境界線上の死神   作:オウル

24 / 76
前回も長かったですが、今回も長いです
なんか色々迷走しましたが、やっと一巻も終わりです

※御指摘を受けて、通し道歌の部分は変えました
そして他いくつかの部分も変えます


十六話

明日からの事は仲間に任せなさい

 

だから今は、今だけは

 

休んだら?

 

配点(決着とこれから)

 

―――――――

 

戦場にいる誰もが、過去の罪を否定して戻ってきたトーリとホライゾンを見た。

散った光の壁が桜吹雪の様に舞う。

 

そしてトーリが笑顔で表示枠に酒井から貰ったホライゾンの『推薦入学書』を出してホライゾンに差し出す。

ホライゾンは小さく頷いて、その表示枠に指を乗せた。

 

その瞬間正純があらゆる表示枠を通して、

 

「三河君主ホライゾン・アリアダストは、今武蔵アリアダスト教導院の推薦入学書を受け取り、受理した!この抗争の継続性はもはや失われた!今後の抗争の講和は後のヴェストファーレン会議に預けるものとする!!」

 

直後、北から風が来た。

武蔵の輸送艦だ。

ハッチには直政が立っており、

 

「撤収ー!!」

 

戦場に残る極東勢に撤収の合図を告げ、確保用の巨大ネットを投げた。

輸送艦がネットを引きずりながら低空を飛行する。

 

そしてそれを合図に極東勢が一斉に引き始めた。

 

「遅れた奴は俺がぶった切るぞ!死にたくない奴はとっとと引け!」

 

康景の言葉に、皆が一斉に全力で引いた、というより全力で逃げた。

そんな中、トーリが足を止める。

 

「トーリ、もう一つの大罪武装は諦めろ、お前とホライゾンが武蔵に帰ることの方が今は重要だ」

「・・・」

「トーリ様?」

 

トーリはホライゾンに詫びる様に呟いた。

 

「ごめんな・・・淫乱にできなくて」

 

その台詞に、康景は後ろからトーリの頭を殴った。

 

「痛て!」

「馬鹿言ってないで早く行け!」

「あひん!」

 

トーリの尻を蹴り飛ばす康景。

だが撤退していく康景たちを良しとしない者がいた。

 

「姫の推薦入学だと?!そんなの武蔵に着くまで無効に決まってるだろうが!!帰るまでが遠足だという格言を忘れたか!?」

「誰の格言だよ・・・」

 

康景のつぶやきを無視して、教皇総長は戦士団を差し向けた。

康景は長剣を構え直して殿を務める。

 

「馬鹿が!早く行けよ」

「なんで「行けよ」じゃなくて「馬鹿が」の方に力入れんだよ!?」

「だって馬鹿だろ」

「お前さらっと酷いこと言うよな!」

 

トーリはホライゾンを連れ、確保用の網を掴んだ。

しかし康景の姿はない。

 

「ヤス!」

 

トーリが叫ぶ向こう、康景はまだ足止めの最中だった。

康景は全員が退避したのを見て、走る。

輸送艦は既に浮上を開始している。

 

・・・間に合うか?

 

だが、その時不意にハッチから、

 

「康景!」

 

ミトツダイラが銀鎖を飛ばしてきた。

 

・・・有難い。

 

康景はジャンプした。

 

超人染みた康景の跳躍は、難なく銀鎖を掴み、ミトツダイラがそれを引っ張り上げる。

勢いよく引っ張られたことで、康景はバランスを取るタイミングを失い、

 

「お?おおお?!」

「へ?」

 

ミトツダイラにぶつかった。

 

康景の勢いで、ぶつかった二人がハッチの奥に転がっていく。

そして一通り転がり終えた二人の体勢が、

 

「///」

「・・・」

 

丁度ミトツダイラが足を開くような形になり、その間に康景が倒れ込んでいた(ミトツダイラの股間部に顔を突っ込むような形で)。

その様子を見て一同が、

 

「「((これなんてエロゲ?))」」

 

同じような感想を抱いたのは、言うまでもない。

そこで何が起こったのか一瞬理解できずに混乱していた康景が、

 

「お?え?あれ?」

「///」

「うお!?ネイト?悪かったな」

「あっ・・・」

 

何事も無かった様に元に戻った康景に、ミトツダイラが残念そうな声を出した。

 

「(おい、アイツ自分の股間に顔突っ込まれたのにもっとやれみたいな声出したぞ?)」

「(ミトツダイラってひょっとしてドМ?)」

「(同人ネタに最高ね!!)」

「(っていうか康景さんのラッキースケベヤバくないですか?)」

「(天然って怖いわぁ)」

「(というより女の子の股間に顔ダイブさせたのにすごい平然としてますよ康景君)」

「(よほどの鋼鉄の心臓の持ち主か、よほどの鈍感しかなしえない所業であるな)」

「(ああいうスキンシップも有りで御座るな・・・)」

「(!?!?!?!?)」

 

最後のが誰かの呟きかは言わないが、皆がひそひそ話をしても、心臓が爆音を奏でているミトツダイラには届かなかった。

それらの一切の話と視線に気づくことなく康景は、

 

「上昇だ!」

 

指示を出した。

輸送艦が既に浮上した武蔵に向かう。

 

*****

 

インノケンティウスはその輸送艦を追った。

しかし輸送艦の速さには追いつけず、引き離される。

 

「くそっ!」

 

だがその悔しさを滲ませた叫びと同時、背後で轟音が鳴る。

インノケンティウスが所有する艦である栄光丸が浮上と前進を同時に行ったのだ。

 

「何をしている?!」

「聖下、栄光丸をお借りします」

「か、艦長たちが、自分たちで追うと言って聞かず・・・」

 

背後、栄光丸から下ろされた新入生たちがいた。

つまり栄光丸に残されているのは上級生や艦長クラスの人間だけだ。

 

「聖下がまだご健在なれば、K.P.A.Italia及び旧派は敗北したとは言えませぬ!なので私どもが前部主砲の流体砲を放って武蔵を止めてまいります!」

「・・・返す気はあるのか?」

「Tes!!この身は常に聖譜に献上してる身なれば!」

「ならば行け!貴様らに聖譜の導きあれ!」

 

Tes!!!

 

その掛け声とともに、栄光丸が一気に前に出る。

 

*****

 

白の艦が、武蔵と輸送艦の後を追う。

栄光丸も大きい船ではあるが、武蔵はその倍を超える船が八艦からなる艦群。

その大きさを改めて理解したK.P.A.Italiaの戦士団が、

 

「すごく・・・大きいです」

 

等と感嘆の声を出した。

しかしK.P.A.Italiaにも意地はある。

 

「いけぇ!」

 

栄光丸が輸送艦に激突した。

このまま一気にと思った戦士団だったが、不意に輸送艦のハッチに人影が現れる。

あれは、

 

「本多二代か?!」

「結べ、蜻蛉切!!」

 

東国無双の息女で武蔵の副長が栄光丸の装甲を割断する。

栄光丸の左舷側で煙を上げる。

だが、

 

「まだだっ!」

 

栄光丸は進んだ。

今回の一件で、K.P.A.Italiaは甚大な被害を被った。

 

若いのも老いたのも、多くの学生達の命が、たった一人の男によって失われてしまった。

 

そして、戦闘力などないと思っていた極東が、今旧派の代表に勝とうとしている。

 

彼らの行為は、もはや意地だった。

多くの者を失った事への、負けてはならないという意地。

 

しかし、その意地をもあざ笑うかの様に、輸送艦の甲板に二人の影が見えた。

 

「悲嘆の怠惰の超過駆動です」

 

武蔵の姫が、大罪武装を打ち込んできたのだ。

 

*******

 

悲嘆の怠惰の超過駆動を放つのに送れ、栄光丸が流体砲を放った。

悲嘆の怠惰は大罪武装だが、現状、何故か栄光丸の流体砲に押されていた。

 

・・・何故ですか?!

 

理由は出力の低さだ。

所有者の設定がまだ立花宗茂だったので、それが原因で出力が出ないままだった。

だが不意に悲嘆の怠惰がいきなり起動する。

 

「所有者、ホライゾン・アリアダスト――確認」

「!?」

「ホライゾン様、セイフティ解除"魂の起動"お願いします」

 

魂の起動

 

そんなことをいきなり言われても、ホライゾンには方法が解らなかった。

だがここで魂を起動してセイフティを解除しなければここで負けてしまう。

 

負けたらどうなるのだろうか

 

・・・消えてしまうのでしょうか?

 

疑問に思った。

そして三河の城が消失した湾が視界に入る。

 

あそこは自分の父が消えた場所。

 

ホライゾンは昨日墓地で船から手を振る元信公を見た。

こちらはただ手を振られたから振り返しただけなのに、それでも笑って手を振っていた。

父である元信公がいなくなる、それが解っていたのなら、どんな反応を自分は返せていただろうか。

 

そして自分の家族だったという少年を思い出す。

 

天野康景

 

ホライゾンには彼と家族だった時の記憶はない。

だが彼はホライゾンに読書や知識などを与えてくれた。

彼はこの時まで自分が『ホライゾン・アリアダスト』だとは知らなかったはずだ。

 

・・・どんな気持ちで今回の一件を考えたのでしょうか。

 

そこまで考えて、不意に自分の頬に涙が伝ったのに気付いた。

 

「・・・」

 

心の中で何かがはまったような音がした。

自分が失ったものの大きさと、自分を失って生きてきた家族の事を考えてホライゾンは泣いた。

 

だがそこで肩に力が入る。

 

トーリと康景だ。

二人はホライゾンの肩を背後から支え、

 

「大丈夫だ、ホライゾン!・・・お前の家族と・・・」

「俺、葵トーリはここにいるぜ!!」

 

ホライゾンはいてくれる人がいるという大事なことを、初めて理解した。

昨日の父の笑顔に届くように、そして支えてくれる家族がいること、そして自分を確かにしてくれる人がいるという事を泣き声として空に奉じた。

その瞬間、

 

「魂の起動確認、セイフティ解除」

 

セイフティが解除された。

周囲に莫大な量の表示枠が展開され、

 

「大罪武装、悲嘆の怠惰確認―――流体の不足を確認、葵トーリ様からの流体の供給を許可しますか?」

 

ホライゾンはトーリに振り返る。

トーリは頷き、ホライゾンは供給を許可した。

直後、悲嘆の怠惰が放つ搔き毟りの黒の光が、倍加する。

その搔き毟りの音が自分の内にある感情と似たような音を立てるので、全身の力が抜けそうになる。

 

しかしその背中を支えてくれる人がいる。

トーリと康景だ。

 

トーリはホライゾンに向かって、

 

「歌えよホライゾン!通すための歌を!」

 

その歌えと言われた歌が、何の歌なのかはホライゾンには言われずとも理解した。

 

だからホライゾンは歌う。

 

夜になりつつある空に向かって声を上げる様にして歌った。

 

******

 

康景は、ホライゾンが歌う"通し道歌"を聞いた。

 

「通りませ・・・」

 

康景はこの歌が嫌いだった。

ホライゾンと師匠がよく歌っていたからだ。

この歌を聞く度に、二人の顔を思い出してしまうのでこの歌を聞くのはなるべく避けてきた。

 

でも、今はもう違う。

 

ホライゾンを取り戻し、師匠の事にも一つ区切りをつけることが出来た康景には、もはやこの歌を嫌う理由はなかった。

しかし、今この歌を歌うホライゾンの歌声が、やけに悲しく聞こえた。

 

ホライゾンが歌う、そして悲嘆の怠惰が空を貫くのを見る。

搔き毟りが、栄光丸の流体砲と、栄光丸自体を割った。

 

これで・・・やっと。

 

康景は目の前に起こった事を改めて理解した。

これから長い時間をかけて行われる戦争の初戦が終わったのだ。

 

それが何を意味するのか康景は誰よりも理解している。

ホライゾンが、自分の家族だった者が帰ってきて、トーリは自分自身を赦し、康景もトーリを本当の意味で許した。

だが同時に、これから多くの命を失い、失われる戦争が起こる。

 

自分達の蟠りに一つの区切りがつき、また新たなステージへ旅立つ武蔵。

 

・・・俺は相手から奪う道を選んだ。

 

こちらから武蔵から奪おうとする者へは、容赦はしない。

それでも康景は今自分が奪ってきた人達を思う。

 

そして眼下、ホライゾンが力なく泣いているのを見た。

 

「どうして・・・どうして」

 

そうか・・・自動人形だったお前は、悲しみの意味を知ったんだな・・・。

 

「感情とはこんなにも辛いものなのですか・・・!?」

 

そのホライゾンを、優しく抱くトーリ。

 

「泣けよ、ホライゾン・・・俺がここにいるから、辛い感情、吐き出せよ」

「何故・・・!?」

「全部を取り戻したお前にはもう、嬉しい事しか残ってないんだぜ?今は辛いのを二人で楽しんでいこうぜ、ホライゾン」

 

その台詞を聞いた康景は、

 

そうだったな、お前はもう・・・。

 

泣くことは出来ない。

 

それはそれで悲しい事だとも、康景は思う。

そして泣きじゃくるホライゾンを力強く抱きしめるトーリ。

 

ホライゾンを奪還したというのに、康景は今後の事を思って辛く思った。

 

悲しそうに空を見上げる康景

轟沈していく栄光丸を背景に、武蔵は空を行く

 

*******

 

インノケンティウスは空を去る武蔵を眺めた。

そして不意に、三河の関所で酒井が言っていたことを思い出す。

 

多くを失う覚悟で挑んだ方がいい、か。

 

今回の件で、K.P.A.Italiaと三征西班牙が被った損害は甚大だ。

 

・K.P.A.Italia 死者381人 重傷者167人 軽傷者130人 計688人

・三征西班牙 死者441人 重傷者269人 軽傷者21人 計731人

 

死者合計数は822人 

 

そして"西国無双"立花宗茂が意識不明の重体。

重軽傷者は半人狼と武神がやったが、死者に関してはほぼ天野康景が一人でやったものだ。

 

これほどの戦力差が覆るとは・・・。

 

それはもはや理不尽でしかない。

 

奴らの戦力を見誤った俺の責任か・・・。

 

背後の味方を見る。

そこには疲れ切った顔をしている者や、恐怖に慄く者しかいない。

 

「天野康景・・・まるで死神のようだな」

 

インノケンティウスは康景に畏敬と侮蔑の念を込めてそう言った。

康景は"武蔵の死神"という字名を付けられた。

 

境界線上に"死神"が生まれたのだ。

 

*******

 

後悔通りを艦首側に進んでいく影があった。

オリオトライと酒井だ。

二人は浅草や品川、武蔵野方面の明るさを見ながら歩く。

 

「あの音、どう考えても武蔵野の方でメタル囃子で祭りやってますよね?」

「まぁ今日くらいは良いんじゃない?どうせ明日から普段から康景にやってるような無茶苦茶な訓練・・・もとい授業を皆にもやってくんでしょ?」

 

酒井は笑いながら話した。

オリオトライは苦笑いして、

 

「康景との訓練は同意の上ですし、弟子ですからね・・・あんな死人が出そうなレベルの訓練、そうそうやりませんよ」

「死人が出るレベルなんだ・・・」

「たまに文句とか言われますけど、それでも与えた課題とか全部こなしていくし、物覚えも良いのであの馬鹿を教えるのは面白いですよ?」

「強くなるのは良いんだけどさ、あそこまでやるとはねぇ?」

「半端はやるなと教えてきましたけど、あそこまで全力出すとは思っても見ませんでしたよ」

 

今回の戦争において、功労者は康景だろう。

だが彼が行った選択は、必ずしも正しいとは言えない。

 

自分の仲間を助けるために、自分が憎まれ役を担う事を選んだ。

 

誰よりも優しくて、誰よりも温厚なのが天野康景を襲名した義伊・アリアダストという人物だ。

しかし、同時に為さねばならない事や、家族、友人の事になると、本来の自分を殺してまで非情に徹するのも康景だ。

結果として彼は、今後の戦争において、自分一人が憎まれることで、トーリ達の外敵を払おうとしている。

しかし彼の優しすぎる性格ゆえに、自分が他人から奪う事を悲観視するだろう。

 

そして実際、今回康景は命を奪うだけ奪った。

 

大事なものを守るために。

 

だから康景は今、とても悲しんでいるはずだ。

 

・・・教え方間違ったかな?

 

康景が選んだ道を悲観するオリオトライ。

そこには康景の『失う事』への恐怖心が垣間見える。

家族と師、それらの大事なものを失う事がトラウマになっていることは明らかだ。

心のケアを優先すべきだったことを後悔する。

 

俯くオリオトライに酒井は、

 

「アレだよ、真喜子君のせいじゃないだろ?その辺は・・・」

「まぁあの馬鹿の師匠が塚原卜伝と『あの人』でしたから」

「『あの人』ね・・・彼女も相当滅茶苦茶強かったからね・・・」

 

酒井は上を見上げる。

その様子に気を遣われていることを改めてオリオトライは感じた。

康景の歴代師匠の顔を思い出す。

 

一人目は塚原卜伝。

 

二人目は・・・

 

「『あの人』が武蔵から去っていった原因って私みたいなもんですよ」

「そう言えばそうだったね・・・彼女、今は織田か」

「康景はその事を?」

「知らないんじゃないかな?彼女に言うなって言われてたから、俺が言ってない以上、知らないはずだけど」

「そうですか・・・」

 

沈黙が生まれる。

だが酒井は口を開き、

 

「アイツ・・・昔言ってたよ」

「?」

「『毎日が忙しいけど、先生が師匠で良かった。あの人と一緒に居ると家族が増えたみたいで、楽しいし、退屈しない』って」

「・・・」

「『こんな事恥ずかしくて先生には言えませんから、黙っといてくださいね』なんて念押されたけど・・・あ、俺が言ったの内緒ね?」

 

酒井が笑って続ける。

 

「アイツは確かに馬鹿だけど、師を恨むなんて事は絶対にしないよ。ましてや自分の選んだ道なら、それを師のせいにして逃げるなんてことはしないよ。これは断言できる」

「だといいんですがね」

 

オリオトライは笑った。

だが目の前、ちょうどホライゾンの石碑がある場所にて、血痕があるのが見えた。

 

あれは・・・。

 

「二境紋?」

 

その時、空に音が走った。

 

「―――武蔵より全艦!航空戦艦一艦が右舷側上空を通過!」

 

"武蔵"が全艦へ警告した。

その時、全長八百を超える大型戦艦が武蔵のステルス障壁を破って姿を現す。

 

「P.A.Oda!」

「P.A.Oda五代頂六天魔柴田勝家の船・・・」

 

航路を重ねるなんてミスは、あり得ない。ならば考えられるのは一つ。

 

「挨拶って訳ですか・・・」

「佐々、前田、柴田、丹羽、明智、羽柴の六人、わざわざ揃って顔見せとはね」

 

オリオトライがその六つの影を見た。

その六人の中、小柄な少女が、

 

「      」

 

そう口を開くのが見えた。

そして船が去っていく。

 

今の・・・。

 

オリオトライには、彼女がなんでそう言ったのか解らなかった。

そしてホライゾンの墓の前、血の跡が消えていく。

オリオトライは微かに残った血文字を読み取り、

 

「――Please」

 

英語書かれた文字には、

 

「Please kill me all――」

 

どういう事なんだろうか。

オリオトライはその血文字の意味がすぐには理解できなかった。

 

「さっきの・・・羽柴か?彼女・・・」

「学長も見ましたか?さっきの」

「ああ、なんで彼女、『ごめんなさい』なんて言ったんだろうね・・・」

 

********

 

薄暗い夜の通りを、黒の制服姿の正純と、青のドレスを着たミトツダイラが歩っている。

 

「女子の制服は、なんだか心許ないな」

 

正純は女子連中が用意した女子制服を着ていた。

不慣れで先程からミトツダイラが苦笑いを続けている。

 

「これからどうなさいますの?」

「すでに武蔵は西に向かっているが、そのまま西に行く。東側航路や、北側はどう足掻いても敵の方が多いだろうしな」

「あの・・・私貴女の個人的な今後を問いましたのに」

「え?ああ・・・」

 

ミトツダイラはまたしても苦笑した。

その苦笑に、正純は顔を赤くする。

 

「今後はそういう話もして生きましょうね・・・今の話にも興味があります、武蔵が次に向かうとしたら次は何処ですの?」

「あ、ああ、それは・・・」

「英国・・・だろ?」

 

正純が答えようとしたところで、二人の背後から康景が現れた。

康景は正純の頭に手を乗せて、

 

「英国は極東の土地を支配しないで重奏神州の時の土地をそのまま使ってるからな。重奏統合騒乱では英国は各国と極東の橋渡し役を担った。だからヴェストファーレンを望むならその辺が妥当だろうよ」

「康・・景?」

「なんで疑問形?」

「いやだってお前・・・」

 

正純が見る康景は、普段とは違って見える。

精神的なモノとか、そういう訳ではなく、単純に服装や髪型がいつもと違っていたのだ。

髪は濡れてオールバックで、いつもの白いコートも着ていなかった。

 

「ああ、この恰好?血塗れだったからな・・・シャワー浴びてきた」

「(風呂上りバージョン・・・だと?!)」

 

正純を衝撃が襲った。

 

「そ、その?康景?その姿も何というか・・・その・・・///」

「どうした?」

「に、似合っていますわ!///」

 

恥ずかしそうに康景を褒めるミトツダイラ。

 

お前、それは解りやす過ぎないかな?

 

ミトツダイラの反応がアレ過ぎて、正純が反応するタイミングを失ってしまった。

 

いや確かに似合ってるけども・・・。

 

正純は康景の顔を覗き込む。

 

今ので気付かないのもどうかと思うが・・・確かにこういうのもありだよな。

 

「何?」

「え、あ、いや、なんでもない///」

「?」

 

なんか恥ずかしくなって顔を逸らす。

その原因をただ一人康景は理解していなかった。

 

馬鹿な事をやってる間に、一同は青雷亭前まで来た。

正純が見るそこには、馬鹿共が酒を飲んで駄弁っている。

 

「いやぁ自分はやはり金髪巨乳担当で!」

「じゃあ拙僧は姉キャラで決まりだろう」

「じゃあ、じゃあ小生は・・・!」

「「黙れロリコン」」

「(´・ω・`)」

 

なんの会話だよ。

 

「zzz・・・やす・・・かげ・・・どのzzz」

 

馬鹿共が喋っているほか、二代が酒瓶を抱いて眠っていた。

二代だけではない、正純が知ってる者も、知らない者も、多くの人が青雷亭前に集まっている。

そこで喜美が、

 

「あら康景、アンタ来たのね」

「お前が来いって言ったんだろうが」

「あれ?そうだっけ?」

「これでも急いできたんだぞ?」

「フフっ、冗談よ」

 

ミトツダイラと正純がドキッとした康景の普段見ない姿にさえ動じない喜美。

 

・・・これが元カノの余裕というやつなのか?

 

スタート地点からすでに差を感じる正純だった。

 

そして店主が、

 

「これ誰~?」

 

ジョッキグラスを束で持って出てきた。

 

「いや店主?一応皆まだ二十歳前なんですが・・・」

 

そして喜美が店主の持っていた皿に手を伸ばす。

 

「あんたこういうの太るからって言ってなかったっけ?」

「今日は動いたし、大丈夫よ・・・母さん」

 

正純は違和感を感じた。

 

ん?

 

「・・・親子?」

「ああ、正純さん・・・うちの子の事いつも結構高評価でありがとうね?」

 

愕然とする。

まだまだ未熟だな、と思うが、これから色々な事を含めて知っていこう、そうも感じた正純だった。

 

「善鬼さん、トーリとホライゾンは?」

「ああ、あの二人なら、あれ」

 

店主が青雷亭内を指さす。

 

そこには疲れ切って眠っているトーリとホライゾンが居た。

 

互いに肩を貸すようにして眠っている。

そしてホライゾンが鼻歌のような歌声で、通し道歌を歌った。

 

・・・ホライゾンの魂が覚えていた歌か。

 

子守歌の様に聞こえてしまうのは、自分が母に子守歌として歌って貰った事があるせいだろうか。

解らないままに歌は終わる。

 

「そう言えば明日、ホライゾンが葵に朝飯作るとかなんとか言ってたけど、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないか?少なくとも今度は二人で食べるんだし」

 

康景は続ける。

 

「でも、二人して不味かったら、どんな顔するんだろうな」

 

皆が苦笑した。

 

*******

 

一通り騒ぎ終わったところで、ちょっとした祭りはお開きになる。

女性陣が片づけを始め、それに康景も参加し、結局帰路についたのは夜も更け切ってからだった。

だがその帰路には康景だけではなく、喜美の姿があった。

 

喜美が康景についてきたのだ。

 

康景もそれを邪険にすることなく、一緒に帰った。

康景と喜美は人気のない道を歩いていく。

 

「・・・」

「・・・」

 

沈黙が二人を包む。

しかし康景は喜美といる沈黙の時間が苦ではなかった、というよりむしろ居心地が良かった。

 

・・・そういえば二人で歩くのも、久しぶりだなぁ。

 

最後に喜美と歩いたのは、まだ付き合っていた時だ。

時間が経つのは早いよな、などと爺臭いことを考える康景。

それを見透かしたように喜美が、

 

「アンタ今時間が経つのは早いな、なんて爺臭い事考えたでしょ」

「・・・うるさい」

「フフフ」

「でも爺臭い考えを読んだお前の考えも婆・・・」

「んー?何か言ったかしらぁ?」

「・・・なんでもないデス」

 

康景は得体のしれない圧力に押し黙る。

 

・・・言わぬが吉だな。

 

何気ない会話でも、喜美といる時間は華やぐ気がした康景だった。

 

そして青梅の表層部、一介の学生が住むには大きな屋敷、康景が住んでいる家に着いた。

この家は、康景が塚原卜伝の遺言に従って譲り受けたものだが、一人暮らしなので康景には広く感じられた。

たまにオリオトライが練習ついでに風呂に入ったり康景が作る飯(通称"ヤス飯")を喰っていったり、あまつさえ泊っていったりもするが、それはまた別なお話。

 

「お前結局、最後まで俺についてきたけど、帰りどうすんの?」

「何が?」

「お前こんな夜遅くに一人で帰れんの?」

「・・・」

「考えてなかったのか・・・」

「だだだだだ大丈夫に決まってるじゃないじゃない」

「どっちだよ」

 

あからさまに動揺する喜美を見て呆れる康景。

 

「お前の家まで送るから、もう帰って寝ろよ」

「・・・」

 

だが喜美は帰ろうとはしなかった。

足を止める康景。

無言の喜美の表情が、嫌だと、そう語っている。

 

「はぁ・・・わかったよ、布団用意してやるから、今日は泊まってけ」

「ありがとう」

「・・・いいよ、お前言いだしたら聞かない奴だしな」

 

喜美は家に上がった。

 

・・・ここに先生以外の人上げるの、三年ぶりか?

 

最後に先生以外で家に上げたのは、誰だっただろうか。

 

あ、そういえば喜美だった・・・。

 

康景はしみじみと思う。

 

・・・なんだかんだ言ってコイツといる時間が一番長かったなぁ。

 

「アンタの家ホント何もないわね」

「あるのは、本くらいかな。まぁ座ってろよ、今来客用の布団を・・・」

 

布団を準備しようとして、喜美に袖を掴まれる。

 

「なんだよ」

「・・・」

 

次の瞬間、背中から思いっきり抱きしめられた康景。

背中に喜美の豊満な胸が当たる感覚がする。

 

「あのー・・・喜美さんや」

「なによ馬鹿」

「当たってるんですが」

「馬鹿ね、当ててんのよ」

「・・・そうですか」

 

変な緊張が康景に生まれた。

喜美は康景を後ろから抱き着いたまま、

 

「少し休んだら?」

「はぁ?休むに決まってるだろう」

「・・・嘘つき」

「・・・」

 

参ったなぁ・・・やっぱ喜美はお見通しって訳か。

 

康景は、まだ休むつもりはなかった。

今後の方針や、英国の国内情勢、近隣諸国の動向、要注意人物などを自分なりにまとめておこうと考えていたのだ。

 

喜美は騙せないなぁ・・・。

 

つくづく思う。

本当は青雷亭の祝勝会も、行くつもりはなかった。

あれだけ人を殺した奴と、誰も飲みたくないだろうと思ったからだ。

しかし喜美に呼び出しを受け、迷った結果、結局行ってしまった。

 

皆何も言わなかったが、どう思ってたんだろうか。

 

そんな心配事を蹴散らすように、

 

「皆少なくとも嫌ってはないんじゃない?」

「なんで言い切れるんだよ」

「本当に嫌いな人間が傍にいて酒を笑って飲めると思う?」

「・・・」

 

康景の顔が悲しみで歪む。

喜美の抱きしめる力が強くなる。

 

「今回の件でアンタは多分敵からは相当恨まれてるわ」

「・・・解ってるよ」

「誰かを救うために誰かを殺すなんて事、本当はアンタが一番やりたくなかったくせに」

「・・・それしかできないしな、俺」

「いつもそうやって自分から貧乏くじを引くのね?」

「・・・」

 

康景は何も言えなかった。

そして喜美が康景を後ろに引っ張り、倒れ込む。

しかし頭部には衝撃は無く、むしろ柔らかい何かに当たる。

 

「何やってんの?」

「アンタこんなこともわからないくらい馬鹿になった?『膝枕』に決まってるじゃない」

 

気が付けば康景は膝枕をされていた。

 

「(どうしてこうなった?)」

 

喜美に問おうとするも、視界が喜美の胸で塞がれて喜美の表情は見えなかった。

 

「アンタもホント馬鹿よね、愚弟に負けないくらいには」

「ほっとけ」

「放っておけるわけないじゃない・・・あんな無茶までやって・・・心配したんだから」

「悪かったよ」

「・・・許さない」

「なんだよ・・・許してくれないのか?」

 

許さない、そう言われて胸が苦しくなる。

康景の頭を撫でつつ喜美は、

 

「アンタは許しても次の日にはまたあんな感じで無茶するから、一々許すなんて面倒なのよ」

「・・・じゃあどうしたらいい?」

「そうね」

 

許さないと言った声は、怒気も憐れみもなく、ただ慈愛に満ちた声で、

 

「今は休みなさい、アンタは今回の事で『他人に頼る』という事を覚えたわ・・・なら今は他の事は皆に任せて、寝なさいよ」

 

「許す許さないなんてその後よ」、と喜美が呟く。

その台詞を聞いた康景はなんだか安心した気持ちになった。

 

・・・ああ、そうか・・・俺はお前が。

 

今は皆がいて、皆は優秀だ。だから任せても、大丈夫だろう。

 

今まで張り詰めていた緊張が解けた康景に、急激な眠気が襲う。

人一倍走って、戦って、考えて、恨まれたのだから無理もない。

まどろみの中、意識を失う前に康景は言った。

 

「一つだけ・・・思い出したことがある」

「何よ?」

「お前の膝枕って、居心地いいのな」

「馬鹿///」

 

ホライゾンは救われた。

だがまだ謎は多く、解らない事も多くある。

 

末世、大罪武装、公主隠し、そして、

 

師匠の剣をなんで元信公が持っていたのか・・・。

 

康景はそのことを考えようとしたが、

 

・・・今日はもう駄目そうだな。

 

まどろみに包まれて康景は眠りに入った。

 

******

 

「お前の膝枕って、居心地いいのな」

 

思わぬ言葉に、喜美はなんだか恥ずかしい気持ちになる。

 

・・・今言うのかしらそれ。

 

喜美も喜美で、膝枕はなんだかんだで恥ずかしかったのだ。

過去に一度やったが、それは康景が寝ているうちにこっそりやった。

 

なのに康景は思い出したと、そう言った。

 

あの時起きてたわね・・・!

 

顔から火が噴き出そうなほど熱かった。

だからその照れを隠すように、

 

「馬鹿///」

 

そう言ってやった。

だがその返事はない。

 

・・・反省してるのかしら?

 

自分の胸のせいで康景の顔が見れなかったため、どう思ってるのか判別がつかない。

 

今がチャンスなのかしらね・・・。

 

喜美はここまでに至る途中、様々な事を考えてきた。

 

これからの事や弟、皆の事やホライゾンの事、そして康景の事を。

 

喜美の中で今回の一件は、良くも悪くもいい区切りになったと、そう思う。

だけど色んな事を考えるうちに、何故か康景の事を考えてしまう。

 

私は・・・。

 

「康景?私色々考えて思ったんだけど・・・」

 

康景と付き合った中等部三年の一年間、そして別れて、今に至って。

本当は一発殴ろうと考えていたが、康景の悲しそうな顔を見てやっぱり思ったのは、

 

「私、やっぱりアンタみたいなダメ男が好きみたいね」

 

嫌いになれれば、それはそれで楽だったろうに、嫌いにはなれなかった。

 

「好きよ、康景」

 

自分の感情を告げた。

 

「(さあどう出るの?)」

「・・・」

「・・・?」

「・・・」

「ちょっと、何か言ったら?」

 

枕の位置をずらして顔を覗き込む。

 

康景は安心したような顔で眠っていたのだ。

 

あんな恥ずかしい事言わせておいて・・・!

 

一瞬イラッと来たが、その寝顔を見て怒るのを止めた。

 

「ふふ、ふふふ」

 

おかしくなって笑いがこみ上げる。

 

そもそも聞いてない系主人公とかやめてよね・・・。

 

馬鹿の顔を見て小さく笑った喜美は、

 

「今はこれで勘弁してあげる」

 

康景の唇にゆっくり唇を重ねた。

そして喜美は康景が用意するはずだった布団を出し康景に布団を掛け、何気なく一緒の布団に入る。

 

「お休み・・・馬鹿」

 

そして康景の顔を見ながら喜美は眠った。

 

長い一日が、ようやく終わった。

 

 




読了ありがとうございました
これにてアニメ一期分、そして原作一巻分が終わりました
喜美ちゃん大勝利感が半端なかったですが、如何だったでしょうか

???「勝ったッ!第一部完!」

・・・という事で一つ区切りがつきました
第二部(点蔵の恋愛物語(笑))も作成する気は満々で、欲を言えば第三部(原作三巻)までやりたいと考えています
ですが、最近忙しくなってきたので投稿スペースは遅れると思います
それでもいいという方は気を長くしてお待ちください

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。