境界線上の死神   作:オウル

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八話 参

顔が似てようと

 

昔の妹だろうと

 

やることは一つだけ

 

配点(兄妹喧嘩(ガチ))

 

―――――――――――――

 

ソーホーの自然区画にある噴水広場、その噴水の石組に、トーリとホライゾンは座っていた

 

「さてホライゾン、屋台で何か食うか?」

「・・・大丈夫なのですか?」

「何だよ?」

 

と笑みで問いかけたトーリにホライゾンは問う

 

「先程から自動人形であるホライゾンの感覚に響いてきてるものがあります。率直に申しまして、この倫敦の大部分が何らかの結界にされていると判断できます」

「・・・だろうな」

 

トーリの頷きに、ホライゾンはわずかに眉をひそめる

だが彼は彼女の肩をたたき

 

「さっきまでこっち追っかけてた姉ちゃんたちがいなくなっちまった。ここで待ってりゃ、多分姉ちゃんがヤスにイチャイチャアタック仕掛けて、ネイト煽って馬鹿やりながら偶然装って、こっちの事覗くと思ってたからさ」

「(なんて回りくどい・・・)もし何かしらのトラブルだとしたら、トーリ様が危険だと判断できます・・・総長兼生徒会長ですから、狙われるでしょう」

「その辺は大丈夫だろ、危険はねえよ」

「・・・何故そう言い切れるのです?」

 

だって

 

「うちの連中が俺たちを護ってくれてんだ。姉ちゃん達含めて皆どっか行ったとしても、今俺たちが無事なら皆に護られてんだよ。もし逃げた方がいいならヤスがこの場に乗り込んでくるだろうしな・・・ヤスも、他の誰も来ないってことは、面倒事はこっちでやるから、俺達は俺達のやれることをやれってことさ」

「ですが、ホライゾンとトーリ様のやる事と言いますと・・・」

「デートだよな!」

「・・・ホライゾンが感情に興味を持てるかどうかの話と、それを参照して決めるトーリ様ご自身の方針です」

 

ええーっと口を尖らせるトーリに、ホライゾンは半目になって一息つき、彼の隣に並び立つ

 

「今日の夕刻にはオクスフォード教導院で宴と会議があります。それまでにホライゾンとトーリ様の今後の方針が明確になっていれば、今回のデートも随分と意味があるものだと判断できます・・・このデートで決定した方針が、今後他国に対する基準にもなりますから」

「随分と真剣勝負なデートになりそうだな、大丈夫か俺」

 

トーリは苦笑いした

 

「あんまり結論出すの遅れると、ヤスに迷惑かけちまいそうだな」

「・・・?・・・あの方なら無理するなとか言いそうな気がしますが」

「そうなんだよなぁ、アイツ結果求めてくる割にその辺り優しいからさ、皆も俺も、ついつい甘えちゃうんだよな」

 

トーリは今まで康景に『何時迄にこれをやっておけ』という指示は受けるが、急かされたことは無い

必要によっては急かされるが、それも稀である

最悪の場合は康景が全部やってしまう時もあるが、そういう時はトーリと康景が二人そろって浅間に叱られた

トーリには『自分で出来ることは自分でちゃんとやってください』

康景には『人の用事を何でもかんでも代わってしまうとその人のためになりませんよ』

と正座させられて、だ

まぁ康景の場合は複雑な理由があったからなのだが

 

「ホライゾンも、康景様の絶妙なタイミングでの優しさがギャップに違和感といいますか・・・あ、いえ、お世話になることが多いですね」

「違和感って・・・w」

 

ホライゾンの康景への評価に思わず吹き出す

あの不愛想な顔で優しいのだから、確かに初めての相手は戸惑う奴も多い

 

「戦い等においては鋭いのに、私生活で鈍感とは、世の中不思議な事もあるものですね」

「まぁアイツの鈍感は・・・」

 

トーリが何かを言おうとして口を噤む

私見だが、康景の鈍感さには理由がある

多分本人も気づいていない

本人でさえ解っていない事実を、自分が話すのはよくない

 

「いや、なんでもない」

 

そう判断したトーリは、話を変えた

 

「そういやアイツ、今回の俺たちのデートもすごい心配しててな」

「康景様は心配性なのですか?」

「ああ、何か暴漢とか不良とか、そういうのに絡まれないかすごい心配してたw」

「浅間様に負けず劣らず過保護な方です」

 

トーリは笑った

トーリは思う

康景は誰よりも冷静沈着な人間だが、人一倍心配性で優しい男である

今回のデートでも、コースを検討したのはミトツダイラだが、最終的にコースの道順を決めたのは康景だった

康景は何も言わなかったが、準備中は町に出ていたのは皆知ってる

目的が別にあったとしても、町に出ていたという事は、治安の良いコースを探っていたという事だ

 

「昔っから他人の事に首を突っ込んで人は救うくせに、自分の事には首を突っ込ませない『お節介焼きの極み』みたいな奴でな」

「まぁ確かに、お節介だなと、思うときは多々ありますが」

「ああ、アイツ、皆の事もすんげー心配してるんだぜ?皆も、問題あるとまず相談するのはヤスだったし」

 

康景も、相談されても断らないし、大抵の事なら解決してきた

皆もそれに甘んじて、無意識の内に頼る様になっていた

 

「アイツ大抵の事なら解決しちゃうし、皆もそれに甘えてさぁ・・・いつの間にか、それが当たり前になってた」

「皆様にとっても頼れる存在だったと?」

「頼れるっていうか、頼り過ぎたっていうか」

 

"俺について来いタイプ"ではなく、"黙って仕事をこなすタイプ"の兄貴分

皆の事を心配して、自分の事をおろそかにしがちだった

そこは自分の事を考えないようにしてたのもあるが、康景自身その理由に気付いていないせいもあった

トーリも、生徒会選挙の時などの公の場に限らず、私生活でも世話になるときがある

ここ一年は皆が康景に気を遣って相談事などは極力避けてきたのだが、それでも結局、三河では大きく頼ることになってしまった

あの男は、自身の悩み事とかを極限までため込む

だからこそ喜美や浅間がかなり心配している

 

「だから皆も解ってんのさ、これ以上アイツに迷惑はかけらんねぇってさ」

 

今回のデートは、トーリにとっては今後の方針を決めるだけではない

これまで康景に頼りっきりだった自分達を変えていく事でもある

 

「まぁ俺にとっちゃ今回のデートは、そういうの込みで"真剣勝負"って感じかな」

「そうですか・・・では、あの方に顔向けできるように、マジに参りましょう」

「お、おう」

 

トーリは自信無さげに笑った

 

******

 

二代は自分が放った割断が消えたのを感じた

・・・消えた?

横一線に放射した蜻蛉切の割断が、消えたのだ

だがその原因を、二代はすぐにそれの正体を見た

 

「重力刀の双重力帯!?」

 

重力刀の双重力帯の出力を外に放つことで、光を捻じ曲げ、刃に映ったウォルターの姿を捻じ曲げたのだ

光学兵器などに対する対抗手段だ

だが居合を左手で撃ったため、続く二撃目を放つためには態勢を戻す必要がある

その前に距離を詰めれば勝ちだ

だから二代は距離を詰めた

だが

 

「!?」

 

ウォルターが、態勢を戻さず振り向きながら前に出る右肩をもって

・・・右肩に担いだ大重力刀を放つ気で御座るか!!

思った瞬間、ウォルター回った

そして、上半身の回転が先行し、上段右手打ちの大重力刀が高速で放たれたのだ

 

二代は重力刀の見えない刃が、宙を割って白い軌跡を描くのを確認した

彼が極東、尼子家に居た頃は、まだ重力刀は無かったはずだ

重力刀に対応した戦術を、英国に来てから修めたという事

 

・・・それだけの事をして尽くすべき相手が、英国にいるで御座るか!

 

妖精女王エリザベスとは、ここ数日の赴任では出会っていない

最初に挨拶したのはハワードとジョンソンだった

副長、副会長に相当するダッドリーとセシルにも会っていない

女王たちが姿を現さないのはこういった絵面を想定していたのだろう

だが、二代には解らないことがあった

ヤス殿は妖精女王と面会したので御座ったな・・・

彼は何をどこまで想定していたのか

・・・底の知れない御仁で御座るよ、貴殿は

戦況を読み取り、先を読む

そして戦場においては誰よりも強くある在り方

底が知れない康景の在り方に、二代は畏怖した

あの男なら、こういった状況も読んで、何かしらの対策を打つか、戦闘に割り込んでくるだろう

・・・いや、この危難を乗り越えてこそ副長の役目で御座る

自分は彼に任されている

彼が現れないのはそういう事だ

だから二代は前に出た

 

蜻蛉切の伸縮機構のスイッチを入れて、穂先をウォルターに走らせる

現在の自分と相手との距離分を、伸縮機構で補ったのだ

初速と合わせて槍を敵に向けたが

 

!?

 

相手が背後に跳んだのだ

背後に跳んだことでこちらの攻撃は届かず、また、その動作によって回転の威力が増す

更に速度を上げた重力刀攻撃に対し、二代はある判断を下した

伸張する蜻蛉切を引き戻すように構え直したのだ

穂先がウォルターの方に伸びているときは、後部も伸びていく

その状態で穂先側を掴み、後部を地面に向ければどうなるか

石突は地面を穿ち、その反動で前に跳ぶ

そしてその勢いを利用し、ウォルターの頭上まで飛んだ

二代が行おうとしているのは石突であるが、今度は上空からの石突である

回転運動中のウォルターを狙った回避不可能な攻撃だ

 

******

 

ウォルターは相手の狙いを悟った

ここまでの一連の流れで、瞬時に判断し、上空からの石突を行った相手に

 

・・・面白い

 

素直にそう思った

正直なところで言うと、あの武蔵の死神と、一戦交えてみたい気持ちはあった

だが死神の相手は、我らが女王自らが行くと、そう我らに宣言したのだ

彼女の配下である自分は、その命に従うだけだ

何故女王が彼に拘るのか、自分には解らない

自分は目の前の相手に集中する

それだけ

そう思っていた

 

だがこの相手もさすが副長と言うべきか、戦闘における判断力は優れている

だからウォルターもある判断を下していた

この様な事は、"女王の盾符"のメンバーなら誰でも出来る

培った経験からこの状況を逆転するための動作を行った

 

******

 

相手も、歴戦の戦士

ただで済むわけもなく、彼が取った行動は

・・・こちらの石突を取る気で御座るか!

身を捻って高速の動きをとらえようとしている

無茶だ、と思うが同時に、この相手ならやるとも思えてしまう

こちらの槍を掴めば、相手は容赦なく斬撃を叩き込んでくる

ならばどうするか

 

二代はさらに急な判断で身を振って軌道をずらした

狙いは

 

「(大重力刀の柄で御座る!)」

 

その結果は、見事に柄に直撃した

居合のバランスを崩されたウォルターはバランスを崩し

 

「・・・っ!」

 

重力刀が軌道を歪め、大地を削ぐ

二代は蜻蛉切を抱いたまま身を回し、着地する

ウォルター・ローリー・・・

この相手は一筋縄ではいかない

 

二代は改めて身構えた

だが

 

「・・・!?」

 

相手は身構えていなかった

それどころか彼はこちらに向き直り、一礼した

どういうことだと迷っていると

 

「・・・は?」

 

一瞬だけ正門の方に身を向け、消えたのだ

攻撃か何かかと警戒したが、その気配は遠ざかっていく

相手がいることで生まれる風の動きなどが全くない

相手がこの場から去ったと判断したが

・・・何故で御座るか?

相手が立っていた場所に目を向ける

光の残滓があった

表示枠の残光?

それが意味することは

目的を遂行するための戦闘より大事な連絡を受け、この場を放棄したということで御座るか・・・!?

そして消えゆく表示枠から読み取れたのは

 

「横道正光・・・」

 

送り手の名前だけだった

 

*******

 

大通りが見渡せるアーケードの二階の木造テラスに、三つの影があった

英国の制服を着込んだハワードと、それに対しシロジロとハイディが向かい合う様に座っている

 

「さて―――何故英国で相対戦が行われているのか、説明いただこうか?ハワード卿」

「Tes.」

 

今、康景を含めた武蔵主力陣と連絡が取れない状況に陥っている

更に外交官側とも連絡が付かない

少し異常だとも思える

天気情報などが通神などを通して入ってくるという事は、自分たちは結界には取り込まれていないという事だが、皆がヤバいという事を示す

そしてハワードも今相対戦が行われてることを否定しない

 

せめてヤス君と連絡取れれば何とかなりそうだけど・・・

 

ハイディはエリマキの頭を撫でながら思った

 

「色々と理由は察しているでしょうが、聖連に対する言い訳だとか、そちらの総長を確保したいだとか、確かに色々あります・・・しかし私たちは私たちの取引を進めましょう」

「・・・私たちと戦闘をする気はないと?」

「私は堅実派ですので、腕力、術式の力も、下手をすれば並以下・・・なのでこれは、戦えない私の時間稼ぎです」

 

シロジロは顎に手を当て、考える

 

「一ついいだろうか?」

「何でしょう?」

「今回、英国は、ウチの天野康景にもそちらの学生を?」

 

ハワードはその言葉に、顔を渋った

何か言いづらい事でもあるのかな・・・?

ハイディはその反応の意味を計り損ねた

 

「・・・そちらの武蔵の死神さんの事に関しては、我々も頭を悩ませました」

「ということは、アイツにも相対者が向かっていると・・・」

「Tes.彼を野放しにしておくのは、今回の相対戦において非常に危険な状態だと判断しました」

「でも、ヤス君とまともに相対して無事で済む人なんて・・・」

 

ハイディは思う

康景は、自分の仲間や家族の安全に関わる事態には、容赦無く動く

無論、容赦無く動いた上で物事がどう動くのかも考えているので、敵からすると質が悪い人間だ

康景とやり合って無事で済む人がそうそういるとは思えない

 

「そうか・・・そういう事か」

「?」

 

シロジロが何かに気付いた

 

「随分無茶な賭けをしたな、アイツが手を出さないなんて保証もないのに」

「その辺、"女王の盾符"内でも意見が割れましたね。無論私も、反対者の一人でした」

「・・・まさか」

 

ハワードの反応で、ハイディもようやくその人物の予測がついた

康景は容赦のない人だが、ただ単に戦闘を行う人間ではない

今現在、武蔵は英国と国交を結ぶかの局面にいるのだ

そんな状況で斬ってはならない人物

 

「妖精女王・・・エリザベス!」

「Tes.・・・これから交渉する国のトップなら、"死神"と呼ばれる豪傑であっても、切り殺したりはしないと」

「でも、それって・・・」

 

ハイディが思わず言いそうになってしまった

それはただの願望だと

シロジロの言った通り無茶な賭けだ

それでもし康景がエリザベスを斬れば、国際的な問題にだってなりかねない

・・・まぁヤス君ならその辺解ってるだろうけど

エリザベスの選択は国のトップとしては如何なものか

 

「仰りたいことはわかります・・・女王も、その辺りの事は理解しているはずです」

「なら・・・」

「それでも」

 

遮るように、ハワードが言う

 

「それでも、我らが女王は信じたのです・・・そちらの"死神"を」

「・・・」

「上が信じた人を、下の我らが信じないでどうします」

 

*******

 

康景は目の前の自分の師の顔をした女と文字通りの死闘を繰り広げている

相手は死なない程度にボコるとか抜かしているが、気を抜いたら死ぬ

そのくらいの勢いだ

この女は師匠ではない

闘い方も、立ち回り方も、何もかもが違う

だが、全く違うのに、師の面影を感じてしまうのは何故だ

そして感じる、新たな違和感

・・・なんだこの感覚は

己の中に確かにある何かに康景は戸惑った

 

「ァハ!アハハハハハハ!やっぱお兄ちゃんとの殺し合いは楽しいね!!!」

「(適度にボコるんじゃなかったのかよ)」

 

テンションの高い相手の矛盾に辟易しつつも、攻撃を避け、カウンターを繰り出す

しかし、相手も同様の攻撃をしてくるので、互いに最初の一撃以外は当たっていなかった

腹部を出血している妹の動きは鈍っている

しかし、目を負傷した康景も思うように動けなかった

状況的に五分五分だ

 

「しっかしまぁ、お兄ちゃんはやっぱり強いねぇ」

「・・・」

 

後ろ回し蹴りを躱し、剣を突き出す

この距離なら当たる

そう確信したが

 

「よっと」

「・・・」

 

相手は軽く片足で跳び、剣の上に飛び乗った

 

「でも昔とは全く違うね、攻撃の仕方、防御の仕方、避け方・・・呼吸の仕方まで全然違う」

「・・・」

 

闘う気があるのかないのかいまいちわからない奴だ

剣を払い、相手を振り落とす

器用に空中で一回転して、こちらと距離を取る妹は、先程までの怒ってる様子はなかった

 

「昔はもっとこう・・・そんな様子見とかしないで先手必勝見たいな感じだったのに」

「・・・」

「なんでさっきから喋らないの?」

「・・・」

 

・・・やりづらいんだよ

今目の前にいる相手が師の顔にしか見えず、さらにその師に殺されかけたなんて話を聞かされて、康景の内心は凄く複雑な心境だった

自分が殺した師と似た顔をした奴と戦っている

やりづらいことこの上ないのだ

 

「もしかしてこの顔見て戸惑ってる?」

「・・・」

「だんまりね・・・都合が悪くなると口を噤むのは昔と変わってないなぁ」

 

解ってるなら聞くな・・・

思わずノリキみたいなことを思ってしまったが、現在康景は戦闘の"楽しさ"と相手の顔への"驚き"で様々な感情が渦巻き、言われた通り"戸惑って"いる

"アヴァリス"・・・いや、吉川広家は今、昔と戦闘方法が違うと言ったな・・・

それはどういう意味か

師匠は自分に何を隠していた

それは確かだ

昔と戦い方が違うという事は、戦闘方法によって何かを思い出す可能性があった事を示す

俺に思い出させないようにしてたのか・・・?

広家の話が本当だとするなら、師匠は一度殺そうとした相手を自分の弟子にした

塚原卜伝と言う女は、自分以上に容赦のない人間だ

普段馬鹿そうにしているアル中だったが、あの人の怖さを自分はよく知っている

自分に戦闘技術を叩き込む際に口癖の様に

 

『いいか?戦闘では相手に対して容赦するな、情けをかけるな。自軍の有利に動かしたいなら、利用できる物はなんでも利用しろ・・・死にたくないなら、失いたくないなら誰よりも動いて、考えろ』

 

そんなことを毎日呟いているような人が、自分を殺し損ねるとは思えない

ならあの人は、自分をわざと生かしたという事だ

だがそれは何故か

その理由はわからない

それゆえの困惑だ

 

「それにしてもさぁ・・・殺そうとした相手を師と崇めるなんて皮肉と言うか、滑稽だよねぇ」

「滑稽も何も、一切合切覚えていないんだけどねぇ」

「・・・(#^ω^)」

 

その言葉に、広家は眉をひそめる

あの人が殺さなかったという事は何か理由がある

だが、広家の話通りなら師匠は俺達の兄妹達を殺した

広家はそれが許せないのだろう

確かに家族を殺されれば誰だって怒る

自分なら一族郎党皆殺しにしてやるところだ

だから広家の気持ちもわかる

だけど・・・

 

「やっぱ記憶が無いと実感が湧かないかな?」

「だから俺を六護式仏蘭西に連れて行くと?」

「うん!やっぱり話が早いからやっぱりお兄ちゃん大好き!・・・仏蘭西は『あの場所』に近いから、一から全部思い出すなら仏蘭西の方がいいでしょ」

「そのためなら俺をボコボコにするのもやぶさかではないと・・・」

「Exactry!」

 

その返しは最近聞いたばかりだな・・・

もっとも、あっちはムッツリ文化系だが、こっちはどう見ても脳筋体育会系

ナルゼのは冗談で済ませられるが、コイツのは冗談じゃ済まない

 

「悪いが、さっきも言った通り、待たせてる奴がいるし、やらないといけないこともある。だから一緒に行くつもりはない」

「・・・やる事って、もしかしてメアっちの事?」

「・・・!」

「はぁ・・・お兄ちゃんならやると思ってたけど、まさかホントにやる気だったとは・・・」

 

正にやれやれだぜみたいな顔をして呆れる広家

何かムカつくなコイツ・・・

 

「いい、お兄ちゃん?メアっちは望んで"処刑"を選んだんだよ?それをお兄ちゃんが救う必要なんてないじゃない」

「・・・」

「お兄ちゃんがやろうとしてるのは救済じゃない、ただのお節介だよ」

「・・・」

 

救済なんて高尚な事を、考えたことは一度もない

これは、この想いはただの

・・・ただの、我侭だ

 

「なんでお兄ちゃんがそこまでするの?」

「お前こそ、そこまで知ってなんで黙っていられる?」

「・・・確かに、エリちゃんとメアっちは大事なトモダチだけどさぁ、本人たちが了承済みなら、その意思に介入するのは無礼じゃない?」

「おいおい・・・アイツ等の意思は尊重するのに、俺の意思は無視かよ」

「お兄ちゃんのは忘れてるから、私からの罰だよ」

「・・・」

 

気が付けば、広家の腹部の出血が止まっていた

・・・何かの術式か?

それに対し、こちらは出血が止まらず、失血のせいで眩暈がする

 

「(・・・自己診断、右目上部切創、出血量、痛みからして、失明の可能性あり)」

 

こりゃあ浅間にズドンされる可能性大だな・・・

避けるから別に構わないが、気分が良い事ではない

浅間辺りには術式周りで大分世話になったから、これ以上心配はかけたくない

浅間だけではない

他の皆にもこれ以上心配はかけられない

俺が武蔵を捨てるのは、アイツ等への裏切行為だ・・・

 

俺は・・・

 

「お前がどう思おうが、俺には関係ない・・・俺がメアリを救いたいから動く、それだけだ」

「・・・そう、なら私も私がしたいようにやるね」

 

あくまでこの女は、自分をボコボコにしてから自国に帰りたいらしい

相手の雰囲気が変わる

この相手は雰囲気で本気かどうか解る

何処までも強情だなぁ・・・

面倒臭い、と思うのと同時、何か別の気持ちもある

 

コイツとやり合っている暇はないのに、何なんだろうなぁ・・・

 

自分の中に芽生えた感覚を受け入れてしまえば、もう引き返せない

危ない物にでも手を出すような、そんな気分だ

心が躍る

妙な高揚感が心を支配しようとする

師と顔が似ているせいなのか、それとも別に理由があるのかそれは解らない

 

「お兄ちゃんは変わったよ・・・戦い方も、考え方も」

「・・・」

「でも、なんていうかさぁ」

 

感慨深そうに、話す広家

その反応の意味が解らず、様子を見る康景

剣を構える向こうで、広家が薄っすらと笑う

 

「お兄ちゃん、何だか楽しそうだよね」

「・・・意味わかんねえよ、何が楽しそうなんだよ?」

「だからさぁ、こうやって戦うのがだよ、お兄ちゃん」

 

戦うのが楽しい?

そんな馬鹿な事があってたまるか

それなら自分が抱えていた葛藤は何だったのか

珍しく、康景が狼狽する

 

「正確に言えば"戦い"じゃなくて"殺し合い"かな」

「俺、は・・・」

「三河での戦い、映像で見たよ・・・実につまらなそうだったね」

 

まるでその場に居たように語る

お前に何が解る

そう否定しようといして口が開かない

だが、広家は見透かしたように笑う

かつての師が自分を見透かしようにして笑っていたように

 

「お兄ちゃんがつまらなそうにしてたのは、お兄ちゃんと同等に戦える人がいなかったから」

「違う・・・」

「そしてお兄ちゃんが今楽しそうにしてるのは、お兄ちゃんが本気でやってもすぐに殺されない敵を相手にしてるからだよ」

「違う!」

 

思わず怒鳴った

そんな戦闘狂みたいなのが自分であってたまるか

戦うのが楽しい

そんな生産性の無い事を目的とするのは虚しいだけだ

 

「昔からお兄ちゃん強ったからねぇ、私も強いけど。やっぱそこらの相手じゃお兄ちゃんも楽しめないよねぇ」

「何言ってやがる狂人が」

「狂人!?ハハッ!鏡見ていいなよお兄ちゃん!!」

 

口の端を上げて本格的に笑いだす

 

「お兄ちゃんだって狂人じゃん!私には解るよ、一緒に人を殺して、殺して殺して育ってきた仲だもの!」

「・・・」

「武蔵でどれだけ真っ当に過ごしてきたかは知らないけど、やっぱり根っこは私と同類なんだよ」

 

そう言われ、康景は否定できなかった

確かに師匠とやってるときは楽しかった

でもそれは、こんな意味じゃない

そう言いたかった

なのに

 

「死神・・・こんな狂った奴にはお似合いの名前だな」

 

自分が死神と言われることを快く思った事は一度もない

自分が他人と違うなど、思いたくなかった

今感じてることがこの女の言う通りなら、"死神"という呼ばれ方はある意味正しいのかもしれない

自分が虚無感と嫌悪感の原因が少しわかった気がする

 

「お前と会えば、昔の事とか詳しく思い出せると期待したんだけど、ダメだったな」

「え、それ私のせい?」

「いや、何も思い出せないのは俺自身の責任だ」

「・・・」

 

化け物ではないと言ってくれたネイト

化け物であろうとなかろうと受け入れると言ってくれた喜美

出来る事なら、『化け物ではなかった』と、二人に、皆に、笑って伝えたかった

でもそれは叶わないらしい

 

「虚しいな」

 

自分が何を欲していたのか、理解してみればどうという事はない

康景は一つの可能性に行き当たる

塚原卜伝はもしかすると、自分に過去を思い出させない様にしていたのかもしれない

そんな風に感じた

 

「俺もどうかしてたよ」

「何が?」

「別にエリザベスが来るまで耐える理由なんてないよな」

「・・・ありゃりゃ?なんかスイッチ入った?」

「お前を死なない程度にボッコボコにして話を聞き出せばいいだけだよな」

 

それだけの単純な話だ

相手が誰だろうと、やることは一つだけ

今までも、ずっとそうだった

何を迷う事がある

相手の顔が師に似ているからどうしたというのだ

 

「やろうか」

 

康景は剣を構え直した

 

*****

 

広家は康景の雰囲気が先程とはまた違った感じのやる気を出したのを見た

・・・煽りすぎたかな

煽りすぎた感は否めないが、憎い仇と寝食を共にし、師弟関係にまでなっていたのだ

これくらいの鬱憤は晴らしても罰は当たらないだろう

それより今は

 

「お兄ちゃんがやる気になったよー!こわーい!いたいけな妹に暴力を振るう気なのね!DVお兄ぃ!」

「人の目、潰しといて何言ってんだ、どっちがDVやら」

「それもそっかw」

 

適当に煽りつつ、向こうがどれくらいやる気になったか状況を見る

この顔のせいで攻撃が出来ないなんてことは、それこそ自分にとって屈辱だ

それはあの女が康景にとって大事な人であることを示すからだ

そんなことは許さないし、許されない

許していいはずがない

どの原因を康景が忘れてるなら、あの女がいた武蔵ではなく、自分と一緒になって思い出させるまでだ

 

先程康景に斬られた腹部を確認する

・・・うん、もう九割治ったかな

術式のおかげで、傷口は既にほぼ完治したと言っていい

だが傷口は治っても出血した分を血液を取り戻せるわけではないので、正直あまり無理は出来ない

最初の一発以外は、どちらも攻撃が当たっていない

初めに動揺してくれてる間に二、三発撃ち込んで気絶させるのが目的だったのだが

 

・・・今も昔も、強いなぁ

 

戦い方が変わろうが関係ない

この人は自分の知ってる人だ

最初の一発は偶然のまぐれ当たり

この人が本気になったら、こんなものじゃ済まない

そんな恐怖感と期待感が入り混じる

 

タイムリミットはエリザベスが来るまで

自分が言えた義理ではないが、エリザベスの康景への依存も相当である

あの娘なら間違いなく武蔵・英国の相対戦中にお兄ちゃんに接触を図るはず・・・

だからゆっくりはしてられない

 

「さぁて、やっと本気になったお兄ちゃんの実力、見せてもらいましょうかn」

「・・・」

「およ?」

 

気が付けば康景がもうすでに目の前まで迫っていた

急な動きに反応が遅れるが、康景の横薙ぎ払いを紙一重で躱す

 

「あっぶな!」

 

こちらが屈んで避けると次は蹴りが目の前に迫る

咄嗟の判断で両手を前に出し、受け止めるも

 

「痛っ!」

 

蹴りの勢いが強すぎて、後方に吹き飛ぶ

後方にある民家の窓を破り、屋内にぶち当たる

いきなりの事で民家の中にいた住民が悲鳴を上げる

 

「きゃああああ!」

「いててて・・・あ、すいません、今兄妹喧嘩の真っ最中でして・・・お宅の修理費はオクスフォード教導院の方に」

 

こういった事態の修繕費はエリザベスに任せればなんとかなるだろう

そんなことを呑気に思っていると自分が突き破って入ってきた窓から康景が入ってくる

窓から入ってきた康景は既に剣をこちらに向けており、こちらを突いて貫こうとする勢いだ

絶え間ない連続攻撃に回避と防御がやっとだ

眼を負傷してるのにこの凄さ、やる気だし過ぎ・・・!

極端な人だなぁと内心焦りつつ、その攻撃もギリギリ躱す

康景の剣が床に刺さる

・・・今だ!

そしてカウンター気味に回転を含めた裏拳を出す

だが

 

「・・・っ!」

「!?」

 

そのカウンターも躱され、床に刺さった剣をひとまず放置し、こちらの襟首と袖を掴まれ、今度は外に放り投げられた

投げられて宙に浮いた状況で相手を見る

すると今度は割れた窓ガラスの破片が飛んできた

窓ガラスを投げナイフの用量で投げてきたのだ

 

「んな無茶苦茶な・・・!」

 

そのとてつもない攻撃性に驚きを通り越して呆れを感じた

お兄ちゃんマジじゃん、パネェわぁ~、マジパネェッスわ

これでは康景をボッコボコにする前にこちらがボコボコにされる

広家は投げられた窓ガラスを空中で避けた

必要最低限の動きで、投げられた窓ガラスを避ける

十数個の破片の内、数個が太ももや腕を掠った

術式のおかげでこちらは致命傷にならない限り無事だ

なので掠る程度の傷は無視

何とか空中で姿勢を立て直し、着地

 

康景が剣を引き抜いてこちらに歩いてくる

 

「お前は言ったな?俺が戦いを、殺し合いを楽しんでいると」

 

その足取りはゆっくりと、だが着実にこちらに近づいてくる

まるで処刑を待つ囚人の気分だ

こんな感覚になったのはいつ以来か

テュレンヌババアと、あのクソ女以来だね・・・!

拳を構え直す

こんなことなら、ちゃんと手甲と脚甲持ってくればよかったと少し後悔する

 

「なら、お前は俺を楽しませてくれるのか?」

「・・・楽しませてあげるよぉ」

 

広家は笑った

テュレンヌとやった時とは違う、確かに感じる高揚感

ああ、やっぱりお兄ちゃんと殺ってる時が一番好き・・・♪

向こうの方が明らかに強い

だが広家は明らかに興奮している

この命を懸けた兄弟喧嘩が、何よりも楽しい

叶う事なら、兄も同じ気持ちでありますように

そんなことを願った

 

******

 

康景は相手が不敵に笑ったのを見た

今まで自分が異常だと、そう思ってきたが、どうやら同類はいるらしい

エリザベスに話を聞いても、失った記憶の全容は思い出せなかった

なら、すべてを知ってそうなこの女を武蔵に拉致して話を聞き出すまでだ

俺が殺し合う事を楽しんでいるかは二の次だ・・・

あくまでこいつとの相対理由は俺の記憶を聞き出す事

なのにどうしてか

この高揚感はやっぱり・・・

康景はなるべく考えないように広家に斬りかかった

 

「っ!」

「せいっ!」

 

剣と拳が互いの首と顔を狙う

これが当たれば互いに無事では済まない

だが不意に

 

「そこまでだっ!二人とも!」

 

エリザベスの声が響いた

 


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