ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザク。
今まさに戦火に包まれようとしているシンジュクゲットーの地の底で相対する二人の少年。
かつて生き別れた親友と7年の歳月を経て、奇跡的に再会を果たした事実を喜ばなかったと言えば嘘になる。
本来ならば互いに近況を報告し、今までどんな暮らしを送ってきたのかを語らい、昔話に花を咲かせるなんて展開もあったはずだ。
だが今現在、彼等が置かれている現状、また立場がそれを邪魔していた。
驚きを隠せず言葉を失う。
まさかこんな場所でスザクと再会を果たすとは思いもしなかった。
いや、少なくとも自分にはお似合いだと心の中で自嘲する。
本当に世界は広いようで狭い。
「まさかこれ……今回の騒動は、君の仕業なのか?」
僅かな静寂の後、先に口を開いたのはスザクだった。
声は微かに険を帯び、先ほどまで浮かべられていた親しげな笑みは既に消えている。
テロリストによって強奪された毒ガスの保存カプセル。
そんな物的証拠のすぐ傍に居た人間を疑うなと言う方が無理というものだ。
第一その想像は何も間違っていないのだからな。
「ああ、そうだ。と言ったらどうする?」
偶然巻き込まれたと弁解することは容易い。
多少無理のある言い分にはなるが、当然言い訳は複数パターン用意している。
けれどスザクに嘘は吐きたくない、それが俺の本音だった。
しかしながらそこには、あくまでも出来るだけと注釈が付くことになるが。
だが事実を認めることに不安がないわけじゃない。
相手はかつての親友といえど、毒ガスの捜索を命じられたブリタニア軍人。
地位向上を目指し、より多くの功績を挙げるために、可能なら事件に関わった者を捕縛しようと考えてもおかしくはない。
もっともその考えは杞憂であったようだが。
「君の願いを実現するため、ブリタニアをぶっ壊すためなんだろ? 物理的な手段を求める。うん、分かり易くて良いじゃないか」
「ッ、何だ、お前も憶えているのか?」
ブリタニアをぶっ壊す。
それは幼き日に抱いた願いであり、今現在に至ってもなお、俺の心に強く焼き付いた想いでもある。
到底忘れることも、ましてや捨て去ることも出来ない物であることは間違いない。そう、間違いなのだが、改めて他者に指摘されると気恥ずかしくもある。
かつての言動を知る者がスザクのみである点は、俺の精神安定上の救いだろう。
「もちろん、憶えているよ。忘れるはずないじゃないか」
「いや、そうだな。忘れられるはずがない……」
あの時感じた憎悪と憤怒は、いまだ消えるこなくこの身に宿っている。
例えどれだけ時間が経とうとも決して潰えることはないだろう。
鳥籠の安寧の中、素性を隠し、本心を偽り、自身さえ騙すために身に付けた仮面。
その下に押し殺してはいるが、ふとした拍子に溢れ出しそうになる。
そう、今この瞬間も────
「あはは、変なルルーシュ」
「笑うな」
「ごめんごめん」
溢れ出しそうになった負の感情。
だがそれは7年ぶりに交わす、スザクとの懐かしきやり取りによって霧散する。
「……ありがとう」
「え、何か言った?」
思わず零れた感謝の言葉に赤面しそうになるが、どうやらスザクの耳には届かなかったようだ。
「いや、何でもない。それより何故お前がブリタニア軍なんかにいる?」
「話すと長いんだけどね。君たちと別れた後、いろいろあったんだ。本当に色々と」
そう言って僅かに視線を逸らし、過去を振り返っているのか、どこか遠くを見つめるスザク。
あの夏の終わり、俺達と別れた後、スザクがどんな道を歩んだのかは分からない。
それでもその身に多くの苦難が降り懸かった事だけは容易に想像ができた。
日本最後の首相の息子、その肩書きに価値がないはずがない。
未だ日本各地で抵抗を続ける勢力からすれば、日本解放の大義名分を得ると同時に、戦意昂揚にも効果のある申し分のない旗頭となることだろう。
当然ブリタニアも警戒し、身柄の確保に動いたに違いない。
ブリタニアの手に落ちれば最低でも常に監視下に置かれた軟禁生活。最悪の場合、不穏分子として強制収容施設へと送られ、劣悪な環境での生活を強いられたはずだ。
「そんな中で柄にもなく色々と考えたし、情報を集めて勉強もしたよ。本来は君の得意分野なんだろうけどさ」
慣れないことはするもんじゃないね、とスザクは自嘲する。
零れ落ちた悲愴感を自ら打ち消すように。
「でね、力を得るためにどうしたらいいのか、その答えとして導き出したのがブリタニアを利用する方法だったんだ。
だから名誉ブリタニア人として軍に所属し、功績を挙げて上を目指すことにしたよ。身体を動かすのは得意だからね。ルルーシュ、君も知っているだろ?」
「ああ、嫌というほどな」
スザクの身体能力が高いことは語るまでもない事実である。
スザクが先生と慕っていた軍人=藤堂鏡志朗から武術の教えを受けていた道場を見学した事があるが、スザクの身体能力は同年代の子供とは思えないほど高く、当時既に大人顔負けだったことは鮮烈に記憶している。
現に野山を駆け巡った際には、ボロボロになるまで振り回され、身を以て実感させられた過去もあった。
あれから7年、努力を怠ることなく順調に成長していたとすれば、もはや計り知れない身体能力を有していても驚きはしない。
いや、さっきの空中回転キック──確か正式名は陽昇流誠壱式旋風脚だったか──を見て、そして実際に受けて確信している。
「その先で出来ることなら皇族に近付けたらなんて考えていたんだけどね」
「皇族に近付く? まさか暗殺でもするつもりか?」
「暗殺ね、手近な所だと現エリア11総督=クロヴィス・ラ・ブリタニア。彼がターゲットになるのかな?」
俺の言葉にスザクは否定の意を滲ませながら苦笑する。
「ブリタニアを憎む君らしい発想だとは思うけど、残念ながら違うよ。もちろんその考えに至らなかったと言えば嘘になるけどね。
でも気付いたんだ。できるできないは別として、彼一人殺したところで意味はないって。
彼を殺せば別の皇族、別の貴族、別の誰かが総督として命じられ派遣されてくるだけ。
だったら相手が諦めるまで、その誰かを殺し続ける? それが現実的に不可能なことだって分からない君じゃないはずだ。少なくとも僕の知るルルーシュなら」
「……ああ、そうだな」
スザクの言うとおりだ。
クロヴィスを排除したところで現状と何も変わらない。代わりの人材はいくらでも居る。
いや、むしろ管理が困難な危険なエリアとして矯正エリアへと格下げされ、
そうなれば現状でさえ数少ない権利や、行動の自由さえ失われ、二度と機会を得る事は不可能となる。
仮に成功したとしても、その先に待っているのは民族浄化という名の大虐殺。例え国際的な批判の声が上がろうと、ものともせずに正面から受け止めて踏みしだき実行に移す。
それを可能とするのがブリタニアという超大国だ。
落ち着け、冷静になれ。そう自分に言い聞かす。
スザクに言われずとも分かっていたこと。
思考の短絡化は危険だ。
何よりブリタニア皇族を、あの男達に手を掛けることは俺の願い。
誰かに望み、託すべきものではなく、俺自身の手で成し遂げなければ意味がない。
ならスザクは何のために──同国民を手に掛ける可能性の高い──ブリタニア軍に所属してまで上を目指し、ブリタニア皇族に近付こうというのか?
暗殺が目的ではないとするなら、考えられるべき答えは自分の優位性を見せ付けて取り入ることだが。
「ルルーシュ、僕はね、ナイトオブラウンズになるつもりだった」
「おいおい、それは帝国最高の騎士になるってことだぞ。冗談にしても笑えない、分かっているのか?」
ナイトオブラウンズ、それは軍事大国ブリタニアにあって特別な称号を意味している。
神聖ブリタニア帝国皇帝に絶対の忠誠を誓い、その意思をもって振るわれる──円卓の騎士を冠する──十二本の剣。
帝国軍人が目指し、憧れ、夢に見る帝国最高にして最強の騎士達。
快進撃を続けるブリタニア軍の象徴にして英雄であり、他国の兵士にとっては戦場で出会えば敗北を意味する死神として恐れられる存在。
その任命権は皇帝のみが保有し、一存によってのみ認められる。
故にナンバーズは騎士になれないという現在の軍規定も及ぶことがない。現に過去のラウンズには他国人の血を引く者が居た記録が残されている。
つまりスザクがラウンズに名を連ねることは可能だ。もっとも今現在のブリタニアにおいて、極めて不可能に近いと言わざるを得ないが。
「うん、分かってるよ。でもナイトオブワンになれば保護領として好きなエリアを貰える特権があるみたいだし、いろいろと調えるには便利かなって」
「それでお前はその特権を使ってエリア11を、日本を取り戻すつもりなのか?」
「日本を? ははっ、まさか」
スザクは笑う、まるで堪えきれず噴き出すかのように。
「何がおかしい?」
「だって君があまりに面白い事を言うもんだからつい。古き日本を取り戻そうと思うほど、僕は愛国者じゃない。
ルルーシュ、君が決意を口にしたあの日、僕も告げたはずだ。その想いは変わることなく、そこには当然日本も含まれているんだよ?」
壊すなら、世界を壊そう。
別れの日、スザクが告げた言葉。
導き出された一つの答え。
スザクも過去に囚われている。俺があの日の決意を忘れることなく、この胸に抱き続けているのと同じように。
「それにもし僕に日本を取り戻す気があって、さらにナイトオブワンになれたとしても意味はないよね。ラウンズだって所詮は一代限りの騎士候位なんだから」
帝国最強の騎士という威光の陰に隠れ、忘れられがちな真実をスザクは口にする。
ブリタニア皇帝直属の騎士であり、戦時においては帝国宰相にも比肩し、全軍を指揮する権限を持ち、一国の統治権を得ると同義である破格の特権さえ与えられ、軍人は元より多くの国民から信奉されるナイトオブワンを含めたナイトオブラウンズ。
そんな彼等でさえ、ブリタニアという国家を中枢で動かす爵位持ちの貴族の中では、最も位の低い騎士候でしかない。
そう、忠誠を誓う皇帝という最高権力者の後ろ盾を失えば、地位や名誉さえ危うい立場となる。
いや、危ういのは何も地位や名誉ばかりではない。
現皇帝に絶対の忠誠を誓う、それがラウンズの大前提だ。
だから現皇帝が崩御、もしくは帝位を退く事になった場合、基本的に一度ラウンズは解体される。
そして前皇帝に絶対の忠誠を誓っている前提がある以上、新たな皇帝の下で再びラウンズの座に就くことは有り得ない。
多くの者は一兵士に戻ることもなく、それまでに得た栄華を手放し、帝都を離れて隠遁生活を送ることとなる。
何故か、それは暗殺者の陰から逃れるために。
前皇帝に忠誠を誓う元ラウンズ、という肩書きが持つ影響力は大きい。
故に前皇帝の政敵であった者や前皇帝の影響を嫌う者、また畏れる者が新たな皇帝となった際、旧ラウンズメンバーが行方不明や不審な死を遂げることは歴史を紐解いても珍しい事ではなかった。
「そこまで理解しているなら何故ラウンズなんかに」
「本当はね、次期皇帝と成り得る皇女殿下とお近づきになって、その人が皇帝となった暁に皇配だか皇婿だかにして貰いたいなあ、なんて考えていたんだよ?
だってほらブリタニアの最高意思決定機関は元老院でも評議会でもなく、ブリタニア皇帝ただ一人だって話だからね」
スザクの考えは間違っていない。
神聖ブリタニア帝国において全ての決定権を持つ者はブリタニア皇帝ただ一人。
皇帝が黒だと言えば、白も黒へと変わる。
それが専制君主制、また絶対王政というものだ。
そしてブリタニア皇帝の座を手にできる者はブリタニア皇族として生まれ、皇位継承権を持つ者に限られる。
その為、スザクがブリタニア皇帝となる事は絶対に有り得ない。
だが皇帝の配偶者となれば話は変わる。
皇帝が数多く娶った后妃や側室の中に、他国との仲を取り持つための人質や生贄として政略結婚させられた者が含まれている事実は別段珍しくない。
もっとも最初から政略結婚と認識した上での婚姻関係である為、彼女達──またその背後にある勢力──の思惑が、国家運営に影響を与える可能性は低い。
しかし皇帝となる以前より傍に居て、恋愛感情を抱き、あまつさえ恋人関係にあった者ならばどうだろう?
皇帝と言えど人間である以上、非情に徹する事ができず、情に流されることだってあるかも知れない。
もしそれが国家運営に影響を与えるようなことなら……。
多分スザクが言いたいことはこういう事なのだろう。
幼帝や女帝を傀儡として擁立し、自らが政務を行う。そんな話は古今東西ごまんと存在する。
けれど敢えて言うなら、俺の知っているスザクには到底不可能だと断言できた。
「だけど僕には無理そうだなって、そうそうに諦めたよ。人を騙すとか苦手だしね」
「お前はすぐに顔に出るからな。身の丈に合わない考えは捨てた方がいい」
「あはは、やっぱりそう思う?」
「で、その結果、浮上したのが次期皇帝の信望厚いラウンズになるという代案ってわけか」
皇帝と騎士。主従関係ではあるが、そこに友情であれ愛情であれ一定以上の信頼関係があれば、ただ命令する者とされる者というだけではなくなる。
これはあくまで綺麗事だが。
「ああ……うん、そうだったんだけどね。でも今は少し違うかな」
そう告げたスザクが纏う雰囲気が変わった気がした。
「僕はね、こう言ったはずだよ。
皇族に近付けたらなんて考えていた、ラウンズになるつもりだった、って。
そう、全ては過去だよ」
「過去……?」
「担ぐ御輿を間違ってはいけない。そして君と再会した以上、間違えるはずがない。選ぶ必要なんてなかったんだよ。
こうして僕達が再会を果たしたことは運命だと思わないかい!」
「スザク、お前は何を言っているんだ……」
スザクは笑みを浮かべ、興奮したように語気を強めた。
俺は気圧されたように後退り、身構える。
向けられた笑み、その瞳の奥が笑ってはいないような気がして。
「僕達二人なら出来ないことはない。そうだよね、ルルーシュ? いや、元第十七皇位継承者=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「ッ!?」
まるで獲物を前にした獣のような鋭い視線が俺を射抜く。
ああ、ここまで言われれば嫌でも理解させられる。
本当は言葉の端々に含まれた違和感に薄々気付いていた。
それでも再会を純粋に喜び、信じたくは無かったのかも知れない。
だけどこれ以上は誤魔化せない。
「お前自身のために俺を利用し、表舞台に引っ張り出すつもりか?」
「君だって何れはそのつもりだったんだろ? だからテロリストごっこなんか止めてさ」
「質問を質問で返すな!」
「別に良いじゃないか、僕の願いと君の願いはよく似ているんだから。僕の願いが叶った時、ブリタニアは崩壊している。結果は同じなんだ、文句はないよね」
「大ありだ、馬鹿ッ!」
「馬鹿って、ひどいや。まあ、今日のところは仕方ないね。いきなりの事で君だって混乱しているだろうし。
でも君がこの場所に居るってことは彼女も近くにいるんだよね? 君のことだから傍に置いて甲斐甲斐しく世話を焼いている姿が目に浮かぶよ」
「まさか……お前!」
「うん? もう、そんな怖い顔しないでよ、ルルーシュ。僕はただ昔なじみとして彼女とも再会したいなぁ、って純粋に思っただけなんだから。
それ以上の他意はないよ────」
今は、ね。
「ッ!?」
刹那、俺達兄妹をアッシュフォードへの貢物として利用し、姿を消した魔女の姿が、そして呪詛の如き声が脳裏を過ぎる。
もはや押し殺すことの出来ない負の感情が止めどなく溢れ出し全身を満たしていく。
「スザクッ!!」
叫び声を上げ、衝動的にスザクへと殴り掛かろうとした。
覆しようのない身体能力の差など冷静に考えている余裕はなかった。
拳を振りかぶり、足を一歩踏み出す。
まさにその瞬間だった。
カシュッという排気音と共に、毒ガスを内包する強硬な金属カプセルのロックが外れ、外装が展開を始めた。
今にしてカプセルに不具合が生じたとでもいうのか?
突然の事態に対応する事はおろか、愚痴や叫びを口にする暇もなく、俺の視界は眩い光に閉ざされた。