やあ、みんなのアイドルリリーシャさんだよ、キラッ☆ とメタな発言をしてみる。
どうもキミの電波が私にも影響しているのかも知れないね。ふふっ、私をキミ色に染めるなんて非道い男だよ、ルルーシュくん?
いや、それでこそもう一人の私として相応しいのかな。でもアイドルはちょっと遠慮したいかな、私の柄じゃないよ。派手な衣装を着て、大勢の前で歌う姿なんて想像しただけで……案外いけるかも知れないね。
そのルルーシュくんは完全に意識を闇に落とされたらしい。お蔭でこうして肉体の支配権が私へと戻っている。おかえり、マイボディ。ん、それともただいまかな?
さすがにまだ数日、懐かしさなんて感じるはずもなく、特にこれといった感慨を抱くこともないね。
さて、どうやら今回の出来事は彼にとって初体験だったらしい。幼少期──といっても第五后妃暗殺事件が起こるまでだが──何不自由のない幸せで平穏な皇族生活を送り、例えそれが偽りであっても母親の愛情を受けて育った彼には少し刺激が強かったようだ。
男には潜在的なマザコンが多いと言われている。もしかしたら母親の存在を否定しているルルーシュくんも、心の奥底では慕情が燻っているのかも知れないね。
尤も、いきなり閃光のマリアンヌの相手をしろなんて、同じ立場なら私もご免こうむるよ。ま、だからと言って逃れられないのが現実だけど。
きっと心優しいキミは私の境遇に憤り、また同情するんだろうね。
嗚呼、不愉快だ。
私はキミに同情される程度の女──少女?──ではないんだから! 全然嬉しくないんだから、勘違いしないでよね! これがツンデレ口調というやつだね。
「どうしたのかしら? 今日は本当に手応えがないわね」
薄く開けた瞼の間から見えたのは、つまらなそうに溜息を吐いた後、手にした模造剣を弄ぶように回し、鞘へと収めた閃光のマリアンヌ様の姿。
閃光のマリアンヌ後継者育成プロジェクト──と私が勝手に呼んでいるのだけど──は続行されているみたいだね。彼女は今の私が置かれ居ている状況を知らないんだから当たり前と言えば当たり前か。むしろ彼の存在を知られている方が問題がある。
しかし、身体が痛い。少し涙が出るね。さすがにマリアンヌ様も訓練で我が子を殺す気はないから、基本的に手加減はしているし、骨や臓器に深刻なダメージはない。
猫が鼠を、いや獅子が鼠をいたぶって戯れている感覚かな? 下手をすれば遊戯では済みそうもないけど。
本来ならマリアンヌ様が満足するか、または飽きるまで相手をすれば良い。攻撃を受けて、躱して、捌いて、たまに攻める。言葉にするのは簡単だけど、これがまた大変なんだよ?
基本的には気絶しては起こされ、気絶しては起こされを何度も繰り返し、完全に意識を手放すまで続くんだから。
それに戦闘時間が経過すればするほど、テンションの上がったマリアンヌ様が本気で急所を狙ってくる可能性が高まるから、気を抜いてるとあの世──確か集合無意識だったか──に送られる事態になりかねない。
でもだからといって手を抜けば機嫌が悪くなるんだから始末に負えない。
ほんと子供相手に大人げない、むしろ子供っぽいんじゃないかな。
身体の状態を確認した結果、しばらく動くのは無理そうだ。
けど床に転がっているだけなんて、ちょっと面白くない。
ルルーシュくんが素人なのは知っているけど、せめて受け身ぐらい取って欲しいと思うのは無理な相談なのかな?
うん、無理そうだね。これからの頑張りに期待しようか。
「マリアンヌ様、少々やりすぎでは?」
新たな声が訓練場内に響いた。
既に声の主が誰なのか判っているけど、反射的に声の主へと視線が動く。
特別な白いマントに白い騎士服を身に纏い、長大な剣を携えた体格の良い長身の男。彫りの深い精悍な顔立ちをしているのだが、左瞼を緑色のピアスで縫い止めている。
そんな何とも奇抜なセンスをしていて、なおかつこの場所に出入りを許可されている人間を私は一人しか知らない。
帝国最強の騎士、現在唯一のナイトオブラウンズ、ナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン。
この場でただ一人私の身を案じてくれる存在だが、残念ながら私の趣味じゃない。
「大丈夫よ、ちゃんと骨や臓器を壊さないように手加減してるから。
それに出来るだけ顔にも傷を付けてないわよ。せっかく私に似て綺麗な顔してるのに、傷が残ったら勿体ないじゃない」
相当ナルシストだね。多分それを本人に指摘しても、隠すことなく平然と認めることだろう。マリアンヌ様は自分が大好きだから。
というか前言撤回だ。いつもなら意識を失った後、どんな会話が行われているか知る術はなかった。次に目覚めた時は常に自室のベッドの上だから、こうして本来聞く事の出来ない会話を聞くのは面白い。
ま、マリアンヌ様なら私に意識があることは、薄々感づいていてもおかしくないから、ラグナレクの接続だとかいう秘密計画の内容を喋ることはないだろうけど。
「いえ、そう言う意味では……。リリーシャ様は皇女ですし、陛下も心配を」
へぇ、お父様が私の心配をねぇ。心配するだけで妻を止めようとしない口先だけの弱い男だけど、全く嬉しくないかと聞かれたなら、正直どうでも良いと答えるよ。
「そうなのよ、聞いてビスマルク。あの人最近会うとリリーシャの事ばかり話題にするのよ? もうヤキモチ焼いちゃうわ。やっぱ若い子が好きなのかしら?」
まさかその嫉妬をぶつけているとは言いませんよね、お母様?
「ま、それは冗談なんだけどね、ふふっ。
だけど私は思ったのよ。私の後を継いであの人の剣になれるのはこの娘しか居ないって。
私もいつまで剣を振れるか判らないもの。もちろん私は生涯現役のつもりだし、言うなれば保険ね。
それにロイドからの報告だと、この娘ナイトメアとも相性良いみたいよ。鍛え甲斐があって嬉しいけど、これも遺伝なのかしら」
あの男、何て余計な事を……。
どうりで最近訓練内容にKMF関連したものを取り入れようとしたり、厳しさも増したと感じていたわけだ。あの男の仕業だったのか。
まったく、この人のテンションを上げても碌な事にはならないというのに……。これはお仕置きが必要かもね。
それにしてもこの人もこの人だ。いくら表向きKMF開発に子供のテストパイロットが使えないからって、我が子を利用しようなんてそれでも母親なのか。と、私にとって母親と呼べないことは理解しているけど敢えて言ってみる。
例え肉親、血を分けた我が子でも、使えるモノは使うという姿勢は嫌いじゃない。裏を返せば情や想いに左右されず、ちゃんと対象の価値を見極めているということだ。
「ならばルルーシュ様は? 私に預けていただければ、そこらの兵士には負けない屈強な戦士に鍛えて見せますが?」
ヴァルトシュタイン卿の提言を聞いたマリアンヌ様が苦笑を浮かべる。
「う~ん、あの子は駄目ね。頭は回るようだけど、それだけ。そもそもあの子は優しすぎるわ。特にナナリーが生まれてからますますそれが顕著なのよ。
貴方だって知っているでしょ? 今のこの世界では優しさは甘さにしかならないって。きっとあの子は他人のために自分の命を投げ出すタイプよ。
大局を睨んで自分の命すら厭わない覚悟が出来ても、例え自分以外の全てを裏切り、どんな手段を使っても自分を守り絶対に生き抜こうという覚悟は持てないんじゃないかしら。
王の器になれても戦士の器じゃないわ」
それは私も同意見だね。
何だ、意外と我が子のことを理解しているじゃないか。
ただそうなると貴女の中で私の評価はどうなって居るんだろうね?
「それにこの娘を鍛えることはこの娘自身のためにもなるわ。
この世界は力が全て、力こそが正義。強者が振り翳す悪意に対して、常に弱者は這いつくばることしかできない。
私はこの娘が強者に蹂躙される姿を見たくないし、簡単に命を落として欲しくないと思っているわ。でも貴方はそれで良いって言うの?」
「それは……」
ナイトオブワンともあろう方が、その程度で論破されないで欲しい。
けれど私も概ねその意見に賛成だ。
世界は一握りの勝者、力を持つ者の意志によって構築されている。
弱ければ淘汰され、強ければその屍の上に立つことが許される。
他者を蹴落とし、己が胸に抱いた願いを、想いを、夢を、欲望を、野望を実現することが許される。
別に今の私はこの戦闘訓練に嫌々参加しているわけではない。母親としては否定しているが、優秀な騎士として閃光のマリアンヌという人物を尊敬している。
強制的ではあるが、彼女に師事できる事は破格の境遇と言っても良い。力はどれだけ持っていても損はないのだから。
ルルーシュくんと違って、私は彼女の行動が間違っているとも思わない。ただ一点、ラグナレクの接続への賛同を除いてだが。
彼女ほど自身の欲望に忠実な人間は居ない。欲望──綺麗な言葉だと想い──こそ人間の、いや全ての生物の本質である以上、彼女の行動は誰にも否定できるものじゃない。
彼女は紛れもなく全力で生きている。
もちろん常識や倫理、道徳といった社会通念と照らし合わせば、彼女はこの現代社会から逸脱した異端者なのだろう。
だがそれらの概念も、所詮は人間がコミュニティを維持する為に創り出したもの。社会というシステムを構築し、維持する為のプログラムに過ぎない。本能を押し殺す一種の仮面だ。
「もう、そうな暗い顔しないの。そんな既存の世界を変えるために私達が動いているんじゃない。
それに、そんなにこの娘の事が心配なら、貴方が守ればいいのよ。私に勝ったらリリーシャを娶って良いわよ。どこの馬の骨とも判らない男ならいざ知らず、貴方ならあの人も納得すると思うわ。納得しなくても最終的に私が説得に協力するから」
貴方の場合、説得は対話ではなく暴力OHANASIによるものだと容易に想像が付くよ。
というか本人に断りもなく勝手に結婚相手を決めないで欲しいね。
私だって恋に恋する乙女(笑)だよ、まったく。
「…………ご冗談を」
うん、今明らかに意味深な間があったし、一瞬満更でもない表情を浮かべたことを私は見逃さなかったよ、ヴァルトシュタイン卿。
貴方が閃光のマリアンヌに恋心に近い憧れを抱いている事は知っているよ。だからこそ貴方はその夫である現皇帝に絶対の忠誠を誓っていると私は邪推している。
確かに私は母親似の顔立ちだし、スタイルも含めて将来的には期待できると自負している。
けれどロリコンはどうかと思うんだ。
大いに遠慮したいよ。
「ふふっ、この話の続きは全てが終わった後にね」
苦笑しながらロリコ──もといヴァルトシュタイン卿を伴い、訓練場の入り口へと歩みを進める閃光のマリアンヌ様。
その際に──もはや完全に興味を失っているだろう──私へと一瞥を送る事もないのは流石だね。
それにしてもルルーシュくんにはもう少し頑張って欲しいよ。
このままでは結果を得る前に、私の身体が壊されかねないね。
男に壊される身体か。
何だか卑猥だね……ぽっ。