境界線上の死神   作:オウル

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最近寝起きが辛いです



一話 後編

復讐と報復

 

国益と私情

 

下した意思は、本当に正しいのか?

 

配当(戦闘)

 

――――――

 

奥多摩後部

武蔵アリアダスト教導院は爆撃で揺れていた

 

「おいあの船!三征西班牙の体育会系夫婦の船じゃん!副長クラスだぞ!」

「いいから動け!あの借金まみれの赤ジャージ共を乗船させるなよ!」

 

飛び交う声の中、ネシンバラは橋上で生徒たちに指示を飛ばす

 

「射撃隊と術式補強隊は訓練通り青梅に集中、村山は異国人が多いから艦数の少ない敵は青梅に集中するはずだ!」

 

表示枠を複数だし、冷静に指示を出す

その表示枠の一つ、町を走り抜ける康景が映る

 

「連中、今回の大義名分なんて言ってる?」

「・・・大義名分は"三征西班牙の領域において、英国への援助物資を輸送する船舶の拿捕を行う"との事だ」

「・・・本音は三河のリベンジマッチってか?面倒な事だ・・・俺が言えた義理ではないが」

 

自嘲気味に走る康景

 

「そっちの指揮は任せるネシンバラ」

「天野君は?」

 

康景は上空の三征西班牙の船を見上げ

 

「ちょっと敵の副長に挨拶してくる」

「そんな『ちょっとジュース買ってくる』みたいなノリで言われても」

 

康景は表示枠を切った

 

******

 

三征西班牙の艦上では陸上部が待機していた

そして陸上部主将の房栄が指示を出す

 

「行くわよ陸上部!」

 

Tes!

背後、三征西班牙の陸上部員達がおり

 

「On your mark――――Get set!」

 

クラウチングスタートの体勢になり、構える

そして房栄がスターターを撃ち

 

「飛ばせ八艘!」

 

加速用カタパルトに乗った陸上部が三征西班牙の船から武蔵に跳んだ

 

******

 

跳躍する敵陸上部隊を、武蔵の迎撃部隊は捉えた

しかし、その動きを止める者がいた

 

「対空攻撃待て!」

 

一同は攻撃の手を止めた

ネシンバラが攻撃を止めさせた理由は、敵陸上部の着地点にある

敵が着陸したのは

 

武蔵内部に回収していない大型貨物の上・・・!

 

あれに砲撃を当てると、資源や食糧事情に影響が出かねない

故にその上に敵がいる以上好き勝手に撃てない状況だ

それを機に、向こうは弾筒を投げ込んでくる

 

それを防ぐため、青梅に集まった学生たちは建物の屋根の上で防護術式を展開する

だが不意に、横から鋭い声が通った

 

「俺たちを忘れるなよ!」

 

武蔵と水平に並ぶ三征西班牙のワイバーン級から男女の姿が見える

 

「げっ!!!アレは!」

 

その姿を知る武蔵の生徒が嫌そうに声の主の正体を言う

 

「三征西班牙の"四死球"!ペデロとフローレスのバルデス兄妹!」

「兄貴・・・なんか私達変な感じで有名になってない?」

「妹よ、どのような形だろうと、それだけ私たちの活躍が世界的に有名になっているという事だ。胸を張って良い」

 

そういう兄のペデロだが、武蔵生徒が知っている彼らの活躍は

 

・兄の方が投げた投げた四球が全部デッドボールで相手に一点

・妹が投げた四球も全部デッドボールで相手に四点追加だが八人負傷者を出した為ノーコンテスト

 

そういう逸話だった

二人はこちらの反応も気にせず投球フォームに入り、鉄弾を投げ込んだ

兄が左オーバースロー、妹が右アンダースロー

 

「燃えろ炎!」

「行け魔球!」

 

彼らが投げるのに合わせ、学生たちは兄妹の正面に防御術式を展開するが

 

「は?」

 

敵が放った攻撃は防御術式を無視、背後の町並みに直撃した

 

「消える魔球だと?!」

「マンガかよ!」

 

ただの破壊だけならそれで済んだものの、被害はそれだけではなかった

先程の陸上部が燃焼用の術式符を撒いており、鉄弾の爆発が威力を増す

背後の町が炎上する

 

*******

 

青梅の町並みが、炎で燃える

その炎が風に乗り熱風となり学生たちを襲う

熱風から身を守るのもやっとなのに、さらにワイバーン級から八十人弱が鉄弾を投げつけてくる

誰もがヤバいと思いながら、対処出来なかった

だが

 

「会いました!」

 

その熱風は突然の雨で搔き消された

その雨の正体とは

 

「あ、あれは・・・武蔵の"射殺巫女"!!!!」

 

牽引状態の大型木箱に乗った三征西班牙がその姿を見て震えだす

その直後、その"射殺巫女"の矢が足元の木箱が破砕される

青筋を立てながら矢を撃ったのは

 

「敵とか何とか思い切りやっちゃって!アサマチ!」

「あの?基本巫女は人撃てないんですよ?」

 

浅間だ

浅間が内容40万リットルを超える木箱を撃ち抜いたのだ

その木箱の中身は水

その水が上空から降り注ぎ、火を消したのだ

 

商人によると、保証が付いた貯水槽や荷物は既に転送済みなので大丈夫らしい

 

******

 

房栄は艦上から武蔵の判断を見た

大型木箱を宙に回していた牽引帯を裁断したのだ

それによって味方は態勢を崩し、靡いた牽引帯の上を武蔵学生が突撃してきた

 

「陸上部退避!」

 

狙いはこの艦での艦上戦

そのためにこちらに乗り込むために突撃隊を待機させていたのだ

 

これは・・・

 

「タカさん、私も出ますね、と」

 

十字型の表示枠に隆包を出す

隆包は舌打ちして

 

「俺たちはこの船に居る野球部員で出来るだけ敵の侵入を防・・・」

「タカさん?」

「房栄・・・こっちはこっちで何とかすっから、そっちはそっちで何とかやってくれ」

 

表示枠の向こうで、不意に隆包の空気が変わったのに気付く

隆包が"死神"と接敵したのだ

 

********

 

隆包は目の前に現れた白コートを見た

 

「・・・」

「こんにちは・・・」

 

戦場に似合わない挨拶をする相手

呑気な挨拶にも聞こえるが、周囲の空気が変わるのが伝わる

長年戦場に居た隆包の本能が警鐘を鳴らす

 

ヤベェなコイツは・・・

 

隆包は長尺バットを構え直し

 

「"武蔵の死神"さんよ・・・いっちょ俺と手合わせしてくれないかい?」

「・・・」

 

誾の報告では長剣を使用するとの事だったが、今相手が構えている獲物は剣ではなく

何だアレ・・・剣か?

その両の手に持っていたのは黒い鉄柱のような剣

騒乱時に使用した長剣は背中に背負ったままだ

 

「俺なんかには本気出すまでもないってか?」

「まさか、その逆ですよ」

 

あくまで隆包から視線を外さず

 

「アンタ『ら』みたいな強敵を一度に相手するのに長剣一本じゃ足りないと思いまして・・・ね」

 

背後から忍び寄る誾の一撃を防いだ

 

「天野・・・康景ぇえええええ!!!!!」

「・・・」

 

誾の怒りと憎悪が、康景を仕留めようと狙っていたのだ

 

******

 

三征西班牙が三河での一件を省みて考え出した"死神"との戦闘方法は『役職者』が『複数』で相手する事だった

誾が言うには"死神"は強く、計算高いという事だった

なので襲撃戦の様な戦闘になった場合相手の主要戦力を直接叩いてくるだろう、そう判断したのだ

案の定誾の考えは的中し、本当に隆包を狙ってきた

だからそこを隆包と誾が二人で相手をするという作戦だったのだが

 

「嘘だろ!?副長と第三特務相手に・・・!?」

「化け物め・・・!」

 

三征西班牙の学生たちは目の前で行われている戦闘に目を疑った

役職者でもない一人の男が、自分たちの最高戦力の一部たる副長と第三特務を同時に相手取り、一歩も引いていないのだ

聖譜顕装を使用してるのにも関わらず

誾が両手剣で攻撃するのを対処しつつ、防御主体の隆包に攻撃を繰り出す

 

三征西班牙の学生たちが見る"死神"の身体能力は、既に人かどうかも怪しいレベルに見えた

 

******

 

役職者二人を相手に、互角かそれ以上の働きを見せる康景だったが、徐々に押され始めた

康景は自分の攻撃に手ごたえがないのを感じる

これは・・・聖譜顕装か!

 

「どうやら気付いたみてぇだな!」

「・・・威力の減衰か?」

 

康景は二人から一端距離を取る

そして二人の相対者の他、甲板上、もう一人いる事に気付く

 

「書記のベラスケス・・・」

「お、なんだ俺も有名になったもんだな」

「アンタのエロゲのファンでね・・・」

 

冗談で言っているのか本気で言っているのか解らない感じで答える

その言葉に気を良くしたベラスケスが羽のような剣を持ちながら

 

「俺の持つ"身堅き節制・新代"は相手の能力を使用回数分減衰させる」

 

そして隆包が背中に背負った"身堅き節制・旧代"に手をかけ

 

「俺のは相手の時間を倍に引き延ばす・・・時は金成りってやつだな」

 

なるほど・・・

つまり十回殴れば威力はその五分の一になり、さらに時間を引き延ばす事で十分の一くらいに減衰する

隆包を攻めきれなかった理由がこれだ

面倒な能力だな・・・

聖譜顕装は聖譜の力を出力にするが故に、自国の支配領域でしか効力を発揮しない

それをわざわざ暫定国境まで引っ張り出してきたことに、少しだけ驚いた

まさか本当に使ってくるとは・・・

三河での一件があるため、誾を含んだ複数と戦闘になることは織り込み済みだし、聖譜顕装の登場も想定内だ

倒せない事もない、しかしそれには必要以上の労力を使うことになる

術式を使えばいくらか優位に進めるだろうが、それだけはなるべく避けたかった

"アレ"を使うという事は、今ここにいる敵味方含めた『全員』を殺しかねない

周囲に味方がいる状態で『術式』は使用したくなかった

 

世界は広いなぁ・・・

 

今相手をしている聖譜顕装もそうだが、今後相対するであろう術式や武装を思い、康景は辟易した

・・・面倒だよな、そういうの

術式も使えず、時間も攻撃回数も減数された状況でも、康景のやることに変わりはない

康景は再び戦闘を開始した

 

******

 

隆包は敵の攻撃を素直に称賛した

 

減衰してこの威力かよ・・・!?

 

誾と隆包の二人分の攻撃を凌ぎながら、更に身堅き節制を使用して減衰させたのにこの威力

末恐ろしい相手だぜ、全くよ・・・!

敵の攻撃の重さに手が痺れる

康景は敵を『倒す』事ではなくこちらの攻撃を『凌ぐ』事に集中している

こちらに放ってくる攻撃は十回防ぐ内の一回分だけだ

一回分の減衰なら、回数分の減衰はあまり意味をなさない

時間を倍にする減衰はあるが

・・・本当に減衰してんのかこれ!?

誾と隆包の攻撃を普通に防ぎきっている様子からあまり時間が減衰してるようには感じられなかった

だが相手には先程のような殺気はない

 

「時間稼ぎのつもりかよ!?」

「・・・」

 

康景は答えなかった

隆包と誾の攻撃を凌ぎつつ不意にカウントを始める

 

「5」

「?」

「4、3、2」

「(何の真似だ?)」

「1」

 

康景が数えるカウントがゼロになった

その時

 

「減衰されても元々十トン級さね!!」

 

地摺朱雀が降ってきた

 

*******

 

「いやぁやっぱり直政は頼りになるなぁ」

 

康景は素直に感謝の意を込めて言ったのだが、直政の反応はあっさりしていた

 

「・・・悪かったさね、遅れて」

「あれ?なんか機嫌悪い?」

 

別に機嫌悪い事なんてないさね・・・

そう、それは別に機嫌が悪いからではない

 

恥ずかしかっただけだ

 

「いいからアンタは目の前の敵に集中しな!」

 

照れを隠すように康景に声を掛ける

武神は減衰されても元々が十トン級で、減衰されようが相当な威力を持つ

しかし時間が減衰されている状態では周囲の動きが速く感じてしまう

厄介さね・・・!

 

直政はまず甲板の上に座るベラスケスを見据え、武神用のスパナを投げた

まず時間の減衰を止める、そう判断した

しかしスパナも減衰の対象だった

直政が投げたスパナは普通に見えるのに、周囲の敵は速く見えてしまう

やはりスパナも減衰されている

だが武神が全力で投げた一投だ

普通の相手ならひとたまりもないはず

・・・行け!

 

だがそのスパナは相手に届くことは無かった

 

「武神!?」

 

格納庫から出てきた武神によってスパナが止められた

陸上部主将、江良房栄・・・!

江良房栄が、白い武神に乗って格納庫から出てきた

 

上半身と脚部が大きくつくられた女性型の武神

 

「三征西班牙旗機、道征き白虎」

 

そして道征き白虎が甲板上を突っ走ってきた

 

マズい・・・!

 

感覚が半減されてる以上、康景の様に素早く反応は出来ない

だがそれとは別に重低音の音が二度発生した

 

「ありがたい・・・!」

 

二代の蜻蛉切による割断で聖譜顕装の威力が割断されたのだ

 

*****

 

誾は面倒な相手が増えた事を悟った

こんな時に本多二代ですか・・・!

ベラスケスと隆包が使った聖譜顕装の能力も、蜻蛉切の割断で無効化されてしまった

今、誾は隆包と共に天野康景を相手しているが、同時にこの二人を相手にするのはキツイ

目の前にいる仇を前に頭に血が上る誾だったが

 

「立花嫁!こっちは任せろ!お前はあっちを!」

「・・・Tes!」

 

隆包の判断に、誾は冷静さを取り戻す

天野康景の攻撃は確かに凄まじい

ここは防御に優れる副長が相手をした方が無難だ

 

誾は新たな敵である二代に向かった

それにこの女も・・・

 

「返して頂きます、私のすべてを!」

 

もう一人の仇である二代に斬りかかる

 

*******

 

康景が隆包を、二代が誾を、そして直政が房栄を相手する

直政の感覚も元に戻った

だが

 

間に合うか!?

 

既に道征き白虎は眼前に迫っていた

急いで防御姿勢を取るも間に合わず、ぶつかる

金属同士が激しくぶつかり、指揮艦が揺れる

 

「武蔵の"朱雀"には興味があったのよね・・・五十年前に極東歴史再現の旧派反乱、守護の四聖に重ねられて作られていた武神の内、試作過程で確保された武神がこの"道征き白虎"」

「・・・」

「発見されていない武神の朱雀と玄武に関しては各国いたるところでその名を冠した武神が作られているけど、それはどうなのかしらね」

 

房栄が一気に押す力を強める

 

「四聖の四機にはそれぞれのOSに対応して神格武装としての山川道澤の能力を持つ・・・」

 

術式OSの白い表示枠が道征き白虎の脚部に展開され、十字型の紋章が咲き

 

「この子の能力は"道"、いかなる場所でも大道を征く絶対の足場と回避能力」

 

流体光として散った十字型の紋章が半透明の野や空、道を形成し

 

「大道を征きなさい、道征き白虎」

 

道征き白虎がさらに突進し、空へと押し出された

 

*******

 

艦上空で激しい攻防戦が繰り広げられる中、総長連合・生徒会の中で唯一ナルゼだけが居住区を飛び回っていた

 

「避難命令があるまで建物内で待機!前回と状況が違うから表には出ないように!」

 

非戦闘員がいる奥多摩や武蔵野の学生寮を飛び回って注意勧告を行っていた

部屋番号と生徒の氏名等を順次確認していた

正直ナイトとイチャイチャしたいが仕事なのでやるしかない

残りの部屋と氏名を確認しつつ前から人が来ることに気付く

 

「あら東?そっちはもう済んだの?」

「シロジロ君とハイディ君も色々なところで手配してくれたから、結構早く確認できたよ。これからミリアムと"???"の様子を見てこないと・・・」

「皆してあの子の事そう言ってるけどどんな発音してるの?」

「"???"だけど?」

 

くっ!文章だからできるネタ・・・!やるわね!

時間があれば同人誌のネタにしてやるのに、と現状の忙しさを恨みながら東の横を通り過ぎようとする

 

「しかしあの子・・・施設に預けなかったのね、いい判断だと思うわ。武蔵の保護施設の大半は御広敷家がスポンサーだから、あんな幼女がそんなところに行ったらとんでもない目に遭わせられるのは必然ね」

「信用ゼロなんだね、御広敷君・・・」

「でもまぁまさか、あのミリアムと東に子供ができるなんてねぇ・・・私たちのの所で預かっても良かったけど」

「君たちの所?」

「二人で抱き合って眠るだけなら、中央に子供一人分のスペース空けるくらいなら余裕よ。今の技術なら互いにセックスなしで子供を作ることも胎外で子供を育てるのも可能でしょうけど」

「・・・セックスって何?」

 

な、なん、だと・・・!?

得体のしれない恐怖がナルゼを襲う

まさか東相手にここまで恐怖するなんて・・・!

これは是非同人誌にしたい

そう思ったナルゼは他から真実が漏れないようにオブラートに包んだ表現で切り抜ける

 

「えーっと・・・それはまぁ人と人とがより深く仲良くなる事よ、それはもう深い技術と歴史が・・・」

「例えばナルゼ君とナイト君はどんな時にセックスするの?」

 

この男・・・平然と獅子の巣に足を踏み込みおるわ・・・!

 

「そ、それは喧嘩した時とかかしらね?一晩で仲直りよ!」

「へぇ、セックスってすごいんだね・・・」

 

素直に感心してる東に罪悪感を抱きつつ、とりあえずネタは確保した

 

「わ、私たち以外にも多分康景なんてどんな相手ともセックスする関係になってもおかしくないっていうか・・・」

 

苦し紛れに説得力のある事例を挙げてみたが、本当の所は解らない

今日浅間が康景と喜美の関係性について疑問を投げかけたのでふと思って言ってみただけだ

何の根拠もない

言った事に対する責任?そこいらの犬にでも食わせておけ!

 

「だから康景君って誰にでも慕われてるのかぁ」

「ひ、人によるだろうけどね」

「今度康景君に聞いてみるよ」

「!?・・・え、ええそれが良いんじゃない?ひょっとしたら私より詳しく教えてくれるんじゃないかしら」

 

わ、私は悪くないわよ!

ナルゼは現実から逃避した

 

******

 

甲板上では、戦闘が再開されていた

しかし、主戦として戦っている誾対二代、房栄対直政以外の動きは康景の動きを警戒して止まっていた

 

「す、すげぇ・・・」

「こんな戦い見た事ねぇぞ・・・!」

 

その理由は簡単だ

隆包と康景の戦闘が、常人には考えられない技術の応酬によるものだったからだ

聖譜顕装の効力は二代が割断したため、康景は何にも縛られることなく動けている

しかし、その康景の尋常ではない連続攻撃を長尺バットで凌いでいる隆包もまた、相当な技術力を持っていた

 

「やるな"死神"さんよぉ!」

「・・・」

 

隆包は一旦距離を置き、相手の出方を見る

今のところほとんどの攻撃を防いでいるとはいえ、油断したら負ける。しかもこちらからの反撃は出来ていない

隆包に余裕はなかった

流石ウチの連中を殺っただけはあるぜこの野郎・・・!

宗茂の敗北の遠因もこの男だ

 

・・・通りで面倒臭い訳だぜ!

 

すると相手が剣を構え直し

 

「すごいなアンタ、ここまでやって決められなかった相手は久々だよ」

「嫌味かてめぇ・・・!」

 

汗一つかかないでここまでの戦闘をやってのける相手に言われても嬉しくなかった

宗茂相手に傷一つ負わなかったとは聞いたが、ここまでやるとは想定外だ

相手の技量の高さを痛感する

しかし相手も

 

「アンタひょっとしてバント職人さん?」

「俺はどんなボールだろうと正しくバント処理できるんだよ。俺がいることで他の奴らが点を入れてくれる」

「・・・俺たち舐めてんの?」

「あ?」

「アンタが送りバント成功させようがウチの連中が完璧に抑え込む」

「あぁん?」

「んだよ?」

「ン?」

「あ゛?」

「・・・」

「・・・」

「「・・・」」

 

あ、やべぇ俺コイツ嫌いだわ

誾がコイツの事嫌いな理由が分かった気がした隆包だった

再び交戦を開始する隆包と"死神"

その会話を聞いていた敵味方全員がその馬鹿っぽい言い争いに呆れていた

 

******

 

道征き白虎のタックルで宙に押し出された地摺朱雀は空中で防御態勢を取った

 

「"澤"が使えないという事はやはり偽物なのかしら?」

 

直政は、房栄が白虎の脚部を朱雀の腹部に打ち込もうとする動きを見たが、次に起きた相手の挙動は予想に反したものだった

 

「!?」

 

右脚がクラッチされる

そんな無茶な動きしたら駆動系が焼き付くぞ!?

相手が回り込むようにこちらの足を掴んだ

そして

 

「左肩、"一重咆哮"」

 

白虎の左肩が術式OSの表示枠を纏って虎の顔の様なものに変化する

 

「虎だと?!」

「やっちゃて、道征き白虎」

 

マズい・・・!

直政は直感で現状を理解した

 

「右脚をパージしろ!」

 

基部から右脚を外したことで拘束からは逃れることはできたが、次の瞬間には右足が白虎左肩の咆哮によって爆散した

そして落ちていく直政と地摺朱雀を見下ろしながら

 

「さようなら、朱雀の"偽物"」

 

言われた

しかし、直政はそれに対し、ニヤッとした顔で答えた

そして聞こえてきたのは

 

「よくやった直政君」

 

ネシンバラが表示枠の向こうで口の端を上げた

前方から武蔵輸送艦が三征西班牙指揮艦に向かっており

 

「私には仲間が居てね、外道連中だけど、連中が来るまでちゃんと役目を果たせたさね」

「まさか、武蔵の最高戦力クラス達を使っての時間稼ぎ!?」

 

輸送艦が指揮艦に激突した

 

*****

 

輸送艦は指揮艦の上を行くようにぶつかり、そこから一斉に引く一同

そして援護するように武蔵の突撃隊が前に出て半円の様に形をとる

突然の輸送艦に膠着状態になっていたが、輸送艦の上から正純が出てきて

 

「武蔵アリアダスト教導院・副会長、本多正純がここに休戦を提言する!」

 

甲板上に立つ正純、休戦宣言がいつ発せられるか解らない以上、三征西班牙側は動けず、休戦を宣言するために戦闘を行っていては宣言は出来ないため武蔵側も動きを止める。康景と二代もまた、休戦宣言のために隆包・誾から距離を取る

 

そして背後、足音がするのがわかる

それは

 

「正純様、ホライゾン・アリアダスト、ただいま推参しました」

 

ホライゾンだ、彼女は手に悲嘆の怠惰を持ち

 

「正直どうしたものでしょうか・・・このように皆さまの注目を集めてしまっても面白い事の一つも思い浮かばないのですが・・・」

「いや、あの?ホライゾン?今ちょっと私に話させてくれないか?」

「おや・・・では皆さん、正純様が何か面白いことをおっしゃって下さるようです」

「へ?」

 

ホライゾンがいったん下がる

そして周囲が一様にこちらに注目する

 

いやいやいやいやいや!今は違うだろ!

 

今は休戦宣言が大事なはずなのだが、何故か皆がこちらを向いて拍手までしている

この空気では何かやった方が良いのだろうか

三征西班牙の学生はもとより康景すら腕を組んでこちらを見据えていた

お前もかい!

気付けばネシンバラも表示枠で引き延ばせというジェスチャーをしている

英国に近づくまで時間を稼げという事か・・・

 

「では、そ、その・・・神代の時代の笑いの神の力を借りよう」

 

咳払いし、なるべく低い声で言った

 

「16xx年!地球は末世の炎で包まれた!」

 

頷いてから

 

「どうも、歌丸です」

 

********

 

康景は、正純が滑ったのを見た

しかも盛大に、自分が言うブラックジョークくらいに寒くて滑ったのを見た

うわぁ・・・

 

「あれは無いよねぇ・・・あれは」

 

同情の念しか感じ得なかった

 

しかし、そこで戦場に変化があることに気付く

立花誾がいない・・・!

既に誾は白虎の手に乗り、まさに投げられる瞬間だった

 

「・・・そうかよ」

 

康景はぶち切れる寸前にまで怒りを感じた

こちらは休戦を申し込もうとしているのに向こうは正純を打ち取る気らしい

大事な人を奪われたり傷付けられたりしたらそれは誰だって怒る

三河で"西国無双"としての立花宗茂という誾にとって大事な存在が襲名解除されれば、それはやはり怒る

しかし、あの騒乱の時、対峙して勝たなければこちらがホライゾンを失っていた

それを三征西班牙が否定するという事は

 

自分達はダメで俺たちならいくら搾取されても良いっていうのか?

 

康景には少なくともそう感じられた

それ故の怒りである

相手がそう出るのなら、話は簡単だ

 

こっちも容赦はしない

 

康景は表示枠で正純に

 

「ホライゾンと一緒に伏せろ」

 

短く言った

 

******

 

正純は白虎の投擲によって投げられた誾が輸送艦に来たのを見た

彼女はこちらに向き直り

 

「三征西班牙アルカラ・デ・エナレス所属第三特務、立花誾――――参ります」

 

呆然と棒立ち状態になっている正純に向かって、聖術による加速を伴い剣をホールドして突進してきた

どうすればいいんだ?!

非戦闘系の要職者である正純にはこういう場合の判断がすぐさまできなかった

だが不意に

 

「ホライゾンと一緒に伏せろ」

 

康景が表示枠から冷たい声で言うのを聞いた

そのドスの利くいた声にぞっとしつつ、康景の言う通りに動いた

誾から向かって正純の背後にいるホライゾンを押し倒し、伏せる

次の瞬間

 

「!?」

 

誾の驚く声と共に剣が砕ける音を聞いた

 

****

 

誾は目の前で起こった状況を瞬時には理解できなかった

まず天野康景の声が本多正純の表示枠から聞こえたと同時、本多正純とホライゾン・アリアダストが視界から一瞬消え

 

「!?」

 

前方から飛んできた何かによって自分の剣が破壊された

今のは・・・!?

砕け散った自分の剣の残骸と、先程まで天野康景が持っていた剣と思われるものだ

まさか・・・この距離を・・・?

起こった事実は単純明快だ

天野康景が槍投げの用量でこちらに剣を『投擲』したのだ

剣は槍投げの用量で投げるような代物ではない

それを正確に、こちらの剣だけ狙ってくるとは、やはり化け物か何かなのだろうか?

 

「一番の障害はやはり貴方でしたね・・・」

「こっちに来いよ・・・お前の仇は俺だろう?」

 

指揮官に居る康景の目はもはや人間の目とは言い難かった

獣か、異常者の目

誰だろうと邪魔する者は殺す

そんな目だ

その目に、一瞬だけ身体を強張らせる

そしてこちらに向けて走り出した

 

その時だ、槍が、目の前まで迫っていた

二代だ

横払いによる攻撃が、目の前まで来ていた

それを壊れていない剣で凌ぐ

 

「くっ!」

 

目の前に倒れている目標と距離が生じる

邪魔を・・・!

だがそれと同時に自分の周囲が暗くなるにに気付き、上を見る

 

「食らいなさいな!」

 

木箱が己に落下した

 

******

 

「きゃあああああぐちゃぐちゃあああ!」

 

目を両手で覆うが、その様子を見ていた直政が

 

「アンタなんか楽しんでないかい?」

 

直政を始めとした武蔵の殆どが浅間を半目で見るが、同時に大音が生じる

直後誾に落ちた木箱が爆散し

 

「"十字砲火"――――私の義腕の二律空間から出したものです」

 

誾が何事も無かった様に木箱を壊して出てきた

 

戦場ではその砲撃を合図として戦場では動きが再開される

そして現場指揮の房栄は一つの判断を下す

 

「総員後退」

 

そして輸送艦甲板上でこちらに対し悲嘆の怠惰を構えている者が居た

ホライゾン・アリアダストだ

 

「・・・皆に後退させたのは別にそれを撃たせるためじゃないのよね、と・・・フーさん!今よ!」

 

その発言と共に自分たちの副会長であるフアナが指揮艦の上に立つ

彼女は骨の様な剣を構え

 

「嫌気の怠惰!」

 

その言葉と共に、武蔵側に束縛の力が襲った

 

*******

 

青白い流体光の輪が、武蔵の学生たちを拘束する

 

「重い・・・これは・!?」

 

嫌気か・・・!?

正純の胸部が流体光によって拘束されている

それを証明するように

 

「大罪の嫌気、その人が持つ"自分にとって悪である"部分に力が働きます」

 

応じる様にそれぞれが嫌気を感じてる部分を拘束されている

正純と同様に胸部を拘束されているミトツダイラは

 

「べ、別に私、胸の事なんて気にしてませんのよ?ねぇ正純?」

「なんで私に振るんだ!?」

 

だが視界、自分達以上に拘束されている存在に気付く

・・・ホライゾン!

ホライゾンは腕や足、腰や胸等、至るところが拘束されていた

 

「感情を奪われた自動人形の身・・・何もかもを足りないと思っているのですね?」

 

誰にだってそんなことはあるだろう・・・!

正純はフアナが告げる言葉に寒気を感じた

 

「・・・それに"死神"の対処法もわかりましたしね」

「え?」

 

告げられた言葉が、正純には理解できなかった

 

"死神"?まさか・・・!?

 

皆が一様にその存在を見る

康景が、ほぼ全身を拘束されていたのだ

 

「・・・」

 

口元がギリギリ見える程度で膝をつく康景は苦しそうにしている

その様子を見たフアナは

 

「・・・意外です、"死神"にも感情はあったんですね。三征西班牙の学生たちを大量に殺した自分自身に嫌気でも?」

 

正純はその言葉に怒りを感じた

やめろ!康景をそんな風に言うな!

だがそう言おうとして先に康景が口を開いた

 

「・・・馬鹿言ってんじゃねぇよ・・・俺が殺してきた奴に罪悪感を感じる?ハッ、笑わせないでくれよ」

 

吐き捨てる様に、言う

 

「言っておくが、俺は戦う前に『戦う気が無い奴は失せろ』と、ちゃんと告げたぜ?・・・それでもお前らがホライゾンを殺そうと向かってきたんだから自業自得だろ?」

 

憎悪に満ちた声で、フアナに告げる

 

「俺が嫌気を感じてるのは別に俺自身じゃない・・・俺が嫌気を感じているのは・・・俺が嫌で嫌でしょうがないのは・・・"この世界のすべて"だ」

 

お前は・・・

正純は康景になんて声を掛けるべきか解らなかった

家族を、師匠を失い、自分たちの大事なものを守るために奪う事を選んだ男の言葉に、武蔵側の生徒は誰も声を掛けられなかった

だが康景は笑うというより馬鹿にした声で

 

「それにさぁ・・・こんなありがちな戦法に俺が気づかないとでも?・・・このド三流が・・・俺がわざわざお前らの三流戦法に引っかかったのは『馬鹿全裸』から目を逸らさせるためだ」

 

康景が告げた向こう、甲板上に立つフアナの背後、我らが馬鹿が全裸で立っていた

 

 




最後の方の"この世界の全て"は一度使ってみたかったのでここで使いました

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