誰かの声が聞こえた気がした。自信に満ちた、力強い声が。
そして世界が暗転する。
気付けばそこは──先程まで居た地下街よりも──薄暗く狭い場所だった。
自分の周囲に存在するのは剥き出しの岩肌ばかり。
手近な壁面に触れると想像よりも滑らかな感触が指先から伝わってくる。
自然が創り出した洞窟ではなく、明らかに人の手が加わっているようだ。
どこだ、ここは?
自然と浮かび上がってくる疑問。
何らかの理由で地面が崩れ、再び地下に墜ちたとしても、あまりに不自然な状況であることは間違いない。
ふと直近に見た少女の顔を思い描く。
まさかあの女の仕業か?
脳や精神に影響を与え、俺に幻覚を見せている?
やはり何らかのウイルスや化学物質を体内に仕込ませていたとでもうのか?
しかし生憎とその答えは持ち合わせておらず、現状では確かめる術がない。
だとすれば進むしかないだろう。
幸いな事に光が見えている。
果たしてそれは出口なのか、それとも……。
いや、これも考えるだけ無駄か。
何れにしろ、永遠にこの場に立ち尽くすなどといった選択肢は存在しないのだから。
人の出入りが絶って久しいのか、人の手が加わっているとはいえ整備はされておらず、お世辞にも足場が良いとは言えない。
故に慎重に、かつ足早に光を目指す。
程なくして光の下へと辿り着く。
そこは円形に拓けた空間だった。
正面には──巨大な門とで形容すればいいのか──石の扉と祭壇が存在し、それに向かって石畳が敷かれ、その左右には──かつてアーチを形成していたであろう──折れた石柱が立ち並ぶ。
いつかどこかで目にした模様──まるで鳥が大翼を広げているかのような──が刻まれた最奥の扉もひび割れ、一部が崩れ落ち、表面には苔が
風化して朽ち果てた神殿を思わせる遺跡と考えるべきか。
やはりこの場所はシンジュクゲットーではないらしい。
崩落したのか、それとも最初から存在していなかったのか天井はなく、天から儚い黄昏色の光が降り注ぐ。
夕暮れと素直に思えないのは、その光が何故か人工的なものだと感じているからか。
確か日本では夕刻を逢魔が刻、もしくは大禍時とも呼ぶそうだ。
悪魔や妖怪、転じて災厄、つまり良くないモノとの遭遇を意味している。
だとすればこの空間に足を踏み入れて以降、俺の視線を捉えてやまない存在もまた、悪しき存在なのかも知れない。
噂をすれば影が差す、というやつだろうか。
扉の前に立つ人物は奇妙な格好をしていた。
頭部を包み込むのは黒と紫を基調にし、金の装飾が施された鋭角的な仮面。
騎士服にも似た貴族的なデザインの濃紫の衣装と、各部に取り付けられた軍用プロテクター。
その上に羽織るのは──まるで吸血鬼のそれを連想させる──闇色のマント。
思わず──かつて見た特撮ヒーローもしくはその敵役が脳裏を過ぎり──ここは仮装パーティーの会場か? ハロウィンにはまだ早いだろうとも考えたが、実際にはそんな軽口を叩くことは出来ない。
それを許さない重圧を相手は纏っていた。
どう考えても福音をもたらす存在には見えない。
『ようこそ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。歓迎しよう』
告げられた言葉はこちらの素性を明確に知っていると物語る。
その声は変声機を使用しているのか、老若男女の区別は付かず、それどころか人であるのかも疑わしい無機質さをも含んでいた。
仮面の男──性別は不明だが便宜上そう呼ぶことにする──は、まるで舞台役者のように両腕を大きく広げて俺を迎え入れる。
「歓迎する、という事はお前が俺を呼んだのか?」
俺の素性を知っている事実がある以上、ある種の確信を持って問い掛ける。
だが返ってきた答えは────
『違うな、間違っているぞ』
否定だった。
『残念だが今の私にそのような力はない。そう、ただエデンバイタルの導きによってこの場に存在している』
エデンバイタル。聞き慣れない単語に否応なく興味を抱くが、今は知的好奇心を満たしていられる状況ではない。
「なら、質問を変えよう。お前は何者だ、あの女の仲間なのか?」
『私が何者か、それを私自身が答えたところで意味はない。いくら言葉を重ねたところでどうせお前は信じない。そうだろう、違うかな?』
まるでこちらの心の内を見透かしているかのような男の言葉に息を呑む。
ああ、そうだ。まったくもってその通りだ。
この状況下で何を語られたところで素直に受け入れられるほど、お人好しな性格はしていない。
『もっとも個人の価値など世界によって、時代によって、環境によって、相対する者また隣に並び立つ者との関係性によって在り方を変える。
故に私は悪魔、魔王、魔人、死神、
さて、お前にとって私は如何なる存在となるのか』
しかし、だ。
そこで言葉を句切り、くくっと喉を鳴らし嘲笑を滲ませると、一人納得したように続ける。
『まさか誰でもない、お前にその問いを投げ掛けられることになるとは想像だにしていなかった。いや、今はまだ仕方がないことではあるがな』
「どういう意味だ、一体お前は何を言っているッ!?」
男の態度に思わず声を荒げてしまう。
果たしてそれは無知な自分を笑う男への怒りからか、それとも込みあげてくる漠然とした不安を振り払うためか。
『何れ分かることだ。と言いたいところだが、こうして予期せぬ邂逅を果たした以上、そうとも言い切れなくなったか』
男は仮面のオトガイ部に手を当て、何かを思案する仕草を見せる。
けれどそれもほんの僅かな時間でしかない。
『そうだな、この場で全てを詳らかにすることも吝かではない。
だが残念な事に何分にも時間がない、お前の命の時間が。忘れているわけではないだろう?』
男がそう告げた直後、ズキッと左目が痛みを訴える。
同時に視界にはここではない場所の光景が重なり合った。
映り込んだのは薄暗い廃墟。
重なり合うように倒れる数多くの死体、広がる血の海。
下卑た笑みを浮かべ、構えたライフルの銃口を向けてくるブリタニアの軍人たち。
ああ、そうだ。それこそ直前まで俺が居た絶望の世界。
力が無ければ蹂躙されるだけの狂った世界。
『お前には死ねない理由が、生きる為の理由があるはずだ』
当たり前だ。こんな場所で死にたい奴が居るはずがないだろ。
俺にはやるべき事が、成さねばならないことがある。
脳裏を過ぎる二人の妹──この手で守らなければならない存在と、この手で討たねばならない存在──の姿。
ドクンッ、と何かが胎動する。
いや、目覚めたというべきか。
羽ばたきが聞こえ、釣られて天を見上げる。
そこには黄昏色の光を浴びる禍々しい紅の怪鳥の姿があった。
広げられた大翼に存在する無数の瞳、その全てが俺の姿を捉えていた。
一見すれば得体の知れない存在であることは間違いなく、またその気になれば俺を苦もなく消し去れるだろうことは容易に想像が付いた。
けれど恐怖や不快感といった感情は微塵も湧き上がっては来ない。
むしろこの胸に抱くのは懐かしさとでも言い表せる感情であった。
だからだろうか、初めて見るはずのその姿を識っているような気がして、本能が求めるが儘に手を伸ばしていたのは。
力、誰にも負けない力、世界に負けない力、俺だけの力。
『ならばやるべき事は既に理解しているな?』
言われるまでもなかった。
必要なことは既に俺の中にあったのだから。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴様たちは────」
そう、願い、命じるだけでいい。
撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。
なら既に引き金を引いた者達に対して、迷う必要も躊躇う必要もない。
弁明も命乞いも聞きたくはない。
ただ────
「死ね」
黙って消えろ。
結果は語るまでもない。
実に呆気なくその場に新たな死体が追加された、それだけのことだ。
『どうだ。自らの言葉、己が力によって人を殺めた気分は?』
「お前なら分かるんじゃないのか?」
『くくっ。ああ、違いない』
苦笑する男が役目を終えたとでも言いたげに踵を返し、背後に存在する石の扉に触れた瞬間、その輪郭が歪み始める。
否、仮面の男の姿だけでなく、空間そのものが歪み、色褪せ、存在が稀薄になっていく。
それはまるで蜃気楼が揺らめき、儚く消えていくかのように。
時間か、それとも役目を終えたからか。
何れにしろ、この世界は間もなく消えるのだろう。
『そうだ、最後に一つ忠告しておこう。あまり羽目を外すなよ、慢心すれば足下を掬われるぞ。などと言えばお前に言われるまでもないと返されるのがオチだろうがな』
「なら敢えて言ってやるさ、お前に言われるまでもない」
『くくっ、アハハハハッ』
遠退いていく意識の中、男の楽しげな笑い声が耳に残る。
終ぞその仮面の下にある素顔を拝むことは出来ず、正体を曝くことはできなかったが、それでも何故か男の事を昔から知っていたような気がした。
確証なんてない。それこそ勘と言ってしまえばそれまでだが……。
◇
「何だ、童貞坊やには刺激が強すぎたか。なぁ、ルルー────」
意識が完全に現実の世界に戻り、最初に耳にしたのは他でもない、己が唇を強引に奪った拘束衣の女のものだった。
途端に眉間に皺が寄り、表情が険しさを増す。
愛する人のためなどと乙女思考なロマンチストではなく、ファーストキス云々と口にする気はない。
それこそ場合によっては、人より幾分優れた容姿を武器として使用することは選択肢にも挙がっていた。
だがそれでも不満がないわけではない。
だからだろうか、彼女に対する態度は自然と厳しいモノとなる。
「黙れ、痴女」
口元を手の甲で拭いながら、そう告げて冷ややかな視線を向ける。
すると彼女はどういう訳か驚愕に目を見開き、わなわなと唇を震わせると、足下から崩れかのようにその場へとへたり込んだ。
そしてうわごとのように何故だ、どうして、こんなはずじゃない、何かの間違いだと繰り返す。
まさか自分の行動を褒め称えられると考えていたのだろうか?
いや、確かに左の瞳に宿り、発現した力のことを思えば、それを手にするための一連の事象は彼女を
彼女の存在がなければ、俺は無残にもこの場で命を落していた事だろう。
つまりこの女は──釈然としない部分もあるが──まさしく命の恩人と呼ぶべき存在ということになる。
感謝しないわけではないが、それを素直に伝えるには心の整理が必要だった。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
さて、どうしたものか。
窮地を脱したとはいえ、ここはまだ戦闘領域内だ。
いつまでもこの場に留まっているのは得策じゃない。
出来れば合流地点へと急ぎたいが、彼女がこの様子では難しい。
少なくとも身を隠せる場所に移動したほうが良いだろう。
しかしそう考えたのも束の間、どうやら行動に移すのが遅かったようだ。
突如として轟音と共に建物の壁が崩れ落ちる。
舞い上がる砂埃の中、それは姿を現わした。
青紫色の巨人。
その名はRPI-13=サザーランド。前世代機であるグラスゴーの実戦運用データを元に基本性能を高め、コックピットの居住性なども向上させた、現在のブリタニア軍主力KMFであった。
生身で対峙すれば、それは死を意味している。
本来なら一か八か尻尾を巻いて逃げることが得策であった。
けれど今からでは不可能だ。
すでに展開された頭部装甲の下、露わになった高性能センサー=ファクトスフィアが建物内部の状況をつぶさに捉えていた。
俺の存在は元より、この血の海広がる凄惨な現場を余すことなく。
ならばそれを見たパイロットは、当然生存者である俺に対してこう問い掛けるだろう。
『ここで何があった? ブリタニアの子供がこんな場所で何をしている、答えろ!』
と、想像通りの言葉がサザーランドから放たれる。
いや、何も放たれたのは言葉だけではない。
『さもなくば────』
サザーランドは装備していたライフルによる威嚇射撃を行い、人間など容易く葬り去れる鉄の銃弾を撒き散らす。
そしてより高圧的な口調で問い繰り返した。
本来なら対象者は当然身を竦ませて、唯々諾々とパイロットの言葉に従ったに違いない。
ただ生憎と今の俺には当てはまらないのだがな。
「ちっ、そこから降りろ。今すぐに」
KMFのパイロットに対して絶対遵守の命令を下す。
何人も抗うことの出来ない命令を。
『はぁ、ふざけているのか! 貴様、何様のつもりだッ!』
だが返ってきたのは怒気を孕んだ否定の言葉。
そうか、やはり直接対象者の目を見ないと駄目か。
なに想定内のことだ、問題は無い。
この不可思議な力と同様、いつの間にか脳内に刻まれた
だとすれば他の条件も同じと考えてもいだろう。
誰の差し金かは分からないが、取り扱い説明書付きとはお優しいことだな。
「私はアラン・スペイサー、父は侯爵だ。内ポケットにIDカードが入っている。確認した後、保護を頼みたい」
両手を挙げ、抵抗の意思がないことを示しつつブラフを口にする。
貴族主義のブリタニアにおいて爵位は絶対的なステータスであり、爵位の序列は決して覆すことの出来ない力関係を如実に表わしている。
前線に出るKMFパイロットには一代限りの騎士候位が多いことを考えれば、例え不審感を抱いたとしても無下にはできないはすだ。
『良いだろう。手は挙げたままにしろ、IDは俺が確認する』
掛かった。
思わず吊り上がりそうになる口角を抑えるのに苦労する。
さあ、あとはチェックを────
しかし時として世界は残酷に俺の想像を超えてくれる。
再びの轟音と共に俺の視界には、新たに出現した紅いKMFがサザーランドを蹴り倒し、追撃によってそのコックピックブロックを粉砕する光景が映り込んだ。
運のないことにハッチを展開させ、パイロットシートをスライドさせた矢先の出来事であり、サザーランドのパイロットは即死だったに違いない。
一方、予期せぬ乱入者である紅いKMF=グラスゴーには見覚えがあった。
今回の計画のためにブラックマーケット経由で入手した軍の横流し品だ。
どこにでも不埒な考えを持つ者はいる。
それが世界最強と名高いブリタニア軍だとしても、組織が巨大化するほど監視の目は届き難くなり腐敗の芽を取り除くことは不可能なのだろう。
「無事かい?」
グラスゴーから降りてくるのはヘアバンドがトレードマークの青年、名は紅月ナオト。
このシンジュクゲットーを中心に活動していた
彼は俺の前まで歩み寄るとおもむろに跪く。
そして────
「貴方の騎士=紅月ナオト推参しました。ご無事で何よりです、姫」
気障ったらしく戯れ言を宣いながら俺の手を取り、その甲に口付けを落す。
「ッ、離せ! お前を騎士にしたつもり、するつもりも無いと何度言えば分かる! それと二度と姫なんて呼ぶな!」
背筋に悪寒を感じ、咄嗟に掴まれた手を払い除ける。
「あははっ、つれないね、姫は」
くっ、コイツ。
まったく悪びれた様子もなく立ち上がった紅月ナオトは周囲に視線を巡らせ、僅かに瞳を細めた。
「しかし派手にやったじゃないか」
否応なく視界に入ってくる惨状。
罪なき民間人、それも力なき同国民の亡骸。
既に死体となっているが、銃火器を手にし、容易く他者の生命を奪える存在のブリタニアの軍人。
この場で何が起きたのかを推し量る事は容易い。
それでも紅月ナオトは感情的になることなく、冷静さを保っていた。
「この様子だと奪った毒ガスを使用したのかい? てっきり神経ガスの類だと考えていたんだけど、同士撃ちをしているところ見るに精神に影響を及ぼす
ああ、でも興味深いと言えばそこのお嬢さんは何者なんだい? キミがこんな状況下で女を口説くとは思わないけど」
紅月ナオトの鋭い視線が、俺の傍らで今もなお呆然としている少女を捉える。
さて、この女の事をどう説明するべきか。
真実をありのまま伝えることは論外だが、誤魔化すことは容易ではない。
「軍人から逃げる途中で出会った、詳しい事は不明だ」
「ふ~ん。ま、今はそう言うことにしておこうか」
尤もこの程度の嘘が通用するとは最初から思っては居ない。
目の前の男は、言動は軽いことも多々あるが聡い人間だ。
だからこそ一定の信頼を置いている。
「さあ、いつまでもこうしているわけにはいかない。合流地点に急ごうか。もちろん彼女も連れて行くんだろ?」
「ああ、当然だ」
巻き込んだ、あるいは巻き込まれた以上、このまま放置しておくことなどできはない。
何より、もし仮に俺が手にした不可思議な力を誰にでも与えることができるとすれば、その脅威はもはや毒ガス程度の比ではないのだから。
ブリタニア──いやクロヴィスの独断かも知れない──が捕獲拘束し、場合によっては人体実験に手を染めていたとしても頷けるというもの。
「暴れるようなら猿轡でも噛まして床に転がせておけばいい」
「おやおや、我が姫は随分と不機嫌なことで」
「まずはお前の口から塞いでやろうか?」
「熱いキッスなら大歓迎だけどね」
「勝手に言ってろ、馬鹿。お前はそいつを連れて先に合流地点へ向かえ、到着後は俺の指示があるまで待機。不測の事態への対応はお前に一任する」
「キミはどこへ行く気なんだ、零?」
僅かに険を帯び、訝しげに紅月ナオトが問う。
安心しろ、裏切ったりはしないから。
「決まっているだろ? 宴の準備だ」
そう、ブリタニアに敗北という名の苦汁を振る舞うための盛大な宴だ。
彼等は今日この日を以て知ることだろう、自分達が仮初めの強者でしかなかったことを。
そして震えるがいい。弱者と侮り、見下し、踏みにじってきた者達が裡に秘めた刃に。
さあ、反逆を開始しよう。
◇
時折揺れる狭い通路、遠方より聞こえてくる爆発音をBGMに二人の少女が歩みを進める。
「どこもおかしなところはないでしょうか?」
薄桃色の柔らかな髪の少女はどこか緊張した面持ちで、隣を歩む黒髪の少女へと問い掛ける。
「とんでもない、よく似合っているよ。後はいつものように堂々と演じればいいだけさ」
着慣れない軍服を気にする薄桃色の髪の少女の姿を微笑ましく思いながらも、黒髪の少女は内心苦笑する。
このやり取りは何度目のことだろうか、と。
数えることも面倒になるほどであることは憶えている。
「私に上手く務まるか不安です……」
「君なら出来るよ、これまでも、そしてこれからも」
そう言って黒髪の少女は薄桃色の髪の少女の手をそっと取り、繋いだ手に優しく力を込めた。
そこには疑う余地のない絶対の信頼が含まれていた。
「大丈夫、ずっと私が傍に居るから」
彼女達は互いに理解していた。
これまで互いがその信頼に応え続けてきた事実を。
だからこそ揺るがない絆の強さが存在していた。
「だったらいつものおまじないを掛けて下さい」
「恥ずかしいじゃないか、こんな所で」
「誰も見ていませんから問題ありません」
「それじゃあ上手くいった時のご褒美はなしだよ?」
「うぐっ、ひどいです」
拗ねたように口を尖らせた薄桃色の髪の少女だったが、先程まで感じていた不安はもはやその胸にはない。
足取りは軽く、そして力強い。
二人が進む先、扉が彼女達を待ちかねていたかのように開いていく。
踏み出すは今まさに幕を上げんとする舞台。
その題名は後の世にシンジュク事変と呼ばれることとなる戦場であった。