一話
過去を忘れられないのは
過去を大事に思っているからか
それともただ引きずっているだけなのか
配点(十年目)
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夢を見た。
皆が笑っている。馬鹿も、狂人も常人の皮を被った外道もパシリも皆が笑っていた。
それは当たり前の日常で、ごく普通の日常である。
しかし、これが夢だと解ったのは、そこに『彼女』がいたからだ。
馬鹿がやらかした十年前の後悔。
その後悔によって生じた悲劇。
生じた悲劇から生まれた『彼女』の死。
だから、死んだハズの彼女が一緒に居る時点でそれは夢だ。
あの馬鹿は、十年経った今でも悩み続けている。
未だ彼女の死と向き合うことが出来ず、彼女の墓参りにも行っていない。
誰も、あの馬鹿を責めはしないのに十年経った今でも、苦しみ続けている。
アイツの苦しみはアイツにしかわからない。
誰もその苦しみを肩代わりすることも、分け合う事もできはしない。
その悲しみをアイツは一人で背負い、乗り越えるしかない。
十年という節目が近い最近、あの馬鹿の心境がどうなっているかなんて推し量れるモノではない。
『彼女』がいる現実は自分たちの夢、『彼女』がいない現実こそが日常。
それが夢だと解っていても、それがどんなに儚い希望だと解っていても、
あの馬鹿とその愉快なご一行の中で楽しそうに笑う『彼女』がいる。
こんな幸せな夢が見れた俺は、ある種、幸せ者なんだろう。
でもその幸せな夢で俺だけが笑えていなかったのが、なんだか虚しかった。
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夢から覚めると、そこにはもう何もなかった。
笑顔の皆もいないハズの彼女も、きれいさっぱり消え去り、目の前に広がるのはこれといって特徴のない殺風景な部屋、自分の部屋だった。
あり得ない夢を見るのは、現状に満足していないのか、それとも過去を乗り越えられていない自分への罰なのか・・・。
外を見ると、未だ薄暗く人々の多くは未だ就寝時間だ。
時計に目をやると、四時半だった。
最近、眠りが浅いなぁ・・・。
辟易しつつ、朝のシャワーを浴び、作り置きの朝食を食べ、身支度を整え、薄手の白いコートに腕を通し、いつもの朝練をし、それから恩人の墓石の掃除をし、それから教導院に通う。
教導院に着くころは大体ギリギリだが、遅刻はしてないからいいだろう。
これがここ十年間の自分の日常、欠かすことのない天野康景という哀れな男の日常サイクル。
この時は思ってもいなかった。
――――日常なんて崩れ去ってしまうのはあっという間だという事を。
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朝の晴れた空を、準バハムート級航空移動都市艦・ 武蔵が行く。
全八艦の巨大艦群の中央付近、武蔵アリアダスト教導院がある青梅の橋架に複数の影があった。
影の先頭に立つのは、長剣を背負ったジャージ姿の教員オリオトライ・真喜子。
彼女は自分の受け持つ生徒達に告げる。
「これから体育の授業を始めまーす」
体育の授業で何故校庭ではなく艦橋に集まったのか、察しの良い者・・・というより全員が理解していた。
「先生、ちょっとこれから品川のヤクザ・・・もとい悪い人達を懲らしめにダッシュで行くから、皆ついてくるように、Jud.?」
「「J、Jud.!(?)」」
こういう時は決まって何か変則的な事をするので一同慣れたつもりでいたが、「当たり前でしょ?」みたいなノリで告げられたので、生徒達もノリで勢い良く返答してしまった。
しかし、それでも殆どが「どうしてそうなった?」と反応する。
「先生、体育の授業と品川のヤクザにどのような関係が?まさか教員ともあろう御方が、ヤミ金相手に借金ですか?!おい皆‼金だ金の話だ!」
長身痩躯の"生徒会会計"シロジロ・ベルトーニが自分で聞いて勝手に金の話に進展させ一人盛り上がる。
それを抑えるように"生徒会会計補佐"ハイディ・オーゲザヴァラーが落ち着かせようとする。
「落ち着いてシロ君!先生この間高尾表層部の一軒家が割り当てられたのに地上げにあって最下層行きになった挙げ句飲んだくれて肉屋のメニュー制覇して一件潰して教員科に真面目に叱られたから・・・」
「なるほど・・・早い話が報復ですか」
「報復じゃないわよ・・・先生別に表層部から最下層行きになったことなんて気にしてないもの・・・ええ気にしてないわ。今回は最近あの辺の治安が悪いって報告きてるから、そのついでにね」
「「ついでで報復してるよ!」」
全員から総スカンを食らうが耳を塞いでどこ吹く風の様子の担任、
どうやらカチコミは決定事項の様だ。
「はいはいところで今日休んでるの、誰かいる?ミリアムは仕方ないとして、東は今日の昼からでしょ・・・それ以外に誰かいる?」
「ナイちゃんが今わかる範囲だとセージュンとソーチョーがいないかなぁ?」
「正純は今日午前中はバイトで午後からは学長を三河まで護衛するとかで今日は自由出席のハズ・・・トーリの方は知らないわ」
答えたのは金髪金翼の”第三特務”マルゴット・ナイトと黒髪黒翼の”第四特務”マルガ・ナルゼ。・・・ちなみにこの二人、仲が良い(意味深)
「んー・・・じゃあ誰かアレについて知ってるヤツいるー?」
その問いかけに、皆一様に後ろに立つ茶髪ウェーブヘアの少女を見た。
正直聞かれるの待ってましたよオーラでドヤ顔を作る彼女、葵喜美は言う。
「フフフフフ、皆そんなにウチの愚弟の事知りたいの?そりゃあ知りたいわよねぇ?でも教えないわぁー!」
「は?」正直な皆の感想がそれだった。
「だってこのヴェッッッルフロォオオオレ葵が八時に起こされた時にはすでにいなかったから」
「「知らねーのかよ!そして起きるの遅ーよ!」」
八時に起きてその数十分後には化粧も済ませてこうしてこの場に居るのだから驚きである。
だがそこで一人の少女が気づく、
「喜美・・・貴女総長に起こされたのでなかったらいったい誰に起こされたんですの?」
ボリュームのある銀髪の少女"第五特務"ネイト・ミトツダイラが尋ねる。
その質問に喜美は顔をニンマリと笑みを作り勝ち誇ったように言った。
「さぁてミトツダイラ、私はいったい誰に起こされたのでしょうか?」
「まさか!?」
ミトツダイラは喜美のさらに後ろにいる黒髪メガネの白コートを見た。
「ん?ああ、俺だよ」
「康景!」
康景はゆっくり前に出て、いつもの無表情で語った。
「今日は珍しく早く起きれたんでな、散歩の途中に喜美の家の前を通りかかったから、ついでで」
「な、ななな・・・」
話を聞いて絶句するミトツダイラ、そんな様子を見て康景は首を傾げ、喜美は面白がり、一同は「また始まったよ」と、半ば呆れていた。
「どうしたの?ミトツダイラ?そんなに口をパクパクさせて・・・あれ?あれあれ?ひょっとしてぇ羨ましかったりするぅー?」
「べ、別に羨ましくなんてああああありませんわよ!」
喜美が煽ってミトツダイラが赤面する、という一連の流れはもはやお決まりパターンになりつつあり、ミトツダイラはどう見ても羨ましがっているのはまるわかりである。
それでもミトツダイラの心境を察しないのが康景クオリティ!!
顔を真っ赤にするミトツダイラを宥めようと、爆乳巫女の浅間智がフォローを入れる。
「落ち着いてくださいミト、いいですか?よく考えてください。康景君がそんなに早く起きられるなんてあるわけないじゃないですか。だから喜美の発言はダウトです。今日は恐らく未知の要因Xが作用して康景君を早く起こしてしまったのでしょう・・・」
「そ、そうですわよね、あり得るわけがありませんわよね。康景が早起きなんてしたら末世が一日早まりますものね」
「智、ネイト・・・お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
浅間智は真面目そうな常識人に見えてこのように発言が外道である。
しかし、その発言に一同が肯定の頷きをする。
「おい、なんで皆そこで頷くんだ?」
「考えてみればわかるだろ康景、アンタ一度でも始業開始十分前に教室に居た試しあったか?」
義腕でキセルを咥えた少女”第六特務”の直政が、やれやれだぜ、と言わんばかりに康景に確認する。
「なんだよ直政、こうやってちゃんと真面目に授業に参加してるじゃないか」
「今日は、な」
「・・・前々から思ってるんだけど直政って俺にだけ当たりきつくない?」
毎日毎日始業ギリギリに来る人間の信頼は思ったより低かったらしい。
康景は内心憤慨しているが、感情をあまり顔に出さない彼の心情は周囲には伝わらなかった。
その様子を微笑ましく眺めていたオリオトライが、話を進める。
「はいはいわかったから授業に集中しなさい・・・そろそろ始めるから」
その言葉に、一同が身構える。
「おお、いいねぇ・・・戦闘系は今ので来ないと・・・先生が品川に着くまでに攻撃を当てられたら出席点を五点プラスするわ。それがルールよ、いい?つまり五回分サボれるのよ」
このリアルアマゾネス相手に攻撃当てるとか、なんという無理ゲーwww
ここにいるメンツの殆どがそう考えた。
ちなみにリアルアマゾネスを最初に言い始めたのは浅間なのだが、それはまた別の話。
「先生、攻撃を通すのではなく、当てるで良いので御座るか?」
帽子を目深に被った”第一特務”点蔵・クロスユナイトと航空系半竜の”第二特務”キヨナリ・ウルキアガがゲス顔で質問する。
「ん?それでいいわよ。戦闘系は細かいわねぇ」
「じゃあ、先生の身体でどこか触ったり揉んだりして減点されるようなところはありますか」
「逆にボーナスポイントが出るような部分とか」
手をわっきわきさせてセクハラ発言する二人だったが、オリオトライの、
「授業始める前に締めっぞ」
という台詞と共に殺意しか感じられない笑顔を向けられ、二人はしばらくエロゲも出来ない程縮み上がったらしい。
ナニがとは言わん。
「・・・んじゃ始めるわ」
台詞と同時に後ろへ大きく跳び教導院前の長い階段を下り切ったオリオトライは方向を転換して目の前の奥多摩右舷中央通り、通称『後悔通り』を進む。
颯爽と走り去る途中、墓石が視界の端に映った。
1638年、ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同
ホライゾン・・・きっとみんなにとって始まりとなる名前、トーリにとっても、康景にとっても・・・。
そんな事を思いながら通りを走る。
そんな時だった。後ろから影が来た。白い影、嘘をついてまで自分の努力を人に見せない馬鹿な教え子の影。
馬鹿な教え子達の中でも飛び切り馬鹿な教え子、それ故に愛おしくもある自分の弟子。
「先生、よそ見とは余裕ですね」
「あら康景、あんまり遅かったから怖気づいたのかと思ったわ♪」
康景は腰に下げている二本の剣のうちの一本を、オリオトライは背中に背負った長剣を抜き、互いを殺すつもりで切りつけた。
剣と剣が激しくぶつかり合う。
康景の斬撃を紙一重で躱していくオリオトライが、カウンターで高速の斬撃を叩き込む。
見えない剣戟、技と技の応酬。
・・・「技量」は成長したなぁ、でも・・・。
教え子の成長と未熟さを感じながらオリオトライは愛弟子との打ち合いを心から楽しんだ。
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康景は、高速戦闘の中で、オリオトライの攻撃を防ぎながら思った。
オリオトライの太刀筋や癖などは、"ほぼ"把握している。
それくらいの打ち合いをこの師とやってきたからだ。
だが、相手はこちらの太刀筋や手段は"すべて"把握している。
"ほぼ"把握しているのと"すべて"把握しているのでは、意味合いが違う。
全ての攻撃を把握しているという事は、こちらの手段はすべて見切られているのと同義だ。
ならばどうするか
今回の授業の目的は、個人の実力を計る以上に、チームとしての実力を計っているはず、
つまり最初の出席点プラスの話は皆を奮起させるための餌。
だから今自分の最善手は、
・・・先生から皆への注意を逸らさせる。
全体の指揮はネシンバラが執る。
ならその指揮にプラスアルファで先生の不意をつく。
康景はニ、三個作戦を思いつき、作戦実行のために攻撃を激化した。
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その様子を後方から見ていた先行隊の従士アデーレ・バルフェットは思った。
「じ、自分、今からあの二人の中に突っ込むんですよね・・・」
「そうだよバルフェット君、作戦上後から攻めるクロスユナイト君を除けば君が一番速いんだから!君が足止めするしかないだろう!」
軍師(笑)の中二病メガネ書記トゥーサン・ネシンバラに言われ、ムッとしつつアデーレは現状を理解した。
リアルアマゾネスを足止めるために誰かが康景の援護に入る→現状武蔵三年梅組で最速の忍者である点蔵は作戦上後から突っ込む→だったら自分があの怪物頂上決戦の間に行くしかないんじゃね?→\(^o^)/オワタ
素人の拙文で恐縮ですが
今後ともお付き合いいただけるとありがたいです