境界線上の死神   作:オウル

39 / 76
八話 肆

過去は過去、今は今

 

そう割り切れたらどれほど楽になれるだろうか

 

配点(負傷)

――――――――

 

エリザベスは目の前で起こっている死闘を見た

あの二人は、エリザベスにとってメアリとは違った感じでの兄と姉のようなものだ

吉川広家こと"アヴァリス"は数日前、自分に会いに来た

偶然英国による用があったとかでオクスフォード教導院にわざわざ会いに来たという事だったが

寝る前にいきなり会いに来られた時は驚いたが・・・

それなりに過去の話をし、盛り上がった

その時に「不法入国なんで帰るね♪」とか言っていたので、帰ったとばかり思っていたが

 

・・・やはり本当の狙いは天野康景だったか

 

そして今回、英国が武蔵に行動を起こすのを見計らって行動を起こした

あの人は、抜けてるように見えてしっかりしている

私までも欺くか・・・

 

「そこまでだっ!二人とも!」

 

大声で二人を制止した

康景の長剣は広家の喉を、広家の拳は康景の額に当たる直前でその動きを止める

そして二人ともゆっくりとこちらを見る

二人のこちらを見る目に、思わず悲鳴を上げそうになった

どちらの眼も、人の眼ではない

例えるなら獣が一番近いだろう

悲鳴を押し殺し、二人の反応を待つ

 

「・・・ハァ、もう来ちゃったかぁ・・・ちょっと早くない?」

「胸騒ぎがしてな、貴女は康景に何かを仕掛ける、そういう予感があって急いで駆け付けたのだ」

 

その通り、エリザベスは息を切らし、髪を少し乱している

その様子に、広家は拳を下ろしあきれた様子で

 

「私もお兄ちゃん大好きっ子だけど、エリちゃんも本当、お兄ちゃん好きねー」

「ああ、大好きだとも・・・康景も、貴女も」

 

恥ずかしがる様子も無く、さも当然の如く語る

その堂々とした様子に広家は笑いだし

 

「だってさ、お兄ちゃん」

「・・・」

 

康景も無言のまま剣を下した

どうやら戦闘する気はもうないようだ

エリザベスは二人が死ぬ様な事にならず、安堵した

 

「あ~あ、エリちゃん来ちゃったから仕舞いかなぁ・・・下手にエリちゃんに手ぇ出して国際問題になったらババアとヤンキーに怒られるし」

 

広家は後方に大きく跳び、屋根に飛び乗る

そしてエリザべスと康景を見下ろし

 

「それじゃ、お兄ちゃん、エリちゃん・・・メアっちによろしく~♪」

「広家」

「なぁ~に?」

「・・・俺は、昔とは違う」

「・・・」

「お前がどんなに昔の俺を欲していようと、昔の俺はもう帰ってこないんだよ」

「ふーん、あっそ」

 

最後の最後で白けた顔でその場を去る

一応不法入国者である広家の事を追うべく、付いてきた侍女が確認してくる

 

「跡を追いますか?」

「いや、捨ておけ」

「よろしいのですか?」

「ああ、そもそも彼女の入国を見逃してたのは私だし、追ったところで彼女に殺されるのがオチだ」

 

康景を見る

 

「大丈夫か?」

「・・・見ればわかるだろ・・・元気だ」

 

どこがだ

右目は潰れ、呼吸も荒く、顔色も悪い

見るからに怪我人だ

そう言い返しそうになるのをエリザベスは堪えた

この人も、色々思うところがあるのだろう

それに対して自分が口を出す義理は無い

それでも、エリザベスは康景が心配だった

 

「それにしても、随分早かったな・・・もっとかかる見込みだったのに」

「はて・・・私に逐一居場所を教えてたのは何処の誰だったか」

 

そう、何故エリザベスが街はずれにいることを知り、駆け付けることが出来たか

答えは簡単な事

康景がエリザベスに居場所を教えていたからだ

 

「"アヴァリス"が・・・広家が来ることを見越していたのか?」

「いや、アイツが来るのはもっと後、英国を去る時あたりだと想定していた・・・今回英国と武蔵が相対してる間に来るのは意外だったよ」

「ならなんで私に居場所を教えた?」

「お前とさっさと接触してアイツ等の加勢に行きたいからだよ」

 

その言葉に、エリザベスは気が重くなる

やはり彼らが心配か・・・

暗そうな顔をしてるエリザベスの頭に、康景は手を乗せた

 

「いいよ、お前は国のトップとしてやるべきことをやれ、武蔵の心配は武蔵でするさ」

「・・・」

「はぁ・・・何か、昔を思い出すな」

「昔・・・?」

「いつだったか、こうやってお前とメアリの頭を撫でてあやしたな」

「・・・あ」

 

そう言われて、泣きそうになった

何故かは解らない

懐かしいからか、大事な二人が殺し合ってる現場に遭遇したことが悲しかったのか、武蔵への相対を後ろめたく思っているからかはわからない

そのどれでもないのか、それともその全てなのか

すぐには解らなかった

 

「お前は、俺が相対戦に乱入しない様に足止めしに来たんだろ」

「・・・なんでもお見通しか」

「何でもは知らねぇって・・・どっかの委員長じゃあるまいし」

 

冗談とも、本気ともとれる康景の言い方に、エリザベスは少しだけ笑った

だが康景は不意に

 

「でもお前には悪いが、俺は奴らのとこに行くよ」

「・・・その傷でか?」

「問題ないだろ・・・」

 

そう言って歩き出そうとする康景がよろめく

その康景をエリザベスは支える

 

「フラフラではないか・・・」

「気にすんな」

「だが・・・」

「目が潰れようと、血が足りていなくても、この身体が動くうちは闘える」

 

それでも歩き出そうとする康景を休ませようとするが、強情にも歩みを止めない

この人は本当にどうしてこうなのだろうか

昔、康景と広家が英国に来ていた時の事だ

丸一日どこかに消えていたと思えば、翌日何事も無かったかの様にケロッと戻ってきた

何があったのか父に聞いたところ、町にいる英国反乱分子をたった一人で狩ってきたという

どうしてそこまでするのか

 

出来る事ならもう・・・戦わないでくれ

 

いや、駄目だ

この人にそれを言ってしまうのはこの人が歩んできた道を全否定することになる

エリザベスは口を噤み、代わりに

 

「解った・・・ならばこうだ」

「・・・?・・・!」

 

康景は一瞬何をされたかわからず、前に倒れ込む

 

「お前・・・そこまでして俺の邪魔するのか」

「こうでもしないと休んではくれないだろう」

 

エリザベスは精霊術で康景の身体の自由を奪ったのだ

普段の貴方ならこんなの躱してただろう・・・

それが出来ない程に今この男は弱っている

そんな人を放っておくことなど、エリザベスにはできなかった

 

「この者をオクスフォードの医務室に」

「陛下は?」

「予定通りに行く」

「了解しました」

 

侍女が動けなくなった康景に肩を貸し、引き摺る様にしてオクスフォード教導院に戻る

その様子をエリザベスは眺めながら思った

 

・・・本当はこうなる展開も、彼女に会う事も全部計算の内だったんだろう?

 

エリザベスは、康景の事が好きだ

それは自覚していることだし、本人の前でも言えるくらいエリザベスには当たり前の事である

自分より長い期間康景と一緒に居たわけではないので、すべてを語れるわけではないが、それでも、久しぶりに会った友人として思えることもある

 

今の貴方は、酷く孤独に見えるよ・・・

 

康景の後ろ姿が、何故だかそう見えた

 

*******

 

倫敦西側

ウェストミンスター近くの住宅街で、半狼の咆哮が響く

 

「どうだい俺の狼砲は?」

「わんこの遠吠えにしちゃ随分立派ね」

 

ナルゼは距離をとって相手を分析する

相手は恐らく、純血に近い半狼だ

それゆえの咆哮の威力だろう

それに加えてあの聖譜顕装だ

 

近づいても離れても厄介な能力ね・・・!

 

こちらが攻撃を行おうとすると失敗する

こちらの手持ち武器になりそうなものは

カフェから持ってきたナイフとフォーク、後は裁縫用の針が数本・・・

ナイフ、フォークも銀メッキだが、無いよりはマシだ

行くしかない

 

三河での戦闘で白嬢を破壊してしまって以来、ナイトには負荷をかけっぱなしだ

白黒魔女コンビの内、白魔女の方はお荷物なんて言われるのは嫌だ

役に立たないという事は払拭したい

それに今回自分単騎で敵役職者クラスとやり合えれば、それだけ康景の負担も減る

康景が選択できる行動範囲がそれだけ広まるのだ

あの男に「任せた」と言ってもらえるのが、武蔵の戦闘系連中には少し鼻が高かったりする

皆が康景の世話になってきたのだ

今までの礼を、返していく

ナルゼにとっては、ナイトの次に重要な事でもある

身構える

その瞬間

 

「ルァアアアアア!!!!!」

 

咆哮が来た

距離にして約二十メートルくらい

ナルゼは敵の攻撃を大きく跳んで回避した

聖譜顕装の効果を確かめるために、ナルゼは一つ行動に出る

狼がこちらに身を向ける前に、落ちていた鎧戸の破片にナイフを刺し、投擲する

だがそれはドレイクに当たることなく脇に落ちた

刃が上に向いている

そしてドレイクは、散らばった木片などを踏みながら歩いてくる

物を踏むという事は、自重によって足裏を攻撃してるのと同義だ

ナイフはいわばトラップの様なもの

当たればラッキーくらいのものだが、相手の能力範囲を知るには十分だ

だが

 

「!?」

 

不意に風が起き、ナイフの刃が横に傾いた

不自然極まりない出来事だが、それで解ったことは

 

「正義に一次的な危害を加える者は否定されるのね・・・」

「そうだ、実効の際に否定される。武器を持ってるだけでは否定はされない・・・だから俺は針治療すらできないんだ」

「根治の難しい奴ね」

 

厄介な・・・

残りの手札を全部暴かれた気分だ

今後の展開を練り直してると、不意にドレイクが

 

「今と同じことやってみ」

 

鎧戸の破片をナルゼに投げ渡した

それの意味が解らず、とりあえずナルゼはアンダースローで投げようとすると

 

「!?」

 

こけた

起きたことに困惑しつつ、身を起こす

今のは・・・

 

「行動が最適化されたの・・・!?」

「Tes・・・相手の行動の意図を判断、記憶し、正義を否定する行為を先読みして否定する・・・お前そろそろヤベェぞ?」

 

まさか最終的には呼吸ですら行程化されるなんて事無いでしょうね・・・!

最悪の想定に思わず息を飲む

すると相手が息を吸い、狼砲の初動を見せる

来る!

そう判断したナルゼは前に跳ぶ

攻撃は運よく当たらなかった

このままタックルの用量で相手に身をぶつける

良い判断ではないが、試せることは試す

だが突然、翼に違和感を感じた

 

「(羽ばたきまで行程化された!?)」

 

羽ばたきまで英国の正義を否定すると判断されたナルゼは、上手く翼が動かせず地面に転がる

そしてドレイクは続けざまに狼砲を放った

 

*******

 

ドレイクは、連続で放った狼砲を白魔女が避けたのを見た

 

「やるじゃねぇか、今のは当たると思ってたのによ」

 

だが相手は躱したのだ

ギリギリのところで身体をくねらせて直撃を避けた

しかし、直撃は避けられても一部は当たったらしく、動けないでいる

声も出せず、かはっ、やら、ぜぇ、など息をするのもやっとの様だ

狼砲が直撃した衝撃でナルゼの懐から飛び出した銀のフォークや裁縫道具を跨ぎ、ナルゼに近寄る

ただ近寄ったわけではなく、攻撃をより効果的に当たる位置に移した

 

まぁ頑張った方じゃないか?お前は・・・

 

憐れみではなく、一人の相手としてそう思ったドレイクは息を吸い

 

終わりだ

 

息をたっぷり吸い、狼砲を構え

 

「ルァ」

 

放とうとした時だった

不意にドレイクの胸が爆発するようにはじけ、全身から血が噴き出した

 

「!?」

 

全身を破裂するような打撃に驚きを隠せなかったが、このような事態に陥った原因をドレイクは悟った

 

「お前まさか・・・!」

「そう・・・私がやっ、たのは"ただ、の身、体強化"よ」

 

********

 

身体強化

正義を汚さず、補強するものであるため、否定されない

狼砲はそれを放つ際に身体に負荷をかける

だからナルゼは先程放った鎧戸の破片に強化の魔術を仕込み、ナイフが傾くのと同時に、側面の術が発動する仕組みだ

いくら半狼でも、全身に負荷がかかった状態で大出血ではただではすまないはず

そう思って身体を起こすと

 

「え」

 

ドレイクが目の前に迫っていた

その傷で動けるの!?

声に出して驚く間もなく、ドレイクの爪がナルゼをふき飛ばす

 

「久々に目ェ覚めたぜ!嫁の方がもうちょっと抉い事してくるけどなァ!」

 

大きく吹き飛ばされたナルゼに、ゆっくりと、着実に迫ってくるドレイク

ナルゼは負けた事への絶望感などより、失望感を感じる

自分は結局、相方の足を引っ張るだけだった

これでは、康景は自分に「任せた」とは言ってくれないだろう

 

・・・康景

 

あれ?

ナルゼは薄れゆく意識の中で疑問に思った

 

「(何で最愛のマルゴットじゃなくてアンタが出てくるのよ)」

 

大事な人ではなく、世話になった人が先に頭の中に出てくるのは何故か

その疑問を解消する前に、ドレイクは爪を振り下ろした

 

*******

 

ナルゼは薄れゆく意識の中、いつまでたっても止めを刺されない事態を不思議に思い、ゆっくり目を開ける

目の前には、ドレイクの爪を防いでる存在がいた

 

「・・・康、景?」

 

問いかけた人物は自分が思った人物ではなかった

その人物はこちらを見ることも無く

 

「あの男と間違えられるのはいささか、と言うより心底イラつきますね」

「!?」

 

康景ではない

康景の体格よりかなり小さい

その体格は男のものではなく、女だ

この女には見覚えがある

 

「立花誾・・・!?」

「Tes・・・理由は存じませんが、多分役職付きだからでしょうね、狼男と魔女の争いに巻き込まれました・・・本当ならこの混乱に乗じてあの男を亡き者に・・・」

 

ボソッと恐ろしい事を呟く誾

不意の乱入者にドレイクは距離を取る

 

「武蔵との交戦権は三河以来三征西班牙が保持したままなのですが、一体何時から英国に?」

「ハッ!コレは余興だぜ?カッカしなさんな」

「詭弁ですね、武蔵と聖連のどちらにもいい顔をしてもし状況が悪くなっても余興で通そうとするそのくだらない詭弁が通用するとでも?」

「なら正義感満ち溢れた三征西班牙の学生様はどうしたいんだい?」

「正しましょうか・・・そのねじ曲がった正義」

 

自分が倒れている間に、勝手に話を進めようとする誾とドレイクに、ナルゼは思わず

 

「やめなさい!私はまだ・・・!」

 

このままでは英国を責める理由を三征西班牙に与えてしまう事になる

英国を責める理由に、自分と、武蔵が利用されてしまう

ナルゼは傷ついた身体を奮い起こそうとする

だが

 

「・・・諦めなさい、貴女は弱かったのです」

 

誾の背が告げる

 

「貴女は先程、負けて薄れゆく意識の中、天野康景の名を口にしました・・・それは無意識にあの男に頼っていたという事です」

「・・・ぁ」

「どんな逆境でもあの男なら何とかしてくれる・・・そんな甘えが、貴女の中にはあったのです」

 

ナルゼは何も言えなかった

ただただ胸の奥から熱い物がこみ上げてきて、目の端から涙がこぼれ落ちる

私は・・・

身体を起こそうとするも

 

「―――お静かに」

 

右の義腕の甲から光が放たれ、視界が揺れる

 

「・・・これ、は?」

「宗茂様に使っていた鎮静術式です。眠っていてください」

 

ナルゼは意識を失った

 

******

 

「英国の怪物相手に、航空戦主体の、しかも遠隔射撃主体の魔女がよくやったものです」

「俺だって一応航空戦主体なんだが」

「貴方の場合は"船"で戦う事でしょう」

 

背後の魔女を見る

涙を零しながらも横向きに倒れ眠っている

この魔女は、自分が「貴女は天野康景に頼っている」と告げた時、事実を知って絶望したような声を出した

恐らく、自分もやらなくてはいけないという責任感と、天野康景ならいくらピンチでも助けてくれるという思いが同時に存在してることに気付いていなかったのだ

立花誾は思う

 

あの男は本当に嫌いです

 

誰かを救うために誰かの憎しみを一身に背負う『孤独な強さ』

不可能すらを可能にしかねない化け物染みた『孤高の強さ』

そしてこの魔女の反応を見れば、あの男がどれほど信頼されているのか解る

誰からも信頼され様子から、戦闘と私生活は割り切っているのだと推測できる

あの男の強さが、妬ましくて恨めしくて憎たらしくてしょうがない

 

あの男さえいなければ・・・!

 

誾は己の中にある怒りを胸にしまい、目の前の相手を見る

 

「本当なら天野康景を見つけ次第殺りたかったのですが・・・」

「"武蔵の死神"に用があるなら向こう行っていいぞ?」

「・・・いえ、私は本来の"外交官"としての仕事を果たします」

「律儀だねぇ・・・無理にでもやられた旦那の無念を晴らすと思っていたが」

 

その言葉に誾は眉をひそめる

 

「宗茂様はあの鬼畜外道なんかに負けていませんよ?」

「・・・」

 

思わず口が出た

冷静に行こうと思ったが、我慢できなかった

 

「あの男はこともあろうに味方を立てるために戦果を他人に譲ったのです・・・そんな中途半端な男との戦闘は、あってないようなものです」

「・・・そうかい」

「・・・構えてください、今の貴方の相手はこの私です」

 

誾は自分の中にある怒りを何とか押さえながら剣を構えた

 

******

 

空中に浮いたプールの中では、ナイトとジョン・ホーキンスが戦闘を行っていた

 

「第一から第四コース投下!!」

「Tes!」

 

ホーキンスがキャベンディッシュに指示を飛ばす

それと同時に落ちてきたのは

 

石塔・・・!?

 

石塔に驚いたナイトだが、それを落とす意味は解る

こっちの進路を妨害して向こうの方向転換を容易にするため

機殻箒で水中移動は出来てるとはいえ、機動力は向こうの方が上

更に酸素がない状況では詠唱もままならない

どうすべきか、ナイトは考えた

 

少なくとも、この勝負で負けることは許されない

トーリとホライゾンの方針決定は、武蔵の今後にも影響する

そして

 

ガっちゃんが不安がる・・・

 

ナルゼは、自分に負担を掛けないようにとふるまい、結果として不自然になることが多い

何でもかんでも自分のせいにし、取り繕ったつまらないうわべだけのナルゼが出来上がる

そんなことは望んでいない

だから勝って言わなければならない

離れていても、変な気遣いなど無くても、自分たちは大丈夫だと

 

それだけではない

今回、自分達役職者は個別に相対に引き込まれた

それは今回、康景の援護は当てに出来ない、いや、してはいけないという事だ

三河で自分とナルゼに武神を任せたのには、意味がある

 

空中戦では自分たちがいるという事をアピールさせてくれたのだ

 

あの人に頼らないで自分一人でなんでもやってしまう様な人が、自分達に任せたのだ

それは誇るべきことであり、責任のある事である

だから自分たちは負けてはいけないのだ

だが、ナイトは思う

 

ガっちゃん、気づいてるか解らないけど結構やっすんに依存気味だからなぁ・・・

 

私生活でも、ナルゼの口から康景の話は度々出てくる

ナルゼの二大同人誌の内、片方のモデルは康景だし、困った事があっても、自分との事に関しても、真っ先に相談するのは康景だった

それがどれほど妬ましかったか、多分ナルゼは知らないだろう

だからこの戦いに勝って、言わなければならない

 

やっすんがいなくても自分たちはやらないといけないこと・・・

 

ナイトは思い、相手を見る

 

「(勝たないとね・・・)」

 

そして活路を見つけた

石塔を蹴って進んでくるホーキンスを迎えうつ

 

******

 

動かなくなった相手を見て、ホーキンスは疑問に思った

 

動きが止まった・・・?

 

何故かは解らないが、動いていない今が勝機

水中を得意とする者の前で動きを止めるのは自殺行為だ

ホーキンスは三又の槍を構えて突っ込んだ

この距離なら当たる

そう思ったが

 

・・・!?

 

避けられた

斜め上から急降下して突進してくる自分に対し緩急をつけて急発進することで攻撃のタイミングをずらしたのだ

面白い事をする

ホーキンスは相手への関心を他所に旋回する

だが

私の背後を付いてきますか・・・

その理由を考える

水中なら詠唱は出来ない

それなのにこちらの背後を取る理由は何なのか

 

「Herrlich!」

 

氷の弾がこちらを襲ってきた

水中でどうやって詠唱を?

背後を見る

こちらが使ってるジェットから出る気泡を利用して空気を作り、詠唱したのだ

あの加速ならいずれこちらの前に回り込みブラシ部分からの砲撃を食らう可能性がある

ならばどうするか

ホーキンスはキャベンディッシュに指示を出した

 

*****

 

ナイトはホーキンスを追い越し、砲撃態勢を確保した

当たる・・・!

そう確信した

しかし、ある異変に気付く

石塔の数が増えている

何時の間に落とされたのか

そして頭上、水の流れが変わる

まさか、と思った時には遅かった

 

「がはっ」

 

当たった

急な衝撃に、意識が飛びそうになる

肺に溜めていた空気も吐き出してしまった

そしてここぞと言わんばかりにホーキンスが石塔を蹴って突撃してくる

棒金弾も、詠唱方法も無い

そう判断してからこその突撃だ

だが、まだ手はある

ナイトは胸元のスカーフを緩めた

 

*******

 

ホーキンスは魔女が胸元のスカーフを緩めたのを見た

何をするつもりですか・・・

だがその答えはすぐに分かった

胸元から、大きな気泡が飛び出したのだ

 

胸の間に大気を・・・!

 

そのため込んだ空気を吸い、ブラシの砲塔部分をこちらに向けた

 

「Herrlich!」

「ビート版シールド!」

 

大小様々な氷塊が飛んでくるのを、ビート版で防ぐ

大小不揃いなおかげで、防げない威力ではない

もはや相手に攻撃手段は無い

 

「終わりです!」

 

だが

 

「ホーキンス先輩!」

 

不意にキャベンディッシュが叫んだ

何事だ

そう問おうとした直後だ

 

「がっ!?」

 

背中に石塔が激突した

第八コースの石塔がホーキンスに激突し、彼の身体を下まで落下させた

一体何が起きたのか

あの魔術は、こちらを攻撃するためのものではない

石塔を浮かしている術式を破壊して、落下速度を速める術式を付与していたのだ

肺に溜まった空気が、一気にあふれ出る

遠のいていく意識の中、何故自分や仲間たちが襲名者として己の充実を試し続けているのか

ホーキンスは己の中で何かに似ていると思った

それは

 

「この充実は・・・スポーツです」

 

意識を失った

 

*******

 

康景は、精霊術が解けてもなお、身体を思うように動かすことが出来なかった

肩をエリザベスの侍女に預けながらおぼつかない足取りで歩く

傷ついたことが原因ではない

心の中にある葛藤が原因である

失血とよくわからない感情が渦巻く中、己の中に芽生えつつある違和感を必死に否定し続けた

 

俺は、もう・・・昔の俺じゃあ・・・ない

 

自分には守るべき仲間がいる

いるべき場所を守る

一度は失ったはずの家族を守る

 

昔の自分が如何に異常であっても、過去のものだ

そう割り切ろうとした

しかし過去を何よりも思い続ける康景にとってそれは難しい事だった

過去の自分を否定すれば、今の自分まで否定しそうな気がして怖かった

考えがまとまらないせいで、意識すらはっきりしなくなった

 

その様子を肩を貸しているエリザベスの侍女が話しかけてきた

 

「全く・・・武蔵の学生からも畏怖されていた貴方を負傷させるあの女の人、どれほど化け物なんですか」

「?」

 

まるでこちらを知っているような口ぶりで話しかける侍女

この侍女が一体誰なのか、康景には解らなかった

 

「誰だ・・・」

「やはり覚えてらっしゃいませんか・・・」

 

侍女は苦笑いして話す

 

「一ヵ月前、三河での戦争を前に武蔵を降りた学生の一人です」

「お前は・・・」

 

康景はその侍女の顔に見覚えがあった

かつて代表委員の下っ端だった武蔵の高等部一年だった女生徒だ

大久保と話をする時、大体横で加納に苛められながら彼女に扱き使われて毎日泣き言を言ってた女生徒の記憶がある

あれから見ないと思っていたが

 

・・・武蔵を降りていたのか

 

「なんで英国に・・・」

「あの後、武蔵を降りた学生たちのその多くが親類や親の友人がいる国に移住しました。私は英国に叔父がいたので、そのまま英国に来ることになったのです」

「・・・そうか」

「英国に来た時も、よそ者である私を快く迎えてくれる人はそういませんでした・・・煙たがる人も多くいます」

「・・・」

「それでも、かつての貴方の様に、私に手を差し伸べてくれる人がいました・・・それが女王陛下です」

 

康景はあの女らしいと、内心笑った

この娘も、かつて俺が塚原卜伝に救われたように、エリザベスに救われたのだ

 

「陛下はこんな私にでさえ、侍女という役目を与えてくださいました・・・私にとって陛下は恩人です」

「・・・」

「それでもここ最近、陛下の様子が優れないのです」

 

歩きながら、侍女はその口調を強める

 

「英国の事情は大方把握しています。陛下が実の姉を処刑しようとしている事実も」

「それは・・・」

「そして貴方と言う存在を前に、あの方は一国の王としてではなく、一人の女性の顔をするようになりました」

「・・・」

「それでも、ご家族と貴方への想いで板挟みになって憂鬱な顔をなさることも多くなりました」

 

何も言えなかった

エリザベスの想いには、何となく気付いていた

いくら鈍感で名を馳せた康景でも、あの様子には思うところがあったのだ

 

「私にとってあの方は恩人、大事な方なのです、そんな人の、悲しい顔を何て見たくは無いんです」

「・・・」

「だから、武蔵を降りた私が言うのは、差し出がましい事だとは理解しています・・・ですがお願いします、どうかあの方を、救ってはいただけませんでしょうか!!」

「・・・」

 

康景の足取りに合わせ、ゆっくりとした足取りで進む二人

侍女の目に康景は彼女が如何に本気かを悟る

だから安心させるように、康景は言った

 

「安心しろ・・・元、から、俺は・・・そうす、るつもりだ・・・エリ、ザベスも、メ、アリも」

「・・・ありがとうございます」

「でも、望ん、だ形に、はなら、ないと、思う・・・その時は、『あの、馬鹿な先、輩のやった事だ、からしょうがない』って、笑っ、て・・・許し、てくれ」

 

侍女は笑った

その笑顔に、康景は思う

そうだ

昔がどうであれ、自分の過去に囚われて為すべきこと為せないのは愚の骨頂

殺してきた過去は、どう足掻いても覆らない

それでも、それを抱いたまま前に進むしかない

康景は思いを新たに、おぼつかない足取りで侍女の進むままに足を進めた

 

******

 

広家は、英国の町の屋根を飛び跳ねながら、密入国に使用した小型艇の場所にまで走った

全くお兄ちゃんには困ったものだよ・・・

過去の忌々しくも懐かしい本来の自分を受け入れたと思ったが、最後の最後で否定してきたのだ

 

「人はそう簡単には変わらないんだよ」

 

顔の傷をなぞりながら、そう呟いた

だがその時

 

『広家テメェ、いつまで遊んでやがる!!』

「あ、テルテルおつかれ~」

『お疲れじゃなえーよ!仕事ほったらかして何日もほっつき歩きやがって!』

 

上司から連絡が来た

やべっと思いながらも広家は飄々とした様子で答える

その飄々とした様子に怒りながら説教スタイルになるのも恒例の行事である

 

「いや、まぁしょうがないじゃん、丁度いいタイミングが無かったんだもの」

『・・・はぁ、それで?お前の愛しの"お兄様"とやらは説得できたのか?』

「あ~いきなりそこ聞いちゃう?・・・駄目だった」

『・・・そうか』

 

広家がふざける様子でもなく真面目に落ち込んだ様子に、連絡相手も空気を読んだ

 

「ラブアタックで右目潰したけど、攻めきれなかったよ」

『・・・フツーそれでついてくる奴いないと思うがな』

「なんでさー!テルテルだってあの全裸に木刀で股間殴ったりしてるじゃん!」

『・・・私のは、ほら、愛情表現?』

「なんでだろう、私も異常だけど、テルテルも相当だよね」

『うっせーな!・・・お前はそれでいいのか?』

「良くはないけど・・・まぁ」

 

広家は力の無い笑みで答えた

 

「どうせ仏蘭西にも来るだろうし、機会はその時まで待つよ」

 




という訳で読了ありがとうございます
オリキャラ出てきて『何だこりゃ?』と思った方も多いと思いますが、そこは寛大な心で・・・

多分八話はもう少し続くと思います

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。