普段よりも着飾っている衣装から考えるに、多分浅間も会議に参加する様だ

 

「皆は・・・無事か?」

「ミトとナルゼが・・・」

「・・・」

「治療の方は大方済みました。ミトに関してはこの後の会議にも出席は出来ます。でも・・・」

「ナルゼはそんなに酷いのか?」

「いえ・・・治療も終わってはいるんですが、少々塞ぎ込んでいるみたいで」

 

塞ぎ込む

その言葉でナルゼがどんな状況にあるかを察した

ナルゼは、昔から考えすぎてやることが空回りすることが多々ある

そして、そんな奴が負けを重ねれば、精神的にきついのは自明の理

自暴自棄にならなければいいが

 

「アイツも、無茶するからな・・・」

「人の事言えないでしょう貴方、鏡見てから言ってください」

「・・・悪かったな、お前に任せっきりで・・・」

「康景君がそういう人だって解ってて皆に黙ってる私も私ですけど、ちょっとは反省してくださいね」

 

反省しろと言われ、康景はぐうの音も出なかった

その辺は本当に申し訳ないと思っている

例の"妹"との接触に置いて、あの時点ではどうなるか予想が付かなかった

あの女は多分、自分のやりたいことに無理に介入されるとブチ切れるタイプだ

なので下手にあの戦闘に誰かが介入して被害を受けるのを避けたかったというのが本音であり、一番の理由である

あの場に来たのが英国でも最高権力者たるエリザベスだったからよかったものの、他の奴ならどうなっていたか解らない

特にあの場に喜美や浅間がいたら、と思うとぞっとした

 

「反省は・・・うん、してるよ?」

「なんで疑問形何ですか・・・皆心配してましたよ?」

「お、怒ってた?」

「喜美は確実に怒ってましたね」

「\(^o^)/オワタ」

 

\(^o^)/オワタ

これしか言いようがない

何でだろう、負傷したのは目だけなのに、腹が痛い・・・

 

「くそぅ、今から喜美の反応が怖いよ、俺」

「どれだけ喜美にビビってるんですか・・・」

「アイツ怒ると長いんだぞ・・・知ってんだろお前も」

 

詳しく言うと、一回怒らせると一週間近く怒るから面倒臭い

 

「あと怒ってる奴はいないよ・・・な?」

「トーリ君は『あの阿呆が真正面からやられるなんてありえねぇから、多分相手は"女"で"良い尻"してて、それに動揺して不意打ち食らったんだよ』って吹聴してましたけど」

「や、野郎・・・」

 

動揺して顔面やられたのはあながち間違いじゃないので否定できない

浅間は半目でこちらを見た

 

「やめてくれないかな、その『男の人ってなんで女の人をそういう目でしか見ないでしょうか・・・』みたいな目で見るの・・・違うからな?確かに尻好きだけど、今回のは違うからね?勘違いしないでよね」

「ツンデレ気持ち悪いです康景君・・・じゃあ、話してくれますか?何があったのか」

「・・・話すよ、元からそのつもりだったし、お前には迷惑かけたからな・・・ちょっと状況整理するついでに聞いてくれ」

 

*******

 

浅間は医務室に来た直後の事を思い出す

実は先程、康景が目覚める数分前まで、この医務室にはエリザベスがいたのだ

浅間がこの部屋に来た時、彼女は眠っている康景の頬に手を握り悲しそうな顔をして呟いていた

 

「・・・頼むから、もう戦わないでくれ、貴方とあの人が争う姿など見たくはないのだ・・・」

 

何の話かは解らなかったが、どうやら康景を襲撃した犯人と関連しているのだろう

そして医務室に入ってきた浅間に気付き

 

「・・・来たか」

「武蔵の代表で来た巫女の浅間です・・・あの康景君の容体は・・・」

「どうやら目をやられたようでな、右目付近の骨まで砕かれて思ったより出血が酷かった。・・・もう右目はダメだろう」

「そんな・・・!」

「術式を何重にも掛けて治療したおかげで今は寝ている・・・ああ、もうこんな時間か、すまないが私は準備があるのでこれで失礼する」

 

時間を確認してすぐに戻っていった

会議が後少しにまで迫っている中で、ギリギリまで康景の心配をしていたのだから、よほど因縁浅からぬ仲なのだろう

そしてエリザベスが去ってから数分、浅間は康景の怪我の具合を見てどうしていいか解らずただ立ち尽くした

今までも無茶することは多々あった

しかし、こうして傷ついて眠ったままと言うのは、多分浅間が知る限り初めてだ

 

それで自身の中で納得がいかぬまま数分立ち尽くした後、康景が目覚め、今に至る

だから、浅間は聞きたかった

何があったのか

そうでもないと、喜美に顔向けできないから

 

「今回、俺が戦った相手は・・・まぁ、簡潔に言ってしまえば"妹"だ」

「・・・へ?」

 

妹?康景にとっての家族は古くはホライゾンとその母、そして最初の師である塚原卜伝を最後に、ずっと一人だったはずだ

浅間にとっても、、家族みたいな関係だと思ってはいるが、本当の意味で家族だったのは多分彼の師が最後だ

"妹"と言うのは何かの比喩だろうか、それとも

 

「妹って、血の繋がった御兄妹と言う意味ですか?」

「いや、血は繋がっていないはずだ。だって・・・」

「だって?」

「いや、それが・・・」

 

口ごもる康景の様子が変だ

余程言い辛い事なのだろうか

 

「師匠と・・・顔が似てた」

「それは・・・」

 

どういうことなのだろうか

顔が似てるという表現が、いまいちピンとこなかった

 

「顔が似てたっていう事は、親類かなにか何ですか?」

「いや、あの人に家族なんているはずがない」

「なんで・・・言い切れるんですか?」

「あの人は天涯孤独の独り身だった。親も兄妹も子もない人で、あの人の周りにいたのは、あの人の威光に集るウジ虫だけだった」

 

明らかに不機嫌オーラを漂わせ、いつもみたいに根拠のある話ではなく、感情に任せた発言だった

こうも感情的にものを語る康景も珍しい

浅間はひとまずその話から本筋に戻した

 

「じゃあ、ひとまずその辺は保留ですね、では何故康景君の妹だと?」

「俺の記憶と、エリザベスの話と、その"妹"の話でな」

「戻ったんですか!?記憶!?」

「全部じゃないけどな・・・」

 

記憶が戻ったのは本来なら嬉しい事の筈なのに、康景の場合は何だか辛そうだ

 

「アイツは"血の繋がった"というわけじゃなく"一緒に過ごしてきた家族みたいな関係"なんだと思う」

「"一緒に過ごしてきた家族"って・・・私たちみたいな関係?・・・ですか?」

「違う、多分俺とお前らみたいな関係じゃなくてもっと・・・」

 

康景は黙った

『もっと』、何だろうか

気になるが康景は遠い顔をする

多分、自分でもまだ解っていないのだろう

浅間はあえてその先を聞こうとはしなかった

 

「・・・まぁ事の顛末をまとめて言ってしまえば、"師の顔に似た妹みたいなのに油断してこの様"ってわけさ」

 

話を逸らした康景が無理やり話をまとめた

 

******

 

康景は広家との関係をどう表現したらいいか解らず、その話は置いてといて事の顛末だけをざっくばらんに話した

師匠が俺を殺そうとしたという件やその件が元で殺し合いに発展したという話は、自分でも整理がついていない

だからこの件は後で皆に相談することにした

詳細を聞こうとしないところは、浅間の優しさなんだと、康景は思う

 

「過去も今も、全部拾おうとしてこの様だ。待っててくれるアイツに、皆に申し訳が立たねぇよ」

「康景君・・・」

「智も悪かったな、お前なら確実に皆を救ってくれるって思ってたから、お前に送った」

「それだけじゃないでしょう?」

 

やっぱりお見通しか・・・

例の術式の事を含め、浅間には気苦労を掛けることが多い

今回の件も、多分一番気苦労かけさせたのではないだろうか

 

「喜美とトーリ君に心配かけたくなかったんでしょう、康景君は」

「ああ・・・でも却って心配かけてしまう結果になったが」

「後で謝ってあげてくださいね」

「喜美にも、トーリにも、ホライゾンにも、ちゃんと謝るよ・・・でもまず」

 

康景は最初に、智に頭を下げた

先程も謝ったが、頭を下げて謝るのと、ただ口で言うのとでは意味合いが違う

だからこそ康景は浅間にもう一度謝った

 

「本当にすまなかった」

「・・・本来なら、ズドンの一発や二発は覚悟してもらうところでしたけど・・・ちゃんと謝ってくれたので、それでいいです」

「マジで?ズドン無し?」

「・・・術式まで使って無茶はしなかったみたいですし」

「アレ使うときはお前の許可がいるし、そもそも使ったらエリザベスも危なかった。解ってるだろ?」

「・・・」

 

康景の切り札である術式は、その危険性もあり、使用を自粛している

エリザベスが来るという状況が解っているのにこれから友好国になれるかもしれない英国の長を、危険にはさらせない

随分使い勝手の悪い術式を設定してしまったが、元来"奥の手"とはそういう物である

トーリのリスキーな術式に比べれば、自分の術式など自分の役にしか立たないのだが

そこでふと思い出した

 

「・・・そう言えば、トーリは?ちゃんと武蔵の方針決めたのか?」

「はい、ホライゾンの方は考えを保留したようですけど、トーリ君は決めたみたいです」

 

浅間は一息置いて、言う

 

「『すべてを取り戻したホライゾンを見てみたい』って」

「あいつらしい・・・」

 

ちゃんと考えを決められたのなら、良かった

今回のあの二人のデートの本来の目的は今日の会議に向けた武蔵の基本方針の決定だ

しかし、自分一人関係ないところで負傷したのは恥ずかしい話ではあるが・・・

 

「やっぱりトーリは凄いな」

「・・・何がです?」

「国の大事を、数日で決めろだなんて無茶を言ったが、アイツはそれをちゃんと決めた。しかもデートで」

 

一国の行く末をたった数日間で、しかもデートで決めるなど、そのような器用な事は自分には出来ない

康景は思う

 

「アイツは聖連から"不可能男"なんて字名を付けられちゃいるが、本当は無能なんかじゃない」

 

トーリの才能とは

 

「トーリの凄いところは、誰にどう頼ればいいか、それを理解しているところだ」

 

自分にはない才能

それが出来なかったが故に周囲を悲しませてきた己の怠慢を、自分の中で噛みしめる

 

「誰が何をするのに適しているのか、少なくとも無意識で解っている。その上で誰からも慕われる器量を持って、皆がアイツに惹かれている」

「・・・」

「俺はああいう奴こそ、人の上に立つ器だと思う」

 

自分では持てなかった才能を、トーリは持ち合わせている

 

「俺が馬鹿やっても人を悲しませたり、怒らせる事しか出来ないけど、アイツの馬鹿は違う、人を導いて、笑顔に出来る」

「康景君・・・」

「そんな凄い才能持ってて、その上で大将の器もあるんだから、チートだよなぁ・・・」

「・・・もしかして」

 

康景が虚ろな眼で語った

それに対し、ポカンとした、間の抜けた顔で浅間が言う

 

「もしかして康景君は、トーリ君が羨ましかったんですか?」

 

羨ましい

そう言われ、今度は康景が残った左目を見開き、驚いた顔をした

そんな事を考えたことは無かった

ホライゾンの件もあって、どう表現したらいいか迷うが、自分にとってトーリは友人だし、家族だ

自分がトーリに"羨ましい"と思っていたことが、今言葉にするまで解っていなかった

 

「・・・ああ、そうだったのか、この気持ちは・・・羨望だったのか」

 

そうか、トーリへそんな感情を抱いていたとは・・・

 

「なんか康景君って、想像以上に不器用ですね」

「・・・うるせ」

 

なんだか気恥ずかしい

 

「康景君は・・・皆に頼ろうとしなかった分、頼り方が解らないんだと思います」

「お、おう・・・」

「しょうがないので、ここは私が教えてあげるとしましょう」

 

浅間のどや顔がなんだか無性に腹立たしいのだが、我慢して話を聞いた

喜美に『皆を頼れ』と言われたは良いが、具体的には何をしたいいいかはさっぱりだったので、ここで聞いておくのは良いかもしれない

正直、喜美の話を聞いた後で"頼るってどうやんの?"と聞くのが怖かったなんて、口が裂けても言えない

 

「まずこうやって誰かに考えを聞いてもらうのも、誰かに頼る事ですよ」

「そうか・・・愚痴なら結構、聞いてもらったりするんだけどな」

 

実際、喜美やネイトには悩み事を聞いてもらったりもした

それでは足りないという事なのだろうか

 

「それが出来てるなら、次のステップです。康景君は自分の考えとか、あんまり人に話さないでため込むから、そういうのがいけないんです」

 

正論過ぎてぐうの音も出ない

 

「人に悩みを聞いてもらうのも、人に考えを聞いてもらうのも、重要な事です・・・荷を背負ってもらう事もまた、誰かに頼る事なんですよ」

「荷を背負うね・・・」

 

背を負われることが、皆が前に進むことの枷になってしまうのではないだろうか

皆に降りかかる火の粉を振り払うと決めた自分が、殿を務めきれずしてどうする

 

「俺の荷なんざ、無駄に重くて誰も背負いたくないんじゃね?」

「そんなこと・・・ないですよ」

 

康景の迷いとは裏腹に浅間は続けた

 

「皆が康景君に色々なものを背負ってもらいましたし、それに」

「それに?」

「『前に進むなら、皆一緒だ』って、トーリ君なら言うと思います」

 

その言葉に、康景が震えた

皆で一緒にか・・・

トーリ本人の言葉ではないが、あの男なら本当にそう言いそうだ

 

「・・・俺、背負われていいのかな?」

「少なくとも、喜美は最初からそのつもりだと思いますよ?私もそうですし、トーリ君も、ミトも、皆も」

「皆優しいよなぁ・・・それでいてお節介だ」

「一人で何もかも背負おうとする人に言われたくないですけどね」

 

過去も今も、背負いきれなくなった時は、皆を頼る

当たり前の事が、意外と難しいものである

自分の出生の事も、広家の事も、あまつさえ自分の師の事も、何も知らないのだ

そして元信が師の剣を持って俺に送ってきたという事は、あの二人は何かしらの繋がりがあったのは明白

つまり、塚原卜伝が"創世計画"にも何かしら関与していた可能性もある

全てを知っていく事が末世を救う事に繋がるのなら、皆を頼って、皆に頼られながら進む

康景は内心笑った

 

・・・師匠、俺が選んだ道は俺を孤独にするのかもしれない。でも、皆は俺を孤独にはさせてくれないらしい

 

ここに来て仲間の偉大さとありがたみを思い知った

 

「・・・智、さっそく一つ背負ってもらってもいいか?」

「何をですか?」

「そこに掛けてある上着の中に、小箱が入ってる。それを預かっててくれないかな?」

「ちょっと待ってください・・・えーっと・・・あ、ありました」

 

浅間が上着の懐を探って取り出した小箱

本当に小さな箱だが、それには康景がある決意を持って買った大事なものが入っている

浅間はその箱を手に取って驚いた表情を見せる

 

「あ、あの?こ、こここここれってもしかして?」

「ん?ああ、見ての通りのものだけど?」

「おおおおう」

「おい、なんでそんな慌てるんだよ」

「え、だっていやこれ、え?え!?」

 

慌てふためく浅間が理由を聞いてくる

 

「あの、お相手の方は・・・?」

「いや、それは・・・ちょっと恥ずかしいから」

「えぇぇぇぇぇ・・・・」

 

浅間なら言わなくても誰かぐらい解ってそうな気がしたが、まぁいいか

 

「大体、何で私に預けるんですか?こんな大事なもの・・・」

「こんな俺でも待っててくれるって言った馬鹿な奴がいるんだが、どうも答えを出すのに時間かかりそうでな・・・それに、そういうの茶化さないで持っててくれそうなお前なら適任だと思ってさ」

「すいません、あの・・・今すぐ皆に話したいです」

「女の人ってこういう話ホント好きな・・・まぁその辺は背負ってもらう以上、お前の好きにしていい」

 

浅間は考え込む

ヤバい、頼む相手間違えたかなこれ・・・

数秒考えた後、浅間はクスッと笑って

 

「解りました・・・これは私が責任を持って預からして頂きます」

「ああ、頼む」

「うちの神社に祀って保管しておきますね」

「そこまでしなくていい!ってかただの嫌がらせだろそれ!」

 

『荷を背負われた』って言うより『弱みを握られた』気もしないでもない

でもまぁ、一度任せると言った以上、やっぱりお前じゃだめだと言うのも後味が悪い

康景はため息をつき、諦めた

 

「じゃあ、俺の個人的な問題については後で皆に聞いてもらうとして・・・まずは武蔵と英国の会議だな」

「え?まさかその状態で行く気ですか!?」

「当たり前だろう?お前は何しにここに来たんだよ?迎えに来てくれたんじゃないのかよ?」

「いや、様子見ついでに動けそうなら連れて行こうと思ってましたけど、その傷で・・・」

「大丈夫大丈夫」

 

貧血でフラフラになりそうなのに、康景はベッドから起き上がろうとする

その様子を見かねた浅間はため息交じりに

 

「知りませんからね?その顔で皆に会いに行って怒られても・・・」

 

********

 

英国オクスフォード教導院 武蔵に用意された女子控室にて

宴の準備は終わっていたが、開始時刻の六時までには時間があったため、普段着飾る事に慣れていない女性陣は制限時間ギリギリまで用意をしていた

それぞれが互いの服装を確認する中、何人かは心配そうな顔をしていた

正純もその一人である

 

「(・・・大丈夫かな)」

 

何が心配かと言うと、例のアイツである

殆どが康景の心配をしているが、一番ひどかったのはミトツダイラだった

着替えが満足にいかず、ハイディに手伝ってもらっていたし、直政ですらぼーっとしている

ホライゾンの方は喜美が準備したのだが、喜美は風に当たってくると言って部屋を出たままだ

彼女も康景が心配なんだろう

 

そんな中で、浅間に彼の様子を見に行ってのには理由がある

彼女が名乗り出たというのもあるが、役職者でなく、されど武蔵でも巫女という重要な役割を担っている

だから彼女に代表で行ってもらったのだ

浅間が様子を見に行ってから数十分経ったが、歩けないほど重傷なんだろうか

皆が落ち着かない様子で待っていると、不意に控室の扉が開かれた

一斉にそちらに振り向く

 

「今戻りました・・・」

 

浅間だった

それに一番に反応したのはミトツダイラで、彼女は焦った様子で

 

「智、康景は・・・康景は大丈夫ですの?」

「・・・それが」

 

浅間が重い口を開く

 

「右の目を負傷してしまったらしくて、多分もう・・・」

「「・・・!」」

 

ミトツダイラが息を飲み、全員が黙った

康景の負傷という報すら未だに信じられないのに、そこまでの重傷だとは思わなかった

 

「・・・なんでそういう事になったんだ?」

「その件に関しては康景君が会議の後に皆に話したいって言ってました」

「そう・・・か」

「そんな重傷なら、アイツはまだ寝てるのか?」

「あ、いや・・・それが・・・」

 

気まずそうに顔をそむける浅間

それが何を意味するのか

正純達には解らなかったが、彼女は不意に

 

「そ、そういえば私がいない間、何かありましたか?」

 

話を変えてきた

何かマズい事でもあったのか?

 

「・・・ああ、そう言えば行方不明だった悲嘆の怠惰が見つかった」

「え?それって『ああ、そう言えば』で済ませる物じゃないですよね?」

「ホント偶然でな?ホライゾンが着替えをしてる時、彼女の背後で何か浮いてるなと思って引っ張ったら出てきた」

 

浅間が着替えて康景の様子を見に行った直後だった

喜美がホライゾンの着替えを手伝っている時、偶然そちらに目を向けたら彼女の背後の空間が歪んでいたのだ

なんだこれ?と思って引っ張ったら悲嘆の怠惰だったというオチ

どうやらホライゾンが最近よく眠っていたのは、そう言った機能を奏填していたのではないか、という話に落ち着いた

その後ホライゾンが馬鹿が使っていた山盛りワカメを取り出した時は大パニックに陥ったが・・・

 

「何だか正純の中で優先順位が『大罪武装<ヤス君』になってる気が・・・」

「そ、そんなことあるわけないだろう!そりゃ康景にはいつも世話になってるから心配してるだけで、別に大罪武装をないがしろにしてるわけじゃないぞ!」

「ほほう、正純様もホライゾンの"義妹"候補に名乗りを上げますか・・・」

「へ?・・・え?"義妹"!?」

「ホライゾンと康景様の関係性は、姉弟だったと聞きます・・・だったら康景様を取り合う泥沼の戦争に勝ちあがった場合、正純様がホライゾンの義理のご家族になるという事ではないですか」

 

何でそういう流れになった!?

何だか急なアウェー感に冷や汗が止まらない

特に某二人組の視線がとても痛い

誰と誰とは言わないが

 

「へぇ・・・お昼とかよくやっすんと一緒に居る思ったらやっぱりセージュンって・・・」

「もしかして正純もミトと同じく"チョロイン"の素質が・・・」

 

ひそひそ話をする外野がうるさい

 

「わ、私はチョロインじゃないぞ!チョロインはミトツダイラだけで十分だろう!?」

「ま、正純!?貴女私の敵ですのね!?そうですのね!?」

「確かに、ミトっつぁんは終身名誉チョロインだもんねぇw」

「ナイト!?」

「正純のキャラ的にチョロインは合わなそうですね・・・武蔵のチョロイン枠はミトで決まりですねw」

「智!?枠って!?チョロイン枠って何ですの!」

「正純はどっちかって言うと"堅物貧乳キャラ"だしな、"貧乳チョロインキャラ"はミト専用さね」

「専用!?」

 

気が付けば標的が自分からミトツダイラにシフトしていた

先程の重苦しい雰囲気は何処へ行ったのか

気が付けばいつものノリに戻っていた

皆からの集中砲火に耐えきれなくなったのか、ミトツダイラは不意に入口に立ち

 

「わ、私は決してチョロインではありませんわ!」

「どうしたんさね?」

「・・・そろそろ時間ですので、喜美を呼びに行ってきますわ」

 

勢いよく扉を閉めて出ていくミトツダイラ

その様子に皆やりすぎた感を反省した

 

******

 

女子控室で正純があらぬ嫌疑を掛けられて騒いでる中、喜美は一人、渡り廊下で佇んでいた

理由は康景の負傷を心配してである

康景が過去と向き合うために色々頑張ってるのは知っている

そして康景が自分が何なのかに苦しんでいるのを、自分は待つと言った

待つと言った以上、自分は彼を待つ。しかし

 

「怪我して人を心配させていいとまでは言ってないわよ・・・」

 

彼が怪我をすることなど、考えたくもない

三河の時も気が気でなかった

本来なら、あの人数を相手に怪我もなく戻ってこれた方が奇跡だ

もちろん康景の実力を知らないわけでも、信じてないわけでもない

しかし、こうして怪我をしたとなると、話が違ってくる

今後、武蔵は多くの国と相対していく事になる。それは避けられない

恐らく今後、もっと強い相手が出てくるかもしれない

その度に彼は無茶をするだろう

もしかしたら、なんて最悪の考えが頭を過ぎる

 

かつてトーリを失いそうになった時、康景に救われた

でも、彼が大事なものを失った時に自分は助けになれなかった

そして康景と交際して彼を支えられると思えば、すれ違いからそれも叶わなかった

 

康景を待つという事は、彼の居場所であり続けるという事でもある

彼の居場所であり続けたいと思うからこそ、彼を待つことが出来る

康景を一人にしない事が、彼への恩を返す事でもあり、自分の精一杯の示せる好意だ

 

だがその待つ相手がいなくなってしまえば、それも意味がない

不安に押しつぶされそうになりながら喜美は泣きそうな声で呟いた

 

「アンタを失う事になったら・・・私は・・・」

「・・・俺はお前の前からいなくなったりしないよ」

「うびゃぇあ!?」

 

不意に背後から現れた手にいきなり頭をわしゃわしゃと撫でられ、驚きのあまり未凸平みたいな声を上げてしまった

振り返る

そこにいたのは

 

「・・・馬鹿」

 

顔面に包帯を巻いた馬鹿が、そこに立っていた

 

「アンタ、それ・・・」

「ああ、目の辺りをごっそりやられてなぁ、出血多量で寝てた」

「・・・アンタの馬鹿は愚弟以上ね」

 

殴ってやるか、紅葉卸にしてやるか、康景の持ってる教師物のエロゲを目の前で割ってやるか

どれにするか悩んだが、喜美が取った行動は

 

「せいっ!」

「ギャアアアアア!」

 

跳び膝蹴りだった

当たるとは思ってなかったが、康景も律儀で、自分が悪いと思ってたのか避けなかった

喜美の膝は丁度鳩尾辺りにヒットし、康景がうずくまる

 

「え、おま、え、え?お、俺、一応、怪我人・・・」

「だまらっしゃい、怪我人なら怪我人らしく床に臥せてなさい!このお馬鹿!」

「えぇぇえええ」

「何?なんか文句ある?」

「す、すいません・・・ないです」

 

膝をついてうずくまる康景を見下ろすように喜美が腕を組んで立つ

そして鬱憤を晴らすように

 

「全く!人に心配ばっかりかけさせて!」

「待て!お前、蹴りはやめろ!怪我してるの顔なんだから!」

「黙れレジェンド馬鹿」

「痛っ!」

 

あらかた蹴り終えたところで、康景がよろめきながら立ち上がる

 

「く、くそ・・・み、身内がラスボスってどういうことなんだってばよ・・・」

 

やかましい

これ以上人様に迷惑かけるようなら本当にラスボスになってやろうかしら・・・

そんなことまで考えた

だが、その前に

 

「・・・」

 

優しく、正面から、身を預けるように身体を寄せた

康景の胸に顔を埋める

顔を埋めて康景の顔を見ない様にしてるのは泣きそうな顔を見られたくないからだ

 

「すまない・・・今回の件はちょっと俺の中で油断があった。そのせいで皆に、お前に迷惑を掛けちまったな」

「ホントよ、浴場でアンタに言ったじゃないの、アンタは一人じゃないって」

「そうだよなぁ・・・思い返せば、あの時ちゃんとお前が言ってくれてたんだよな・・・この傷は、その意味を本当の意味で理解していなかった俺への罰なのかもしれない」

「?」

 

何だか康景がネシンバラみたいな事を言い始めた

まさか康景にも中二病属性があるのだろうか

喜美の心配が何だか違う問題に向き始めた

 

「詳しい事は後で皆にも聞いてもらうけど、俺が戦ってる間、俺は自分の中にある感情、いや、本能と言うべきか、それについて葛藤して迷った」

「本能?」

「そう、本能・・・今まで俺が感じてきたものを全否定するような本能。それのおかげで、俺が化け物である可能性が高まった」

「康景・・・」

 

化け物

その言葉の意味を、喜美は図り損ねた

それが何を指すのかはわからない

だが、康景にとってそれは、自分の存在価値に関わるのだろう

 

「お前にもう一度聞きたい」

「・・・」

「お前は本当に、俺が何であっても・・・受け入れて荷を背負ってくれるか?」

 

自分はあの時、この男が何であっても待っているとそう告げた

その気持ちは今も変わらないし、多分未来永劫変わらない

だから

 

「・・・私の答えは決まってる」

 

何度問われようとも自分の気持ちは変わらない

 

「私は、貴方を待ち続けます。天野康景という存在を、私は受け入れて背負う・・・背負いきってみせる。貴方を、一人には絶対にしない」

 

それが葵喜美という一人の女が出した一つの答えだ

今度は康景の目を、見上げるようにして言った

真面目な話なのだが、何だか顔が熱い

一種の告白ともとれるその台詞に、康景は喜美を強く抱きしめる

 

「やっぱりお前で良かった」

「・・・何がよ?」

「少しだけ、少しだけでいいんだ・・・もう少しだけ、こうさせててくれ」

 

嬉しいと言えば嬉しいのだが、それ以上に恥ずかしかった

 

「ようやく立てた気がするよ・・・お前らと同じところに」

 

******

 

ミトツダイラは、喜美を抱き寄せる康景を見た

そろそろ皆の準備が終わったので、喜美を探しに来たのだ

浅間が何故か自分が行くと言って聞かなかったのだが、人を探すなら鼻の利く自分が行った方がいいだろう

そう進言して探しに来たのだが

 

「ぁ」

 

声を掛けられなかった

康景が顔に包帯を巻いているので、これは重傷だと判断は出来た

康景の身を案じるのも、二人の雰囲気に入っていけず、固まる

 

喜美の匂いを辿る途中で、康景の匂いも感じたので二人で一緒に居るという可能性は視野にあった

今目の前で起こっている光景も、喜美から康景に抱き着くという場合ならいつもの事なので特に問題はない

しかし、どう見てもあれは康景から抱き着いている様にしか見えない

 

康景は・・・喜美の事が・・・

 

そんな事を考え、ミトツダイラは声を押し殺し、混乱する気持ちを落ち着かせる様にその場を後にした

 

 




この作品における対主人公関係において
一番の苦労人は浅間さん
一番の被害者はネイトさん
だと思いました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。