境界線上の死神   作:オウル

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今回、今までの文章と比べると長いです
どうしても浅間のエロ小説の下りと鈴の作文を入れたくて書いてたらこうなりました
ごめんなさい


十話 壱

馬鹿は帰ってくる

馬鹿同士がそう誓ったんだから

 

配点(約束)

――――――――――――

 

陽射しが入る廊下を、浅間は足早に歩いていた。

 

まだ早い時間なので、もしかしたら皆まだいないかもしれませんね・・・。

 

皆が来た時、誰か一人はいた方が皆安心するだろう。

そう思い、浅間は戸を開けた。

 

が、

 

「トーリ君!?」

 

戸を開けた先、トーリは一番後ろの席で突っ伏していた。

というか、ほぼ全員いた。

 

あっれー・・・これもしかして、ひょっとしてですけど一番最後ですかぁ私・・・?

 

皆の視線が浅間に突き刺さる。

 

「あ、ああ・・・浅間君大丈夫だよ、直政君とミトツダイラ君、本多君と天野君は来てないからまだ最後じゃないよ」

「(実質的に最後じゃないですかーやだー・・・)」

 

マサは機関部に、ミトは領主会、正純は暫定議会の方にそれぞれ呼び出されてるのは容易に想像がつく。

 

しかし康景君は・・・

 

「僕たちはあの後、番屋で説教喰らってすぐ解放されたんだけど、葵君は過去全ての余罪も含めて朝まで説教喰らってね・・・でも」

 

「天野君はあの後どこかに行ってしまった」そう暗く語るネシンバラ。

康景の行方を心配する一同だったが、浅間は彼がどこにいるのかおおよそ検討は付いていた。

いや、自分だけではなくおそらくこの場にいる者全員が薄々わかっているだろう。

 

多分康景君はあそこにいますよね・・・

 

だが皆、そのことを知っていて、口には出せなかった。

彼がその事に関して突っ込まれるのをものすごく嫌っていたからだ。

一同が黙ることで場に沈黙が生まれる、しかし、その沈黙を破るように喋ったのは喜美だった。

 

「フフフ、今ここに居ないヤツの事心配したって始まらないじゃない・・・今はこれからどうすべきかを少しでも整理しておくことの方が大事なんじゃないの?」

「喜美・・・」

「それに、アイツはなんだかんだ言って最後にはちゃっかり戻ってくるようなやつなんだし、戻ってくるわよ・・・絶対」

 

「絶対」その台詞に、康景への厚い信頼が感じられる。

その言葉に一同は顔色を変え、

 

「うん、そうだね。今は少しでも状況を理解できるように、少しでもいいからわかってることを整理していこう。酒井学長が下の関所から戻ってくるまでには色々決めて置こう、僕たちがどうしたいのかを含めて、ね・・・」

 

*****

 

三河山上東門関所、木造テラスの上で、日傘の下、テーブルセットの椅子に腰かける酒井はお茶を飲みつつ周りの状況に嘆息した。

 

「俺さぁ、これ思うんだけど事実上の軟禁だよねぇ?」

「jud.「飲んだらソッコ戻るから」と言いつつ夜までウロチョロした挙句、厳重態勢が敷かれる前に戻ってこなかったのが悪いと判断できます・・・以上」

 

酒井を迎えに来た"武蔵"が辛辣口調で答える。

それに対し酒井は口をとがらせ、

 

「えー、だってなんか民間人に知り合いとかいたしさぁ・・・やっぱ郊外の人たちを逃がすのが優先じゃない?」

「・・・はぁ・・・」

「う・・・やっぱ怒ってる?昔の仲間連中に会いはしたけどさぁ、俺なんも悪いことしてないよ?関与もしてないし・・・っていうかほぼ締め出された感じが・・・」

「何も悪いことはしていない・・・そうですか、酒井様?大人という単語の意味をご存知ですか?・・・以上」

 

酒井は自分が日々日常の生活(炊事洗濯家事その他雑務色々)を奥多摩にまかせっきりなのを思い出した。

 

お、俺はダメ人間じゃあない・・・ぞ、多分。

 

自信をもって言えなかった。

 

「・・・ホライゾン様の事をお聞きしたくあります・・・以上」

 

不意に、"武蔵"が話題を変えてきた。

 

また人が避けてる話題を・・・。

 

「ホライゾン様をお救いになろうとは思わないのですか?・・・以上」

「信康公の自害を止められなくて左遷された男だよ?それに学生じゃあないからねぇ」

「jud.そんなことはその老けた顔を見ればとうに学生じゃないオッサンだというのは一目で判断できます。別に止めようとしたかを聞いた訳ではありません、酒井様が学生たちをどのように指導してきたかは、大方わかっているつもりですし・・・以上」

 

言われ、今の教え子たちを思いだす酒井。

 

アイツ等なら、こういう時どう動くのか・・・。

 

その話をしようとしたとき、後ろから声がした。

 

「酒井様、"品川"参上しました。保釈の手続きが完了いたしましたので、ご報告します・・・以上」

「お、と言う事は帰れるの?俺?」

 

やった、と思わず声を上げそうになったが”武蔵”に何を言われるのかも分かったものではなかったので、黙った。

テラスの階段の方からした気配は"品川"のものだけではなかった。

不意に、突然に、"品川"の背後から声が聞こえる。

 

「もう帰るのか?元少年よ・・・挨拶もまだだというのに」

「K.P.A.Italia所属、パドヴァ教導院元学長ガリレオ・・・」

「異端の王だけではないぞ」

 

魔人族の巨躯、現K.P.A.Italia副長のガリレオと、その影から現れる長身痩躯の男

 

「教皇総長インノケンティウス・・・」

「久しぶりだなぁ酒井忠次・・・」

「酒井様、さぁ早く謝るのです、以上」

 

"武蔵"がインノケンティウスを見るなり、いきなり謝罪するように言ってきた。

 

あれ?なんか俺すごい悪いことした人みたいじゃね?

 

「いやあのね"武蔵"さん、まずそうやって俺を悪者に仕立て上げるの止めて貰える?」

「昔の因縁を忘れたとは言わせないぞ、酒井忠次」

 

「やっぱりあるじゃないですか、悪行が」と言いたげな"武蔵"を無視し、過去の因縁を思い出す。

 

あぁあれか、二十年前に旧派が武蔵に大規模進出しようとしたときの事か。

 

あの時は自分とダッちゃんが囮になっている間に榊原や井伊が聖連に働きかけてなんとかこっちの権益が大きくなるような結末で終わったが・・・。

 

「お前まだ二十年前の事根に持ってんの?」

「若干引きました、良かったですね酒井学長、二十年越しのストーk、ファンですよ・・・以上」

 

嬉しくないよ、オッサンのストーカーなんて・・・。

 

「あの時はこっちが負けた、それは認めよう・・・だがな、K.P.A.Italiaと極東の勝負はまだ終わっていないぞ」

 

こちらを見て続けるインノケンティウス。

 

「K.P.A.Italiaは武蔵を極東から聖連に委譲させ大罪武装を配置することで対P.A.Odaの足掛かりとする」

「そのような事が・・・!」

 

"品川"が抗議のために前へ踏み出した瞬間、二人が消えた。

 

・・・!

 

酒井はその異常に反応するのが一瞬遅れたが自動人形二人の腰を抱いて後ろへ跳ぶ。

その瞬間"武蔵"、"品川"が酒井を「ついに自動人形にまで手を出されましたか・・・以上」と言っていたが無視する酒井。

背後に気配を感じたために、その反対側へ跳んだが、そこには敵の姿はなかった。

 

何だ・・・?

 

「異端の術式の一つだよ、元少年」

 

ガリレオの声が、更に背後からした。

 

「次に会うときは君が学長位ではなくなる時かもしれんな」

「だったら気苦労が一つ減って楽になっるんだけどねぇ」

「・・・?、君が気苦労するような人間だとは聞いていないぞ?、君は・・・」

「お前が動けないときは仲間が勝手に動く、そして今なら教え子はどう動くか」

 

インノケンティウスがガリレオの言葉を引き継ぐようにして続ける。

それに対し、酒井は口の端を上げ、

 

「もしアンタらが命一つ失わせてでも勝って利益を得たいんなら・・・」

「?」

「更に多くの物を失う覚悟で挑んだ方がいいよ?今年のうちの連中はヤバいからね・・・中でも一人、怒るとヤバいのがいるからね」

「・・・ぬかせ」

 

そう言うインノケンティウスとガリレオはテラスから去っていった。

酒井は緊張を解き、空を見て、

 

トーリ、康景・・・もう迷ってる暇はないぞ・・・!

 

二人の馬鹿の顔を思い浮かべた。

 

******

 

三年梅組の教室では、ハイディが前に出て状況を整理し始めた。

 

「今いないのは、ミトにマサ、セージュンに東君、そしてヤス君・・・」

 

トーリが突っ伏したっきり動かないのを見て、トーリはひとまずそっとしておこう、ハイディはそう判断した。

 

トーリ君と、ヤス君には少し時間がいるかもしれないし・・・。

 

トーリと康景は考えないとして、とりあえず話を進めるハイディ。

 

「今武蔵で権限を持っているのは副会長のセージュンだけ。他の権限は全部ヨシナオ王に預けられてる状態だから、何をしようにも動けないがんじがらめの状況なの・・・あれ?これ詰んでるよね?」

「「結論出すの早ーよ!」」

「セージュンなんだけど、唯一権限持ってるだけあって多分暫定議会あたりがセージュン抱き込んで聖連側につく気みたいね・・・」

「本多君が敵に回るとしたら厄介だよ?演説能力に関しては僕らの中でも専門的にやってるだけあって侮れないものがあるしね」

「同じ様にミトとマサもいませんね」

「マサは武蔵野の機関部会、ミトは領主部会の方・・・ミトの方は厄介ね」

 

ホライゾンが自害されれば松平家はなくなり水戸の松平家が本家になる。

ミトツダイラのいる騎士身分は武蔵で唯一正式に武装許可があり、それが敵に回るとしたら、

 

「敵に回られると戦力的に厄介よねぇ・・・」

「昔、すんごい尖って怖い時期ありましたよね?今あの頃の何倍くらいでしょうか?」

「あの頃も今も、ミトツダイラ殿を抑えていたのはヤス殿で御座ったしなぁ」

「だよねー、やっすん居れば基本チョロインなんだけどねー・・・」

 

皆が一斉に頷く。

皆の基本認識はミトツダイラ=チョロインで一致していた

 

「東君とミリアムは警護隊の方に警護されてるっぽいから、寮から出られないみたい。幽霊っぽい女の子は二人の方で面倒見ることになったみたいね」

「まぁいい落としどころなんじゃないか?拙僧が見るに、あの子供は東になついていたようだったからな」

「jud.ロリコンの御広敷殿が面倒を見るよりは良いと思うで御座る」

「ちょっ!小生はロリコンじゃありません!欧州ではメジャーな生命礼賛という正式n」

「はいはいはい、在学中にお金でカバーできないような問題だけは起こさないでねー」

「(´・ω・`)」

 

そして皆に向き直るハイディ。

 

「じゃあとりあえずここまでで一応皆の方向性を確認するという意味で聞きまーす。ホライゾン助けて武蔵の委譲止めた方が良いんじゃね?っていう人ー!」

 

自分で言ったハイディ以外は、皆手を挙げなかった。

今までの流れでネガティブな発想しか出なかったせいもあるが、そんな中ノリキが、

 

「判断材料がもう少し足りない・・・他は?」

「んーそうねぇ」

 

ハイディはその質問に即答せず、シロジロに近づき、

 

「シロ君?ちょっといい?経済面から武蔵の危機的状況ってやつを話してもらいたいんだけど・・・」

「なんだ?今ちょいと忙しいんだがなぁ」

「よく考えてみて?今回の件はひょっとしたらビッグビジネスチャンスになるじゃあないかって、私思うんだけど・・・」

 

ハイディはシロジロに耳打ちする。

ハイディの話を聞いたシロジロは目の色を変えて飛び上がった。

 

「ハイディ!お前は天才だ!よし、お前のおかげで頭もすっきりして最高に『ハイ!』な状態だから金の話をしてやろう。ありがたく思え顧客たち!」

「「お前最悪だよ!」」

 

シロジロがハイディの代わりに状況の話をし始める。

 

「いいか!私たちが聖連に敵対した場合、まず寄港地での補給が出来なくなる!これがどういうことかわかるか?」

「貿易が出来なくなる?」

「惜しい正解だ・・・武蔵は食料自給率を10%を切る超輸入大国だ。つまり補給を断たれるということは死に等しい!・・・この辺りはロリコンの御広敷が詳しいはずだが、今回は省略する」

「だ、だから小生はロリコンではありません!小生は生命礼賛という欧州でh」

「話を続けるぞ!」

「(´・ω・`)」

 

御広敷を無視して続けるシロジロ。

 

「そう言った事態を防ぐには一体どうしたらいいか?答えは簡単だ・・・聖連に逆らいつつも各国極東居留地を保護して寄港地から補給を受けられるようにすればよかろうなのだぁああ!」

「「そのまんまだな!」」

「当たり前だ。私は商人であって政治家じゃあないからなぁ!」

「・・・でもそんな都合のいいことできるんですか?」

「可能だ、本多正純をこちら側に引き込む。アイツなら聖連がどういう手順で動くか詳しいだろうからな・・・」

「なんかシロ君・・・かっこいい!!」

 

ハイディがシロジロに感心してる中、「また始まったよ・・・」感満載の視線を送る一同。

 

「でもセージュンを引き込む方法なんて・・・」

「あるさ・・・だがその前にそっちの馬鹿をなんとかする必要がある」

 

シロジロがトーリを見る。

その視線に一同もトーリを見る。

 

・・・トーリ君

 

皆がトーリを見る中、浅間はトーリを誰よりも心配そうに見つめた。

一同は馬鹿の処遇についてどうするか無言で問いあった。

その時だった。

 

「危険思想とか考えてないでしょうねぇ?」

「先生・・・」

 

皆がどうすべきか迷っている中、担任は一人嬉しそうに教室に入ってきた。

浅間はオリオトライのその顔を見て、

 

もしかして康景君の方で何かあったんでしょうか・・・?

 

思ったことを聞こうとしたが、

 

「なんか皆で色々考えてたみたいだけど、まずその前に授業よねぇ授業」

 

シロジロが教室の前から退いたところでオリオトライが持ってきた紙の束を教卓にこれ見よがしに置く。

 

「じゃあ今日の午前中の授業は作文ね、運の悪い人には皆の前で読んでもらっていく感じで」

「「げげっ」」

「お題は『私がしてほしい事』ね、間違っても『自分がしたい事』じゃあないわよ?いいわね?」

 

*******

 

沈黙の中、それぞれが作文を書き進める。

浅間は一人これまでの事、そしてこれから事を考えながら作文を書き進めた。

今日は皆がトーリ君とホライゾン、そして康景君の事を念頭に置いているはずだ。皆がトーリ君の方をチラチラ見ながら小声で話しているのが証拠だ。

 

ああやっているトーリ君も久々に見ますね・・・。

 

ホライゾンが亡くなった直後はああやって外界から自分を閉ざしていることがあった。

あの時は康景君が本気で殺しに掛かってその後で喜美がトーリ君の目を覚まさせた。

 

その時私たちは何もできなかった・・・。

 

それがやけに悔しかったのを覚えている。

 

あの三人とももう随分長い付き合いだ。

以前はトーリを異性として意識したこともあったが、ある時のバレンタインを境にそのことは考えないようにした。

その件で一度、見かねた康景から「お前はそれでいいの?」と諭されたこともあったが、今では彼を含め、あの三人は親戚みたいなものだ。

それ以降トーリを意識したことはない。

 

トーリ君も喜美もあんなですし、康景君も意外と抜けてるというか、アレな感じなので母的なポジション何でしょうか・・・?

 

トーリを見る。

 

あんなことが無ければ、今日は楽しい告白の日だった筈、もしいつもの日常通りだったら彼はどうしただろうか?

まずは彼らしく胸を揉むのだろうか?

いや、いきなり胸を揉むのはどちらかというと康景の芸風だ。しかもそれが故意ではないのがまた質が悪い。

 

以前、中等部の頃体育の授業でマサが不慮の事故で胸を鷲掴みにされてましたね・・・

 

その時の直政が普段なら絶対出さないような乙女みたいな叫び声をあげて康景を張り倒していたのは、また別のお話。

やっぱりセオリー通りに微笑み合って抱き合うとか?いやでもホライゾンは自動人形の身であるから微笑まないかもしれない、でも彼女が一発OKで不用意に許可なんて出してしまったらトーリ君が暴走してキスどころかもしかしたら本番まで・・・え、いやでも流石にそこまでいっちゃうのは・・・

 

浅間は顔を赤くして、興奮状態で書き進める。

 

しかしその様子を見ていたオリオトライが、

 

「浅間?」

「は、はい!何でしょう?!」

「新しい紙・・・要る?」

 

言われ、手元を見る。

そこには「題名 私のしてほしい事」でR-18エロ小説が出来上がっていた。

 

や、ヤバいですよコレは・・・!?

 

自分で読んでてドン引きするくらいエロい描写が多かったので、浅間はそれを消そうとしたが、

 

き、消えない!なんで?!

 

自分がインク系のペンで書きこんでいたことに気付いた。

浅間は絶望した。巫女が授業でエロ小説を書き上げたことに絶望したが、出来が良かったのがなお質が悪い。

更にそこに追い打ちをかけるように、

 

「じゃあ浅間書き終わったみたいだから、ちょっと読んでみて?」

「ファッ!!!」

 

不味い、これは不味い!

追いつめられた時こそ、冷静に物事を対処するんです・・・この浅間智、いつだってそうやって「トラブル」を乗り越えてきた・・・乗り越えられなかった「トラブル」なんて、一度だって(多分)ありません!!

 

「こ、これは作文じゃあないんですよぅ」

「ほうほう、じゃあ授業中にいったい作文ではなくナニを書いてたのかなぁ?」

「えーっと・・・邪念、そう邪念をとらえたのでそれを文字にして封じまして!なので焼却炉行っていいですか?!」

「浅間神社は大変ねぇ・・・じゃあ鈴?」

「は、はい?」

「貴女の読んでも大丈夫?」

 

なん・・・ですと・・・?

なんで先生私の時にそうやって確認してくれなかったんですか?

 

憤るが、多分キャラの問題だろう。

自分でそういうキャラを認めてしまったみたいで浅間は若干へこんだ。

 

「はい、だいじょう、ぶで、す」

「自分で読める?」

「えっ、と誰か、お願いします」

「じゃあ浅間、鈴の代わりに読んであげて?」

 

鈴は頷き、浅間に作文を手渡した

 

「鈴さん、いいの?」

「あさ、まさんな、ら、大丈夫、です」

「・・・わかりました、代わりに奏上いたします」

 

*****

 

浅間は文章を読み上げる

一同はそれを今までにないくらい真面目に聞いた

 

「私のしてほしい事・・・私には好きな人がいます。ずっと前から、好きな人がいます」

 

「ずっと昔の事です。初等部の入学式の事でした。私は教導院に行くのが、嫌でした」

 

「私の両親は、朝から働いています。だから二人は来られませんでした。なので私は一人でした」

 

「でも、二人に迷惑を掛けたくないので、泣きませんでした」

 

「でも、でも本当はおめでとうと、言ってほしくって・・・」

 

「教導院は、高いところにあります、そして教導院の前には私の嫌いな階段がありました。私は立ち止まって考えました」

 

「おめでとうと言われないなら、のぼらなくてもいいか、と」

 

「でもその時、声がしました。ねぇ、どうして泣いているの?」

 

「それはホライゾンと、義伊君、そしてトーリ君でした」

 

「トーリ君がいきなり私の手を取るのを、義伊君が少し怒りました。そしてホライゾンが私の左手をとって、一緒にのぼろう、そう言ってくれました」

 

「私は聞きました。いいの?遅れるよ、入学式、と」

 

「そしたらトーリ君は、俺たち不良だから、と笑い飛ばしました。ホライゾンも、それを聞いて少し笑いました。義伊君も、その時は笑ってくれていました」

 

「ホライゾンが私の手を取り、トーリ君が私の右手を引いてくれて、義伊君が背中を支えてくれました」

 

「私は、あの時の事を、今でも覚えています」

 

「階段を上がり終えると、三人は私の手や背中を支えていてくれた手を放していて、私は一人で階段をのぼっていたことに気付きました」

 

「私は一人で階段をのぼれて、でも三人も一緒に上のぼってくれて、その時私は気が付きました。皆が階段の上で私たちを待ってくれていたのを」

 

「トーリ君が、ホライゾンと言いました「おめでとう」と、そして義伊君は「これからよろしく」と言ってくれました」

 

「私は帰ってから、そのことをお父さんとお母さんに話しました。そしたら二人は頑張ったね、おめでとうと言ってくれて、それを聞いた私はまた泣きました」

 

「中等部の時は二階層目なので、階段はありませんでした。高等部に入ってからは、私はもう階段を一人で登れました」

 

「でも一度だけ、入学式の時、トーリ君は私の左手を取ってくれました」

 

「皆は昔と同じように、上で待っていてくれました」

 

「でもそこには、ホライゾンだけが、その場に居ませんでした」

 

「そして義伊君は、昔みたいに皆と一緒に居ることも少なくなりました」

 

「私はここ数年、一度も義伊君の笑った声を聞いていません」

 

「私はホライゾンの事が好き」

 

「義伊君の事が好き」

 

「そして二人と一緒に笑っているときのトーリ君の事が大好き」

 

「私は一人でも大丈夫です。だから昔、私の手を取ってくれたように・・・」

 

浅間が続けて読み上げようとするのを遮るように、

 

「二人を、ホライゾン、と義伊君を、助け、て!トーリ君!」

 

鈴は席を立ち、大きな声で叫んだ。

 

********

 

鈴は叫んだ、祈るように

 

自分には、政治的な事や経済関係のことは皆と議論できるほどの知識はない。先程皆が悲観的な見解を示していたが、それが現実だろう。

自分はただ情に訴えかける事ぐらいしかできない。

それでも、自分は昔、三人に助けてもらった。

 

だから、

 

「お、ねが、い・・・!」

 

気付けば自分は泣いていた。

情けないが、自分にはこれくらいしかできない。

鈴はトーリに届かせたいと、ただただ願った。

 

そこで不意に前から声がした。

 

「おいおいベルさん舐めちゃいけねぇ、俺ぁ元からそのつもりだぜ」

 

トーリの声だ。

 

******

 

「トーリ、君・・・」

「そうだよー、トーリ君だよー」

 

トーリのいつもの口調に鈴は表情を変え、

 

「私ね、大丈、夫だか、ら」

 

鈴はトーリの手を、自分の胸に押し当てた。

 

「わた、私、ちゃん、と、大き、くな、ってるよ?」

「ああ、衝撃的事実だ」

 

それを見て皆が、

 

何だこの構図・・・!

 

真面目なのかちょっとふざけているのかわからない構図に、ひそひそ話を始めると鈴は冷静になり、慌ててトーリの手を放した。

 

「あ、ちょっともっかいだけ今んとこロードで」

「「お前ぶち壊しだよ!」」

 

皆がツッコむが、トーリは全く意に介さず、鈴を諭すように話す。

 

「ベルさん、ちょっとだけ訂正いいか?」

「?」

「俺がベルさんの手を取るのは気遣ってじゃあないぜ、ベルさん可愛いし優しいから、皆手をつないでみてえのさ」

「ん、ありが、とう」

「それになベルさん、ヤスは・・・義伊は、俺が余計なことやったり、アイツ自身の失敗もあって笑わなくなっちまったけど、俺の手助けなんてなくたって、ちゃんと自分で乗り越えて戻ってくるぜ?何せ毎日馬鹿みたいに馬鹿な訓練してる馬鹿だしな!・・・それに、約束もしたし」

「jud.」

 

トーリの約束という言葉を口にした時、不意に教室の入り口から声がした。

年中着ている白いコートをなびかせて、もう一人の馬鹿が教室に入ってきた。

 

********

 

「おう、なんだよ、遅ぇじゃねぇか馬鹿」

「うるさい馬鹿、・・・遅くなった」

 

康景は、トーリと短い挨拶をかわすと、教室の皆で頭を軽く下げた。

 

「・・・俺は・・・今まで自分の事ばっかり考えて逃げて、皆に迷惑をかけてきた。昨日の出来事を受けて、俺なりに考えてきたつもりで、「覚悟」してきたつもりだ。・・・まぁその「覚悟」に至るまでに、先生の手を煩わせてしまったが・・・」

「康景君・・・」

「フフフ、遅いじゃないこの馬鹿。アンタ教室の前で入るタイミング伺ってたわね?」

 

皆が康景を見て安堵する中、喜美が慈愛に満ちた顔で康景を見た。

それに対し康景は気まずそうに、

 

「作文とか嫌だったからどのタイミングで入ればいいか迷って」

「「さっさと入って来いよ!」」

 

まぁ確かにあの空気で遅刻しましたって入ってくるのも雰囲気をぶち壊しかねませんからね・・・。

 

浅間は、康景を見た。

康景はこちらに頭を下げた後、担任に近づき、

 

「先生、俺・・・先生のおかげで前に踏み出せた気がします・・・でもやっぱり俺まだまだ不肖の弟子ですから、何かあったらまた間違うかもしれません」

「・・・いいわよ、そん時はそん時でまた背中ぶっ叩いてあげるから」

 

次の瞬間、康景は先生を抱き寄せた。

 

その思わぬ動きに一同が「Σ(・□・;)!!!!!」と同じ表情をした。

 

「俺、やっぱり先生の弟子で良かった」

「ちょっとちょっと、セクハラで訴えるわよ~?」

 

訴えるなどと言っているが、担任の顔は真っ赤で、気持ち悪いくらいにはニヤニヤしていた。

その様子を見て一同は、

 

「え?あれマジなん?」

「いやでも、やっすんだからねぇ」

「あの男は良くも悪くも「天然」だからな、好意とか抜きでもやりかねん」

「本人は全く意図していないところでフラグを乱立するから質が悪いで御座る」

「「天然」って怖いわ~」

「「jud.」」

 

等と小声で談義していた。

その中、トーリが、

 

「先生、10万と27歳と数か月過ぎたのに生徒相手にニヤニヤしやがっt」

 

三要のクラスに蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

 




注意事項ですが、ヒロインは未定です

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