境界線上の死神   作:オウル

29 / 76
書いた感想としましては・・・点蔵は苦労人だと思いました


三話

英国に突入できたのは

 

輸送艦だけでした

 

配点(アバンチュール(笑))

 

―――――

 

輸送艦が英国第四階層に墜落してより数日、輸送艦ではサバイバル生活が行われていた

英国及び武蔵から必要最低限度の必要な物は支給されたが、本当に雀の涙程度で、あまり足しにはならない(無いよりマシだが)

理由は対西戦を控えた英国には武蔵へ補助物資を送る余裕が無い

そして武蔵も、英国着艦が許されていない以上、最低限の物しか送れなかった

ただ輸送艦内に負傷者がいるので、人道的な観点からその者たちへの補助物資は貰った

しかし輸送艦には約九十名弱の学生がいるため、明らかに物資不足だ

 

「でもまぁ、点蔵がいてくれて助かったよ」

「そうだな」

 

輸送艦の上、空中で待機状態の武蔵を見ながら康景と正純は話した

点蔵のサバイバル術は武蔵の学生たちの間でも群を抜いている

水の分配や確保等、閉鎖的空間における男女の場所の割り当て等、ほぼひとりで考案したのだ

 

「点蔵はこういう時頼りになるし、食料は二代が漁で取ってくれるから、補給物資と合わせればしばらく持つだろう」

「でも食事が一番困ると思っていたが、まさか毎日違った料理を食べられるとは思ってなかったよ」

 

御広敷と康景が輸送艦側に居るため、実を言うと料理に関してはあまり困っていなかった

毎日同じ食事では変調を来す者もいるという理由で、康景がある物だけで毎日違う物を食べる事を可能にした

そして調理部の御広敷もいるため、料理には事欠かない

 

「俺の特技というか、(先生に)日々虐げられて身に付いた特殊スキルというか」

「ふ、普段先生に何を作ってるんだ・・・?」

「・・・聞きたいのか?」

「・・・いや、止めとくよ」

 

康景が遠い目をして黄昏れ始めたので、食事に関して正純は聞くのを止めた

 

「あっち、葵達はちゃんと交渉してくれてるだろうか?」

「いや、正直厳しいだろうな」

「何故?」

「副会長のお前が不在だという点も大きいが、シェイクスピアと交戦したネシンバラが恐らく負傷したからな・・・術式による呪いなら代行は難しいだろう」

「と、なると後はべルトーニだけか・・・」

「アイツは商工団との関係でそっちの話し合いもあるだろうから、英国との交渉には集中できないだろう」

「そうか・・・」

 

もう一度、上空で待機状態の武蔵を見る

 

「まだサバイバル生活は続くのか・・・」

 

 

******

 

英国、アングリアにあるオックスフォード教導院では、"女王の盾符"が女王の間に集められていた

"女王の盾符"の『9』、ベン・ジョンソンを筆頭に、幾つかの影が入ってくる

 

『8』、国務部部長、国璽を預かる方位道化師、ニコラス・ベーコン

『7』、大商人で英国艦隊所有者のチャールズ・ハワード

『6』、作家であり長寿族のトマス・シェイクスピア

『5-1』、船舶部副部長、制服を海戦仕様にした半狼のフランシス・ドレイク

『5-2』、船舶部部長、水着姿で、三又の槍を持ったホーキンス

『5-3』、船舶部マネージャー、船舶部の戦艦を指揮統括に術式を使う人魚のキャベンディッシュ

『4』、アイルランド代表、蔦を編んだ模様のフードを被った木精のグレイス・オマリ

『3』、長衣型の上着を着こんだ、動白骨の大法官、クリストファー・ハットン

『2』、女性型の自動人形で、腕、足は胴体についておらず、背上に浮いた十字型が動くのに合わせて動いているF・ウオルシンガム

『1』、極東、尼子家の残党でありながら女王の陸戦団の師範代であり戦時補佐の極東人、ウォルター・ローリー

 

そしてあらかじめ"女王の間"にて待機していた

両『10』、副会長のセシルと副長のダッドリーがおり

全員が揃ったのを見て

 

「ではこれより、未だ英国領域内に不法滞在を続ける極東勢力の処遇について・・・」

 

だが口を開いたのは『12』、女王であるエリザベスだ

 

「諸兄、手札は有効に使うべきだと思わないか?来たるべきアルマダ海戦のジョーカーとして・・・」

「では・・・」

「Tes・・・当初の予定通り事を進めよ」

「て、Tes・・・では例の"死神"の件も・・・」

「やめろ」

 

エリザベスが声色を変えて怒った事に対し、"女王の盾符"の間には緊張が走る

 

「私の前であの男を"死神"と呼ぶな・・・腹立たしい」

「Tes!もももも申し訳ありません女王陛下!」

 

ダッドリーはエリザベスの機嫌を損ねてしまった事に対し深く頭を下げる

三河騒乱時、武蔵に"死神"という確固たる戦力がいることが知れ渡って以来、エリザベスは"死神"である『天野康景』に関する資料を読み漁るようになった

何が妖精女王をそこまで駆り立てるのか、"女王の盾符"には分かり得なかった

だが公私はきっちり分けているのか、あくまで"武蔵の死神"の件は『ついで』に過ぎない

その件に関しては

 

「ジョンソン・・・あの男に関してはお前に任せる。あくまで私個人が『天野康景』に会いたいという旨だけ伝わればよい、仮に接触できなくとも構わん・・・その件はあくまで武蔵と交渉するにあたっての『ついで』であって、私個人の用だからな」

「御意に・・・」

 

エリザベスは深く息をつく

 

"long time my friend"―――ようやくだ・・・ようやく・・・

 

「全く・・・茨道ばかり進む男だな、貴兄は」

 

"女王の盾符"に聞こえない様に小声で呟く

しかしエリザベスにはもう一つ懸念があった

『天野康景』が来ているという事は、もしかすると『妹』の方も・・・?

 

「諸兄ら、一つ追加だ」

「「Tes」」

「もし英国領域内で次の特徴に合致する女を見かけたら、下手に相手をせず公務よりもまず最優先で私に報告するように」

 

必要以上に警戒する様子を見せるエリザベス

その様子に息を飲む"女王の盾符"は黙ってその特徴を聞いた

 

「その女は―――・・・」

 

********

 

三征西班牙の病院では、フアナと誾が肩を並べて歩いていた

 

「お手数掛けますね、立花誾・・・無理して手伝わなくともよかったのに」

「誾で構いません、フアナ様、宗茂様のお見舞いもありますし」

 

誾はいつも通り宗茂のお見舞いに来たのだが、途中フアナと出会った

フアナは手に菓子折りを持ち

 

「まさかフアナ様が病人や子供たちのためにお花や御菓子を渡しに行くとは・・・」

「意外ですか?」

 

いたずらっぽく言うフアナに対し、誾は気まずそうに

 

「いえ・・・」

「私も自分がそういう風に見られてないのは知っているつもりですし」

 

誾が知るフアナの評判は

・女教師になってもらいたい、そして教えられたい

・女課長になってもらいたい、そして罵られたい

・女審問官になってもらいたい、そして苛められたい

等という男どもの願望が詰まった評判が殆どなのだが、雰囲気的にそれを言うのはやめておこう

 

「これらの御菓子は他の病院にも?」

「Tes.あの人が出した条件は"皆に平等に"という事でしたので、各地のパン屋と提携して他の病院分も確保しました」

「・・・総長はそうやって邪魔をするような事ばかりを言うのですか?」

 

誾はフアナの歩く一歩後ろに下がり

 

「見ている限り、公務もフアナ様に全て任せているようですし、私には三征西班牙の総長兼生徒会長を押し付けられたようにしか・・・」

「言葉が過ぎますよ、誾・・・あの人は、出来る人です。私たちがあの人を信じないでどうするのです」

「ではフアナ様はどうして総長を信じられるのです?」

 

問いかけに対し

 

「なら誾は、どうして立花宗茂を信じたのです?」

「それは・・・」

 

立ち止まる二人

 

「生きることの意味を、教えていただいたからです」

「なら私の答えを聞く必要もありませんね・・・私の答えもまた、似たようなものですし」

 

誾は頷いてから

 

「・・・申し訳ありません、試すような物言いを」

「いえ、大体あの人は今の誾の問いかけを聞いても力なく笑うだけだと思いますよ」

「・・・どうして総長はあのようなやる気皆無な人に?」

「それは・・・」

 

フアナの背が少し項垂れて見えた

 

「生きることの意味を、失ったからですよ」

 

それはどういう事か、誾には解らなかった

だからその事を聞こうとした時

 

「あ、いたいた!兄貴!やっぱこっちだったよ、おーい!姐さん!」

 

バルデス兄妹がフアナと誾の元に駆け寄る

 

「何です?ここは病院ですよ?」

「総長ですが、書記が見つけたので夜までには連れ帰るとの事です・・・よっしパシリ終わり!」

「妹よ・・・その程度なら通神文で足りると思うぞ」

「Tes.では第四特務、通神文では出来ないような報告を」

「Tes.英国ですが、極東武蔵に対して譲歩を行うようです」

 

誾はその言葉の意味を理解する

英国が武蔵に対して理解を示したという事だ

もし英国と武蔵が同盟国にでもなったりしたら、面倒な事になる

アルマダ海戦に"死神"が参戦するのはマズい

 

「譲歩は、墜落した輸送艦に対する外交艦を通しての本格的な補給物資の配給、そして第四階層への上陸・・・輸送艦乗員は武蔵への帰還をされていませんが、通商会議と国交会議を設けたいそうです」

「そうですか・・・武蔵の方は?何か情報はありますか?」

「それが・・・」

 

顔を見合わせる兄妹

 

「武蔵と輸送艦では、どうやら何か祭りをやっているみたいで」

「祭り?」

「聞くところによると、武蔵では艦間で昼間なのに花火を水平に打ち上げて"どこの艦が最強か戦争"やって一部民家が火事になったりしたそうです」

「・・・輸送艦の方では?」

「最初の頃の配給品と取った魚で毎日飯の時間は豪勢にやってるそうです」

 

その光景を容易に想像できてしまう一同

そんな連中を襲撃した私たちってどっちかというと正義側ですよね・・・

誾はそう思ったが口には出さなかった

 

******

 

空は夜の色に満ちていた

垂直になった輸送艦に、重力制御によって海に対し水平にいる人影が二つあった

康景とミトツダイラだ

二人は交代制の見張り番の最中で互いに背中を預けるようにして座っている

 

「ここ二週間、思わぬアバンチュールだったな・・・全然休めた気はしないけど」

「え、ええ・・・そうですわね」

「どうした?」

「な、なにがですの?」

「なんで緊張してんの?」

「べっべべべべべべべっべっべべ別にそんな事無いですのよ!?」

「してんじゃん」

「ぐぬぬ・・・」

 

ミトツダイラは、気が気でなかった

他に誰の邪魔もなく月明かりの下、思い人(笑)と二人っきりなのだ

緊張しないわけがない

そして今、身体が冷えてはいけないという康景の気遣いで康景がいつも羽織っている白コートを着させてもらっているので、頭がもうどうにかなりそうだった

九十名弱の輸送艦乗員で、なるべく全員に役割を持たせるべく、監視は二人体制の交代制になった

そしてくじ引きによって、厳正なるランダム(そのはず)で決められたのだが

・・・まさか私と康景がペアになるとは・・・

運命とは恐ろしいものだ

 

だがミトツダイラには、嬉しさの他に、心配してることもある

康景が明らかに嫌気の怠惰を食らって以来、不機嫌なのだ

別に誰かに対して八つ当たりをしてるとか、そういう訳ではないのだが、『こっちくんな』オーラが半端ない

その理由を聞こうと皆で話し合いもしたが

 

「ちょっと点蔵お前聞いて来いよ」

「な、なんで自分で御座るか!?言い出しっぺが行けばいいで御座ろう!?」

「「チッ・・・使えない忍者だ」」

「なんで御座るか!?皆して!・・・こういう場合は女性陣が聞いた方が良いのでは?」

「「えっ・・・それは・・・///」」

「なんで普段から男らしいのに、こういう時だけ乙女モード全開で御座るか!?」

「「あぁん?」」

「・・・すいませんでした」

 

などというやり取りで終了してしまった

康景が誰かに悩みを相談するような人間ではないことは百も承知だ

しかし、今は千載一遇のチャンス

思い切って聞いてみることにした

 

「あの・・康景?」

「何?」

「大丈夫ですの?」

「何が?」

「嫌気の怠惰を受けて以来、なんだか調子が優れなさそうなので・・・」

「・・・」

 

黙った

都合が悪い時は黙るのが康景の悪い癖だ

はぐらかされて終わりでしょうか・・・

諦めかけたその時

 

「まぁそれもあるけど、最近変な夢を毎日見てな」

「!・・・夢?」

 

まさか話してくれるとは思って無かったミトツダイラは一瞬だけ驚く

これはひょっとして・・・私が初なのでは?

 

「その夢の内容を聞いても?」

「・・・死体の山に子供の俺が立っててな」

「死体?(ショタヤス・・・有りですわね)」

「変な女の子が駆け寄ってきて"もっと殺そう"だの"お兄ちゃん"だの言ってくるんだ」

「・・・(ショタヤス・・・いけませんわ、鼻血が・・・)」

「なんか夢にしてはリアルでな?ホライゾンに会う前の記憶が無い俺にとって、もしそれが自分の過去なら、俺は本当の意味で・・・化け物だ」

「・・・(・・・)」

「その上で嫌気の怠惰で全身拘束されたらなんか・・・考えちゃってさ」

 

ミトツダイラは黙って聞いた

ただの夢なら、『気にすることない』の一言で終わる

だが、康景の記憶がない以上、適当な事は言ってはいけない

三河での件もある

言葉を選んで慎重に行くべきですわ・・・

 

「大丈夫です」

「?」

「貴方は化け物なんかじゃありませんわ」

「・・・根拠は?」

「貴方は誰よりも優しい人ですもの(鈍感ですけど)・・・私達は・・・私は、貴方が三河での出来事を誰よりも気に病んでいるのを知っています」

「・・・」

「化け物なら、そういう事、悩まないと思いますの・・・貴方は必要以上に抱え込みすぎるから、気が滅入ってるだけだと」

 

そう、康景は優しい(鈍感だけど)

困ってる人がいたら誰でも救ってしまうような男だ

そんな優しい男が、化け物だなんてミトツダイラは思っていない

ミトツダイラだけではない

恐らく武蔵の仲間の、他の誰に聞いても似たような答えが返ってくると思う

 

互いに背を向けているので、康景がどんな顔をしているのかはわからない

しかし、康景は一人ではない、仲間がいるという事がちゃんと伝わってれば良い

そう思うミトツダイラだった

 

「しかし、よく話してくれましたわね」

「意外だったか?」

「いつもの貴方なら黙るかはぐらかすのがお決まりのパターンだと思っていたので」

「・・・だって前に約束しただろ?」

「?」

 

何を?

 

「悩み事とかあったら一人で悩むなって、お前が言ったんだろうが」

「あ」

 

うっかりしていた

自分で言った事だが、あの後K.P.A.Italiaや三征西班牙との戦争やいざこざで失念していた

それをちゃんとこうして守ってくれた事に、ミトツダイラは嬉しく思った

そして

 

「まぁその、なんだ・・・ありがとう、聞いてくれて」

 

て、照れてる!?

あの朴念仁ポーカーフェイスが照れてることにミトツダイラは一つ確信を得た(事実とは言っていない)

これは『ネイトルート』来ましたわ!!

 

「わ、私にできる事なんてこれくらいしかないですし」

「それでもだ、やっぱ人に話すと楽になるよ・・・ありがとう」

 

これは俗にいう勝ち確という奴ですね、解ります

この様子だと、恐らく喜美にも話してない

そう判断したミトツダイラは少し浮かれた気分になる

ミトツダイラは励ますという意味で

 

「・・・」

「何やってんの?」

 

後ろから抱き着いた

 

だが皆様、おわかりいただけただろうか?

 

「当ててるんですの」

「(・・・何を?)」

 

そう、ミトツダイラは、未凸平(胸)だったのだ

 

******

 

うわぁあの中行きづらいで御座るよ・・・

点蔵は見張り番の交代の時間なので、ペアだった正純と共に甲板上に来たのだが

・・・まさかの良い雰囲気で御座るよ、あれ

だがその様子を点蔵と見ていた正純は

 

「(#^ω^)」

「(お、怒ってるで御座る!?)」

 

これはマズいと思った点蔵は急いで交代を告げる

 

「そ、そろそろ交代の時間で御座るよー」

「チッ」

 

し、舌打ちされたで御座る!?

ミトツダイラが「良い雰囲気壊してんじゃねーよ」的な目でこちらを睨む

 

「二人とも疲れただろう、代わろうか」

「全然大丈夫ですのよ」

「でもやっぱり休んでおかないと明日に支障を来すぞ?」

 

修羅場・・・

胃が痛む点蔵だった

 

「この二人喧嘩でもしてるのか?」

「誰のせいで御座るか!」

「え?俺なの?」

 

自覚無しが一番質が悪いと、点蔵は思った

何とか空気を変えたいと思っていると、不意にミトツダイラが

 

「この生活にも慣れてきましたけど、やはり熱湯ではないお風呂に入りたいですわね」

「あ、それなら大丈夫で御座るよ」

「?」

「その辺の資材はシロジロ殿に頼んでおいたで御座る・・・なんだかんだで一番疲労するのは女性陣で御座ろうし」

 

点蔵の何気ない気遣いに対して三人が

 

「なんでこれだけ気配りが出来て、彼女いない歴=人生なんだ?」

「正純・・・そこに触れてやるなよ」

「あの忍者装束を常に着ているとなるとそれだけでやはり・・・」

「「ああ・・・」」

「こちら抜きで解説しないでほしいで御座る!」

 

点蔵は腕を組みながら

 

「大体自分、彼女にするなら金髪巨乳にすると決めてるで御座る」

「なんでお前はそうやって自分からハードルを上げる?」

「そうする事によって"自分がモテない"のではなく"望みに合う者がいない"という錯覚を得たいからではないかと・・・」

「「成程・・・」」

「容赦無いで御座るな!!」

 

ここには味方はいないので御座るな・・・

点蔵は悟った

 

「おーい!」

 

不意に、武蔵側から声が響く

声の主はトーリだ

武蔵の艦外放送を大音量で使っている

 

「おーいホライゾン聞こえてっかー!では今夜武蔵アリアダスト放送局が武蔵と英国のく、くに?まじり、あいぎを―――」

「残念だけど愚弟?それ国交会議よ?」

「すげぇな姉ちゃん!天才みたいだ!でも俺"くにまじりあいぎ"の方がエロくて好きだ!」

 

輸送艦どころか、英国中に響く声は、明らかに近所迷惑だ

あとで英国から文句を言われてもしょうがないくらいに音量がデカい

そしてホライゾンは原因が解っていないが、一日二十時間以上寝ているため、今も当然眠っている

つまりホライゾンは聞いていないのだが、汽笛を使った武蔵との交信でも、伝えてもトーリの不安を煽るだけだと判断した一同は敢えて伝えないでいた

 

「あ、そうだヤス!お前あんま姉ちゃんと先生に心配かけさせんなよ!お前と離れてから二人とも機嫌悪くて悪くて―――ん?なんだよ先生肩なんか回して、お?姉ちゃんもどうした?え?余計なこと言うなって?なんだよここの所毎日二人してヤスのこと・・・ほんげぇええ!!!」

「大丈夫ですかトーリ君(聞いてみただけ)」

「あ、浅間・・・あの二人の・・・ダブルラリアットは・・・反・・・則・・・技」

「と、トーリくーん(棒読み)」

 

何が起こってるのか想像に難くない

だがその放送を聞いていた康景が

 

「そっか・・・あの二人にも心配かけさせてたんだな・・・後で殺されるだろうなぁ・・・」

「なんで御座るかその不穏な心配・・・」

「だってあの二人怒るとすごい怖いんだぞ」

 

怖いのは知ってるで御座るよ・・・

内心呟いた

 

「先生は酒奢れば何とかなるけど・・・喜美はなぁ・・・アイツ、臍曲げると長いんだよなぁ」

「・・・」

 

小さく呟いた康景の言葉を、点蔵は聞き逃さなかった

今もしかして・・・

康景が喜美の名前を口にした時、一瞬だけだが小さく笑った様に見えた

 

「これはひょっとして喜美殿ルート一直線で御座ろうか・・・」

「何か言ったか?」

「べ、別に何も言ってないで御座るよ」

 

点蔵はミトツダイラと正純を見て

 

「・・・頑張るで御座るよ(手伝うとは言ってないで御座る)」

 

呟いた

 

******

 

「なんで皆相変わらずかなぁ」

 

ネシンバラはトーリの放送を奥多摩艦尾にある学院用搬入港で聞いていた

負傷している身体を気遣いながら通神帯を見る

そこには自分への批判が多く書き込まれていた

 

自分としては頑張った方なんだけどなぁ・・・

 

だが、他はそう見てくれない

深く溜息をつくと、手摺に一つの影が降りてきた

ナルゼだ

 

「アンタ最近授業にも顔見せ無いと思ったらこんなところで何やってるのよ」

「ナルゼ君・・・」

「引きこもりでもそのくらいは覚えていたようね・・・負け犬同士、愚痴り合いでもする?」

「愚痴ねぇ・・・」

 

理由はわかりきっている

 

「アンタ、艦内通神帯でものすごい批判されてたわよ?」

「解ってるよ」

 

ネシンバラは思う。勝ってこそ、負傷や損失の意味がある

しかし今回は、勝っていない

損失を生んだだけだ

 

「勝ってないからね・・・今回」

「しかも康景と比較するような内容も結構あったから、気分悪かったわ」

「・・・」

 

康景は三河でもそうだが、先日の三征西班牙の襲撃においても敵役職者を前に無傷で切り抜けるような人間だ

それと自分を比較されても、比較する対象が違いすぎて何も言えない

 

「天野君と比較されてもなぁ」

 

思わず苦笑いする

ナルゼはフォローするように

 

「康景が見たらブチ切れそうな内容も多かったわね」

「彼、自分の批判とか聞き流す癖に、仲間が批判されると機嫌損ねるからね・・・」

 

正確には聞き流すというよりため込むと言った方が正しい

彼が三河で必要以上に目立つように行動したのは、仲間への敵意を逸らそうとしたからだ

そして実際他国の警戒心は彼に向いている

しかし

 

「天野君は天野君で、結構苦労してそうだけどね」

「jud・・・その上で皆であの大馬鹿の負担を減らそうって頑張ったんだけどね・・・」

 

二人同時に溜息をつく

 

「・・・その右手、シェイクスピアの呪い?」

「jud・・・マクベス、王を殺す簒奪者だ。その呪いを武蔵の生徒会に当てはめると、僕が葵君を殺す役目を担う事になる」

 

つまり

 

「王とは居られない・・・そういう呪いなんだ」

「そのネタ、貰ったわ!」

「・・・例の"馬鹿二人"のネタにするつもりかい?」

「そういうネタは武蔵の婦(腐)女子にはウケがいいのよ」

「・・・天野君がナルゼ君を詰問するって言ってたの忘れたのかい?」

「あ」

 

輸送艦が不時着したことで有耶無耶になりどうやら忘れてたらしい

冷や汗を流しながらナルゼは

 

「だ、大丈夫よ・・・みかじめ料さえ払えば、わ、解ってくれるはず・・・?」

「彼はヤクザか何かなのかい?」

 

ブレないなぁ・・・

ナルゼを見てつくづくそう思う

 

「第十三無津乞令教導院って?」

「・・・同人誌のネタにするつもり?」

「しない方がどうかしてるわ」

「・・・襲名者を作る場所だったんっだよ、あそこは」

「襲名者を・・・作る?」

 

襲名者を作る

第十三無津乞令教導院はカルロス一世が主導し、彼は三征西班牙とM.H.R.R.の皇帝総長を兼任していたが、どちらかというとM.H.R.R.寄りの人物で三征西班牙を空けることが多かったため、代わりに多く襲名者を得ることでその穴を埋めようとした

 

「孤児をそのために?」

「jud・・・元々は別の目的のためにあった教導院を、その方向に仕立てたらしいんだけど・・・噂によると聖譜越境部になる生徒を作り出すためだったとか」

「そっちはギャグ?」

「どうだろうね・・・何せ僕の代で、そういうのが終わったから」

「・・・」

 

だが実際にはその内部事情が問題となり、査察が入ることが決定

それに対策するため事前に"移送"されることになった

そして子供達で計画して護送用の馬車から飛び降りて、六護式仏蘭西の国境からはそれぞれ自由に生きよう、顔を合わせても他人の振りをして生きよう

そういう話の筈だったのだが

 

「なんで約束破る奴がいるかなぁ・・・」

「・・・アンタも苦労してるみたいね」

「・・・」

 

思わず黙ってしまう

だが不意に、ネシンバラが

 

「あ」

「何?」

「いや・・・」

「何よ?煮え切らない」

 

ネシンバラはこの話をしようか迷った

しかし、あくまでこれは友達から聞いた話、噂の噂でしかない

何の根拠もない話なのだが

 

「第十三無津乞令教導院では、ある噂があったんだ」

「噂?」

「うん・・・聖譜越境部を作る目的かどうかはわからないんだけど、M.H.R.R.と六護式仏蘭西の国境付近に、第十三無津乞令教導院と似たような組織があったらしいんだ・・・」

「何その同人で映えそうなネタ・・・」

「いや、あくまで噂のレベルだから・・・」

 

ネシンバラは思い出すように話す

 

「そこは襲名者になり得る人物を作り出して『売買』しているとかどうとか・・・」

「・・・人身売買ってわけ?」

「そういう事らしい・・・そして襲名者になり得るような人材は何処も欲しがるから、国によっては大金を出して買ってたらしいよ」

「胸くそ悪い話ね」

「結果として国がスポンサーになる訳だから、資金繰りには困ってなかったらしい。あくまで噂のレベルだけどね」

「その組織ってのは、結局どうなったの?」

「又聞きの又聞きだから、人によって話が違って色々な説があったんだけど・・・」

 

一息ついて

 

「たった一人の子供によって、壊滅に追いやられたらしい」

 

******

 

英国領第四階層、武蔵と輸送艦が一望できる丘に一人の少女が佇んでいる

薄汚いフードを目深に被った少女は

 

「アハハ・・・もうすぐ会えるね、"お兄ちゃん"・・・」

 

輸送艦の方を見て微笑んだ

 

 




次回予告(スルーして問題ないです)

康景「ひぃ!!!」
点蔵「あ、あのヤス殿が怯えている・・・!いったい何g」
喜美「ウフフフフフ」
点蔵「」
康景「点蔵助けてくれぇ!」
点蔵「・・・自分、まだ死にたくないで御座る」
康景「お、お前俺を見捨てる気か!?」
喜美「やーすーかーげーくーん、あーっそびーましょー」
康景「アッー!」
点蔵「骨は拾うで御座るよ・・・ヤス殿」
一同「「次回、"康景、死す"」」
康景「勝手に殺すな」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。