境界線上の死神   作:オウル

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書いてみたら中編より長くなりました



六話 後編

虚飾の去勢

 

本音の不安

 

彼が思う事は・・・

 

配点(待ってくれる人)

――――――――――

 

点蔵と"傷有り"が風呂から出てから時間差で入ってきた女性陣のうち浅間が

 

「では正純、走狗の契約と設定を行いますので、こちらに」

 

正純を湯口の方に寄せて準備を始める

正純は浅間の前に座り、改めて

・・・大きいなぁ

胸ではない、背丈の話だ(重要)

女子の中でも、直政や喜美と同じく、浅間は大きい方に入る

何より悔しいのは

・・・葵姉と康景が並ぶと絵になるんだよなぁ

胸ではない、背丈的な意味でだ(重要な事なので二回言いました)

 

「それじゃ、始めますね?上からお湯を掛けるので、じっとしててください」

 

言われ目を閉じるなり、いきなりお湯が来た

お湯の温かさに、安堵感を感じる正純

そう言えば昔、父さんや母さんにやってもらったなぁ・・・

そんな事を思い出した

 

「正純の三河での契約がそのまま残っているので、一時的に解除してうちと本契約してもらう形になります」

「産土契約は消えるのか?」

「いえ、三河があんな感じでボンッ!と消えてしまったので、窓口が無くなってしまったんです。だから契約してる神をそのままに、うちに移すような感じです」

 

三河の消失を『ボンッ』の一言で説明してしまうあたり、コイツも大概だと思いつつ

・・・なんだか複雑だなぁ

そう感じた

 

「走狗契約の前に、信奏したい神様とかと個人契約できますけど、しますか?」

 

戸惑うこちらに対し浅間が進めてきた

ハナミの神々の名前の載ったサイトを表示枠で見せてくれるが検索履歴で

『皮を剥かれたい』『姉超好き』『鬼畜ドS』

とかそんなのばっかが出てきた

交渉系に関する神様はアマテラス系なのだが

 

・・・ゴッドモザイクがリストにあるのはなぁ

 

トーリと同じなのもどうかと思って迷い、結局は

 

「いずれ別で契約というのは駄目か?」

「構いませんよ?ウチでしてくれるなら」

 

商売上手だなぁと思いつつ、それを聞いた湯船のナルゼが飛び上がり

 

「浅間が全裸で言った・・・"うちでしてくれるなら"・・・っしゃああああ!次回御期待!」

「ガっちゃんさっきから五年分ぐらいネーム切ってないかな!?」

 

康景に叱られたばかりなのにブレないなアイツ・・・

皆が半目でナルゼを見ながらも浅間は

 

「あっちは後で康景君に手伝ってもらって超叱るとして・・・汎用型の走狗だと、神直属じゃないので個々の能力差が出ちゃいますけど・・・」

「なるべく安いのは無いのか?」

「あ、だったら安価で済む天恵契約にしますか?」

「天恵、契約?」

 

聞いたことが無かった

こちらが解っていないのを察してか浅間は

 

「えーっと、天恵契約は通常と違ってランダムで走狗が決定されるんです。大体犬とか、そういうのが多いんですがたまに値を張る強力な走狗が出てきたりしてお得だと思いますよ」

 

この国の神事は大丈夫なんだろうか

そう思いつつ、勧められるがままにハナミが出した表示枠のボタンを押す

するとハナミが柏手を打ち浅間の眼前に箱が現れた

 

皆が注視する中、浅間がその箱を開けると

 

「あら?・・・あらあら」

「何だその感嘆は!?」

 

何か不安になる

浅間は二、三度頷いてから

 

「では質問です。いったい何の走狗が来たでしょう?」

「わ、解るわけないだろう」

「じゃあヒントです。―――植物や人間ではなく、動物です」

「んー・・・狐?」

「ブー、違います。次にヒントは―――"あ"行の動物です」

 

あ行?

そう言われて正純の頭に真っ先に浮かんだのは

犬か・・・!

犬ならば一度飼ってみたいと思った事がある

中等部時代の同級生たちは防犯代わりに犬を飼っていた

それが子犬なら、かわいいし、実用的だし、良い事づくめだ

そう思った正純は

 

「解った、開けてくれ、浅間!」

「はい、では開けますね」

 

そう言って開けられた箱から出てきた走狗は

 

「どじゃあああん、オオアリクイでぇ~す」

「何の詐欺だ!」

 

出てきたのはその箱にどうやって入っていたか解らないくらいのサイズのオオアリクイの親子が出てきた

 

「IZUMOは最近新大陸や九州の方でも活動していますからね」

 

そういう問題なんだろうか

見ると、母アリクイが涙ぐみながら子アリクイに手を振りながら別空間に消えていき、姿が見えなくなったところで子アリクイが打ちひしがれて床に這いつくばった

正純はそれをすくい上げようと手を出すが、子アリクイは反射的に丸まって怯えてしまった

 

「ええと、幼すぎるのが来てしまいましたね」

「どうすりゃいいんだ?」

「私の権限で別の走狗とかに出来ますけど、どうします?」

 

言われ、手に取った走狗を思い、正純は考えた

可哀想とか、そういうのではないんだろうな・・・

 

「逃げ出してるわけじゃないし、外の世界が解らなくて怯えているだけだろう・・・大丈夫だ」

「いいんですか?」

「jud.」

 

正純の判断に、浴槽の縁に左肘を乗せてその様子を眺めていた直政が小さく笑って

 

「これで正純の子持ちか」

「こ、子持ちとか言うな!」

 

顔を赤くした正純に、皆が苦笑した

そして壁側の方で、ふふ、と笑った鈴が

 

「なん、だか、ま、えより、たのし、いね。ホラ、イゾンが、もど、ってか、ら・・・義伊、君、も―――」

 

小さく呟いた

義伊、康景の名前が出てきて、皆も思わず納得して

 

「今日はなんだかんだで忙しい一日だったけど、アイツがあんな顔したの、初めて見たさね」

「・・・そうなのか?」

 

先程、ホライゾンに向けた康景の笑みは、正純も初めて見た

今までの康景が別人に思えてしまうくらいの、何だか安堵感を覚える笑顔だったが

・・・まさか付き合いの長いこいつらでも初めてみるとはな

十数年の付き合いで微笑んだのを見たのが一回だけとか、どれだけレアケース何だろうか

 

「ナイちゃんが思うに、三河での一件でお師匠さんの事とか、ホライゾンの事も含めて肩の荷が軽くなったんじゃないかな」

「そうですね・・・ホライゾンが戻ってきてから、何だか態度が少し柔らかくなった気がします」

「自分もあれには驚きましたねぇ・・・」

 

ひょっとしたら自分はとんでもないものを拝めたんじゃないだろうか

康景の微笑みの評価を聞いて、そう思った正純だったが、ナルゼが

 

「その分、別に背負った物も出来ちゃっただろうけどね・・・」

「それでも、そんな状態であの顔が出来れば、アイツにしちゃ上出来だろうさ」

 

直政が少し顔を赤くして、嬉しそうに呟いた

大声を上げて笑ったわけではない

トーリみたいに馬鹿みたいに楽しんでるわけもない

それでも、大事な友人が少しづつでも笑うようになったのが、皆少し嬉しいんだろう

直政の安心したような顔を見てナイトがからかって

 

「マサやんが女の顔してる・・・」

「ぶふぉっ!」

 

思わず噴き出した直政

 

「そ、そんな顔してないぞ!」

「でもマサやん、やっすんがああいう風に笑ってくれるの嬉しいでしょ?」

「う、それは・・・」

「自分もああいう風に微笑んでもらいたいって、思わない?」

「・・・///」

 

普段さばさばして、まさに姐さんみたいな立場の直政が珍しく顔を赤くして身を縮めた

いつもと違う直政の反応に、皆が小さな声で

 

「これがギャップ萌えってやつですね・・・!」

「ナイスよマルゴット!これは次の同人誌で使える・・・!」

「ちょっと待てナルゼ!今のは使うな!ヤメロ!お願いします!」

 

皆が騒ぎ始める横で、鈴が

 

「ほ、ん、とに、たの、し、そ、う・・・」

 

言って、しかし横のアデーレにもたれかかる

アデーレが鈴の様子に気付き

 

「え、ちょっ!鈴さん!?大丈夫ですか!?」

 

ズルズルと滑る落ちる鈴を、アデーレは支えようとする

しかし不意にアデーレは何かに気付いたように

 

「あ!」

「どうしましたアデーレ?鈴さんがのぼせたんですか?」

「む、胸に腕がフック出来る!?これってつまり自分がカースト最下位なんですか!?敗北は乳の味ですか!?」

 

アデーレが乳の格差で敗北を感じている中、それを無視して鈴を救出した

 

*****

 

皆が風呂に浸かり終えた頃、康景はようやく風呂に入ろうとしていた

・・・まさか先生が吐くとはなぁ

飲みすぎた先生が吐いて、それの後処理に追われ、結局風呂に入ることになったのは最後だった

いい歳して弟子の世話になるな、と心の中で愚痴るが、思い返せば今まで師事してきた師匠は大体自分が世話してた気がするので大して変わらなかった

溜息をつきながら服を脱ぐ

いつもの白い外套や極東の制服を脱いだその下は、痩せた筋肉が露わになった

身体の至るところに深い切創や銃創の跡が、生々しく残っている

しかし、これらの傷は、三河での一件や先日の三征西班牙の襲撃で出来たものではなくそれより以前からあったものだ

だがそれらの傷については子供の頃からあったので、気にしないで過ごしてきたが

・・・あの手紙を読んだ後だとなぁ

自分の身体の傷や、夢に出てくる"お兄ちゃん"と呼んでくる少女について、恐らくすべてではないだろうが、妖精女王は何かを知っている

服を脱ぎ、浴場に入る

トーリにラッキースケベと言われたので、遅い時間だがもしかしたら女子と遭遇するかもしれない危険性も考慮し、とりあえず腰にはタオルを巻いておくことにした

女子と遭遇する危険性と言っても、おそらく浅間だった場合には弓でやられる

他にも言いふらされたり、自分のマンガの教材にしかねない奴がいるので、女子に対する配慮というより自衛に近い

周囲を警戒しつつ身体を洗い、風呂に浸かった時には軽く眠気が襲ってきた

どうやら自分で思うより身体は疲れてたらしい

だが風呂で眠るのは普通に危ない

眠らないようにジョンソンから貰った妖精女王の手紙の内容を頭の中で思い返す

 

『天野康景殿 まず突然このような手紙を差し上げた非礼を詫びる。実は貴殿に折り入って話があり、この手紙を書き上げた所存だ。できれば武蔵との国交会議より前に貴殿と直接会って話がしたい。恐らく今日の商談で色々と決まると思うが、ハワードが許す武蔵の上陸許可は第二階層までだろう。この手紙に証文を同封するので、それを英国の学生に見せればオクスフォード教導院まで案内してくれるだろう。日にちは何時でも構わない、貴方の都合に合わせよう。メアリの事や、"貴方の妹"の事も含めて話したいことがたくさんある。貴方自身の今までの話も聞きたい。エリザベスより』

 

話を聞きたいと言われてもなぁ・・・

こっちは何も覚えていない

だが手紙の書き方を見るに、初めは『貴殿』だった俺の呼称も、最後の方には『貴方』に変わっていた

つまり、妖精女王エリザベスと自分の間柄はそれなりに親しいものだった可能性がある

しかも会う日程までこちらの都合に合わせると来たものだ

・・・昔の俺っていったい何だったんだ?

自分が覚えているのは五歳までの記憶

それからはホライゾンと出会い、師匠と出会い、皆と共に歩んできた

その記憶しかない

結果として言えることは、エリザベスに会ったのは五歳より以前ということになる

五歳以前に出会ったのなら、今のエリザベスもまた子供だった筈だ

その時はまだヘンリー八世の治世だった

五歳程度のガキが一国の重要人物の娘にどうやって接触したんだ?

武蔵は一年をかけて極東を一周するが、自分はあまり寄港地に降りたことは無い

そう言えば寄港地に寄った際は何故かいつも師匠に降りる事を止められていた

もしかしたら師匠は何かを知っていたのか?

そして時折思い出す、過去の断片

メアリの名にも不確かだが心当たりがある

頭の中で不鮮明であやふやな記憶と、他者が覚えている自分の記憶が噛み合わない

誰もいない風呂の中で、何もない虚空を見上げながら考える

ジョンソンの最後に言っていたエリザベスの伝言と手紙にもあった

 

貴方の妹

 

その一言が、妙に引っかかる

妹?俺に?

そんな記憶はない

だがあの夢に出てきた少女が自分の妹で、あの夢もまさか現実なのか

あの血に塗れた夢が真実なら・・・俺は・・・

 

「ネイトに愚痴聞いてもらったのにな・・・」

 

輸送艦で愚痴を聞いてもらったのに、まだこうして悩んでいる

技術ばかり上手くなって、心は成長してない

そんな風に感じた

考えがまとまらない。答えが、出ない

やはりここは会いに行くべきか

それが最善だろう

だが、会って何かを思い出す可能性があることが、怖かった

 

トーリが、ホライゾンが、皆が、前を向いて生きていこうと必死になっているのに

・・・自分だけ後ろ向きだなぁ

三河でも、今でも、自分だけが過去に向き合ってる

こういう時師匠なら

 

『過去というのは"過ぎ去った"から過去なんだ、後ろにしかない。そんなものばかり見てるからお前は前に進めないんだよ』

 

そう言いそうだ

実際、その通りだ

置き去りにしたものに気を取られて、前を向けていない

ホライゾンに先程あんな風に言ったが、人の事言えるような立場じゃないな・・・

自嘲した

答えの出ない自問自答が、頭の中で巡り巡って心を蝕む

 

「・・・あれ?」

 

気が付けば、自分は浴場の縁にもたれかかり、肘を支えに上を向いて寝ていた

よく溺れなかったなぁと、半ば呆れた

・・・そろそろ上がろう

そう思った時、脱衣場に人の気配があるのに気付いた

 

******

 

もう皆入ったと思っていたが、まだ誰か入っていない人がいたのか

ゆっくりと開けられる脱衣場と浴場を隔てる戸から入ってきたのは

 

「あら」

「マジっすか・・・」

 

喜美だった

互いにタオルで大事なところを隠した状態で固まる

だが喜美は何事も無かった様に

 

「アンタまだ入ってなかったの?」

「先生の嘔吐物処理に時間がかかったんだよ・・・お前こそ、ハイディたちと入ったんじゃなかったのか?」

「私は無性に二度風呂したい気分だったのよ」

 

普通に身体を洗って風呂に入ってきた

というか

 

「普通、男の裸見たり、自分の裸見られたら"キャー"とか言いそうなもんだと思うが・・・」

「キャー?」

「いいよ、無理して言わなくて」

 

普通にくつろいでいる

すらりと長い足を延ばし、こちらを向いて

 

「今さらアンタの六個に割れた腹筋とか瘦せ型の癖に厚い胸板とか見てもねぇ」

「興味ないみたいな言い方してる割にちゃっかり腹筋数えてんじゃねーよ」

「っていうか、タオルで隠してるし、それにアンタになら見られても文句ないわよ」

「信用されてるのか、男として見られてないのか・・・」

「フフ、どっちだと思う?」

「・・・前者だと思いたい」

 

沈黙が二人を包んだ

いつもなら喜美との沈黙を気にしない康景だったが、風呂という状況はよくない

何だか恥ずかしく思えた

だがその沈黙を破るように

 

「・・・今日は驚いたわ」

「何がだ?」

「アンタのあんな顔、まさか拝める日が来るなんてね」

「・・・」

 

ホライゾンの時の事だろうか

あの時、自分はホライゾンが泣くのを見たくなかった

そう思って取った行動だった

あんな顔と言われると、自分がどんな顔をしていたのか気になった

どんな顔してたんだ?

 

「俺どんな顔してたの?」

「アンタ、ちゃんと笑えていたわよ」

「・・・」

「笑った、って言うよりは微笑んだって方が正しいけど」

 

微笑んだ?

その言葉の意味を、上手く理解できなかった

 

「マジかよ」

「マジよ」

「おう・・・お、おお?」

「何その反応」

「いや、普段からあんまり笑ってない自覚はあったから、微笑んだって言われても、ピンとこない」

 

そうか、俺でもちゃんとそんな顔、出来たんだな

妙な感慨深さがあった

 

「普段から朴念仁を地で行く不愛想なアンタがあんな顔したんだから、ウチのクラスじゃちょっとした話題になるんじゃない?」

 

やかましい

そう思うが、だが

・・・そう思われるのは普段からそういう態度だからだろうな

少しだけ反省した

頭を掻いて困った顔をする康景に、喜美は少しだけ笑った

 

「妖精女王の話って、相当厄介なモノなの?」

「・・・別に、厄介って訳じゃない」

「でも悩んでるんでしょ?」

 

急に話題を変えてきた

あんまり考えがまとまらないうちに話したくは無かったが

その話題転換に、一瞬だけ戸惑うも諦めたように

 

「んー・・・やっぱり元カノの目は誤魔化せないのか・・・」

「フフン♪」

「なんでどや顔?」

 

謎のどや顔は置いて、なるべくエリザベスの事は話さないように配慮して自分の悩みを打ち明けることにした

 

「・・・どうやら俺は、以前この国に来た事があるらしい」

「ホライゾンと家族になる以前って事?」

「そうなるな・・・もしかしたら、この国で俺の過去が解るかもしれない」

「・・・」

「だけどさ、なんか怖いんだよ」

「何が怖いの?」

「ネイトにも話したんだけど・・・」

 

ネイト、という固有名詞が出た途端不機嫌そうな顔をする喜美

何でネイトの名前が出たのが駄目なんだ?

人の気持ちは難しい

そう思いながらも、話を続ける

 

「俺はひょっとしたら、化け物かもしれない、冷酷な殺人鬼かもしれない・・・そう考えると、皆と一緒に居ていいのか不安になるよ」

 

とりあえず言ってみた

ネイトとの約束もあるし、何より

コイツに隠し事すると後が怖いからな・・・

今までの経験則による帰納的な打算も含まれる

三河で散々人を殺した俺が今さら何を、とも思うが、成長した今の自分と、過去の自分が殺ってきたのとでは、少し意味も変わってくる

生まれながらの殺人鬼という可能性

得体のしれないものが自分の背後にいるような、そんな怖気が止まらない

ネイトは俺を怪物ではないと言ってくれたが、実際はどうなんだろう

俺みたいなのが、皆と一緒に居ても良いのだろうか・・・

思わず俯くが、それに対して喜美は

 

「馬鹿じゃないの?」

「へ?」

「アンタ馬鹿ね」

「馬鹿って・・・」

「だって馬鹿じゃない」

 

何馬鹿の事聞いてんの?みたいな顔で告げられた言葉に、思わず呆気にとられる

 

「アンタが例え何であってもね、私たちにとっては私たちと出会ってからのアンタしか知らないのよ?」

「・・・」

「なら、今のアンタを大事になさい」

 

喜美の言わんとしてることは解る

しかし・・・

 

「まぁ、アンタの事だからそう簡単に割り切れる事でもないだろうけどね」

「・・・」

「いい?アンタの過去がどうであっても、私たちは・・・私はそれを受け入れる」

 

そしてこちらに近寄り真正面に座る

正直に言うと、喜美がほぼ全裸だから目のやり場に困る

潤んだ目で上目遣いに

 

「アンタには、皆や、私がついてるんだから、安心して過去と向き合いなさい」

「俺が何であっても、お前は・・・待っててくれるのか?」

「本当は追われる方が良いけどね・・・仕方ないから待っててあげる」

 

笑顔で言う喜美に、思わずドキッとしてしまった

というか

なんでウチの女性陣ってこう・・・男衆より男らしいのか・・・

そんな事を思ってしまう

情けないなと、内心自嘲しながら

 

「ああ・・・ありがとう」

「フフフ、何よ・・・何も泣く事ないじゃない」

 

言われ、自分の目から涙が出ている事に気付いた

本当に情けない男だなぁ・・・俺

康景は喜美の目を真っ直ぐ見ながら

 

「三河でも、英国でも、なんだかお前には世話になりっぱなしだな」

「別にいいわ・・・あ、だったら今度康景お手製のコース料理作って」

「解った、確かお前仏蘭西風の好きだったよな・・・ん?」

「どうしたの?」

「俺確かお前に朝食作ってって言わなかったっけ?」

「気のせい気のせい」

「いやでも確かアルマダ編の一話で俺言ったような・・・」

「気のせい気のせい」

 

あれぇ?

確かに言った気がするが、喜美の朝食は別の機会にするか

そう思った康景だった

 

だがそこで喜美が何かに気付いたように

 

「・・・あ」

「どうかしたか?」

「あ、いや、別になんでもない、何でも無いんだけど、私そろそろ上がるわね?」

「お前来てからまだ十分も入ってないじゃないか、風邪ひくぞ?」

「え、ええ、それはそうなんだけど、これ二度目だし、だ、大丈夫よ///」

「なんか顔も赤いけど、大丈夫か?」

 

真正面に自分から座ったくせに、今度は目を合わせようとしない

何だ?

顔を自分から背けながらも、チラチラとこちらに視線を向けてくる

だが視線は自分の顔ではなく、どちらかというと胴体の方を見ている

 

「なんだ?俺の身体に何かおかしいところでもあるのか?」

「え、ええーっとぉ・・・///」

 

・・・コイツが口ごもるのも珍しいな

何かに耐えられなくなったのか、急に湯から立ち上がり、急ぎ足で出ていった

・・・何だったんだ?

だがトーリと喜美がヒャッハーして奇行に走るのはいつもの事なので、康景はとりあえず後ろ姿を見送った

 

再び一人になり、考えをまとめる

やっぱり会ってみるしかないか・・・

得体のしれないものへの恐怖心が、やはり少し残っている

だが、こんな過去ばかり見て過去を恐れている様な奴を、待ってくれる人がいる

これほど嬉しいことは無い

康景は、エリザベスに会い、自分の過去と向き合う事を決意した

 

「・・・喜美」

 

もう一つ、康景の中でもう一つあることを決意したのだが、これはもう少し後のお話

 

「俺もそろそろ出るかな・・・」

 

風呂か立ち上がり、脱衣場に行こうとすると

 

「あれ・・・俺のタオルは・・・?」

 

腰に巻いていたはずのタオルが、いつの間にか湯船に浮かんでいた

 

*******

 

翌朝、外交官として決定した鈴が、護衛のアデーレと二代を引き連れてオクスフォード教導院へ向かった

喜美が何故か目を合わせてくれなかったが、ナニかあったのだろうか

それは後で聞くとして、これから五日間、祭りは準備期間に入る

それぞれが外交官の仕事や祭りの準備を始める中、康景はただ一人、鈴たちとは別にオクスフォード教導院に向かった

不思議と、初めて見るはずの町並みを、道を、迷わずに歩けた

人々が祭りの準備をしているのを端に真っ直ぐオクスフォードに向かう

変な感じだ

初めて見る建物、川、人々

しかし、それらのどれにも既視感があった

本当に来たことがあるのか?

疑問に思う自分の心を他所に、足取りは真っ直ぐ目的地に向いていた

そして英国の教導院前に立つ

康景の姿を見て門番のように立っている英国生徒が

 

「・・・武蔵の上陸範囲は第二階層までとハワード卿に聞いていますが・・・」

 

訝し気にこちらに寄ってくる英国の男子生徒に、康景は無言で手紙に同封されていた証文を見せる

 

「これは!・・・妖精女王の・・・」

「どうします?」

 

こちらが見せた証文に、どう対応すべきか迷っている英国の学生

判断に迷ったのか、二人の学生のうち先輩格だと思われる方が

 

「失礼しました!ただいま担当の者を連れてまいりますので、少々お待ちください」

 

そう言って教導院内に走っていった

残された後輩と思われる生徒が

 

「い、いや、何かすいません」

「気にしないでください、こちらも突然お邪魔した訳ですから・・・」

 

おかしいな、英国の学生に見せれば通してくれる手はずだったような・・・?

もしかしたらエリザベスという人物はうっかり屋さんなのかと、そう思った

そうして待つ事五分、どうも後輩さん(仮名)と話し込んでしまい、団地妻と未亡人についの話で盛り上がる

だがそうしている間に、教導院の方から人影が来た

やっと来たか

そう思った時、こちらを出迎えた人物は

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・待たせたな・・・」

「まさか・・・」

「じょ、女王陛下!?」

 

後輩さん(仮名)が態度を改めいきなり緊張し始めた中、息を切らし、髪を乱して汗だくでこちらを出迎えた自分の担当者は

 

「Long Time My friend・・・久しぶりだな」

 

妖精女王、エリザベスその人だった

 

 




喜美が風呂場から出ていった理由の補足です

喜美「自分も相手もバスタオル巻いてるから恥ずかしくないもん」
            ↓
喜美「相手のバスタオルが外れてる!?」

つまり、そういう事です

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