私は夢を見ていました。
夢の中のあの人は───あの人?
アレは私?
これは夢?
ううん、夢じゃない。
深い眠りから覚醒する意識。
それと同時に稼働を始めた思考。
夢を見ていた気がする。内容を明確には憶えていないが、曖昧な夢の残滓はどこか不穏で、それでいて懐かしさを抱かせる。
所詮は夢、あまり深く気にする必要はないのかも知れない。だが何故か心に引っ掛かる物を感じていた。
果たしてこのまま二度寝を決め込めば、夢の続きを見ることが出来るだろうか?
そんな事を考えながら寝返りを打つ。
と、何かに触れた。
それは抱き抱えるのにちょうど良い大きさであり、心地よい温もりを持ち、なおかつ仄かに香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
抱き枕なんて用意していただろうかと疑問に思いながらも、未だ微睡みの中にいる俺は深く考えることなく、本能にままにそれを強く抱きしめた。
「ぁ……んんっ……」
刹那、鼓膜を震わせたのは押し殺したような幼い声。
俺は瞬時に微睡みに別れを告げ、重い瞼をこじ開ける。
視界に映り込むというかそれ以前に、目の前には上気した幼女の愛らしい顔があった。眠たげな赤みを帯びた瞳と見つめ合うその距離はほんの僅か、まさに吐息の掛かる距離だった。
「っ!?」
……落ち着け、ここで悲鳴を上げては負けだ。何の勝負かは分からないが。
等身大フィギュアと添い寝するディープな趣味はない。そもそも音声機能はともかく、人の体温を完璧に再現している高性能フィギュアが存在しているのだろうかなどと現実逃避するのは止めよう。
「私のベッドの中で一体何をしているのかな、アーニャ?」
そう、目の前にいるのは友人=アーニャ・アールストレイムだ。やたら世話を焼いてくれるし、最近少しスキンシップ過剰とも思わなくもないが友人のはずだ。
そんな彼女が何故俺の眠るベッドに無断で入って来ているのだろうか?
何故現在進行形で俺の腕に自らの腕を絡めてくるのか?
「……添い寝」
照れもなく実に簡潔な答えをありがとう。
是非とも何故その結論に至ったのか聞きたいところだ。
その結果、納得できるだけの理由が返ってくるとは到底思えないが。
「……昨夜はおたのしみでしたね、にぱ~☆」
違う、間違って居るぞ! それは宿屋の主人のセリフであって、断じて当人が言うべきセリフではない!
そもそもその言葉の真意を知っての発言なのか!? ……いや、もし知っていたらどうしよう? あまりに早熟すぎるだろ……。
まったく、『男女七歳にして席を同じうせず』という言葉もある。
こんなところ誰かに見られたら…………誰も問題に思わないかも知れないな。
突然の出来事に現在の自分もまた幼女である事を失念していた。それにアーニャの年齢的にもその言葉は適用されない。身分の問題はあっても性別の問題はなく、客観的には微笑ましい光景に映るだろう。そもそも俺に一切の過失はないのだから慌てる必要などなかった。
それでも、もう少し慎みや恥じらいを持ってくれないと将来が──俺の胃を含めて──心配になる。
え、最終的には俺の嫁にすればいいじゃないかって?
何を馬鹿なことを、そんなユフィじゃあるまいし────
「リリーシャ!」
勢いよく扉が開け放たれ、リリーシャの名を呼びながら部屋に入って来たのは、今まさに話題にしようとしたユフィ=ユーフェミア・リ・ブリタニアその人だった。
噂をすれば影がさすとはよく言ったものだ。
ただその声に驚き、咄嗟に俺の腕を握る手に力を込めたアーニャの脅えた表情も良いと思ってしまった俺は既に末期なのかも知れない……。
「リリーシャ、一体これはどういう事なんですか!」
怒気を隠すことなく険しい表情で問い詰めてくるユフィだが、逆にどうしてこんな朝早くから君がここに居るのか聞きたい。
女の勘? そうですか……。
夫の浮気現場に妻突入なう、といった雰囲気のプチ修羅場の発生に俺は辟易する。
「貴女一体誰なんですかっ!?」
射殺さんばかりのユフィの鋭い視線がアーニャへと向けられる。
だが一歩も退くことなく、それを受け止めるアーニャ。
正面から視線を交え、火花を散らす二人の幼女。
何故二人が敵意を剥き出しにして争う姿勢を見せているのか?
いや、分かっている。そこまで鈍感ではないつもりだ。
さて、どうしよう。ここは「お前達が俺の翼だ!」とでも告げてお茶を濁しつつ、決着は劇場へという流れにでも持って行くべきか? ……って何を言っているんだろうな、俺は。
「リリーシャとわたしは将来を誓い合った婚約者なんですよ!」
ゴフッ、一体いつ婚約者になった!? 一方的に誓われたのは俺の記憶違いなのか? いやいやそんな事はない。
「それなのにわたしの許可もなく添い寝だなんて羨ましい、この泥棒猫!」
「……ニャ~」
猫耳アーニャ、良い。ってそうじゃない。
泥棒猫って……、まさか昼ドラの見過ぎなのか? いつかたわしコロッケや、牛革財布のステーキが食卓に並びそうで恐いな。
しかも本音が全開だし、最近どんどん俺の中のユフィ像が崩れていっている気がするが気のせいだと思いたい。
「わたしはアーニャ。リリーシャから友達になって欲しいと頼まれた、リリーシャから」
衣服の乱れを整えつつ、そう言ってニヤリと笑うアーニャ。分かります、大事なことなので二回言ったんですね。
いや、言っている内容は事実なんだが、そんな挑発的態度を取る必要はないと思うんだ。
ここはもっと穏便にだな────
「ふ、ふ~ん、どうせそれは貴女が一人で過ごしているのを見かねた心優しいリリーシャが、可哀想だと思ったからに決まってます。つまりは同情です、勘違いしないほうがあとあと恥をかかないと思いますけど」
ユフィが……黒い?
「カチン、……お人形の皇女様が」
うおぃ、アーニャ!? 何をさらっと問題発言を呟いている。相手は皇族、さらに言えばその単語はユフィにとって禁句だぞ。
「なあっ、無礼でしょう!?」
「わたしは何れリリーシャの騎士になる。貴女には不可能、リリーシャはわたしが守る」
ちょっと待て、それは初耳だぞ。ラウンズはどうした? 夢は帝国最強の騎士じゃなのか?
「ふふん、だったらわたしは皇────むぐっ」
っ、間に合った。昨日のシミュレーター騎乗の疲労が残っている身体は重く、その動きは鈍く感じたが、どうにか不用意な発言の前にユフィの口を塞ぐことに成功する。
まさか誰の前でも皇帝を目指すという爆弾発言を投下するつもりなのか?
「いきなり何をするんですか、リリーシャ? もう、強引なんですから……」
「ユフィ、それは私と二人だけの秘密だよ。約束しよう、守れるよね?」
だからその対策として俺は彼女の耳元に口を近付けて囁いた。
「二人だけの……秘密……はい♪」
きっと今の一瞬で彼女の脳内では、やたら乙女チックなピンク色の妄想が繰り広げられたのかも知れない。
「……おもしろくない」
どこか勝ち誇った笑みを浮かべる上機嫌なユフィと、一転して不満げな表情を浮かべるアーニャ。
あとで──既にリリーシャとしての日常の中で大きく比重を占めるようになっている──アーニャのフォローしておく必要があるだろう。
はぁ……今度はどんな衣装を着せられ、撮影を要求されることか。考えるだけで羞恥の念が込み上げる。同時、脳裏に忌まわしき猫耳スク水セーラーニーソが顔を覗かせ、それを俺は必死で追い払った。
しかし、何故俺は朝から幼女たちに振り回されているんだろうか?
そう本気で考えさせられた朝だった。