コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第31話

 

 とある国際空港の出発ロビー。

 私はベンチに座り、出発時刻や到着時刻を告げるアナウンスに耳を傾けながら、行き交う人の波を眺めていた。

 目の前を通り過ぎていく老若男女が喧騒を生み出す。

 喧騒、言い換えればそれは活気を意味している。長きに渡った内乱による衰退を脱したこのブリタニアという国が、再興と繁栄の時代を歩んでいることの証明だと言えるのかも知れない。

 ただ一方、そんな前途ある光景とは裏腹に私の気分は重かった。置かれている現状に自身の行く末を悲観した、という悲劇のヒロイン的な理由ではない。生憎とそれほど繊細なメンタルを持ち合わせてはいないよ。

 

 溜息を吐きつつ、横目で──離れた位置に居る──我が兄妹達の様子を確認する。

 車椅子に座り、うつむく儚げな妹と、その横に立ち、周囲の全てが敵だとでも言いたげに睨み付ける兄。

 彼等──特に兄──との関係は希望的観測を含めたところで、上手くいってるとは到底言えなかった。はっきり言えば相当に仲が悪い。

 私としては同じ境遇、母を喪い政治の道具となった立場として協力したいところなんだけど、残念ながら一筋縄ではいかないらしい。

 移動中から常に敵意を向けてくるから疲れてしまったよ。敵意を感じ取って反射的に攻撃してしまいそうになる自分を抑えることに。邪気眼だとか厨二乙とか言われそうだが、私の身体能力は平均から大きく逸脱している為、兄の身体能力を思えば結構真剣な問題だよ。

 

 だから兄妹から一人離れて場所に座って居るんだけど、日本までの案内兼護衛兼世話役として派遣された彼も、子守を押し付けられて大変だね。

 内心苦笑しながら兄妹達の傍に立つ黒いスーツの男にご愁傷様だと告げる。確か名前はウォルグ・バーンスタインと言ったか。ま、どうでもいい情報だが。

 もちろん彼以外にも監視者は存在しているらしく、雑踏に紛れた複数の視線を感じる。さあ存分に私の美貌に目を奪われると良い、などとナルシスト発言をしてみるよ。

 つまり私はそれ程までに暇だった。

 

 出発時間までは今しばらく時間を要する為、手持ちぶさたを感じつつ無意味に時間を潰す。

 だが不意に変化が訪れる。

 視界に落ちる影。どうやら誰かが私の前で立ち止まったようだ。

 目線を上げると、そこにはよく知る人物の顔があった。

 

「軍務はどうされたのです。まさか貴女様ともあらせられる方が職務放棄ですか? 自慢の姉だと公言して憚らない妹君様が知れば、好感度が下がってしまうかも知れませんよ、コーネリア皇女殿下」

 

 そう、目の前にいらっしゃるのは第二皇女=コーネリア・リ・ブリタニア様だった。

 ちょっと特殊な親愛関係を築いている異母妹のユーフェミア──以下ユフィ──の同母姉であり、ユフィを介して度々顔を合わす機会があった為、彼女とはそれなりに──いや場合によっては同母兄妹よりも──親しい間柄といっても差し支えないだろう。

 

 しかし本当に何故彼女がこんな場所に居るのか。

 しかも第五后妃暗殺事件からそう時間も経っていないというのに、護衛も取り巻きも同伴させず一人でやって来るとは、少し危機感が足りないんじゃないかな。尤も本人には気付かれないように常に優秀な護衛が付いていることは皇族の常識であり、向けられる視線の数が増えたことからもその存在を窺い知ることが出来るが。

 

「お前が気にする必要はない」

 

 不機嫌そうに告げるコゥ姉様。

 

「それもそうですね。

 それで、どうしてここに? 直々の見送りというのでしたら大変光栄なことではありますが、確か見送りは禁止されているはずでは?」

 

 良くも悪くもブリタニア皇族である本来の彼女なら、見送りは不要とする皇帝の命を破ることはなかっただろう。

 それを覆してまで、彼女が私の前に現れた理由はある程度予測できたが、私はわざとらしく問い掛ける。

 

「私がこの場に居ることは偶然だ、リリーシャ。たまたま近くを通りかかった際にお前の姿を見つけた。ただそれだけのこと。それを誰が罰することが出来る?」

 

「偶然、たまたま……ね」

 

 コゥ姉様にしては珍しいが何とも強引な屁理屈。

 ただそれを追求しても意味はないだろう。

 

「ふふっ、そういう事にしておきましょう。

 それで、私に何のご用ですか? 偶然見掛けた私の下にわざわざ歩み寄ったということは、何か意図があっての事なんですよね?

 ああ、感情の赴くままに行動し、その結果島流しになる私を嘲笑いに来たというのでしたら甘んじて受け入れますが」

 

「っ」

 

 軽い冗句のつもりだったんだけど、私の言葉にコゥ姉様は深刻な表情を浮かべ、僅かに身体を強張らせる。ん、何かおかしな事を言ったかな?

 

「そんなはずがないだろ! ……私にとってお前も掛け替えのない妹の一人なのだからな」

 

 語気を強めたコゥ姉様の言葉に私は若干動揺する。

 ……これはちょっと予想外の切り返しだったね。

 まさか私の事をそこまで考えてくれていたとは、不覚にも心揺さぶられてしまったじゃないか。

 

「嬉しいことを言ってくれますね、コゥ姉様。もし私が男だったら思わず求婚しているところでしたよ」

 

 若干の照れ隠しを含んだ戯れ言を口にした刹那────

 

“ダメです、リリーシャは私の嫁なんですから!”

 

 おおっ、何故だか今すごいピンク色の情念を感じたよ。

 何なんだろうね一体。

 

「茶化すのは止めてくれ」

 

「ごめんなさい、つい」

 

 どこか疲弊感漂うコゥ姉様に対して、辞書に反省の文字のない私は笑みを浮かべる。

 てへペロってやつだね。

 

「ユフィからの伝言を預かっている」

 

 目的を告げるコゥ姉様。

 彼女が同母妹を溺愛していることは周知の事実だ。

 多少無理な願いでも叶えようとするだろう。

 そう例えば今回のように。

 

「まあ、ユフィから♪」

 

 柄にもなく瞳を輝かせながら胸の前で手を合わせ、オーバーアクション気味に喜びを演出してみた。

 結果、少しだけ後悔する。

 

「必ず迎えに行く、その時まで生き延びて欲しい、と」

 

「…………ふふっ」

 

 くくっ、あははははっ、傑作だね!

 さすがはユフィだ。

 こちらから手を打たなくても、そこまで私の事を考えてくれているなんて、あまりの嬉しさに涙が出そうだよ。

 でもね、ユフィ。私は君が思っているほど弱くはないつもりだ。

 行く末を悲観して自ら命を絶つ?

 例えこの身が辱められようとあり得ない。

 暗殺?

 全身全霊をもって持て成そう。

 寿命?

 死神と刃交えるのも悪くないね。

 この身に降りかかる死の因果なんて喰らってみせるさ。

 

 君が見ている私は真実の『私』じゃない。

 本当に可愛いね、ユフィは。

 可愛くて、可愛くて、本当に愚かしい。

 

「良いんですか、そんな発言を許しても」

 

「知っているのは私とお前だけだ、問題ない」

 

 きっと所詮は子供の戯れ言だという思いが心の片隅にあるんだろうね。

 私自身もそれ程期待はしてないけど。

 

「そうですね。伝えて下さってありがとうございます、コゥ姉様。今の私にはその言葉だけで十分です。

 ユフィが私の事をそこまで想ってくれていることを知った今、もう何も恐れを抱く必要はありませんから。ユフィにもその旨を伝えてもらえますか?」

 

 私は異母妹の言葉に勇気付けられた健気な幼子の仮面を身に付ける。

 

「っ……約束する」

 

 対するコゥ姉様の顔が、まるで罪悪感に押し潰されるかのように歪む。

 

「それと……これは私からだが……」

 

 躊躇い、そして決意したかのように重い口を開く。

 

 すまない。

 

 弱々しい告げられた謝罪の言葉。

 

 ジェレミアといい、どうしてこうも自分から罪を背負い、罰を受けようとするのか。

 自分で自分を追い詰めたいなんて……マゾ?

 その思考を完全に理解することは出来ないけど、私にとっては都合が良い。

 遠慮なく利用させてもらうとしよう。

 常に凛としたイメージしかない彼女の、珍しく弱気な姿に加虐心が刺激されたりなんかしていないよ、全然。

 

「それはあの夜、警備を疎かにした自らの罪悪感を薄めるための謝罪ですか?

 被害者の一人である私に許されたという免罪符が欲しいのですか?

 ユフィとの関係が深い私からなら簡単に許しの言葉が聞けると、そう考えられたのですか?」

 

 母マリアンヌが暗殺された夜、彼女が警護担当だったことは調べが付いている。と言っても彼女が直接警護に当たっていたわけではなく、警護隊を統括する立場だったというだけの話だ。

 ただあの夜、彼女は不可解な命令を出し、警護隊を引き上げさせている。その結果、警備に隙が生まれ、暗殺を許したと言えなくもないだろう。

 場合によっては暗殺に深く関与していると疑惑の視線を向けられてもおかしくなかった。

 尤も彼女が母マリアンヌに憧れを抱き、敬愛していた事実を知る者からすれば根も葉もない噂に過ぎないが。

 もちろん彼女の性格から考えて、自分の行動が暗殺成功の要因の一つとなった事を悔やんでいることだろう。

 

「ただの自己満足、もしそうなら私はその言葉を受け入れることは出来ません。

 ああ、それともこれから私達兄妹を見捨てることに対しての謝罪でしたか?」

 

「っ、違────」

 

「違うと、本当に言えますか?」

 

 私はコゥ姉様の瞳を見つめながら問い掛ける。

 まるで嘘を裁く冥王の如く尊大な態度で。

 

「ああ、違う。お前が納得するまで何度でも言おう」

 

 僅かな沈黙の後、私の視線に顔を逸らすことなく、彼女もまた真摯に私の瞳を見つめて告げる。

 

 強いね、さすがは次期皇帝最有力候補の一人だ。

 ただその言葉の真偽に実はあまり興味がないと言ったら怒るかな?

 

「でしたら謝罪などではなく、胸を張って、お前達の無念は私が晴らすぐらいのことは言って下さい。きっとお母様ならそう言います」

 

「そうだな。マリアンヌ様ならきっと……。聞き苦しい弱音を聞かせてすまない、リリーシャ。先程の言葉は聞かなかったことにしてくれると助かる」

 

「いえ、こちらこそごめんなさい、コゥ姉様。せっかくこうして来ていただいたのに不快な思いをさせてしまって……。意地悪を言うつもりはなかったのですけど、ダメですね私。やっぱりまだ少し気が立っているのかも知れません」

 

 心にもない謝罪を一つ。

 さて、時間もない。そろそろ本題に入ろうか。

 

「ねえ、コゥ姉様。一つお願いしても良いですか?」

 

「私に出来る範囲のことであれば構わないが」

 

「この手紙をユフィに渡して貰えませんか」

 

 そう言って私は懐から可愛げの欠片もない無地の封筒を取り出し、コゥ姉様へと差し出した。

 話の流れから考えて、破り捨てられるような事はないだろう。

 最終的には郵送でも構わないと思っていたが、彼女に頼んだ方が確実にユフィの手に渡るはずだ。

 

「もちろん、ちゃんと渡してもらえるなら、コゥ姉様自らが検閲しても構いませんから」

 

「……分かった、必ず届けよう」

 

 僅かに逡巡したコゥ姉様が私の手から手紙を受け取った直後、こちらへと近付いてくるウォルグの姿を横目で確認する。

 

「それではそろそろ時間のようですから。またいつかお会いしましょう、それまでごきげんよう、コゥ姉様」

 

 私は傍らに置いていたスーツケースの取っ手を掴み、颯爽と彼女に背を向けて歩き出す。

 少々予定外の展開ではあったが首尾は上々と言えるだろう。

 さあ、次は狸狩りに向かうとしようか。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「……リリーシャ」

 

 自室のベッドの上、毛布を被り、膝を抱えて丸くなりながら、わたしはその名前を呟いた。

 だけどその声が彼女に届くことはない。彼女は今頃、日本へと向かう飛行機の機内でしょうから。

 

「……リリーシャ」

 

 言い表しようのない喪失感が胸を締め付ける。

 

 どうして?

 理不尽な暴力によって突如として壊れた日常に、そう問い掛けずには居られなかった。

 例え無意味な行為だとしても……。

 果たしてわたしはこの胸の憤りを、悲しみを誰に向ければ良いのでしょうか?

 いいえ、本当は分かっています。わたしが今、為すべき事は誰かを憎むことではないと分かっているんです。

 

 本当はわたし自ら伝えたかったのですが、お姉様に伝言を頼みました。

 リリーシャにわたしの決意を伝えて欲しいと。

 それが難しい事だと、無理を言っていると、我が儘だと理解しています。

 でもきっとお姉様ならわたしの想いを届けてくれると信じています。

 

 だったらこんな事をしている場合ではありません。

 決意を実現する為に行動に移さないとダメです。

 だけど残念ながら何か具体的な策があったわけでも、心強い味方が居たわけでありません。

 皇女と言えど所詮は理想を口にするだけの子供でしかないという現実が、わたしを呑み込み、押し潰す。

 まるで自分では何も出来ないお人形。

 かつて否定した自分。

 

 こんな時、リリーシャならどうしたでしょうか?

 

「……あなたに会いたいです」

 

 堪らず毛布を頭まで被り、わたしは押し殺したように嗚咽を漏らした。

 

 

 

 どれほど時間が経ったのでしょうか。

 遮光性のカーテンが固く閉ざされた窓からは、生憎と外の様子を確認することはできません。

 

『私だ、ユフィ。入るぞ』

 

 不意に扉が叩かれ、聞こえてきたのはお姉様の声。

 

「ッ、……はい」

 

 わたしは慌てて涙を拭いました。

 

「大丈夫か、ユフィ」

 

 ベッドの縁に腰を下ろしたお姉様が、わたしの髪を撫でながら問い掛けてきます。

 

「……もう大丈夫です。だいぶ落ち着きましたから」

 

 これ以上お姉様に心配を掛けないように、わたしは虚勢を張り、微笑みを浮かべてみせる。

 尤もその程度の虚勢など、お姉様には通用しないのでしょうが。

 

「……そうか、それでもあまり無理はしないでくれ。母上も皆も心配する、もちろん私もだ」

 

「はい……」

 

「約束通り、お前の想いはリリーシャに伝えた」

 

 しばらく無言のまま、わたしの髪を撫でていたお姉様が彼女の名前を口にする。

 反射的に身体が震えた。

 

「それで……リリーシャはなんて?」

 

 恐る恐る彼女の応えを問う。

 

「お前に感謝し、そしてもう恐れはない、と」

 

 お姉様の言葉に安堵する。

 もし拒絶されたらどうしよう、と不安がなかったわけではありません。

 マリアンヌ様の死に暗殺説が飛び交う現状、リリーシャが疑心暗鬼に陥り、わたしにも疑いを抱き、嫌悪している可能性も考えられます。

 でもそれは杞憂でした。

 リリーシャはまだわたしの事を信じてくれている。

 その事実がとても嬉しいです。

 彼女から向けられる信頼を裏切るわけにはいきません。

 

「ありがとうございます、お姉様」

 

 虚勢でも偽りでもなく、自然と浮かぶ笑み。

 

「礼には及ばない。私にとっても無駄な時間ではなかったからな」

 

 それを見て、お姉様も安堵したかのような表情を浮かべます。

 さっきまでのわたしはそこまで思い詰めた顔をしていたのでしょうか。いえ、きっとしていたのでしょうね。

 ですが同時にお姉様の瞳の奥に秘めた決意のようなモノを感じました。何故だか少し不安になります。リリーシャとの間に何かあったのでしょうか? まさか私からリリーシャを奪おうなんて考えていませんよね、お姉様? もしそうなら例えお姉様でも……うふふふふ。

 

「ふわぁ……んんっ、ごめんなさい」

 

 込み上げた欠伸を噛み殺す。

 手招きする睡魔。

 思えばマリアンヌ様が亡くなった日を境にリリーシャとの接触を禁止されて以降、精神的な問題でしょうか、十分な睡眠が摂れてはいませんでした。

 でもリリーシャの想いを知り、安堵した事により、緊張の糸が切れたのでしょう。

 押し寄せる睡魔に抗えそうもありません。

 

「気にせず、今は休め」

 

「はい、おやすみなさい、お姉様」

 

 わたしはゆっくりと瞼を閉じ、思考の邪魔をする睡魔にこの身を任せる。

 夢にリリーシャが出てきてくれることを願いながら。

 

「そうだ、リリーシャから手紙を預かっている。起きてから目を通すと────いや、おやすみ、ユフィ」

 

 意識が闇に落ちる寸前、お姉様はそう言ってわたしの部屋を後にします。

 

 ……手紙?

 

 そう、手紙。用事や想いなどを記して、他人に送る文書。

 

 誰からの?

 

 リリーシャ……。

 そう、わたしのリリーシャ。

 

「ッ、リリーシャからの手紙!?」

 

 わたしは毛布を弾き飛ばしながら、勢いよく起き上がる。

 睡魔?

 そんなものは虐殺です!

 

 周囲を見回し、ベッド脇のサイドテーブルの上に置かれた一通の封書を視界に捉えた。

 ただ機能のみを求めたシンプルなデザイン。

 封蝋に押された印は間違いなくヴィ家の紋。

 期待と不安が入り交じる中、わたしはその封書に手を伸ばした。

 

 一度手に取ってしまえば、後は躊躇いなどありません。

 わたしは一字一句噛み締めるように読み進めます。

 

 そして────

 顔を上げ、真っ直ぐに前を見据え、ぎゅっと拳を握りしめる。

 

 わたしはユーフェミア・リ・ブリタニア。

 彼女の隣に立つことを目指す者。

 なぜ、そんな事も忘れてしまっていたのでしょう。

 自分のあまりの愚かさに怒りが込み上げてきます。

 

「エミリア!」

 

 わたしは部屋の外で待機しているでしょう専属の侍従の名を呼ぶ。

 

「は、はい! 如何なさいましたか、ユーフェミア様」

 

 慌てて部屋に入ってきたエミリアにわたしは矢継ぎ早に告げる。

 

「出かける支度をします、手伝ってください。それと何か軽く食べられるものを作ってもらえるように頼んでもらえますか」

 

「お言葉ですが、今からですか?」

 

「はい、今すぐにです」

 

 わたしは有無を言わせぬ笑みを浮かべる。

 

 後に今回の件をお姉様に咎められた際、エミリアは語ります。

 

「本気の眼をした妹姫様は、私では止められません」と。

 

 ええ、そうです。こんな所で立ち止まっては居られません。

 止められるものですか!

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 親愛なるユフィへ。

 

 こうして誰かに手紙を送るなんて初めてのことだからね、少しだけ緊張しているよ。

 君がこの手紙を読んでいる時、私は祖国を遠く離れていることだろう。

 理由はまあ自業自得というやつだ。

 故に君が気にすることは何一つないことは先に言っておくよ。

 

 ただ再び君の隣に立つことは、どうにも難しいかも知れないね。

 例え私の身に、もしものことがあったとしても私に囚われないで欲しい。

 私は君が君自身の道を歩むことを願っているのだから。

 ふふっ、これではまるで遺言みたいだね。本当に私らしくもない。忘れてくれると助かるよ。

 

 それと、もし何か困ったことがあったらギネヴィア姉様に相談すると良い。既に話は通してあるから、ある程度の事は融通してくれるはずだ。

 愛想がなくて恐く感じるかもしれないが頼りになる人だからね。

 ただ雰囲気に呑まれないように、注意が必要だという事は憶えておくことをオススメする。

 

 では、いつかまた私の歩む道と君の歩む道が交わることを願っているよ。

 だから今はさよなら、ユフィ。

 

 君の未来に蝶の羽ばたきがあらんことを────

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ユーフェミアの部屋を後にしたコーネリアは、その足で帝都ペンドラゴンを訪れていた。

 目的の場所は皇宮内に存在する宰相補佐官の執務室。その部屋の主である異母兄──次期宰相との呼び声が高く既に国政に携わる──第二皇子=シュナイゼル・エル・ブリタニアの下へと。

 

「兄上、今少しよろしいでしょうか?」

 

「ん? ああ、大丈夫だよ、コーネリア」

 

 作業の手を止め、手元の書類から顔を上げたシュナイゼルは、優雅な微笑を浮かべて迎え入れる。

 一方、その笑みを向けられたコーネリアの表情は暗い。

 

「しかし珍しいね、君がここに来るなんて。いや、そろそろ来る頃だとは思っていたのだけど。

 理由の見当は付いているよ。ルルーシュ達兄妹のことであっているかな?」

 

「はい、やはり兄上には全てお見通しというわけですか」

 

 僅かに険を帯びるコーネリアの口調。

 普段は頼もしく感じる兄の余裕ある態度が、今は神経を逆撫でした。

 

「それは違うよ、コーネリア。クロヴィスとも話をしたが、皆が君と同じ想いを抱いている。当然私もね、ただそれだけのこと」

 

「でしたら、私の言いたいことも既にお判りだと思います」

 

「もちろん理解しているつもりだよ。彼等はこの国にとって失うには惜しい存在だ。きっと後継者争いでも、いずれ私達を脅かす存在になっていただろうからね」

 

 シュナイゼルはヴィ家兄妹を高く評価していた。

 兄として愛する一方、宰相補佐官として冷静に価値を見極めている。

 

「だからこそ敢えて言わせてもらうよ、軽率な行動は取るべきでないと」

 

「っ」

 

 ブリタニア皇帝の勅命に異を唱えることが、どれほど自分の立場を危うくするか、それはコーネリアも十分に理解している。

 特に今回の場合、切っ掛けは理不尽な──暗殺と囁かれる──襲撃事件ではあったが、ルルーシュによる皇位継承権の放棄と、リリーシャによる宣戦布告が大きく影響している。

 年齢を踏まえ、同情の声も少なくはないが、特に後者に関しては自業自得との声がそれを上回っていた。

 故に彼等に救いの手を差し伸べることは難しい。

 

「辛いことを言うようだけど、今は好転の機会を待つしかない。分かってくれるね、コーネリア」

 

「……はい」

 

 時間が解決してくれる可能性は皆無ではない。

 しかし現状の社会情勢下では極めて低いというほかなかった。

 

 何も出来ない。だからと言って何もしないという選択肢はコーネリアの中に存在しない。

 脳裏にリフレインする彼女の言葉。

 

“お前達の無念は私が晴らすぐらいのことは言って下さい”

 

 敬愛するマリアンヌを殺し、愛すべき兄妹達の人生を狂わせた咎人を許すことは出来ない。

 可能ならば自らの手で白日の下に曝し、断罪したいと願う。

 

「では犯人について何か判明したことはありませんか?」

 

「捜査には特務局が当たっている。それに姉上も独自に宮廷内を洗っているようだけど、未だ犯人を特定する情報は入ってきてはいないね」

 

「そうですか……。お忙しいところ邪魔して申し訳ありませんでした」

 

「いや、気にする必要はないよ。またいつでも来るといい。こんな私でも愚痴に付き合うことぐらいは出来るはずだからね」

 

 一礼し、踵を返したコーネリアの背中にシュナイゼルはそう声を掛けた。

 

「ああ、一つ聞き忘れたことがありました」

 

 扉に手を掛けたところでコーネリアは振り返る。

 そして────

 

「マリアンヌ様を暗殺したのは兄上ですか?」

 

「違うよ、コーネリア」

 

 対するシュナイゼルは顔色を変えるどころか、眉一つ動かすことなく応えた。

 

 訪れる僅かな沈黙。

 

「そうですか、お答えいただきありがとうございます、兄上。無粋な質問、申し訳ございませんでした。では失礼致します」

 

 

 

 閉まる扉を眺めつつ、小さな呟きは紡がれる。

 

「果たして本当にマリアンヌ様は亡くなられたのかな、コーネリア?」

 

 だがその問いに答える者はいない。

 


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