境界線上の死神   作:オウル

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睡眠時間が足りな過ぎて気分が妙にハイですね~・・・
こ、今年中に三巻には行きたいです(願望)


八話 弐

過去に何があったのか

 

思い出せても

 

過ぎ去ったものは取り返せない

 

配点(忘却)

 

―――――――――――

 

ナルゼは、カフェのテーブルでドレイクと話をしていた

内容は"武蔵の死神"に関してである

 

「で?あの鈍感馬鹿で話ってのは?」

「アイツ鈍感なんだな・・・初めて知ったよ」

 

ドレイクは牛乳を飲みつつ、感慨深そうに話を始めた

 

「実はな。ウチの女王様、あの"死神"に御執心みたいでな・・・」

「へぇ、妖精女王がアレにねぇ」

 

ナルゼはその話を興味深そうに耳を傾けた

先程康景は、「女王に会いに行った」と語った

その内容を誰も突っ込んで聞かなかったが、ナルゼは内心その内容をすごく気にしていた

 

「まさかウチの鈍感代表が、そちらの女王に気に入られてたとはね」

「まぁその辺は俺も意外だったよ・・・なんでわざわざ面倒そうなのに手を出すのかってね」

 

あの二人の間にいったい何があったのか

聞いても答えないんだろうなぁ・・・

ナルゼがたまに心配しても、いつも同人ネタにすると思われているのか意外そうな顔をされることが殆どだ

「私が心配するのがそんなに意外かっ!」

と以前康景に返したら

「・・・胸に手を置いて、日頃の行いを思い返せ」

とマジ返しされた

全く心外である

同人にするのは大体話したことの八割だ

後の二割はちゃんと心配してるのになぁ・・・

なんかイラッとしたので、今日の夜は御広敷×康景で同人誌を描こう

そう思った

 

ドレイクは話を続ける

 

「遥か昔・・・と言っても十三年前くらいだな、その頃、聖連加盟国ではある噂があってよ。『襲名者になり得る人材を売買する組織』の噂」

「・・・聞いたことがあるわ、ウチの書記にね・・・ただの噂だと思ってたけど」

 

その話を聞いたのは、まだ英国と通商会議をする前の事だ

ネシンバラの昔の話の更に噂話だったので信憑性が薄かったのだが、この様子だとどうやら本当にあったらしい事らしい

 

「・・・それで?それとウチの馬鹿がどう関係してるのよ?」

「まぁ聞けって・・・ウチの女王様が俺達"女王の盾符"にも話さない"死神"に関する事情、ウチの連中にも疑問に思ってる奴がいてな」

「それがアンタね」

「Tes・・・だが調べるって言っても女王が調べた資料は女王が厳重に保管してるから、それ以外の線で探した」

 

もったいぶった話し方に少しイラつきながらも、話は聞くナルゼ

だが次のドレイクの言葉に、ナルゼは驚愕した

 

「それでわかった事だが、十三年前、あの男はこの英国に来ていた・・・組織の商品としてな」

「・・・!」

 

眉唾ものだと思っていた噂話が、思わぬところで友人と関係していたのだ

驚きを隠せないナルゼ

 

「十三年も前の事だが、覚えてる奴は覚えてるもんだ・・・もう隠居した老人だが、ヘンリー八世の側近だった男に話を聞いたよ」

「・・・」

「そいつの話じゃ、『ヘンリー八世がその組織から買おうとしていた子供二人は、子供には思えない武力と知識を誇り、周囲を驚愕させた。私ども側近はその異様さに恐怖すら覚えましたが、エリザベス様はまだ幼かったが故に、面倒見の良いその二人に大変よく懐いておられた』ってな」

「・・・でも、それが康景だっていう証拠は?」

「それは無いんだけどよ・・・でも冷静に考えれば、"ガキの頃の思い出"である天野康景の存在を知ってからだぜ?女王が本格的に武蔵に興味持ったの。なら、そう考えるのが自然だろ?」

 

同人誌のネタにしてやりたいところだが、事が事だけにどう反応していいか解らなかった

康景は何か知ってるのだろうか

あの男は知ってても隠すし、知らなくても隠す癖があるので、難しい

自分も面倒臭い女だと常々思うときもあるが、あれはあれで相当面倒臭い男だ

喜美あたりなんかは何か聞いてるかもしれないが、康景が言わない事を喜美が話すとも思えない

・・・これは直接聞いてみた方がいいわね

それで話すとも思えないが、ダメ元で聞いてみよう

 

ドレイクの話は続く

 

「だけどなんだか腑に落ちなくてな・・・襲名者になり得る人材を売買する事の目的は、本当に営利目的だったのか?」

「・・・どういう事?」

「どこの国にも属さず、六護式仏蘭西とM.H.R.R.の国境沿いに在ったとされるがその存在も定かじゃない・・・各国が金出して買えば資金繰りに困ることは無いだろう、だが、どこの国にも属さないでそんな事をするのが可能なのか?そもそも、なんでそんなバレたら危なそうなもの商売にした?各国に売り出せるほどの襲名者を育てるのに、国の援助なしで出来るのかって話」

 

話が見えてきた気がする

つまり

 

「つまり営利目的はカモフラージュで、真の目的は別にあったと?」

「俺の見立てではな・・・だから真実を知ってたら教えてほしくてよ」

「残念ね・・・私も気になるけど、生憎あの馬鹿、自分の事あんまり話さないの・・・しかも昔の事も覚えてないみたいだし」

「そうか・・・」

 

残念そうに肩をすくめるドレイク

互いに飲み物を飲み終える

 

「飲み終えたら本題かしら?」

「ああ、正義って反逆する者を喰うから面倒だぜ?気を付けろよ」

「だったら喰われないように正義を刺せばいいのね、だったら魔女の本業よ」

 

ナルゼは戦闘態勢に入った

 

*****

 

ミトツダイラは、ソーホー方面に向けて走っていた

通りは広く、観客が脇に控えている

トーリとホライゾンの匂いを辿り、広場に出た

 

「匂いから察するに、ここでデートしてましたわね」

 

今日のホライゾンとトーリのデートは、今後の武蔵の方針を決める上で、重要な案件だ

そのデートを邪魔させるわけにはいかない

自分が騎士である事を誇りに思う

王であり友人であるあの二人を護れる身分なのだから

だからこそ、もう誰も失わせはしない

中等部のあの日、康景と約束したことを思い出す

 

『俺達で、あの馬鹿を護ろう』

 

それらは武蔵の今後を護るという事にもつながる

だから

 

「王に最も近い位置にいる敵、私の相手となるのはどなたですの!」

 

ミトツダイラは不意に、左向かいの建物に、左腕で投石した

 

「そこ!」

 

人狼の握力で投げられた石は剛速球となり相手に向かったが、その石があたることは無かった

空中で弾かれた石は粉々になって散る

 

「降りてきなさい!不埒者!」

 

速度任せに疾走するその影をミトツダイラは知っている

F・ウオルシンガム

英国の諜報を担う存在を襲名した女性型の自動人形

宙を疾走するウオルシンガムに、ミトツダイラは銀鎖を投げた

跳躍して着地する瞬間を狙ったのだ

当たる

そう確信したが、その攻撃は当たらなかった

 

・・・!

 

ミトツダイラは相手の回避方法を見た

身体を分解した・・・!?

まるで操り人形の用に見えるが、その独特な形だからこそできる回避技だ

完全重力制御型ですのね・・・

面倒な相手と当たったと内心舌打ちした

以前この人形は、自分が投擲した銀鎖を弾いた

他にどのような技があるのか

ミトツダイラは相手の技に注意しつつ、相手の攻撃手段を暴くために一撃を与えるため攻撃を仕掛ける

 

「Mode:CounterAttack」

 

茨の様な刃を持つブレードを振り上げ、こちらが投げたベンチを真っ二つにするウオルシンガム

だがそれに構わず、ミトツダイラはベンチを続けて投げる

相手も技を出し惜しむ気はないらしく、次々に攻撃を繰り出していく

装飾の様な鉄管を四本を連結させ、砲塔にする

 

「Fire」

 

流体光が発射され、それを紙一重で避けるミトツダイラ

そして避けた流体光は背後の屋台にぶつかり、屋台が粉々に破砕された

 

相手の手の内をミトツダイラはまだすべてを見ていない

英国が輸送艦を訪ねてきたときに見せた銀鎖を弾いた技・・・

それを見ないうちは、銀鎖にとって相性が悪いかどうかの判断がつけづらい

だからこそミトツダイラは、攻撃を続けた

槍状態になった砲塔ではこちらの鎖の初速に追いつけない

そう判断した

だが

 

「―――どうしてですの!?」

 

放った銀鎖は、ウオルシンガムに当たることなく外側に弾かれた

槍で弾いた訳ではない

なら、銀鎖を弾いたものは何か

それは

 

「ナイフ!?」

 

刃だけの刃物が、ウオルシンガムの周囲に浮いている

その数三十二枚

元々はあの十字剣の刃の構成部分だったのだろう

・・・これが銀鎖を弾いた技の正体ですの?

こちらが身構えて距離を取ると

 

「Wars of the roses(千本薔薇十字)」

 

ウオルシンガムの言葉と共に、刃が三枚に分裂

その本数が四倍の百二十八枚になった

だがあの厚みならまだ分裂の余地があるのだろう

これだけの数を正確に制御できるのは、流石は猟犬と言ったところか

 

「Go!」

 

そう告げたウオルシンガム

そして千本薔薇十字が渦巻くようにしてミトツダイラに襲い掛かってきた

 

******

 

正純は、急に出てきたテンションの高い動白骨に若干引きつつ、少し身構える

大法官クリストファー・ハットン

知識としては知っている

エリザベスの親衛隊から超法規的権限を持つ聖職者裁判官で、今は動白骨が襲名している

ただ今のハットンのノリが解らず、どう反応したらいいか判断に迷った

ハットンは滑るように移動し、こちらの前に立った

そして不意に肩を掴まれ

 

「三学期末テスト、保健体育の点数は?」

 

戦闘系ではないが故に反応に遅れてしまった

だがそれ以上に何の話だ

訳が解らないがとりあえず答える

 

「え、えーっと・・・93点?」

「サッチア高得点!!!エロの罪で、死刑!デェース!」

「それ語尾が言いたいだけだろ!」

 

どんな因縁だ・・・

 

稀有なレベルの言いがかりに憤りを覚える

そしていつの間にか現れた槍を持った大量の動死体や動白骨がこちらに向かってきた

向かってくるというか突っ込んできた

 

「「成仏させろぉおおおおおお!!!死ねぇええええええ!」」

「そんなんで成仏できるかぁあああ!?」

 

驚きと疑問を含んだ声でハットンを伺うと、ハットンの首飾りが点滅する

そして点滅に合わせ頭蓋骨たちが

 

「「ばっくはつ!成っ仏!」」

「それ成仏じゃない!消滅だ!」

 

このまま行くと、首飾りの爆発で爆死

だが爆発しなくとも槍持った動死体に貫かれて死ぬ

 

「こ、このまま行くと、貴公も吹っ飛ぶぞ!大法官ハットン!?」

 

だがこちらを羽交い絞めにする相手は答えない

その代わりに寺院の奥から出てきた首なしの動白骨がハットンの頭を外し、持ち去った

 

「ハバァナイスデェース!」

「すげ替え可能か!?」

 

そして遠く離れたハットンが両の手の親指を下に向け

 

「ダンスレヴォリューション!("踊り成仏")」

 

爆発した

 

******

 

「お兄ちゃん人を欺くの得意だからなぁ・・・」

「・・・」

 

常に予想が当たるなんてことはありえない

そんな事が出来たためしは一度もない

だが、実の所を言うと、この女が英国滞在中に接触してくることは予想の範囲内だった

エリザベスが来て相対戦の時間稼ぎをしてくる

この祭りの相対戦ではそう思っていたので、そこが想定外だっただけだ

 

そしてなんでこの女が妹だと解ったか

それはここ数日のエリザベスとの対話ではっきりしたことだ

『"アヴァリス"と話した』

エリザベスは康景にそう言ったのだ

本来なら初日にこの話をするはずだったらしいのだが

・・・記憶喪失のおかげで昔の話を詳しく聞くことが出来たとは、皮肉な・・・

一から話を聞けたおかげですべてではないが、断片的に思い出すことができた

断片的な記憶と、エリザベスから聞いた声や喋り方とも一致する

・・・こいつは妹だ、間違いない

そう確信した

 

「なんの用だ・・・"アヴァリス"」

「あらあら、また随分と懐かしい暗号名を・・・」

 

懐かしむ様に呟く

相手に攻撃意思はないようだが、康景は警戒を解かなかった

この国にいることは予想の内だったが、その目的が解らない

エリザベスの話では近くを通ったので寄ったとの事だった

だがなんで武蔵が来ているタイミングで会いに来たのか

それを考えると

・・・ただ会いに来たわけじゃないよな?

 

「何の用って、そりゃあ愛しい愛しい大事なお兄ちゃんに会いに来たに決まってるじゃない」

「ただ、会いに来ただけなのか・・・?」

「いやいや、ただ会いに来るだけで不法入国なんて犯さないよ。お兄ちゃんをウチに連れて行こうかと思ってネ♪」

「不法入国かよ・・・ん?ウチって?」

「六護式仏蘭西、私今そこで副長補佐やってるから」

「・・・六護式仏蘭西」

 

という事はこれは仏蘭西の意思なのだろうか

 

「・・・六護式仏蘭西が俺を欲しているということなのか?」

「ん?ああ・・・えーっとね、今回は私が独断で来たの、長年探し続けたお兄ちゃんに会えると思ったらもういてもたってもいられなくて」

「それで独断で不法入国・・・フリーダムだなお前・・・」

「イェーイ☆」

「褒めてねぇよ馬鹿」

 

っていうか不法入国させるなよエリザベス・・・

英国の警備は大丈夫なんだろうか

いや、問題なのはこいつか

馬鹿そうに見えるが、武蔵の目的などを考えて動いたのだ

そしてこのタイミングで接触してきた事を考えると、今の時間帯なら武蔵の主力の殆どが"女王の盾符"と相対している頃だ

今なら誰の邪魔なく接触できる

そしてこの場にエリザベスが来ても、彼女はこの女に強気には出ない

仏蘭西との関係もあり、自分とこの女を『兄』と『姉』と慕っているエリザベスが下手に武力介入はしない

そう踏んでこの時間帯に会いに来たのだ

馬鹿そうに見えて、ちゃんと考えて動いている

このタイミングで彼女が自分に会いに来た理由を康景は理解した

 

「でもまさか、副長補佐とは・・・出世したな」

「ほぼコネだけどねぇ~w、世話になった人が良い人でさぁ・・・」

「そうか」

「その人の支援もあったおかげで、私、襲名までできたんだ。知ってる?『吉川広家』」

「ああ、関ヶ原の戦いでは東軍に付くように毛利輝元に進言した・・・」

「そうそう、やっぱ博識なお兄ちゃんなら何でも知ってるね」

「何でもは知らねぇよ(記憶喪失だし)・・・でもまぁ、襲名者な訳だし、お前なら補佐じゃなくて副長になれるんじゃないか?」

 

康景が思い出せた範囲で話す

この女は相当なレベルで強かったはずだ

それなのに副長の"補佐"とは・・・

六護式仏蘭西の副長はいったいどれほど強いのか

 

「いやいや、いくら私でもあのばば・・・ボインボイン姉貴を相手にすると勝てるか解らないし、世話になった人がそのBBA(ボインボイン姉貴)と旧知でね、その関係性もあって補佐になれたんだよ」

「成程・・・つまり六護式仏蘭西の副長は女で、お前以上の強さを持っている、と・・・」

「うーん、アレはやっぱりちょっと反則だと・・・あ、やべ!」

「自国の未公開情報を話すなよ副長補佐」

「汚い!流石お兄ちゃん汚い!」

「いや待て、勝手に喋ったのはお前だろう」

 

六護式仏蘭西の副長は、現在その詳細が語られていない

解っているのは「高等部の一年」だという事だけだ

なので何か情報を聞き出せないか試してみたが、まさか話してくれるとは・・・

 

「その世話になった人というのも役職者なのか?」

「ふーんだ!これ以上お兄ちゃんの思い通りになんて話してあげないよ!」

 

流石に無理か・・・

何もかも話してくれそうな勢いだったので行けると思ったが、警戒を強めた(というよりふてくされた)"妹"を見て康景は諦めた

 

「というか、お兄ちゃんが二つ返事でウチに来てくれればなんでも教えてあげるのに」

「それは出来ない」

「・・・なんで?」

「・・・待たせてる女がいるんでね、そいつ裏切るのは気が引けるんだよ」

 

待っててくれるかを聞いて、待ってくれると応えてくれた女を、康景は裏切ろうとは微塵も考えていなかった

こちらが仏蘭西行きを否定したことで相手がどう出るか、康景は警戒する

下手をすれば戦闘になるという予感もあったが、相手はただ苦笑いして

 

「・・・そっかぁ、お兄ちゃんにも大事な人がいるんだね・・・でも」

「?」

「・・・私が言うのもなんだけど、私たちみたいな"化け物"、受け入れてくれる人なんて、そうそういないと思うよ?」

「・・・」

 

"化け物"

この女は今確かにそう言った

受け入れてくれる人はそういない

つまり自分たちは人々に嫌悪されるような存在なのだろうか

康景はその反応に少し落ち込んだ

 

「それに、さっきお兄ちゃんの跡を尾行して思ったんだけど・・・」

「さらりとストーカーを暴露しやがった・・・」

「さっきお兄ちゃんがお店で買ったの、その大事な人に渡すつもり?」

「・・・悪いか?」

「私たちみたいな人に造られた"人間兵器"の本質を知ったら、多分その人も悲しむと思うよ?お兄ちゃんはそれでもいいの?」

「・・・え?」

 

人間兵器?造られた?何の話だ?

 

「私が"強欲"である様に、お兄ちゃんは"憤怒"・・・やっぱりその罪に対応した感情が強く出るから、ただ物欲が強くなる私と違って、お兄ちゃんが一緒になる相手は苦労すると思うよ?何せ『憤怒』だもん」

「・・・待て・・・待って、くれ・・・何の話、だ?」

「だから私たちは・・・」

 

そう言って相手は話すのを途中で止め、疑問を投げかけてくる

 

「・・・まさかお兄ちゃん、私の・・・私たちの事、忘れたの?」

「・・・」

「忘れてるんだね・・・やっぱりあの女のせいで・・・!」

 

怒りを隠さない妹は、何かに憤る様に、何かを恨む様に呟く

 

「あのクソ女!・・・やっぱり許せない・・・」

「あの女・・・?」

「そう、私たちの因縁の相手も憶えていないのね・・・」

 

"アヴァリス"の雰囲気が変わった

先程までのふざけた調子ではなく、冷徹な雰囲気を感じる

そのただならぬ様子に、思わず康景は剣を構えた

だが相手はこちらが構えた師の剣を見て、声を強張らせる

 

「・・・お兄ちゃん、なんでその剣、持ってるの?」

「・・・どういうことだ?」

「なんで私たちの因縁の相手の獲物を持ってるのよ!!!」

 

怒号ともとれるような叫びが、人の少ない町並に木霊する

 

「師匠が・・・因縁の相手・・・?」

「あの女は私たちの兄妹たちを殺した上に、お兄ちゃんまで殺そうとしたのに!」

「・・・え?」

 

康景はその言葉に動揺とも焦りともとれるような感覚に陥る

構えた剣の切先が震える

師匠が・・・俺を・・・?

 

「・・・私たちを殺そうとした相手を師と呼ぶような関係だったんだね」

「・・・」

「いくら記憶喪失でも、あのクソ女を師と呼ぶのは許せない」

 

そう言ってフードを脱ぐ

そのフードの下にあった貌に、康景は戦慄した

 

「その貌・・・お前・・・!」

 

康景の声が震える

忘れたくても忘れられない貌

自分がその命を終わらせた師の貌

 

「やっぱり・・・この顔の事も全く覚えてないんだ」

「・・・」

「うん、やっぱり気が変わったよ・・・お兄ちゃんは無理矢理にでも仏蘭西に連れていく」

 

塚原卜伝の貌だった

だがその貌は知ってるものより幼く見え、左こめかみから右頬にかけて大きな傷がある

相手が構えを取った

 

「私がこの顔に刻んだ傷の意味を、お兄ちゃんにはちゃんと知ってもらわないとね」

 

その顔に、康景は混乱した

 

「お兄ちゃんには私と一緒に仏蘭西で記憶を全部思い出してもらうから、それまで許さないよ・・・本気で行くから、死なないでね、"ツォルン"」

「―――っ!?」

 

気が付けば、相手の拳が目前に迫っていた

 

******

 

昼の終わりごろ、点蔵は"傷有り"と共に町並みを歩いた

 

「点蔵様?お昼の代わりに鱈のフライやリンゴ等どうでしょう?向こうの屋台に売ってますので」

「あ、自分が買ってくるで御座るよ、円は共通貨幣で御座るし」

「点蔵様?英語で買い物は大丈夫ですか?」

 

言われ点蔵は言葉に詰まった

し、しまったで御座る!こういう事ならちゃんと英弁の勉強をしとけばよかったで御座る!!

普段から康景に

「潜入するときとか多国語話せた方がよくね?」

と英語の勉強を進められていたのだが、結局やらなかった

む、昔の自分が恨めしいで御座る・・・!

点蔵は苦し紛れに

 

「じ、自分食べなくとも良いで御座る」

「それでは祭りに来ている意味がありませんよ?」

 

微笑みで返され、点蔵がうだうだやってるうちに"傷有り"が買いに行ってしまった

・・・これではモテない男の典型例で御座る

女性に奢られる状況は割り勘より悪い状況ではないだろうか

自分の情けなさに項垂れた

 

だがふと気づいた事がある

祭りの割には随分人が少ないようで御座るが・・・

何処からか祭りの楽隊や囃子の音が聞こえるので、ひょっとしたら移動してるのかもしれない

そう思った

 

「はい点蔵様、こちら二人分です」

「か、かたじけのう御座る・・・中身意外と多いで御座るな」

「ハーフで頼んだので、鱈の半身ですね・・・英国はあまり小麦が取れないですからね」

 

こういった仕様になるのは土地柄故なのだろう

豊作であれば粉にして保存し、普段はスコーンなどにして増量する

生活の工夫が出てるで御座るなぁ

実際に生活してみて初めて解ることもあるとい事を、点蔵は学んだ

だが不意に

 

「ん?」

「どうしましたか?」

「あ、いや、今、何か剣戟の様な音が聞こえた気が・・・」

「何か劇でも行われているのでしょうか・・・気になりなすが、その前に私の案内の方、行くべきところに行きましょうか」

 

行くべきところ

それが本来の目的である

その場所とは

 

「点蔵様に見せたいものがあるんです。恐らくこの祭り最後の機会になるものです」

 

二人が目指している場所、倫敦塔の方に再び歩き始めた

 

******

 

オクスフォードの中庭では、二代がウォルターと対峙していた

二代は相手の独特の拍子の取り方に面倒を感じた

居合ベースの技だ、相性が悪い

何しろ居合とは動かない事だ

自分の間合いに入ってきた敵に一刀を叩き込む待ちの戦術である

高速で動き回る二代からすると面倒な事この上ないのだ

 

「厄介で御座るな・・・」

 

二代がウォルターの背後に回ろうと右に半歩動く

それに対してウォルターも最小限の動きでこちらに対し正面を向く

自分を円の中心にして常に最適の体勢を維持する

・・・この相手は個人戦における槍の動きを受けることに習熟してるで御座るな

槍は基本、個人武器として常に携えている者は少ない

何故なら攻撃力は高いが、重く、取り回しが悪いからだ

それゆえにほとんどの武者は対槍の対処技術に疎い

だがウォルターは違う

先程から何度か仕掛けているが、いずれもきちんと捌いている

似たような状況が前にもあった

康景だ

武蔵に来てから何度か彼に訓練の相手を頼んだのだが、康景もまた、同じ様にこちらの攻撃を捌くのだ

だが、康景とウォルターの戦い方を比較すると、それはそれで違う気もする

二代は考えをまとめるために

 

「考えタイム」

 

右の手の平をウォルターに対して立てて見せ、思考に入る

向こう、ウォルターが口を横に開き呆然としているが、無視

これはよく父が使っていた理

父が嘘をつくはずはないので、これは極東武士の常識で御座る・・・

 

二代は考えた

槍と一対一で相対し、的確に対処できるようになるにはいったいどのくらいの修練を積む必要があるか

またそれはいったいどのような状況を想定したものなのか

二代が康景と訓練した時に感じたのは『相手をより確実に倒す』という意思だ

相手がどんな強者であろうとも確実に仕留めるための最善手

目的遂行を憚る敵を排除する

そんな戦い方の様に感じられた

だが、今相手をしているウォルター・ローリーは、そう言った状況でしてきたものとは何かが違う

何かを守るような戦い方

・・・撤退戦で御座るか

どれほどの修練を積めば対槍用の居合術を身に着けられるのか

極東の歴史再現においては、現在でも撤退戦のような戦いは行われている

そして英国の極東人のほとんどは尼子家の残党だという話

二代は一つ思い当たる人物がいた

 

山中幸盛

 

武士というよりも忍者に近く、数々の武勲を立てている

そして何故刀使いを三又槍と言うのか

言葉遊びで御座るな・・・

三又を"山"、そして貫きの"中"、言葉通りの"山中"である

まさかここで歴戦の強者と相対できるとは

心が躍った

 

「命を賭してまで尽くした主家同様に、重要なものをここで見つけたので御座るな」

 

問いに、ウォルターは答えない

ならば、と二代は身構え直す

 

「考えタイムは切ったで御座る・・・本多忠勝が娘、本多二代参る!」

 

相手に向かって走った

正直、相手は面倒だ

何せ一国を支えてきた本物の戦力だ

そんな相手にどうすべきか

考えた結果

 

「結べ!蜻蛉切!」

 

八メートルの距離から割断の力を飛ばした

 

******

 

康景は紙一重で相手の拳の直撃は避けることが出来た

速いな・・・

相手の攻撃は、格闘主体

朧気なままの記憶通りだ

だが思っていたよりずっと速い

直撃は避けられても、わずかに攻撃が康景の右目辺りを掠った

痛ぇな・・・

右目を押さえる

師匠たち以外で、相手の攻撃を食らったのはいつ以来だろう

鈍い汗をかきながら目を押さえていないもう片方の腕で剣を構えた

 

「痛っいなぁ・・・流石お兄ちゃん、"妹"相手でもちゃんと容赦ないのね。記憶が無くても冷徹無比なお兄ちゃんは健在みたいでよかったよ」

 

嫌味を言う妹もまた、鈍い汗をかいて出血する脇腹を押さえている

咄嗟の判断でカウンターを放ち相手の脇腹を斬ったのだ

だが立花宗茂にやった時と似たような事だが、今回はこちらは避けきることが出来なかった

 

「やっぱお兄ちゃんはすごいねぇ・・・あの動揺っぷりならイケると思ったんだけど・・・」

「・・・」

「これはやっぱり一筋縄じゃいかないかなぁ、エリちゃん達が来る前にお兄ちゃんをボッコボコにして仏蘭西に連れて行かないと」

「脳筋女が・・・」

 

鈍い汗をかきつつも、笑顔でこちらに対して拳を構える

それに対して康景も剣を構え直す

どうやら感動的な再会とはならないらしい

康景は諦めたように、今の状況を内心嘲笑した

そして殴られた時に吹き飛んだ眼鏡を拾い

 

「・・・この眼鏡高かったんだぞ・・・伊達だけど」

 

もはや眼鏡の形状をしていないそれを放り投げた

そしてかつて眼鏡だった物が落ちたと同時に、二人は戦闘を開始した

 




注意事項 『妹』はオリキャラです

・特技は「残悔積〇拳」、切り札は「北〇百裂拳」←(大嘘です)

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