境界線上の死神   作:オウル

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前回までのあらすじ

正純「(貧乳って有用なんじゃないだろうか)」
ミトツダイラ「貧乳回避!」




八話 陸

己が立場を考える

 

相手の出自を考える

 

どのように言い繕っても

 

結局はヘタレ

 

配点(あの忍者part2)

―――――――

 

中央に噴水を持つ広場に、トーリとホライゾンは戻ってきた

 

「さて、転々として広場に戻ってまいりましたが、この後のご予定は?」

「judjud―――ちょっと待てホライゾン、姉ちゃんマニュアルによるとさり気なくホライゾンと手ぇ繋いでイチャイチャしてその後いい雰囲気になるらしいぜ!」

 

トーリがメモを読みながら答える

それに対しホライゾンは目を細めて

 

「手をつなぎたいのですか?ならこれでどうでしょう」

「すっげぇ淡々としてんな!びっくりしすぎて何も感じねぇ!・・・おっかしーな、マニュアル手順で行くならもう十回はチューしてんのに」

「喜美様の御指示が明確でも、難易度が高すぎたのでは?」

 

メモを覗き込んだホライゾンが指でなぞりながら言う

 

「ここの所ですが、"実弾的射撃場にて二丁拳銃モードで一発に付き二体ずつ落として計四体獲得"とか、絶対に要求している技能がおかしい気がしますが」

「やっぱおかしいと思う?」

「現に先程、トーリ様が実践されて全弾外されていたではありませんか、それで見かねた店主が残念賞でよくわからないマスコットを下さったのは多分トーリ様が初かと」

「キャーやめてー恥ずかしい!・・・多分これヤス基準なんだよ」

 

よく読まないで実践に入った自分も悪いが、姉も姉だ

自分がデートした経験をデートのコツに教えるのは普通だろう

でも、良くも悪くもデート相手のスペックが違いすぎる

求める内容があのスーパーマン(笑)と同じなのは酷じゃないだろうか

 

「どんだけ姉ちゃんヤスの事好きなんだよ・・・」

 

トーリは頭に手を当て、姉が親友をどれだけ好いているか痛感した

トーリの呟きにホライゾンが反応する

 

「以前康景様と喜美様がご交際されていた話は聞きましたが、今でも喜美様は康景様の事がお好きなのですか?」

「好きっていうか、若干依存気味なんだよなぁ~、ヤスに・・・姉ちゃんが気づいてるかは知らねぇけど」

 

姉が親友の家に泊まりに行ってたのは知ってるし、輸送艦が不時着した時なんかは酷く狼狽えていた

子供の頃から一緒だったので自分にとっては家族みたいなものなのだが、姉のはそれとはまた違う気がする

喜美の康景への依存の理由はわからないが、喜美のモチベーションに関わっているのも確かだ

康景も康景で、喜美の事は大事に思っていることをトーリは誰よりも解っている

一度惚れた女を振ってしまった事もあり、康景は喜美を大事に思いつつも大事に思い過ぎて遠ざけようとしていることがある

あの二人も随分空回りしてるよなぁ・・・

 

「康景様も、喜美様がお好きなのでしょうか?」

「ヤスの方は・・・わかんね、アイツは物事を複雑に考えすぎて、俺でもたまに解らなくなるんだよなぁ・・・」

 

トーリは思う

康景は馬鹿だ、それは疑いようもない事実である

優しすぎるが故に、自分で背負える物以上の物を背負おうとする

親友のせいでホライゾンを失って、師に計られて師を殺し、思い違いから恋人を振った男だ

失う事ばかり経験してきたからこそ、康景は何も失わない様に無茶をする

そして誰よりも器用なくせにそう言った経験のおかげで恋愛には不器用だ

多分鈍感なのはそこも関係してるんだろう

 

「アイツもアイツで色々失ってきたからさ、そういうの慎重になってるんだと思う」

「・・・康景様でもやはり失う事は怖いのでしょうか」

 

ホライゾンの問いに、トーリは即座に応えることが出来なかった

 

「あの康景様ですら失う事を恐れているのに、ホライゾンが感情を得てそれに耐えられると?」

「・・・」

「トーリ様も、一度ホライゾンを失った時に哀しさを得た筈です。今後ホライゾンと一緒に居れば、またいずれ哀しさを得ることになります・・・それでもホライゾンとの関係を望むのですか?」

 

トーリは、その問にすぐには答えず、少しだけ考えた

そして数十秒経った後

 

「そりゃあ、失うのは誰だって哀しい。ヤスだって、そういうのから目を背けたくて毎日無茶ばっかやってたくらいだしな」

「だったら・・・」

「だけど、ヤスは凄ぇよ。どんなに辛い道だろうと、それを乗り越えようと抗ってるんだから・・・俺にはそんなこと出来ねぇ」

 

トーリが思う康景の凄いところは、どんな苦行でも、その先に何が待ってても進もうとすることだ

他人から恨まれても、守りたいものを護るために修羅を行く

彼なりに失わない様に動いているのだ

まぁそれが元で色々一人で抱え込んでしまうのが欠点なのだけれど

 

「俺はヤスみたいに頭の良い馬鹿じゃないから、俺なりの馬鹿やって、楽しく過ごして、後悔のないように生きていくことしか出来ないのさ」

 

自分は康景の様には出来ない

誰かを護るための戦闘能力を備えているわけでも、容赦のない凄みを持っているわけでもない

自分が出来ることは、毎日を楽しく生きて、例え死んでも、釣りが多く出るように生きていく事しかできない

 

「康景様も、トーリ様も、ちゃんと楽しいと思えるように頑張っているのですね」

「・・・」

「でも」

 

ホライゾンは言った

 

「どうすれば楽しいという感情を得る事が出来るのでしょうか」

 

告げる

 

「大罪武装はホライゾンに負の感情を与えました。ならこの先、大罪武装を得ても哀しい感情しか得られません」

「ホライゾン・・・」

「ホライゾンは・・・哀しいのは・・・要らないです」

 

ホライゾンが涙を零した

 

*******

 

ホライゾンは思う

自分は"要らない"という言葉に弱いと

例え自分の物であっても、負の感情しか戻らないのであれば、要らない

自分自身で自分を否定するような己を誰が欲するか

だが

 

「だからこそお前に負の感情を戻すんだよ、ホライゾン」

「・・・?」

 

トーリは不意に、背後からリンゴの串焼きを出して、こちらに手渡してきた

何事かと思ったが、ただ単に先程買った物を紙袋から取り出しただけだ

だがホライゾンは泣いたのを誤魔化すように、それを受け取って食べた

 

「負の感情が嫌いか?」

「哀しいというだけで、充分に辛いではありませんか」

「だったらお前は正の感情も持ってるって事だよ、ホライゾン」

 

どういうことだろうか

ホライゾンはリンゴを食べながら疑問視した

 

「何故です?」

「負の感情を受け入れねぇで、それは嫌だってちゃんと抗えてるんだから、それは幸せな事じゃねぇかな」

 

トーリはいつもと変わらぬ笑みで語る

 

「昔の、お前が死んじまった直後の俺は、哀しみの感情を受け入れて、そのまま自分も死んじまってもいいなんて考えた」

「・・・」

「でもさ、ヤスに半殺しにされてわかったんだよ・・・哀しみに抗えなくなって、ただ哀しみを受け入れちまった時が本当に哀しい事なんじゃないかって」

 

トーリは遠い眼をしているが、そこには悲しそうな雰囲気は全くなかった

ただ懐かしむ様に、ホライゾンに話す

 

「俺はアイツのおかげで救われた・・・アイツ自身の凄さをアイツ自身"俺は逃げてただけ"とか言って否定するけど、俺はそうは思わねぇ」

「・・・トーリ様?」

「逃げようとしたのは、それが無自覚だって奥底ではそれを知ってたから逃げようとして抗ってたわけだし、ただ単に逃げてた奴は、あんなに毎日苦しそうな表情は出来ねぇよ」

 

その言葉に、ホライゾンは考えさせられた

哀しみに抗う

康景が一体どんな道を歩み、これからを歩もうとしているのかは本人しか知り得ない事

自分は父である元信公が消えた時、トーリと康景がいてくれたおかげでここに父親を失った事に耐えられた

それは抗えたという事なのだろうか

 

「ホライゾンは、もはや最初の時の様に父の事を思っても泣き叫んだりしなくなってしまいました・・・それは酷な人間だという事なのでしょうか」

「違ぇよ、それはオメェが哀しみに抗ってるからだよ、ホライゾン。大体、自分の娘に泣き続けることを強いる親の方が酷じゃね?ま、ヤスだったら"面倒事押しつけやがったな糞親父"とか言って親子喧嘩始めそうだけど」

「ならホライゾンは・・・」

「オメエは大丈夫だよホライゾン。そうやって哀しみに抗えてるんだからさ・・・後はオメェが色んな負の感情にも抗おうと思うか思わないかだろ?」

 

ホライゾンは・・・

 

「抗うと、どうなるんでしょうね」

「抗ったオメェには、抗ってすべてを取り戻したホライゾンには、もう嬉しい事しか残ってねぇよ」

 

その台詞は、以前聞いたことがある

それはかつて、三河で彼らに救われて、父の死を、家族だった康景の心中を考えて泣いた時、彼に言われた言葉だ

 

「・・・ですが、自身の感情を取り戻したいという思いだけで、戦争を始めてもいいものなんでしょうか」

「ヤスだったらその辺の事は『自分の物取り返すのに理由はいらねぇだろが』とか言ってキレそうだけど、俺はその辺、馬鹿だからよくわかねえ。けどさ、もしオメェが大罪武装全部集めて、それで末世救って多くの人を救えるなら、戦争の理由には充分だって、俺は思う」

 

その台詞に、ホライゾンは言葉を失った

だがトーリは言葉を続ける

 

「いつでもいいさ、オメェがもし自分の意思で納得して俺達と一緒に戦争するときは言ってくれ・・・そん時は俺もヤスも、全力でお前を助ける。そん時こそ、俺たちは本当の意味で、一緒だ」

 

ホライゾンはすぐには答えられなかった

戦争を望むことによって誰かが救われることがあるのだろうか

哀しみに抗う方法や、正の感情の事等、色々な事を含めて安易に答えを出していい事ではない

だからホライゾンは

 

「・・・ホライゾンは、判断を保留します・・・トーリ様はどうなさいますか?」

「俺?・・・俺は決めたよ、今な」

 

トーリは言う

 

「戦争する・・・戦争して、全部取り戻したオメェを、俺は見てみたい」

「ホライゾンがそれを望まないとしてもですか?」

「馬鹿だなぁ、もしそれでオメェが俺を嫌ったら、また一からやり直すだけさ・・・これは俺が勝手にやる事だ、俺がヤスからオメェを奪っちまった時から、そしてオメェに出会えた時から決まってたんだ」

 

それが

 

「俺がホライゾンに出来る哀しみを払う方法だ」

 

*********

 

トーリはホライゾンの反応を待った

正直結構恥ずかしいが、何とか耐えた

 

「ありがとうございます」

「え?」

 

思わず耳を疑った

え?まさかこれデレた?え?マジで?来たんじゃね?葵トーリヤバくね?

平然としてるつもりだったが、内心ではガッツポーズでヒャッホーだった

 

「二度は言いませんよ?自動人形ですので」

「え、へぇえ、ほう、ふーん・・・」

「何ですか気持ち悪い」

 

コイツもコイツで容赦ねぇ・・・

姉弟は似るんだなぁと内心納得した

 

「ともあれ、トーリ様の方針が決まったので、皆様も喜ばれますね・・・ですが」

「?」

「皆様はおそらく、この話し合いのために戦っておられます。ならばこの話し合いがまとまったのなら、皆様を救いに行くべきでは?」

「どうやって?」

 

殴られた

す、すげぇ!今何が起きたのか解らなかった!気が付いたら頭にたんこぶが三つも出来てた!

だがまだホライゾンは拳を握った手を収めてはくれなかった

 

「ま、待て!俺ぁ浅間みたいに結界に詳しいズドン人間じゃねえし!姉ちゃんみたいに強引にやっちまう人間でもねえし!ヤスみたいになんでもできるスーパーマンじゃねぇんだぞ!」

「・・・ならばどうなさるんですか?」

「ちょっと待って!半目で睨まないで怖い怖い!今考えるから・・・あ、姉ちゃんか浅間呼べばセットでヤスも付いてくんだろ」

「そんなファストフードのサイドメニューみたいな感覚で・・・」

「姉ちゃ~ん!浅間~!」

「呼んだぁ~?」

 

紙を引き裂くような音と共に、ナルゼを背負った喜美と、正純を連れた浅間が現れた

 

「凄ぇホントに出てきた!・・・あれ、でもヤスだけいなくね?」

 

******

 

ホライゾンは己の横に平然と現れた喜美を見た

 

「愚弟、そして可愛いホライゾン。何かあったらこの賢姉を呼ぶことを忘れないでね」

「トーリ君が呼んでくれたおかげで空間を繋げることが出来ました」

 

トーリが無事だったことを確認して安心する喜美達だったが

 

「ヤスは?一緒じゃねーの?」

 

いると思っていた人物がいないことをトーリが疑問視する

それに対しては浅間が

 

「連絡が無いんです・・・恐らく大丈夫だとは思いますが・・・」

「うーん・・・まぁ確かにアイツなら大丈夫か、こんなところで死ぬような奴じゃねぇだろうし」

 

一人だけ行方がしれない事に皆が心配そうな顔をする

それで生じた沈黙を破る様に正純は

 

「・・・ちゃんと話し合いは出来たか?」

「余裕余裕!」

「本当か?」

「ホライゾンは判断を保留しましたが、トーリ様は決めたそうです」

 

ホライゾンの言葉に、正純は安心したように呼気が静かになった

 

「そうか、なら皆も報われるな・・・武蔵のトップが今後の行く末を決めたのだから」

 

*******

 

正純は、少なくともトーリが今後を決めた事に安堵を感じた

ホライゾンの判断留保については話を聞く必要があるが、トーリの方が考えを定めたのであれば、夕刻の会議には間に合う

あとは

 

「浅間、他の皆の詳しい状況は?演劇空間を私たちが抜けられたなら他も・・・」

「はい、今空間から出られたのでやっと詳しい状況をモニタリングすることが出来ました。ミトは・・・見た所、寝てますね。これ、ちょっと大丈夫か見てきます」

 

寝てるってどういうことなのだろうか

ミトツダイラも負傷した可能性が高い

残るは

 

「第一階層にいる鈴さん達の連絡がまだありません・・・後は・・・あれ?」

「どうした?」

「康景君の状態だけが解らないんです」

 

******

 

ダッドリーは部下が機動殻を開ける作業を見ていた

 

「ダッドリー様、後三分ほどで開けられると思います!」

「せせせ急かさなくても、後三分でこの機動殻を武器に出来るのなら、そそそそれぐらい待つわ」

 

機動殻をこちらで手にして武器にする

防具を武器にしてしまうとは、女王陛下の発想には驚かされる

少し形状を改造して、聖譜顕装で開錠すれば中に閉じこもる外交官を取り出してこの機動殻を得ることが出来る

 

女王万歳・・・!

 

女王様スキーのダッドリーだが、少々気に喰わないこともある

 

「ダッドリー様、陛下のご命令通り、例の男を医務室に収容しました」

「そそそそそう、なら見張りを数人立てて陛下の命令があるまで誰も通さないこと」

「Tes」

 

何でそこまであの男に執着するのか

ダッドリーにはそれが気に喰わなかった

"女王の盾符"の中でも、邪推する声もあった

"女王の盾符"に向かい入れるだとか愛人にするだとか、そんな陳腐な話も出てきた

恐らく昔に何かあったのだろうが、今の女王陛下を支えてきたのは自分達だ

それなのに、あんないるだけで危なそうなフラグを製造する男を何故欲するのか

 

「だだだだだ大体、武蔵の死神なんて言われてるけど、けけけ結局負傷してるじゃない・・・実は大したことないんじゃないの、天野康景も」

 

******

 

アデーレは機動殻の中で、鈴の"音鳴りさん"のセンサーを利用して外の話声を聞いていた

 

「康景さんが、負傷・・・!?」

「ど、どうし、たの?」

 

アデーレが急に大声を出したことに驚いた鈴に大声を出したことを謝りつつも自身の驚きを隠せなかった

康景さんが負傷?

どういうこと何だろうか

もし康景が誰かと相対して怪我をしたのなら、それは康景と同等かそれ以上に出来る者が存在しているという事だ

これは非常事態かもしれない

 

「鈴さん、非常事態かもしれないです。ちょっと揺れますよ」

「え、な、なに?」

 

アデーレは足元のペダルを踏み、緊急脱出用の手順を確認しながら鈴に説明する

 

「これから緊急脱出のために機動殻任せの大跳躍を行います。目標地点は倫敦塔の北西塔にします。あそこなら高低差もあまりありませんし、王賜剣二型もあって目立ちますから、向こうも下手に手を出せないはずです」

 

正直、康景が負傷したという話が信じられない

三河で、何百と言う相手に無傷で生き残り、戦況を有利に導いた傑物だ

そんな彼が負傷して医務室に運ばれたなど到底信じられない

だが先程のダッドリーの口ぶりからすると、医務室に連れて行ったという事は治療はしているはずだ

捕虜にして交渉の材料にでもする気か、それとも他に利用しようとしているのか

アデーレにはそこまでは解らなかった

事の詳細を聞きたいが、今出ていけば自分達も捕虜にされかねない

それは恐らく、康景も避けたいはずだ

 

「(康景さん・・・)」

 

仲間の事を心配するアデーレだが、彼なら「人の事心配する前に自分の心配しろ」とか言って怒るだろう

だからアデーレは、今できる最善手として、機動殻で跳んだ

 

******

 

二代はオクスフォードの戦士団を相手にしながら、不意に城壁を突き破って飛び出してきた丸いものを見た

 

「あの面妖な形状、まさしくアデーレ殿の機動殻で御座るな」

 

二代の本来の責務は、外交官である鈴の護衛だ

ならばあの機動殻を追うのは必定

故に二代は突っ走った

オクスフォード教導院の学生たちが立ちはだかるが、それも無視して二代は跳んだ

敵学生たちが構える槍を飛び越え、敵が槍を払う動作を利用して通常よりも高く跳び

更に

 

「飛ばせ蜻蛉切!」

 

伸縮機能を利用した石突を城壁に向けて発射し、その反動で通常では出来ない程の大跳躍を可能にした

目指すは機動殻の落下地点

倫敦塔の城塞だ

 

******

 

ネシンバラは、隣に座るシェイクスピアが何やら表示枠でやっていることに気付いた

・・・演劇空間が終わったのか?

それを証明するように、シェイクスピアは己が持ってきた荷物を片づけ始めている

だが不意に

 

「トゥーサン・ネシンバラ・・・中等部二年の時、雑誌に応募した短編小説に乗って小説家デビュー」

「い、いきなりなんだい?」

 

ネシンバラはいきなり告げられた自分の過去に若干の恥ずかしさを感じつつ、何故今それを言ったのか気になった

 

「なんで今そんな事・・・」

「憶えてない?昔、僕たちで約束したじゃないか・・・"いつか本を作る人になりたい、僕たち三人で本屋に自分たちの本を並べよう"って」

「・・・」

「なのに、君はそれ以来書くことは無かった。やってることと言えば批評活動ばかり・・・簡単になれちゃったからもういいやって、そう思ったの?」

「僕は・・・」

「あの子はね、死んじゃったよ」

 

いきなり言われた言葉に、ネシンバラは声が出なかった

それは・・・

 

「じゃあ、君は・・・」

「それがね、僕にも解らないんだ」

 

淡々と言うシェイクスピアが席を立つ

 

「君は、僕が約束を反故にしたことを怒っているのかい?」

「いや、あの子が悲しむから嫌なだけだよ」

 

シェイクスピアの去る背中に、ネシンバラは声を掛けることが出来なかった

 

*******

 

点蔵は、昼過ぎの陽射しの中を"傷有り"と一緒に歩いた

その中で点蔵は"傷有り"の正体に関して、自分なりに考えた

まず、"傷有り"の反応から、メアリに近しい侍女か何かだと、そう思った

だが、ヘンリー八世の書斎の鍵を持っていることから、どちらかと言うとヘンリー八世の近親者、あるいはその侍女の家系にあるものだと推測した

まさか妖精女王エリザベスなのだろうか

いや、国の頂にいる者は、本来ならこうして自分と一緒に歩けるほど暇なはずがない

ウチの総長が例外なのだ

なら後どういった選択肢が考えられるか

メアリ殿・・・?

そう考えるも、点蔵は選択肢から除外した

メアリは倫敦塔における南西塔に収監され、自分とこの御仁が一緒に居た時も人々に姿を見せていたはず

ならこの御仁は誰だろう

 

点蔵は思い切って聞こうと、一歩先を行く"傷有り"に聞こうとしたが

 

「!?」

 

突然、北西塔の上部が破砕し、崩れ落ちたのだ

石組みや木板の破片が堀端に落下している

しかし、小さい破片は愚か、かなり大きい残骸もそのまま落下しており、その下には

 

・・・子供!?

 

子供三人が、その場から動けずに固まっていた

それに対する点蔵の判断は一瞬の連続だ

距離は落下物から遠く、"傷有り"には精霊術がある

だから彼女は大丈夫だと、点蔵は判断

"傷有り"に短く声を掛け、子供たちの下に走った

落下物が落ちるよりも速く、点蔵は三人を抱きかかえ、安全な位置に避難した

そして落下物が全て落ち切ったのを確認してから

 

「危ないで御座るぞ?」

 

なるべく落ち着いた声で、優しく語り掛けると子供たちはそれをようやく理解したのか、親の元へ泣きながら掛けていった

よかったで御座るな・・・

大事なくてよかった

今の騒動によって大衆の動きが乱れている

"傷有り"殿は何処で御座ろうか・・・

急いで飛び出したので位置を見失ってしまった

周囲を見渡す

すると群衆をかき分けるように駆け寄ってくる姿があり

 

「"傷有り"殿、無事で―――」

「大事なくて何よりでした」

 

無事で御座ったか

そう聞こうとするよりも先に、抱き着かれた

 

!?!?!?!?!?!?!?!?

 

何が起こったのか解らず困惑する

女性から身を寄せるように抱き着かれたのは初めてなので、どう反応していいか解らず

 

「(じょ、女性から抱き着くなんて!破廉恥な!もっともっと!!!!)」

 

もっとやってくださいと男の本音と、同時にどうしたらいいか解らないDTの本音が混じり合い、思わず"傷有り"の身を引きはがした

突然の反応に"傷有り"が戸惑う様な顔を見せるが、同時に何かの異変に気付く

頭に付けていた睡蓮の花の飾りが無いで御座る・・・!?

それに気づいた時、点蔵の中にあった熱が一気に冷えるのを感じた

 

「貴殿は誰で御座るか」

 

点蔵の問いに、"傷有り"?は小さく笑い

 

「バレたか・・・」

 

あっさりと自分が"傷有り"ではないと明かした

怪しく笑うその者に対し距離を取ろうとするが

 

動けない!?

 

身体が何かに固定されたように動かなくなった

まるで大地や大気に押さえつけられているような感覚

 

これは精霊術で御座るか・・・!

 

そしてゆっくりとこちらの首を掴み

 

「お前があの人の言っていた・・・」

 

あの人?何の話だ

こちらが疑問するよりも先に、相手は首に手を掛けようとした手を止めた

何故動きを止めた。そう思うよりも先に、こちらの右肩越しに背後を見る

 

「そう怒るな」

 

そう言いながら点蔵から距離を取る

こちらから遠ざかっていく相手とは裏腹に、背後から近づいてくる存在がある

自分を中心に向かい合うその存在は

 

「"傷有り"殿?」

 

動けるようになり、背後を少しだけ振り返る

そこにはもう一人の自分を恐れているかのように警戒している"傷有り"がいた

 

「Long time my sister・・・"重双血塗れ"メアリ」

 

点蔵は自分が今まで喋ったり、風呂に入ったりした相手が時の重要人物だったことを初めて知った

まさかとは思っていたが、それでもその衝撃が大きすぎて、点蔵は精霊術が解けたのに動くことが出来なかった

 

******

 

「点蔵様」

 

点蔵は暫くの硬直の後、"傷有り"が自分の名を呼んだことで我に返った

今思えば納得がいく点がいくつかある

三百ある墓所の整理を行っていたのも、身体の前面しか傷が無いのも

 

「貴女がメアリ様であったからで御座るか・・・」

「jud・・・三百人殺しで英国を旧派に戻そうとした咎人です」

 

"傷有り"、いやメアリが口を開く

その様子は、知られてしまった事に苦笑いしており

 

「アン・ブーリンが産んだ妖精女王は双子の姉妹だったのですよ」

 

メアリの独白を、点蔵は聞いた

その目には涙があふれそうになっている

 

「双子の姉妹の内、妖精女王の力を半分も持たなかったために、メアリの名を頂いたのが私です」

 

ならばあそこにいるもう一人のメアリこそ

妖精女王で御座るか・・・

そして

 

「出来る事なら知られたくなかったですね・・・」

 

メアリの涙がこぼれた

そのまま俯き、肩をすぼめて顔を拭うメアリに、点蔵は声を掛けることが出来なかった

だが再び顔を上げた時には、何度も見た笑顔がそこにはあった

 

「点蔵様?勝負をしましょう」

「なんの勝負で御座るか?」

「点蔵様のお顔を拝見出来たら、私の勝ちです」

 

点蔵の目の前で、背伸びして顎を上にし、喉を伸ばす姿勢を取るメアリがいる

これではまるで

キスシーンみたいで御座るな・・・え?キス?マジで御座るか?

そう思い、現状を理解する

もし自分がキスをするときはスカーフを外さなくてはならない

キスをする=自分の敗北である

ファーストキスの相手が金髪巨乳たるメアリなら敗北望むところだ

だが同時に

これ以上、このような一国の重要人物と関わりを持つのはいかんで御座る・・・!

影響を与え合う様な重要人物との必要以上の付き合いを持つのは歴史再現の妨げになってしまう

だから点蔵は

 

「メアリ殿は、"傷有り"殿としてこれからも居続けてくれるで御座るか?」

 

第四階層を護る存在としての"傷有り"で居続けてくれるか

そういう意味を込めて、メアリに聞いた

今のシーンを外道連中に見られていたら

 

「このチキン野郎」

 

と罵られていた事だろう

でも、それでいいのかもしれない

自分はただの忍者で、この御仁は歴史再現を為すのに大事な人だ

点蔵は身を引いた

そして点蔵の問いに対してメアリは

 

「・・・jud!」

 

肯定した

 

「大丈夫ですよ、いなくなるわけではありません。最終的には"救われる"ことになります」

「そうで御座るか・・・」

 

点蔵は安堵した

少なくともメアリ本人は失われない

 

「私の負けですね」

 

メアリが諦めたように笑い、両の手を腰のあたりで合わせて歩き出す

メアリが、点蔵の前から遠ざかろうとしている

 

「これから私は、歴史再現で倫敦塔に入ります・・・でも、全部が終わるころには武蔵は、英国からいなくなっているんでしょうね」

 

その言葉に、点蔵は気の利いた事すら言えなかった

これから処刑頑張ってなど、言っていい訳もなく、点蔵はただ

 

「jud・・・では」

「jud・・・それでは」

 

短い挨拶だけ交わす

これが本来なら正しい選択であるはずだ

それに、歴史再現が終われば襲名は解除され、次に会うときは自由になっているだろう

次に会うときには、第四階層のただの"傷有り"として会える

だからこの場の選択としては、これが正しい

点蔵は自分に言い聞かせるように、ただ自分の中で繰り返した

 

「"傷有り"殿?」

「何でしょう?」

「す、好きな男のタイプとか、あるで御座るか?」

 

馬鹿だと思いつつ、聞いてみた

もし来年、もう一度英国に来た時にワンチャンスあるかもしれないなんて淡い希望を持って

それに対し彼女は驚いた顔をしてから少しだけ笑って

 

「それはちょっと言えません。でも、そうですね・・・そんな人に出会えたのなら、その人にとって一生消えない傷痕を残せるような女でいたいですね」

 

消えない傷痕

なら先日風呂場で治療された自分は

はぁ・・・

フラれた

だが却ってよかったのかもしれない

自分はあくまで忍なのだから

 

メアリは、長衣のフードを被ってエリザベスの方へ歩く

その前方からは"女王の盾符"が歩いてくる

錚々たる面々がほとんど勢ぞろいしたことに、点蔵は"傷有り"がメアリであることを実感した

だが不意にメアリがこちらに振り返り

 

「点蔵様?楽しかったですよ・・・初恋の人に再会できて、点蔵様と過ごすことが出来て、更には救われるんですから・・・私は幸せです」

 

点蔵はその言葉に、肯定ではなく疑問を感じた

何で御座るか、この違和感は・・・

彼女を行かせるべきだと判断した点蔵だが、今の言葉で行かせてはいけないと感じてしまった

その時だ

 

「だ、め・・・!!!」

 

鈴の声だ

 

******

 

アデーレは鈴が叫んだのを聞いた

 

「だ、め・・・!救、い、それホライ、ゾ、ンといっ、しょ、なの!」

 

今自分達は、半壊した北西塔の最上階、王賜剣二型がある場所にいる

北西塔が半壊したのは自分達が機動殻で突っ込んだせいなのだが、こうなったのは向こうのせいなのであいこだ

 

王賜剣二型の刺さった地殻をそのままこの塔に移植し、地脈をそのままに大光剣を発射できる

しかし鈴の"音鳴りさん"による検知によれば

 

「第一特務!この施設はダメです!機能としては三河で見た"刑場"と同じものに改造されています!」

 

鈴の言葉を補足するように叫ぶ

この王賜剣二型の根本に彫られている文字を見るそこには

"メアリの誇りある魂は英国と共に"

そして刑場の機能を見るに、浸透型

つまり

 

「メアリ様は処刑されます!救われるなんて嘘です!メアリ様の言う救いは、地脈に分解され英国と一体化して英国の守りの力になる事です!」

 

*****

 

点蔵はアデーレが叫んだ言葉を聞いた

それはつまり、初めから死ぬつもりであったということ

自分と過ごしていた間も、自分に笑顔を向けた時でさえ

最初から死ぬつもりで御座ったのか・・・!

一体何時からそのような覚悟をしていたのだろうか、否、それはあの王賜剣二型を抜けなかった時からだろう

点蔵は何も見抜けなかった己の不明を嘆くよりも先に、前に出た

 

止めてどうなる

 

止めてどうする

 

―――解らない

 

だが点蔵は走った

この人を行かせてはならない

それだけを思って

 

しかし

 

「!?」

 

不意にメアリの足元の影から人が出てきた

忍術で御座るか・・・!

長大な柄だけの刀を肩に担った男

腕章を見るにこの男も"女王の盾符"の一人だろう

人の影の中に細分化して忍ぶなど、よほどの高等技術を持っている事に他ならない

しかし、それでも今はメアリを止めなくては

点蔵は相手に対し身体を右に捩る様にしながら左に突っ走った

単純なフェイントだが、それ故に有効打にもなり得る強引な技だ

どう出るで御座るか・・・!

 

点蔵の動きに対し、相手は手にしていた長大の柄ではなく通常サイズの柄を

 

「(自分に!?)」

 

自分に向けて使ったのだ

重力刀の引力分解を自身に使う事で、自身を薄く二分割した

相手が二人に増えた所で、点蔵は腰の短刀を構えようとするが、それよりも速く

 

「!?」

 

斬られた

 

*****

 

メアリは背後で、点蔵が斬られたのを見た

力無く崩れ落ちる点蔵の手が、こちらに手を伸ばしている様にも見える

そしてウォルターが重力刀を構え直したのを見てメアリは

 

「―――捨ておきなさい」

 

今できるメアリの、点蔵に出来る最大限の配慮

 

「"重双血塗れ"メアリには関係のない人です。ならば貴方にも関係のない人でしょう?ウォルター」

 

御免なさい

声にならない声でそう呟いた

ウォルターも、メアリの命に応じて刀を収めた

そして再び歩き出そうとしたとき

 

「ウォルタアアアアアア!否、山中!貴様やはり裏切ったのか!!!」

 

ミルトンが飛んできた

 

*****

 

武蔵の面々が、ミルトンを先頭に走ってきたのを薄れていく意識の中点蔵は見た

負傷者もいるが、大半が揃っている

だが連中はこちらに気付くなり

 

「うわ、点蔵君が地味に死んでますよ!」

「浅間って前から思ってたけど酷いよな!よく見ろって、まだ虫みたいにぴくぴく動いてんだから」

 

トーリ殿も大概で御座るよ!

 

「・・・誰?」

 

ホライゾン殿はもっと酷いで御座る!

 

自分の扱いの酷さにも慣れてきたが、あんまり過ぎないだろうか

ミルトンを先頭にやってきた武蔵勢を見て、今度はエリザベスが

 

「・・・武蔵か」

 

えらく沈んだ声だった

その沈んだ声が何を意味するのか、点蔵には解らなかった

その沈んだ声で、武蔵の面々に告げる

 

「・・・余興は終わりだ、武蔵・・・貴様らに言っておくことがある」

 

告げられた言葉は

 

「天野康景が不法入国者の手によって負傷した。今オクスフォード教導院で治療している・・・」

「「・・・は?」」

 

信じがたい一言だった

 

*******

 

真っ暗な空間に、康景は立っていた

何処かもわからないが、すぐに現状が夢だという事に気付いた

何故なら目の前に自分が殺した師がいるからだ

 

「なんて様だ・・・この顔と似たような顔をした相手と言うだけで傷を負うなんて、先生悲しい」

 

うるせぇよアル中

 

「心配してやってるのになんて言い草だ・・・」

 

大体、俺にかつての師と似たような顔をした女殺せって言うのかアンタ

 

「そうやって過去に拘るからそんな目に遭うんだよ、この馬鹿弟子」

 

アンタは何を隠してた?

 

「どうしてそこまで知りたがる?」

 

過去を、アンタとの日常を捨てろって言うのか?

 

「その優しさの結果が、その右目だろうに・・・」

 

・・・

 

「いいかい義伊?・・・世の中知らない方がいい事もあるんだぞ?」

 

いいか師匠、俺は前に進む。過去も、今も、全部拾って、守りたいものを守って、未来に繋げる。どんな敵が立ちはだかってもな・・・そう決めたんだよ

 

「ハッハッハ・・・成長してるんだかしてないんだかよくわからん男になったなぁ」

 

そう言う割には嬉しそうだな

 

「もし私が嬉しそうに見えるなら、それは多分お前の馬鹿っぷりにだろうよ」

 

馬鹿なのはアンタに似たんだろう

 

「言うようになったじゃないか・・・おっと、そろそろ目覚める時間だぞ不肖の弟子め」

 

結局何しに夢にまで出てきたんだアンタ

 

「だから言ってるだろう、心配だからさ」

 

嘘臭ぇな

 

「信用無いな私・・・まぁいいや、お前が過去を思い出したいのならそれはそれで結構、でも憶えておきなよ」

 

何を?

 

「お前が選んだ道は、多分お前を孤独にしかしない」

 

・・・今ここでアンタが全部何もかも教えてくれればいいんじゃないか?

 

「教えられるわけないだろう、これはお前の夢で、現実じゃないんだし、お前が知らないことをお前の夢の中の私が知るわけないだろう」

 

元も子もないメタ発言だな

 

「まぁ、その心配をする前にお前を迎えに来た仲間に殺されない心配をした方がいい」

 

不吉なこと言うな

 

*******

 

康景がゆっくりと目を開けると、そこには知らない天井があった

だが視界が霞む

右目の視界が真っ暗だ

覚醒していく頭を働かせて混乱してる頭を整理する

 

そういや、あの馬鹿に目やられてここまで運ばれたんだっけなぁ・・・

 

何だか随分遠い過去みたいに感じるが、どれくらい経ったのだろうか

そして段々ハッキリしてきた視界に映ったのは

 

「智・・・」

 

浅間だった

 




次回予告(あながち間違ってない・・・?)

浅間「何か言い残すことはありますか?」
康景「え、ちょっと待って智さん、なんで殺す流れになってんの?」
浅間「殺しませんよ、人に心配かけさせる悪い子にお仕置きするだけです」
康景「むしろその方が怖いわ!」
浅間「さぁ康景君、ズドンとズドーンとズドドドーン、どれがいいですか」
康景「全部一緒じゃねーか!全部ズドンじゃねーか!どの道死ぬじゃねーか!」
浅間「怪我で弱ってる今こそズドンを成功させるチャンス!」
康景「さ、最悪だ・・・!怪我人を見る目じゃねぇ!獲物を狩る目だ!ダレカタスケテェー」
浅間「他には誰も来ませんよ?」
康景「ギャアアアア!」

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