境界線上の死神   作:オウル

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長かった十話もこれで終わりますね
十話だけでかなり使った気がします(笑)




十話 伍 後編

舞台は整った

 

後は挑むだけ

 

配点(挑戦者)

―――――――

 

喜美の舞に対して、二代はさらに速度を上げる。

もはや己の速度も限界が近いが、ここで引き下がるわけにはいかない。

三河警護隊長として、この連中の力を見極める必要がある。

それは武蔵王に頼まれたのもあるが、三河警護隊長である自身も判断する必要があると考えたからだ。

 

確かにこの相手は強い・・・だが!

 

少なくとも拙者に勝てなければこれから挑む相手には届かぬぞ・・・!

 

「おおおお!!」

 

二代は吠えた。

 

火花が散る。

二代が突きだした槍が、喜美の胸元にまで到達した。穂先が一瞬だけ白い肌を押し、弾力によって受け止められるように刺さる。

赤い血玉がいくつか湧いて、胸の谷間に零れ落ちるのを二代は見た。

 

しかし、その相手はこちらを見て笑っていたのだ。

 

「どうして泣くように叫ばないの?」

 

喜美は自分の胸を持ち上げ、谷間に溜まった血だまりを舐める。

そして小さく笑い、熱のある吐息を吐いた。

 

「私っていやらしい女よね?」

 

二代は、問われその意味に気付く。

 

・・・舞の掛け合いで御座るか?!

 

舞をするときに相手がいる場合、合間の余興として掛け合いなどを行う事がある。

そしてその舞の相手は自分だ。

急いで何か返そうとするも、その言葉思いつかず、

 

「くっ・・・!」

「残念だわ・・・貴女にもこの味を知ってもらいたかったのに」

 

喜美が告げた直後、二代は喜美の術式に付いていけなかったため、拒絶され吹き飛ばされた。

 

二代は考えた。

速度で負けた場合、如何にすべきかを考える。

己が手に持つ武器を見る。

 

・・・蜻蛉切。

 

術式などを含めて割断できる強力な武装だ。

父の忠勝とは違ってまだ蜻蛉切りを使いこなせていない二代には事象は割断することが出来ない。

しかし名前から割断する通常駆動は可能だ。

三河は消失した。つまり父は負けてはいない。しかし、この槍を持ち帰った敵は生きている。

 

・・・何故で御座るか?

 

二代の中で様々な疑問が渦巻き、考えがまとまらない。

 

「外に戦いに行くというのなら、せめてこの蜻蛉切を超えていけ!結べ、蜻蛉切!」

 

思わず熱くなり、二代は一般生徒相手に蜻蛉切を使ってしまった。

 

******

 

一同は割断能力が走るのを見た。

正純は思わず口元を押える。

喜美に割断を回避することは出来ない、そう思った。

その証拠に喜美の両腕にまかれた袖が上下に割れた。

だが、

 

「あら?お腹冷えちゃうじゃない」

 

喜美は制服の胴体部、ウエスト部分のスーツが二つに割れ腹部が露わになっただけだった。

喜美は胸下から臍までの汗を指で拭う。

その肌には傷一つ見当たらない。

 

「何・・・?」

「フフフ、何驚いてんのこの駄目女」

「どういう事で御座るか?」

「その武器は名前を割断するみたいだけど、私なんてジョセフィーヌとかベルフローレとか色んな通りな作ってるから、そっちの方が軽いし・・・刃って切りやすい方に滑るわよね」

 

無茶苦茶な・・・!

 

「花の名前なんて誰かが勝手につけるもんなんだから、花自身には何も関係ない。アンタそれだけを頼りに私を倒そうとしたら死ぬまでに終わらないわよ?」

 

混乱している二代の前に、喜美が立つ。

 

しまった・・・!

 

敵が何をするかわからない、そう思って距離を取ろうとするがその前に、

 

「目を覚ましなさい!」

 

頬を平手打ちした。

 

******

 

喜美は平手打ちしつつ、女武者に告げる。

 

「アンタの間違いは三つよ、まず一つ、アンタそもそも私みたいないい女に喧嘩売った時点で負けなのよ。何しろいい女は惚れた相手にしか負けないからいい女なんだもの」

 

喜美は康景を見て、小さく笑う。そしてもう一発平手打ちをする。

 

「もう一つは速度が売りのアンタが一回拒絶されたぐらいでその売りをかなぐり捨てた事よ。根性あるなら何度もアタックするでしょうに・・・それすらできないアンタに私は心を赦したりはしないわ」

 

そして最後に一発平手打ちし、

 

「いい?最後の一つはね?アンタが使えるべきなのはそこのコスプレ王でも聖連でもないの」

「・・・それは・・・」

「極東の侍なら、極東の君主に使えるのがスジってもんでしょう?それがあまつさえ敵に回るとは何たる不出来!わかったら土下座!お座り!」

 

二代はその言葉に反射的に反応した。

二代は膝と手を地面につけ、

 

「拙者、考えすぎて道を過つ所で御座った!敵である拙者に御助言!忝のう御座る!」

「フフフ、解ればいいのよ」

 

そして愚弟とその隣にいる馬鹿を見て、

 

「愚弟?康景?何か言う事は?」

「すげえありがとう姉ちゃん、姉ちゃんが居てくれてホント良かったよ」

「・・・」

「康景?アンタも何か言ったら?ほらほらぁ早く!」

「いや、その、何というか、何を言うべきかちょっと迷って・・・でも」

「?」

「喜美は、やっぱりいい女だよな、なんか改めてそう思った・・・」

 

その言葉に、喜美は頬を緩めるのを止められなかった。

 

「で?どうすんの王様?私、勝っちゃったけど?」

 

だが、喜美の問いかけにヨシナオが答えるのよりも早く、声が来た。

 

「そうだよなぁ、どうするんだぁ?オイ」

 

インノケンティウスが介入してきた。

 

「聖連から派遣された武蔵王がどんな判断をするんだ?お前の答えを聞こう」

 

*******

 

武蔵王ヨシナオは、教皇総長の問いの答えを考えた。

 

・・・どう答えるべきか

 

葵トーリに王の座を譲れば、彼は武蔵を好きにできるだろう。

しかし、彼を危険視した聖連が敵対の正当性を謳う。

 

・・・冒険をするのも大事だが、無謀に対しては検証を促すのも大人の務め・・・だが・・・

 

それは彼に対して彼女の事はもうあきらめろと、そう言っているようなものだ。

 

・・・それは大人として正しい事ではない

 

そして自分が聖連に領地を預けった結果を思い出す。

 

どうするのが正しいのか・・・

 

「麻呂、武蔵王なら迷うなよ。王様なら堂々としてなきゃ、違うか?」

 

迷っているヨシナオに、トーリは声を掛けた。

その言葉で、ヨシナオは答えを決意する。

ヨシナオは聴衆に答えを、決意を告げた。

 

「・・・約束通り、総長連合及び生徒会の権限はそれぞれに戻すことにする・・・だが王権の委譲は認めん。武蔵の王は聖連から派遣されたこのヨシナオとする」

「はははそうだろうなぁ、聖連との敵対を恐れたら武蔵移譲は出来ず武蔵は自由を得られない。結果聖連支配下のままだよなぁおい」

「但し!」

 

ヨシナオが言葉を続ける、インノケンティウスは笑みを止めた。

 

「大罪武装回収並びに末世解決の責に負うにあたって麻呂の補佐に副王を二人付ける、権限はそれぞれ王が2、副王が1ずつとする。そして副王には極東の代表であるホライゾン・アリアダストと、総長兼生徒会長の葵トーリを任命する」

「狂ったか武蔵王!それは実質的に権限を分権する気か?!」

「王の否決権は存在したままです、聖下。何しろこの先何が起こるかわかりません故、何かあった時のために補佐を付けるのは必要な事だと思われます。もし麻呂たちの行動に非があるというのなら聖連代表会議にて判断していただきたいと思います」

「・・・聖連代表会議は一種の国際会議だ。今の時代聖連代表会議を行うに値する歴史再現は無い」

「あるではありませんか、聖下」

「まさか貴様・・・!」

「ここにどこで聖連会議を行うのか、既にそこまで予定を立てていた者がおります」

 

ヨシナオは、集団の中にいる正純を見た。

正純は前に出て、しっかりとした声で言う。

 

「聖譜記述の最後に更新される会議で欧州初ともいえる政治的国際会議、ヴェストファーレン会議があります」

「おいヤス、説明よろ」

「葵君!なんでこういう時に僕に聞かない?!」

「だってお前の話長ぇんだもん」

「くっそ!だったら短く済ますから僕に、僕に出番を!」

「じゃあ早く言えよ、三秒な」

「ごめんせめて一分!」

「「59、58、57・・・」」

「くそ!僕に味方はいないのか!」

 

ぐちぐち言いつつも、ネシンバラはヴェストファーレン会議について説明する。

 

「ヴェストファーレンは三十年戦争を主体とした諸戦争の講和会議だよ!1648年に締結して国境が確定してスイスや阿蘭陀が独立するんだ!」

「「30、29、28・・・」」

「六護式仏蘭西とスウェーデンは拡大してM.H.R.R.では各領邦が力を得て皇帝の権限は弱まるんだ!」

「なるほど、つまりM.H.R.R.内に各国の代表を集めて俺たちの正義が問えるわけか。それまで俺たちを悪だとも正義だともできないしな」

「・・・・」

「どうしたネシンバラ?」

「一分で言ったのに最後で持ってかれたよ!」

 

落ち込んでいるネシンバラを尻目に、正純は続ける。

 

「こちらは聖連に自分たちの存在の判断を仰ぐものであるし、聖連は組織であるから、聖連としてではなく各国なりの大義名分を持っての敵となる」

「お前ら・・・それが何を意味しているか解っているのか?会議まで聖連との全面戦争になるんだぞ」

「逆に考えればゴールが見えていればそれに耐える意味もあります。私たちの目標は各国にこちら側に付いた方が有利だという事を証明し、大罪武装を回収して末世を救う事です・・・本来の所有者にそれを返還しないのであれば、末世の解決を阻むものと判断します」

「・・・はぁ、もはや面倒になったので言うが、武蔵の判断には危険を感じる。三河の現地回復について、K.P.A.Italiaは現地での回復を望んでいる。それはつまり当初の予定通りホライゾン・アリアダストの自害、大罪武装抽出、武蔵移譲の話を進める事だ」

 

しかしその話は聞き飽きたと言わんばかりにわざとらしくリアクションを取る。

 

「んじゃ、そっちはそっちで頼むわ、俺はホライゾンに告りに行くぜ!」

「貴様ッ!」

「うっせぇなぁ!もう一度言うぞ?オッサン、おめえがやってることは何だ!」

 

トーリは叫ぶ。

 

「俺の大事な大事なホライゾンの身ぐるみ剥いで全裸でSMプレイとかふざけんなよ!」

「しとらんわー!」

「いいか!?お前らは俺の淫靡で淫乱で淫行チックな心に火をつけたんだ!もう赦さねぇぞ!」

「・・・一応だが警告する。こちらは予定通り行動を開始する。行動に干渉するというのなら学生間の相対が生じることを忘れるなよ」

 

その言葉と共に表示枠が消え、同時にオリオトライがホイッスルを鳴らし、

 

「今回の相対は武蔵アリアダスト教導院の優勢とします。関係者各位は当初の取り決め通りに行動してください・・・三河君主ホライゾン・アリアダストの奪還を極東の判断とします」

 

その声に、賛否が混じった声が湧き上がる。

武蔵の意思を決定する相対が終わった。

 

******

 

「康景」

「なんだ?」

 

正純は康景を呼び止めた。

理由は昨日の荷物についてだ。

 

「昨日お前に荷物が届いていたんだが・・・」

「あぁ、元信公が言ってたヤツか」

「なんで元信公からだと?」

「単純に消去法さ、元信公が言ってた「会っておきたかった存在」を考えて、「五年前に襲名」、「ホライゾン」「会っても無視」っていうキーワード当てはめていったら俺かなと思って・・・まぁ二、三度しか会ったことないから、本当にそうかはわからないけど」

「・・・そうか、お前宛の荷物だけど、昨日渡す機会が無かったからとりあえず生徒会室に」

「了解、ありがとう正純」

 

・・・二、三度しか会ってないのにそこまでわかってるならいい方じゃないか。

 

正純は、康景と違って顔を合わせる回数が多い自分の父親を全く分かっていないことを思い、俯いた。

その様子を見た康景は、正純の頭に手を乗せて、

 

「・・・さっきトーリも言ったと思うけど」

「?」

「正信さんは多分お前の事凄い大事にしてると思うよ?」

「・・・」

「俺もあんまりわかってないけど、あの人すごい不器用なだけだ」

「・・・」

「だからまぁ、なんだ・・・これから時間かけて分かり合っていけばいいんじゃないか?」

 

正純にそう言って、康景は皆が準備してる間一人教導院の中に入っていった。

正純はその背中を見送り小さく「ありがとう」と呟いた。

 

*****

 

「くっそあの野郎!うちの正純になんてことしてくれた!胸揉んだ挙句押し倒しやがって!ぶっ殺してやる!」

「落ち着いてくださいノブタン・・・殴りに行ったところで返り討ちに遭うのが目に見えてますよ」

「だってコニタン!あの野郎が、あの野郎が!」

 

階段の下、暫定議会(隠れオタクの隠れ蓑)の面々が、ノブタンこと本多正信を落ち着かせる。

そしてコニタンこと小西が話題を切り替える。

 

「しかしまぁ、先程康景君がこっちまで来て「聖連側がどういう感じで動くのか教えないと正純にアンタらの事ばらすぞ」って脅された時は肝をつぶしましたよ」

「まぁな、「正純を味方に引き入れるため」っていう理由が無かったら誰があんな奴に・・・」

「それにしてもノブタンの娘への愛情は歪んでる気がするんですが・・・」

「そうですよ!我らの隠れアイドルいじめまくって!こっちはもう保護欲バリバリですぞ」

 

それに反応した暫定議会の面々が次々に正信に抗議する。

しかしそれを全く意に介さない正信は、

 

「羨ましいか?」

 

自慢した。

ブーイングの嵐の中、小西が、

 

「・・・どうして早くに武蔵に呼ばなかったんです?」

「・・・正純は政治家としては真っ直ぐすぎるからな、私はただ逃げたかっただけかもしれん」

「ノブタン・・・」

「だが、政治家として真っ直ぐな奴はすぐ政治の舞台から引き下ろされる。だから正純には「武蔵の政治家」としてではなく、別の事に目を向けろと言ってある」

 

解るか?

 

そう言って正信は続ける。

 

「武蔵の政治家としてではなく、王に対して絶対の正当性と答えを導く、「絶対権力の宰相」としての政治家だ・・・」

「やっぱりノブタンの愛情は・・・」

「「歪んでますなぁw」」

「やかましい」

 

そんなやり取りの中、暫定議会の何人かが、

 

「それにしてもさっきの正純さんの反応ってさ」

「ああ、天野康景に押し倒された時まんざらでもない顔してたよな」

「もしかして近い将来正信さんに挨拶に・・・」

 

と話した。

そしてその話声を聞いた正信が、

 

「くっそ!あんな奴が婿だなんてお父さん絶対許しませんよ正純ぃぃいいいいいい!?」

「落ち着いてノブタン!」

 

話がまた戻った。

 

******

 

ヨシナオは、歩み始めたトーリの姿を見た。

 

「助けはいらんのか?」

 

ヨシナオはトーリが誰かに声を掛けてから行くものだと思っていたから、聞いた。

しかしトーリはそれに答えることなく階段を降り始め、誰に言うのでもなく、

 

「俺何もできねぇけど、ちょっとやりたいことあっから、行ってくるわ」

 

「お前らは俺に、皆でやればホライゾン救えるって教えてくれた・・・俺にとってはホライゾンを救う術があることを解らせてくれただけでも充分なのさ。だからお前らは、無理についてこなくてもいい、俺にこれ以上付き合う必要なんてねぇんだぞ?」

 

「もしお前らの大事な人が失われそうになった時、お前らなら救えるさ、出来ねぇ俺が保証する・・・俺にホライゾンが『死ぬために生まれてきた』んじゃないって解らせてくれたお前らならできる」

 

そう言って一人階段を下りていくのを見てヨシナオは思った。

 

・・・馬鹿が!それでは私が昔やった事と変わらない!

 

かつて自分が居なくなることで救われると信じて領地を去った後には、何も残らなかった。

その背中に声を掛けようとしたとき、周囲に動きが生じるのを感じた。

三河警護隊の面々や武蔵の学生が歩き出し、トーリの後を追う。

 

・・・救いに行くというのか?姫を?

 

そして自分の領地の住民もこんな連中ばっかりだった。

しかしそれを拒んで一人で守ろうとして、失敗した。

 

彼らは麻呂とは違うのであるな・・・。

 

皆がいる場所は皆で守る、そういう気にさせるのが王の在り方だと、今さらに思う。

 

そして不意に横を通った生徒に気付いた。

彼女は、従士用の槍を担ぎ、黒藻の獣の入った桶を持ってトーリの後を追っていた。

その槍に入っている獣の紋章を見た。

 

・・・アレは我が領地の・・・!

 

「アデーレ君!」

「?あ、はい、何でしょう王様?」

「君は何処の・・・出身だったかな?」

 

思わず聞いてしまった。

 

「自分ですか?自分は武蔵出身ですけど、父が六護式仏蘭西出身でして」

 

アデーレは続ける。

 

「父は亡くなってしまいましたけど、亡くなる前によく聞かせてくれたんですが、自分がかつて住んでいた領地の王様が領地の安堵のために身売りをしてしまったそうなんです。父は言ってました。「自分たちがもっとしっかりしてなきゃいけなかったのに、出来なかった。王は優しすぎる人だったから、自分たちを置いて一人で行ってしまった。私はそれを後悔してる、だからお前は仕えるべき王が居るなら、全力で守りなさい」って」

 

そう言ってアデーレは槍を担ぎなおした。

 

「・・・それじゃあ君も?」

「はい!自分たちの王を守りに行きます!」

 

そう言ってアデーレは階段を下りていく。

その様子を見てヨシナオは涙を堪えようとする。

妻が心配してヨシナオの顔を覗き込んだが、その顔は既に涙で歪んでいた。

それなのに「王たるものは常に堂々としてねばな!」と言って生徒たちの後ろ姿を見送る。

それを見て、妻は小さく微笑んだ。

 

*****

 

「さてさて、また上が騒がしくなってきたわね・・・」

 

狭い個室で、ミリアムが膝の上に霊体の幼女を抱えながら呟いた

彼女は車椅子を操作しながら幼女の面倒を見た

 

「眠い?」

「パパは?」

「ママじゃ嫌?」

 

少女は少し考えて首を振ったが、少しして、

 

「パパは?」

 

ミリアムはちょっとした屈辱を感じた

 

・・・何であの男、幼女相手にカリスマ発揮してんの?

 

東宮で、少し頼りないミリアムの同居人の、ちょっとした幼児相手のカリスマに嫉妬した。

 

・・・東宮だと聞かされた時は驚いたが、まさか皆に付いていくなんてねぇ。

 

「ママは?パパの所に行かないの?」

「この状態だと、皆の足引っ張るだけだからね、ここにいた方が今は良いでしょう」

 

笑みを作って呟いた、

 

「がんばれ皆・・・待ってるから」

 

******

 

階段を下りながらトーリは思った。

 

・・・何だよ、結局皆来たのかよ

 

東を含めてほとんどの三年梅組の生徒が集まった。

車椅子で来れないミリアムがいなかったのは少し残念だったが、ミリアムはミリアムのできることで支えてくれている。

トーリはそう思い、皆に対してありがたさを感じた。

 

「ネシンバラ、警護隊の連中と連帯して作戦とか立ててくれ・・・あと本多二代」

「なんで御座るか?」

「お前ウチのガッコ入れよ、手続きとか後でいいからさ、臨時副長って事で助けてくんね?」

「拙者侍故、貴様ではなく君主であるホライゾン殿仕える所存で御座る」

「ああ、それでも構わねぇ」

「しかし拙者で良いので御座るか?康景殿という人材がいながら・・・」

「アイツ人の上に立って誰かを導いたりすんの苦手だからな、すぐキレるし。三河警護隊長のお前がやった方が多分上手く収まるって・・・それにヤスもどうせ勧誘したんだろ?だったらこの判断に間違いはねぇ」

「・・・jud.」

 

そして浅間の方を向いて、

 

「浅間?お前に預けた『例の術式』、準備しといてくんね?多分今後要るから」

「愚弟?アンタ大事な事忘れてない?」

「大丈夫だよ姉ちゃん、ヤスに死ぬほどぶん殴られて思い知ったからな・・・だからもう死のうだなんて思わねぇ」

 

笑い、

 

「浅間、頼むわ」

「・・・わかりました。どうせ言っても聞かないでしょうしね・・・」

「ありがてぇ」

 

階段を下り切ろうとしたところで酒井の姿が目に入った。

酒井は階段の手すりに寄りかかってこちらを見ていた。

 

「何だよ学長先生、居たんなら少しは手伝ってくれよ。セージュンなんてさっきヤスに胸揉まれるわ押し倒されるわで大変だったんだぞ」

「お前のせいだろ!」

「いや、昔教皇総長と一悶着あったから、俺が出てったら絶対ムキになるからね・・・だから隠れてたよ」

「先生は私たちを止めますか?」

「・・・俺も昔教皇相手にやり合ったから、やめろなんて言える立場じゃないさ」

 

酒井は一息ついて、

 

「アドバイスするなら、そうだね・・・現場においては努力するな、頑張るな、現場にそんな余裕なんてないんだから・・・全力出して、出し切ってそれでもダメだったら・・・生還しなよ」

「大丈夫だよ学長先生、うちの連中馬鹿ばっかだけど、その辺はちゃんとわきまえてるからさ」

「そうかい・・・トーリ、ホライゾンの入学推薦書を送っておいた、それ持ってけ。そして」

 

全員の顔を見て、言う。

 

「ホライゾンを連れて、必ず全員で帰ってくるんだ」

「「jud!」」

 

言葉と共に一同が歩みだす。

トーリ達は階段下にいる人々の集まりをかき分け、進んだ。

 

そして後悔通りの前で立ち止まり、いったん振り返って階段の上を見た・

 

「ヤス!お前あんま無茶しすぎんなよ!」

 

トーリが叫んだ向こう、階段の上に大きな荷物を背負った康景が居た。

その姿を見て、トーリは微笑んでまた歩みだした。

 

*****

 

康景は階段からトーリが後悔通りの前から叫ぶのを聞いた

 

これから戦争しにいくんだぞ?無茶すんなって方が無茶な気も・・・

 

だが同時に、自分たちの目標が敵の殲滅ではなく、ホライゾンを救い出すことなので、無理をする必要もないのもまた事実。

そう思うと、少し気も楽になる。

 

そして決戦を前に、昔の事を少し思い出す。

 

ホライゾンには家族の大事さを教えてもらった。

師匠には技術や志を教わった。

喜美には支えてもらいっぱなしだった。

先生は大事なことを思い出させてくれた。

皆にも、色々気を遣わせたりして迷惑をかけた。

 

・・・あれ?俺どんだけ皆に迷惑かけてんだ?

 

自分がトーリと同じレベルで他人に迷惑をかけてることを自覚して、若干へこむ。

 

そして昨日今日の出来事で、自分の弱さを理解した康景は空を見上げた。

 

・・・あの時の喜美が悲しそうな顔をした理由が、今ならわかる。

 

「心配してたんだろうな・・・」

 

それを曖昧にしたまま喜美の悲しむ顔を見たくないという理由で自分が別れを切り出した。

理由が分かった以上、謝りに行くのが筋だろう。

 

・・・謝りに行ったら殴られるだろうなぁ。

 

多分平手じゃなくてグーで殴られるのは、想像に難くない。

 

いや、最悪死ぬかもしれん・・・!

 

喜美が笑顔で殴ってくるのを想像して軽く寒気がする。

 

そこで背後からオリオトライが康景に声を掛けてきた。

彼女は笑顔で、

 

「康景?わかってると思うけど私が教えてるんだから、半端したら怒るわよ?」

「先生・・・大丈夫です。先生に教わったことは忘れてませんよ、自分が出来ることを全力でやる。そして皆で帰ってきますよ」

「解ってるならよろしい!・・・じゃあ行ってきなさい」

「行ってきます・・・先生」

 

康景は皆から遅れて戦場に向かった。

一人遅れて後悔通りを進む。

康景にはもう、今までに感じていた不安も焦燥感も罪悪感も消えていた。

 

・・・罪悪感は消えた、なんて言ったら、師匠怒るかな?

 

「私の弟子はホント馬鹿だねぇ・・・私の事で悩んでる暇あったらさっさと皆の所に行ってホライゾン救ってきなよ。その方がよっぽど有益だ・・・そもそも私が望んでお前に殺されたんだから怒る訳が無い、罪悪感を感じる方が馬鹿なんだよ」

 

不意に、師匠の声が背後から聞こえた気がして立ち止まった。

忘れることのない、飄々とした師匠の声。

しかし康景は振り返ることは無かった。

康景はただ小さく笑って、

 

「行ってきます、師匠」

 

再び後悔通りを進み始めた。

 

 




毎度毎度読みづらくって申し訳ありませんが
もう少しで一巻分が終わる(多分)ので、よろしければ最後までお付き合いください

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