境界線上の死神   作:オウル

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※ 加筆修正しました



アルマダ海戦
一話 前編


平和とは準備期間だ

 

ならば平和の次に来るのは?

 

配点(平和と戦争)

 

―――――――

 

夢を見た。

無数の屍の上に、俺が立っている。

血に塗れながらただ佇んでいる。

しかし、その屍の上に立っている自分は、今よりかなり幼い。

そこで背後から声がかかる、

 

 「きょうもたくさんころしたね」

 「……」

 「これだけころせば、とうさんたちほめてくれるかな?」

 「……」

 

女の子の声。

彼女も自分同様血塗れだ。

 

 「でもやっぱりおにいちゃんはすごいや!わたしよりいっぱいころしてるもの!」

 「……」

 

 たくさんの人が死んでいるのに、少女の目は玩具で遊んでいる子供の様に輝いている。

 

 お前は……?

 

 「いつかはおにいちゃんをこえられるひがくるのかな?」

 「さぁな、おまえは『―――』だからな、おれなんかよりつよくなれるだろ?」

 「だったらいいんだけどなぁ……いつか『あのひと』をこえられるように、ふたりでがんばろうね!おにいちゃん!」

 

少女がこちらを背にして走り去る。

その少女が、誰なのか、康景にはどうしても思い出せなかった。

 

 お前は……誰だ?

 

 俺は……何だ?

 

*******

 

奇妙な夢から目覚めた康景は、全身汗だくだった。

三河の騒乱以来、妙な夢を見る。

康景には親の記憶がない。

育ての親ではなく、生みの親。

いくら思い出そうとしても、思い出せなかったので十数年無視してきた。

そして、

 

自分を『お兄ちゃん』と呼ぶ少女。

 

夢で出てきた少女が、誰なのかはわからない。

しかしあの陰惨な夢が自分の過去ならば、子供の頃から人を殺していたことになる。

康景にはそれが少し怖かった。

今さら自分がどう思われようと、知った事ではないし、自分で選んだ事だ。後悔はない。

だが、ホライゾンたちと会う前の自分が一体『何』なのか、自分が未だに正体不明であることが、恐ろしくもある。

 

外は未だ薄暗い。

嫌な汗をかいたのでシャワーを先に浴びよう。

そう思った時、不意に自分の隣で寝てる喜美に気付く、

 

 「すぅ……」

 「なんで俺の布団で寝てんだお前……」

 

小さく呟く康景の左腕は、喜美が腕枕にしていたので軽く痺れていた。

昨日、というかここ二週間でかなりの割合で喜美が家に泊まる(二日に一回くらい)。

二週間のうちに、多くの人が家を訪れるようになった。

 

先週も三年梅組の大半が家に泊まっていった。

それ自体は別に構わないのだが、ちゃんと客間を貸しているのに朝起きるとこうして自分の布団に入られてるのは未だに慣れない。

ちょっとしたホラーである。

 

康景は苦笑いして喜美の髪を撫でる。

喜美の頭を起こさないように腕から枕に移す。

康景は抜き足差し足で台所に向かい、シャワーを浴びるよりも先に朝食を作り始めた。

 

*******

 

三河での騒乱が終わってから二週間、武蔵では束の間の平穏が訪れていた。

しかしその平和期間でも、三年梅組にはオリオトライ式の(地獄)訓練を行っている。

左舷二番艦、村山にある公園で朝の訓練が終わった一同、

 

 「はーい、じゃあ今日の早朝訓練はここまでね……皆村山までなら振り落とされずについてこられるようになったわね」

 

茂みで座り込む一同。

そんな中アデーレがスポーツドリンクを飲みつつ、

 

 「毎度毎度思うんですが、なんで康景さん先生相手にしてそこまで平然としてるんですか?」

 「五、六年似たような事やってるからな……そりゃあ慣れるさ」

 「前々から思ってたんですけど、康景さんって普段先生とどんな練習してるんですか?」

 「んー……」

 

康景は顎に手を当て懐かしむように、

 

 「基本は目隠ししながら先生と斬り合いとか、素手で先生の攻撃を捌くとかそんな感じかな?」

 「何ですかその下手したら死人が出そうな訓練……!?」

 

康景は汗こそかいているが平然とスポーツドリンクを飲む。

康景だけでなく、二代も汗はかけども平然としている。

その二人を見て全員が、

 

 「「お前らなんなの?」」

 

化け物クラスが二人になった事で武蔵の戦力が一層増した。

そんな三年梅組の仲間の視線を気にせず康景はスポーツドリンクを飲む。

そこで背後から喜美が、

 

 「あ、飲み物忘れちゃったわ~♪康景、それ、この賢姉によこしなさいよ」

 「わざとらしいなぁ……全部飲むなよ?」

 「じゃあ貰うわね」

 

全部飲むなという忠告を無視して勢いよく飲む喜美、

 

 「あ、半分以上飲みやがったコイツ」

 「フフフ、問題なのはそこじゃないの、いい?重要なのは『間接キス』よ!!」

 「!?」

 

そのやり取りを聞いていたミトツダイラが『しまった!』みたいな顔をしていた。

 

 「ネイトもさぁ、そこ別に驚くとこじゃないだろうが・・・」

 

ミトツダイラが驚いている理由をいまいち察していない康景であった。

 

 「まぁいいじゃない、別に減るもんじゃないんだし」

 「いや俺のドリンクは減ったよ」

 「細かいわねぇ、じゃあ何かして謝ればいいの?まさか身体!?身体ね?!ククク、この欲しがりめ」

 「なんでお前はすぐそっち方面に持っていこうとするんだ・・・特には無いかな」

 「欲のない男ね、何も無いの?」

 「何か無いの?って言われてもなぁ……だったら今度朝飯作ってくれよ」

 「そんな事で良いの?」

 「だってここ二週間俺がほぼお前の朝飯作ってんだぞ?たまにはお前が作ってくれてもいいだろう?」

 「フフフ、この賢姉に朝ご飯を作らせるなんて、軽く後悔するといいわ!」

 「何を後悔するんだよ……」

 

喜美が笑い、康景も思いのほか楽しそうに談笑している(顔は笑ってないが)。

そして康景と話を一通り終えた喜美が浅間に駆け寄り、

 

 「私に男子の舌を唸らせるようなエロっエロな料理の作り方教えなさい」

 「私の作る料理=エロみたいに言わないでください!……っていうか康景君は作ってもらえた時点で満足すると思いますよ?」

 「作るだけで満足しないのが良い女よ!」

 「良い女とエロい料理の関連性ってあるんですか?」

 

そもそもエロい料理とは何なのか?

そこから疑問だった。

だが他に変に思う点がある。

 

二人が騒乱の後から、前以上に仲良くなっている気がする……。

 

その様子を気になって浅間は皆に聞いてみた。

 

 「なんだかあの二人、三河以降、前より仲良くなったと思いませんか?」

 「そうで御座ろうか?自分あんまり違いがわからんで御座るが?」

 「前からあんな感じじゃありませんでしたか?」

 「スキンシップが前より増してるような気もするんですが」

 「喜美ちゃん前からあんなだったと思うけど?」

 「考えすぎじゃないかしら?」

 

明確に何が違うか、と言われればはっきり言えないが、何かが違う。

浅間の中で何かが引っかかるが、それが何かは解らなかった。

 

 「トーリ君何か知りませんか?」

 「ん?姉ちゃんの事?ヤスの事?」

 「どっちもです」

 

トーリがくねくね回りながら考える。

途中ホライゾンの尻を触ろうとして殴られるが、それは無視した。

 

馬鹿は起き上がり、

 

 「んー詳しくは俺も知らね、もう一回付き合いだしたとか、そんな話も聞かねぇなぁ」

 「そうですか……」

 「なんか問題でもあんの?」

 「いや……私は別に何の問題もないんですが……」

 「?」

 「ミトが……」

 「「ああ……」」

 「なんで皆さんそこで納得するんですの!?」

 

ミトツダイラが見るからに羨ましそうにしてたので、浅間は気を遣っていたのだ。

その指摘に慌てたミトツダイラは、

 

 「べべべ別に何とも……思ってませんわ、ええ、大丈夫ですとも、本当」

 「「思ったより効いてるな……」」

 「だ、だから大丈夫だと言ってるではありませんか!?」

 

確かに、トーリが言うように浅間を含め誰もそのような話は聞いていない。

前の様に皆に黙って隠していることも考えられるが、彼らがそのような関係になった様子もみられない。

 

ならこの違和感は何なんだろう?

 

浅間は不思議に感じていた。

そんな中ホライゾンが、

 

 「トーリ様、昨日御要求があった通り、ホライゾン、ちょっと朝早起きして粉末ドリンクにチャレンジしてみました・・・お飲みになりますか?」

 「お?!マジで?じゃあありがたく頂くわ!」

 「昨日康景様に教えていただいた"コーンスープ・ザ・カレー豚骨"です」

 「ウボァー!」

 

盛大に噴き出し、腹を抱え足を震わせて、

 

 「ヤス!お前ホライゾンになんてもの教えてんだ!」

 「ホライゾン・・・それは教えたんじゃなくて、お前がやってた調理法はヤバいからやるなっていう意味だったんだが・・・」

 「おや?てっきり"やれ"という"フリ"かと・・・」

 「まぁ・・・いいんじゃないか?被害がトーリで済めば」

 「jud」

 「お前ら俺の扱い相変わらずだな!十年前も今も全く変わってねぇ!」

 

ホライゾンは康景に親指を立て、康景もそれを返す。

 

仲いいですねこの二人も……。

 

ホライゾンが康景を様付けするのは、呼び捨てにするのが互いに「違和感がある」という理由からだが、関係は良好そうだ。

ホライゾンの保護者を店主に設定したので、彼女は今青雷亭で住み込んでいる。

康景の家から青雷亭までの距離を考えるとその方が安全だと判断したのだ。

 

しかしこうやって料理教えて?たりするのを見ると、普通の姉弟ですね……。

 

 「ホライゾンの方のボトルは何だよ?・・・」

 「これですか?これは普通に作ったものなので面白みもありませんが・・・飲みますか?」

 「普通のあるのかよ?!じゃあそっちくれよ」

 

ホライゾンが持っていたボトルを受け取ったトーリが勢いよくそれを飲む。

 

 「普通の"スポーツドリンクカレーverマヨネーズ入りタイプ"です」

 「カメェェェッー!」

 

トーリがまた噴き出した。

 

 「二度ネタだったので面白みが薄いものだと思ってたんですが・・・意外性はありましたね」

 「うーん、まさか「ネタとしては微妙じゃない?」って話した次の日にこのネタを持ってくるとは・・・流石ホライゾンだな」

 「そういう問題じゃあねぇよ!」

 

愛想のない二人だが、何故か満足そうに見えてしまう。

あのトーリに対する扱いも、思い返せば十年前のままだ。

そう考えると、喜美と康景に関する疑問もまた考えすぎかもしれない。

ミトツダイラの反応もまた、喜美が康景の「元カレ」だという事実を聞いたが故の先入観かもしれない。

 

浅間はそう判断した。

 

*****

 

正純は木陰で康景のやり取りを見ていた。

 

私もあれくらいガンガン行けたらなぁ……!

 

喜美の積極性について参考にしつつ、自分がそうできない事を悔しく思った。

ここ二週間で正純も自分なりに康景と交流を深めた方だとは思う。

康景の家に一回泊まったのは大きいだろう(空腹で倒れた所を介抱されてそのままなんだかんだあって皆で集まって泊まっただけだが)。

しかし康景と喜美のやり取りを見ていると、やはりまだまだだとも思う。

店主も、

 

 「あの馬鹿はどっちかというと受け手だからねぇ・・・仲良くなりたいなら積極的に行かないと多分気付かないだろうね」

 

と言ってくれてるし、もっと積極的に行こう、そう思った時、

 

 「どうした?正純、浮かない顔して」

 「きゃあああ!?」

 

気が付けば康景の顔が目の前にあったので、思わず声を上げてしまった。

 

びっくりしたぁ!

 

正純の奇声に周囲がこちらを見る。

その視線に思わず恥ずかしくなり俯く正純。

 

 「大丈夫か?」

 「あ、ああ、大丈夫だ」

 

お前のおかげだけどな!

 

正純は思わずそう言いそうになり口を噤む。

 

 「何か私に用か?康景」

 「なんか浮かない顔してたから、心配になって」

 

心配されている。

それは素直に嬉しいが、その悩みの原因も康景であることに複雑な気分になった。

 

 「あ、ああいや、今後の事を考えてて」

 「アルマダか?」

 「・・・そうだ」

 

アルマダ海戦。

英国と三征西班牙の戦争で、決着としては英国が勝つが、歴史再現では解釈がある。

なので三征西班牙が素直に負けを認めるとは考えにくい。

 

その戦争が、近日行われるのではないかと言われており、もしかしたら武蔵が英国に着くのが契機になるかもしれない。

英国に行く事への懸念の一つがそれだ。

 

まぁ、今実際に心配していたのは別の事なんだがな……。

 

それは口が裂けても言えなかった(恥ずかしくて)。

 

 「そうだな、英国も大罪武装保有国で、三征西班牙もまだ武装が一つ残っているし、何より聖譜顕装もある。アルマダにもし介入するとして、それらの武装を含めた戦力と戦うのが武蔵にとって得か否かはまだ判断に悩むしな」

 「逆に英国には艦隊の編成が整っていないと聞く、交渉次第では英国と友好な関係が築けるかもしれないぞ?」

 「……確かに、ヴェストファーレンに向けてどちらかと言えば中立的な英国とは友好国になっておきたいよな」

 「ああ」

 

康景は俯いてから、

 

 「……悪いな」

 「何が?」

 「お前に交渉任せっきりで、戦う事しかできないから役に立たないしな俺」

 「そ、そんなことは無いぞ!」

 

正純は思わず声を荒げた。

康景はその声に思わず目をパチクリさせる。

自分が思わず声を荒げてしまった事に赤面する正純だったが、続けた。

 

 「ゴホンっ……私は臨時生徒会の時とか、私生活もそうだが、お前の助言とか心遣いとか、色々助けられてる。だから役に立たないとか、言わないでくれ」

 「お、おう……すまな、い?」

 「い、いや解ってくれれば、いい///」

 

何だこれ!すごい恥ずかしいぞ!

 

気が付けば皆がニヤニヤしてこちらを見ていた。

くっそ!何だお前ら!見世物じゃない!

 

*****

 

正純が康景に言った言葉を聞いた喜美は思う。

確かにああやって自分を貶して自身を傷つける所が、康景には昔からあった。

多分無意識だろうが、これを機にやめてくれればいいな、とそう思う。

 

喜美にはもう一つ懸念がある。

康景は三河での一件以来、"死神"という字名が付けられた事だ。

町で歩く時も、やはり三河での活躍を目にし耳にした人たちの中には康景を避けたり怖がったりする人もいる。

康景はその事に関して、

 

「死神……なんか中二……ネシンバラみたいで嫌だな」

 

と冗談で言っていたが、

 

内心どう思ってるのかしらね?

 

康景はあまり本心は語らない。

祝勝会の後も、喜美が康景の所に行かなければ今後の事を考えて資料を漁ったりして休まないつもりだった。

人より余計に、自分から荷物を背負おうとするのは多分康景がとんでもないお節介焼きな性格だから直すのには時間がかかるだろう。

しかも人一倍不器用で他人からはよく勘違いされる。

 

康景の本質は誰よりも優しく、誰よりも非情になれるという矛盾した性質だ。

 

三河で多くの命を奪い、その上で死神なんて字名を付けられた。

ああやって普通に接してるが、内心どう感じているのか喜美にはそれが心配だった。

ああいう風に自分から茨の道を進んで非情に徹しているが、彼の心が脆いことも喜美は知っている。

塚原卜伝の時がいい例だ。

だが康景は前回の一件で他人を頼ることを覚えた。

だからいつか、もし心が壊れそうになった時は、自分をまず頼ってほしい。

そう思い、喜美は康景を見つめた。

 

*****

 

三征西班牙の丸い石造りの天井を持つ広間で、立花誾は膝をついていた。

目の前には長身巨乳で長寿族の女で、三征西班牙副会長兼会計のフアナだ。

その後ろでは総長兼生徒会長のフェリペ・セグンドがモップで床を掃除している。

 

 「立花誾」

 「三河より帰還してそのままここに呼び出された理由は理解していますね?」

 「―――Tes」

 

彼女は告げた。

 

 「アルカラ・デ・エナレス総長連合及び生徒会は、第一特務ガルシア・デ・セヴァリョス、立花宗茂の内、立花宗茂の襲名を解除する事に決定しました」

 

誾は息を飲んだ。

 

理由は明白である。

 

西国無双の名を冠する立花宗茂が、国の戦力たる大罪武装を奪われてしまったからだ。

三征西班牙は外資等で経済を保っている国だ。国家の弱体を示す材料は投資の渋りを招く。

故に国の実質的な経営を担当しているフアナの判断は正しい。

だが、

 

「副会長」

「何です?」

「前線に出る許可を頂きたいと思います」

 

誾の中では納得がいっていなかった。

 

宗茂様が、宗茂様ではなくなる……。

 

確かに三征西班牙は極東に退けられ、そして西国無双、立花宗茂も本多二代に負かされた。

しかし、立花宗茂の敗北には思わぬイレギュラーがあったのも事実。

 

天野康景……。

 

あの男が宗茂と相対していなければ、宗茂は武蔵に超過駆動による砲撃を行い、武蔵を浮上させないようにできたかもしれない。

あの男が来なければ、本多二代はそのまま負けていたかもしれない。

 

全てはIFの話だが、あり得たかもしれない出来事だ。

 

あの男さえいなければ……!

 

だから、

 

 「武蔵への大罪武装奪還と雪辱戦の戦線に加わりたいと思います」

 「……しかし、貴女は夫である立花宗茂より弱いのですよね?そしてあの死神……天野康景にも敗北を喫した」

 「副会長、その説明には誤りがあります」

 「?」

 「確かに私は宗茂様より劣っています、ですが天野康景との決着はついていません」

 「……どういうことですか?」

 

あの男は戦場で一つミスを犯した。

それは、

 

 「あの男は、私に対して止めを刺しませんでした。それはつまり私との『決着』は付いていないと判断できます」

 「……」

 「なので宗茂様より弱い私が武蔵とその副長である本多二代、そして天野康景と決着をつけ勝利することで矛盾が生じます。宗茂様の敗北も"何かの間違い"であると示せるでしょう」

 

自分が勝つ事ですべての三征西班牙の負債を返す事になる。

そう告げた。

 

フアナは何か考えるような素振りを見せ、

 

 「では……」

 

しかし、フアナの言葉を遮るように後ろで扉が開く音がする。

数人の影が広間に入ってきた。

 

 「うぃーっす! 副長、弘中隆包以下総長連合が緊急の報を持って来たぞ」

 

入ってきたのは三征西班牙の総長連合副長、野球部主将の弘中隆包。

 

そして彼より頭一つ分高い身長の陸上部主将、江良房栄。

 

二人は霊体で、レパントの海戦で死亡しているが、霊体となって三征西班牙の総長連合を支えている。

二人の背後にはまだ影があった。

 

ぺデロとフローレスのバルデス兄妹だ。

 

二人とも野球部で、総長連合だが、付いた字名が"四死球"。

 

……野球部がそれでいいんでしょうか?

 

 「んだよ、ベラのオッサンはいねぇのか?」

 「おいおい!俺も一応居っから仲間外れにすんないよ?今ぁ新作エロゲ作ってて忙しいんだよ」

 「いい歳してエロゲで稼ぐなよ……」

 「馬鹿、老いた方が色々解ってて面白ろいもん作れるんだよ」

 

女性陣が半目でその背後の扉から顔を出した長寿族の男を見た。

 

三征西班牙の書記、ディエゴ・ベラスケスだ。

 

 「……それで、何用ですか?」

 「西側の空で武蔵の気配を感知したそうです、と。恐らく航路巡行のマーカーをつけるためにステルス航行を緩めたんでしょうね」

 「武蔵……あの人に報告すべきでしょうね」

 

フアナが眉をひそめる。

 

 「しかしあの人は何処に行ったものでしょうか、先程から姿が見えず……」

 「「え?」」

 

フアナ以外の全員が顔を見合わせた。

そして誾が代表して、

 

 「副会長?」

 「何です?」

 「総長なら、そこに」

 

誾が指さしたフアナの背後で、フェリペ・セグンドがひたすら床をモップで磨き上げている。

その床はもう埃一つなく、もはや鏡じゃないか?と言わんばかりに磨き上げられていた。

 

 「一体何してるんですか!? 三征西班牙が切迫した状況にある中、その総長兼生徒会長であるフェリペ・セグンドともあろうお方が……!」

 「い、いや、仕事の方はフアナ君がまとめてくれてるし、僕にできる事なんてこれくらいしか……」

 「そ、そういう問題ではなくてですね!」

 

中年のオッサンが鏡の様に磨き上げられた部屋で、部下に畏まって頭を下げている姿がなんだかとてもシュールに見えた。

 

******

 

木造校舎三階、その窓の縁に座っている点蔵はただ空を眺めていた。

これは別にサボりではなく、シフトを組んでの空の警戒である。

先程小等部の方で馬鹿が投げ出された音が聞こえたが、それは基本無視(いつものことなので)。

しかし背後の生徒会室に居た鈴とアデーレがこちらに近づいてきた。

 

 「い、今の、多、摩のほ、うで、ばくはつ?」

 「ああ、その辺は大丈夫で御座ろうよ。トーリ殿とホライゾン殿が正純殿と一緒に居るで御座ろうし」

 「た、のし、いのか、な?」

 「自分彼女を持ったことが無いので解らんで御座るが……」

 「ご、ごめん、なさ、いっ、私、わ、悪い事、聞い、ちゃった?」

 「いや、まぁ自分の好みの問題もあるで御座るしなぁその辺」

 「第一特務はどんな女性が好みなんですか?」

 「やはり自分は金髪巨乳で御座るよ!!!」

 

自信満々に応える点蔵に、女性陣が審議を始めた。

 

 「そういうところがあるから同属性のナイちゃん駄目なんだと思うんだけどなぁ」

 「巫女としてもそういうのどうかと思います」

 「忍者なのに忍んでる気配ないわねこの忍者!いっそのこと金髪の牛とでも結婚したら?」

 「なんでこっちの会話に乱入してるので御座るか!」

 

確かに自分は金髪巨乳を人生を信仰しているが、それと自分がモテないのは全く別問題だと主張したい。

自分の異性への好みに対して信仰を持つのは決して悪い事ではないと自分は信じている、

 

それと自分がモテないのは全く別だ。

 

だがそこまで考えて現実問題として自分がモテない現実に打ちのめされる。

 

康景殿とか、エロゲ信仰とか全く関係ないで御座るからな……。

 

あの男はエロゲに関しては『教師』ものを専門にしていながら実際には馬鹿の姉と付き合っていた過去があるため、実際その辺どう思ってるかがわからない。

てっきり担任を攻略するつもりなのかと思っていた矢先の喜美の元カノ発言である。

 

エロゲ云々と現実を混同しない方が良いので御座ろうか……?

 

だが点蔵にも意地(笑)がある。これまで培ってきた金髪巨乳への信仰をおいそれとは捨てられなかった。

鈴が黙り込む点蔵に気を遣って、

 

 「いい、人が見、つかると、い、いね」

 

鈴がフォローする。

 

 「トーリ君、今ま、で、以上に頑張っ、てるか、ら点蔵君もそういう人が出、来たら今以上に頑、張れるんじゃな、いか、な?」

 「そういうもので御座ろうか・・・」

 

トーリは、自分の嫁を救うために世界征服宣言をした馬鹿だ。

もし自分にもそういう相手が出来たのならそう思えるものなのだろうか。

そして点蔵はもう一人の馬鹿を思い出す。

 

あの御仁の場合、本気で惚れた相手の為なら国の一つや二つ滅ぼしかねないで御座るな……!

 

点蔵が思うに、康景は多分ヤンデレ気質だ。

 

惚れた相手へのデレは相当なものがあるだろう。

 

康景の武蔵内での評価は十人十色様々だ。

三河での騒動以来、彼に恐怖する者もいれば尊敬してる者もいる。

彼を尊敬する者の多くは後輩だ。

一部熱狂的なファンがいるとかいないとか。

 

……ああいう天然馬鹿キャラの方がモテるので御座ろうか?

 

いや、アレは特殊すぎる、参考にはならないだろう。

そして三年梅組の男衆の顔を思い出す。

 

トーリ→論外

ウルキアガ→ただの姉好き、参考にならない

シロジロ→金外道、ハイディがいるがこれも特殊案件

ネシンバラ→歴史オタ、話が長い

ハッサン→カレー

ノリキ→愛想が悪い

イトケン、ネンジ→そもそも体質が違いすぎて参考にできない

御広敷→ただのロリコン、論外

東→すでに一児のパパだがこれも案件としては特殊

 

だ、誰も参考にならんで御座るな……!

 

点蔵は現実の厳しさを悟った。

 

*******

 

ステルス航行が解除され、空が見え始める。

視界による変化が解らない鈴は、その変化を聴覚で判別するしかない。

一年をかけて極東を一周する武蔵の一員である鈴にとって、ステルス航行解除を判別するのはもう慣れたものである。

 

ステルス航行が解除された瞬間に聞こえてくる外界の音。

昔はこの感覚が苦手だったが、今では何ともない。

しかし今回の外界から入ってくる音には違和感があった。

最近どこかで聞いたような、機械的な音。

 

 「三征、西、班牙の、船?」

 

次の瞬間、艦内に"武蔵"による警報が鳴り響く。

 

 「三征西班牙の攻撃艦隊、クラーケン級一艦、ワイバーン級二艦、砲撃来ます!―――以上」

 

*******

 

三征西班牙の戦艦から、武蔵を睨む少女の姿がある。

 

 「天野康景・・・」

 

静かに呟く誾の目が、未だ姿を現さない敵を見据えていた。

 

 




今さらですが二巻ってホント分厚いですよね・・・

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