視界が閃光によって白く染め上げられるとほぼ同時、まるで押し倒されるかのような衝撃を受け、踏ん張ることもできず身体が背後へと倒れて床に尻を打つ。
いや、まるでではなく実際に俺はスザクの手によって押し倒されたようだ。さらにスザクは毒ガスの流出の可能性に対して、装備していた防毒マスクを自分ではなく、俺の口元へとあてがっていた。
俺を守ろうとするスザクの行動。果たしてそれは友情からか、それとも自分の未来にとって価値のある駒だからか。
スザクの真意は分からない。
だが今のスザクに情けを掛けられ事実を──例え生命の危険にさらされようとも──受け入れる事はできない。
咄嗟に離せと抵抗を試みようとした直後、別のモノに意識を奪われた。
それは二つの金色の瞳。
先程まで俺とスザクしか存在しなかった空間に第三者の姿があった。
ブリタニアの白き拘束衣に身を包んだ、鮮やかな緑の髪の少女。
彼女は展開されたばかりのカプセルの中心で、感情の読めない視線を静かにこちらへと向けてくる。
絡み合う視線。
少女から目が離せなかった。
──ざざっ……もう一度呼べ、先ほどのように。一度だけだ。大切に、優しく、心をこめてな。
「────」
「毒ガスじゃ……ない……?」
少女の姿を視界に捉え、スザクが呆然と呟く。
その声を切っ掛けに思考が再稼働を始める。
スザクが抱いた疑問は当然の疑問だ。
俺だって同じ疑問を抱いている。
むしろ困惑の度合いは俺の方が上だろう。
毒ガスが保管されているはずのカプセルから出現した謎の少女。
認めたくはないが、残念ながら現状を言い表すならばそれしかない。
どこかで中身をすり替えられた?
いや、そんなはずはない。
仮にすり替えられていたとして、何故代わりに人間がカプセルに入っている?
そんな事をして何の意味がある?
まだ着色ガスとすり替えた方が騙せるというもの。
まさかこちらが混乱する事を狙って?
もしそれが事実なら最初からこちらの動きが漏れていた?
何故だ?
使ったテロリスト内部に裏切り者、ブリタニアへの内通者が居る。
待て、そう思考を誘導し、疑心暗鬼に陥らせる事こそ相手の思惑だという可能性だってある。
落ち着け、そもそも前提が間違っていたとすれば……。
あの場所で製造されていたのは毒ガスなどではなく兵器化されたウイルス、細菌兵器の類だったなら。
だとするとこの少女はウイルスの保菌者とでも言うのか?
自律が可能であり、歩くだけまたは呼吸するだけで周囲に死を撒き散らすとすれば毒ガス以上の脅威となるだろう。
他の可能性で考えられるのは、身体強化が施された生体兵器やアンドロイドといったところだが……ハハッ、どこの創作物語だ。
いや、だがKMFだって10年前では実戦配備など考えられなかった代物。
なら人の姿を模した機械兵器だって存在しないとは言い切れない。
現にブリタニア軍の一部では医療サイバネティクス技術の進歩により、欠損部位の機械化治療が導入されている。人工スキンを纏えば一見しただけでは見分けがつかないとも聞き及ぶ。
故に目の前の少女が外見どおりであるという保証は微塵も存在していないだろう。
不測の事態に遭遇し、正体不明の少女について思考を巡らせている俺をよそに、スザクは平然とした様子で少女へと近付いていく。
「ッ!? よせ、スザク! 致死性の高いウイルス保菌者や体内に毒性物質を内包していたらどうする!?」
「大丈夫だよ、ルルーシュ。ブリーフィングを聞いた限り、その可能性は低いと思うから」
馬鹿が、この状況でまだそんな事を。
あのブリタニアが危険を伴う任務で、捨て駒同然の名誉ブリタニア人相手に真実を伝えるはずがない。
何を根拠に問題がないと判断した?
野生の勘か、それとも本能か。
俺の知るスザクなら有り得なくもないが。
「第一この娘の正体が何にしろ、このままにしておくことはできないよ」
少女へと歩み寄ったスザクは彼女の身体を抱き抱え、その縛めを弛めていく。
博愛主義、いや人道主義とでも言うべきか。
倫理的に考えれば、それが正論であることは間違いない。
しかしそれはあくまで平時ならと注釈が付く。
そんな俺の心の内を見透かすように、スザクは笑みを浮かべて言葉を続けた。
「それに────」
この状況は利用できそうじゃないか、と。
ああ、そうだ。もちろんその考えには俺だって思い至った。
総督府が毒ガスと偽り、軍を導入してまで回収に乗り出した少女。
彼女の価値は計り知れず、懐に入れればブリタニアに対する切り札の一枚と成り得るかも可能性を秘めている。
だがその正体が不明な以上、抱え込むにはあまりにリスクが大きすぎた。
そしてその杞憂はすぐに現実のものとなる。
「この猿がッ……、名誉ブリタニア人にはそこまでの許可は与えていない」
多分の苛立ちと僅かな焦りを孕んだ高圧的な声とともに向けられる強い光。
投光器が齎すその光に照らされて浮かび上がるのは、ライフルを構えて立ち並ぶ男達の姿。
彼等が身に纏うのは一般軍人とは異なる赤い軍服。
それが何を意味するのかは理解している。
現エリア11総督=クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊。
つまり彼等の出現により、状況は格段に悪化したことになる。
「あぁ、そう言えばカプセルを発見した時、点数稼ぎのために真面目に報告したんだったっけ。まさかルルーシュと再会するとは思わなかったからね。時期尚早だったかな」
自嘲気味に呟いたスザクはすぐに立ち上がると、神妙な面持ちを作り、親衛隊の隊長と思われる男へと駆け寄っていく。
「しかしこれは! 毒ガスと聞いていたのですが────」
「抗弁の権利はない!」
弁明を試みるスザクの言葉は当然のように一蹴された。
あくまでも命じたのは奪われたカプセルの発見であり、それ以上は親衛隊の手によって内々に処理する事案だったのだろう。
男の声に含まれる感情は怒りよりも焦りの色が強く感じられる。
やはりこの少女は毒だった。漏れ出れば彼等や、それこそその上に立つクロヴィスの立場をも揺るがし、脅かすほどに強力な。
一体何者なんだコイツは?
いや、それより今は自分の身を第一に考えるべきだ。
理由は何であれ中身を見てしまった以上、目撃者である自分達が無事では帰れるはずもない。
「だがその功績を評価し、慈悲を与えよう」
そう言って男は腰のホルスターから抜いたハンドガンをスザクへと差し出す。
「枢木一等兵、これでテロリストを射殺しろ」
ッ、本当に予想通りの展開じゃないか。
スザクに俺を殺させ、その後でスザクを殺す気だろう。
ブリタニア人を殺すことに若干の抵抗はあるが、名誉ブリタニア人を殺すことには躊躇いもなく罪悪感も抱きはしない。
むしろ同国人を殺した犯罪者を処刑したという免罪符、それどころか誇るべき事実を手にできる訳だ。
「しかし、彼は────」
「貴様ッ! これは命令だ。お前はブリタニアに忠誠を誓ったのだろう?」
「はい、だからこそです」
「何ぃ?」
スザクの反応が予想外のものであった為か、男の眉間に深い皺が刻まれ、眼光が鋭さを増していく。
「彼を殺すことはブリタニアに対して不利益となります。いえ、むしろブリタニアに弓引くも同じことを意味します」
「貴様、何を言っている?」
ああ、そうだ。俺達二人が共に生き残る為にはそれが正しい選択だ。
俺の素性を明かし、ブリタニアへと売る。
保身の長けた相手なら戯れ言だと一蹴する事はなく、もし仮にそれが事実とすれば計り知れない功績を手にできる可能性に思い至ることだろう。
しかもクロヴィス直属の親衛隊ともなれば真偽の確認は容易く、もしその過程でクロヴィスが興味を抱けば、少なくともこの場で即射殺とはならないはずだ。
そうなれば逃走の可能性も生存の可能性も跳ね上がる。
何より俺の存在が公になる事はスザクにとって、目的を達成する上で願ってもないチャンスと成り得る可能性を秘めている。
「だって彼は────」
スザクが俺を一瞥する。
その瞳は告げていた。
許しは請わないよ、ルルーシュ、と。
ああ、分かっている。
だがな、スザク。
俺もこのまま黙って利用されてやるわけにはいかないんだよ。
だから俺は密かに伸ばした手の先、ウインドブレーカーのポケットの中でそれに触れた。
半瞬、カプセルを運搬していたトレーラーの運転席が炎に包まれ、続けて大規模な爆発を伴い弾け飛ぶ。
そう、俺が起動させたのはトレーラーの自爆装置。
もちろん計画が失敗し、運転手のテロリストがブリタニアの手に落ちるような窮地に陥った際、全ての証拠と共に消えてもらうために設置したものだ。
まさかこんな風に使うことになるとは夢にも思って居なかった。
相手の注意を逸らし、また混乱に乗じて逃げる隙を生み出してくれればと願ったが、期待以上の効果をもたらしてくれたようだ。
上部の岩盤を砕いたのか、降り注ぐ大量の瓦礫と土砂が完全に俺とスザク達を分断する。
残念だったな、スザク。
けど謝らないぞ、俺達は友達だからな。
「行くぞ、走れ!」
俺は少女の手を掴み、走り出す。
リスクは背負い込むべきではない。
本来なら捨て置くべきだ。
だけどそんな事はもはや言えない状況となった。
なら使える手持ちのカードは多いに越したことはない。
だがこの時の俺は知る由もなかった。
その選択の結果が、すぐに眼前へと突き付けられる事実を……。
◇
『逃げられただとッ!? それでも親衛隊か!』
「も、申し訳ありません。爆風はほぼ上方へ拡散したのですが岩盤が────」
『何故お前達だけに教えたと思っている!』
「た、探索を続行します! くそっ、どうだ! あのガキと女は追えそうか!」
「い、いえ、瓦礫が完全に通路を塞ぎ、撤去は困難かと!」
ああ、そうだよ。
事前に幾通りものパターンを構築し、幾重にも策を張り巡らせる。
それでこそ、ルルーシュだ。
「貴様ッ、何をヘラヘラ笑っている!」
怒声と共に頬に衝撃が走り、熱と痛みが襲い来る。
口の中を切ったのか、鉄の味が口内を満たした。
しかし言われて初めて気付く、自分が心の底から笑っていたことに。
「あの時、貴様が命令に従っていれば、こんな事にはならなかったものを!」
頭に血が上った隊長格の男がハンドガンを突き出した。
もちろん今度は銃口を僕に向けて。
同時に部下の男達も手にしたアサルトライフルを僕に向けて構え直す。
命令違反で銃殺刑かな?
やれやれ、だったら格好つけず最初から自分でやれば良かったのにさ。
そう考えながら、そっと唯一携行を許された武装──軍用ナイフへと手を伸ばした。
柄に触れた瞬間、ふと脳裏に思い出す。
かつてナイフ一本で銃を手にした大人達を惨殺し、惨状を生み出した彼女の事を。
そして彼女から向けられ、心の奥底に刻まれた最後の言葉を。
“君は英雄になれる男だ、悪い魔女から世界を救った英雄に”
そうだ、この程度の相手、この程度の状況を打破できないようでは英雄と呼ばれる地位に立つことなど到底できはなしない。
そう、この程度は逆境でも苦境でもない。
ついさっきまで前の前には確かな希望が存在していたのだから。
ルルーシュが消えた方向を一瞥する。
今日の所は僕も諦めるよ。
だけど、またすぐに会えるよね?
きっと君のことだ。トウキョウ租界内、少なくても租界近郊──それこそ日帰りできる距離──に居を構えているはずだ。
彼女の為に。
ま、まずこの状況を無事に脱することができたらの話だけね。
「死ね!」
そして銃声が地下空間に響き渡る。
◇
「良いか、そこで待っていろよ」
どうにか合流地点に程近い地上への出口へと辿り着いたルルーシュは、少女にそう声を掛け、地上の様子を窺うためにゆっくりと身を乗り出した。
視界に映り込んだのは戦火を逃れ、集まってきたシンジュクゲットーの住民。ブリタニアが不法占拠住民と呼ぶイレヴン達の姿。
彼等は息を殺し、ブリタニアの脅威から隠れるために身を寄せ合い。
その中には戦うことのできない老人や子供、赤子を抱いた女性の姿も多くあった。
皆その表情は諦観と絶望の色に染められている事実が重く胸にのし掛かる。
そして彼等は絶望の足音がすぐ傍まで迫っている事実に気付けなかった。
銃声、銃声、銃声、銃声、銃声。
無数の銃声が響き、逃げ惑うイレヴン達が悲鳴を上げ、やがてその声は消えていく。
まるで自分に助けを求めているかのように聞こえた赤子の泣き声が、いつまでもルルーシュの耳に残っていた。
「おいおい、俺の分も残しておけって言ったじゃねぇか」
「知るかよ、これで俺がトップだからな」
「何言ってんだよ、ここからが本番だろ?」
感情を逆撫でするブリタニア兵士達の下卑た笑い声に、目の前が真っ赤に染まる。
任務だから、上官の命令だから仕方がない。
そう自己弁護の根拠とし、また正当性を主張し、免罪符として掲げて行われる殺人行為。
中にはそれを狩りやゲームと呼び、己が嗜好を満たすために楽しむ狂人も存在する。
そう、現に目の前に。
「……何だこれは」
世界の理は弱肉強食。
弱者は強者によって虐げられる。
それを肯定するブリタニアの国是を幼少期から刷り込まれ、凝り固まった異常な選民意識の前では、ナンバーズの命の価値は家畜にも劣る。
名誉ブリタニア人になれない者に至っては塵芥の価値すら存在しない。
それがブリタニアという国家であり国民だった。
腐ってやがる、本当に。
ルルーシュは胸の中で吐き捨てる。
ブリタニアに対して、そして自分に対して叩き付けるように。
目の前の惨状を生み出した原因の一端が自分にあることは理解していた。
計画を実行に移す前の段階から予測できていたはずだ。
自分達が動いた結果、ブリタニアがどんな行動を起こすかなんてことは。
テロリストの潜伏先と成り得るシンジュクゲットーの破壊。
テロリストを匿い、幇助した罪として住民の物理的な排除。
その果てに失われ、奪われる多くの命。
分かっていた。
分かった気になっていた。
だが現実のものとして眼前に突き付けられた結果は、あまりにも悲惨で、あまりにも重い。
だからルルーシュはゆっくりと立ち上がり歩み出る。
止めろ、と少女が制止のために手を伸ばすが、その手はむなしく空を切る。
もちろん勝算なんてない。
例え何かができたとしても、一度失われた命が戻ってくることなどない。
分かっている。
分かっているが立ち止まることはできなかった。
「ん、何だよ、お前はよッ!」
掴み掛かろうと伸ばした手が届くより先、相手の拳がルルーシュを捉え、その華奢とも呼べる身体を壁際へと吹き飛ばす。
「で、何コイツ?」
「英雄気取りのガキとか?」
「アレじゃねぇか、アレ。ほら、主義者とかいうやつ」
「ああ、ブリタニアを憎むブリタニア人だったけ? じゃあ、殺しても良いよな?」
「異議無し。ってか、最初から生かす選択肢なんてないけどな」
「ブリタニア人の場合はボーナスで良いだろ?」
「うわぁ、ずりぃ」
「じゃ、俺の獲物ってことで」
ルルーシュを殴り飛ばした男が銃口を向け、トリガーへと指を掛ける。
次の瞬間────
「殺すな!」
射線を遮るように飛び出してきた少女がルルーシュの前に立つ。
「今度は何だよ、コイツの女か?」
「ってか、拘束服とかどんだけマニアックなんだよ?」
「さすがにないわぁ~」
「いや、お前がどんな店行っているのか知ってるからな」
「え、マジで?」
再び飛び込んできたイレギュラー。
だけど男達は自分達の優位性が揺らぐことは微塵も無いと考えていた。
場違いな格好をしていても所詮は丸腰の少女。
戦場が齎す昂揚感、そして弱者の生命さえ自由にできる強者に立つ全能感に酔いしれている現状、彼等は自身の破滅を想像することすら敵わない。
だから彼等はニヤついた下劣な笑みを浮かべ、自ら破滅の未来へと進んでいく。
「まあ、俺だって鬼じゃねぇから、最後のキスぐらい待ってやるぞ」
「どんだけロマンチストなんだよ、お前」
「うっせぇぞ、外野は黙ってろ!」
男の言葉を真に受けたのか、少女はルルーシュへと振り返り、ゆっくりと歩み寄る。
一方、自分が置かれた状況について行けずルルーシュは困惑するばかりだった。
少女が伸ばした手をルルーシュの頬に添える。
「お前、一体何のつもりだ!」
兵士達が自分達の関係を誤解している事は理解できた。
だが目の前の少女の行動を理解する事はできない。
「おいおい、本気でやるらしいぞ、あの女」
「気でも触れたんじゃね?」
「ヒューヒュー」
囃し立てる兵士達をよそに、少女はルルーシュに顔を寄せると、年不相応に思える妖艶かつ神秘性さえ感じさせる笑みを浮かべ、彼だけに聞こえるよう静かに囁いた。
「お前には生きる為の理由があるんだろう? だからお前に力を与える。これは契約、力をあげる代わりに私の願いを叶えてもらおう」
「だから何を言って────むぐっ!?」
少女は踵を浮かせ、自らの唇をルルーシュの唇へと重ねる。
次いで侵攻した少女の舌が彼の口内を蹂躙し、それと同時に彼女の額に刻まれた──羽ばたく不死鳥を模したかのような──紅き刻印が誰に気付かれることもなく光を帯びる。
ルルーシュの意識はここではないどこかへと飛ばされていた。
流れゆく景色のように、浮かんでは消えていく幻想。
煌めく星々、絡み合う歯車、舞い上がる白き羽根、祈りを捧げる巫女、黒と白の仮面。
さらには黄昏色に染まった世界に佇む父親の後ろ姿と、人を見下すような笑みを浮かべた双子の妹の姿が見えた気がした。
そして終着点に存在する石の扉。巨大な門とも形容できるその扉が、ゆっくりと開いていく。
僅かに開いたその隙間から零れだした闇が一点に集まり、朧気ながら人の輪郭を形成していくかのように蠢いた。
──ざざっ……私は■■、力あるモノに対する反逆者である。
「ッ」
次の瞬間、左の瞳の奥が熱を持ち、得体の知れない何かが宿ったような奇妙な感覚に襲われる。
ただ不快感はなく、むしろそれがあるべき形だとすら思えた。
口付けを止めた少女はルルーシュから離れる。
名残惜しむように自らの唇に触れ、恋に恋する少女のように熱の籠もった瞳を向けながら。
「見せ付けてくれるねぇ。じゃあ、お別れのキスも済んだことだし、そろそろ────」
「死ね」
銃を構えた男が言い終わるよりも早く、ルルーシュは短く言葉を発する。
目の前の男達の死を願いながら。
それはもはや命令とさえ呼べる鋭さと絶対的な『力』を有していた。
『イエス、ユア・ハイネス!』
だから男達は了承の意を返すと、手にした銃火器の銃口を互いに向け合い、躊躇うことはなく、それどころか喜んでいるかのように笑顔で引き金を引く。
その結果、彼等が迎えるのは当然の結末。
銃声と共に幾重にも重なる死体の山を築き、その場に静寂が訪れることとなる。
ルルーシュは目の前に広がった惨状を静かに見つめたまま──心の中で祈りや黙祷を捧げているのか──立ち尽くしていた。
そんな彼を気遣ってか、少女は努めて明るい口調でルルーシュへと声を掛けた。
「何だ、童貞坊やには刺激が強すぎたか。なぁ、ルルー────」
「黙れ、痴女」
だが対照的にルルーシュは口元を手の甲で拭うと、吐き捨てるかのように罵倒の言葉を口にし、冷ややかな視線を少女へと向ける。
そこに少女が望んだ親愛の感情が含まれていることなど微塵も無く。
「……ち……じょ……?」
祖国に棄てられ、居場所すら奪われた悲しき皇子の中で魔人が目覚め、後の英雄譚たるピカレスクロマンが幕を開け、今この瞬間にも再び反逆の狼煙が上がる。
そう、本来ならばそのはずだった。
長い時の中で彼女が待ち望んだ魔王と魔女の運命の邂逅。
けれど実際に訪れた待ち焦がれた瞬間は想像を裏切り、大きく異なる展開を見せる現実に彼女は驚愕し、また呆然とし、消え入りそうな声で呟いた。
「どうして……ルルーシュ……」
絶望と共に込み上げたものは、ただただ疑問ばかりであり、どうにか紡ぎ出したそのひと言が、彼女の心の内の全てを物語ってるのだった。